2013/04/05

慰安婦問題はプロパガンダ戦 産経


「韓国の国際世論工作拠点」と言われる東北アジア歴史財団

産経新聞は、慰安婦問題を国際的なプロパガンダと見ている。この見方は正しいと思う。

第3部 プロパガンダ戦争(4)韓国 官民挙げ「慰安婦」工作

ソウル中心部にある在韓国日本大使館前に1月末、若い韓国人の男女が集まった。彼らは大使館前に違法に設置されている日本統治時代の「慰安婦」の像を囲み、笑顔で記念撮影した。

元慰安婦の少女時代を題材にしたというブロンズ像は、大使館前で毎週集会を続ける強硬な反日団体「韓国挺身(ていしん)隊問題対策協議会(挺対協)」が2011年12月に建てた。

男女は次世代の国際社会を担うリーダーを生み出すために設立された世界最大規模の学生NPO(民間非営利団体)「アイセック(AIESEC)」に所属する学生たち。ソウル大や梨花女子大などの名門大の学生も含まれている。

学生たちは1月29、30両日には慰安婦問題に関する討論合宿をソウルで主催した。慰安婦問題は「日本が犯した戦争犯罪」という韓国側の論理を世界に広げようとするのが目的だ。高い英語力を持つ学生も多く、他国の若者とも頻繁に討論会などを開いている。

学生らの活動は自発的とはいえ、韓国政府が財政あるいは宣伝面でバックアップすることが多い。今回も韓国の政府機関が発行する媒体の誌面を割いて活動を支援した。

◆「財団」政府と直結

学生たちの活動を支援する団体がソウル市内にある。「東北アジア歴史財団」で06年に発足した。名称こそ「財団」だが韓国政府と直結している組織だ。理事長は閣僚級の扱いで、ナンバー2には歴代外務省から派遣された次官級幹部が就任している。「東海」や「独島」など「国際表記名称」の変更と定着を担当する大使級の外交官もいる。

財団は活動目的の第一に「日本軍『慰安婦』の研究と国際問題化」を挙げ、「発足当初から慰安婦問題を主要な歴史懸案として認識し解決のために努力してきた」としている。

3つある研究室の1つで慰安婦問題、もう1つで日本との領土領海関係を扱う。

内外の市民団体の取り込みを担う交流広報室や、歴史問題への対応を練る戦略企画室もある。

財団の内部資料によると傘下の「独島研究所」の研究員や契約職を含む財団の全体の人員は約100人。13年の予算は210億ウォン(約18億円)に上る。

07年には韓国の近現代史の学会とともにインドネシアや台湾などで「慰安婦実態調査」などを実施した。

挺対協にも、行事への財政支援を07年以降5回以上行っている。

長く慰安婦問題を担当した日本政府関係者は財団について「韓国の国際世論工作拠点といっても過言ではない」と指摘する。

◆安倍首相狙い撃ち

6月に英領北アイルランドで開かれる主要国首脳会議(G8サミット)では、「戦場における女性」がテーマとなっている。

この場で慰安婦問題が議論される可能性が指摘されている。日本の政府・与党内には「日本の取り組みを説明する好機」ととらえる向きもあるが、欧米メディアに向けて慰安婦問題で安倍晋三首相を標的にした働きかけはすでに始まっている。

産経 2013.4.4 上 下

ミンディ・カトラー
米国では「慰安婦問題のエキスパート」扱いらしい

ミンディ・カトラーといえば、2007年のアメリカ下院の慰安婦決議の頃だったと思うが、日本軍の慰安所システムを、合法化されたミリタリー・レイプ(legalized military rape)と言っていたような気がする[要確認]。安倍晋三に対する偏見も当時から酷く、産経新聞の古森記者は、彼女が「日本側の一定勢力から情報や助言(しかもきわめてゆがんだ種類の)を受けているのではないか、という疑惑にはそれなりの状況証拠が多々あります」と自身のブログのコメント欄に書いていた。

キム・トンチャン
祖国・韓国から尊敬されたい?

そして、KACEのキム・トンチャン(ドンチャン・キム)もお馴染みの顔であるが、彼はこれまでキム・ドンソクの後ろにいた印象だが、最近露出が増えてきた?

慰安婦問題に詳しい専門家というのが誰か見当もつかないが、キムのような人間は、「祖国と自分を切り離さないためにも(日本批判をすることで)気持ちのバランスを取ろうとしている」「祖国から“戦士”として尊敬してほしいとの気持ちもあるようだ」という指摘は、当たっていそうな気がする。

サニー・ハン
同じ韓国系でも一連の対日ネガキャンに批判的

しかし、西岡力。「権力による強制連行はなかったと堂々と主張し・・・広報戦の取り組みが必要だ」。・・・もういい加減、反論する側も強制連行という言葉の呪縛から自らを解き放つべきではないか?

第3部 プロパガンダ戦争(4)「Abeを信用できますか?」慰安婦問題、執拗に追及

■票目当て なびく地元議員

「Abeを信用できますか?」

2月下旬の安倍晋三首相の訪米直前、日本を担当する外国メディアの記者たちに、こんな書き出しのメールが届いた。発信元はワシントンに拠点を置くシンクタンクで、主宰者は慰安婦問題で日本の責任を執拗(しつよう)に追及してきたミンディ・カトラー氏だ

日米関係に関する分析やコメントを提供できると売り込むメールはこう続く。

「安倍首相はワシントンで信用されていない。彼は米国との同盟関係の深化を誓うが、日本の平和憲法と第二次大戦の歴史を修正しようとする願望で、その誓いの誠実さと実効性に疑問が生まれている」

メールはさらに、安倍首相や閣僚らが野党時代、米ニュージャージー州の新聞に出された慰安婦に関する抗議広告に署名していることや、ある閣僚の家系が戦争捕虜を強制労働に従事させたことなどを列記する。

メールと前後し、米外交誌フォーリン・ポリシー(ネット版)は、慰安婦問題で日本政府はもっと行動すべきだとする内容の記事を掲載した。その中で引用されたコメントの一つがカトラー氏だった。

メールを受けた外国人記者の一人は、「慰安婦問題はソウルで動きが多くあるだけに報道される量も多くなる」と語る。

事情を把握していない外国人記者が「慰安婦問題のエキスパート」として紹介されたカトラー氏にコメントを求めることは想像に難くない。

米20カ所に碑

米国をはじめ台湾、欧州連合(EU)、カナダなど各地で慰安婦問題を非難する決議が採択されている。米国ではこのほか、3月にニュージャージー州バーゲン郡で慰安婦碑が建てられた。同種の碑はすでに同州パリセイズパーク市、ニューヨーク市近郊にもあり、今後、国内約20カ所に建つ見込みだ。

米国内での決議や碑の建立は、移民として地域社会に根を下ろす「ニューヨーク韓人会」や「韓米公共問題委員会」「韓国系米国人権利向上協会」など複数の韓国系団体が、地元議員らに強く働き掛けて実現したものだ。

いずれの団体も取材を拒否したが、唯一立ち話に応じた同協会のドンチャン・キム代表(46)は、「日本政府は謝罪し、若い世代にも事実をきちんと伝えるべきだ。私たちは新たな世界を築きたいのであり、決して『反日本政府』ではない」と強調した。

慰安婦問題に詳しい専門家はこれらの団体が慰安婦問題に熱心な理由について「日本統治時代に苦しんだ親を持つ世代が中心だ。祖国と自分を切り離さないためにも(日本批判をすることで)気持ちのバランスを取ろうとしている」と説明する。同時に「祖国から“戦士”として尊敬してほしいとの気持ちもあるようだ」との指摘もある。

ニューヨーク州やニュージャージー州は韓国系住民が多い。パリセイズパーク市の韓国系住民の数は全体の52%。バーゲン郡でも1990年以降、韓国系住民が約4倍の8%へと急増している。決議や碑の建立は選挙に向けてのパフォーマンスという側面もある

中国と共闘も

議員への韓国系団体による攻勢には足元からも批判が出ている。ニューヨーク州議会議員候補(共和党)で韓国系の米国人女性、サニー・ハン氏は「日本や韓国の70年前の問題を全く関係のない米国でなぜ持ち出すのか」と疑問を呈す。韓国系の若い世代の間でも「日本への挑発は不健全」との声が上がる。ただ「表立って口に出せる雰囲気ではない」(ハン氏)のも事実のようだ。

ニューヨーク州では韓国系だけでなく中国系の住民も増えており、“中韓共闘”の動きも出ている。

韓国系団体は中国系ニューヨーク市議のピーター・クー氏(民主党)に働き掛け、同市クイーンズ区にある韓国系住民の多い地区を通る道路の名称を「慰安婦メモリアル通り」に変更する計画を進めている。同地区での中国系と韓国系住民の反目は有名だが、当選を確実にしたいクー氏は韓国票を当て込んでか変更に合意したという。

慰安婦問題におけるウソを指摘し続けてきた東京基督教大の西岡力教授はこう強調する。

「日本政府には世界の国々に権力による強制連行はなかったと堂々と主張し、誤解を解くための官民挙げての広報戦の取り組みが必要だ」

産経 2013.4.4 1,2,3

もう一つの吉田清治証言--「朝鮮人慰安婦と日本人」 (4)

[...]

労務報告会に戻ると長谷川嘱託が来た。今日は背広姿だったが、この男は軍服なんか着るよりそのほうが似合っていた。

[...]

「今日は身体検査を受けさせています。女たちには慰安所行きとは言っていません。事実を言えば逃亡しますから、対馬の陸軍病院の雑役婦募集だと言って志願させました」

「それは名案でしたよ。それであんな若い子が集まったんですね。対馬行きにしては船旅がながいが、御用船だからどこかに寄って貨物をおろしてから対馬へ行くとでも説明しましょう。海南島に着くまでは秘密にしておかないと、身投げでもされると困ります」

「海南島で、百名を一か所に収容するのですか」

「楡林の三か所の慰安所へ分けます。船の中で三班に編成しますが、特別上等なのがいたら将校慰安所にまわすかもしれません。それからお手数ですが、胸に名札をつけさせてくれませんか。貨物船だから船艙に分けて積むことになるでしょう。点呼のとき手間どると思うんですよ」

[...]

前渡金の支給日の八日は、朝から挺身隊の女たちが集まってきた。動員係が会計の女子職員といっしょに、名前の書いた封筒へ一円札で二十円入れたり白布をはさみで切って名札をつくったりして時間がかかった。林と山田が大声をはりあげ、女たちを名簿順に歩道に一列に並ばせて一階の配給係で前渡金を渡し始めた。松井が一人一人に名簿の氏名の下に拇印を押させて、前渡金の封筒と名札を渡すと、林は名札は服の胸にぬいつけてくるんだと言って自分の胸につけて見せて、女のまねをしてみんなを笑わせた。

「二十円もらって逃げたりしたら、警察につかまって刑務所に入れられるからな」と山田が言うと、前渡金を受けとった女がやりかえした。

「逃げても、日本には仕事がないよ。つしまへ行って三十円もうけたほうがいいよ」

[...]

四月十日は前夜の雨があがって上天気だった。朝から空襲警報が発令されて職員たちは床下や裏庭に掘った防空壕に掛けこんだりした。「朝鮮人女子挺身隊」の集合時間は十時にきめていて、沿岸の労報飯場の前には女たちが集まってきた。長谷川嘱託が昨日午後にやってきて、御用船は海峡のブイに係留されているので税関岸壁から通船を雇ってほしいと言ったが、下関には通船がないので機帆船をたのんだ。念のため今朝松井を東南部(ひがしなべ)の関門機帆船組合の下関支部へ確認に行かせた。

動員係の部屋に行くと下関署の労政係主任が来て女子挺身隊名簿を見ていた。

「若いのがよく集まりましたね。十八歳が多いじゃないですか」

「佐々木さんのおかげですよ。十八歳未満が十名ばかりいますが、動員命令書にあわせて十八歳と書いてあるので十八歳が多いんです。みんな窃盗の前科があります」

「乗船のときの警備は水上へ連絡してありますか」

「その必要はないですよ。みんな対馬の陸軍病院の雑役婦だと信じていますから。もうかなり集まっているようです。行ってみませんか」

「そういうわけなら、あまり制服で近よらんほうがいいでしょう」と言って労政係主任は署に帰って行った。

十時に動員係をつれて労報飯場へ行くと、倉庫の前まで女たちであふれていた。年寄りや子供たちもたくさん見送りに来ていたが、いつもの勤労報国隊派遣のときとちがって今日はにぎやかだった。朝鮮服を着た女はすくなくたいてい日本人のようなモンペ姿で、ワンピースやスカートの女もいた。

[...]

十二時になって挺身隊を広場へ整列させるときも、はじめと同じように手間どった。山田が先頭に立って、挺身隊は倉庫がならんだ道を貨物引込線にそって三百メートル先の税関に向かった。見送りの家族たちが道いっぱいになってついてきた。対馬行きを見送るつもりで、家族たちは笑いながらにぎやかにしゃべって、不安げもなく歩いていた。

税関庁舎前の広場へ着くと庁舎から軍装の長谷川嘱託たちが出てきた。

「ご苦労さま。税関の手続きはすみました。女子挺身隊の荷物の検査はしないそうです」

「機帆船は一時に来ることになっています。挺身隊の受領をお願いします」

挺身隊員と名簿の照合確認が終わると、税関待合室で朝鮮人女子挺身隊百名の派遣受領証に、○○部隊長長谷川嘱託の受領印をもらった。午後一時過ぎ、百人の大坪の女は二隻の機帆船に分乗して岸壁を離れて御用船に向かった。


もう一つの吉田清治証言--「朝鮮人慰安婦と日本人」 (3)


[...]

清子の長屋を出て二、三軒まわり、本通りで佐々木刑事たちと出会い、いっしょに昼食に労報へ帰った。昨日からの募集人員を集計すると、今日労報に出頭してきた者を加えて八十人を超えていた。午後の募集には林と松井をいっしょに行かせて、私は身体検査と検診の打ち合わせに西川医院へ行った。
西川医院は労務報国会近くの岬之町にあって、内科・泌尿器科だった。西川先生は私を奥の応接間へ案内して、酒とビールの礼を言った。

「今どきたいへんな貴重品をいただいて恐縮でした。薬用アルコールの代用品ではあじけないですよ。おかげさまで昨夜は酒にしようかビールにしようかと迷いましてね。久しぶりに陶然としました」

「先生はどちらがお好きかわからなかったので両方を運ばせました」

「両方とも大好物ですよ。ところで慰安婦は集まりましたか。いくら朝鮮人でも百人も慰安婦を集めるのはたいへんだったでしょう」

「八十人ばかり集めました。今日じゅうには百人そろえる予定です。ただ料理屋で働いていた女が半分おりますので、病気をもっていなければいいんですが」

「朝鮮人の料理屋の女はみんな淋病や梅毒にかかっていますが、そんなにひどくなければいいんじゃないですか。一時しのぎに注射をしときましょう。戦地では兵隊にサックを持たせてありますからね。使わんやつが悪いんですよ。無きずの朝鮮人の女を百人も集めるのは、労務報国会でもむずかしいでしょうが」

「労報としては診断書さえつけて送ればすみますが」

「いいですとも。診断書なんかいくらでも書きますよ。私も北支事変のときは野戦病院の軍医をやりましたが、どこの部隊でも軍医が慰安所の女の検診なんかやるひまはないですよ」

「実は朝鮮人の女たちには慰安所行きとは言ってないんです。事実を言うと逃亡する者が出たりして取締まりがたいへんですから、対馬の陸軍病院の雑役婦ということにしてあります。それで料理屋で働いていた女は、検診を受けたりすると、慰安所行きだと気づかんでしょうか」

「職員のひとが持ってこられた動員命令書の写しには、妊婦を除くと書いてありましたね。妊娠しているかどうかを診察すると言っておいてください。診断書で朝鮮語でぎゃあぎゃあ騒がれたらかなわんですよ」

七日の朝出勤すると、労務報国会の前の歩道にはもう朝鮮人の女たちが五十人ばかり集まっていた。みんな意外にこざっぱりした身なりをしていた。労務報国会は電車通りで、市外電車の窓から日本人がめずらしそうに見て行った。朝鮮人の多い下関でも若い女がこれだけ集まると目立った。[...]朝礼をすますとすぐ動員係の今日の業務の分担をきめた。松井と山田には西川医院へ行って女たちの整理と診断書に氏名を記入させることにして、林には労報の前で女たちを点呼して、名簿順に二十名ずつ西川医院へつれて行くように指示した。
佐々木刑事が部長室で「朝鮮人女子挺身隊名簿」を調べていた。名簿は女子職員に数部複写させて、私の机の上にも一部置いてあった。通し番号は百十一となっていて十一名余分に募集していた。

「まるで一斉検挙ですね。大坪の女の大掃除になります。刑事室の連中も喜ぶでしょう」

「しろうとの女は何名くらいいますか」

「酌婦あがりが四十四名、逮捕歴のあるのが五十七名で合計百一名ですね。しろうとは産婆の朝島が指名した八名のほかに二名だけです」

「一名は食糧配給所の女中ですね。もう一名はどんな女ですか」

「年は十六歳です。住所と姓が酌婦と同じですから、たぶん妹ですよ」

「西川先生にたのんで、からだの弱いのから十一名を除きましょう」

「花柳病のがいますよ」

「西川先生が、あまりひどくなければ診断書を書くと言っていました。あの先生ならたいていは見のがすでしょう」



つづく

2013/04/03

もう一つの吉田清治証言--「朝鮮人慰安婦と日本人」 (2)


吉田は、この種の朝鮮人女性のエピソードを沢山書き連ねているが、ここではその一部だけ紹介する。九州での自分の体験を交えて書いているのだろうが、どこまでが本当か分からない。吉田の「強制連行」話を真に受けた人は多い。それだけ彼には文章力があったということなのだろう。読んでいて、そう感じる。

[...]

光子は土間に積みあげたぼろぎれのなかから、シャツやズボンをえりわけていた。古い男物のシャツを着て作業ズボンをはいていたが、色白で目が大きくきれいな女だった。名簿には二十一歳となっていた。日本人が入っていっても別におどろかなかった。

「なにか用ですか」

「今日は警察の用じゃない。労務報国会の部長さんがおまえに話があるそうだ」

「うちには徴用にいくような男はいません。姉とそのちいさい男の子だけです。兄は刑事さんがつれていったからるすです」

「兄さんは社会主義の親玉じゃないか。当分帰れんよ。おまえは女だから警察のお情けで帰してもらえたんだ。今どき社会主義なんかやるやつは、無事ですまんくらいはわかっとるじゃろう。おまえが下関におると、警察もよけいな手数がかかるからな。こんど労報で対馬行きの女を集めておられるんで、おまえに行ってもらいたい」

「なにも悪いことをしないのに、下関に住んではいけませんか。朝鮮人の女にも徴用がかかるようになったんですか」

光子は私を見つめて表情も変えなかった。日本人の前でこんな理屈を言う朝鮮人の女は私ははじめてだった。「朝鮮人狩り」ばかりやってきた私は、こんな態度であしらわれて思わず大きな声をだした。

「おまえが志願しなければ、おまえだけ徴用をかける。対馬の陸軍病院の雑役婦で月給三十円だから、ほかの者はみんな志願している」

「どうせつれていかれるのなら、志願にしてください。朝鮮人は徴用がきらいですから」

七日朝の出頭を命じて表に出ると、本通りへもどって坂道をのぼりながら、佐々木刑事が話した。

「大山光子は、県立高等女学校へ三年までいっとります。おやじは牛市場の役員までしていたから、朝鮮人のなかでは大物でしたが、統制で牛市場がなくなって大阪へ引っ越しました。去年おやじが死んで長男が下関へもどると、大阪の警察から主義者として手配されてきました。二、三回あげましたが、こちらではたいした事はしてなかったが、時局がら保護観察で山口の刑務所へ送ってあります。女房は主義者じゃないんです。なかなかの働き者で百姓の手伝いに行ったり、安岡の浜でてんぐさとったりしています。しかし妹の光子は女学校へ行ったくらいですから、本が読めるし油断がならんですよ。天井から社会主義の宣伝ビラなんかでてきたので、三ヶ月ばかりしぼりましたが、取り調べには手をやきました。兄よりしぶとかったですよ。しばらく泳がしとるんですが、このさい海南島の慰安所へ送れば手間がはぶけますからね」

[...]

食後二人は西大坪の産婆の朝島波子の家へ行った。下関で正式の免状を持った朝鮮人の産婆は朝島一人だった。佐々木刑事の話では、朝島は朝鮮人の堕胎をやっているが、警察になにかと役にたつことを通報してくれるので、どうせ朝鮮人の子供をおろすのだからと警察では見のがしてやっているそうだ。

[...]

「今日はなにか、お話があるんでしょう」

「こちらは労務報国会の動員部長さんですが、こんど労務報国会で、対馬の陸軍病院の女の雑役を百人ばかり募集しているんです。それで朝島さんにたのんですこし集めてもらおうと思って来ました。待遇はいいですよ。食事付きで月給三十円、それに支度金が二十円前渡しされます」

「いまどき大坪の女の人たちには、とってもいいお話ですね。佐々木さん、それ雑役ではなくて、慰安婦でしょう。陸軍病院に女の雑役が百人なんて、おかしいですわ」

「これはまいった。息子さんが軍医中尉殿だから、陸軍病院なんてごまかしてもしようがない。朝島さんは軍国の母だから、ほんとうのことを言いましょう。実は軍の命令で労務報国会が慰安婦を百人供出することになったんですが、動員部長さんがだれでも見さかいなく徴用をかけるのはかわいそうだから、なるべく水商売の経験のある者や生活に困っている者を選びたいと言われるんです。こういうことは、あまりおおっぴらにしてはいかんので、陸軍病院の雑役婦の募集ということにしてあるんです」

「わかりました。そんなことをしゃべったりはいたしません」

「どうですか、十人ばかり心あたりはありませんか」

「このごろは炭鉱の慰安所からも募集にきています。流産したばかりのひとがお金のためにつれていかれました。みんな困っていますから、そのうち大坪の娘はみんな売られていきますよ。おなじことなら炭鉱より軍の慰安所のほうがましかもしれませんね。十人くらいなら話してみましょう。行き先は秘密なんでしょうね」

「支那の海南島です。あそこは前線ではないから命の心配はないですよ」

「対馬といっておきますが、戦争が終わったら帰れますわね」

「そのときは息子さんも凱旋ですよ。これもお国のためですからお願いします」

朝島波子は私の顔を見ようとせず、話しかけもしなかった。いくら日本人らしくなっていても、やはり朝鮮人の女だから、朝鮮人に徴用をかける労務報国会をきらうのはあたりまえだった。

[...]

大田里子の家は年とった母親が小さな飲食店をやっていた。長屋のはしの家で「酒」と書いた入り口の障子は古びて破れていた。土間に古いテーブルを二つならべて、いすは手製の木の腰かけだった。

客が一人来ていた。新しい作業服を着て革靴をはいた体格のよい四十代の男だった。私たちがはいっていくと、里子と婆さんに何か朝鮮語で言ってあわてて出て行った。

「部長、あれは炭鉱の慰安所の男ですよ。女を集めとるんですね。あしたくるなんて言いましたよ」

「そうかもしれん。今ごろあんなかっこうをした朝鮮人が大坪へ来るはずがない」

「あんなやつがうろつくと、こちらの商売のじゃまですよ。特高にたのんであいつをブタ箱へ入れてもらいましょう」

「大坪へ見なれん朝鮮人が来たら特高がつかまえますよ。このごろ特高は事件がなくて、李の店でごろごろしています」

私は林が言うように慰安婦の供出がすむまで特高にぜげんの取締りをたのむつもりで里子にたずねた。

「今の男はお前の知りあいか」

「はじめてきたお客です。しごとの世話をすると言いました」

「あんな男の言うことを聞いたら、また炭鉱の料理屋へ売られるぞ。お前は大峯の料理屋から帰ったばかりじゃないか」

「あのひとの言うことは信用できんよ。五十円だすと言うたが、それ借金になることあたし知っている。きものとおびが六十円も引かれるから、なんぼお客をとっても借金がふえるばっかり。あたし大峯で四年もはたらいたよ」

[...]

「つしまで三十円になるなら、あたし行ってもいいよ。いつ行くのですか」

「行くのは十日だが、あした身体検査がある。病気がなかったらあさって二十円渡す」

「あたしはいま病気ないよ。帰るまえに病院の検査の日であれからお客とってないから、だいじょうぶです」

里子は婆さんに朝鮮語で話しはじめた。林が朝鮮語をつかって話に加わった。里子林の話に嬌声をあげた。この女なら船が海南島へ着いても、すぐあきらめて働くだろう。小ぶとりして大きな胸は酌婦をしてきたからだった。



つづく

もう一つの吉田清治証言--「朝鮮人慰安婦と日本人」 (1)


慰安婦の強制連行を唯一加害者側から証言したとされた吉田清治の「朝鮮人慰安婦と日本人」は、同じ著者による「私の戦争犯罪」よりは地味である。「私の戦争犯罪」に先立ち1977年に上梓されたこの本には、銃剣を突きつけて朝鮮人女性を拉致するという有名な「慰安婦狩り」のシーンはない。

しかし、慰安婦狩りの話が作り話らしいという認識が広まったせいか、韓国では日本の官憲が騙して(強制)連行して行ったというパターンにシフトしつつあるようだ。吉田証言が顧みられることがなくなった日本と異なり、2012年になっても、この本はノンフィクションとして朝鮮日報に取り上げられている。

余談: よく読むと、吉田は朝鮮人に先立ち日本人女性も慰安婦として徴用されたと証言している。

(文中の強調は引用者による)

昭和十九年

私は「朝鮮人女子挺身隊」の動員命令書を県庁の労政課で中村主事から手渡された。当日は定例の県内労報支部の日傭労務者動員会議が午後五時過ぎに終わり、下関労報の私だけが残るように言われた。会議室から労政課へいくと、ニ、三人の男子職員が居残りしていた。中村主事は書類ばさみから動員命令書をはずして、無造作にさしだした。

「朝鮮人だけの女子挺身隊です。南支の陸軍部隊への派遣で、期日は四月十日です」

「職種は何ですか」

「皇軍慰問の勤労奉仕。南支の兵隊さんも長期戦でだいぶ女に不自由してるらしい」

「慰安婦ですね。軍はどうして商売女をつかわんのですか」

「あんたはその方面にうといが、このごろの遊郭は年増の女郎しか残ってないですよ。若い女はみんな産業戦士になって、赤だすきかけて軍需工場で働いているんだから。朝鮮総督府の女子挺身隊は、大陸で兵隊さんに評判がいいそうですよ。若くて日本語がうまいから、クーニャンとちがって、情がわくんでしょうな」

「労務報国会に、慰安婦の動員までやらせるようになったんですか」

「動員署は去年から、日本人の慰安婦の徴用をやっていますよ。実は課長が県内の事情を話して、こんどは朝鮮人を出すことで話がつきました。それで課長がこの動員は下関労報にと言いましてね」

動員命令書は次のような内容であった。

(県労政発第○号)

陸軍○○部隊の要請に基づき左記の通り労務動員を命ず
昭和十九年四月三日
山口県知事  XXXX  印
山口県労務報国会下関支部長XXXX殿

記

一、皇軍慰問・朝鮮人女子挺身隊百名
一、年齢十八歳以上三十五歳未満(既婚者にても可、ただし妊婦を除く)
一、身体強健(医師の身体検査及び花柳病検診を受け、診断書を要す)
一、期間一年(志願に依り更新する事を得)
一、給与  一個月金三十円也
支度金として前渡金二十円也
宿舎・食料・衣服等を現物支給す
一、派遣期日  昭和十九年四月十日午後一時
一、集合場所  下関細江町下関税関庁舎前
一、輸送指揮  陸軍○○部隊嘱託長谷川勇殿
[P.151,152]

その日下関に帰ったのは夜で、私は翌日出勤すると朝礼のあとすぐに、動員係を部長室に集めて動員計画を協議した。平山が昨年十二月に応召して、動員係は金田、松井、林、山田の四人になっていた。朝鮮人の女を慰安婦に徴用するという動員命令には、朝鮮人の金田がやはり表情を変えた。

「大坪には商売女は数人しかいませんよ。それも今ではみんなかたぎになっています。県内の料理屋からぜんぶ集めても、朝鮮人の商売女は百人もいませんね」

「慰安婦を集める仕事はおれもいやだが、動員署も、日本人の慰安婦の徴用をやってるそうだ。こんどは朝鮮人の徴用だから、下関労報に動員命令がでたんだ。金田はこの仕事からはずす。今日から十日まで、おれの代わりに事業所まわりをやってもらおう。ほかの者で百人の女を、大坪から選んでくれ」

松井が動員命令書を手にしゃべりだした。

「むかしは、山陽の浜の飲食店で安い女を買うと朝鮮人だったりして。しかしそんな女はもう大坪にはいません。しろうとの女を集めなきゃあ仕方がないでしょう。なるべくごけさんやら、くらしに困っている女をさがすことにして、勤労報国隊員の女房だけはいけませんね」

林は朝鮮人の女を集めることを、むずかしく考えたりはしなかった。

「娘のほうがいいですよ。男はみんな徴用をかけられて、大坪には娘が余っているんっだから。百人くらいわけないですよ。十八歳以上となっているが、十五、六でもかまわないでしょう。年をすこし書きかえても、からださえ一人前ならつとまるんだから」

[...]

「まさか、はじめから慰安婦だとは言えんでしょう。たとえば傷病兵の洗濯奉仕の軽作業とでもしますか」と松井が言うと、林が大声でしゃべりだした。

「あれは軽作業どころか、兵隊さん相手の重労働だ。戦地の慰安所は、一個中隊が行列して順番を待っていて、女はつづけてニ十人も三十人も相手をさせられるそうだ。なかには五十人の兵隊さんを相手にした豪傑もいたそうだ」

「カフェーからはじめて慰安婦を募集したときは、女給たちは歌でもうたって、兵隊さんを慰問するのかと思ったそうだが、もうこのごろは朝鮮人の女でも慰安婦のことは知っている。炭鉱の女部屋まで、慰安所と名まえをつけるようになったんだから」

[...]

下関労報の日傭労務者の中には、約百人の朝鮮人女子が雑役婦として登録していて、労務加配米や地下タビの特配を受けにくるとき、料理屋の女のように、口紅をつけたり化粧した女がかなりいたが、登録の雑役婦を慰安婦として徴用するわけにはいかなかった。管内ばかりでなく、他支部の重要事業所からも短期間の雑役婦派遣を要請されることが多く、この要員は確保しておく必要があった。私は大坪の朝鮮人の女の徴用業務を動員係に命じた。

「軍の雑役婦の募集ということにして三日間で名簿をつくってくれ。こんどは女だからいつものやりかたで狩り出すと、みんなが恐れてしまってめんどうになる。募集のかたちで集める。七日に病院で検診を受けさせる。一割くらい余分に集めないと不適格者がでるかもしれん。今日からかかってくれ」

「兵隊さんのために、なるべくべっぴんを集めましょう」と言って林が浮かれだし、ほかの者から尻がおもいと言われている高年の松井も、この仕事には気乗りしたのか、進んで二人にさしずした。

「三人いっしょに行くのはまずい。狩り出しとまちがえられる。一人ずつ大坪をまわろう。したく金二十円前払いで、めしがただで毎月三十円になると言えば百人くらい集まる。山田は大坪で恐れられている。今日は兵隊さんの代わりに女をくどくんだ。やさしくしてやれよ」

「ぼくは女にはやさしいよ。しかし遠い南支の部隊で一年間と言ったら、みんな二の足をふむよ。行き先を、うまくごまかさないとだめだな」

「税関の前から船に乗せるんだから、九州行きと言ってはかえって疑われるな。そうだ対馬がいい。朝鮮人には対馬は下関より郷里に近いんだから、対馬の陸軍病院の雑役婦と言えば、安心して集まる」と林が言った。

[...]

私は朝鮮人の徴用には慣れていたが、慰安婦の動員命令だけは不満で腹だたしかった。私は朝鮮人の男に徴用をかけるときは、炭鉱や戦地へ送られて彼等がどんな悲惨な目にあうか知っていても、戦時下の労務動員だからしかたがないと考えることができた。もし朝鮮人の女を慰安婦ではなく、ほんとうに雑役婦としてなら、どんな危険な前線でも、どんな苦しい作業でも、決戦したの労務動員だと考えて平気で女の動員業務をやっただろう。私が朝鮮人の娘や女房に徴用をかけて軍の慰安所へ送る仕事がいやだったのは、朝鮮人の女がかわいそうだと思ったからではなく、この徴用が売春にかかわる仕事だったからだ。

[...]

県の動員命令は労報支部長宛てだが、支部長は警察署長の兼任だから、慰安婦徴用の動員命令は山口県知事が下関警察署長に命じたものだ。私はいつものように動員命令書を持って署長へ報告に行った。警察の労報担当の労政係主任の警部補が、朝鮮人の女を百人も集めるのはたいへんだろうと同情して、特高に応援を頼んだらとすすめてくれた。

[...]

○○部隊の嘱託は六人来た。輸送指揮の長谷川嘱託は、将校の軍服を着ていたが階級章がなく、そでに奏任官待遇の金色の軍属章をつけていた。軍刀を帯びていたが、五十代の顔は商人のようににやけていた。私が部長室へ案内すると急になれなれしい態度で、軍刀をはずして無造作にすみの机の上に置くと、いすを私の机の前へ引っぱってきてすわった。

「このたびはお世話かけますが、これも兵隊さんのためですから、よろしく」

「きのう県庁で、動員命令書を受けとりました。慰安婦の徴用ははじめてですが、できるだけ努力してみるつもりです」

長谷川嘱託の名刺は、南支派遣軍海南島○○部隊嘱託となっていたが、地名は書いてなかった。部隊の所在地は極秘事項だったので、私は県庁で慰安婦の派遣場所が海南島だということも知らされてなかった。

「海南島の兵隊さんは、ながい駐屯で毎日演習ばかりやらされて、慰安が必要ですよ。ところが海南島は慰安所の数がすくない上に日本人の女が不足しています。クーニャーン相手じゃ、兵隊さんがかわいそうで、内地の女をつれていってやりたかったが、県の課長さんから山口県はだいぶ慰安婦の供出がつづいたから、朝鮮人でこらえてくれという話でした。そのかわり兵隊さんのために、なるべく若いきれいなのをたのみますよ。内地の朝鮮人なら日本語もうまいから、日本娘でとおるかもしれませんね」

私はうんざりして、事務的な話を進めた。長谷川嘱託が部下に支度金の前払金のはいったかばんを持ってくるように言ったので、私は会計係を呼んだ。用件がすむと私は山田へ言いつけて、嘱託たちを警察の指定旅館の博多屋へ案内させた。

五時になると、特高の佐々木刑事が来てくれた。佐々木刑事は東大坪派出所の巡査のときから、十年以上も朝鮮人を扱ってきて、下関いちばんの大坪通だった。私は今朝労政係主任にすすめられて、慰安婦徴用に協力してもらうように頼んでおいた。

[...]

佐々木刑事の話で、慰安婦徴用の方針がたった。私は昨日動員係に大坪をまわらせてみて、無計画に募集しても百人の女が集まるかどうか心配だった。もし集まらなければ、男の場合のように「狩り出し」をやることになるが、そうなれば病院の身体検査のときや乗船のときに、逃亡を防ぐために大変な手数がかかるので、なるべく募集の形をとりたかった。

佐々木刑事は、元料理屋酌婦と被逮捕歴を有する女の住所氏名を書いてきてくれていた。動員係の三人が書き写した。今日は松井たち三人で元酌婦の女たちを募集させることにした。しかし慰安所行きだと話せばほかの女の募集にさしつかえるので、やはり対馬行きと言うように指示した。


つづく

2013/04/01

米国下院議員、国連に慰安婦問題喚起

KAPACの会長と(2012.4)

本国と”在米同胞”が手を取り合い、アメリカの政界とのパイプづくりにいそしんでいるということだろう。韓国国際交流財団とは、韓国の外務省(外交通商部)の傘下にある公共団体。これがスティーブ・イスラエル議員を韓国に招聘する一方、アメリカでは韓国系の政治団体KAPACの会長がイスラエル議員を自宅に招くなどしている。写真は、KAPACのデビッド・リー会長とイスラエル。

一方、現地の日系人のリーダーは、慰安婦の碑は日本を非難する目的で建てられたのではないと、寝ぼけた事を言っているとか(要確認・誰かソース知りません?)。

米議員、国連・米政府に「慰安婦問題」喚起書簡

米国議会で第2の従軍慰安婦決議案の発議を準備中であるスティーブ・イスラエル(民主・ニューヨーク)下院議員が国連と自国政府を相手に慰安婦問題を喚起させる書簡を送る計画であることが、31日明らかになった。

イスラエル議員室のジェシカ・シュワツ補佐官は「イスラエル議員がマイク・ホンダ(民主・カリフォルニア)下院議員と共に2月日本に書簡を送ったのに続き、ジョン・ケリー国務長官とパン・ギムン国連事務総長にも書簡を送る予定だ」と伝えた。

第2次大戦の際強行された日本軍の慰安婦強制動員問題に対する日本の立場変化の気流に注意を喚起させる目的だ。

シュワツ補佐官は「第2の決議案を発議するための準備作業を現在の進行中」としながらも、具体的な日程はまだ決まっていないと紹介した。

それに先立ち、2月にイスラエル議員とホンダ議員は安倍晋三日本国総理の米国訪問に合わせ、日本大使館に書簡を送った。

これらはこの書簡で過去日本軍の慰安婦強制動員問題に対する適切な関心と教育、謝罪を安倍総理に要求し、日本軍の慰安婦強制動員介入を認めた1993年の「河野談話」を修正しようとする動きに憂慮を表わした。

ホンダ議員は米国議会が日本に慰安婦強制動員事実を容認、謝るように勧告した2007年初めての決議案を採択する時にも主導的な役割をした。

シュワツ補佐官は韓国国際交流財団の招請で訪韓、6泊7日間板門店、貿易協会、統一研究院、韓国原子力研究員などを訪問して30日出国した。

今回の招請は米国議会議員補佐官の韓国に対する理解度を高めようとする目的でなされ、10人が参加した。

国際新聞 2013.3.31

美의원, 유엔ㆍ美정부에 '위안부 문제' 환기 서한

미국 의회에서 제2의 종군 위안부 결의안의 발의를 준비 중인 스티브 이스라엘(민주ㆍ뉴욕) 하원 의원이 유엔과 자국 정부를 상대로 위안부 문제를 환기시키는 서한을 보낼 계획인 것으로 31일 확인됐다.

이스라엘 의원실의 제시카 슈워츠 보좌관은 "이스라엘 의원이 마이크 혼다(민주ㆍ캘리포니아) 하원 의원과 함께 지난 2월 일본에 서한을 보낸 데 이어 존 케리 국무장관과 반기문 유엔 사무총장에게도 서한을 보낼 예정"이라고 전했다.

2차 대전 때 자행된 일본군의 위안부 강제 동원 문제에 대한 일본의 입장 변화 기류에 주의를 환기시키려는 목적이다.

슈워츠 보좌관은 "제2의 결의안을 발의하기 위한 준비작업을 현재 진행 중"이라며 구체적인 일정은 아직 정해지지 않았다고 소개했다.

앞서 지난 2월 이스라엘 의원과 혼다 의원은 아베 신조(安倍晋三) 일본 총리의 미국 방문에 맞춰 일본 대사관에 서한을 보냈다.

이들은 이 서한에서 과거 일본군의 위안부 강제 동원 문제에 대한 적절한 관심과 교육, 사과를 아베 총리에게 요구하고 일본군의 위안부 강제 동원 개입을 인정한1993년의 '고노 담화'를 수정하려는 움직임에 우려를 표했다.

혼다 의원은 미국 의회가 일본에 위안부 강제 동원 사실을 시인, 사과하도록 권고한 2007년 첫 결의안을 채택할 때에도 주도적인 역할을 했다.

슈워츠 보좌관은 한국국제교류재단의 초청으로 방한, 6박7일간 판문점, 무역협회, 통일연구원, 한국원자력연구원 등을 방문하고서 30일 출국했다.

이번 초청은 미국 의회 의원 보좌관들의 한국에 대한 이해도를 높이려는 목적으로 이뤄졌으며 총 10명이 참여했다.

2013/03/31

対馬の盗難仏像問題とイ・ヨンス


慰安婦の政治利用の一例。出て来たのはイ・ヨンス。引っ張り出したのは、韓国ウォッチャーの間では有名なヘムン僧侶。

盗難仏像「1体だけ日本に返還するべきだ」韓国団体が訴え

長崎県対馬市から盗まれた仏像2体が韓国で回収され「略奪された」と日本への返還反対運動が起きている問題で、朝鮮半島由来の文化財を日本から韓国側に返還する運動を続けてきた団体が、1体は早期に日本に返すべきだと主張していることが29日、分かった。

団体は、慰安婦だった女性らとともに、来月1日にソウルで記者会見を開き、仏像返還を訴えるという。

今回、団体が返還を呼び掛けるのは、2体のうち海神神社から盗まれた「銅造如来立像」。もう1体の観音寺から盗まれた「観世音菩薩坐像」については、韓国裁判所が当面日本に引き渡すことを差し止める仮処分決定を出している。

団体代表の僧、慧門さんは、銅造如来立像について「日本に奪われたことを示す何の証拠もなく、真実と良心に基づき盗品は元の場所に返すべきだ」と指摘。日本にある他の多くの文化財を韓国に返還する運動にも良い影響を与えると述べた。(共同)

産経 2013.3.30