ページ

2013/12/08

ユン・ジョンオク(尹貞玉):日本はなぜ我が国の女性を連行したのか


早くも90年代の初期に、韓国で慰安婦問題に火をつけたユン・ジョンオク(尹貞玉)が「連合軍の慰安婦」という言葉を使っていたことに気がつく(翻訳の問題という可能性もある)。考えてみれば、彼女の世代(1925年生まれ)なら、米軍相手の売春婦が韓国で「慰安婦」と呼ばれていたことを知っているのは当然であった。彼女が問題視したのはもちろん、日本軍が慰安婦を利用したことではなく、日本政府による慰安婦の強制連行(戦時動員)であった。彼女にその考えを吹き込んだのが、金一勉や吉田清治の著書であった。

朝鮮人女性たちが慰安婦として連行され始めたのは、日本が本格的に中国侵略を始めた1937年ごろと思われる。

・・・中国本土にたくさんの軍人が投入されるにつれて朝鮮人女性の連行を考えたのである。

・・・性病をもたない日本の未婚女性を慰安婦として連れて行くわけにもいかない。そこで考えたのが植民地朝鮮の未婚女性を連行することであった。日本は儒教国である朝鮮が娘たちに厳しく貞操教育をすることを知っていた。

また、朝鮮の女性を慰安婦にした目的の一つは民族を衰退させるためであった。在日同胞の金一勉さんは『天皇の軍隊と朝鮮人慰安婦』のなかで、日本は朝鮮民族を衰退させるために、その民族の基盤となる家庭、そしてその家庭の柱となる女性を破壊することが近道だと考えたのであろうと述べている。

もちろんそこには女性を男性の慰安物と考える女性蔑視思想が横たわっている。従軍慰安婦政策は日本の軍国主義、帝国思想と、男性中心主義による女性蔑視感が生んだ国策なのである。

「挺身隊(怨念の足跡)取材記」(1990年) 山下英愛訳



日本がわが国の若い女性たちを、なぜ、どのように、どれほど連行し何をしたのか、なぜ戦後帰って来る人がいないのかを早く明らかにして、責任の所在を問うていたならば、今日のように基地周辺や観光地で外貨獲得のために外国人を相手に働く韓国の売春女性はこれほど多くなかったのではないかと思う。

沖縄その他で日本軍の慰安婦だったわが国の女性たちが戦後、連合軍の慰安婦になったことを知り、この思いは一層切実である。