2011/12/09

慰安婦の名誉を傷つけた韓国人に社会的制裁



この男性が正確にどういう文章をネットに書き込んだのか、気になるところである。日本の匿名掲示板にしばしば見られるような「便所の落書き」だったのか、それとも真面目な意見表明だったのか。上のスクリーンショットがそれらしいが、機械翻訳が使えないので、自分には内容が分からない。

韓国では慰安婦ハルモニは、特別な存在であり、その「名誉」は不可侵なものとされている。当人たちというより、その庇護者である韓国挺身隊問題対策協議会の逆鱗に触れればどうなるか。元ミス・コリアや大学教授が世間の指弾を受け、ハルモニたちの前で膝をついて許しを請うた例を思い出せばいい。

ここでも、男性の家族の謝罪を受け入れて告訴を取り下げたのは挺対協であった。


イ・ヨンフン教授は、米兵相手の娼婦と慰安婦を同一視したなどの理由で謝罪に追い込まれた(04年)

イ・スンヨンの慰安婦ヌード騒動(04年)

日本留学生「慰安婦、日本軍に自ら献身したこと」

30代の日本留学生がポータルサイトの掲示板に慰安婦ハルモニたちの名誉を傷つける文を掲載し論議になっている。

8日江原道(カンウォンド)、江陵(カンヌン)警察署は日本留学生チェ・某氏(30)を「慰安婦おばあさんらの名誉を傷つけた疑惑(情報通信網利用促進および情報保護などに関する法律違反)」で検挙したと明らかにした。

チェ氏は去る8月18日から28日間総6回にかけて「慰安婦挺身隊は日本軍に自ら献身したのだ」「なぜ今日本政府が慰安婦に補償しなければならないのか?」などの虚偽事実をインターネット掲示板に掲示した疑惑を受けている。

警察調査結果、チェ氏は日本留学生活中、日本国内の右翼指向の人々と交流し、慰安婦被害ハルモニ補償問題などに対する理解なしでこのような虚偽事実をポータルサイト掲示板に上げたと発表された。

チェ氏は自身の犯行が坦路出るとすぐに該当文を削除して、謝罪の文を何回も掲示した。 チェ氏の家族らも韓国挺身隊問題対策協議会など被害者団体を訪ねて行って謝罪して告発は取り下げになった。

警察は告発人と韓国挺身隊問題対策協議会がチェ氏の謝罪を受け入れて告発を取り下げるということによって不起訴(公訴権ないこと)意見でチェ氏を検察に送検することにした。

該当文に接したインターネットユーザーは「なぜ謝罪を受け入れたのか.. 心より謝罪したのか疑わしい」「とても情けない。 必ず処罰を受けることをそれも最大限重く受けることを願う」「 大韓民国国民があんな文を書いたとのことが本当に心が痛い」「三十才の歴史認識がそのようなだというのが悲しい。 いったい歴史をどのように習ってあの形だというということ」等憤慨する姿だ。

EDAILY 2011.12.9


[와글와글 클릭]日유학생 `위안부, 일본군에 스스로 몸바친 것`


[이데일리 김민화 리포터] 30대 일본 유학생이 포털사이트 게시판에 위안부 할머니들의 명예를 훼손하는 글을 올려 논란이 일고 있다.


8일 강원도 강릉경찰서는 일본 유학생 최 모 씨(30)를 `위안부 할머니들의 명예를 훼손한 혐의(정보통신망 이용촉진 및 정보보호 등에 관한 법률 위반)`로 검거했다고 밝혔다.


최 씨는 지난 8월 18일부터 28일 사이 총 6차례에 걸쳐 `위안부 정신대는 일본군에 스스로 몸을 바친 것이다`, `왜 지금 일본정부가 위안부에 보상해야 하지?` 등의 허위사실을 인터넷 게시판에 게시한 혐의를 받고 있다.


경찰 조사결과 최씨는 일본 유학생활 중 일본 내 우익성향의 사람들과 교류했으며, 위안부 피해 할머니 보상문제 등에 대한 이해 없이 이 같은 허위사실을 포털사이트 게시판에 올린 것으로 밝혀졌다.


최씨는 자신의 범행이 탄로 나자 해당 글을 삭제하고, 사죄의 글을 여러 차례 게시했다. 최씨의 가족들도 한국정신대문제대책협의회 등 피해자 단체를 찾아가 사죄해 고발은 취하됐다.


경찰은 고발인과 한국정신대문제대책협의회가 최씨의 사죄를 받아들여 고발을 취하함에 따라 불기소(공소권 없음) 의견으로 최씨를 검찰에 송치키로 했다.


해당 글을 접한 누리꾼들은 "왜 사죄를 받아들였는지.. 진심으로 사죄했는지 의심스럽다" "너무 어이가 없다. 꼭 처벌받기를 그것도 최대한 무겁게 받기를 바란다" "대한민국 국민이 저런 글을 썼다는 게 정말 마음이 아프다." "서른 살의 역사 인식이 저따위라는 게 슬프다. 대체 역사를 어떻게 배웠기에 저 모양이람" 등 분개하는 모습들이다.

日本大使館前の慰安婦の碑、板挟みの韓国政府



【ソウル=加藤達也】日本による朝鮮半島統治時代の元慰安婦を支援する「韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)」が、ソウルの在韓日本大使館前の路上に「慰安婦の碑」の建立を計画している問題で、挺対協は7日、「14日に建立する」と発表した。一方、道路管理者として「許可」を決めていたソウル市鍾(チョン)路(ノ)区は「(建立許可は)権限外」と態度を一変し、可否については韓国政府の公式見解を待つ方針だ。建立されれば、李明博大統領の訪日や日韓外交への悪影響が不可避となる。

挺対協関係者によると、鍾路区当局は6日、挺対協側に「碑の設置許可は区の権限の対象ではない」と通知した。にもかかわらず、挺対協は14日の建立を最終決定した。

碑をめぐっては、鍾路区が8月末に内部審査で「妨げる理由はない」とし「許可」を決定。挺対協側にも「問題ない」と口頭で伝えた。しかしその後、区の権限を超えると判断し、外交通商省などに問い合わせた。これに対し外交通商省は「碑が設置されれば日本大使館が混乱するのではないか」と非公式に回答した。区の判断変更の背景には外交問題化を避けたい韓国側の事情も影響した可能性がある。

日本側は外交ルートで韓国側に不許可を働きかけてきた。しかし、韓国の憲法裁判所が賠償請求権をめぐる韓国政府の努力不足を違憲とする決定を下したほか、反日世論への配慮もあり、政府としては抑制する動きを取りづらいようだ。

産経 2011.12..7

で、この流れの中で韓国期待の日本の民主党政権だが、官房長官が不快感を表明した。日韓の運動家たちは長く、戦前を引きずっている自民党政権が障害であり、良心的な民主党が政権を獲れば事態は(自分たちの思う方向に)進展する、と言っていたが、残念ながらそうはならなかった。民主党が野党時代の無責任な言動を問われているのは、この問題に限らない。


官房長官が「慰安婦」の碑に不快感

藤村修官房長官は8日の記者会見で、日本による朝鮮半島統治時代の元慰安婦を支援する韓国の団体が、ソウルの在韓日本大使館前に「慰安婦の碑」を14日に建立するとしている問題について「好ましくないと受け止めている。碑の建設が日韓間の外交活動に否定的な影響を与えるべきではなく、建設を中止するよう韓国側に伝えている」と述べ、不快感を示した。

産経 2011.12.8

追記: 進歩派の東京新聞も日韓関係に摩擦が生じる可能性があると懸念を表明している。こちらでは、地元自治体が難色を示す中、挺対協側が強行しようという風に伝えている。

「許可なくても慰安婦像設置」 韓国の団体方針

【ソウル=辻渕智之】ソウルの日本大使館前の歩道に旧日本軍慰安婦問題を象徴するブロンズの少女像の設置を計画する韓国の民間団体は七日、「地元区役所の許可がなくても建てる」と強行する方針を明らかにした。

道路を管理するソウル市鍾路区は「通行の障害物を許可なく設置すれば道路法違反」と警告。日本大使館は「日韓関係に否定的な影響を与えかねない」と韓国側に懸念を伝えている。設置されれば、十七~十八日とされる李明博(イミョンバク)大統領の訪日を控え、両国間に摩擦が生じる可能性もある。

東京 2011.12.8

[資料/英語] 国が謝る時 オランダ



The Netherlands apologies for Rawagede massacre, pays compensation

The Netherlands has made a formal apology for the slaughter of dozens of men and boys in an Indonesian village in 1947, the foreign affairs ministry said on Monday.
Relatives of men killed in the massacre of Rawagede have been fighting for compensation and official recognition of the actions of Dutch soldiers for years.

The ministry said in a statement that the Netherlands' ambassador to Jakarta had offered an apology on behalf of the government at a memorial service in Balongsari, as the village is now known.

'This apology does justice to the seriousness of events in Rawagede. I hope it will help the relatives give closure to this extraordinarily difficult episode in their lives and allow them to focus on the future,' foreign minister Uri Rosenthal said in a statement.

Compensation

In September, a Dutch court ruled seven widows, one daughter and a survivor of the massacre were entitled to compensation.

Indonesia, a former Dutch colony, was granted sovereignty in 1949 after an armed struggle. In 1947, Dutch soldiers executed a group of around 431 men and boys in the West Java village of Rawagede. Official papers estimate the number of men killed at Rawagede at 150.

The Netherlands has also reached an agreement to pay the relatives compensation of €20,000 each.

DutchNews 2011.12.5

2011/12/04

上海の旧慰安所 記念館に



上海の第一サロンは、昔日本軍の慰安所として利用され、現在53家族230人が住んでいる。老朽化が著しいこの建物を上海市文化遺跡管理委員会が遺跡として保存すると発表した。住民の引越しには200万元(2500万円)の費用がかかる見込みだが、誰が負担するかについては未定らしい。

この保存運動を主導したのは、蘇智良(右の写真の人物)。中国の慰安婦研究家の一人である彼が慰安婦について知ったのは、日本留学中だというから、ここでも「反日は日本発」の構図である。慰安婦の数は中国人だけで20万人(!)というから、なんともスケールの大きい話である。もちろん慰安所とは、強制的に日本軍兵士の為の性奴隷にされた女性を閉じ込めておく施設として説明されている。

中国においては、日本軍慰安婦の存在はさほど知られておらず、日本の「良心的市民」らがせっせと焚きつけに行っている。

Shanghai plans to turn a former "comfort house" that was used to hold women forced into sex slavery by Japanese troops during World War II into China's first memorial for the victims, officials said yesterday.

The three Western-style buildings in Hongkou District, then known as the Daiichi Salon, was set up by Japanese troops in Shanghai from November 1931 to August 1945, when Japan surrendered.

"It's been decided that the buildings will be retained to make people remember the history, even if they had few architectural values nor had any important people living inside before," Li Kongsan, an official with the Shanghai Cultural Relics Management Commission, told a forum yesterday.

Li said the commission had begun making restoration and relocation plans for people living inside. More than 250 people from 53 families are living in the two-story buildings on Baoxing Road E. with flat roofs and arched doors. The living conditions are quite poor as residents must cook in a public kitchen on the first floor, while more than 10 families use three toilets together. Electric wires can be seen everywhere in the houses, and wooden floors creak when stepped on.

Some Japanese-style doors and wooden sculptures of Mount Fuji can still be seen in the houses, said 67-year-old resident Wu Yuzhen, who has lived in one of the buildings for 65 years. He and his wife live with his 96-year-old father in a 20-square-meter apartment in the building.

"We support the government's decision to retain the buildings, but also hope the government can either restore the buildings to improve the living conditions or relocate the residents," said resident Shao Weizhong.

Li said the best solution is to let the city and district governments and the residents combine efforts to pay for the huge relocation fees. The total cost to move each family is at least 2 million yuan, he said.

"It is quite urgent for the country to build such a memorial to leave the evidence of crimes, as most of the victims, called "comfort women," have died and historical sites were demolished," said Su Zhiliang, a professor at Shanghai Normal University and one of China's leading experts on sex slaves.

Shanghai opened an archive on comfort women at the university in 2007, with exhibits including audio recordings and written accounts by Chinese comfort women as well as photographs.

Japanese troops set up a total of 149 houses in the city for comfort women during World War II.

About 200,000 Chinese women were forced into sexual slavery nationwide, according to Su.

Cina.org.cn 2011.12.2

日本大使館前の「慰安婦の碑」 道路使用許可はまだ



毎日新聞は今頃このニュース?・・・しかし、まだ道路使用許可は出ていなかったらしい。

挺対協としては、「少女が(日本)大使館を見つめる」という構図が欲しいわけだ。沖縄の米軍基地の前に強姦された少女の像を建てようというような発想か。そういえば、昔アジア女性戦犯法廷を企画した人々は、わざわざ皇居前の九段会館で昭和天皇を裁くというパフォーマンスを行った(昭和天皇に強姦の罪で有罪を言い渡した)。

※ 西脇記者は、「従軍-慰安婦」という言葉を使っている。


韓国:元従軍慰安婦ら、「平和の碑」計画

【ソウル西脇真一】韓国の元従軍慰安婦や支援団体がソウルの日本大使館前で毎週水曜日に続ける「水曜デモ」が14日に1000回になる。これに合わせ支援団体が大使館前に少女をモチーフにした「平和の碑」の建立を計画。管轄する区庁はまだ設置のための道路使用許可を出していないが、日本政府は日韓関係に悪影響を与えかねないとして韓国政府に憂慮の念を伝えている。

デモは92年1月から始まり、日本政府に公式謝罪や法的賠償を求めている。「平和の碑」はブロンズ製で高さ120センチ。大使館から道を挟んだ歩道に設置予定で、少女が大使館を見つめる形になる。

毎日 2011.12.4 東京朝刊

2011/12/01

[参考] ファン・ウソクの嘘が信じられない人々


ES細胞の研究で世を欺いた黄禹錫(ファン・ウソク)。捏造が明らかになっても、彼を庇う人々がいた。慰安婦騒動を読み解くヒントがあるかもしれない。吉田清治、吉見義明・・・いろんな人間や団体が慰安婦騒動を拡大させ、今も誤りを認めない。

「独島(竹島)問題のように国運がかかった問題だと思う人が多い」という下りが興味深かった。2006年の中央日報の記事から。


変わらぬ黄教授支持者、彼らはなぜ…

「あなた1人さえ埋葬されればよいというその群集と最後まで争って勝つでしょう」--。

21日午後6時、ソウル光化門(クァンファムン)前の開かれた市民広場。

全国から集まった黄禹錫(ファン・ウソク)教授支持者2500人が、太極旗を振りながら「研究再開」「特許守護」などと声を上げていた。

ある女性は「国のために働いたあなたの手/愛情にあふれています/あなたの手に背く者/偽りを言う者/死ぬでしょう」と、献呈詩を朗読した。

在米科学者として紹介されたチョ某さんが壇上に上がり「卵子供与など消耗的な倫理論争を中断し、われわれの生存権を得よう」と叫んだ。割れんばかりの拍手が響いた。

この日のキャンドル集会は「アイラブ黄禹錫」「韓国せき髄障害者協会」など5団体で構成された「黄禹錫研究再開国民連合」が主催したイベントだ。黄教授と何の関係もなく自発的に参加した一般市民たちもかなり多くいた。

ソウル大調査委が黄教授の論文操作事実を発表したが、黄教授に対する彼らの愛は冷めることはない。今週、ソウル大学鄭明煕(チョン・ミョンヒ)調査委員長を、黄教授に対する名誉毀損の容疑などで告発するとしている。彼らはまずソウル大調査委を信じることはできないという。

イ・ヨンシル国民連合対外協力局長は「ソウル大調査委は基本的に検証資格がない人々」とし「著名な海外の学者たちも評価できないことを、一般の教授たちがどれほど評価することができるのか」と主張している。また日本の東京で20年暮らしている同氏は「調査委の最終発表を見てひどく頭に来たのでソウルまで来た」と言う。

論文操作も枝葉的問題として見ている。

せき髓障害者協会チョン・ハギュン会長は「陶工が立派な作品を作った後、多くの人があれこれ見たため割れてしまった状況なのだから、陶工の技術は認め、保存していかなければならない」と主張した。

黄教授が周辺の組織的な陰謀によって犠牲になったと強く信じている。5歳と3歳の2人の子供を連れて集会に出たチャン・ミスクさん(42)は「ソウル大医学部側の既得権守護策略や、米国との特許関係と絡んだ陰謀論の信憑性が高いと思う」と話す。

熾烈な国家間競争で国益を守るために黄教授研究を再開させなければならないという愛国主義、民族主義的立場も濃い。会社員イ・ファリョンさん(49)は「最小限、黄教授の特許だけでも生かさなければならない」と強調した。

このような主張について社会心理専門家らはさまざまな解釈をしている。ソウル大学チャン・トクチン教授(社会学)は「このような状況を人質と誘拐犯が協力関係を形成するストックホルム症候群と説明する見方もある」とし「黄教授が国家的な英雄だったがために独島(トクト、日本名:竹島)問題のように国運がかかった問題だと思う人が多い」と話している。

ソウル大クァク・クムジュ教授(心理学)は「多くの人々が黄教授についてあまりにも強い希望をもって来た」とし「終末論者たちが終末が来ないと落胆するよりは『今回ではなく10年後に来るんだ』とまた別の希望を持つものだが、今回の場合がそれに当たる」と述べた。

また困境に処した人が自分に有利な情報だけ取得しようとする認知不調和現象が現れているという指摘もある。

◇ストックホルム症候群とは=人質劇で人質が彼らを解放してくれようとする軍や警察より人質犯に同調してしまう心理状態だ。

1973年スウェーデンのストックホルムで起こった銀行強盗事件をきっかけにできた用語だ。

事件の初め、強盗を恐れた人質らは人質劇が進行されるほど強盗に好感を持つようになった。6日間の人質劇が終わった後に実施された警察の調査で、人質らは強盗に不利な証言を全く言わなかったという。人質だったある女性は強盗に愛情を感じ、婚約していた男性と破談したという。

慰安婦の帰還


挺対協は、「日本軍性奴隷」を独立有功者並、あるいはそれ以上の国家的アイコンに仕立て上げた。これも一種のショーとしての一面もあるのだろう。ノ・スボクの訃報についてはコチラを。タイで亡くなった韓国人元慰安婦の遺体が祖国に帰還する。

タイで死亡した元慰安婦女性の遺体、韓国に戻る

日本軍の慰安婦として連行され、他郷で生涯を送った故ノ・スボクさん(写真)の遺体が、韓国で永眠することになった。

韓国挺身隊問題対策協議会は「90歳のノ・スボクさんが4日に老患で死亡した」とし「30日にノ・スボクさんの遺体を韓国に迎えることにした」と28日、明らかにした。

ノさんは21歳だった1942年、釜山(プサン)影島(ヨンド)橋付近で洗濯をしていたところ、日本軍に連行され、シンガポールやタイなどで慰安婦生活をした。日本の敗戦後、マレーシアの国連軍捕虜収容所に入り、タイに定着した。

ノさんは84年、タイの韓国大使館を通して韓国の家族を捜してほしいと要請した。