2017/04/11

少女像世代の登場


生まれた時には慰安婦騒動が始まっていて、学校でも低学年から正しく”教育”される。となれば、当然こういう世代が生まれる。「少女像」も一役買っているらしいとハンギョレ紙は報じている。下村満子が「200年戦争をするんだ」と聞かされたように、韓国の運動体が狙うのは世代を超えた慰安婦騒動。その為に子供たちの”教育”に力を入れて来た。その努力が実を結んだということだろう。韓国の教科書については読売新聞の取材班がこの様に←レポートしたことがある。

日本でも中学生の教科書に慰安婦問題を記述させようと運動している人々がいる。日本にも「少女像世代」をと夢見ているのだろう。もっとも、こっちの方はあまり上手く行っていないようで、水曜デモに顔を出す日本人は高齢者が多いようである。

追記:オーマイニュース(4.11)より、「20代30代(2030世代)は、少女像世代と呼ばれる」。

「慰安婦」の痛みに共感する10~20代…「少女像世代」の誕生

・・・「慰安婦」被害者のおばあさんたちと関連する所に「1020世代(10~20代)」が多く集まっている。毎週開かれる慰安婦問題解決のための水曜集会は制服を着た中高生たちが主な参加者だ。全国各地で起こった少女像のパトロール活動の中心にも1020世代たちがいる。

慰安婦問題に対する1020世代の高い関心の理由は何だろうか。まず、学校で「慰安婦」の悲しい歴史を習った上に、「12・28慰安婦合意」など社会的議論を経験した世代共通の経験があると分析されている。1020世代は学校で「慰安婦」についてちゃんと習った最初の世代だ。「慰安婦」問題は1996年に中・高校の歴史教科書に初めて収録されたが、僅か一行の言及に過ぎず、本格的に教科書で触れられたのは2002年からだ。

慰安婦被害者の痛みを象徴する実体的なアイコンとして「平和の少女像」が社会的関心の対象に浮上したことも起爆剤になったという見方が多い。実際「12・28合意」当時、日本が「平和の少女像」移転を要求した事実が伝えられると、二日後の12月30日から旧駐韓日本大使館前の少女像のそばで「少女像守護のための野宿座り込み」が始まった。460日以上続いているこの野宿座り込み現場では、座り込みに参加している20代の大学生たちと、彼らを訪れ激励を送る中高生と容易に会うことができる。野宿行動を率いる「日本軍慰安婦謝罪賠償と売国的な韓日合意の廃棄のための大学生共同行動」のチェ・ヘリョン代表(22)は「若い人たちであるほど、水曜集会などでおばあさんや少女像を見てたくさん泣いていく」と話した。同年代の姿の少女像に接し、1020世代が被害者の痛みにさらに深く共感しているということだ。慰安婦の苦しみを自分の問題として受けとめる「少女像世代」の誕生である。(以下略)

ハンギョレ日本語版(一部) 2017.4.6[全文]

15 件のコメント:

  1. 慰安婦問題を学校でちゃんと習ったというのが怖いところですね。
    彼らは日本軍は自ら強制連行をしたのではなく、業者に就業詐欺をやらせたとちゃんと教わっているのでしょうか?

    返信削除
    返信
    1. 最近のトレンドは、親日派を利用して騙して連れて行った、ですからね。
      http://ianfukangaeru.blogspot.jp/2012/08/blog-post_19.html

      削除
  2. https://translate.google.com/translate?hl=ja?sl=ko&tl=ja&u=http%3A//www.yonhapnews.co.kr/bulletin/2017/04/13/0200000000AKR20170413046851063.HTML
    国立墓地の徴用・強制連行謝罪碑が慰霊碑に書き換えられ、吉田清治の息子から、父は徴用に関わっていないとする手紙が送られてきたという。

    和文の碑文はこうなっている。

    日本人の謝罪碑
    あなたは日本の侵略戦争のために徴用され強制連行されて
    強制労働の屈辱と苦難の中で 家族を想い 望郷の念も空しく
    貴い命を奪われました
    私は徴用と強制連行を実行指揮した日本人の一人として
    人道に反したその行為と精神を深く反省して
    謹んで あなたに謝罪いたします
    老齢の私は死後も あなたの霊の前に拝跪して
    あなたの許しを請い続けます 合掌
    1983年12月15日 元労務報国会徴用隊長 吉田清治

    この時点で慰安婦の文字も、性奴隷の文字もない。韓国でも日本でも日本軍慰安婦は徴用労働者としてとらえられていて、性奴隷とは認識されていない。徴用者は今でも徴用奴隷とは言わない。

    朝鮮では奴婢、西洋では奴隷。朝鮮では奴婢を殺しても殺人罪に問われなかった。韓流ドラマではそうなっている。西洋でも所有者は奴隷を殺しても罪はなかった。戦時中慰安婦を殺せば殺人罪。現代の奴隷の殺害も殺人罪。全く異なるんだが、日弁連は何でこういう言葉を使ったのか、奴隷的がせいぜい。韓国人も奴婢と同じとは思っていないはず。

    慰安婦を性奴隷と表現する奴隷定義は、過去の奴隷制度の本質を否定するもので、いわば歴史修正主義。

    碑は撤去の予定との事。史跡的意味があるものが失われるのは惜しい。

    返信削除
    返信
    1. 支配され強制されていれば奴隷というわけではない。
      給与を貰っていれば奴隷ではない。

      売るものがあるから代金を貰える。
      得て私有しているのは人格があるからだ。

      私有するものがあるからそれを奪うことができ、
      人格があるからそれを踏みにじることができる。

      奴隷は主人の所有物で人間ではないから私有もないし人格もない。
      奪われるものがない奴隷の方が幸せかもしれない。残酷かどうかは本人の認識による。現代の奴隷と言われる人々の方が、本当の奴隷より苦しみははるかに深いだろう。

      性奴隷という表現は、慰安婦の人格を否定するから、奴婢の何たるかを知っている韓国人慰安婦は、そう言われることを嫌うのだろう。

      削除
    2. >謝罪碑が慰霊碑に書き換えられ

      これかなり費用が掛かったはずです。吉田の息子さんの心境やいかに。

      削除
    3. 「死後も」
      葬儀も法事も成仏と生まれ変わりを願うもの。死後も霊となって現世に残り「許しを請い」続ける事を、息子さんたちはどう思っているのだろうか。80歳で死んでも920年は加害者として許しを請い続けることを要求する国では普通の碑文なのでしょう。

      1ヶ月も経って、いま分かったかのように記事にするのはどういうことなんでしょうね。中央日報日本語版
      http://japanese.joins.com/article/027/229027.html?servcode=A00&sectcode=A10

      削除
  3. 慰安婦が性奴隷って本当?
    「ラバウルの慰安婦 快活だった」 豪州人捕虜の手記紹介 拍手で盛大に見送られ・・・・「性奴隷」説、ほど遠く
    手記:'Prisoner's in Rabaul' Civilians in Captivity 1942-1945
    by Gordon Thomas 
    Australian Military History Publications (September 2012)

    2015年8月12日の産経ニュースに南太平洋にあるニューブリテン島のラバウルで1942年から旧日本軍の捕虜となったオーストラリア人の慰安婦に関する手記が、米ハワイ大学マノア校のジョージ・アキタ名誉教授の講演で紹介されていました。
    手記は慰安婦を「性奴隷」とした国連人権委員会の「クワラスワミ報告書」などへの反論材料になるといい、アキタ氏は「性奴隷説の再検討に有効だ」としています。

    返信削除
  4. この捕虜は戦前、雑誌の編集者権記者だったゴードン・トーマス氏。ラバウルでの記録を終戦後に清書し、後に手記を出版したそうです。手記によると「慰安婦らは派手な着物姿で、笑いながら一団となって船で到着した。同氏らが慰安婦の荷物を運ばされてから、群衆のにぎやかな声で見送られるまでのほぼ3年間、慰安婦たちを身近で見ていた。
    慰安婦は朝鮮半島出身だけでなく日本人女性も多くいた。同氏は「彼女らはみんな快活だった」としており、「慰安婦=性奴隷」説とは、ほど遠い描写となっている。

    'Prisoner's in Rabaul" Civilians in Captivity 1942-1945
    by Gordon Thomas (1890-1966, born in Chicago, US., died in Sydney, Australia)
    Australian Military History Publications (September 10, 2012, 266 pages)

    私が調べたところ、その他にオーストラリアのキャンベラの Pacific Manuscripts Bureau in Canberra, Australia でインタビューした時のマイクロフィルムも残っているみたいです。
    Gordon Thomas (aka. Edward Llewellyn Cory-Thomas これは出生時の名前)
    マイクロフィルムの検索名は、THOMAS Edward Llewellyn Gordon で


    Kai U.

    返信削除
  5. トーマス氏は民間人捕虜だったために、収容所ではなく日本軍の供給司令部で生活しており、日本兵や慰安婦の生活を観察できたようです。

    注記:この記事が2015年8月12日の産経ニュースに出ていた時は、手記の題名が明らかにされていないためにうやむやで、ネットで検索しても本の題名を見つけることが出来ませんでした。 しかし今日、ネットで再検索したら英文の本の題名を発見することができました。
    どなたか英語が堪能な方で、原文の英文がどのようにラバウルの慰安婦たちの生活を描写していたか確認していただけたらありがたいです。

    手記:「ラバウルのオーストラリア民間人捕虜が見た慰安婦たちの生活」 1942-1945年
    'Prisoner's in Rabaul' Civilians in Captivity 1942-1945
    by Gordon Thomas
    Publisher: Australian Military History Publications (September 10, 2012, 266 pages)

    私が思うには、ゴードン・トーマス氏は1966年に亡くなっているので、生前にインタビューした時のマイクロフィルムの証言をもとに、2012年に本が出版された可能性が高いです。

    この本はアマゾンで調べてみると価格がすごく高いのですが、オーストラリアのBooks on War Australia https://www.booksonwaraustralia.com でネット販売されています。
    価格はA$36(オーストラリア・ドル)+送料


    Kai U.

    返信削除
    返信
    1. Andrzej Kozlowski氏の『Settled history?』はお読みになりましたか?
      https://www.mimuw.edu.pl/~akoz/History/SettledHistory.pdf

      Books on War Australiaの件、ありがとうございます。

      削除
  6. 私も少し調べています。

    銅像のモデルは米国のタンクによって殺された
    中学生の女の子。。。。

    https://z743.wordpress.com/2017/02/03/a-frustrated-japaneses-reddit-post-on-south-korea-comfort-women-propaganda/


    又、こちらのサイトも参考になります。

    http://scholarsinenglish.blogspot.jp/


    T.M

    返信削除
  7. Hazama 様

    こちらこそ、ありがとうございます。

    大事なことはゴードン・トーマス氏の手記にある、「慰安婦らは派手な着物姿で一団となって船で到着した」、「彼女らはみんな快活だった」、同氏らが慰安婦の荷物を運ばされてから、群衆のにぎやかな声で見送られるまでの3年間の慰安婦たちの生活が、
    原文の英文ではどのように描写されているかの確認です!
    手記:' Prisoner's in Rabaul ' Civilians in Captivity 1942-1945 by Gordon Thomas

    英語に堪能な方たちの目に留まるように、拡散をしていただけるとありがたいです。

    返信削除
  8. Hazama 様

    どうやらゴードン・ト-マス氏がタイプライターで綴ったオリジナルの手記は、
    ’Rabaul 1942-1945’ An Account of Four Years As a Prisoner of War of the Japanese
    by Gordon Thomas

    というようですね。 この手記は、出版物としては手に入らない可能性が高いのではないでしょうか・・・。 
    たぶんオーストラリアのキャンベラにある Pacific Manuscripts Bureau in Canberra でマイクロフィルムとして閲覧できるような気がします。



    それと慰安婦は本当に日本軍によって連れ去られて、性奴隷だったのか?を考察したワルシャワ大学教授の'Settled history?’ (決着された歴史?)著者:Andrzej Kozlowski(アンジェイ・コズロフスキー)は、多くの人たちに読んでもらいたい考察ですね!

    The Japanese army forcibly recruited, conscripted, and dragooned as many as two hundred thousand women age fourteen to twenty to serve in military brothels, called "comfort houses" or "consolation centers".
    IS IT TRUE?

    Please read the 'Settled history?'
    by Andrzej Kozlowski(Professor of University of Warsaw)

    返信削除
    返信
    1. コズロフスキー氏は確か、「性奴隷」かどうかは、性奴隷という言葉をどう定義するかによる、と書いていましたね。

      削除