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2011/01/15

尹明淑 日本の軍隊慰安婦問題の論点



日本の軍隊慰安婦問題をめぐる幾つかの論点  
2011.1.9.尹明淑

1.軍隊慰安婦問題が社会問題として登場する経過
2.軍隊慰安所制度における強制性論争
3.日本政府の責任をめぐって ー 国民基金、決議案を中心に
4.金学順元軍隊慰安婦の被害者の初の名乗り出から約20年が過ぎて、これからの問題

0 はじめに

― 今日の発表の前提

・ 軍隊慰安所制度は日本軍・国家による性暴力であり、日本政府に法的責任がある。

・ 軍隊慰安婦は占領地における軍隊慰安所制度のもとで軍人軍属に性行為を強要された植民地、占領地、日本の女性をいう。

― 軍隊慰安婦問題を受け入れる我々の認識の問題

― 今日の論点は未確定の論理であり、研究者として悶々と悩んでいる問題である。

1.軍隊慰安婦問題が社会問題として登場する経過

1988 年2 月12 日~21 日、韓国教会女性連合会の尹貞玉、金慧媛、金信実、福岡、沖縄で、「挺身隊」調査

1988 年4 月、韓国教会女性連合会主催の国際セミナー「女性と観光文化」で報告

1990 年1 月、「挺身隊取材記」として『ハンギョレ新聞』(四回連載)に報道、韓国国内で大きな反響を呼ぶ。

1989 年1 月7 日、昭和天皇葬儀への韓国政府の弔問使節派遣反対する声明書のなかで、韓国の女性団体が戦後初めて「挺身隊」に対する謝罪を要求

1990 年5 月18 日、韓国の蘆泰愚元大統領の訪日の際、韓国の女性団体が「挺身隊」に対
する謝罪と補償を要求。

1990 年6 月6 日、本岡昭次社会党議員が参議院予算委員会で、「従軍慰安婦」について質疑し、政府は「民間の業者がそうした方々を軍とともに連れて歩いていたものである」と答弁

1991 年8 月3 日、4 日、第一回アジア太平洋地域戦後補償国際フォーラム、東京千代田公会堂、約一千名傍聴。サハリン残留朝鮮人、在韓国被爆者、韓国太平洋戦争犠牲者遺族会、韓国・台湾・中国・フィリピン・インドネシア・マレーシアの泰緬鉄道労働者、在日韓国人BC 級戦犯者など10 か国の戦争被害者及び遺族が参加

1991 年8 月14 日 元「軍隊慰安婦」被害者、金学順さんの名乗り出と被害状況証言

# 1990 年6 月、参議院予算委員会での質疑応答

― 本岡、「強制連行の中に従軍慰安婦という形で連行されたという事実もあるんですが、そのとおりですか」(5 月25 日、韓国外相が日本政府に強制連行者の名簿づくりの協力を要請した直後)

― 答弁、「徴用の対象業務は国家総動員法に基づきます総動員業務でございまして・・・そうした総動員法に基づく業務としてはそうしたことは行っていなかった」

1992 年1 月11 日、日本軍が軍隊慰安婦の徴集に直接関与した関係公文書6 点、『朝日新聞』に報道

1992 年1 月12 日、加藤紘一官房長官、軍の「関与」を公式に認める談話、13 日謝罪の談話を発表

1992 年1 月16 日、訪韓した宮沢首相が「お詫びと反省の意」を表明、ただし補償については裁判の結果を見守りながら事実調査に誠意ある措置をとるとだけ話した。

1992 年7 月6 日、第一次政府調査結果を公表、加藤内閣官房長官の談話

1993 年8 月4 日、第二次政府調査結果を公表、河野官房長官の談話

加藤内閣官房長官の談話

慰安所の設置、慰安婦の募集に当たる者の取締り、慰安施設の築造・増強、慰安所の経営・監督、慰安所・慰安婦の街生管理、慰安所関係者への身分証明書等の発給等につき、政府の関与があったことが認められた河野官房長官の談話慰安所は、当時の軍当局の要請により設営されたものであり、慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した。慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。また、慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった。

なお、戦地に移送された慰安婦の出身地については、日本を別とすれば、朝鮮半島が大きな比重を占めていたが、当時の朝鮮半島は我が国の統治下にあり、その募集、移送、管理等も、甘言、強圧による等、総じて本人たちの意思に反して行われた。


2006 年10 月、安部政権下、河野談話見直し論強まる。

[参考] 河野談話は再調査必要 従軍慰安婦めぐり下村氏(西日本新聞 2006 年10 月25 日)

下村博文官房副長官は25日夕、都内で講演し、従軍慰安婦問題で旧日本軍の強制を認めた1993年の河野洋平官房長官談話に関し「私自身の今後の検討課題」としながら、談話の前提となる事実関係を調査し直すべきだとの考えを示した。

下村氏は「河野談話はもう少し事実関係をよく研究しあって、その結果どうなのか、時間をかけて客観的、科学的知識を収集して考えるべきではないか」と述べた。安倍晋三首相は衆院予算委員会の答弁で、河野談話を踏襲する考えを示しており、野党から批判を受けそうだ。

ただ下村氏は、日本の「植民地支配と侵略」について謝罪した1995年の村山富市首相談話もあわせて「もし閣議決定された談話を修正するなら、もう一度閣議決定し直さなければならない。その時間が許されるか考えると、議論しているような時期ではない」と強調し、政府として見直すことはないとの見通しを示した。

2.軍隊慰安所制度における強制性論争

― 「強制連行」(徴集の方法)

― 商行為(公娼): 民間人の営業・合法

[河野談話]

慰安婦の出身地:日本、朝鮮 ― 植民地での徴集の特徴を言及
Cf.占領地

3.日本政府の責任をめぐって ー 国民基金、決議案

0 国民基金(http://www.awf.or.jp/)

- 被害者個人に対する、日本国民の広い償いを。1995 年8 月15 日より募金開始、翌年8 月14 日から支給開始(韓国・台湾・フィリピン)、2007 年3 月終了

- 問題点:国民基金みずからの主張すら貫けてない

・オランダは政府からの医療・福祉のお金のみ

・インドネシアの場合は、日本政府との協議の結果、インドネシア政府が高齢者社会福祉推進事業

*「『慰安婦』のケースのほか、レイプその他さまざまなケースが含まれているようで、その数は膨大なものになった。」

0 決議案

-アメリカを始め、

0 2006 年アメリカ議会の「慰安婦決議案」

日本政府は1930 年代から第二次世界大戦に至るアジア太平洋地域の植民地占領期間のあいだ日本皇軍が「慰安婦」として知られている若い女性たちをただ性奴隷にさせるために直接間接的に従属及び場合によっては拉致を放任し、日本軍「慰安婦」の悲劇は20 世紀最大の人身売買事件の中の一つであり、「慰安婦」女性の奴隷化は日本政府が公式的に委託・総括し、集団強姦、強制堕胎、性暴行及び人身売買を随伴し、・・・(下略)

0 2007 年7 月30 日 アメリカ議会の「慰安婦決議案」

日本政府は1930年代から第二次世界大戦に至るアジア太平洋地域の植民地期間のあいだ「慰安婦」として知られている若い女性たちを性奴隷として活用するために女性たちを公式徴集し、慰安婦制度は日本政府により強制された軍売春であり、残酷性や規模の面から前例のないことであり、集団強姦、強制堕胎、侮辱、そして身体麻痺・死亡・自殺に至らせる性暴力がなされたのであり、20 世紀人身売買史上最も大規模な事件の中の一つであり、…(下略)

0 オランダ決議案(2007 年11 月8 日);カナダ議会の決議案(2007 年11 月28 日)

… 強制売春制度・・・

0 このほか、EU 連合議会(2007)、オーストラリア(2007、日本政府の立場を受容)採択。

0 イギリスとドイツは進行中

*決議案の出典:日本軍慰安婦被害者e‐歴史館http://www.hermuseum.go.kr/の韓国語資料から翻訳

4.金学順元軍隊慰安婦の被害者の名乗り出から約20年が過ぎて、これからの問題

0 再び、原点に戻る

― 軍隊慰安所制度とはなにか。「慰安婦」被害者とは誰なのか。

・ 例えば、中国での性暴力被害者:山西省の被害者、南京での被害者、「慰安婦」

・ 植民地出身の被害者:例えば韓国人被害者が経験した慰安所があった地域として、日本の占領地、日本(北海道、沖縄)、朝鮮国内(フェリョン会寧、チンヘ鎮海)

・ 占領地(慰安婦)、日本国内及び植民地での駐屯地、軍需産業 - 植民地での平時と戦時体制の区別必要では? - 例えば、植民地での平時とは異なる戦時での朝鮮軍のあり方(植民地における戦時体制の意味)

占領地出身被害者植民地出身被害者の被害形態の共通点と相違点

― 結局、「我々」の問題=問題を理解する(できる)視角の問題

・ 日本:日本人被害者の問題

・ 韓国:名乗り出られなかった範疇の被害者の存在(例えば、「接客婦」出身など)等々

2011.1.9.尹明淑
http://www.ijrc.hit-u.ac.jp/pdf/files/ControversieAndProblems_1UXFLV.pdf