ページ

2011/05/01

陸軍軍医と幕府顧問の提言 [慰安婦と幕府歩兵隊]




以下の麻生徹男軍医の提言は、しばしば朝鮮人女性(慰安婦)強制連行を語る際に引用される。軍は日本人女性を避け、朝鮮人女性を狙い撃ちにして連行したのだという風に話を持っていく、このスタイルのルーツは千田夏光らしい[要確認] しかしこれは一軍医の見解であって、これが軍の方針として採用されたかどうかは分からない。実際、慰安婦全体に占める日本人の割合は多かった。

また「皇軍兵士への贈り物」という言葉尻もよく「利用」される。ユン・ジョンオクは「(慰安婦を)強制連行して天皇のご下賜品として兵士の性のはけ口に」したと主張していたし、その影響だろう、外国の識者にも慰安婦が"gifts" to the warriorsだったと考えている者がいる。


内地人の大部分は現に急性症状こそなきも、甚だ如何はしき者のみにて、年齢も殆ど20歳を過ぎ中には40歳になりなんとするものありて、既往に売淫稼業を数年経来し者なりき。半島人の若年齢且つ初心なる者の多きは興味ある対照を為せり。その後者の内には今次事変に際し応募せし、未教育補充とも言ふ可きが交り居りし為めならん。

一般に娼婦の質は若年齢ほど良好なるものなり。...されば、戦地へ送り込まれる娼婦は年若き者を必要とす。...明らかに既往花柳の烙印をおされし、アバズレ女の類は敢へて一考を与えたし。此れ皇軍兵士への贈り物として、実に如何はしき物なればなり。...内地を喰いつめたが如き女を戦地へ鞍換へさす如きは、言語道断の沙汰と言ふ可し。 [要確認]


麻生軍医は、朝鮮半島には健康で若い女性が多いから、朝鮮で慰安婦狩りを行うべし、強制連行して皇軍兵士への贈り物にせよ、と言ったわけではないだろう。

幕末、徳川幕府に軍事顧問として雇われたフランス人は、兵士には「歩行に慣れ、筋骨堅固なるもの、多く山野草莽中に生長せしものを用ゆるにしくなし。郷里都府に住する民」は兵士として使えないと幕府に具申している。

幕府軍の実態に接したシャノアン(フランス人顧問)は、伝習場移転に先立つ3月、全部で36条にわたる建白書を提出して、現状の問題点と改善策を明快に示している。...幕府旗本は兵士にはまったくダメだと見抜いていたのである。...戦闘力になる兵士を備えようと思うなら、歩くことに慣れていて、筋骨たくましく、山野で生まれ育った者を採用する他ない。都会に住む者は不従順だし、苦痛に弱い。まして歩兵屯所の近所に自宅があり、妻子がいる兵卒を規律に従わせるのはむずかしい。



これをもって、「差別だ」「(農民が)狙い撃ちにされた」と言うのはどんなものか。

麻生の言葉を曲解しようと思えば、「アバズレ」「いかがわしき者」とこき下ろされている内地人女性(経験者)の方が蔑視されていたと言い張ることも可能である。

シャノアンは、実際に訓練してみて旗本は軟弱で兵士として役に立たないと感想を述べ(彼らは嫌々訓練を受けていた)、麻生軍医は女性を診察して、内地出身者はアバズレばかりで慰安婦に相応しくないと提言しただけである。

農民の体が頑丈であったのは、日頃の労働の賜物で、半島からの慰安婦応募者が内地出身者より若かったのは、現在の西ヨーロッパの売春婦事情と同じ事情によるものと思われる。