2011/06/11

眼前の路上に「慰安婦像」で日本大使館周章狼狽



やはり韓国に住み、韓国をよく知る人の情報はありがたい。しかし、挺対協が水曜デモ1,000回を記念して日本大使館前に「碑」を建立するという計画は、三ヶ月前に当ブログでも紹介した。今ごろ大使館が狼狽えてどうする?

もともと挺対協(韓国挺身隊問題対策協議会)は、水曜デモが行われている日本大使館前(写真は大使館前のデモに参加する「日本市民」)と、ナヌムの家、建設を予定している慰安婦博物館(戦争と女性の人権博物館)を三つの「聖地」にしようという計画で、二年前に挺対協の代表が来日した時に、その事を日本の聴衆の前で公言していた。

当時のエントリーを確認してみたら、ユン代表はこの時、日本大使館前に碑を建立する予定であることも明言していた。

黒田によれば、地元の区役所は、外交問題にもなりかねないので慎重に対処すると答えたようだが、どうせ日本側の泣き寝入りに終わるのだろう。もっとも自分は、好きなようにさせてやれ、としか思わない。慰安婦「騒動」をウォッチしている身としては、こういった「碑」も重要なサンプルである。それにしても、日本大使館のインテリジェンスは大丈夫か?

「韓国では元慰安婦の老女が亡くなると、マスコミには詳しい経歴とともに顔写真付きの死亡記事が必ず出る。その報道ぶりは今や“抗日独立運動家”並みである」と韓国在住の黒田は伝えている。確かにネットを検索していても頻繁にそうした記事に突き当たる。そしてそれらの記事は「XXハルモニは、XX年に連行され、慰安婦としての生活を強制された(ただし誰が「連行」したかの主語は抜き)」と書かれているのがパターンである。葬式の様子は、動画ニュースにもなる。

黒田は、慰安婦に対する韓国マスコミの扱いを「抗日運動家並」としているが、彼女たちは韓国のトップアイドルと言っていいと思う。

ソウル・黒田勝弘 「慰安婦記念碑」設置場所は…

ソウルの日本大使館前では毎週水曜日、戦時中、旧日本軍相手に“慰安婦”をしていたという韓国の老女たちのデモが行われている。ほとんど数十人規模だが、日本政府に補償と謝罪を要求するといって、もう20年近く続いている。

ただ元慰安婦の老女は数人で、ほとんどは支援者たちだ。時には日本からの支援者や、日教組系の先生の指導だろうか、日本の女子高生などの姿も見られる

デモでは領土問題や教科書問題など、その時どきの日本非難も加わる。このため日韓間で何か問題があると、韓国マスコミは決まって水曜日に日本大使館前に出かけ「日本非難の世論」として内外に伝える

したがってこの「水曜デモ」は、今やソウルで日常的に最も目立つ反日デモである。

デモを主導してきた支援団体は以前から慰安婦問題にかかわる記念碑を計画してきたが、何とその場所を日本大使館前の路上にしようとしていることが最近、分かり、日本大使館をあわてさせている。

支援団体の「韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)」の資料によると、今年12月の“デモ1千回”を機に「平和碑」を建て、その場所を「平和路」と呼ぼうとしている。

路上への設置となると公共の場所だから当然、区役所の許可がいる。日本大使館はソウルの中心部にあり、管轄は東京でいえば千代田区役所にあたる鍾路区役所だ。

そこで鍾路区役所の担当部署に聞いてみると「まだ許可はしていない。団体に詳しい計画書を出すように言ったがまだ届いていない。場所が微妙で外交問題にもなりかねないので慎重に対処することになろう」という。

いくら「平和」と銘打っても日本糾弾に変わりはない。日本大使館前に堂々と“反日記念碑”とは実に大胆である。

「大胆」といえば最近、ロシア政府のビザで北海道沖の北方領土の国後島を訪問した韓国の国会議員もそうだ。中心人物は「韓日議員連盟」の有力メンバーで学者出身の知日派という。

日韓領土問題の専門家で、日本憎し(?)のあまり韓国とは関係ない日露領土問題に介入してロシアの肩を持ち、日本に嫌がらせをするというのだから実に大胆である。

韓国では、日本が相手だと何でもありというか、何をやっても許されるような雰囲気がある。

「水曜デモ」自体がそうだ。いつも日本大使館前の路上という至近距離だが、米大使館前ではこんな至近距離の反米デモは決して許されないのに。

ところで韓国では元慰安婦の老女が亡くなると、マスコミには詳しい経歴とともに顔写真付きの死亡記事が必ず出る。その報道ぶりは今や“抗日独立運動家”並みである。

慰安婦問題は20年の歴史を経てそこまでになってしまった。支援団体の反日運動の“成果”である。だから「記念碑」の発想も不思議でない?

産経新聞 2011.6.11

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