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2013/09/09

沖縄の碑5周年 尹貞玉「ベトナムでは韓国兵は米軍の傭兵だった」


顕花するユン(左から二人目)もすっかり「ハルモニ」に

今年もこの話題。ユン・ジョンオク(尹貞玉)初代挺対協代表は、「平和を守り、 戦争のない世界を祈りたい」と言うが、慰安婦騒動はアメリカにまで渡り地域住民の不和の種になっている。煽っているのは彼女のお弟子さん達である。

ベトナムでの出来事にも触れているが、韓国兵は「米軍の傭兵」だったと言い訳がましい(それとも宮古新報の記事の問題か?)。アメリカ軍がレイプを命じたわけではなかろう。そして絶対に韓国軍の慰安婦については触れない・・・。

「慰安婦」を追悼、平和祈念

アリランの碑・女たちへ 建立5周年で集い

日本軍「慰安婦」の史実を伝えるために2008年に建てられた「女たちへ」と「アリランの碑」の建立5周年記念の集いが7日、上野野原の同碑前に関係者およそ40人が参加して行われた。参加者を代表して宮古島に日本軍「慰安婦」の祈念碑を建てる会共同代表の尹貞玉(ユン・ジョンオク)さんらが碑前に献花し、亡き慰安婦を追悼するとともに、世界の平和を祈念した。


尹さんは「美しい宮古島のこの地に戦争のない平和な世界を祈る碑を建てた。ここに休んでいる女性たちが私たちと一緒に地球を守ってくれるように祈りたい。海も、空も、空気も汚れていない宮古島に、若いときに傷つけられた女性たちが眠っている。ここが、美しい地球が開発という名の下に破壊されることから守るシンボル(象徴)的な存在になるよう祈っている」と述べた。

また、「慰安婦」問題の研究者で早稲田大学名誉教授の中原道子さんは「これらの碑をこれまで守ってくれたのは宮古島の皆さんたち。この碑を建立した一人として、とても感謝している。碑は石。石はいつか欠けてなくなるかもしれない。しかし無くならないのはその女性たちの記憶とそれを引き継いだ私たちの記憶」と述べ、碑銘の「女たちへ」について「この島で生き、無くなった女性たちへの思いと、その記憶を引き継いで後世に伝える女たち。その人たち、少女たち、子どもたちへも呼び掛けた碑銘」と碑に寄せる思いを話した。

宮古毎日 2013.9.8

日本軍「慰安婦」問題の解決へ、記念碑建立5周年集い

日本軍 「慰安婦」 の祈念碑建立5周年の集い (主催・日本軍 「慰安婦」 問題を考える宮古の会) が7日、 上野野原の祈念碑 (アリランの碑・女たちへの碑) 前で行われた。 地元や沖縄、 本土、 韓国などから約40人が参加し、 戦時中に日本軍に強制連行され、 苦しみを強いられた女性たちに想いを寄せながら慰安婦問題の解決へ向けての気持ちを新たにした。 また 「慰安所を知るものとして悲惨な戦争を語り継ぎたい」 との決意も見せた。

午前10時過ぎから始まった集いでは、 中原道子さん (早稲田大学名誉教授) が多くの人の協力で行った日韓共同調査などにより、 「慰安婦」 の女性が韓国で生きていたことや祈念碑を建立した地元の人たちへの感謝の言葉を述べた上で 「5周年を迎え心からうれしい。 これからも女性たちの記憶を引き継ぎ、 後世へ残していきたい」 と述べた。

同祈念碑を建てる会共同代表で挺隊(ママ)元代表の尹貞玉さんは 「今は女性たちの犠牲の上にあり、 一緒になって平和を守り、 戦争のない世界を祈りたい」 と強調。 またベトナム戦争期に米軍の傭兵として戦った韓国軍兵士によるベトナムの女性への性暴力もあったことも説明し、 「申し訳ない」 と述べた。

祈念碑を建立した土地を提供した与那覇博敏さんは、 「女性たちは近くにある井戸で洗濯の行き帰り、 ここにあった木陰で休んでいた。 『兄さん、 兄さん唐辛子がないか』 と声を掛けられた。 日本語は流暢だった」 などと当時を振り返った。 祈念碑については 「慰安所を知るものとして悲惨な戦争を語り継ぎ、 繰り返さないために建立した」 と強調した。

このほかリレートークの形で洪ユン伸さん (早稲田大学国際言語文化研究所研究員)、平良修さん (日本キリスト教団牧師)、 友利恵勇さんらも女性たちへの想いや平和への願いを語った。

戦争時、 日本軍はアジア太平洋全域に 「慰安所」 をつくり、 沖縄に130カ所、 宮古島には少なくとも16カ所あったという。 そこでは日本、 植民地、 占領地から強制連行された女性たちが 「性奴隷」 として生活を強いられた。 宮古島では2006年から07年にかけて 「慰安婦」 を記憶していた人たちが韓国・日本の研究者との出会いから碑建立する運動が始まり、 08年7月に建立。 祈念碑には 「故郷を遠く離れて無念の死をとげた女性たちを悼み、 戦後も苦難の人生を生きる女性たちと連帯し、 彼女たちの記憶を心に刻み、 次の世代に託します。 この碑をすべての女たちへ、 そして平和を愛する人々に捧げます」 との言葉が刻まれている。

宮古新報 2018.9.8