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2016/05/28

挺対協、基地村問題団体を表彰(反政府色濃厚に?)


慰安婦の発案による「蝶々平和賞」。・・・本当に慰安婦の発案なのか怪しいものだが、この度「誰も関心を持たなかった問題」を社会に認知させたとして、基地村売春婦問題に取り組む団体がこの賞を受賞した。選んだのは挺対協だろうが、なぜ今基地村問題なのか?12.28合意で韓国政府と決別した挺対協が、反政府活動に舵を切ったのかもしれない。授賞式ではユン・ミヒャンが、基地村を植民地と呼ぶなど「朴正煕軍事政権」をdisっていたようである

洋公主と比較した事を詫びるイ・ヨンフン(2004)

基地村女性といえば、10年ほど前、イ・ヨンフン教授がナヌムの家の慰安婦たちに、東豆川で体を売る女と自分たちを比較したなどとして40分も吊し上げられたことがあった。元朝日新聞記者の前川惠司が、挺対協が団体名を挺身隊のままにしているのは米軍慰安婦(基地村売春婦)との混同を避けてのことではないかと推測していたように、彼女たちは米軍慰安婦と日本軍慰安婦の間に一線を引いていた。

今回受賞した運動家たちは、挺対協から、この次アメリカの国務省に押し掛ける時は忘れずにこの問題をアメリカ政府に伝えるという約束を取りつけられるか試してみればいい。挺対協がどこまで本気なのか分かるだろう。

慰安婦被害者が作った「蝶々平和賞」、初の受賞者、基地の村活動家

日本軍慰安婦被害者の意思で作られた「蝶々平和賞」の最初の受賞者に駐韓米軍基地村女性のための活動家が選ばれた。

韓国挺身隊問題対策協議会(挺身隊対策協)はキム・ボクトンお婆さんの寄付で作られた蝶々平和賞の初の受賞者に두레방(トゥレバン), 새움터, 햇살사회복지회などの三団体を「第1回キム・ボクトン蝶々平和賞」共同受賞者に選んだと19日明らかにした。

授賞式は18日午後ソウルの堅志洞のレストランで開かれた。 これらの団体には盾(?)と賞金200万ウォンが贈られた。 これらの団体は基地村の問題を(社会に)知らせ被害者の人権の保護に乗り出した団体だ。

挺対協は、三団体が誰も関心を持たなかった基地村売春の問題を社会問題として広め被害女性の人権回復のために積極的に活動した(?)と授賞理由を明らかにした。

蝶々平和賞はキム・ボクトンお婆さんが2015年6月24日の第1184回水曜デモで寄付した5千万ウォンなどの蝶々基金で授賞する。

キム・ハルモニは当時「日本政府が法的賠償をすれば、そのお金を全て後援しようとしたが今の状況を見るのと(?)賠償受けるには、時間があまりにもかかりそうだ」として「紛争地の子供たちが勉強できるように活動したり、戦時性暴力の被害者のために仕事をする人々に使って欲しい」と頼んだ。(聯合)

zum 2016.5.19[2]

위안부 피해자가 만든 '나비평화상' 첫 수상자 기지촌활동가들

권영전 기자 = 일본군 위안부 피해자들의 뜻으로 만든 '나비평화상'의 첫 수상자로 주한미군 기지촌 여성들을 위한 활동가들이 선정됐다.

한국정신대문제대책협의회(정대협)는 김복동 할머니의 기부금으로 만든 나비평화상 첫 수상자로 두레방, 새움터, 햇살사회복지회 등 세 단체를 '제1회 김복동나비평화상' 공동수상자로 선정했다고 19일 밝혔다.

시상식은 18일 오후 서울 견지동의 한 음식점에서 열렸다. 이들 단체에는 상패와 상금 200만원이 전달됐다. 이들은 기지촌 문제를 알리고 피해자 인권보호에 나섰던 단체들이다.

정대협은 이들 세 단체가 아무도 관심을 두지 않던 기지촌 성매매 문제를 사회적 의제로 확산하고 피해여성의 인권회복을 위해 적극적으로 나섰다며 시상 이유를 밝혔다.

나비평화상은 김복동 할머니가 2015년 6월24일 1천184차 수요시위에서 기부한 5천만원 등 나비기금으로 시상한다.

김 할머니는 당시 "일본 정부가 법적 배상 하면 그 돈을 모두 후원하려 했는데 현 상황을 보니 배상받으려면 시간이 너무나 많이 걸릴 것 같다"며 "분쟁지역 아이들이 공부할 수 있도록 활동하거나 전시성 폭력 피해자들을 위해 일하는 사람들에게 써달라"고 당부했다.

2016/05/24

慰安婦カナダの高校を訪う「全世界に日本の蛮行を知らせてきた」

キルとカナダの高校生たち

ホットドックス映画祭参加の為にカナダを訪れたついでに、挺対協のユン・ミヒャンとキル・ウォノクは、ドキュメンタリー映画作家ティファニー・ションとカナダの高校にキャンペーンに出かけた。

20年かけて韓国の子供たちに「正しい歴史認識」を植え付けた彼女たちは、今度は海外でも同じことをしようとしている。自分たちがあくまで世界の戦争犠牲者たちの為に活動しているのだと、蝶(ナビ)基金をアピール。子供たちは素直に感動したようである。しかし、彼女らの本当の目的は、ユンが自ら述べたように「全世界を回り日本の蛮行を知らせる」こと。ナビ基金はそのカモフラージュではないのか。


しかし、このカナダでのキャンペーンツアー中に面白いことが起こった。ある集会のディスカッションの中で、(満)11歳で慰安婦に<動員>されたといった証言の不自然さに疑問を持たれ、突っ込まれたのだ。詳しくはなでしこアクションのブログを読んで頂きたいが[2]、欧米人からこうした疑問をぶつけられるとは、ユン・ミヒャンも予想していなかったろう。しかし、今後はこうしたケースは増えるのかもしれない。

13才従軍慰安婦キル・ウォノクお婆さん「お母さん、私家へ帰りたい」

トロントを訪れた従軍慰安婦キル・ウォンオクお婆さんは先週木曜日ソーンヒル高校(訳注:オンタリオ州では9~12年生)を訪ねてカナダの高校生たちに戦争の惨状を教え戦争のない国で元気に育つことを祝福した。

韓国挺身隊問題対策協議会のユン・ミヒャン代表、そしてキル・ウォンオクお婆さんをメインに日本慰安婦問題を扱ったドキュメンタリー映画映画『THE APOLOGY』の映画監督ティファニー・ションと共に高校を訪れたハルモニは図書館に集まった100人余りの生徒と会った。

ハルモニは戦争の残酷な現実を紹介し、ティファニー・ション監督は6年間世界中を回り慰安婦ハルモニに会って戦後も彼女たちがどれほど苦労したかを映画にした(?)理由を語った(紹介した)。
ユン・ミヒャン代表はハルモニの活動を、25年間全世界を回り日本の蛮行を知らせることに注力したと述べた。ハルモニの努力で国連人権委員会は慰安婦問題に関する特別報告書を発表れ、ヨーロッパの様々な国で問題の深刻さを知らせる発表が相次いだ。

また、ハルモニは蝶(ナビ)基金を創設して現在も広がっている戦争の中で性奴隷に転落した女性たちを助ける活動を行っていると説明し、蝶基金によって救われ(助けられ)、新しい生活を送ることになったアフリカ女性の事情を紹介することもした。

この日、生徒の一人がフルートでアリランを演奏し、ハルモニは生徒の演奏でアリランを歌った。

平壌が故郷であるハルモニは13才(カナダの年齢で11才)で挺身隊として連行され過酷な苦難に会って、まだ故郷を行ってみられなかったと話し、生徒たちの目を赤くした。

「私は13才の年に何も知らずに故郷から引かれて行かれなければなりませんでした。その後、家に帰ることができませんでした。皆さんは私のように戦争の恐ろしい体験をせずに家族全員の(?)幸せを祈ってます」

この日講演会ではハルモニが作った詩「お母さん、私家へ帰りたい」が動画で上映され、89才のハルモニの心が若い生徒たちにまで伝えられた。生徒たちは、日帝強制占領期の戦争の痛みを再確認するのに十分な時間だったと話した。

「お婆さん、はるばるトロントまで来てくださってありがとう。戦争の痛みを知らせてくれてありがとうございます。日本が早く謝罪と賠償をすることを願ってます。私たちも忘れません」と、生徒を代表して韓国人学生のキム・ジヨンさんが述べた。

この日、講演会の後、一部(?)の韓国人生徒たちがハルモニ(の周りに?)集まり花束を渡して挨拶した。 ハルモニは嬉しげな様子(?)で大きな笑顔で生徒たちを겪려して祝福した。

講演会に参加したダレン・ウォーク先生は「お婆さんがここまで来られてgreat storyを学生たちに聞かせられ、生徒たちにインスピレーションを(inspiring)吹き込んで下さいました」と、学校と生徒たちがこの問題を支援するために行動すると明かした。

学校を訪問する二日前、キル・ウォノクお婆さんは韓国人会館の前にある少女像を訪ねた。ハルモニは少女像を撫でさすり、あたかも生きている幼い孫娘に対するように痛ましいといった。

不快な体にも関わらずハルモニは日本が本当に謝り賠償しなければならないと声を大きくして、生きている限り戦うという固い意志を示した。

「少しでも良心が残っていれば間違ったと謝って補償してるよ。참고 넘어가면 되겠지 하면서 저들이 세월을 보내네요」。

World in Canada 2016.5 [2]

13살 종군 위안부 길원옥 할머니 “엄마, 나 집으로 돌아가고 싶어요”

토론토를 방문한 종군 위안부 길원옥 할머니는 지난주 목요일 손힐 하이스쿨을 방문해 캐나다 학생들에게 전쟁의 참상을 소개하며 전쟁없는 나라에서 건강하게 자라기를 축복했다.

한국정신대문제대책협의회 윤미향 대표, 그리고 길원옥 할머니를 주인공으로 일본 위안부 문제를 다룬 다큐멘타리 영화 ‘THE APOLOGY’의 영화감독 티파니 슝과 함께 고등학교를 방문한 할머니는 도서관에 모인 100여명의 학생들과 만났다.

할머니는 전쟁의 참혹한 현실을 소개했고, 티파니 슝 감독은 6년간 전세계를 돌면서 위안부 할머니들을 만나 전쟁 후에도 그들이 얼마나 힘들고 어려워 했는지 영화로 제작한 사연을 소개했다.

윤미향 대표는 할머니의 활동을 소개하면서 25년간 전세계를 돌면서 일본의 만행을 알리는데 주력했다고 소개했다. 할머니의 노력으로 UN 인권위원회에서는 위안부 문제에 대한 특별보고서를 발표하였고, 유럽 여러나라에서도 문제의 심각성을 알리는 발표들이 잇달았다.

또한 할머니는 나비 기금을 창설해 현재에도 벌어지고 있는 전쟁 속에 성노예로 전락한 여성들을 돕는 활동을 펼치고 있다고 설명하면서 나비기금에 의해 도움을 받아 새로운 삶을 살게된 아프리카 여성의 사연을 소개하기도 했다.

이날 학교 학생 하나가 플룻으로 아리랑을 연주했고 할머니는 학생의 연주에 따라 아리랑을 노래했다.

평양이 고향인 할머니는 13살(캐나다 나이 11살)의 나이에 정신대로 끌려가 모진 고초를 겪고 아직까지 고향을 못가봤다고 말해 학생들의 눈시울이 붉어지기도 했다.

“저는 13살의 나이에 아무것도 모르고 고향에서 끌려나와야 했습니다. 그 이후로 집에 돌아가지 못했습니다. 여러분들은 저처럼 전쟁의 끔찍한 일을 겪지 않고 가족 모두 행복하기를 기원드립니다.”

이날 강연회에서는 할머니가 지은 시 ‘엄마, 나 집으로 돌아가고 싶어요’가 동영상으로 상영돼, 89세의 할머니의 마음이 어린 학생들에게까지 전달되었다. 학생들은 일제 강점기의 전쟁의 아픔을 되새기기에 충분한 시간이었다고 말했다.

“할머니, 멀리 이곳 토론토까지 와주셔서 감사합니다. 전쟁의 아픔을 알려주셔서 감사합니다. 일본이 빨리 사과와 배상 조치를 하기를 바라겠습니다. 저희도 잊지않겠습니다.” 라고 학생 대표로 한인학생 김지영양은 말했다.

이날 강연회 후에는 일단의 한인 학생들이 할머니께 몰려가 꽃다발을 전해드리며 인사를 드렸다. 할머니는 기쁜 모습으로 함박 웃음을 지으며 학생들을 겪려하고 축복했다.

강연회에 참석한 데런 웍 선생은 “할머니께서 여기까지 오셔서 great story 를 학생들에게 들려주셨고 학생들에게 영감을(inspiring) 불어넣어 주셨습니다.” 라며 학교와 학생들이 이 문제를 돕기 위해 행동할 것이라고 밝혔다.

Kilwonok

학교를 방문하기 이틀전 길원옥 할머니는 한인회관 앞에 있는 소녀상을 찾았다. 할머니는 소녀상을 쓰다듬고 어루만지면서 마치 살아있는 어린 손녀 대하듯 안쓰러워 했다.

볼편한 몸에도 할머니는 일본이 진정으로 사과하고 배상해야 한다고 목소리를 높이며 살아있는 날까지 싸우겠다는 굳은 의지를 보이셨다.

“조금이나마 양심이 남아 있으면 잘못했다고 사과하고 보상도 하고 해야죠. 참고 넘어가면 되겠지 하면서 저들이 세월을 보내네요.”

2015/06/30

キム・ボクトン蝶基金に550万円寄付

「平和と人権を叫ぶ活動」?

やや鮮度落ちだが、キム・ボクトンが550万円を蝶基金に寄付したというニュース。蝶基金(butterfly fund ナビ基金とも言う)についての説明は省くが、この20年間でこの人たちはかなりの財産を貯めたものと思われる(口に出して言わないが、皆分っている)。これは慰安婦がナショナルヒーローとなった韓国特有の現象だろう。フィリピン人慰安婦は相変わらず質素な格好でデモをしている

名誉だって。キム・ボクトンが国境なき記者団によって「自由のために戦う英雄100人」に選ばれたというニュースは紹介済みだが、今日も、彼女がソウル市女性賞なる賞を受賞したというニュースが(どういう賞かは知らないが)。金も名誉も手に入れた彼女たちは、余生をジャパンバッシングに捧げる。ある意味、気の毒な人たちである。

慰安婦被害キム・ボクトンお婆さん、生涯集めた5000万ウォン寄付

日本軍慰安婦被害者キム・ボクトン(89)ハルモニが戦時性暴行被害者のために使って欲しいと全財産5,000万ウォンを喜んで寄付した。

キムおばあさんは24日ソウル、鍾路区の日本大使館の前で開かれた第1184回日本軍慰安婦問題解決のための定期水曜集会で蝶基金後援支援金伝達式を執り行ない(?)5,000万ウォン(550万円)を寄付した。 蝶基金は2012年3月8日の世界女性の日に戦時性暴行被害女性を助けるために出来た基金。 満14才で慰安婦として中国、広東などに行き、そこで言いなりになって苦痛を味わったハルモニは、1992年政府に被害者として登録した後、ウィーン世界人権大会などに参加し平和と人権を叫ぶ活動を受け継いできた。 最近では国際言論団体が選定した「自由のために戦う英雄100人」に世界の著名人たちと並んで紹介された。

韓国日報 2015.06.24[2]

위안부 피해 김복동 할머니, 평생 모은 5000만원 기부

일본군 위안부 피해자 김복동(89) 할머니가 전시 성폭력 피해자들을 위해 써 달라며 전재산 5,000만원을 쾌척했다.

김 할머니는 24일 서울 종로구 일본대사관 앞에서 열린 제1,184차 일본군 위안부 문제해결을 위한 정기 수요집회에서 나비기금 후원금 전달식을 갖고 5,000만원을 기부했다. 나비기금은 2012년 3월 8일 세계여성의 날을 맞아 전시 성폭력 피해여성들을 돕기 위해 마련한 기금이다. 만 14세에 위안부로 가서 중국 광둥 등지로 끌려 다니며 고통을 겪은 할머니는 1992년 정부에 피해자 등록을 한 후 비엔나세계인권대회 등에 참석해 평화와 인권을 외치는 활동을 이어왔다. 최근에는 국제언론단체가 선정한 ‘자유를 위해 싸우는 영웅 100인’에 세계 저명 인사들과 나란히 소개되기도 했다.

2014/03/08

挺対協「ベトナムに謝罪を」の本気度

本気か、アリバイ作りか

挺対協は、以前からベトナムでの韓国軍の性暴力問題を取り上げているし、基地村(米軍)売春婦の問題(広義の慰安婦問題)にも関わってはいる。ただ、日本軍慰安婦問題の場合と比べ、あまりにも温度差があるので、アリバイ作りの面あるのではないかという気もする。

「私たちが望むのは慰安婦の悲劇が繰り返されないことだ」と話したとされるユン・ミヒャン挺対協代表。朝鮮戦争で「慰安婦の悲劇」が繰り返されたことを華麗にスルーする辺りが、やはり怪しい?ちなみに挺対協はベトナムの被害女性に例の蝶基金(日本政府から慰安婦への賠償金を当てるとしてぶち上げられたが、見切り発車)の一部を支援に回している。慰安婦問題の宣伝という意味もあるのだろうと自分は見ている。

なお、キム・デジュン大統領(当時)がベトナムに謝罪した時、これに「歴史認識を憂慮せざるを得ない」と反発したのが、誰あろう、千年恨の人、パク・クネ現大統領である。

「韓国軍のベトナムでの性暴力、謝罪を」元慰安婦ら会見

 韓国人の元日本軍慰安婦と支援団体代表らが7日、ソウルで記者会見し、ベトナム戦争に参戦した韓国軍による「ベトナム人女性に対する性暴力や民間人虐殺」について、「韓国政府が真相を究明し、公式謝罪と法的責任をとるように」と訴えた。

 会見した元慰安婦らは毎週水曜、ソウルの日本大使館前で「日本政府の公式謝罪と賠償」を訴え続けている。支援団体関係者が2月にベトナムを訪れ、ベトナム戦争時に韓国軍から性暴力を受けた女性や、その子供らと面会。女性たちは「社会で蔑視され、苦しい生活を余儀なくされている」と訴えたという。

 元慰安婦の金福童(キムボクトン)さんは「同胞が犯したことは韓国政府が解決すべきだし、知らないふりはできない」。支援団体の尹美香(ユンミヒャン)代表は「私たちが望むのは慰安婦の悲劇が繰り返されないことだ。日本政府に求めるだけでなく、我々自ら平和をつくりたい」と話した。

 韓国軍のベトナム戦争参戦時の行為に関しては、故・金大中(キムデジュン)大統領が2001年のベトナム訪問時の首脳会談で「ベトナムの人々に苦痛を与えたことを申し訳なく思う」と述べた。

朝日 2014.3.8

[資料・英語・2012] 


エントリーを書く度に、同じ資料を探す整理下手 orz

Former comfort women establish fund for female war victims

Women used in sexual slavery show desire to help others
By Jung Hwan-bong
The Korean Council for Women Drafted for Military Sexual Slavery by Japan announced Wednesday that any legal compensation received from the Japanese government by former comfort women Kim Bok-dong, 86, and Gil Won-ok, 84, would be used to help female war victims.

The council set plans to establish a fund for this purpose, tentatively titled the Butterfly Fund, and selected as the first support recipient Rebecca Masika Katsuva, a war victim from the Democratic Republic of the Congo.

Masika Katsuva set up the Listening House following her own 1998 sexual assault by soldiers in the Congolese civil war. The activist has worked over the years to help other female victims of war and adopted their children.

The fund also comes across as something of a final wish, since the women‘s authority for posthumous compensation claims is being conferred to the council.

Speaking to the Hankyoreh on Tuesday at the council’s shelter in the Chungcheongno neighborhood of Seoul‘s Seodaemun district, Kim explained the reasons behind the decision to establish the fund by saying, “We thought that since we had experienced [victimization due to war], other people must also have had the same experience as us.”

Council chairwoman Yun Mi-hyang said, “With this decision, the council has been entrusted with compensation claim authority and can demand accountability for Japan’s war crimes to the last even after the comfort women have passed away.”

Yun said the greatest significance of the fund‘s establishment was that “it makes it clear that what the comfort women for the Japanese military want is not money, but a formal apology from the Japanese government.”


The Japanese government has consistently insisted on an approach of addressing the comfort women issue by sending compensation through the Asian Women’s Fund, a private group. It also maintains that it cannot give any legal compensation or formal apology beyond what was agreed upon with the 1965 Korea-Japan Basic Treaty.

The council has expressed its opposition to the Asian Women‘s Fund, arguing that the comfort women issue was not dealt with at the time of the treaty and that it requires resolution through legal compensation and an apology from the Japanese government rather than privately given compensation.

Kim and Gil also refused funding from the Asian Women’s Fund.

The council currently plans to develop the Butterfly Fund into a separate foundation and increase support for female war victims through citizen contributions.

The council Lawyers for a Democratic Society are also planning a press conference at the council‘s offices in the Yeongeon neighborhood of Seoul’s Jongno district on Mar. 8, which is International Women‘s Day. There, they plan to state the final wishes of the comfort women and formally launch the fund.

2013/09/07

日本に対する誤解を広げる日本人

手にしてるのはナビ基金のパンフレット?

進歩的な日本人が韓国民の間に日本に対する誤解を広げ、結果的にヘイトの連鎖を生み出している側面は否定できないと思う。この日本人女性も日本の歴史教科書には慰安婦に関する記述が無いと韓国メディアに語っているが(中央日報が嘘をついているのでなければ)、つい数ヶ月前、朝鮮日報が「安倍首相や下村文科相の発言は、最近検定に合格した高校用の一部の教科書に、日本軍が慰安婦を強制動員したという記述が盛り込まれていることを指摘したものだ」と報じていたばかりである。よくこんな出鱈目を・・・。

こういう日本人が日韓の間を往来してデモをしたり講演したりしているのだから、日韓関係が良くならないわけである。

「日本の子どもたち、加害歴史知らぬまま大人に」…日本のNGO活動家

「講義の時間に、慰安婦問題を扱った映画『終わらない戦争』(キム・ドンウォン監督)を見せた。慰安婦のおばあさんの証言に初めて接した日本の大学生が泣いていた」。

20日、ソウル明洞(ミョンドン)で松村徳子さん(50)に会った。彼女は日本軍の慰安婦問題を扱う関西地域の非政府組織(NGO)活動家だ。この日、南山(ナムサン)で開かれたユネスコ韓国委員会(ミン・ドンソク事務総長)主催の「第2回ユネスコ東アジア歴史和解国際青年フォーラム」で、慰安婦問題をテーマにした講演を終えた後であった。

1991年に日本政府を相手に訴訟を起こした後、日本を訪れたキム・ハクスンさん(97年死去)の慰安婦証言が彼女の人生を変えた。「それをきっかけに慰安婦問題を扱う非政府組織(NGO)活動に飛び込んだ。2008年から毎月第一水曜日に大阪駅の前で集会を開いている」。最初は10人で始めたが、今では70人余りが集まる。慰安婦問題をわい曲する安倍首相の発言に対する反論演説もして、これを知らせるビラも配る。無視して通り過ぎる人もいれば、「こういうこともあったのか」と涙を浮かべる人もいる。

大きなデモをするたびに右翼団体が押しかける。「暴言もあり、わざと体でぶつかってきた後に『暴行された』と言って警察に申告もする。結局、歴史教育をまともにできない日本の責任がすべて」。

松村さんは「天皇は戦争に対する責任があったのに、それについて話さなかった。安倍首相の母方の祖父も軍事的武装のために平和憲法を変えなければなければならないと主張した改憲派だった。日本の歴史教育は、戦争を通して体験した自身の苦痛だけを強調する。日本の子どもたちは、隣国に与えた歴史的加害の事実を知らないまま大人になる」と指摘した。

慰安婦問題も今では日本の歴史教科書で言及されていないという。「1996年から4、5年の間、中高の歴史教科書に載ったりもしたが99年からは次々に削除され今回の教科書検定ではすべて消えてしまった」。

彼女は大学で週1回、慰安婦と平和問題を教えている。するとほとんどの学生たちが衝撃を受ける。学期末に提出する課題で学生たちは「マスコミに出てくる情報だけでむやみに偏見を持つのをやめよう」「教科書に載らなくても子どもたちに慰安婦問題を教えよう」という意見を出したりもしているという。

中央日報 2013.8.21

 参考:

慰安婦:日本政府、歴史教科書からの削除を推進へ

日本政府が、旧日本軍の従軍慰安婦強制動員などの内容を歴史教科書から削除するため、教科書検定制度の見直しを推進する動きを見せている。

下村博文・文部科学相は10日、国会答弁で「日本に生まれたことを誇らしく思えるような歴史認識が教科書に記載されるようにしていく必要がある」として、教科書検定制度の見直しを検討していくと述べた。これは自民党の西川京子議員が「教科書には日本軍が従軍慰安婦を『性的奴隷』と見なしていたとの記述があるが、これは自虐史観だ」として、教科書検定制度の見直しを求めた質問に対する答弁だ。日本の極右は従軍慰安婦について、日本軍が強制動員したのではなく、自発的だったと主張している。

安倍晋三首相もこの日の国会答弁で「残念ながら、教科書の検定基準が、愛国心や郷土愛を尊重することとした改正教育基本法の精神を生かせないものとなっている。自負心を持てるようにすることが(教育の)基本だ。教育的な観点から教科書が採択されるかどうか検討していく必要がある」と述べた。

安倍首相や下村文科相の発言は、最近検定に合格した高校用の一部の教科書に、日本軍が慰安婦を強制動員したという記述が盛り込まれていることを指摘したものだ。安倍首相は昨年末の衆議院議員総選挙で「慰安婦が強制動員されたという証拠がないだけに、強制動員を認め謝罪した『河野談話』の見直しが必要だ」と主張している。

また、安倍首相は総選挙の際、教科書の「近隣諸国条項」を廃止し、自虐史観から脱皮する教育を進めることを公約に掲げた。日本は1982年「近隣のアジア諸国との間の近現代の歴史的事象の扱いに、国際理解と国際協調の見地から必要な配慮をする」という内容の近隣諸国条項を教科書検定の基準に追加した。教科書の記述に関し、近隣諸国に配慮するというものだ。だが、同条項が削除されると、日本の「侵略」が「進出」などといった記述に書き換えられる可能性がある。

東京= 車学峰(チャ・ハクポン)特派員

2013/06/23

日本の金でベトナム(ライダイハン)に賠償するという偽善


このニュースは、Eiji Nakanoさんも触れていたと思う。「韓国軍性暴行被害者は...一人で子供を育てたり、二世も日雇い労働者や街頭での行商などをしながら、不安定な生活を送っている」・・・いわゆるライダイハン問題。

しばしば、韓国が慰安婦を持ち出すならこっちはライダイハンを問題化させようというような議論を見かける。自分もライダイハンについて触れることはあるが、ライダイハン問題をカウンターの為に持ち出すのは違うような気がする。もともと韓国人はこの問題をあまり気にしていない。どこの国にもあった不祥事と見なされているからだろう。挺対協は元々女権論者の集団だから、韓国軍の性暴力にも批判的である。ユン・ミヒャンは著書の中で、日本のようになるな!と言って韓国人に反省を促している(苦笑)。ただし、彼女たちは韓国軍にも慰安婦がいたことには口を噤んでいる(理由は明らかだろう)。

日本の金でベトナムに恩を売ろうという挺対協は賢く、そして戦略的である。普通に考えれば、彼女たちと深い繋がりのある女性家族部(韓国政府)に救済措置を促すのが先だろうという話である。恩を売るというのは、彼女たちの国際ネットワーク作りの一環でもあるのだろう。

慰安婦被害ハルモニ ベトナム戦争性暴行被害者 助ける

日本軍慰安婦被害者のハルモニが、ベトナム戦争性暴行被害者のために支援基金を出した。

韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)は、日本政府から受ける法的賠償金である「ナビ(蝶々)基金」から、ベトナム人のグエン・バン・ルオン氏(43)、グエン・ティ・キム氏(女性・43)にそれぞれ6千ドル、4千ドルを送ったと17日、明らかにした。

挺対協は、日本軍慰安婦被害者の金福童(キム・ボクトン)ハルモニ(87)、吉元玉(キル・ウォンオク)ハルモニ(84)の意思により、ベトナム戦当時、派兵した韓国軍による性暴行で生まれたルオン氏とキム氏を助けることになったと明らかにした。日雇いでエビ獲りの仕事をしていたルオン氏は、挺対協の支援により、30年契約で畑を借り、農作業をすることができるようになった。キム氏は建物を借りて商店を開く予定だ。挺対協関係者は「ベトナム現地にいる韓国軍性暴行被害者は、大部分が(正式に)結婚できずに一人で子供を育てたり、二世も日雇い労働者や街頭での行商などをしながら、不安定な生活を送っている」と話した。

挺対協は、昨年3月慰安婦被害者ハルモニが、日本政府から法的賠償金を受けることになれば、戦争性暴行被害者を助けるのに使う予定だと明らかにした。しかし、日本政府が依然として賠償しておらず、ハルモニの意思に賛同する市民の寄付金でナビ基金を用意した。歌手のイ・ヒョリ氏が初代推進委員として500万ウォンを寄付し、約300団体と個人が参加して7千万ウォン以上が集まった。挺対協は、昨年コンゴ民主共和国の内戦での強姦被害者であると同時に他の被害者や子供たちを助けているレベッカ・マシカ・カチュバ氏を初の支援対象に選定して、毎月500ドル以上の活動費を送っている。

挺対協関係者は、「ハルモニの夢は平和だ。その意思がよく伝わるよう、必要なところに基金を送っていく」と話した。


追記: 木村幹神戸大学教授のツイート (2013.7.9)

木村幹教授がソウルの慰安婦博物館でインタビュー。「勿論、日本での議論も意識しての事です」、と博物館側。やはり、そういう事情もあったのか。しかし、そうした議論にすばやく対処できるのが挺対協の強みだろう。

2013/02/01

[資料] 慰安婦、朝鮮学校への支援呼びかけ


吉元玉ハルモニ

 ビデオレターですが、こうやってまた会えてうれしいです。
 頻繁に直接会って喜びを分かち合えればいいのですが、映像で失礼します。

 皆さんが「戦争と女性の人権博物館」建設に協力いただいたおかげで、無事に開館しました。これからもうまくいくようにたくさん広報してください。多くの人が関心を持って博物館を訪問してくれることを願っています。
 いつもウォノクが話すと「皆さんに助けて欲しい」「参加して欲しい」ばかりでしょ。他に何もありません。皆さんよろしくお願いします。

 それから金福童ハルモニと私とでナビ基金をはじめました。
 これにも協力してくれることは知っています。これからもより一層協力をお願いします。

 運動が20年と言いますが、私たちにとっては70年間胸を痛めて今日まで来ました。とても辛い道のりでした。私たちがもっとがんばればいいのだけれど……。だから後援するにも足りず申し訳ない気持ちですが、皆さんが助けてくれると有り難いです。

 もうひとつお願いがあります。

 我が民族の学生が日本の朝鮮学校に通っています。
 ところが日本政府はなぜその学生たちを支援しないのでしょうか。

 学ぶことで歴史が正されるのです。

 政府や民間が心を合わせて学生に教えることで、未来が明るく開けるのです。

 歴史を正しく知らなければ、どうやって生きていくのですか。
 私たちが何も知らないといっても、ある程度の歴史を知るべきです。歴史を知らないと愚か者になります。学生たちがしっかり勉強できるようにしてください。子どもたちはしっかり学ばなければ。学ぶことでしっかりと生きていけるのです。

 皆さんが朝鮮学校を支援してくださるよう、お願いします。

2013/01/31

アジアに慰安婦像計画、シンガポールでケチがつく


挺対協には像の設置を強行した前科がある(2011.12)

挺対協がシンガポールに慰安婦の像を建てようとしているという話は、昨年の11月にお伝えしたのだが、その時は、アメリカ絡みのニュースに比べて反応が鈍かった。自分としては、こちらの方が興味深いニュースだと思っていたので、少々意外だった。

ところが先週その続報があり、2chでもスレが立ち、今度はそこそこ注目されたようだ。タイミングが合わずにエントリーにはしないでいたが、更なる続報で面白い展開になっている。

まずは、先週の韓国紙の報道から。

シンガポールにも慰安婦平和碑「少女像」建てる

・挺対協、蝶々プロジェクト第一歩… 「3月中に建設場所確定」

日本軍慰安婦被害者キム・ボクトン・ハルモに(87)は15歳になった1941年、日本軍に強制的に連行された。 「娘を出さなければ財産を没収して外国で追い出す」という日本軍の脅迫をキム・ハルモニのお母さんは抗えなかった。 キム・ハルモにが初めて連れて行かれたのは中国、広東の日本軍慰安所であった。 以後キム・ハルモニは香港とシンガポール、マレーシアなどの慰安所で言いなりになった。

キム・ハルモには90を望む年齢になった今、毎週水曜日ソウル、中学洞の日本大使館の前で行われる水曜デモに出て日本政府の謝罪を要求している。 キム・ハルモニがデモする日本大使館の向いには2011年12月韓服を着た短い髪の少女が端正に座っている姿の彫刻像が置かれた。 水曜デモ1000回を迎え、日本政府に謝罪と賠償を促す意でたてた慰安婦平和碑だ。 キム・ハルモニが苦難に会ったシンガポールの日本軍慰安所の場所にも今年前半期に同じ少女像が置かれる。 韓国挺身隊問題対策協議会は太平洋戦争慰安婦被害者が連行されて行ったシンガポール慰安所の跡(?)に慰安婦平和碑をたてる計画だと22日明らかにした。

慰安婦平和費建設のために挺身隊対策協は来たる31日から来月3日までキム・ハルモニの証言に出てくる慰安所の場所と捕虜収容所の場所を直接現地調査する予定だ。 当初キム・ハルモニも一緒に行く計画だったが、高齢で長時間旅行が無理という判断に参加しないことで決定された。 挺身隊対策協関係者は「3月中に場所を確定して平和碑をたてられるようにシンガポール当局と協議中」と明らかにした。

シンガポール慰安婦平和碑建設は挺身隊対策協が独立報道機関<告発ニュース>とともに推進中の「蝶々プロジェクト」の一環だ。

蝶々プロジェクトは太平洋戦争当時日本軍慰安所が設置されたアジア地域を回って慰安婦平和碑をたてるという計画。 シンガポール慰安婦平和碑は蝶々プロジェクトの最初の成果だ。 挺身隊対策協関係者は「慰安婦問題を世界に知らせると同時に現地の被害者を賛えようとの趣旨で今回のプロジェクトを準備した」と話した。

京郷新聞 2013.1.22

で、このシンガポール当局と協議中という話だが、先方はそんな話は知らないと言っているとのこと。少なくとも中国メディアはそう伝えているらしい。この話は、ツイッターで教えて頂いた。ありがとうございます。

韓国の団体がアジア諸国に慰安婦像設置の計画、シンガポールは拒否―中国報道

シンガポール当局は30日、「シンガポールに従軍慰安婦像を設置することはなく、この件について韓国といかなる協議も行っていない」と表明した。環球網が伝えた。

インドネシアのジャカルタグローバル紙は30日、韓国の団体、韓国挺身隊問題対策協議会がこのほど、「シンガポールを皮切りに複数のアジアの国に慰安婦像を設置し、旧日本軍の性的奴隷となったアジアの女性たちの記念とする」と表明したと伝えた。同団体は、すでにシンガポール当局と協議し、代表団をシンガポールに送って最終プランを決定すると説明。シンガポール以外では中国やマレーシア、インドネシアに慰安婦像を設置する予定だとした。

シンガポール文化省は30日、「シンガポール政府と韓国挺身隊問題対策協議会が慰安婦像の設置について協議、検討したことはない」と表明した。
(編集翻訳 恩田有紀)


シンガポールの赤線地帯

余談。東南アジアにジャパン・バッシングの碑を建てて回ろうと計画している挺対協だが、現地東南アジアでは「韓国からおいでですか。カンボジアの売春産業の最大の支援国からいらしたんですね」と嫌味を言われているような状況で、インターポールの関係者をして「韓国のせいで東南アジアでは売買春が非常に盛んに行われている。そのためにわれわれもすることが多い」と嘆かせているらしい。こちらの方を何とかした方が良いのではないか?まぁ、この件に関しては日本人も他人の事は言えないのだろうが。

シンガポール当局は(中国紙の報道を信じるなら)挺対協との協議を否定したが、沖縄のように私有地に建ててしまうというやり方もある。慰安婦像をアジアに広めようという企て。挺対協は諦めないだろう。


追記: 現地の日本語メディアからも情報が出て来た。どうやら、挺対協側が拒否されたのは間違いなさそうだ。

シンガポール政府が韓国の活動組織による慰安婦像の設置要求を拒否

韓国の活動組織からのシンガポール国内でのいわゆる従軍慰安婦像の設置要求に対し、文化・共同体・青年省(MCCY)は1月30日、この件に関して何ら議論は行われていないとし、シンガポールにそのような像の設置をすることは認められないと発表した。

韓国のソウルに拠点を置く活動組織、韓国従軍慰安婦評議会のメンバーがシンガポール入りする予定だったが、文化・共同体・青年省の決定を受けて来星を取りやめた。シンガポールに像の設置を求めた理由として、同組織のリーダー、アン・セオン・ミーは、第2次世界大戦中シンガポールで慰安婦となり、現在も生存する88歳の韓国人女性キム・ボク・ドンに触発されたという。

同組織はシンガポール文化・共同体・青年省に直接依頼はしておらず、ソウルのシンガポール大使館に話し合いを申し込んだが、大使館側のスケジュールの都合で会うことができなかったという。

ソウルのシンガポール大使館は、文化・共同体・青年省の発表した内容以上のコメントはないとの声明を出した。


AFPも報じている。欧米メディアは、相変わらず20万人がdraftされたという解説付き。

2012/08/02

カリフォルニア州立大で慰安婦が訴える



現在慰安婦決議採択5周年ということで、挺対協が元慰安婦をアメリカに送り込んでいる。現地の韓国系市民団体との連携を図っているわけだが、NYやカリフォルニアでいろいろと動いている。これは、渡米している慰安婦の一人キム・ボクトンの講演会のお知らせ(講演は既に終了)。カリフォルニア州立大学のプレスリリースなのだが、アメリカで慰安婦問題がどのように認識されているか、あるいは宣伝されているかが分かる。

少し拾ってみると、事実上の慰安婦の総数の上限である20万人説(中国人研究者によるもっと極端な説もあるにはある)が、全て朝鮮人になっている。これらの朝鮮人女性はcapture(捕まった)ことになっている。誰が捕まえたという主語がないから、日本政府か日本軍に捕まり、性奴隷制に強制(forced into sexual slavery for Japanese soldiers)されたのが慰安婦ということである。つまり強制連行(徴用)だったと。実際には、父親から金を稼いで来いと女衒に売られたりしているのだが、アメリカではそういう風には理解されていない。

挺対協のユン・ミヒャン代表が簡単な説明を行い。その後質疑応答があった模様である。ユンがこういった誤解を訂正したとは思えないが、言うまでもなく挺対協の英語名はThe Korean Council for the Women Drafted for Military Sexual Slavery by Japan(日本国により軍隊性奴隷制に徴発された女性たちの為の韓国委員会)である。質疑応答でユンがどういう話をしたのか、とても興味がある。

この碑もキム・ボクトンの発案?

キム・ボクトンだが、物議をかもしているソウルの慰安婦像の発案者とされたり、これについてもいつか書く予定だが、蝶々基金(日本から賠償金を取って、その金でアフリカの性暴力被害者を救うという厚かましい企画)の創設者にされている。十中八九これらは挺対協(ユン・ミヒャン?)の発案だろうが、お婆ちゃん(グランマ/ハルモニ)の意思としておいた方が何かと有利なのだろう。

これとは別に、キム・ボクトンはハンギョレ紙のインタビューに、ロサンゼルス(カリフォルニア州)に慰安婦の碑を建てるのだと喋っているが、彼女たちは挺対協に利用されているに過ぎない、と思う。

Korean ‘Comfort Woman’ Bok-dong Kim to discuss dark years as a sex slave for soldiers

Bok-dong Kim was among approximately 200,000 so-called Korean “comfort women” forced into sexual slavery for Japanese soldiers before and during World War II.

PRLog (Press Release) - Jul 16, 2012 -

Los Angeles, CA—Bok-dong Kim was among approximately 200,000 so-called Korean “comfort women” forced into sexual slavery for Japanese soldiers before and during World War II. Now an activist seeking an apology and retribution from Japan for what they endured, she will share those struggles from her past, and her current fight, at Cal State L.A. on Thursday, July 26, from 10 to 11:30 a.m., in the Music Hall.

After Kim discusses the slavery and abuse that occurred during those dark years, a short talk will be provided by the director of “The Korean Council for the Women Drafted for Military Sexual Slavery by Japan,” which will be followed by a Q&A session. The council was established in 1990 to resolve the issue of what happened to the Korean women during the war, and recover human rights and dignity for the victims.

Like other Korean women who suffered at the hands of their captures more than 60 years ago, Kim is among those still alive who want compensation for the abuse.

“I was born as a woman, but have never had a woman’s life. I was dragged to the foreign army’s battles, and my entire life was ruined. When I started, the Japanese military would often beat me because I wasn’t submissive,” said Kim, as reported by CNN in March during a weekly protest that has been held outside the Japanese embassy in Seoul for the past 20 years.

It was in 1941—at the age of 15—when Kim was first sent to serve as a sexual slave in “comfort stations” in China, Hong Kong, Indonesia, Malaysia, and Singapore.

Kim continued, “Every Sunday, soldiers came to the brothel from 8 a.m. until 5 p.m., and on Saturday from noon until 5 p.m., plus weekdays. It was very hard to handle. I couldn’t stand at the end of the weekend. Since I had to deal with too many soldiers, I was physically broken.”

Kim, who was born in Yangsan, Gyeongsangnam-do Province, South Korea, in 1926, believes her inability to have children is the result of the sexual abuse.

After several years of slavery, Kim was captured in 1945 by the U.S. military and became a prisoner of war. She returned to Korea a year later at the age of 20, and didn’t report her ordeal until 1992, the year she began her weekly protests in front of the Japanese embassy.

In 1993, Kim attended and testified at the “World Human Rights Conference” in Vienna, Austria, and has since testified during other events in Japan and the United States.

Last year, Kim proposed building a “Peace Monument” in front of the embassy in Seoul. This year, she founded the “Butterfly Fund,” which helps victims of ongoing sexual violence in Congo and Uganda.

The issue of comfort women continues to create friction between Korea and Japan.

The event is sponsored by the KAFC/ Korean American Forum of California.

PRLOG 2012.7.16