2010/12/18

モジモジする朝日新聞【07年】梶村太一郎の困惑



こういった問題では、「分かっていて書いてる」人も少なくないが、この人は70年代からベルリン在住だというから、「分かっていない」可能性もある。ただ、吉見義明の著書にも目を通しているから、海外生活が長すぎて国内の事情にまったく疎くなっているというほどでもないだろう。

朝日新聞が「暗がりからいきなり日向に出て」目がくらんだような状態になっているのは、疾しいところがあるからだ。

子供が悪戯をした。ところが、まったく関係ない弟が叱られている。「ボクじゃない」と泣いている弟。それを見て、本当のことを言えずにオロオロしている。朝日新聞は言ってみればそんな気持ちだったろう。J-Castが伝えているように。

これは07年の季刊中帰連に掲載された文章の一部。

盧武鉉韓国大統領も、この日の記念演説で、米下院外交委員会の公聴会での元従軍「慰安婦」たちの証言について「いくら天を手で遮っても、日帝が犯した蛮行を国際社会が許さないことを、いま一度確認した」と述べている。

ところが、よりによってこの日、安倍晋三首相は記者会見で、この米下院外交委員会に提出された「従軍慰安婦問題で日本政府への謝罪を要求する決議案」に関連し、「河野談話」について致命的な発言をしている。・・・

世界中の主要メディアからの批判が起こり・・・だが、馬耳東風の安倍首相は、五日の参議院予算委員会で「狭義の強制性」を「官憲が家に押し入って、人さらいのごとく連れて行く行為」と定義し、「慰安婦狩りのような官憲による強制連行的なものがあったと証明する証言はない」と答弁・・・

情けないのは事態を見抜けない日本のメディアだ。朝日新聞は六日の社説では「政府は(安倍首相も継承するとしている)河野談話に基づいてアジア女性基金を発足させ、元慰安婦への償いの事業に民間と協力して取り組んできた」、「米議会に対しては、こうした首相の(謝罪の)手紙などの取り組みを説明すればいいことだ」と、この程度の認識だ。「いらぬ誤解を招くまい」との見出しには吹き出してしまった。・・・

ニューヨーク・タイムズとロサンゼルス・タイムズ両紙の社説や寄稿との落差は歴然としている。・・・これらと比べると朝日の社説は、暗がりからいきなり日向に出て目がくらみ、サングラスをかけて書いたようなものだ。・・・

村山元首相の良心と尽力(引用者注:アジア女性基金)は否定できない。だがこの言葉に、巻き起こっている国際世論に吹き飛ばされる木の葉のような印象を持ったのは、わたしだけではあるまい。この基金には日本人の良心の枝葉はあっても、日本の国家責任という根が無かったのだ。・・・

そして今も、多くの強制労働の犠牲者と、米下院の決議案が指摘しているのも国家責任なのである。国会での謝罪決議と、それに基づく補償立法によるしか、この問題の解決は不可能なのである。

日本のメディアだけが、この認識を探りかねて濃い霧の中で右往左往している状態だ。蒙が啓かれていないのだ。・・・(梶村太一郎








・・・盧武鉉韓国大統領も、この日の記念演説で、米下院外交委員会の公聴会での元従軍「慰安婦」たちの証言について「いくら天を手で遮っても、日帝が犯した蛮行を国際社会が許さないことを、いま一度確認した」と述べている。

ところが、よりによってこの日、安倍晋三首相は記者会見で、この米下院外交委員会に提出された「従軍慰安婦問題で日本政府への謝罪を要求する決議案」に関連し、「河野談話」について致命的な発言をしている。朝日新聞によれば概要は次の通りだ。

問「自民党議連で河野談話見直しの提言を取りまとめる動きがあります」
首相「当初、定義されていた強制性を裏付けるものはなかった。その証拠はなかったのは事実ではないかと思う」
問「強制連行の証拠がないにもかかわらず(強制性を)認めたという指摘もあります。談話見直しの必要性は」
首相「(強制性の)定義が(「狭義」から「広義」へ)変わったということを前提に考えなければならないと思う」
問「(議連の動きは)中韓との関係に水を差す懸念はありませんか」
首相「歴史について、いろいろな事実関係について研究することは、それはそれで当然、日本は自由な国だから、私は悪いことではないと思う」

最悪のタイミングだ。素早い反発が、まずはアメリカからあった。二日付でニューヨーク・タイムズは「安倍発言は、従軍慰安婦問題で首相が旧日本軍の関与を認めた河野洋平談話の見直しを準備していることを最も明確に示した」とし、ワシントン・ポストも「発言は従来の日本政府の見解と矛盾し、中国、韓国の反発を招くのは確実」と報道。これを皮切りに韓国外交通商省は翌三日「歴史的な真実を糊塗しようとするものであり、強い遺憾を表明」した。韓国をはじめ、世界中の主要メディアからの批判が起こり、アメリカの知日派や親日派の知識人らも反発し、それまで下院決議案に反対していた議員も当惑して賛成へまわり始めた。また四日には、AP通信社が加害者の証言として、金子安次氏の英文インタビューを写真入りで配信し、フィリピンの元「慰安婦」たちの抗議デモの記事とともに各国で報道された。すでにこの時点で世界は証言を採り上げて、安倍首相に対する不信を露わにしている。

だが、馬耳東風の安倍首相は、五日の参議院予算委員会で「狭義の強制性」を「官憲が家に押し入って、人さらいのごとく連れて行く行為」と定義し、「慰安婦狩りのような官憲による強制連行的なものがあったと証明する証言はない」と答弁、「米下院の決議案は客観的事実に基づいていない。決議があっても謝罪することはない」と断言した。これで後戻りは決定的に不可能になった。

情けないのは事態を見抜けない日本のメディアだ。朝日新聞は六日の社説では「政府は(安倍首相も継承するとしている)河野談話に基づいてアジア女性基金を発足させ、元慰安婦への償いの事業に民間と協力して取り組んできた」、「米議会に対しては、こうした首相の(謝罪の)手紙などの取り組みを説明すればいいことだ」と、この程度の認識だ。「いらぬ誤解を招くまい」との見出しには吹き出してしまった。これに畳み掛けるように掲載された同日のニューヨーク・タイムズとロサンゼルス・タイムズ両紙の社説や寄稿との落差は歴然としている。そこでは、安倍発言を「修正主義」と指摘し、「真実をねじ曲げ、日本の名誉を汚している」、「首相の発言によって被害者はさらなる苦しみを味わった」と厳しく批判。さらに「日本の国会は生存する犠牲者に謝罪し、公的な賠償を支払うべきだ」と主張している。これらと比べると朝日の社説は、暗がりからいきなり日向に出て目がくらみ、サングラスをかけて書いたようなものだ。

さらに皮肉なことにこの日、三月末に解散する「女性のためのアジア平和国民基金」の村山富市理事長が記者会見し、「みなさんの傷が償い金で解消するとは思わないが、政府、国民の協力で粘り強く取り組んできたことは理解いただけたのではないか」と述べている。村山元首相の良心と尽力は否定できない。だがこの言葉に、巻き起こっている国際世論に吹き飛ばされる木の葉のような印象を持ったのは、わたしだけではあるまい。この基金には日本人の良心の枝葉はあっても、日本の国家責任という根が無かったのだ。日本的な「生け花」のようなものだ。寿命は短い。そして今も、多くの強制労働の犠牲者と、米下院の決議案が指摘しているのも国家責任なのである。国会での謝罪決議と、それに基づく補償立法によるしか、この問題の解決は不可能なのである。日本のメディアだけが、この認識を探りかねて濃い霧の中で右往左往している状態だ。蒙が啓かれていないのだ。

ところで、歴史修正主義者が大半を占める安倍政権下の国会で、辻元清美衆議院議員が八日に提出した「安倍首相の『慰安婦』問題への認識に関する質問主意書」に対する、安倍内閣総理大臣による政府答弁書が出されたのは一六日のことだ。彼女が即時それをHPに掲載したところ、AP通信が引用し「この政府公式見解には『政府は発見した資料の中には、軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述も見当たらなかった』とあり、強制売春には証拠がないと主張している」と速報した。オランダのバルケンエンデ首相は一九日、同国の公共ラジオで「わたしがこの報道を知ったのは、この日の閣議の席です。この報道は確かなもので、急いで外務大臣に日本大使に接触するようその場で要請しました。決して無視できないことですから」と述べている。一七日のオランダの主要紙は「日本大使を召喚」との一面の記事で「首相は慰安婦に強制的に売春行為をさせたことを否定する日本政府に立腹している。犠牲者のなかにはオランダ人もいた。この種の発言について過去数週間に何度か説明を求めているのに明確な回答を得ていないので、日本大使の召喚を決定した。首相は『日本政府の最近の方向転換の理由がなんであるのかに非常な関心がある。(新たな否定に)不愉快な驚きを覚えている』と述べた」と伝えた(NRCハンデルスブラット紙。村岡崇光氏の翻訳による)。オランダの首相が激怒するには十分な理由があるのだ。

ところで、中山成彬議員を会長とする自民党の国会議連「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」が八日に政府に対して提出した「慰安婦」問題での提言書に、次の言葉がある。

「我々の調査では、民間の業者による本人の意思に反する強制連行はあっても、軍や政府による強制連行という事実はなかった。一件だけ、ジャワ島における『スマラン事件』があったが、これは直ちに処分されており、むしろ軍による強制連行がなかったことを示すものである」

すなわち、彼らですら否定することができない強制連行の証拠がオランダ人「慰安婦」に関してあるのだ。このハーグの王立公文書館に眠っていた史料を初めて手にして訳出した日本人は、他ならぬわたしである。

いきさつはこうだ。一九九二年の春、当時オランダの元捕虜や民間人が起こそうとしていた強制労働補償裁判の準備のために、新美隆弁護士、田中宏教授らがオランダを訪問したのに同行した。九〇年に結成された「対日道義補償請求財団」との協議のなかで、理事長が「強制売春の被害者はわたしたちの仲間にもおり、裁判記録もある」と述べたのだ。当時は韓国人「元慰安婦」の三人が初めて提訴して半年にもならない時期である。聞き逃せない言葉だ。やがて理事長からベルリンのわたしのもとへ、バタビア臨時軍法会議によるBC級戦犯裁判の中の強制売春に関する二件の判決文と公判記録の分厚い書類が届いた(上の写真)。

当時は使用に価する蘭日辞典などもないため、蘭独辞典を脇に解読を試みたのだが、その内容に眠られぬほど興奮したことだけは忘れられない。問題は正確な翻訳の実現だ。一計を案じたわたしは、ドイツ人の友人を通してドイツ語が抜群にできるオランダ人を捜した。ドイツ人女性と結婚してベルリンに在住しているオランダ人をうまく紹介してもらうことができた。自宅に訪ねてみると、なんと彼は若いのにインドネシア領ニューギニア生まれで、母方の祖母がインドネシア人であるという。事情を詳しく話してドイツ語への翻訳を承諾していただいたのだが、その時の彼の言葉も忘れられない。「もしこの話を、わたしの父がここで聴けば、目の前のテーブルの上に飛び乗り、地団駄を踏んで怒り狂うでしょう。それほど日本人を恨んでいます」と言うのだ。オランダに健在である老父も日本軍に長年抑留され、インドネシアの独立で財産を一切失ったひとりなのだ。

とまれ、彼マトーさんのすばらしいドイツ語訳と原文を前に翻訳をすすめ、朝日新聞が第一報をしたのは七月二一日。それを終えて、夏休みを兼ねて直接ハーグの公文書館とアムステルダムの戦争資料館を長期間訪問し、新たに史料提供を受けた。それらを基にして、かなり詳しい報道ができたのは八月末になってからである。その間、オランダ紙も詳しく事実と背景を報道している。同地でも大ニュースとなった。

オランダ政府はこれを契機に、膨大な史料を専門家にゆだね、九四年一月に「日本占領下蘭領東印度におけるオランダ人女性に対する強制売春に関する政府所蔵文書調査報告書」を発表した。いわゆる「慰安婦」問題とは、事実において「日本軍による直接の強制売春でもあった」ことを証明する動かぬ証拠史料である。「スマラン事件」だけでも死刑一名を含む一一名が強制売春罪などで有罪となった。他に同計画を始めた大佐は日本国内の自宅で連合軍の尋問を受け、裁判を逃れるため二日後に寺院の境内で割腹自殺している。彼は「強制の責任を他に押し付ける遺書」を残しており、軍法会議の証拠となっている。(注1)

したがって「発見した資料の中には、軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述も見当たらなかった」とする政府答弁は、九三年八月の河野談話以前の言い分であっても、朝日新聞の報道と、遅くともオランダ政府報告書発表後は日本政府としては決して採れないはずだ。オランダ政府が、「日本政府は見解を変えた」と判断して釈明を求めるのは、極めて正当な要求である。

にもかかわらず、安倍首相が、いまだにこのような答弁を平気でするのは、前述の「提言」にあるように「スマラン事件」は「これは直ちに処分されており、むしろ軍による強制連行がなかったことを示すもの」とする見解によるからだ。彼が先輩の中山成彬議員ら歴史修正主義者たちによる、絵に描いたような史実の曲解を信じているからに他ならない。

ここでの「直ちに処分された」とは、東京の陸軍省俘虜管理部の小田島大佐が抑留所視察の際、たまたま娘を強制連行された親から事実を知らされ、慰安所閉鎖処置を命令したことを示すが、それだけである。このことは軍が強制連行と強制売春が違法であることを承知しており、「強制連行があった」ことの証拠にはなっても、決して「強制連行がなかったことを示す」ものではない。事実は、陸軍刑法で禁止されている強姦罪などで処罰されるべきであったのに、日本軍による関係者の処分は一切無かったのである。処罰はオランダの軍法会議で行なわれたのであった。

ところで、史実を広義と狭義にわけて否定する手口は、歴史修正主義の常套手段でもある。欧米社会では、いわゆる「ホロコースト否定」派との論争で、これとの闘いの体験を積み重ねており、一切通用しない恥ずべき、特にドイツでは犯罪のレトリックとして排除される。「広義の強制連行はあっても、狭義の官憲による直接の強制連行の資料はない」とする政府答弁書の立場は、九二年のドイツ連邦政府の議会における答弁「ナチスによるユダヤ人虐殺はあっても、証明されている歴史事実であるガス室での大量虐殺は、命令書など証拠が発見されないため無かったなどとするのが狭義の修正主義である」との定義にそのまま当てはまっている。したがって一六日の政府答弁は安倍内閣が歴史修正主義の立場を採ることを閣議決定で表明したことになる。撤回する以外に、国際社会ではいかなる弁明の余地もないことを知るべきである。

さて、連日の関連報道を見ていると一四日、韓国の中央日報のニューヨーク特派員による「クールに進めよう対日外交」とのコラムが目についた。「韓国の対外関係は『感情外交』に流れることが少なくない」「『渇淵而魚(池の水を抜いて魚を獲る)』という故事成句がある。目的のために手段・方法を問わなければ、後に得るものがなくなるということだ。対日外交も同じだ。感情で押し通せばすぐに何かを得るかもしれないが、副作用も少なくない」と南禎鎬氏は、冷静さを促している。その通りである。安倍政権の歴史認識は、世界の中では「水を抜かれた池の魚」であるとの認識があるのだ。そこでわたしが連想したのは「凅轍の鮒(乾いた轍の中の鮒が互いに唾沫で相手を湿らせながら生きながらえようとすること)」という荘子の故事だ。日本の歴史修正主義者たちの言論は、国内では喧しいが、実はもうすぐ「枯魚(干物)」になる運命の「鮒の唾沫(つば)」のようなものだ。

前述のように、わたしは九二年の夏休み、家族連れでオランダを訪問した。連れ合いと子どもたちは観光と海水浴へ、わたしは公文書館で史料の閲覧の毎日であった。そのころすでにオランダ政府は、オランダ人女性強制売春に関する報告書作成の準備に着手していた。このとき信頼関係ができた政府関係者のひとりから次のようなことを聴いた。「『スマラン事件』は氷山の一角で、おそらくヨーロッパ系の女性の被害者で確認できるのは数百人でしょう。しかし、中国系被害者はもっと多く、インドネシア人女性にいたっては膨大な人数です。その史料もありますが、内容がすさまじく、外交的配慮から公表はできません」
こう語る相手の真剣な表情がいま甦ってくる。あれから一五年後の今、安倍政権が政府答弁を撤回しないかぎり、それに応じたオランダ政府の「外交的配慮」の変化もありうると十分推定できる。そうなれば歴史の大きな闇が、また天日下に曝され、ついに「轍鮒を枯魚の市に訪う」ことになるであろう。 (梶村太一郎)

季刊中帰連40号 07.5