2018/04/07

韓国教育部「強制性を認めた河野談話に基づき謝罪せよ」


慰安婦問題の最終的不可逆的解決から数年が経ったというのに、未だに河野談話(や村山談話)を挙げ、謝罪を要求する韓国教育部。「強制性を認めた河野談話」は「日本政府の公式の歴史認識」だというのが彼らの言い分。

この場合の「強制性」とは、日本政府による強制動員(=強制連行)という意味で使っているのだろう。つまり拡大解釈である。言質を取ったと思えば、徹底的に利用してくる。河野談話や村山談話の内容に問題ないという人も、こういう事態を予想してもう少し慎重に考える癖をつけた方がいい。

日本高校学習指導要領の是正求める「相互尊重の姿勢教えるべき」=韓国教育当局

韓国教育部は30日に報道官声明を発表し、独島を「歴史的、地理的、国際法的に明白なわが領土」と強調した上で、「竹島は日本領土」と明記した高校の次期学習指導要領を告示した日本に対し「われわれの領土の主権を深刻に損なう行為を強く糾弾し、直ちに是正を求める」とした。

教育部は日本のこうした行為が歴史をゆがめるほか、韓国の領土の主権を侵害し、北東アジアの平和・共生の努力にも逆行すると指摘。日本が小中学校に続き高校の教育現場でも歴史歪曲(わいきょく)を加速し、日本の帝国主義による朝鮮半島侵略と植民地支配を否定して侵略の歴史を正当化しようとする強引な主張を展開していると非難した。

また、慰安婦の強制性を認めた河野談話(1993年)や植民地支配と侵略を反省する戦後50年の村山談話(1995年)を挙げ、「日本政府の公式の歴史認識に基づき、帝国主義侵略史の暗い過去を反省、謝罪せよ」と述べた。

教育部は「日本が国際社会の責任ある先進国として未来を志向する『パートナーの韓日関係』へ進むには、直ちに歴史歪曲を中断し、正しい歴史観に立脚して育ちゆく世代に平和の大切さと相互尊重の姿勢を教えなければならない」と促した。日本の歴史歪曲と領土主権侵害の試みには厳重、かつ積極的に対処すると強調した。

2018/03/15

本岡昭次「慰安婦問題の国際化は私から」


慰安婦問題は、いつ始まったのか?これは鎌倉幕府の成立はいつか、という話に似ている。「1192(イイクニ)作ろう鎌倉幕府」と覚えた人も多いはずだが、鎌倉幕府の成立年について学者の見解は一致していない。なにをもって幕府の成立と見なすべきか、様々な意見があるからである。

慰安婦問題についても、その始まりをどの時点と特定するのは難しい。韓国では金学順がカムアウトした8月14日(1991年)を慰安婦記念日に制定しているし、日本のネットではもっぱら朝日新聞が捏造したなどと言われているが、むしろ発火点は社会党の本岡昭次としておくのが適当ではないかと思われる。なにより本人が、そうだと公言している。正確には、彼の国会での質問に対する日本政府の回答が発端だと言っているのだが、実質同じことである。(『朝鮮人強制連行調査の記録 兵庫編』)

国会で初めて「強制連行」問題が取り上げられたのは一九九〇年六月六日の参議院予算委員会であった。このとき質問に立った私は、朝鮮人強制連行問題と関連してその一形態でもある「従軍慰安婦」問題に触れて質問したが・・・これが、「慰安婦」問題を国際問題化させる発端となったのである。

本岡が「強制連行」の違法性の根拠として、日韓併合無効論を持ち出している点は大事である。つまり、本岡は「強制連行」という言葉を拉致や誘拐という意味ではなく、日本政府による徴用という意味で使っており、日本政府が日本人を徴用するのは合法でも、外国人である朝鮮人を徴用(強制連行)したのは不当だったのではないか、と主張していたのである。当時の国会でのやり取りも、日本政府による労務動員という文脈になっている。この時代、(朝鮮人)強制連行とは、そういう意味の言葉だったのである。

本岡昭次: 大変なことですね、法令によって強制連行しておきながら、何人だったかわからぬというのは。これ、どうにもならぬじゃないですか。[...] この強制連行の方式は、募集それから官あっせん、一般徴用令、軍による強制、女子挺身隊、勤労動員令、徴兵制というふうなものがあるというふうになっておるんですが、このとおりですか。


本岡昭次: それから、強制連行の中に従軍慰安婦という形で連行されたという事実もあるんですが、そのとおりですか。

政府: 先ほどお答え申し上げましたように、徴用の対象業務は国家総動員法に基づきます総動員業務でございまして、法律上各号列記をされております業務と今のお尋ねの従軍慰安婦の業務とはこれは関係がないように私どもとして考えられますし・・・

同上

日本人の徴用は合法だが、日本政府には
朝鮮人を徴用する法的権限はなかった?

韓国では現在徴兵制が敷かれているが、もしも例えば韓国政府が日本国籍者まで徴兵し戦場に送り込んだらどうなるか?日本政府は自国民の開放を要求し、日本人”被害者”は韓国政府に賠償を求めるだろう。「慰安婦強制連行」の有無を巡る議論とは、本来そういう文脈で出発したのである。だから、日本人慰安婦は議論の対象から外されていたのである。



国会で初めて「強制連行」問題が取り上げられたのは一九九〇年六月六日の参議院予算委員会であった。このとき質問に立った私は、朝鮮人強制連行問題と関連してその一形態でもある「従軍慰安婦」問題に触れて質問したが、政府側は「民間業者が、軍とともに連れ歩いている……。調査して結果を出すことは……できかねる……」と答弁し、これが、「慰安婦」問題を国際問題化させる発端となったのである。この国会での質疑応答を境に南北朝鮮から元「慰安婦」の女性たちなどの告発があいつぎ、それが「慰安婦」問題をの場に持ちこむところまで発展していったのである。

・・・この問題に対する論議が幅広く、継続的になされ、今年五月の国連人権小委員会現代奴隷制作業部会では、「慰安婦」問題ばかりか強制労働問題も取り上げていくことになった。・・・

一方・・・オランダのNGOであるIFOR(国際和解団体)が、日本の朝鮮支配の根源となった一九〇五年の「韓国保護条約」(第二次日韓協約)について、すでに一九六三年の国連国際法委員会において、効力を発生しなかった条約の一つであることが確認されていたことを明らかにした。

私は、今年の三月二十三日の国会参議院予算委員会で、先のIFORが「一九〇五年条約が効力を発生していなかった」として文書提出したことをふまえて政府の見解を質した

私かその場で問題にしたかったことは、日本政府が主張する、朝鮮植民地支配は「有効」「合法」であるから、朝鮮人強制連行、「慰安婦」問題もすべては「適法であり、したがって「補償の義務はない」という誤った姿勢についてであった。

日本の朝鮮支配合法化の根源となった一九〇五年の「韓国保護条約」は、実際には朝鮮の外交権を奪う条約であった。この条約はこれまで、当時の大韓帝国皇帝高宗が締結を拒否したので、日本側が武力で強制締結させたとされてきた。ところが昨年の五月、ソウル大の奎章閣から発見された大韓帝国側条約原本によれば、同条約には、条約締結の必要条件である最高権力者としての高宗皇帝の同意がなく、署名、捺印もない上に、調印した外部大臣への委任状すらなかったことが明らかになった。以来、南北の歴史学者によってこの条約が正式に締結されていないばかりか、当時の国際慣習法に照らしても効力を発生させていなかったとする主張が展開されている。

これが事実であったとすれば、日本政府の言う朝鮮人強制連行、「慰安婦」問題は「適法」であったとする論理が根本から崩されることになるのである。(以下略)


一九九三年九月
兵庫県朝鮮人強制連行真相調査団日本人側団長
本岡 昭次

『朝鮮人強制連行調査の記録 兵庫編』
朝鮮人強制連行真相調査団 編著 柏書房 p.3~p.5 (全文