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2011/09/16

駐日オランダ大使が日本人に説いた慰安婦問題


漢字に詳しいというヘーア大使だが、日本語の資料は読めないようだ
(写真は本文と無関係)

昨年、オランダの駐日大使フィリップ・ドゥ・ヘーアの講演を聴く機会があった。その時の事をまとめる積りで、いつの間にかメモを無くしてしまった。そこで記憶を頼りに書くわけだが、幸いネットにはその講演の概要が紹介されているから、それらを利用して記憶の復元を試みてみる。しかしながら、ネット上にこの時の感想を上げている人の多くは、自分とかなりスタンスが異なり、大使の講演を批判的に見ていた人は少ないようである。もっとも、それゆえ両方の感想を比較して貰えばそれなりに有意義なのではないかとも思うわけである。この講演は「日本キリスト教会日本軍『慰安婦』問題と取り組む会」が主催者となり新宿区のある教会で行われた。

ヘーア大使の祖父は戦前に来日し、太平洋戦争に巻き込まれた。叔父は炭鉱に送られ、祖父は憲兵隊の通訳として働いた。この事でヘーア大使の祖母は終生祖父を恨んでいたという。彼はたぶん2007年にアメリカで始まった慰安婦非難決議採択運動をきっかけに慰安婦問題を知ったのではないかと思われる(草の根レベルの採択運動はもっと前から)。よく知られているように、戦時中インドネシアでは「白馬事件」と呼ばれる事件が発生し、オランダ人抑留者の女性の一部が本人の意思に反して慰安婦にされてしまった。アメリカの下院に証言者として招かれた一人がオランダ人女性であったことから、オランダでもこの問題に注目が集まった。

白馬事件についてはここでは詳しく述べないが、しばしば強制連行の証拠として日本の「良心派」が持ち出すので聞いた事がある人も多いはずである。「強制的」に「連行」したから「強制連行」・・・ではないのであるが、それはともかく、ヘーア大使はその時の資料を読み込んでいることもあり、慰安所システムを、女性を憎むという発想がなければ思いつかない制度であるというような事を言っていた。

個人的な印象であるが、最初はヘーア大使も遠慮がちだったと思う。日本人の聴衆を前にして日本を批判するのだから当然だろう。彼は物腰柔らかく思慮深い人物だった。奥さんも感じのいい人だった。マイク・ホンダのような軽薄なタイプの人間ではないのは確かだ。しかし、この問題に詳しいとはいえない。「過去から目を背けてはいけない」といった類の、失礼だがありきたりな説教文句も少なくなかった。


最初に韓国の「兄弟姉妹」のために祈りが捧げられた


ところが、質疑応答の時間になっても彼の話に異論を挟む者はなく、我が国がオランダ人に対して行った非道な行為について謝罪したいと立ち上がる聴衆の姿に勇気づけられたか、最後の方になると彼の日本に対する批判も大胆になっていった。

原爆は確かに悲劇だったが歴史の一部として見なければならないとも言っていた。ようは、「日本が戦争を始めたから、原爆の投下を招いたのだ」と言いたかったのだろう。しかし、その理屈を延長すれば、オランダ人が日本軍に抑留されたのは、オランダ人がインドネシアを支配(侵略)していたからだという事にもならないか?それで、オランダ人は納得できるのだろうか?

公平の為に言っておくと、ヘーア大使はオランダの植民地支配を正当化していない。大使は、オランダ人の中には植民地支配がインドネシアの発展に貢献したという人もいるが、それはインドネシア人が望んだことではない、と言う。アメリカに黒人奴隷を運んだのもオランダの船であり、ユダヤ人を絶滅キャンプに運んだのもオランダの鉄道だったかオランダ国内を通過した(記憶が曖昧)のだから、オランダにもこれらの歴史について責任があるというような事も言っていた。

もっとも、大使が挙げた例は間接的なオランダの「罪」ばかりである。例えば、オランダは北アメリカ大陸にも植民地(都市)を持っていたが、そこで原住民の虐殺事件を起こしているし、インドネシアでも同様の事件を起こしている。そういった直接的な加害行為には、意図的ではないだろうが触れなかったようである。たぶん、それらの事件は(白馬事件も同じなのだが)一部の人間の犯罪であって、アメリカの奴隷制度やドイツのホロコーストのように国家の方針として行われたわけではないから、彼の中では区別されているのだろう。つまり、彼の頭の中では慰安婦の「強制動員」とその虐待は日本の国策として、アメリカの奴隷制度などと同列に置かれているのだと自分には思われた(一部の学者や運動家たちが、国際社会にそのように印象づけた)。

ヘーアが慰安婦問題について偏った知識しか持ちあわせていないらしい事は、質疑応答の時間でも明らかになった。質疑応答に入り、自分の後方に座っていた男性が発言の機会を求めた。彼は埼玉平和資料館が「従軍慰安婦」の表記を「慰安婦」に変更したことをどう思うかと、大使に質問した。男性は長々と何やら解説していたが、大使の答えは「日本人の中には日本政府(軍?)が関与したことを認めようとしない人達がいる」というまるっきりトンチンカンなものであった。大使は真剣な顔でそう述べたのである(平和資料館の問題については以前のエントリー参照)。

余談だが、面白かったのは、講演が終わった後、質問した男性が他の参加者から抗議されていたことだ。「従軍」という言葉は自ら進んで慰安婦になったことを意味する(詳しくは前記のエントリーを)と詰め寄られてしどろもどろになっている男性の傍らを通って、自分は会場を出た。

肝心のヘーア大使はこんな裏事情など知る由もなく、オランダ大使館へ日本人から抗議の手紙が送られて来たという話も披露した(加瀬英明か誰かからの手紙だったらしいが、名前は失念)。彼に言わせると、インターネットで調べれば簡単に見破れるような嘘(?)が書かれていたという。欧米語しか読めない人間がインターネットで慰安婦問題の何が分かるというのか、と思ってしまうが、けっきょく、駐日大使に誤解させたままにしておく日本の政治家の責任も大きいのである。

東郷は欧米人の誤解を正そうとしていたが、ヘーア大使はまるで理解していなかった


彼はまた、面識のある東郷和彦元駐オランダ大使を、良心的な日本人の例として紹介した。東郷は慰安婦問題についても正しい認識を持っていると。しかし、東郷の著書を読めば分かるが、彼はアメリカの慰安婦決議に反発して、当時アメリカの議員たちの誤解を解こうと奔走していたのである。

・・・安倍総理を「慰安婦に対する強制性の(全面的な)否定者」として排撃する英文メディアの論調は、猛威をふるった。...主要メディアが、総理を「慰安婦の否定者(denier)」として切り捨てるあまりのものすごさに、私は、しばし言葉を失っていた。

東郷和彦 歴史と外交

けっきょくヘーア大使は何も分かっていないのである。善良な人間ではあるが、彼も偏見の持ち主であり、このようなピント外れな説教を聞かされていたにも関わらず、多くの日本人は感激の面持ちで会場を後にしたのであった。半知半解の大使も問題だが、それを指摘しない(出来ない)日本人が一番の問題なのだ。

もっとも大使の親族が戦時中に日本軍の為に苦しんだという話は事実だろうし、その話は大変に重いものだった。

追記: 思い出したが、ヘーア大使は「実は、慰安婦の中には日本人もいた」「しかし日本人(売春婦?)の数が足りなくなると、アジアの女性たちを(ムリヤリ)慰安婦にした」と日本人聴衆にレクチャーしていた。記憶が定かではないが、たぶん大使は日本人慰安婦=プロの売春婦、外国人=強制連行被害者という認識であったと思う。彼の知識はかなり古いソースから仕込んだものらしい。というのも、共闘関係にある日本のフェミニストたちの抗議を受け、韓国の挺対協も最近では「被害者」にプロとアマの区別はないという立場に転じているからである。しかし、この大使の発言に対しても誰も異を唱えることはなかった。