2014/06/01

NYTと朝日に寄稿したメアリー・マッカーシー(MARY McCARTHY)は腹を割っていない


日本軍性奴隷話を本気にしているのかしてないのか、
日本人読者に曖昧にしたまま

「撤去を求める日本側の姿勢が米国民の言論・表現の自由を侵すものとさえ解釈される」・・・グレンデールでは(古参の)日系人米国人すらそういう反応を見せていたから、メアリー・マッカーシー(ドレイク大学准教授)のアドバイスは傾聴に値する。ようするに、頭から反発するのではなく、じっくりと話し合ってアメリカ人を説得せよということだろう。

ただし、である。この人は一年前ニューヨークタイムズにどの様なことを書いていたか。・・・例によって、インドネシアで発生したオランダ人女性に対する性暴力事件の話を冒頭に、この女性が日本帝国軍に性奉仕を強制された主に朝鮮人からなる20万人の(慰安婦の)一人に過ぎないと解説し、日本政府は河野談話で謝罪するまで何十年にも渡り公式に否定していたと書いたのである。一年以上前のものであるから、この間に考えが変わったのかもしれないが、この人は2001年から日本の歴史修正主義を研究し、日本政治を教える専門家である。

彼女は、近所の噂を真に受けてAさんの悪口をコミュニティ紙に書いたのである。Aさんは、それは事実無根だと怒っている。怒るのでなく話し合いの中でご近所の理解を得よと正論を言う前に、自分が書いた事を今でも事実と信じているのか、それとも早とちりだったかもしれないと思いつつ、今のようなやり方では理解されないと忠告してくれているのか、日本人読者に明確にすべきだろう。

朝日新聞に掲載された彼女の忠告は真っ当なものだが、彼女がニューヨークタイムズに書いた内容を訂正したという話は聞かない。彼女は日本人読者に対して腹を割って話していない。

(私の視点)慰安婦問題 米社会の見方知り対話を メアリー・マッカーシー

旧日本軍慰安婦の問題について、米国では2007年に下院が日本の首相に謝罪するよう勧める決議を採択している。このころはまだ、慰安婦問題が与える日米関係への影響は限定的だった。

しかしいま、元慰安婦をめぐる米国世論の関心は当時より高まっている。慰安婦の碑や像が米国各地の公園など公共空間に設置され、日本側が撤去を求めている問題が注目を集めているからだ。

慰安婦の碑や像は韓国系米国人らのロビー活動により、10年にニュージャージー州で初めて設置され、ニューヨーク州、カリフォルニア州と続いた。日本の議員らは碑に刻まれた文言が事実ではないとしているが、こうした姿勢が米国で理解されるのは難しいだろう。慰安婦問題の是非とは関わりなく、碑や像に対する米国民の見方が米国のアイデンティティーそのものに関わってくるからである。

米国では、各移民の歴史やそれぞれの先祖から受け継いだ記憶を碑や像で示すことが珍しくない。今回の問題のようにデリケートな論争が移民の母国を含めて国内外で交わされる場合もあるが、碑や像は米国が世界のどの国より多くの移民を受け入れてきたことの表れである。設置することで過去の記憶をたどり、現在や未来にも思いをいたす。つまり、米国民の間で慰安婦の碑や像は、日本への攻撃ではなく韓国系移民の間で語り継がれてきた歩みの投影だとみられているのである。

撤去を求める日本側の姿勢が米国民の言論・表現の自由を侵すものとさえ解釈されるのは、こうした米国の価値観が傷つけられたという思いが根底にあるからだ。

私がいま日本に望むのは、このような米国民の受け止め方を受けいれるとともに、米国の地域社会で積極的に慰安婦問題についての対話と教育を実践することだ

慰安婦をめぐる米国での議論はいま、歴史的事実や法の枠を超え、ナショナリズムや女性の権利、人身売買などあらゆる現代の問題に広がっている。簡単なことではないが、米国の地方自治体や学校、韓国系米国人社会にも入って議論を交わしたらいい。碑の文言や表現をめぐってかみ合わないことも多いだろうが、そうした論争が生まれた背景を対話と教育の場で考えることにも意味がある。

単に撤去を求めるのではなく、共に議論し、共に考えていくことこそが米国社会に快く受け入れられてもらえるはずだ。

(Mary McCarthy 米ドレイク大学准教授)

朝日 2014.5.20

これは、マッカーシーが昨年ニューヨークタイムズに寄稿したもの。

Japan Can Champion Women’s Rights
By MARY M. McCARTHY

“THEY started to drag us away, one by one. ... I hid under the table, but was soon found. ... The Japanese officer ... took his sword out of its scabbard and pointed it at me, threatening me with it, that he would kill me if I did not give in to him. I curled myself into a corner, like a hunted animal that could not escape.”

Thus, Jan Ruff O’Herne, a Dutch woman born in Java in 1923, recounted the abuse she suffered at the hands of the Japanese military as a World War II “comfort woman,” or sexual slave, at a 2007 U.S. House subcommittee hearing.

This was only the first of the rapes that she would endure every day and night for months after she had been “forcibly seized” from a Japanese civilian internment camp at age 19 and brought to a brothel for Japanese servicemen. O’Herne was one of up to 200,000 mostly Korean, but also Chinese, Dutch, Japanese, Filipino, Indonesian and other women coerced into sexual servitude by the Japanese Imperial Armed Forces.

In 1993, after decades of official denials, Yohei Kono, the chief cabinet secretary, issued a formal admission and apology to the women following an extensive government study. Many conservatives in Japan have never accepted the so-called Kono Statement, most notably Shinzo Abe, the new prime minister. On Thursday, the new chief cabinet secretary of the Abe government, Yoshihide Suga, said that historians and other experts should re-examine the Kono Statement. Knowing the shaky ground on which the apology stands amid longstanding conservative calls to rescind or revise it, what many comfort women have sought is an official Japanese government apology (a cabinet decision) and state compensation. This seems as far from becoming reality as it has in the last two decades.

This type of revisionist atmosphere has become a significant obstacle to smooth relations between Japan and its neighbors. It is also of profound concern to the United States, two of whose most important allies in the region are Japan and South Korea, which are at odds over the comfort women issue.

But this is not only a matter of Japan’s foreign relations, U.S. strategic interests, or history. Its global import is inextricably tied to the real-life circumstances of women and girls in conflict-ridden zones and other unsafe situations throughout the world today.

When the U.S. House passed a resolution in 2007 calling on Japan to acknowledge and apologize for the “coercion of young women into sexual slavery” during the 1930s and 1940s, the comfort women issue was immediately reframed as one of women’s rights and human rights. Since then, the comfort women issue has gained wide support nationally and internationally because of the plight of women and girls caught up in the brutal business of human trafficking. The United Nations reports that there are 2.4 million current victims of human trafficking, 80 percent of whom are being used as sexual slaves. Sexual violence (defined by the U.N. as including rape and forced prostitution) also continues to be part of the reality of armed conflict, as we have seen in Bosnia, the Democratic Republic of the Congo and Libya.

This is not a history issue, nor solely a Japan-South Korea issue. It is a human rights and women’s rights issue.

Last month, Japanese voters put the Liberal Democratic Party back in power. One of the characteristics that Japanese citizens clearly thirst for in the new government is leadership. Thus far, Abe has chosen to display his leadership qualities, in part, by emphasizing historical revisionism. This will probably not take him very far, as evidenced by his previous short-lived stint as prime minister in 2006-2007. During that one-year term, Abe challenged claims that women had been coerced into becoming comfort women but later apologized to the women “as prime minister” and ultimately stood by the Kono Statement.

Given the mood of the Japanese public, it is unlikely that there will be much movement on the comfort women issue by this government. Still, an opportunity exists to transform the debate, to instill national pride in the country’s young people by making Japan a protector of human rights and a defender of the disempowered on the global stage, and to take concrete steps so that problems of sexual servitude and rape in war actually do become issues of history.

Mary M. McCarthy is an assistant professor of politics and international relations at Drake University and a Mansfield Foundation U.S.-Japan Network for the Future Scholar.

9 件のコメント:

  1. 記事内容、および慰安婦問題と関連性が無く申し訳ありませんが、blogosに興味深い記事が掲載されていたので報告いたします。

    (私個人は当該の朝日の記事を読んでおりませんし専門知識もありませんので、どちらの主張が正しいのかは判断いたしかねますが、即座に反論される記事を掲載してしまうのは如何なものかと感じています)

    http://blogos.com/article/87529/

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    1. 原発問題には詳しくありませんが、朝日新聞や東京新聞の報道を見ると、ちょっと冷静さを欠いているような気がしてなりません。

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  2. メアリー・マッカーシーですか。曖昧な表現、織り込まれたメタファー、過大な主語、ネガティブ感情語表現、朝日と同じ種類のプロパガンダ手法ですね。

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    1. 結局の所、今の国際的な日本軍性奴隷キャンペーンをどう思っているのか。事実だと思っているのか、肯定するのか、という点を曖昧にしていますね。両者とも。

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  3. 田淵記者も橋下の発言を、慰安婦は便利だった「useful」と曲解を招くように恣意的な翻訳をしていますね。
    http://www.nytimes.com/2013/05/14/world/asia/mayor-in-japan-says-comfort-women-played-a-necessary-role.html?_r=0

    この後に例の外国人記者クラブでの橋下の記者会見(5/27/2013)がありましたけど、日本語同士でも「そんなことは言っていない」というケースは多々あるのに、こうい恣意的な翻訳は見えにくいために非常にやっかいです。悪用されると、記者自身の個人的なレゾンデートルとゴチャゴチャになってしまいますし、メアリー・マッカーシーも時流(?)に乗り遅れまいとしているだけのように見える。

    自分の現在のキャリア作りに利用しているだけだと言い切っている、知日家も居ますね。個人ブログで恐縮ですが日本在住、数十年の欧州人の意見です。
    http://weblog.naruhodo.com/index.html?blog=8

    日本政府の謝罪リスト、2005年まで
    http://weblog.naruhodo.com/index.html?blog=3

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  4. このおばはんは、日韓関係が今やおばはんの想像をはるかに超えて険悪だということに思いが至っていないようですな。

    日本企業による対韓国投資額の激減、日本人の対韓国旅行者の激減、日本国内の韓国大衆文化の消滅を何と見るか。次に韓国が経済危機に陥っても日本は助けませんよ。

    表現の自由・言論の自由というが、一方的に韓国の反日運動家の言い分のみを採用して、日本側の言い分を無視していい道理なんてない。それは魔女狩りにも等しい行為であって、絶対に受け入れられない。

    日本人による報復がどれほど呵責のないものか、見るがいいさ。

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    1. 一応、日本政治の専門家らしいのですが・・・。

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  5. 今の嫌韓感情は20代を中心に全世代に及んでいるのが特徴だ。ということは、直ちに改善があったとしても、向こう40年ぐらい、日本人の間から嫌韓感情が抜けることはまずないと見ていい。この40年の間には韓国が外貨不足に陥る、あるいは北朝鮮が崩壊して難民が韓国内に流入する事態は充分に有り得る。そのとき、政治の指導者が韓国に救いの手を差し伸べようとしても、世論が待ったをかけてしまう状況は想像に難くない。

    とうとう、日本人を怒らせてしまったね。

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    1. 最近の中央日報の記事などを読むと、ようやく「怒らせてしまった」という事を理解し始めたような気配が・・・。

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