2014/11/24

引退するファレオマバエガ議員、KACEを称える

ホンダと共にナヌムの家を訪れたことも

マイク・ホンダなどとアメリカ下院の慰安婦決議採択で暗躍したエニ・ファレオマバエガ下院議員が、この度の中間選挙で落選。そのまま政界引退となった。アメリカ議会周辺でディスカウント・ジャパンを繰り広げるKACEやキム・ドンソクと繋がりの深い政治家であった。最後まで彼らに忠実であったようだ。

慰安婦決議案主導ファレオマバエガ議員、在米韓国人草の根運動を高く評価

2007年のアメリカ下院の慰安婦決議案を主導したエニ・ファレオマバエガ下院議員(71)が退任を控え韓国人政治力伸張のために働いてきた草の根団体活動を高く評価した。

21日付アメリカ下院議会外交委員会の議事録によればファレオマバエガ議員はニューヨークに所在した草の根団体市民参加センター(KACE)とこのセンターを設立した
キム・ドンソク常任理事に対して「1992年のロサンゼルス黒人暴動の後韓国人コミュニティの政治力を伸ばすのに人生を捧げた」と明かした。
ファレオマバエガ議員は「キム氏はKACEの代表として2万7000人余りの韓国系アメリカ人の有権者登録を助けた」として「これで広域ニューヨーク市の韓国系アメリカ人の投票率を1996年5%から2012年58%に引き上げた」と話した。

今回の中間選挙での敗北で政界活動を26年で幕引きにするファレオマバエガ議員は「キム氏とKACEは慰安婦決議案を支持する全国的キャンペーンを行う過程で積極的役割をした」とした。 ファレオマバエガ議員はまた、2011年韓・米自由貿易協定(FTA)が両国議会を通過する過程でもKACEが韓国人社会の支持を引き出す役割をしたと語った。

1985年アメリカに移住したキム理事は1992年LA暴動を体験した後、韓国人の政治力伸張が必要だと考えてアメリカ連邦議員を尋ね歩いて韓国人有権者の意を伝達してきている。

京郷新聞 2014.11.23

追記: 慰安婦問題は「組織的・強圧的な人身売買による犠牲」?いつの間にか主張が後退しているような気がするが、まだ誤魔化している。「ボコ・ハラムに拉致されたナイジェリア女子学生」や「イスラム国が奴隷としたヤジディ族の女性」は人身売買による犠牲者なのか?

米下院議員、議会活動26年の最後の声明…「慰安婦否定する日本は容認できない」

  26年間の国会活動を終えて政界を引退する米国の親韓派下院議員が日本の軍慰安婦歪曲に関し、「過去を記憶できない者は過去を繰り返す」と批判した。

  2007年に米下院の日本軍慰安婦決議案通過を主導したアニー・ファレオマバエガ民主党議員(71)は1日、議会に出した声明でこのように明らかにし、議会速記録として残した。13選のファレオマバエガ議員は中間選挙で敗れ、今月が議会が最後の会期となる。

  速記録によると、ファレオマバエガ議員は声明で、来年1月までワシントン・カトリック大学で開かれる慰安婦絵画展を紹介し、「26年間の国会活動のうち私に最も大きな影響を及ぼしたのは2007年2月の慰安婦公聴会で、第2次世界大戦中にあった最も酷い戦争犯罪の一つを米国政府に初めて知らせる場だった」と振り返った。

  そして「ヒラリー・クリントン前国務長官は慰安婦犠牲者に対し、第2次世界大戦中に日本軍の犠牲になった強要された性奴隷と、さらに正確に定義をした」と指摘した。慰安婦を強制募集・動員したことがないという日本の安倍政権の主張をクリントン前長官の言葉を借りて反論したのだ。当時の公聴会を主管した下院外交委アジア太平洋小委の委員長だったファレオマバエガ議員は「朴槿恵(パク・クネ)大統領が韓国の国会議員として公聴会に出席したのは私には光栄だった」とも話した。

  ファレオマバエガ議員は「私はもうすぐ議会を離れるが、20世紀に起きた組織的・強圧的な人身売買による犠牲を終わらせる支持者として残る」と誓った。特に「第2次世界大戦中の軍慰安婦ではない戦争犯罪をめぐり、最近、日本国内の影響力がある一部から歴史を否定する修正主義が登場しているが、これは決して容認されない」とし「哲学者ジョージ・サンタヤナの有名な言葉のように、過去を記憶できない者は過去を繰り返す」と日本政府を批判した。

  ファレオマバエガ議員は「ボコ・ハラムに拉致されたナイジェリア女子学生とイスラム国が奴隷としたヤジディ族の女性の場合を見ても、慰安婦の経験が与える歴史的警告を忘れてはならない」と強調し、「議会が全世界の女性と少女に正義を見せることに最善を尽くしてほしいというのが私の最も大きい希望」と述べた。

  ファレオマバエガ議員はこの日の声明で「フランシスコ法王もソウルを訪問した際、慰安婦の生存者に会った」とし、慰安婦の絵画展に対する同僚議員の関心を呼びかけた。絵画展には、ファレオマバエガ議員を補佐したデニス・ハルピン元下院専門委員の娘アイリン・ヘルピン氏が作品で参加した。ファレオマバエガ議員は慰安婦決議案通過を主導した後も、訪韓時には京畿道広州の慰安婦被害者支援施設「ナヌムの家」に足を運んで元慰安婦の女性に会った。

  しかしベトナム戦争参戦勇士のファレオマバエガ議員は先月の中間選挙を控え、枯葉剤の後遺症が悪化し、選挙運動に全力投球できなかった。ファレオマバエガ議員はこの日の声明で、「元慰安婦女性は私の人生の最も重要な友人」と明記した。



위안부 결의안 주도 팔레오마베가 의원, 재미 한인 풀뿌리 운동 높이 평가

2007년 미국 하원의 위안부 결의안을 주도한 에니 팔레오마베가 하원의원(71)이 퇴임을 앞두고 한인 정치력 신장을 위해 일해온 풀뿌리 단체 활동을 높이 평가했다.

지난 21일자 미 하원의회 외교위 의사록에 따르면 팔레오마베가 의원은 뉴욕에 소재한 풀뿌리 단체 시민참여센터(KACE)와 이 센터를 설립한 김동석 상임이사에 대해 “1992년 LA 흑인 폭동 이후 한인 커뮤니티의 정치력을 신장하는데 삶을 바쳤다”고 밝혔다.

팔레오마베가 의원은 “김씨는 KACE의 대표로서 2만7000여명의 한국계 미국인들의 유권자 등록을 도왔다”며 “이로써 광역 뉴욕시의 한국계 미국인들의 투표율을 1996년 5%에서 2012년 58%로 끌어올렸다”고 말했다.

이번 중간선거 패배로 정계 활동을 26년을 마감하는 팔레오마베가 의원은 “김씨와 KACE는 위안부 결의안을 지지하는 전국적 캠페인을 벌이는 과정에서 적극적 역할을 했다”고 했다. 팔레오마베가 의원은 또 2011년 한·미 자유무역협정(FTA)이 양국 의회를 통과하는 과정에서도 KACE가 한인사회의 지지를 끌어내는 역할을 했다고 했다.

1985년 미국으로 이주한 김 이사는 1992년 LA 폭동을 겪은 뒤 한인 정치력 신장이 필요하다고 생각해 미국 연방의원들을 찾아다니며 한인 유권자들의 뜻을 전달해오고 있다.

2014/11/20

元ジョージタウン大教授 「人種理論に基づく性奴隷」「公衆便所と呼び虐待」

慰安婦に関する著書もあるオー教授
優しい笑顔でヘイトスピーチ?

ボニー・オー(Bonnie B.C. Oh)は、エドムンド・A・ウォルシュ外交大学院の韓国学の専門家で、The Legacies of the Comfort Women of World War II(2001年)の編集者でもあった。先日、アメリカのノースウェスタン大学で慰安婦問題に関する講義を行った。その時の様子。

報道からボニー・オー元教授の話をまとめると、慰安婦の総数は8万~40万。年齢は10歳(?!)~35歳。80%は朝鮮人だった。日本軍によって奴隷にされたが、書類は破棄され一部の女性は殺されたので証拠は残っていない。日本軍慰安婦の特徴はその公的性格。戦場の指揮官が設置・管理を行い、司令官たちは天皇とのホットラインを持っていた。軍はしばしば慰安婦を「公衆便所」と呼び、この事で非人道的な取り扱いが可能となった。よって、慰安婦ではなく、性奴隷と呼ばれるのが相応しい。このシステムは、日本の誤った人種理論の産物である。日本は歪んだ人種理論に基づき、朝鮮人女性を大量に性の奴隷とすべく調達した。・・・なにやら、ナチスの優生学を連想させるような言われようではないか。


ちょっと面白いのは、オー教授が、日本軍が帯同する(日本人?)従軍売春婦(embedded prostitutes)の不足を、強制的に集めた主として朝鮮人で補ったと説明している点。ややこしい話だが、従軍慰安婦が足りないから日本軍は(無印)慰安婦=性奴隷を集めたのだとオー教授は言っているのである(関係ないが、フィリップ・ドゥ・ヘーア駐日オランダ大使もそれに近い認識だった)。もしかしたらこの人は従軍売春婦の存在自体は問題視していないのかもしれない。まぁそうだろう。従軍売春婦(慰安婦)ならヨーロッパの軍隊にもいたわけだから・・・。講義を聞いた者の中には日本軍慰安婦について初めて聞く者もいたようだが、戦場で人身売買や強姦が起こるのは知っていたが、システマチック(組織的な)性奴隷制度の存在は初めて知ったと感想を述べている。

そして、アナベル・パクと同じく「おだて作戦」。日本は世界のモラルリーダーになれるはずなのに、なぜなろうとしないのかと。「謝れ!」という話なのだろが、オーもパクもアメリカ人なのだろうから、日本にリーダーシップを期待するより自国に期待するのが筋だろう。なぜアメリカはモラルリーダーになることを避けているのか?洋公主に謝れ。

講義で使用された資料映像
慰安婦=挺身隊

※ ツイッターで、翻訳やオー教授の専門についてアドバイスを頂きました。この場を借りてお礼申し上げます。



ボニー・オー教授、NU大で慰安婦講演「過去正しく知ってはじめて発展できる」

「すべての国は暗い過去を有している。 一部は隠して忘れようとするが過去を否定して未来だけ見て行くということのように愚かなことはない。 慰安婦問題もそうであるだろう」

12日ノースウェスタン大のRoberta Buffett Center for International and Comparative Studiesが主催した人権講演シリーズでボニー・オー教授が講師が登場「慰安婦被害者問題」をテーマに特別講演を行った。 バフェットセンターのBruce Carruthersチェアは「9月から人権をテーマにした講演シリーズを無料で主催している。 オ教授の慰安婦関連書籍はもちろんで講演が非常に有益で重要だと考え、直接招請することになった。 慰安婦関連の講演は初めてだ。 特定の国の問題でない全世界の人権問題をテーマに今後も継続する予定だ」と説明した。この日100人余りの学生と教授などがオー教授の講義に始終真剣な表情で耳を傾け被害ハルモニの証言が言及される部分で嘆きをさく烈させた。

オー教授は「10~35才女性たちが何も分からないまま徴用、人身売買犯、売春業者などによって拉致、買収など様々な方法で連れて行かれ日本軍を対象に性的な行為を強要された」として「そのうちの80%が朝鮮人だったが、中国、台湾、フィリピン、インドネシアなどでも慰安婦の召集が行われた」と話した。オー教授は朝鮮人慰安婦が多い理由、被害国々の活動、日本の反応などに対しても説明した。

シカゴ韓国人会少女像設置委員会のルーシー・ペク委員長はこの日「歴史を変えようとする日本の動きを正さなければならない。アメリカで成長する学生たちに正しい歴史を伝える良い講演だった。現在の少女像建設委員会は基金を集めるために熱心に活動中だ」と話した。

ロヨラ大に在学中のジョセフィン・ワン(20)は「慰安婦に関する講演があると聞いて来た。慰安婦被害者問題は女性の尊厳を踏みにじったことはもちろん人間の基本人権を侵害した事件だと思う。慰安婦に関する詳しい話を聞くことができて有益だった。韓国の人々が皆力を合わせて大韓民国の名の下にこれ以上手遅れになる前にこれを解決して欲しい」と話した。

KoreaDaily Chicago 2014.11.13 [ 2 ]

Retired Georgetown professor ​​gives lecture on WWII 'comfort women'

A retired professor ​​of Korean studies spoke to a packed room in Harris Hall on Wednesday night about」comfort women」who were enslaved for sex by the Japanese army during World War II。

Bonnie Oh、a retired Georgetown University professor、recounted the history and legacy of an estimated 80,000 to 400,000 women and girls who were forced into sexual slavery for the Japanese army from 1931 to 1945. She said during the war、the women gathered at "comfort stations "near military bases。

「Soldiers would queue up、assigned to certain times、 "Oh said in a lecture hosted by the Buffett Center。" Sometimes when there were new shipments of soldiers、these times would be no longer than 15 minutes、with no time for the women to wash up in between。 "

Although these women came from all over Asia、80 percent of the victims were Korean、because they were believed to be more likely free of disease、Oh said.Because of her concentration in Korean studies、Oh became interested in these women、though she said her peers did not approve of her interest。

"When I first started getting interested in this topic 22 years ago、I was almost ostracized - a good woman getting interested in a topic like that、" Oh said。

The topic of comfort women was new to some attendees、including Weinberg sophomore Sanjana Lakshmi、who attended a dinner with Oh before the presentation.Other members of the International Gender Equality Movement、a student group that promotes advancing women's rights worldwide、also attended the dinner 。

"I knew there was rape and pillaging and other war crimes during World War II、and I know there's sex trafficking、but I did not know there was this systematic sex slavery、「Lakshmi said。

The Japanese government has tried to avoid the topic of comfort women、particularly when it comes to the government's culpability in their enslavement、Oh said。

"The repeated claim is that the Japanese government was not involved、that these women were professional prostitutes、「Oh said。
The only remaining records of the exploitation are personal accounts and those of Japanese soldiers、since all other documents and evidence were destroyed after the war、and some of the women were killed。

Oh said the existing accounts point to the Japanese government's culpability in setting up the system of comfort stations。
"Every country has ugly chapters which people would like to forget、but for which reparations are called for、" Oh said。 "What is unique about comfort women in Japan is the official nature - the commanders in the field set up and regulated this system 、and they had a direct line of communication with the emperor "

Although the sex slavery system ended with World War II、the issue resonates with others struggling with sexual violence against women today、said Youngju Ji、the executive director of Korean American Women in Need、an organization for domestic violence and sexual assault victims in Korean and other Asian communities。

「It's very much connected to what we are trying to do with our mission of ending violence against women、 "Ji、who attended the event、said。" It was great for us to expand our knowledge about this issue going forward、to be more equipped with a different perspective on this issue。 "
Oh said the impact the women's stories can have upon others is essential to their legacy。

"There is a question of what kind of legacy these women can leave、「she said。" They are destitute、old and have nothing left to leave.But comfort women ended up leaving a lot of legacies in the lessons they gave us on human endurance and the strength to triumph and to survive。 "


Georgetown professor: legacy of WWII comfort women continues

“Every country has ugly historical chapters. My aim tonight is simple — not to forget the experiences of women who have fallen victims to forced prostitution and sexual violence in times of war and peace.”

Professor Bonnie Oh of the Korean Studies department at Georgetown University’s Edmund A. Walsh School of Foreign Service spoke to Northwestern University on Wednesday about the history of World War II comfort women and their impact on East Asian relations. The event was organized by Northwestern University’s Roberta Buffett Center for International and Comparative Studies.

While informing the audience about the historical background of comfort women, Oh said the term “comfort women” is a euphemism for sex slaves of the WWII Japanese military and its usage is too weak for the 200,000 women who were coerced into violence. She suggested the usage of “sex slaves” as done by the former Secretary of State Hillary Clinton during her speech in 2012.

According to Oh, the system of comfort women began in the early 1930s after Japan’s militarist government experienced imperialist success in the late 19th and 20th century. She explained that while the lack of embedded prostitutes during the protracted war and the increased risks of venereal disease contributed to the system of comfort women, the most hidden theoretical reason lay in Japan’s “pseudoscientific race theory” that espoused a sense of superiority over its colonies and women in general.

Oh accompanied her presentation with photos of comfort women not only from Korea, but Taiwan, China and the Philippines as well. “History is indisputable,” she said while presenting a list of testimonies, documents and apologies as evidences of Japanese government’s involvement in the system.

“The degree of the abuses is incredible.” Oh said the military often used the phrase “public toilet” in reference to the comfort women, and said she believes “that way of thinking made it easier for them to treat women in sub-human ways, in considering them as supplies and ammunitions.”

Oh said that the patriarchal society and social stigma against violated women prevented the victims of sexual violence from openly talking about their abuses. It took 46 years after the end of war – “50 years of silence” – for the first Korean comfort woman, Hak-soon Kim, to “come out” after she was enraged by the Japanese government’s denial of its involvement in the affairs.

Public reaction to the issue was fierce. The movement to demand an official apology from the Japanese government gained the support of international organizations such as Amnesty International and the United Nations, and gained momentum through the passage of U.S. House Resolution 121 in 2007. Oh said the impact of the movements on Japanese society has been divided between those who are calling for formal acknowledgement of the system and the government that is continuing to question the veracity of testimonies.

Oh called for Japan to accept responsibility, even though she was not very optimistic about the future. “Japan is a world leader in every aspect,” she said, mentioning the country’s third biggest economy in the world and its 19 Nobel Prize winners. “Why can it not be a moral leader either? It could.”

“The comfort women issue is an unresolved historical human tragedy,” said Ms. Youngju Ji, the executive director of Korean American Women in Need (KAN-WIN). Ji said elements such as the patriarchal system remind people that violence against women is still happening. “We believe that philosophical connection and solidarity between academia and activists will be able to make a greater impact.”

2014/11/16

黙祷する村山元首相の脳裏に日本人の姿はあったのか? 女性基金出版記念会

亡くなった慰安婦に黙祷を捧げる村山元首相

長くバッシングに耐え忍んで来たアジア女性基金だが、この所、国際社会への数少ない(日本は償いをしましたと言い訳する為の)反論カードとしてその存在感を増しつつあるようである。女性基金を評価しないわけではないが、江川紹子のように「関係者はこんなに頑張ってたんです」と感動するだけで終わってはいけないだろう。

日本人慰安婦は事実上想定外として扱われていたし(差別?)、最終的には怪しげな人々に乗っ取られて(善意の人々の意思とは無関係に)かなり胡散臭い組織に成り下がったことなどは秦郁彦が著書の中で明らかにしている。江川は「バラマキという言葉が最もなじまない事業」と言っているが、そんな甘いものではなかったようである。挺対協や日本の一部の市民団体が政治的な理由で基金をバッシングしていたのは事実としても。

亡くなった慰安婦に黙祷を捧げる村山元首相の脳裏にはどんな慰安婦像が浮かんでいたのであろうか?産経新聞の阿比留瑠比記者は、このように証言していたが・・・。

筆者は12年10月、元慰安婦に一時金(償い金)を支給するアジア女性基金の理事長だった村山富市元首相にインタビューし、こう問いかけたことがある。「慰安婦の多くが日本人だったことはどう考えるのか。今後は、日本人も一時金の支給対象とするつもりはあるのか」

すると、それまで能弁だった村山氏は「うっ」と言葉に詰まったきり、何も答えられなかった。同胞の元慰安婦のことなど、それまで意識になかったのだろう。

 産経 2014.2.12



アジア女性基金の資料集を出版 記念会に村山元首相ら

旧日本軍の元慰安婦に「償い金」を支給するなどの活動をした財団法人「女性のためのアジア平和国民基金(アジア女性基金)」(2007年解散)の活動内容を記録した資料集がこのほど出版され、9日、東京都千代田区で出版記念会が開かれた。基金の関係者ら約50人が出席した。

冒頭、基金理事長を務めた村山富市元首相があいさつし、「アジア女性基金がどのような役割を果たし、世界からどのような評価を受けているのか検証することが必要だ」と述べ、政府と国民の協力で進めた元慰安婦への「償い事業」の再評価を訴えた。

副理事長を務めた石原信雄元官房副長官は、韓国で基金の活動が世論の批判を受け、元慰安婦の多くが償い金を受け取らないまま終了したことに触れ、「残念でならない。日韓両国で何らかの形で克服されなければならない」と述べた。

基金は河野談話を受けて1995年7月に発足した。首相によるおわびの手紙と国民の寄付から償い金200万円、国費から医療福祉支援事業として120万~300万円を元慰安婦に支給した。

刊行された資料集は「デジタル記念館 慰安婦問題とアジア女性基金」(村山富市・和田春樹編、青灯社)。基金解散後、活動を伝えるためにウェブ上で公開されていた同名のサイト(http://awf.or.jp)を収めた。ウェブ版は日本語、英語で公開され、今年7月には韓国語でも公開された。

朝日 2014.11.9

2014/11/15

秦郁彦著「慰安婦と戦場の性」 内閣国際広報室による英訳中止のワケ


秦郁彦の『慰安婦と戦場の性』。日本政府によって英訳される計画があったが頓挫していたと著者が明かしている。原因は、内閣広報官から海外の読者を刺激しかねない部分をカットするよう要請されたからだということである。

正論であっても、歴史や文化的な背景を共有していない外国人には真意が伝わり難い、というのは分かる。この8月、過去の慰安婦記事を一部撤回した際、朝日新聞は秦教授の寄稿文を掲載し、同紙の英字版にも転載された。あれを読んだ時、英語読者に誤解されないだろうかという懸念は自分にもあった。しかし、広報官の言う「刺激する」するとは秦の著書のどの部分の事なのか?自分には見当がつかないし、逆に、カットすることで痛くも無い腹を探られるのではないかと危惧する。

秦は長谷川広報官を「この人なら漱石や鴎外の翻訳でも同じ注文をつけそうな見識の持ち主」と言っている。どうやら広報官個人の問題と秦は見ているようだが、「(安倍)首相の意向」というのも少し気になる。

 1年半ばかり前になるが、内閣国際広報室から拙著の『慰安婦と戦場の性』(新潮社、1999年刊)を英訳したいとの要望があり筆者も応諾し訳者も内定したところへ、新任の長谷川広報官から、首相の意向をちらつかせながら「刺激的」な部分を大幅に削除するよう要求された。

この人なら漱石や鴎外の翻訳でも同じ注文をつけそうな見識の持ち主と推察されたので、私の方からご破算にしてもらった。臆病すぎる官僚的な対外広報なら、何もしないほうがまだましと言われないようにしたいものである。

産経(一部) 2014.11.13

2014/11/11

「豪州の大儀」の下、南半球で反・反日闘争

ストラスフィールドの慰安婦像計画は一旦白紙に

オーストラリアの慰安婦像設置計画を膠着状態に持ち込んだ現地の日本人たちのシドニーモデルによる反・反日闘争。

ジャパン・コミュニティ・ネットワーク(Japan Community Network)を結成した現地の日本人とオーストラリア人は、日本の名誉ではなく、オーストラリアの大儀を旗印に選んだ。その為に慰安婦問題そのものについては触れはするが「主な争点にはしません」と言う。

これは、日韓だけの問題ではない(だからアメリカもオーストラリアも怒れ)、現在の問題である(だからしつこく糾弾する)という反日キャンペーン側のエクスキューズを逆用するかのように、ユニバーサルな問題だから「日本の戦争犯罪と位置づけるのはおかしい」、現在の問題なら韓国人売春婦の問題にも目を向けるべきだとオーストラリア社会に訴える。山岡代表が言うように、要諦は、建前論・美辞麗句で悪意を糊塗する反日勢力の本性をどう暴いて見せるかだろう。

『これって彼らが主張する女性の権利うんぬんじゃないでしょ?』と私たちは欧米人に指摘します。・・・ハーケンクロイツを書き込んだ写真や、血みどろの女性のマネキンを展示していたりします。こんなことをやって本当に女性の権利をたたえる行為といえるのでしょうか。・・・全然話が違うのではないですかと問いかけます。

「日本政府のように、言うべきときに言わない、あいまいなままにしておく、その一方で感情的な発言をして反発をくらう、というのは悪循環。われわれはその対局をやります」と山岡代表。アメリカ同様、オーストラリアでも中韓国人と違い多くの日本人は投票権を持たないが、「投票権がなくても、コミュニティーの融和を大切にする私たちの主張を、地元の人たちは理解してくれます」と。アメリカ(パリセイズパークやグレンデール)とは状況も違うし、アメリカでの苦戦から学んだというのもあるだろうが、今までの日本人グループに見られなかった発想で地元民を仲間に取り込み、彼らは一定の成果を上げている。

当初は中韓側についていた政治家も対応が変わりました。・・・『中韓がかわいそう』『銅像の一つも建ててやろう』と思っていた人が変わっていくのです。

2000年代には挺対協などが豪州に慰安婦問題を持ち込んでいた

「市議会や州議会、連邦政府を相手にするときはオーストラリア人を出して、地元の政治家には地元の主婦」というキメ細い作戦。国内で欧米メディアの特派員を説得出来ずにいる日本人、票に目が眩んだ政治家相手に苦戦しているアメリカ在留邦人にも良き手本となりそうである。



豪州に飛び火した慰安婦像設置運動は「反安倍・反日および日豪分断に過ぎない」 JCN代表、山岡鉄秀さんに聞く

米国で相次ぐ「慰安婦像」「慰安婦碑」設置の動きは、今年に入ってオーストラリアに飛び火した。2月にはオーストラリア最大都市のシドニーで中国系と韓国系の住民らが日本の戦争犯罪を糾弾する集会を開き、慰安婦をモチーフにした少女像をオーストラリア全土に設置することで一致。この後、中韓系住民がシドニー近郊のストラスフィールド市での設置を目指し市議会に嘆願書を提出した。市議会は急遽、4月1日に像設置の当否をめぐる審議会をセットし、その直前に住民からの意見を聞く公聴会を開催することを決めた。

事態に地元日本人は困惑したが、オーストラリア人や欧米人と一緒に公聴会での反対意見表明にこぎつけ、市議会に設置判断を回避させた。

この中心人物で、慰安婦像の設置阻止を目的に「Japan Community Network」(JCN)を立ち上げたJCN代表の山岡鉄秀(てっしゅう)さんに、現地の状況や活動内容などを聞いた。(外信部 田北真樹子)

--ストラスフィールドでは慰安婦像設置の動きを阻止しましたが、ほかの場所でも慰安婦像設置の動きはあるのですか

「ストラスフィールドでは私たちが抵抗したため、膠着状態に陥っています。中韓反日団体は次にメルボルンでの慰安婦像設置を宣言していますので、こちら側が先回りしてメルボルンで有志を募り、組織化しました。それがJCNビクトリアです。メルボルンに飛び火してもこちらは臨戦態勢にあります。JCNビクトリアは活動的で、女性メンバーの行動力に感服します。日本人男性のメンバーも活動しており、オーストラリア人メンバーとともに、毎月勉強会を開いています」

--JCNの活動によってストラスフィールド市議会だけでなく、ニューサウスウェールズ州議会、連邦議会などで中韓系住民の主張を支持していたのに立場を変えた人がいるということですが、どうやって説得しているのですか

「『Harmony must come first(融和が第一)』です。今年9月に韓国系の新聞に掲載された記事がありますが、韓国系と中国系が一緒の『韓中連帯韓人委員会』のリーダーでもあるストラスフィールドの副市長らが徹頭徹尾、安倍政権を批判し、日本の軍国主義化を批判しています。『これって彼らが主張する女性の権利うんぬんじゃないでしょ?』と私たちは欧米人に指摘します。中韓は慰安婦問題をめぐる動きを『政治的ではない、日本人に敵対するものではない。純粋に女性の権利を尊重するもの』といっている。だが、ふたを開ければ反安倍、反日、および日豪分断に過ぎないのです」

「慰安婦碑や慰安婦像の設置が相次ぐ米国でも、除幕の行事には安倍首相の顔にナチスドイツのシンボルであるハーケンクロイツを書き込んだ写真や、血みどろの女性のマネキンを展示していたりします。こんなことをやって本当に女性の権利をたたえる行為といえるのでしょうか。また、韓国の子供たちに、日の丸を踏みつぶしたり、日本列島に爆弾を落とすようなおどろおどろしい絵を描かせて駅に展示するのは、全然話が違うのではないですかと問いかけます」

「安倍首相が今年7月にキャンベラを訪問された際、シドニーからバスで駆けつけた同じ反日団体が安倍首相とヒトラーを掛け合わせたような写真などを持ってデモをやっている。そこにはストラスフィールドの副市長もいるのです。こういう風景をみて、私たち日本人は気分を害しています。だが、私たちはオーストラリアに住んでいる韓国人の気分を害するようなことはしていない。それが基本的なルールではありませんか。あるニューサウスウェールズ州議会の政治家も中韓に乗せられて議会で慰安婦像をたてた方がいいと発言しましたが、私たちの説明を聞いた後、『自分自身も移民だが、過去のことを持ち込んだら、この国はそういうものでいっぱいになってしまうので、すべての恨み辛みは祖国に置いてきた。それが移民の精神であるべきだ』と意見を変えました。冷静で体系的な反論と、オーストラリア人が前面に立つことによって態度を変えるのです。たとえこちらの味方をしなくても、中立的な立場になっていきます。ほかの議員たちも同様の動きをしました」

--もっともな説明ですね

「私たちはこうも主張しています。銅像や碑は本来、オーストラリアに関するものだけにするべきだ。オーストラリア自体がかかわったものの像や碑はいいが、関係ないものはやめましょう。そういうものはコミュニティーに対立を持ち込むから線をひきましょうと言っています」

現在進行中の人権侵害に目を向けるべきでは

--慰安婦問題、そのものには触れないのですか

「もちろん触れますが、主な争点にはしません。オーストラリアにとって、より普遍的な大義を挙げることが必要ですから。以下は補足的に説明していますが、韓国の盧泰愚元大統領が『1993年に慰安婦問題は日本のメディアがたき付けたもの』と発言していますよね。(朝鮮半島で慰安婦を強制連行したと証言した)吉田清治の話もフィクションだとわかりました。朝日新聞の謝罪もあったし、問題をあおった左翼的政治家もいたわけで、ある意味、日本人も韓国人もだまされてしまった」

「一方、慰安婦問題はいまも当時も経済的な窮乏から売春に携わらなくてはならなかった、親に売られてしまった、悪い業者にだまされて連れていかれたなど、人道上の責任があるかといえばありますが、それはユニバーサルな問題です。日本の戦争犯罪と位置づけるのはおかしいとさりげなく触れます。それから、韓国には米軍慰安婦問題がありますね。韓国政府の管理下で慰安所が米兵用にあったのです。そして、韓国政府を訴えている元慰安婦の韓国女性グループがいますね。金もうけのためにやったプロもいたでしょうが、やらざるをえなくてやった女性もいたでしょう。病気で隔離されて治療中に死亡した気の毒な人もいたでしょう。繰り返しになりますが、人道上の問題ではあるが、韓国政府も含めたユニバーサルな問題です」

「では、現在に目を向けたらどうでしょうか。韓国では政府が売春を禁止しようとしたら、売春婦たちがデモをやったり、焼身自殺のまね事をしたりしましたが、これは現在の問題なんですよ。やはり、現在進行中の問題に目を向けるべきではないでしょうか。なお、韓国人売春婦についてはオーストラリアでも問題になっています。韓国人女性のオーストラリア入りを入国管理で止めることがあります。すでに社会問題で、在豪韓国人社会が州政府に調査を求めたほどなんです」

--米国もそうですが、ストラスフィールドでも日本人が突然、慰安婦問題で非難の対象にされたわけです

「過去、日本人コミュニティーはいかなる民族とも問題を起こしていません。『なんで今、こういうことを吹っかけられなければいけないのか』とオーストラリア人に問うと『そうだな…』となります。中韓の反日キャンペーンに対し、即時、論理的な反論を淡々と発信していく。そうなると最初は中韓の主張をうのみにした人も考え直さざるをえない。日本政府のように、言うべきときに言わない、あいまいなままにしておく、その一方で感情的な発言をして反発をくらう、というのは悪循環。われわれはその対局をやります。それがわれわれの基本戦略なのです」

オーストラリア人や欧米人とタッグを組んで

--JCNの顔ぶれは

「大半は女性なので活動は女性が主体です。主婦の方からバリバリ働く女性までいて、全員優秀です」

--設立の経緯は

「ストラスフィールド市議会で4月1日に慰安婦像設置に関する公聴会が開催されることになりました。その前日、急遽、何の面識もない日本人とオーストラリア人が集まって、自己紹介さえせずに公聴会対策を練ったのが最初の顔合わせです。市議会では中韓反日団体とのスピーチ合戦を制して、市議会に判断を見送らせました。翌週の週末、公聴会のメンバーが集合し、改めて自己紹介した上で、既存の日本人会とは別に慰安婦像阻止活動のためのグループを結成することにしました。そこで名前もJCNと決めました」

--メンバー構成は

「副代表はオーストラリア人です。活動の中心は私とこのオーストラリア人男性とのタッグでやっています。日豪共同戦線です。事務局長は引退した元日系企業駐在員の方がやってくれています。私たちを中心にいろいろな人たちがかかわっています。親日的な欧米人や地元の日本人のお母さんたちが顔をそろえています。お母さんたちは自分たちの子供たちが心配だということで勇気をもって立ち上がりました。そういう動きをサポートするために立ち上がったのがJCNです。お母さんさんたちは政治的ではありませんが、子供たちのためにという強い気持ちがある。英語だって必ずしも上手なわけではありませんが、良き市民として地元社会の随所にアピールしているので理解者も広がっています。お母さんたちは涙がでるほどけなげで、地元の政党党員になって貢献している人もいらっしゃいます」

投票権ない弱みをどう克服

--日本人の多くはオーストラリア国籍を持っているわけではないですよね

「日本人は日本のパスポートを持っているので投票権はない、政治力もない。だからオーストラリア国籍(投票権)を持っている中韓系よりも圧倒的に弱いんです。ストラスフィールドの日本人は子供まで入れて70人程度。中韓は1万2000人ほどです。圧倒的に不利な状況でどうやって闘うかが私たちの戦略です。投票権がなくても、コミュニティーの融和を大切にする私たちの主張を、地元の人たちは理解してくれます」

--主婦の方以外にはどういう女性がいらっしゃるのですか

「才能のある女性たちがいるんです。プロフェッショナルです。彼女たちは自分たちでリサーチして『こんなものもあります』といっていろいろ提案してきます。そういう人たちは翻訳や調査で才能を大いに発揮しています。JCNは女性が輝く運動体なのです」

--とはいえ、そういう人たちをまとめるのは容易ではないのでは

「みんな個性も違えば才能も違う。普通であれば絶対にまとまる人たちではありません。それをいかに一つの活動体に統合するかということがカギです。適材適所で役割を割り振って、みんなが貢献できる。それぞれが役割に満足感を得られる。やる気を持てる。分裂させない組織運営です」

--加えて、オーストラリア人や欧米人もメンバーにいますよ

「欧米人の間でも意見の違いが出てきます。同じレターを書くにも柔らかい感じのレターを書いてくる欧米人と、辛辣なものを書いてくる人がいます。それらを状況と目的に応じて私が割り振るのです。放っておいたら水と油になりますが、組織の中核で統合してシナジー効果を出しています」

--なるほど

「われわれは完全無名の市民集団ですが、組織運営論に比重を置いてやっているのが特色です。私自身はそんなに前面に出ません。どうしても私自身がやらなくてはいけないところだけ出ますよ、責任を持って。でも、自分がやらなくてもいい、もしくは自分がやらないほうがいいことは割り振っています。市議会や州議会、連邦政府を相手にするときはオーストラリア人を出して、地元の政治家には地元の主婦の方、という風に事を進めるのです。オーストラリア人を前面に出し、冷静に理論的に反論していくことによって、当初は中韓側についていた政治家も対応が変わりました。やはり同胞に来られたら、向こうも『あれ?』と思うのです。『中韓がかわいそう』『銅像の一つも建ててやろう』と思っていた人が変わっていくのです」

産経 2014.11.10 1 2 3 4 5 6 7 8 9

2014/11/10

米議会に慰安婦問題を提起したレイン・エバンス死去

ソ・オクチャと(2006)

1999年にアメリカの議会に初めて慰安婦問題を持ち込んだレイン・エバンス元下院議員が亡くなった。パーキンソン病で、引退を余儀なくされた彼の悲願は、マイク・ホンダに引き継がれ、2007年の慰安婦決議として結実した。

10日バージニア州の韓国人会館で追悼式
親族はいないようだが?

知人を通じて慰安婦問題を知ったとあるが、これがワシントン慰安婦連合のソ・オクチャ(徐玉子)のことであるかどうかは分からないものの、闘病中に彼女と結婚寸前まで行きながら親族の反対で叶わなかったと言われる。ワシントン慰安婦連合のウェブサイトには、エバンスの証言ビデオがあるが、病のせいか弱々しい声で喋る姿は痛ましい。本人は南北離散家族や韓国系混血児問題を助けるのと同じような気持ちで慰安婦問題に取り組んでいたのだろう。2007年に韓国政府が勲章を授与しようとしたもののコンタクトの手段がなかったというから、その頃にはソ・オクチャからも遠ざけられていたのかもしれない。

アメリカ議会で日本軍慰安婦問題を初めて提起し、南北離散家族と韓国系混血人の人権のために努力したレイン・エバンス(イリノイ・民主)前連邦下院議員が死亡した。 63才。

6日(現地時間) AP通信などによればかなり以前からパーキンソン病で闘病してきたエバンズ前議員は前日夜故郷であるイリノイ州ロックアイランド近くのイーストモリーンの特別養護施設(?)で目を閉じた。 彼は31歳だった1982年、米連邦下院議員に初当選し12選したが、病状が悪化し2006年に引退を宣言。2007年、議会を離れた。

弱者のための人権派弁護士として活動し、議会に入りしたエバンス前議員は韓国人に日本軍慰安婦と南北離散家族、韓国系混血人の権利確保のための法案の用意のために努力した代表的親韓派議員と評価されている。 彼は韓国人の知人を通じて知った日本軍の慰安婦強制動員の事実を1999年の下院議事録に初めて残し、2000年から慰安婦決議案採択を継続的に提案した。

彼の引退後、これを受け継ぎ2007年下院本会議で慰安婦決議案採択を結実させた(?)マイク・ホンダ連邦下院議員と慰安婦被害ハルモニは「慰安婦問題をアメリカ議会に知らせるために長く苦しい戦いを続けたエバンス前議員に感謝の気持ちを伝える」と公表した。

ソウル新聞 2014.11.8

미국 의회에서 일본군 위안부 문제를 처음 제기하고, 남북 이산가족과 한국계 혼혈인의 인권을 위해 노력한 레인 에번스(일리노이·민주) 전 연방하원의원이 별세했다. 63세.

6일(현지시간) AP통신 등에 따르면 오래전부터 파킨슨병으로 투병해온 에번스 전 의원은 전날 밤 고향인 일리노이주 록아일랜드 인근 이스트몰린 요양원에서 눈을 감았다. 그는 31세 때인 1982년 미 연방하원의원에 처음으로 당선돼 12선을 연임했으나 병세가 악화되면서 2006년 은퇴를 선언하고 2007년 의회를 떠났다.

약자를 위한 인권변호사로 활동하다가 의회에 입성한 에번스 전 의원은 한국인들에게 일본군 위안부와 남북 이산가족, 한국계 혼혈인의 권리 확보를 위한 법안 마련을 위해 노력한 대표적 친한파 의원으로 평가받는다. 그는 한국인 지인을 통해 알게 된 일본군의 위안부 강제 동원 사실을 1999년 하원 의사록에 처음 남겼으며 2000년부터 위안부 결의안 채택을 지속적으로 제안했다. 

그가 은퇴한 뒤 이를 이어받아 2007년 하원 본회의에서 위안부 결의안 채택 결실을 맺은 마이크 혼다 연방하원의원과 위안부 피해 할머니들은 “위안부 문제를 미 의회에 알리기 위해 오랫동안 힘든 싸움을 해온 에번스 전 의원에게 감사의 뜻을 전한다”고 밝혔다.

2014/11/09

「日本が怖い」 韓国メディアに日本を偽る林博史


林教授、韓国メディア相手だからと少々羽目を外してはいないか?右手で吉田証言ロンダリングを行いながら左手で吉田証言は虚偽とは言い切れないなどと言い張る高等テクニック。「(吉田は)証言者が特定されることを防ぐために場所や時間などを変えた」などと言っている。一昔前までは、こうして吉田証言を弁護しようとする人がいたものであるが、今はさすがに少なくなった。そもそも林教授は国内でこんなこと言ってたか?自分でも吉田証言は信頼できないと言っている癖に、こういうことを言う。それでも話の辻褄を合わせてしまうのは、流石である。

逆風下にある林教授ら強制連行派。慰安婦の強制連行(徴用)を否定し、日本に固有な問題ではないとか慰安婦は戦地版の公娼だったといった極めて自然な異議申し立てを、日本社会の行き詰まりや日本人の差別意識のせいにして韓国メディアに解説して見せる。冷静に考えれば、「昔は良かった」というノスタルジーが、「慰安婦はどこの国にもあった」とか「慰安婦の中には志願した者もいた」といった主張にどう繋がるのか?韓国民が日本を正しく理解する事を妨害し日韓関係を毀損する人間は大勢いる。日韓関係を「最悪の状態」にしたのはこういう人たちである。

「河野談話検証は・・・右翼の見解を反映しながらも・・・」 検証とはそういうものではないだろう。もっとも、世の中には歴史の実証に自分の「見解」を反映させようとする大学教授もいるが・・・。なお、林らも国家賠償や法的責任は諦めているらしい。

慰安婦強制連行資料を発掘した日本人歴史学者林教授、恐ろしい「慰安婦はどの国にもいたという日本」が恐ろしい。「志願した慰安婦もいたという日本」が恐ろしい「このような主張を憚らずに繰り返す日本」

彼はインタビューの中で何度も「恐ろしい」と口にした。 20年以上研究してきた日本軍慰安婦問題の事実を冷遇して「慰安婦の強制連行はなかった」という扇動を受け入れる今の日本社会の雰囲気が恐ろしいという意味だ。 2007年、極東国際軍事裁判(東京裁判)の時の検察の訊問調書、2013年の日本法務省資料など慰安婦の強制連行の事実を立証する資料を多数発掘した専門家林博史(59)関東学院大教授と29日会った。 彼はこの3月、知識人1600人の署名を集め「河野談話の維持・発展を求める学者の共同声明」を出した。彼は「今を前後69年間で恐らく最悪の状態と言ってもいい」と言い、8月の朝日新聞の誤報騒動以降、日本の右翼政界とメディアの形態を鋭く批判した。 以下は一問一答.

→朝日新聞が吉田証言(済州島で朝鮮人女性を強制連行したという吉田清治の発言)を取り消したことをもって慰安婦の強制連行が無かったことになったという一部の右翼政界の主張は妥当なのか。

-吉田証言が現れた1983年当時、朝日新聞に限らずほぼ全てのメディアが彼の証言を取り上げた。 慰安婦問題は1991年の故キム・ハクスン(金学順)お婆さんの証言から始まったが、吉田証言は信頼できず研究に引用されなかった。 すなわち吉田証言が虚偽であるから強制連行がなかったとか慰安婦が捏造という主張はありえない。 このように明白な嘘でも各メディアが繰り返し報道すればそこに影響を受ける。 深刻な問題だ。

もう一つ。朝日新聞が断言したように吉田証言が虚偽と言えるかも問題だ。 吉田清治は負荷(?)幾人かの証言を聞き証言者が特定されることを防ぐために場所や時間などを変えた。 そのために歴史的な資料として使う訳には行かないが全部虚偽だと言えるかどうかは分からない。 部分的には実際の体験が入っていると考える。

→右翼政界の主張が日本社会全体に受け入れられそうな雰囲気だ。 こうなった理由は。

-経済衰退期をすぎて未来に希望がない状況で昔は良かったと考えたがる日本人の意識と韓国・中国人などに対する差別意識などが入り乱れて事実を正しく見ようとしない現象ができたと見る。 そのために「慰安婦はどこの国にもあった」とか、「慰安婦の中には志願した者もいた」などと日本を擁護しようとする。 慰安婦問題だけでなく日本全体が「弱者が弱者を攻撃する社会」になった。 在特会が在日朝鮮人が特権を持っていると言うのも同じ脈絡だ。

→安倍政権の動きも尋常でない。

-6月の河野談話検証については、もちろん韓国政府は批判したが内容的にはバランスが取れていた。 強制連行を証明する文書がないという右翼の見解を反映しながらも片方ではたとえ韓国政府と交渉はしたが日本政府の独自の判断で出したという点を明確にした。 そこで止まって良かったと思う。 朝日新聞の事があって以降、慰安婦自体が捏造だったとか国際社会も慰安婦問題について嘘をついているといった(風に?)雰囲気が急変した。 これがどこまで行くか分からない。

→韓国政府が「慰安婦問題解決」を最優先テーマとして上げている状況で、日本の慰安婦に関する世論が悪化するのは韓日関係にも悪影響を及ぼす。 今慰安婦問題解決のためにできることは。

-ひとまず今の異常な雰囲気を変えなければならない。 私を含んだ学者もこのような動きを準備している。 6月に東京で開かれた日本軍慰安婦関連アジア連帯会議でも提案が出てきたが、既存のアジア女性基金よりもう一歩踏み出し日本政府が公式に被害者に謝罪の意志を表明するなら韓国政府や韓国の運動団体も受け入れることだと考える。

ソウル新聞 2014.10.30

위안부 강제연행 자료 발굴 日역사학자 하야시 교수
무섭다 “위안부 어느 나라에도 있었다는 일본” 무섭다 “위안부 자원한 사람도 있었다는 일본” 무섭다 “이런 주장 서슴지 않고 계속하는 일본”

그는 인터뷰를 하는 동안 몇 번이고 “무섭다”고 했다. 20여년간 연구해 온 일본군 위안부 문제의 사실을 외면하고 ‘위안부 강제연행은 없었다’는 선동을 받아들이는 지금 일본 사회의 분위기가 무섭다는 것이다. 2007년 극동국제군사재판(도쿄재판) 당시 검찰 신문조서, 2013년 일본 법무성 자료 등 위안부의 강제연행 사실을 입증하는 자료를 다수 발굴한 전문가 하야시 히로후미(59) 간토학원대 교수를 29일 만났다. 그는 지난 3월 지식인 1600명의 서명을 모아 ‘고노 담화의 유지·발전을 추구하는 학자들의 공동성명’을 내기도 했다. 그는 “지금을 아마 전후 69년간 최악의 상태라고 말해도 좋을 것”이라면서 지난 8월 아사히신문 오보 사태 이후 일본 우익 정치권과 언론의 행태를 날카롭게 비판했다. 다음은 일문일답.

→아사히신문이 요시다 증언(제주도에서 조선인 여성을 강제연행했다는 요시다 세이지의 발언)을 취소했기 때문에 위안부 강제연행이 없었던 일이 됐다는 일부 우익 정치권의 주장은 타당한가.

-요시다 증언이 나온 1983년 당시 아사히신문뿐 아니라 거의 모든 언론이 그의 증언을 다뤘다. 위안부 문제가 1991년 고(故) 김학순 할머니의 증언 이후 시작됐지만 요시다 증언은 신뢰할 수 없어 연구에 인용되지 않았다. 즉 요시다 증언이 허위이므로 강제연행이 없었다거나 위안부가 날조된 것이라는 주장은 있을 수 없다. 이렇게 명백한 거짓말이라도 각 언론이 반복해서 보도하면 거기에 영향을 받는다. 심각한 문제다.

또 한 가지, 아사히신문이 단언한 것처럼 요시다 증언이 허위라고 할 수 있을지도 문제다. 요시다 세이지는 부하 몇 명의 증언을 듣고 증언자가 특정되는 것을 막기 위해 장소나 시간 등을 바꿨다. 그렇기 때문에 역사적인 자료로 쓸 수는 없지만 전부 허위라고 말할 수 있을지는 모르겠다. 부분적으로는 실제 체험이 들어가 있다고 생각한다.

→우익 정치권의 주장이 일본 사회 전반적으로 받아들여지는 분위기다. 이렇게 된 이유는.

-경제 쇠퇴기를 지나며 미래에 대한 희망이 없는 상황에서 과거가 좋았다고 생각하고 싶어 하는 일본인의 의식과 한국·중국인 등에 대한 차별의식 등이 뒤섞여 사실을 제대로 보려고 하지 않는 현상이 생겼다고 본다. 그렇기 때문에 ‘위안부는 어느 나라에도 있었다’든가, ‘위안부 중에서는 자원한 사람도 있었다’는 등 일본을 변호하려고 한다. 위안부 문제뿐 아니라 일본 전반적으로 ‘약자가 약자를 공격하는 사회’가 됐다. 재특회(재일특권을 허용하지 않는 시민모임)가 재일 조선인이 특권을 갖고 있다고 주장하는 것도 같은 맥락이다.

→아베 정권의 움직임도 심상치 않다.

-지난 6월 고노 담화 검증은, 물론 한국 정부는 비판했지만 내용적으로는 균형을 갖췄다. 강제연행을 증명하는 문서가 없다는 우익의 시각을 반영하면서도 한편으론 비록 한국 정부와 교섭은 했지만 일본 정부의 독자적인 판단으로 냈다는 점을 분명히 했다. 거기에서 멈췄으면 좋았을 것이라고 생각한다. 아사히신문 사태 이후 위안부 자체가 위조였다는 둥 국제사회도 위안부 문제에 대해 거짓말을 하고 있다는 둥 분위기가 급변했다. 앞으로 어디까지 갈지 모르겠다.

→한국 정부가 ‘위안부 문제 해결’을 최우선 과제로 내걸고 있는 상황에서 일본 내 위안부 관련 여론이 악화되는 것은 한·일 관계에도 악영향을 끼친다. 지금 위안부 문제 해결을 위해 할 수 있는 일은.

-일단 지금의 비정상적인 분위기를 바꿔야 한다. 나를 포함한 학자들도 이런 움직임을 준비하고 있다. 지난 6월 도쿄에서 열린 일본군 위안부 관련 아시아연대회의에서도 제안이 나왔지만, 기존의 아시아여성기금보다 한발 더 나아가 일본 정부가 공식적으로 피해자에게 사죄의 의지를 표명한다면 한국 정부나 한국의 운동단체도 받아들일 거라고 생각한다.