ページ

2012/08/06

大高未貴 「アン・セホンは活動家」



昨日のエントリーで写真家のアン・セホンのことを「政治運動とは無縁の大人しい普通の写真家というイメージだったが・・・想像していたより『活動的』な人である」と書いたばかりだが、産経のこの記事を読んで、ああやはり。やはり、彼はその筋の人だった。大高未貴によると、アンは韓国挺身隊研究所の関係者らしい(追記:ナヌムの家で、3年のボランティアも経験[ソース])。

朝日新聞も、まだコソコソと何かお天道様に顔向け出来ないようなことをしているらしい。今もって反省する気配なし。

あの社説は、自分も読んでいて不愉快になった。ところで、黙れとヤジを飛ばした記者は日本人だったのか外国人記者だったのか・・・。

[...]前置きが長くなったが、この6月28日、同クラブを舞台に、同じような茶番が演じられた。会見したのは、安世鴻という韓国人写真家だ。安氏は、カメラメーカーのニコンが運営するイベントスペース「新宿ニコンサロン」で、元「従軍慰安婦」をテーマとした写真展の開催を計画。「反日プロパガンダだ」と抗議が集まる中、ニコンが5月22日に開催中止を安氏に通告すると、安氏は東京地裁に、「ニコンは契約に基づき会場を貸さなければならない」と仮処分を申請。6月22日に地裁がこれを認める決定をし、開催にこぎつけていた。

集まった記者は約30人。登場したのは司会者、安氏、通訳、JVJ(ジャパン・ビジュアル・ジャーナリスト協会)の豊田直巳氏。安氏は「日本のような民主主義国において表現の自由が弾圧されたことを遺憾に思う。トラブルが起きてからというもの、会場には数人の警備員が配備され、モノモノしい雰囲気になってしまった」などと言い、スライドで会場の様子を映してみせた。更に「ネット上に私(安)のメールや電話が公開され、自宅にも脅迫メールや電話が殺到する嫌がらせを受けている」と訴えた。

質疑で、白人記者から「何故このテーマを選んだのか?」と質問されると、安氏は「1996年に初めて慰安婦に会って心を動かされ、何度も彼女達のところに通ううちに写真を撮るようになった」とした。「こんなに物議をかもしているのに何故続けるのか?」という質問には、「表現の自由を守るため一芸術家として戦う。『従軍慰安婦』問題は日本でタブー視されているのでそれらを風化させないよう活動している」と答えた。

多分、これが彼の本音なのだろう。つまり写真家ではなく活動家なのだ。安氏は、ソウルの日本大使館前に慰安婦像を設置した「韓国挺身隊問題対策協議会」の連携団体で、慰安婦博物館の建設に協力した「韓国挺身隊研究所」で活動している。

私も手をあげ質問した。「慰安婦達が日本軍によって強制連行されたという証拠は、いまだに韓国政府からですら提出されていない。彼女達は当時公認されていた売春婦ではないのか?」。安氏は「慰安婦は戦争の前線などに工場で働くなどと騙されて送られた。実際に現地に連行されたら日本兵の性奴隷の脅迫から逃れることはできなかった。証拠がないから、彼女達が慰安婦の契約書を持っていなかったからといって慰安婦でないと断定することはできない。彼女達はサラリーももらっていなかったのだから」。

この回答に、別の日本人記者が噛みついた。「ここに、彼女達が高い賃金を貰っていた資料や、韓国人の名で女性を集めた広告などがあります。こういった資料があっても強制連行だと言い切れますか?」。この記者は資料を外国人記者たちに見せて説明しようとしたが、一部の記者達から「黙れ!」と何度もヤジが飛んだ。これも「表現の自由」の弾圧だと思えたが、誰も文句を言わない。しかも安氏は「私は学者ではなく写真家です」と逃げた。

また、朝日新聞の記者が質問したのだが、ほかの誰もが英語で話したにもかかわらず、韓国語で喋るので何を言っているのかさっぱり分からなかった。他の記者たちに知られたら困るとでもいうのだろうか。(以下略)

産経 2012.8.6 1 2 3 4