「三姉妹像」
姿に惑わされてはいけない
オーストラリアのストラスフィールド市を一年以上悩ませていた慰安婦像設置を巡る騒ぎに、先月漸く終止符が打たれた(たまには、英字新聞も翻訳してみた)。
地元紙がタイトルに使った「オーストラリアのデモクラシーの勝利」、これはVaccari市長の言葉らしいのだが、実はこの市長が慰安婦像推進派に取り込まれており、インタビューに決着に15ヶ月も要した言い訳をしているが、長引いた原因の一つはこの人物らしい。彼としては、こう言う他なかったのだろう。前市長の息子は、問題を大きくしてしまった市を批判している。Vaccari市長周辺の動きは、現地で反対運動を行っているAustralia-Japan Community Networkのウェブサイトに詳しい。もしも像の設置が決まっていたら、市長はどう言ったろう?新聞はどんなタイトルをつけたろう?やはり「オーストラリアのデモクラシーの勝利」と言ったろうか?新聞はともかく、市長はこうは言わなかったような気がする。
確かに、慰安婦像のオーストラリア大陸進出はひとまず阻止された。しかし、誤解が解けたわけではない。カナダやオーストラリアは慰安婦像の設置を食い止めたが、現地の日本人は、歴史論争には踏み込まず、モニュメント設置(既成事実作り)を阻止することに専念する、いわば言いたいことも言わず我慢する作戦を取っているからである。
それでも、なんとなくオーストラリアの雰囲気が微妙に変わって来てはいまいか?住民へのアンケートの結果、慰安婦像を支持する声は少数で連邦政府も像の設置にいい顔をしていなかったようである。これは、像のテーマが市の規定に適っていないというだけの理由だろうか?議員の中には、市が反日団体に嵌められたとハッキリと言う者までいた。
それにしても、「オーストラリアの勝利!」・・・こういうのがウケるのは、やはり移民国家だからなのだろうか?
※Ourstrathfieldの記事は江川さんから
慰安婦像の挫折、デモクラシーの勝利
国際社会が見つめる中でのオーストラリア・デモクラシーの勝利というのが衆目の一致するところだった。ストラスフィールド議会は今夜、第二次大戦中のいわゆる慰安婦を追悼するモニュメント(像)の設置を見送ることを票決した。
この決定により、ストラスフィールドの広場がこのような記念碑に相応しいかどうかについて、長く、時に感情的となった議論に終止符を打たれると見られている。
この問題は、70年前、20万人の若い女性が朝鮮や中国やその他のアジアの国々から日本兵の性奴隷として連れ去られたという主張を巡る議論の渦中にある二つの国--日本と韓国でニュースになっていた。
この問題は大きな歴史論争となり、昨夜、この問題の為だけの特別議会が開かれたストラスフィールドの公民館にへと流れ込んだのである。
入り口を警備員が固める中、日本人と韓国人を主体とした160人を超える人々が、あるいは意見を表明する為に、あるいは聴衆となる為に集まった。
テレビの画面では三ヶ国語の実況解説が流れ、日英韓国語によるストラスフィールド・シーン(ローカル紙)の特別版が配られた。
一部で懸念されたような抗議活動には発展せず、討論は繊細にかつそつなく進められ、文明的だった。
議長を務めたVaccari市長は、三人の外国メディアのレポーターに向かい、「オーストラリアのデモクラシーの勝利です。オーストラリアのデモクラシーが生きていることを知りました」と語った。
結論が出るまでに15ヶ月を要したことについて長過ぎたと思うかと問われ、市長は「もっと早く片付けば良かったと思う。・・・だけど、キチンとする必要があったので」と答えた。
住民の意識調査の結果、過半数が碑に反対と分った。そして、オーストラリアの首相府と外務省に問い合わせた結果も。
6人の議員は無記名投票で、碑が市の方針に反すると言う議会のスタッフたちの勧告通り、設置の提案について実行しない方向に票を投じた。
記念碑は、地域住民の献身を記念する物であるべきだと議会スタッフらは報告していた。本件は、「市の記念碑の基準に合致しない」と。
Sang Ok議員は、自分は日本の戦争犯罪を追及する全豪州中韓連合の前(? passed)議長だったという理由で議事には参加しなかった。
賛成反対双方から4名ずつ、8名の演説者が意見表明の為に5分ずつ時間を与えられた。退席する際、全員に拍手が送られた。
慰安婦問題はオーストラリアと日米の関係を不安定化させる陰謀であるという主張もあった。また、歴史の過ちを正すために像を建てて欲しいという訴えもあった。
日本人の妻が最近子供を出産した南アフリカ生まれのGlenn McRaeは、碑は「人道問題とも女性の人権問題とも関係ない」と主張した。
Peter Wertheimは会場に向かい、「多文化社会であるストラスフィールドで記念出来ずに、どこでやるのか?」と問うた。
McRae氏は、一部の移住者のコミュニティーは、オーストラリアに移民して来ても歴史的敵意を徹底していると主張した。「彼らは、我がオーストラリアの価値観を受け入れるべきだし、尊重すべきなのです」。
シドニー工科大でジェノサイドを教えるPanayiotis Diamadis博士は、イスラム国(ISS)が女性や若い娘を人身売買しているという話は、慰安婦問題によって提起された問題は今も生きている。碑は全ての民族の女性の為の物だと主張した。
前市長の息子でありストラスフィールド市のalderman(参事会員?市会議員?)でもある元新聞販売業Geoff Boyceは、記念碑に関する市議会のポリシーは地域の英霊の為の物というものであって、この碑には無理があると述べた。
「ここはオーストラリアであって・・・ここには韓国人や中国人やアメリカ市民の支部は存在しません。我々は皆オーストラリア人なのです」
彼は、議会の「幾分不注意」がこの問題をここまで大きくしてしまったと付け加えた。
シドニー・インナーウェスト区中華ビジネス連合と「日本の戦争犯罪を追及する全豪州中韓連合」のDong Dong Yang氏は、「この碑は・・・戦時下で苦しんだ全ての民族の女性を象徴する物です」と述べた。
しかし、ゴトウ・メイコは、この碑がオーストラリアの国家安全保障を損なう(?compromise)、日本は慰安婦問題について何度も謝罪して来たと主張した。
最後に21歳のYeo Ji Yanは、碑が全ての女性に対する暴力を抑止する役に立つと述べた。
Helen McLucas議員は、会場の人々に、これは市で扱うべき問題ではなかったのに「反日」組織によって「我々に押し付けられた」と話した。
地元のコミュニティからは碑に対する支持は無かったし、(オーストラリアの)ANZACデーに絡め、この碑が全ての女性に対する暴力を防止するなどと主張するのは「侮辱だ」と彼女は述べた。
「この碑は、地域に大きな分裂をもたらしている」と彼女は付け加えた。
Daniel Bott議員は、これは外務省が扱うべき問題であり、ストラスフィールド市の問題ではないと主張した。
Stephanie Kokkolis議員は、自分は、過半数が碑を支持しないと言っている住民の見解に従うことに決めたと述べた。Andrew Soulos議員は、これに同意し、時期的に不適当だと述べた。
Vaccari議員は、会場に向かってこう述べた。「戦争に勝者はない。男にとっても女にとっても、人間にとって悲劇なのです」。
「この話には二つの側面がある」ことを認めつつ、彼もまた、この問題は「ストラスフィールド市の手に余り」連邦政府が扱うべき問題だと主張した。
最後にRaj Datta議員が、このような討論の場が設けられることは、オーストラリアの勲章(オーストラリアへの贈り物)であると述べた。結局は、殆どの者が決定を受け入れ、「オーストラリア人として家路に着くのです」。
そういうわけで、集会は平和裏に解散となり、どうやらその通りになったようだ。