2016/01/01

[日本語訳] NYT「論争の韓国の慰安婦物語」(帝国の慰安婦)

欧米メディアの報道も微妙に変化?

新年あけましておめでとうございます。

昨年は、最後の最後に大きな出来事がありました。日韓が慰安婦問題の「最終的かつ不可逆的な解決」に合意。これについては、まだこの後、一つか二つ小波乱があるかもしれません。

これに比べれば地味なニュースではありますが、ノリミツ・オオニシ以降、慰安婦問題についてかなり偏った報道を繰り返して来たニューヨーク・タイムズが、12月になり『帝国の慰安婦』を巡る韓国の騒動に絡み、初めて(?)慰安婦問題に関して真っ当な・・・あえて言えば「正直な」記事を掲載しました。この記事は、現在密かに他の欧米メディアに影響を与えつつあるのではないかという気がしています。また、アメリカの反日運動家にもインパクトを与えたらしい気配もあります。

昨年の教科書の国定化パク・ユハ教授の在宅起訴というニュースで、国際社会の韓国を見る目も変わって来たようです。この記事にもありますが、日本も韓国もどっちもどっちという目で見られ始めたようです。敵失というわけでもないでしょう。韓国政府にも言い分はあるはずで、要するに、日本の場合と同じく欧米メディアの無知もあるのでしょう。それでも、日本にとっては棚からチャンスが降って来たようなもの。少しずつですが、状況は好転しています。

論争の韓国の「慰安婦」物語、激しい反発を呼んだ大学教授

2013年に朝鮮人「慰安婦」に関する本を出版した時、この本がどのように受け止められるか「少々不安だった」とパク・ユハは書いている。

結局のところ、この本は戦時性奴隷についての「常識」に真っ向から挑戦する物だった、と彼女は言う。

しかし、反発がこれほどとは、彼女ですら考えていなかった。

今年の2月、韓国の裁判所は、パク氏の『帝国の慰安婦』に関して、虚偽の事実で元慰安婦の名誉を毀損しているとして34箇所の改訂を命じた。パク氏は、韓国では広く日本の植民地支配による被害と歴史的正義の回復(原文:渇望)の神聖なるシンボルとみなされている老婆たちの名誉を毀損したという理由で、刑事裁判の被告にもなっている。彼女は何人かの慰安婦自身からも名誉毀損で訴えられている。

慰安婦たちは、パク氏が日本文学の教授を務めているソウルの世宗大学からの追放を要求している。他の研究者たちは、彼女を戦争犯罪に関する日本の弁解人だと言っている。ソーシャルメディアでは、彼女は「裏切り者の親日派」とされている。

「彼らは慰安婦の異なる面を見せたがらないのです」穏やかな語り口調の彼女は、支援者の一人が経営する物静かな街角の喫茶店での最近のインタビューで語った。「そんなことをすれば、彼らは問題を希釈化し、日本に免罪符を与えることになると考えるのです」

慰安婦問題は長い間議論の的となって来た。批判者らが単なる日本の代弁者と呼ぶパク氏・・・によって提示されたサンプル(出来事)が、これまで何年にも渡り提供されて来た多くのサンプルよりも正しいのか判断するのは難しい。ともあれ、パク氏が立ち向かう韓国人の間の常識は、韓国人の隣の島国に対する敵意と同じく、数十年に渡り、ゆるぎない物として存在し続けているのである。

公的史観によれば、20世紀の初期、日本政府は軍隊が運営する自国の売春宿に朝鮮その他から無垢な少女たちを強制的に連れて行った。そこで彼女たちは性奴隷として拘束され、第二次大戦に日本が敗れるまで続いた35年間の日本の植民地統治の最悪の伝説として、日に何十人もの兵隊に汚されたのだった。

本の為に、韓国と日本の豊富なアーカイブを精査し生存する慰安婦にインタビューしてリサーチした58歳のパク氏は、そうした浄化され画一化された朝鮮人慰安婦のイメージは、慰安婦の正体を十分説明出来ないし、韓国と日本の間の数々の問題の中でも最も感情的な問題を一層深刻化させることに気づいたという。

彼女が言うところの、慰安婦の人生に対するより包括的な見方を提示する為に、彼女はある者にとっては新鮮だが、多くの者にとっては豪語同断、時に裏切りとさえ受け取られる主張をした。

本の中で彼女は、女性を「慰安所」に連れ込んだり強制したのは不当な利益を得る朝鮮人協力者と民間の日本人募集人たちで、「慰安所」での生活は強姦とも売春とも無縁ではなかったが、日本政府が公式に朝鮮人女性に対する強制に関与したという証拠はなく、それゆえ法的責任はないと強調している。

売春宿でしばしば「奴隷のような境遇」の下で虐げられてはいても、朝鮮や台湾といった日本の植民地の女性たちは、帝国市民として扱われ、自分たちのサービスを愛国的行為と認識することを期待されていた。彼女たちは日本兵たちと「同志風」の関係を結び、時に彼らと恋に落ちたと彼女は書いている。彼女は、日本兵たちが病気の慰安婦を愛情深く介抱し、売春婦となることを望まない者たちを帰郷させたケースも紹介している。

この本は数千部しか売れなかったが、途方もない論争を呼んだ。

「彼女のケースは、韓国において慰安婦に関する型にはまった知識に楯突くことがいかに困難になってしまったかを表している」と、社会批評家のキム・クハンは言う。

昨年日本で発売されたパク氏の本は、賞を受賞した。先月、日本とアメリカの54人の識者が、「学問と報道の自由に対する抑圧」であると韓国の検察を非難する声明を出した。その中には、1993年に慰安婦募集の中の強制性を認めた画期的な謝罪を出した河野洋平元官房長官もいた。

その時ですら、河野氏は募集は主に日本軍や行政、軍人の要請で働いていた民間業者が行ったと述べた。しかし、怒れる韓国人たちにとっては、河野の通告は謝罪を無意味にするものでしかなかった。

今月、190名の韓国の学者と文化人が、パク氏が著書の中で試みたことを支持する声明を発表した。書かれていること全てを支持したわけではないが。彼らは、彼女の起訴を「公衆の意見を国家のコントロール下に置こうとする」「時代錯誤」な試みだと訴えた。

しかし他の人々は、学問の自由を言うのは、批判(反発)の本質を見誤っていると主張する。今月、380人の日本や韓国その他の国の学者と運動家がパク氏を「重大な法的理解に対する軽視を露に」し、日本の国家責任という問題の本質を回避しているとして非難した。

彼らの声明は、軍のような日本の国家機関が数万人の女性を性奴隷にするという「おぞましい犯罪」に関与したのだと主張する。1990年代の二人の国連特別報告者に共通する見方である。

ソウル大ロースクール(?)のヤン・ヒュンア教授は、パク氏の言語道断な間違いは「女性たちの人生から選択的に抽出した些事を一般化する点だ」と言う。

「あの女がこの国から追放されればいいのに」パク氏を訴えた9人の元慰安婦の一人ユ・ヒナム(87)はそう言いながら記者会見で杖を振るわせた。

息子を連れて夫と離縁したパク氏は、韓国で育ち、高校を卒業してから家族で日本に移住した。日本で大学に進学し、早稲田大学で日本文学の博士号を取得した。彼女は、以前に上梓した『和解の為に』で慰安婦問題に触れている。この本は、二つの国の間の悩ましい関係を癒すという彼女のもっと大きな願い(興味)を反映した物だった。

彼女は2011年に、慰安婦を売春婦と主張し、韓国での慰安婦のイメージを否定する日本のディナイアー(否定論者)達との間の溝を埋めるべく新しい本を書き始めた。この溝は、それぞれの政府の歴史観を国民に押し付けようとしているとして批判されている韓国のパク・クネ大統領と日本の安倍晋三首相の下で深まったように見える。

昨年、安倍氏の政治的同志達は、1993年の河野氏の謝罪の撤回(再考)を主張することまでした。

パク氏は、家父長制社会や国家主義や貧困が慰安婦の募集に果たした役割を調べることによって、議論を深めようと試みたと言う。中国のような占領地で戦利品として捕らえられた女性と異なり、植民地朝鮮の女性たちは、現代の貧しい女性たちが売春婦となるのとそっくり同じようにして慰安婦所に連れて行かれたのだと言う。

加えて、彼女はもっと最近の、1960年代から80年代までの韓国で、冬季演習中のアメリカ兵たちの後をついて歩いた韓国人売春婦と日本軍慰安婦を比較した。(元アメリカ軍売春婦たちによれば、しばしば毛布を腕に抱えていたことから「ブランケット部隊」と呼ばれた女性たちは、アメリカ軍部隊を探す売春業者に導かれて雪の丘を歩いたり、アメリカ兵たちが列を作る前で、テントで野戦売春宿を設営したりした)

「朝鮮人慰安婦は犠牲者だった。しかし同時に、彼女たちは植民地からの人間として協力者でもあった」と、裁判所の指示で改定されたの部分でパク氏は書いている。

しかし彼女は、たとえ日本政府が直接女性たちの強制リクルートを命じなかったとしても、たとえ一部の朝鮮人女性が自発的に慰安所に赴いたとしても、日本政府は、こうした事が起こる原因となった帝国主義的構造を構築した「罪」を免れることは出来ないとつけ加えた。

パク氏は、自分には慰安婦を中傷する理由がないと言う。

朝鮮が開放された1945年以後、元慰安婦たちは「自分を売った親や朝鮮人業者」に対する憎しみといったような思い出の多くを捨て去った。代わりに、反日感情を煽るためにナショナリスト活動家らに押し付けられた「被害国のシンボル」という役割を演じることのみを期待され、そして韓国人一般に受け入れられたのだと彼女は言う。

「自発的だろうとなかろうと、売春婦だったか否かに関わらず、我々の社会では彼女たちは純粋無垢な少女でなければいけないのです」と彼女はインタビューの中で語った。「さもないと、人々は日本に責任を負わせられないと思っています」