2014/05/27

慰安婦問題に火をつけた日本人、本岡・高橋・戸塚(産経)

本岡に見出された戸塚だったが、後に本岡とも対立

慰安婦騒動は日本人が焚きつけたものであるが、この中には、言うなれば故意の人(犯)と過失の人(犯)がいた。戸塚悦朗は前者、本岡昭次は後者だろう。

1990年の本岡の国会での質問が慰安婦問題のきっかけである(この時社会党の議員であった本岡は、強制連行<徴用>された韓国人の中に慰安婦はいなかったのかと質問した)。その本岡が、国際問題化した現在の状況を憂えているというのは意外だった。曰く「納得がいかない。・・・問題の解決に役立つとは思わない」。しかし、戸塚悦朗に慰安婦問題を国連に持ち込ませたのも本岡であったらしい。その戸塚が国連に慰安婦=性奴隷言説を定着させた。そのことで本岡は戸塚と言い争ったというが・・・。

「私も火付け役」
胸を張る?高橋

慰安婦騒動の母ユン・ジョンオクに千田夏光の本を売り込んだ矯風会の高橋喜久江は、自分も火付け役だと胸を張っているらしい。そう産経は伝えている。

【歴史戦 第2部 慰安婦問題の原点(5)後半】
火付け、たきつけた日本人たち

平成4年8月にソウルで開かれた「挺身隊問題アジア連帯会議」で、日本だけをたたく韓国とは違う視点を示した台湾やタイの女性に対し、「余計なことを言うな!」と怒鳴った相手が誰かを、ジャーナリストの舘雅子は記憶している。

声の主は、日本キリスト教婦人矯風会メンバーで「売買春問題ととりくむ会」事務局長を務める高橋喜久江。明治19年に発足した矯風会の初期の主な活動の一つに公娼制度の廃止運動(廃娼運動)がある。

高橋によると、矯風会が慰安婦問題に関わるようになったのは昭和63年のことだ。高橋が、のちに韓国の挺身隊問題対策協議会(挺対協)共同代表になる梨花女子大教授の尹(ユン)貞(ジョン)玉(オク)に出会ったことがきっかけだった。

この年の春、高橋は韓国・済州島で尹の講演を聞き、「講演で挙げた資料に(日本の作家の)千田夏光の本がないのはなぜか」と尹に話しかけた。帰国後、「従軍慰安婦」という造語を広めた千田の著書を尹に送り、連携を強めていった。高橋は日本国内での慰安婦問題の拡大、過熱について「挺対協がのろしをあげてくれた」と評価した上で、こう自負する。

「私も火付け役をした」

高橋は平成2年6月6日の参院予算委員会での議事録を尹に送った。それは、社会党参院議員の本岡昭次の質問に、労働省職業安定局長が「(慰安婦の)実態について調査して結果を出すことはできかねる」と答えた部分だった。

この答弁について、現在、挺対協常任代表を務める尹(ユン)美(ミ)香(ヒャン)は今月20日、日本人記者団にこう評価した。

「韓国世論が(慰安婦問題に)関心もなく、被害者自体も(名乗り)出ていなかった中で、世論(の共感)が盛り上がる大きなきっかけは、本岡の国会質問に対する日本政府の答弁だった」

日教組傘下の兵庫県教組委員長出身の本岡は、元年から兵庫県における「朝鮮人強制連行」の実態調査を開始した。その過程で慰安婦問題にも着目し、3年12月に神戸市内で韓国人元慰安婦の金学順と面会した。その時のことを、本岡はこう振り返る。

「『国会議員でしょ。本来ならあなた方が解決しなきゃいかんことじゃないですか』とやられた。『そこまで言われたら、国会議員としてやれるだけのことはやってみせます』とたんかをきったんですよ」

本岡は以後、慰安婦問題に本格的に取り組む。13年8月に参院副議長に就任するまでの間、慰安婦と日本政府の法的責任をめぐる国会質問は20回以上にのぼった。

「日本で問題にならないなら、ジュネーブの国連委員会に議論を持ち込もう」

こう考えた本岡が白羽の矢を立てたのが、英語に堪能で、国連に人脈を持つ弁護士、戸塚悦朗だった。

戸塚は4年2月、ジュネーブの国連人権委員会に対し、慰安婦問題を取り上げるよう求め、初めて慰安婦は「性の奴隷」だと主張した。「龍谷法学第45巻第2号」の中で、戸塚は「この問題を国連に報告すべき時期が到来したと判断した」と説明している。

別の雑誌では「性奴隷」という言葉を用いた理由について、こう記している。

「『従軍慰安婦』問題に関する国際法上の検討がなされていなかったため、これを法的にどのように評価するか新たに検討せざるをえなかった。結局、日本帝国軍の『性奴隷』(sex slaves)と規定した。直感的な評価だった」

戸塚は、7年までに少なくとも15回以上欧米などに渡航し、国連などで活発なロビー活動を展開した。その結果、8(1996)年2月、国連人権委は、慰安婦を性奴隷と認定した「クマラスワミ報告」を採択するに至る。それが2007年7月の米下院慰安婦決議などにもつながった。

戸塚を運動に巻き込んだ本岡だが、慰安婦を性奴隷と規定することには違和感を抱き、「戸塚と言い争った」と語る。

本岡は「国の責任で法律をつくって『慰安婦』問題を解決すべきだ」との立場だ。とはいえ、「20万人強制連行説」や「性奴隷説」が慰安婦像や碑文とともに世界で流布されている現状に対しては不満がある。

「納得がいかない。そういうことが独り歩きするのは嫌だし、問題の解決に役立つとは思わない」

産経新聞は戸塚に複数回にわたって取材を申し込んだが、「(私の)論文を読んでいただきたい」として応じなかった。

産経 2014.5.25 上 中 下

追記: この産経の記事には一部事実と異なるという指摘もある。

2014/05/25

国連機関日本に「国民に慰安婦教育を」 愛国バンド事件が引き金

ナヌムの家に送りつけられたCD
即座に日本のイメージダウンに利用された

愛国ロックバンドの行為に、国連機関から日本に対し国民の教育を徹底するようお達し。「日本の嫌韓派のロックバンド」・・・ありましたね。昨年、桜乱舞流というバンドですが、ナヌムの家に慰安婦を罵る内容の歌を録音したCDを送りつけたという事件。日ごろ韓国には厳しい笑韓ブログ「こりあうぉっちんぐ」のご隠居さんにも、このように批判されてました。

黒田記者は「日本軍が強制連行したという事実はないが、大変な仕事に従事してこられた方々には、ご苦労様でした、という言葉を贈りたい」というような意味のことを書いていたかと思います。・・・慰安婦の大半は貧しい東北その他から身売りされた娘たちだったのです。

雪深い越後の寒村・・・要するに私の村・・・からも身売りした娘たちは確実に存在していたのです。とても”売春ババア”などという罵り言葉は許せるものではありません。


もっとも、ご隠居さんも「ナヌムの家の連中を『嘘吐きババア』と罵るのなら別に非難はしません」と言っているように、「ハルモニ」が恨みを買っているのは、支援者たちのせいである。とはいっても、「愛国バンド」の行為により、日本は国連機関で評判を落とした。結果的に彼らはジャパン・ディスカウントに一役買うことになったのである(Youtubeに彼らが上げた動画は差別を理由に削除された)。

「慰安婦妄言が出ないよう全国民に教育を」国連、日本に警告

国連が日本に対して「全国民レベルで慰安婦問題の教育をするように」との勧告に乗り出した。

国連の経済・社会・文化的権利委員会(CESCR・社会権規約委員会)は21日、ホームページに掲載した公式見解を通じて「日本は(日本国内の)ヘイトスピーチ(Hate speech、特定人種・性・宗教などに対する憎悪表現)と元従軍慰安婦の女性らに汚名を着せるような行為を防ぐために、国民に従軍慰安婦の強制連行問題を教育することを願う」と明らかにした。

CESCRは、国連の人権保障条約である『経済的、社会的および文化的権利に関する国際規約(社会権規約)』締結国を対象に定期的に見解を発表している。CESCRの見解は法的拘束力はないが、締結国政府はこれを誠実に受け入れる義務がある。今回の見解は、先月末に日本政府と市民団体の意見を聴取した後に整理した。CESCRは「日本は従軍慰安婦問題に対処し、被害者女性の経済・社会・文化的な権利を保障するためにあらゆる手段を取るように」と付け加えた。

今回の審査は、日本の嫌韓派のロックバンドが3.1独立運動記念日を翌日に控えた2月28日、従軍慰安婦出身の女性を売春婦だとののしる歌詞の歌を入れたCDと歌詞の翻訳文を元慰安婦の女性らが住む京畿道広州(キョンギド・クァンジュ)の“ナムヌの家”に郵送した事件がきっかけになった。日本維新の会の橋下徹共同代表の慰安婦関連妄言が出てくる前のことだった。

朝日新聞は22日「日本政治家の発言を直接批判したものではないが、従軍慰安婦について日本社会で理解が深まっていない点を憂慮した言及とみられる」として「『殺せ』などのような極めて差別的な表現行為が放置されている日本の現実に対して今後も厳しい批判が続くようだ」と指摘した。

菅義偉官房長官はこの日の記者会見で「(日本政府の)立場を説明して、私たちがこの問題にどのように対応しているのか理解を得られるように努力していく」と話した。




参考までに当時の報道。

「ナヌムの家」側は告訴を検討――日本から人権侵害のCD送付

 元従軍「慰安婦」の女性たちが共同生活している韓国・広州市の「ナヌムの家」にこのほど、「売春ババア殺せ チョン切れ」などという歌詞の入った日本のロックバンドのCDが何者かから送り付けられ、現地で怒りを呼んでいる。

 韓国の「聯合ニュース」などの報道によると、届いた包装物の差出人は「東京都千代田区 桜乱舞流」とあり、中に「チョン斬る!桜乱舞流」と書かれたCDと、曲の歌詞のハングル訳を記したA4判の紙一枚が入っていた。

 この「桜乱舞流」と称する女性ボーカルを交えたロックバンドは実態が不明だが、演奏が公開されているインターネットの You tube で「愛国バンドです。朝鮮人を殲滅せよ!」とだけ、自己紹介されている。

 流されている曲の歌詞は「竹島から出て行け」「特定アジアはいらねえ」「クソ野郎 飲み水までクソまみれ」などと、朝鮮・韓国人に対する攻撃と差別表現だらけの内容だ。曲と同時に、「日の丸」を持った若者が韓国の国旗を踏みにじったり、「朝鮮人慰安婦の大嘘 日本人の重大な人権侵害」と書かれたプラカードを掲げる動画も含まれている。

 今回、「ナヌムの家」に送りつけられたCDはこれと同じ内容と見られるが、「聯合ニュース」(日本版)が三月三日に配信した記事では、「ナヌムの家」の女性たちが「幼くして連行され、苦痛を強いられた事実を全世界が知っており謝罪すべきだと言っているのに謝罪はおろか、なぜこんなことができるのか」と、「失望と怒りをあらわにし」ていると報じられている。このため「ナヌムの家」の女性八人が四日、ソウルの中央地検に名誉毀損でこのバンドを告訴した。今回の問題の背景にあるのは、「在特会」(在日特権を許さない市民の会)など日本の排外主義者グループが、各地のデモなどで「朝鮮人殺せ」といった過激なスローガンをエスカレートさせている現状だ。『ネットと愛国 在特会の「闇」を追いかけて』(講談社)の著者であるジャーナリストの安田浩一氏は、「『桜乱舞流』は悪質な排外主義者の流れだろう。元従軍『慰安婦』の方々にすらこういう行為をする人間が出てきたということは、排外主義の高まりを示す極めて憂慮すべき事態だ」と語っている。

週間金曜日 2013.3.26

林博史教授 兵の慰安所通い裏付ける公文書発見(で?)


日本軍兵士が慰安所に通っていたことが日本軍の公文書で裏づけられたと。それのどこがニュースなのだろう?軍の食料を横流しして慰安所に通った兵士が軍法会議にかけられたという話なのだが、例によって、林博史教授は「この資料には軍隊が住民を守らないことが明確に記されている。日本軍の特徴そのものだと指摘する」・・・林教授は、嫌韓厨と似ている。キムチだろうと何だろうと韓国と関係のあるものなら何でも悪く言う嫌韓厨にそっくり。

「宮古島では終戦後、しばらしても慰安所が開設され続けていたことには驚いた」・・・そういえば、終戦と同時に戦争犯罪(慰安所)の露見を恐れて隠蔽工作を行ったという話はどうなった?

旧軍文書に「慰安所」宮古島での存在裏付け

沖縄戦時、宮古島に慰安所があり、日本軍兵士が通っていたことを裏付ける旧日本軍の文書が見つかった。これまで宮古島の慰安所の存在については住民の証言はあったが、軍の文書で裏付けられるのは初めて。関東学院大の林博史教授と佐治暁人講師が厚生労働省から情報公開請求で入手した。飢えで苦しむ宮古島で、兵士が軍の食料を住民に売って慰安所へ通った実態が記されており、林教授は「住民を守らない軍の姿が鮮明に表れている」と指摘する。(大野亨恭)

資料は厚労省所蔵の、1945年11月20日付の軍法会議判決を記した書類で、提出した第28師団司令部と受け取った法務局の印が押された公文書。

文書には、当時宮古島に駐留していた第28師団の衛生上等兵が軍の食料などを横流しして住民に売却、得た金を使い慰安所で「遊興浪費」したとして、懲役1年の刑に処したことと、その判決理由が記されている。

それによると、被告人の衛生兵は宮古島陸軍病院で炊事勤務に従事。45年8月中旬には軍から馬肉約40キロを預かって病院へ戻る途中、民家で2斤(約1・2キロ)を20円で売却し、慰安所へ行った-などと複数回の犯行が記されている。

旧日本軍が中国などアジア各地に設置した慰安所は終戦後、閉鎖されたとされているが、発見された文書には〈10月2日に(砂糖菓子の)金花糖60キロを受け取り、翌3日にうち2キロを20円で売却し、慰安所で遊興した〉とあり、宮古島では10月上旬まで慰安所が残っていたことも分かった。林教授によると戦後も慰安所が継続していたことを示す文書が見つかったのは初めてだという。

宮古島には沖縄戦当時、陸海軍合わせて約3万人が駐留していた。住民は戦中から戦後にかけ、ソテツを食べて一家が中毒死するなど飢えに苦しんだが、軍は終戦後も食料を住民に渡さず、一部の兵士は売り渡して慰安所に通っていた。林教授は「この資料には軍隊が住民を守らないことが明確に記されている。日本軍の特徴そのものだ」と指摘する。

沖縄戦時、宮古島には少なくとも17カ所の慰安所があり、ほとんどが朝鮮半島から連れてこられた女性だったことが、研究者らの調査で分かっている。


公文書としては初の発見/宮古旧軍文書に「慰安所」明記

沖縄戦当時、宮古島に旧日本兵が通っていた「慰安所」があった事実を裏付ける公文書が初めて発見された。これまで、宮古島の慰安所の存在は戦争体験者や慰安婦の証言などで知られていたが、その存在が明記されている公文書が明らかになるのは初めて。関東学院大学経済学部の林博史教授が研究資料として厚生労働省に情報公開請求した「軍法会議報告」文書の中から見つけた。


 発見された資料は厚労省が保管していた「台湾軍管区臨時軍法会議豊部隊法廷裁判宣告報告」で、沖縄戦当時、宮古島に駐留していた第28師団司令部あて提出されている。その内容は1945年11月20日付で、軍法会議判決を記したものとなっている。

 同裁判宣告報告では当時、宮古島に駐留していた第28師団の衛生上等兵が、軍の食料などを横流しして住民に売却し、得た金を使って「慰安所」で遊興消費したとして「業務横領」の罪に問われ、窃盗罪として懲役1年の刑に処したことや、その判決理由が詳述されている。

 被告人の同衛生上等兵は宮古島陸軍病院で炊事勤務に服務していた。45年8月中旬に城辺更竹にあった「獣医部」から馬肉約40㌔を預かって帰院する途中、増原付近の民家で2斤(約1・2㌔)を20円で売却し、慰安所で遊興したことなど、複数回にわたって犯行を繰り返しては慰安所で使ったたことなどの内容が記されている。

 また、同衛生上等兵は10月2日に「金花糖」(砂糖菓子)60㌔を受け取り翌3日に、このうち2㌔を売却して慰安所で遊興したことも記されていることから、宮古島では終戦後の10月ごろまで慰安所が開設されていたことも新事実として明らになった。

 林教授は「宮古の慰安所の存在は住民証言で存在していた事実は認められていたが、厚労省保管の公文書で、その存在が初めて明かされた」と説明した。

 また、当時の宮古ではマラリヤや飢えの苦しみ中で、多くの人が犠牲となったことついて触れ、「この資料は軍部に十分な食料があった事実を裏付ける証拠にもなる」と述べた。

 さらに、林教授によれば、各地にあった慰安所は8月15日の終戦と同時に閉鎖されているが、「宮古島では終戦後、しばらしても慰安所が開設され続けていたことには驚いた。これは初めて明かされた事実だ」と話した。

宮古毎日 2014.5.25

2014/05/24

冷めた心で慰安婦問題の渦中にいた朝日記者

前川惠司 asahi.comより

産経新聞が慰安婦問題ビッグパン(秦郁彦)当時、騒動の中でも比較的冷静だった朝日新聞の前川惠司元記者を取材。女子挺身隊として(強制)連行された韓国人慰安婦が名乗り出たと報じた同僚の植村隆記者の記事を見て前川は、「『勘違いしているな』と直感し、すぐに訂正がでるだろうと思った」と振り返る。現在慰安婦像を建てて回っている人々に対しても批判的だという。

当時騒動の中心だった朝日新聞の中にも疑問を感じている人はいた。しかも、この人は現場で取材もしている。前川だけではない。取材班を率いた人の中にも後悔を口にしている人がいる。にも関わらず、朝日新聞の方向性が変わることはなかった。

なお、記事を読むにあたって注意したいのは、名乗り出た女性がお金をもらえると喜んでいたとか、支援団体が無理やりデモに駆り出したというのは昔の話であって、現在では挺対協とハルモニの力関係は逆転しており、挺対協はハルモニが嫌がる「性奴隷」という言葉を使わない。ただし、お婆さんたちの目の届かない所(英語)では別。

【歴史戦 第2部 慰安婦問題の原点(3)前半】元朝日ソウル特派員「日本人が無理やり娘をさらったら暴動が起きましたよ」

慰安婦問題が過熱した1990年代初め、朝日新聞ソウル特派員として前川惠司(現在は退社しジャーナリスト)は、韓国内で元慰安婦らに取材した。日本にいたときも「韓国・済州島で奴隷狩りをした」との虚偽の強制連行証言をし、朝日が繰り返し取り上げてきた吉田清治とも会った。

「確か80年に川崎支局で『韓国・朝鮮人』という続き物をやっていたころ、吉田が『自分の話を聞いてほしい』と支局に電話をかけてきた。彼の自宅に行って3、4時間ぐらい話を聞いたが、(核心部分の)済州島の話はまったくでなかった。尋ねるたびに話のつじつまが合わなくなるので結局、多くは書かなかった」

本紙の取材にこう語る前川は、元韓国人慰安婦にインタビューし、「女子挺身(ていしん)隊」の名で慰安婦が戦場に連行されたと、事実をねじ曲げて伝えた朝日新聞平成3年8月11日付朝刊(大阪版)の植村隆(今年3月退社、大学講師)の署名記事についても首をひねる。

「『勘違いしているな』と直感し、すぐに訂正がでるだろうと思った」

挺身隊が慰安婦と異なるのは、少しでも戦時下の日本について調べればすぐ分かる常識だったからだ。

前川はこの4月、ソウル時代に元慰安婦を取材したエピソードを「戦場の慰安婦哀譚昨今」(亜細亜大学アジア研究所所報第154号)と題したエッセーにつづった。そこから浮かび上がるのは、元慰安婦の女性らが支援団体らの主義主張に「利用」されているという一面だ。

エッセーには、前川のこんな忘れられない光景が記されている。

93年11月、当時の首相、細川護煕と韓国大統領、金泳三による首脳会談が韓国の慶州で行われたときのことだ。元慰安婦を支援する韓国の団体が、元慰安婦ら十数人を中心としたデモを展開した。

厳しい寒さの中、元慰安婦らは、薄い生地の白いチマジョゴリで、傘もささず雨の中を歩かされていた。時折、デモの指導者のかけ声に合わせ、「日本は補償しろ」と叫んではいたものの、顔面は蒼白(そうはく)だった。前川が「おばあさんたちが風邪をひいてしまう」と案じていると、その目の前で1人が倒れてしまった。

「これが人権団体のやることか」

前川は憤りを禁じ得なかった。ほかにも、こんなエピソードが記されている。

別の集会では、元慰安婦らは「『今度、国連に訴えたので、もらえるお金もうんと増えるといわれたの。本当かしら』と、嬉(うれ)しそうに顔をくしゃくしゃにし、金を得たら、これを買う、あれを買うと皮算用を膨らませていた」。

前川が当時韓国で、元軍人、大学教授から友人の母親まで、つてを総動員して60歳以上の人々に「日本兵や日本の警察官に無理やり連れていかれた娘がいたか。そんな噂を聞いたことがあるか」と尋ねて回っても「ある」とうなずいた人は皆無だった。逆にある人は「無理やり娘を日本人がさらったりしたら、暴動が起きましたよ」と言った。

「あのころのおばあさんたちは、苦しい生活のなかで、名乗り出ればお金がもらえるんだと、単純に考えていた印象です。素朴なおばあさんたちでしたから」

取材に対し、こう振り返る前川は、少女の慰安婦像まで用いて「元慰安婦イコール性奴隷」との表現が盛んになされている現状に大きな違和感を抱いている。

「そこまで朝鮮半島の女性を侮辱する言葉が、李朝時代を含めてあっただろうか。自分たちの民族の女性が公然と『性奴隷』と貶(おとし)められて、侮辱を感じないのだろうか」

前川は疑問を投げかけ、エッセーをこう結んだ。

「あちこちに従軍慰安婦像を建てようとしている人たちが、本当に貶めているのは誰なのか、気になってならない」

産経 2014.5.23 上 中 下

2014/05/21

挺対協依然強硬「閣議か国会で謝罪を」


挺対協が法的責任を認めることが「解決の出発点」とし、閣議決定か国会決議による謝罪を要求している。相変わらずなわけだが・・・。

慰安婦問題解決の最大の障害と言われる挺対協。この団体が頑張っている限り、韓国政府は妥協出来ない。個人的には、このまま時間切れになるだけなので、日本側としてはそれでいいのではないかと思う。ハルモニがいなくなれば、慰安婦問題は自然と下火になるだろう。むしろ、挺対協が軟化することで、日本政府はこの時とばかりに解決を急ぐあまり20年前の失敗を繰り返しはしないか、そっちの方が心配である。

挺対協は絶対に譲歩しないと言う人もいるが、そうは言い切れないと思う。尹美香(ユン・ミヒャン)常任代表は有能なリーダーである。空気を読むことに関して天才的であり、挺対協に対する悪評が日本以外にも広がるような下手は打たないだろう。

ここでは原則論を繰り返しているが、これを貫き通してくれるのか。それとも腹の中では別なことを考えているのか。

「請求権協定で解決」は矛盾=韓国の慰安婦支援団体

旧日本軍の元従軍慰安婦を支援する韓国挺身(ていしん)隊問題対策協議会の尹美香常任代表は20日、ソウル市内で日本人記者団の取材に応じ、1965年の日韓請求権協定で慰安婦問題も解決済みとの日本政府の立場について「65年当時に(慰安婦問題では)日本政府の責任を認めていないのに『解決済み』というのは矛盾している」と主張した。

尹氏は、日本政府が慰安婦問題の法的責任を認めることが「解決の出発点」と指摘した。謝罪があっても「首相が代わると覆される」として、閣議決定や国会決議で謝罪の意思を明確にするよう主張。その上で、国庫による賠償や、日本の歴史教科書への慰安婦問題の記載を求めた。

時事 2014.5.20
http://www.peeep.us/a922bf87

河野談話検証チーム初会合


どうやら、談話の撤回とは無関係と分かった検証作業。韓国側に、双方納得ずくで作られた談話ですよ、と確認させる為の検証作業と見る。

従軍慰安婦:河野談話の検証チーム 初会合を先週開催

政府が、従軍慰安婦への旧日本軍の関与を認めた河野洋平官房長官談話(1993年)の作成過程に関する検証チームの初会合を先週、開いたことが分かった。政府関係者が19日、明らかにした。

政府は6月22日の今国会会期末までの検証結果の取りまとめを目指しており、国会報告後に結果は公表される見通し。ただ、菅義偉官房長官は「静かな環境で取り組んでもらう」として、検証チームのメンバーや会議の開催状況については明らかにしていない。

毎日 2014.5.21

2014/05/19

豪州韓国人会「慰安婦像で日本を孤立させる」

ス市では慰安婦像を巡ってタウンミーティングが開かれた(4月)

オーストラリア在住日本人向けの生活情報誌のこの記事は日本談児さんに教えて頂いた。丁寧な質問は、取材者が慰安婦問題を良く勉強している事を示しているし、オーストラリアで慰安婦像設置運動を先導している人々の本質を上手くあぶり出している。

慰安婦像(三姉妹像)の設置運動を先導している現地の韓国人会会長の側近は、「両国(日韓)の明るい未来」などと綺麗ごとを言いながら、「日本人特有の嘘」などと日本人に対する人種偏見丸出し。慰安婦像で日本を全世界から孤立させると言っている。

からゆきさんについて薀蓄を垂れる様子はしっかりと理論武装してきたという自信の表れなのだろうが、皮肉なことに、

「文無しののらくらが・・・普通の家庭の女の子たちを拉致して、海外に売り始めました。・・・堂々と親の許可で連れて行ったケースも多かったようです。貧乏の家に口数を減らすため、後で金をたくさん稼いで送金してもらうと言えば、反対する親は特にいなかったわけです。・・・女の子たちは、自分も唐人行になってお金を稼ぎたいと夢をみるようになりました。親を説得して連れて行くのが難しい家庭では、誘拐ないし拉致をして国から売り出していました」

・・・そのまま主語を(朝鮮人)慰安婦に変えても通ずる(日本人慰安は、比較的年齢が高かったと言われている)。記者が、軍票が無価値になってしまった為に結果的に(!)給料を貰えなかったのではないかと訊ねると、「100%そのケースでしょう」と答える辺りは、漫才である。

ファン・クムジャ(故人)を知らないとはモグリ?

水曜デモで活躍したファン・クムジャ(故人、晩年は認知症を患っていた)を知らなかったり、韓国の家庭を聴き取り調査した結果20万人の強制連行(日本政府による動員)が裏づけられたと思い込んでいたりと、肝心の慰安婦問題についてはまるで無知であることを露呈。故国でヘイト教育に洗脳された移民一世が反日ネタに飛びついただけ。

設置運動のもう一方の牽引役である中国系も「アウン・サン・スー・チー氏の写真を示し『この日本人女性も日本の非を反省しているだろ』と得意顔」だったそうだから、こちらもかなりお粗末。

韓国人会会長宋錫準(ソング・ソクジュン)さんの最側近の人物に、慰安婦像設置の可能性を問う

下記は宋錫準(ソング・ソクジュン)会長様へ対しての質問になります。失礼に当たる内容もあるかもしれませんが、公平な立場を持って原稿を仕上げたいと考えておりますので、前向きにご回答いただければとお伝えください。

両国の明るい未来のために役に立つことならいつでも声をかけてください。両国の真情なる和解の上に共存同栄できることなら、なんでも躊躇なしにやりたいと存じます。

まず、おふたりはどのような関係なのでしょうか。

私は会長の最側近であり、31年前の豪州入国同期生に、同じ英語学校の同期生です。今回は会長に代わって私が代弁をしますが、内容に関しては会長にも確認をとりますので、会長の同意のもとの返答となります。


今回なぜオーストラリアに慰安婦像を建設することになったのでしょうか。その理由をお聞かせください。

韓国人なら世界どこに住んでいても過去史歪曲、強制慰安婦の存在否定、その他あらゆる妄言を次から次へと並べる日本の政治家らをこれ以上許してはいけないという強い思いで、日本にはっきり伝達しないといけなくなったわけです。米国グレンデールでの銅像建立に伴われた一連の日本側のさまざまな妨害工作(米国議員ら、市長などに日本国会議員ら、企業人、日本大使などによる投資撤回などの脅迫、経済制裁など嫌悪感を持たせる卑劣な工作振り)に呆れて、世界中の人々に日本の過去と現在の蛮行を広く知らせるためです。


建設予定地はどこでしょうか。またいつ頃を予定していますか?

シドニー市内の中心地と、韓人タウン内(ストラスフィルード内建設予定)、および豪州全国の10箇所を予定しております。

日本側は一般的には、『韓国との請求権、経済協力協定』ならびに『サンフランシスコ平和条約』にて、韓国への謝罪および賠償責任は済ませたといった認識を持っているようですが、韓国会会長は韓国との請求権、経済協力協定をどのようにお考えでしょうか。 参考資料① 参考資料②

賠償責任は済ましたという発想は、加害者の責任回避本能からの弁明ですが、政府間の協定で日本政府や日本企業による強制や詐欺性連行により、強制売春、死亡、傷害、拷問による被害は国家間の協定で源泉解消できることではありません。韓日政府間協定にそのように書いているとしても、英米法の契約法によれば、公平じゃない契約内容はそれに後で気がついても、無効になるとの趣旨を尊重しています。ですので被害者たちに賠償すべきです。

無効にするためには、公的な手続きをとる必要があると思われますが、実際に韓国政府はなにか無効にするために公的なアクションを行ってきたでしょうか。

当時韓国の政府は軍事クーデターで執権した軍政だったので、正統性問題に弱点があり、可能なら早速回りの主要国政府の承認を受けなければならない事情がありました。対日協商においてもハンディキャップがあり、それを看破した日本政府は最大限その弱点を利用して、賠償額を最小限へ減らしました。特に民間人賠償問題は再び挙論しないように韓国政府に圧力をかけました。成功したかどうかはわからないですが、相手側の弱点をついて自分たちの利得を取ったのはとても卑劣な手法として歴史に記録されるでしょう。

『韓国との請求権、経済協力協定』で、韓国政府は「個人への補償は韓国政府が行うので、日本は韓国政府へ一括して支払うべき」とし、現金合計21億ドルと各種現物返還を請求。次の日韓交渉で日本は韓国政府へ一括支払いは承諾したが21億ドルと各種現物返還は拒否し、その後、請求額に関しては韓国が妥協して、日本は前述の記載通り「独立祝賀金」と「発展途上国支援」として無償3億ドル、有償2億ドル、民間借款3億ドルの供与及び融資を行いました。個人への保障は政府が行うとのことでしたが、このとき実際に、慰安婦への保障はされたのでしょうか。参考資料①

あなたの述べた文中で、金額と名目に差異があります。実際は無償3億ドル、有償2億に、工場プラント1億譲与でした。これを当時は3+2+1と読(ママ)んでいたそうですが。日本側がその賠償額を「独立祝賀金」や「発展途上国支援」とか一方的に名づけたものの、韓国側の同意を得たわけではありません。韓国では「対日請求権」と呼ばれたと記憶していますし、慰安婦賠償問題はどちらにも案件に載せてない状態だったようです。

『サンフランシスコ条約』に関しまして、「南北戦争中、勝戦国と日本側がその内容を一方的に決めることになった」というふうにおっしゃっていましたが、この当時の状況はどのようなものだったのでしょうか。 参考資料②

サンフランシスコ条約は日本側だけがうるさく言っていますが、法的な価値は全然ないし、これ以上日本が無理を押し続けても世界中の非難を浴びるだけだと思います。添付しました独島(竹島)に関する資料が韓国外交部の公式立場ですし、歴史的にも無理のない事実であります。下記は独島に関する大韓民国の外交部の公式立場です。ご参考までに。http://www.youtube.com/watch?v=7Ido7y1V0dA

朴正煕大統領はその当時、韓国国民からはどのように思われていましたか?

日本側にほぼ全部取られて譲ったと、国内世論は最悪でした。それに学生たちの「韓日会談無効」を叫ぶデモで日が立ち、デモで日が暮れる毎日でした。朴と金鐘必は国を売った最悪の売国奴として罵倒されていました。

デモを行うこと自体がその会談が一度は成立したことの裏づけとは考えられないのでしょうか。

いいえ。軍事クーデターで執権した正統性のない政権が、国民的な意見聴取なしに急いで一方的に押し付けた合意は、国民の共感なき、いや国民無視の会談結果だったので憤怒したわけです。もちろんそういう結果に賛同できないとはっきり言わないといけないから、デモで反対の意思を表現しないといけなかったのです。

グレンデールの慰安婦像設立のあと、日本人であるというだけで子供たちがいじめにあっているということですが、これについては認識はありますでしょうか。

全然ないことで、日本人特有の嘘だと思っています。韓国人は子供のときから小人輩(心の狭く子供っぽいことをやる度量のない者)にやられたことを同じことで返すと、自分も小人輩になる、との教育ですので、そんなことはしません。逆に日本人がそんなことをやるなら「やはり島国の者だ」と嘲笑うのが韓国人でしょう。

では、いじめがあるないは別にして、建設することで人種を問わず分別のつかない子供たちの間でいじめが起こる可能性は無視できないと思います。現地の日本人と韓国人や中国人同士のトラブルを招くといった発想はお持ちでしょうか。具体的に対応策は考えていますか?

加害者の日本が反省せず、さらには被害者の元慰安婦のお婆さんたちを侮辱ていることを棚に上げて、自分の子供たちにまだ遭ってもないことを想像して叱るなんて、やはり日本らしき手法だと思われるでしょう。対応策も何も日本側がやることをやれば問題は自動的に解決されるはずです。

慰安婦問題に関しまして、双方の国家間はもちろん、国内ですらも意見が対立する中、首脳会談が行われないといった状況で、いまだことの真意も判断できない状況とも言えますが、このタイミングで「20万人の被害者」と記した像の建設に着手するというのは、やや時期尚早という声も上がっているようです。決議に踏み切った理由をお聞かせください。

安部総理をはじめ、右翼自民党の立場は、歴代の総理大臣らが慰安婦に対し、談話を通じて謝罪したことを否定している状況で、日本の蛮行を全世界に知らせて孤立させることで、何が悪かったのかを自ら気づかせるしかないと判断したわけです。常識のあるものなら時期尚早じゃなく晩事之嘆と直すべきじゃないですか?

晩事之嘆とは韓国の言葉でしょうか。

はい、韓国の四字成語です。意味は「遅すぎて怨み嘆く」との意味です。

従軍慰安婦につきまして、当時は儒教が強く、元慰安婦は、処女を失った自分は家族に合わせる顔がない、とひとり孤独に死んでいったという悲しい話を聞きました。行く場所がない人はソウルなどに集まって皆で暮らしていた。またオーストラリアにも、もと慰安婦で生存者がいると伺いましたが、これは本当でしょうか。

韓国人の慰安婦がオーストラリアにいるとは聞いたことがありませんが、オランダ人の元慰安婦のお婆さんがアデレードにお住まいで、数年前シドニーの慰安婦対策委員会の招待でシドニー集会に参加したときに会ったことがあります。その同時に韓国から来た吉の名字のお婆さんがシドニーで証言したときのデモにも参加したこともあります。

シドニーの慰安婦対策委員会とは、どのような活動をされていますか? 吉さんの証言をされたときの状況をお伝えください。

元慰安婦たちを助ける活動です。吉さんは2回ほど委員会の招待に応じてシド二ーに来たことがあります。シティの日本総領事館の前で忌憚大会を開いたとき、被害者として証言したことがあるようです。

1983年に吉田清治の『私の戦争犯罪 朝鮮人強制連行』という本を出していますが、これはご存知でしょか。吉田は済州島で日本軍人らを引率し、若い未婚女性や赤ん坊を抱いた母親を連行し、レイプしたという「体験」を語っています。一方で『済州新聞』は、現地住民はそのようなことはなかった。吉田は嘘をついていると語っていると、1989年8月14日同紙に記載されています。これ以降で慰安婦問題が浮上したとも言われているようですが、これに関してはどのように考えていますか? 参考資料③

唐人行さんのことを聞いたことがありますか? 明治維新以降、幕府は人種純化の名目で九州の長崎など外国の貿易船が入出港する所で、西洋人船乗りとの性交を通じて生まれた間の子の女性が多かったんです。幕府は彼女らを海外へ追い出して血統の純粋さを守ると考え、10~20代の女の子らを強制に船に乗せて、韓国(当時は朝鮮)や中国、東南アジアへ送りました。彼女らは技術も才能もありませんでしたが、生存するため外国の港町の酒場で笑いと体を売って生活を営為したようです。彼女らにとって日本は自分を追い出した憎い祖国ですが、それにも関わらず自分の家族たちに売春で稼いだ金銭を送金していたようです。一方それを見ていた文無しののらくらが、今度は混血じゃない普通の家庭の女の子たちを拉致して、海外に売り始めました。もちろん都市の家庭の子の拉致はばれる危険性が高いので、田舎の貧しい家庭を訪ねて8歳から10代の女の子らを収集して海外へ送りました。このときは拉致じゃなく、堂々と親の許可で連れて行ったケースも多かったようです。貧乏の家に口数を減らすため、後で金をたくさん稼いで送金してもらうと言えば、反対する親は特にいなかったわけです。隣の家の人が娘を売ると、海外から送金が届き、土地と新しい家を買っている。それを見ていた周りの女の子たちは、自分も唐人行になってお金を稼ぎたいと夢をみるようになりました。親を説得して連れて行くのが難しい家庭では、誘拐ないし拉致をして国から売り出していました。そういうわけで東南アジアの各国の港町は、日本からの唐人行で売春商売が盛り上がっていたようです。戦争のときは、彼女らが祖国のために募金して日本政府に送った戦費が無視できないほどの金額だったといいます。明治以降、終戦のときまでアジアの各国で商売をしてた唐人行は、大体3万名だったそうです。日本の海外輸出第一号はトランジスタラジオじゃなく、唐人行だといいます。私がこの話をする理由は、戦争のときの慰安婦拉致、誘拐は日本では唐人行のとき既に経験したものの、別に罪意識なしに外国の女たちにやっただけじゃないかということです。日本人が女性拉致や誘拐を罪意識なしに行った理由は、唐人行のとき、すでに予防注射を受けたからじゃないでしょうか。 問題は予防注射を受けた日本が、受けてない他国民に納得しろと言われても納得できるのか、ということです。

なるほど。唐人行のことは分かりましたが、吉田清治に関しては、韓国では認知があるのでしょうか。フィクションの『私の戦争犯罪 朝鮮人強制連行』に影響を受けた人間が少なくはなかったのではないでしょうか。

韓国人は日本人の名士はあまり知りません。知るなら侵略の元凶であり、安重根義士に射殺された伊藤博文ぐらいでしょうか?

慰安婦募集の強制性を認めた「河野洋平官房長官談話」の作成経緯を政府が検証することになりました。菅義偉官房長官が衆院予算委で検証チーム設置の方針を表明していますが、これについては賛成ですか?
参考資料⑥

安部政権の意図はただひとつ。「河野談話の内容は被虐性変態報告書であり、捏造だ!」と叫んで廃棄するはずです。当然「ショーは止めとけ! 手の裏で太陽が隠せると思うのか」と叱りたいだけですね。

※3月14日の時点で安倍晋三首相は、安倍内閣で見直すことは考えていない」と言明しています。また、慰安婦として従軍した女性に関し「筆舌に尽くし難いつらい思いをされた方々のことを思い、非常に心が痛む」と語っている。

河野談話は日本の政府見解であるのに、自国民より先に韓国側に通報され、韓国側からの強い提案を受け入れながらその手が加わって成立したと日本国内では言われています。韓国ではどのように言われていますか。

初耳です。きっと日本国内用の世論造作でしょう。

韓国側から修正要求はなかったという解釈が韓国国民にはあるのでしょうか。

充分ではないけど歴代日本政治家の一貫した反省なしの態度と比べて、ある意味で韓国民の目には新鮮に映ったことはあると思います。

慰安婦問題につきまして、ポイントとなる箇所は、『強制』であったかどうかという点だと察しますが、オーストラリアに慰安婦像を建設するということで、説得力のある説明および証拠が不可欠だと思うのですが、物的証拠などの一部で今回提出する予定のものは開示できますか?

証拠は今まで数え切れないほど見せました。日本の右翼政権には何の証拠を目の前に出しても信じません。彼らには真実なんかどうでもいいのでしょう。元慰安婦らが一人も残らずに死ぬまでは、証拠も証拠じゃなく、証人は証人じゃないといい続けるのではないでしょうか。

証拠といえば、1944年に米軍によって行われた聞き取り調査をもとに、制作された公文書がありますが、そこには『強制』が、当時の慰安婦募集のさいには存在しなかったことが記されています。『雇用された』、『給料が出ていた』ようなことも書かれていますが、これはご覧になられましたか? 参考資料⑤  

初耳です。その米軍がどんな経緯でそういう調査をしたのかを先に調査すべきであります。隠蔽に命をかけてる人たちには手段と方法を区分せずになんでもやるはずです。

当時ビルマのミートキナを制圧した米軍が、捕らえた韓国人慰安婦20人に尋問した記録をまとめた公文書です。証拠価値が高いのは、当時敵対していたアメリカの公文書ということと、別に訴訟のためのものではないから、変な誘導尋問をしているわけではなく、客観性がかなり高いからです。もっともこれが全貌を示すものと言うことはできませんが。

一方で慰安婦の方々には『苦痛軽減のため「女性のためのアジア平和国民基金」を通じて償い金を支払い、当時の橋本内閣総理大臣および歴代の総理大臣も連名でおわびの手紙を送っている』と、日本政府の菅義偉官房長官が3月6日、ジュネーブでの国連人権理事会で話しています。2007年で一部幕を閉じたものの、デジタル記念館「慰安婦問題とアジア女性基金」で、永久的にその当時の行為に謝罪しております。これについてはどうお考えでしょうか。 参考資料⑦ 参考資料⑧ 

聞いた話では「日本の民間で募金して被害者たちに払おうとの計画があったようですが、被害者らの反応は冷たかったそうですね。なぜなら金額の大小を問わず、日本政府に謝罪と賠償を要求しているのに、なぜ民間人団体が募金するのか、われらは乞食じゃないといった憤りだったと聞きました。

慰安婦に支払われたお金は軍用手票でしたか? それとも日本通貨だったのでしょうか。

軍票だと聞きました。

それら軍票が敗戦と同時に反故になり、慰安婦たちが結果的に給料を貰えなかったという状況に追い込まれたという可能性はありますか?

100パーセントそのケースでしょう。

※やはり慰安婦には給料が支払われていたということなのだろうか。そして反故したから結果的に貰っていないと証言しているのだろうか。

世界中で強制連行をした、という証拠がいくらでもあるという風に聞きましたが、どのようなものがあるのでしょうか。今回紙面で比較するために掲載したいのですが一部をお借りすることは可能でしょうか。

新聞に頻繁に発表されていますが、同じく日本は一貫して造作だと叫んで終えましたね。

ではその新聞のコピーなどはありますか? ひとつだけでいいですので、お送りいただけますか?

これが参考になるでしょうか。
http://megalodon.jp/2014-0519-2025-05/news.hankooki.com/ArticleView/ArticleView.php?url=world/201401/h2014011810114122470.htm&ver=v002

従軍慰安婦 「黄錦周」(ファン・クムジュ)さんの証言は、時と場所によって内容が変わってしまうといった特徴があります。これは忘れたい過去、トラウマがそうさせてしまうのかもしれず、それ自体を攻(ママ)めることは心苦しいですが、一方でこうしたことが原因で、聞き手が慰安婦の証言に対して不信に思ってしまうひとつの原因だと感じられます。これはどのようにお考えでしょうか。

その人については初耳です。面白いのは、日本は韓国側が発掘した証人については、少しも興味を持たずに知らんぶりするのに、反論に使う証人はよくも発掘することです。

では証人で真実性の高いひとはどなたでしょうか。

慰安婦お婆さんたちです。

※韓国側が人選した元慰安婦16人の聞き取り調査報告書では、証言の事実関係はあいまいで別の機会での発言との食い違いも目立つほか、氏名や生年すら不正確な例もあり、歴史資料としては通用しにあ内容だったという意見もある。また軍や官僚による強制連行を示す政府資料は一切見つかっていないようだ。

オーストラリアに慰安婦像のアイデアを出したのは、あなたでしたか?

そうです。私が初めてだと憶えてます。公式席上で発言したのが2年前のことですね。

グレンデール市長へ日本企業からの脅迫があったとのことを伺いましたが、これは本当でしょうか。

本当です。それを叱ると彼らはいつも「ロビー活動は自由」だと答えます。

グレンデールでの動きとオーストラリアでの活動は連動しているのでしょうか。総合的に指揮をしている人間はいるのでしょうか。

いや。常識のある人間なら指揮なんかなくても自ら動くものです。ただ日本政府のロビー活動が卑劣だから、どうしても反発心を持たせてしまいます。

今後、ほかの国にも建設を予定しているのでしょうか。

そう望んでます。常識のある人間なら同じことをするのも当然ですね。

グレンデールの慰安婦増には『20万人を超える少女を強制動員』という表記がなされていますが、オーストラリアにも同内容を掲載する予定ですか?

その数字が正しいなら掲載を反対する理由もないでしょう。もちろん正しいと信じています。

その20万人という数字はどのようにはじき出されたのでしょうか。根拠の乏しい数字だと思いますが。

当時日本巡査が来て女の子を連れて行った家庭に聞いて統計を出したのだと思います。

20万人が強制的に連れて行かれたということでしょうか。

はい、そうです。

シドニーで3月あたりをめどに日本政府に対するデモが行われるとのことですが、これにも会長は関与していますか?

会長は居住民の投票で当選したので、居住民の望むことなら何でもやらなくてはならないので、きっと関与すべきです。

阿部(ママ)政権は、河野談話を踏襲すると公言しています。また、「侵略や植民地支配を否定したことは一度もない」とも語っていますが、阿部政権に関してどのようにお考えでしょうか。また今後どのようなことを要求しますか? 
参考資料⑥ 参考資料⑨

以前の総理大臣の良心発言を非難、否定しつつ、国際的な批判にぶつかると「そうじゃなく云々」と逃げるのが何より卑劣さを感じてしまいます。米国が何でも応援してくれると思ったのに、そうじゃないとわかったらいったん足を抜くものです。

日本の軍国主義復活を懸念とのことでしたが、これはどの行動や言動を見てそう思われましたか? 参考資料⑩ 参考資料⑪ 

平和憲法を改定し、海外派兵を可能にさせるとか連合軍の米軍を助けるためにどこの国でも許可なしに進駐するとか。領海拡張宣言で隣国との摩擦をわざと起こす振りをみてわかります。

今回の慰安婦像建設ですが、現状で建設の可能性はどのくらいでしょうか。 また、日本人の間では反対の署名を集める動きが出てきているようですが、それをどのようにお考えでしょうか。

可能性は100%に近いです。日本人には銅像反対の署名じゃなく、安部(ママ)反対の署名が自分の祖国を守る道だと伝えてもらいたいです。

確かに日本人のなかにも政府の方針に否定的に考えている人はいます。日本人全体が国防軍を持つことに賛成しているわけではありませんが、それはご存知ですか?

知っています。日本国内でそういう良心勢力はどれぐらいの比率でしょうか。たとえ相当の人数だとしても、執権勢力の自民党、右翼などの国会占有率が圧倒的に多いので、小数勢力の声が響くことを期待するのは無理ですね。

オーストラリア国内の韓国人は賛成をしているのでしょうか。 若い方の支持を得ていないという話も聞きますが、その辺はどうでしょうか。

100パーセント賛成ですね。そうしないと韓国人じゃないでしょう。若者の方が強制慰安婦問題にもっと憤怒していると聞いています。

仮に河野談話が見直された場合に、今後の活動はどのように変化しますか?

別に全然影響ないですね。むしろもっと活発に日本の軍国主義反対運動を展開すべきです。

現地日本人へ対してのコメントがあればお願いします。

日本で右翼偏向教育されたと鸚鵡やロボットのように安部(ママ)を一方的に支持しないで、自分で考えてみてほしいです。天皇陛下万歳と叫んで死んでいった神風特攻隊の死を繰り返さないようにお願いします。

今件において、自国民の名誉のために大統領をはじめコミュニティレベルでも努力を惜しまない姿勢に、一部日本国民として見習うべきこともあると感銘を受けた一方で、自国民単位でことを考えるのではなく、『フェミニズムの有り方』という、より大きな枠組みで捉える時期に来ているのではないかとも感じざるを得ません。韓国人をはじめ、中国人、北朝鮮人、ベトナム人、フィリピン人、ロシア人、オランダ人、日本人、その他諸外国の女性、戦争で被害を受けた被害者の数は計り知れません。目の前で平然と人が殺される日常を生き、当時の常識的感覚で女性がまったく被害に遭っていないと考える方が現実味がないのかも知れません。しかし韓国人女性だけがその被害に遭ったといえば、そういうわけではなかったのだとも感じます。だからといって決して正当化されることではありません。国民レベルにおいても、お互いに違う認識を持っていることをまず認めあい、建設的な議論を重ねたうえで真意を問いていき、反省するべきことは改めて真摯に受け止め反省し、未来の子供たちの平和のために慎重な行動をしていくことを願わんばかりです。今回オーストラリアで起こっている慰安婦像建設に関しまして、その記載内容や存在意義、国民に与えうる影響につきまして、まず現地日系コミュニティ団体や国家機関とも情報交換をする機会を設けていただくことを強く望みます。

それは素晴らしいお話ですね。ただ現在の自民党と安部総理の妄言ぶりを聴くと、すべてのことが絵の中の餅みたいな理想論にすぎないとしか思われませんね。その素晴らしい提案が現実性のない美辞麗句だけで終わらないように、右翼好戦主義者らを常に監視し、叱責する姿勢こそ世界平和へ向かう第一歩じゃないでしょうか? 最後に想起させてもらうなら、英国のチャーチル総理の言った「過去を反省しない民族に未来はない」との言葉ですね。

最後に

3月15日弊紙発行直前、安倍内閣は参院予算委員会集中審議で、「河野談話を安倍内閣で見直すことは考えていない」と言明した。また、慰安婦として従軍した女性に関し「筆舌に尽くし難いつらい思いをされた方々のことを思い、非常に心が痛む」と語っている。日本の植民地支配と侵略を謝罪した95年の村山富市首相談話などにも言及し、「歴史認識に関する歴代内閣の立場を全体として引き継いでいる」と改めて強調している。韓国政府が朴槿恵大統領と阿部首相との首脳会談に応じる条件として、従軍慰安婦問題への誠意ある対応を求めていることに配慮し、日米韓首脳会談の実現に向けて首相自身の立場を明確にしたものとみえる。菅義偉官房長官は河野談話の作成過程で韓国政府と擦り合わせをしたかどうかについて、「談話作成過程の実態を把握することが必要だ。しかるべき形で明らかにすべきだ」と指摘。検証作業を行って調査結果を公表する方針には変わりがないことを示した。 

弊紙は、同インタビューと平行して、グレンデール慰安婦像撤去訴訟で戦うNPO法人「歴史の真実を求める世界連合会(GAHT)」とコンタクトを取った。その結果、同団体との協力体制を築くことができた。グレンデール訴訟での対応、教訓など貴重な情報を参考に、今後の対応に邁進していきたい。また、グレンデールでの訴訟の争点のひとつのように、地方自治体レベルが外交に関わるような行為が許されるのか、といったことも追求しつつ、地方自治体には良識ある判断を望みたい。
今回取材を進めるにあたり、世論調査などで、当事者である日本人と韓国人の、特に若年層の歴史観に対しての探究心や、真意は抜くが歴史認識の量の差を感じざるを得なかった。今回の特集がこれからを担う読者にとって、歴史と向き合う第一歩となってくれたら嬉しい。繊細なトピックで、取材を進める難しさを感じ、内容に関しても本来の意向とはそぐわなかった部分もあるが、こうして形にできたのは、この取材を匿名ではあるものの、日本語での対応を快く承諾知れくれたインタビュイーの存在は否定できない。インタビュイーの方、並びに関係者の皆様、取材協力ありがとうございました。

大庭祐介

CHEERS  [B2]