2014/03/23

林博史教授また重要な発見


また林教授が重要な(!)発見をしたらしい。「戦争犯罪の対象に問われないよう(軍が工作した)」と補ったのは共同だが、記事で見る限り林教授も「軍の関与を裏付けるもの」としか言っていないようである。

「軍の資金で慰安所口止め」 元日本兵、60年代に供述

 旧日本軍の従軍慰安婦問題で、太平洋戦争中にインドネシアのバリ島に海軍兵曹長として駐屯していた男性が、1962年の法務省の調査に「終戦後(慰安所を戦争犯罪の対象に問われないよう)軍から資金をもらい、住民の懐柔工作をした」と供述していたことが分かった。

 元兵曹長は「(慰安婦として)現地人など約70人を連れてきた」「他にも約200人を部隊の命で連れ込んだ」と連行の実態も説明していた。

 関東学院大の林博史教授(日本近現代史)の研究室が国立公文書館(東京)保管の資料で見つけた。林教授は「河野洋平官房長官談話が認めた軍の関与を裏付けるもので重要だ」と評価している。

47ニュース(共同) 2014.3.22

6 件のコメント:

  1. 共同って林さんを相手にするのもいい加減にしてね
    やれやれ・・・

    【週刊新潮】「河野談話をこえて謝れ!」.
    .韓国に利用される日本人“売国学者”林博史教授
    (関東学院大)の自虐
    週刊新潮3月27日花見月増大号28P:
    http://upjo.com/up3/data/sintyo.JPG
    <河野談話の維持・発展を求めます>…
    3月8日、こんな署名活動がにわかに始まった。
    署名運動の仕掛け人は関東学院大学の林博史教授。

    この人物、「日本の戦争責任資料センター」の研究事務局長で、
    慰安婦問題の第一人者・吉見義明氏の弟子筋にあたる。
    そして、国立公文書館などを探して慰安婦の強制連行を示す文書を
    見つけたと騒ぎ立てる有名人なのだ。
    時には韓国のマスコミも氏の“新発見”に大騒ぎするパターンが
    繰り返されてきた。
    彼は、見つけた資料が「談話」を決定的にする証拠とばかりに
    得々と語るのだ。
    <河野談話を見直すのであれば、むしろ強制性を
    確実に認める方向でなくてはならない>
    <日本政府は(女性を)自宅から強制的に連れて行ったという
    文書の証拠がないと主張している。
    犯罪者が犯罪事実を文書に残すはずがない>   

    現代史家の秦郁彦氏、うんざりした様子で言う。
    「これらの裁判資料は新発見でもなんでもありません。
    林さんが見つけたと言っているのは、陸軍中将が強姦などの
    罪に問われた『南京12号事件』の起訴状や、
    海軍大尉ら13人がインドネシアで裁かれた
    『ポンチャナット13号事件』の判決文などです。
    事件は既に裁かれており、内容も明らかになっている。
    もちろん、慰安婦の組織的な強制連行があったと主張するのは
    無理がある内容ばかりです」

    林教授は3月7日の「韓国日報」にも登場して、
    <強制連行を立証する文書は日本国内だけでも
    400件以上発見されている>と豪語しているが、
    そんものがあるはずもなく、日本政府は無視。
    証拠を見つけたと言ってはマスコミを煽るその手法は、
    まさに“売国”。こんな学者を重宝していたら、
    朴槿恵大統領も自分の首を絞めるだけである。
    http://ai.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1395492921/

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    1. うちにも、週刊新潮から問い合わせがありました。
      お役に立てませんでしたが。

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  2. なぜだか日本より韓国の方がもう少し詳しく報道してますね。しかも2週間前W。

    http://www.excite-webtl.jp/world/korean/web/?wb_url=http%3A%2F%2Fwww.yonhapnews.co.kr%2Finternational%2F2014%2F03%2F07%2F0602000000AKR20140307169600073.HTML&wb_lp=KOJA&wb_dis=2&wb_chr=

    >この前職日本軍病死(兵士)は"終戦後郡守部と施設部に強硬に談判して約70万円を工作費で受けて各村長を通じて住民懐柔工作に使った"と明らかにした後"これは完全に効果をみた"として"最も心配した慰安所件は一件も提訴されなかった"と話した。

    >これはインドネシアに駐留中だった日本軍が1944年オランダ女性などを連行してジャワ島スマラン近郊に抑留して軍隊慰安婦としたいわゆる'スマラン'事件にかかわった日本軍病死(兵士)が1962年8月証言したのだ。

    つまり「白馬事件・また白馬事件・いつもの白馬・そして白馬事件」のアレを張って下さいな、と...。

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    1. 時間があれば、これも付け加えようかと。

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  3. 共同通信のこのエントリーの頃から、なんか変だなと
    気になっていて、更に詳しく赤旗からでたので・・

    2014年4月7日(月)
    「慰安婦」強制に新証拠
    日本軍、200人をバリ島に連行
    関東学院大・林教授ら 赤旗
    http://news.livedoor.com/article/detai
    http://www.jcp.or.jp/akahata/aik14/2014-04-07/2014040714_01_1.html
    一度に二百人は多すぎな印象でへんだなと思ったら、
    戦中の前後約4カ年間に二百人位(くらい)の婦女を
    慰安婦としてでしたか・・

    記事より軍が隠蔽工作
     さらに、「終戦後、軍需部、施設部に強硬談判して、
    約70万円を本件の工作費として貰(もら)い受け各村長を介して
    住民の懐柔工作に使った。これが完全に功を奏したと見え、と
    ありますが、これって吉見理論でいうところの終戦後は
    軍票は紙切れになったんですよね?おかしいですね。

    さらにいうと、吉見さんは慰安婦が高収入だったことの否定に
    軍票乱発でインフレがおき価値が下がったといってますが
    全地域で一律に高インフレかといえばそれは違います。
    フィリピンは確かにインフレが顕著でした。

    林教授のこの話で吉見さんの理論の一角が破綻しますね、
    終戦後も日本円が現地で有効だったと言っている。
    まあ、安教授の従業員の日記にあるように
    戦地の慰安婦らは貯金をし実家の朝鮮半島に
    送金しています。
    慰安婦らがインフレで生活苦なんて
    日記にみあたりませんでした。
    送金先の朝鮮半島は日本本土と同じく統制経済と思われ
    戦地とは事情が違うので当然インフレ率は低いわけです。

    http://ja.wikipedia.org/wiki/日本の慰安婦
    9 戦時中の慰安婦の諸側面
    9.7 報酬・利用料金  収入 より
    吉見義明は「慰安所の開設にあたって最大の問題は、
    軍票の価値が暴落し、兵たちが受け取る毎月の棒給の中から
    支払う軍票では、慰安婦たちの生活が成り立たない
    ということであった。」と推定している[90]。
    ・・・という推定はこの記事のとおり?ならば、
    林教授が崩してしまったという側面も浮き彫りになるのです。

    それと赤旗の記事では七十万円とありますが
    http://ja.wikipedia.org/wiki/大東亜戦争軍票
    各占領地域の軍票
    は号券 蘭領インドシナで発行。単位はグルテン。
    後に日本が設立した現地金融機関「南方開発金庫」
    発行の軍票に移行した際にルピアに通貨単位が変更された。

    新聞記事の紙面の文字数制限により割愛したのかも
    しれませんが、通貨単位も占領地により違いますね・・

    いずれにしても、中国大陸では通貨の代用にアヘンが
    流通した時期もあり米国製マルボロタバコを代用にしたり、
    物々交換のように七十万円じゃなく物で懐柔したのなら、
    真実味もありましょうが、なんか胡散臭い話ですね・・

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  4. バリ島駐屯の海軍第三警備隊でググると
    大東亜戦争とインドネシア: 日本の軍政
    著者: 加藤裕
    books.google.co.jp/books?isbn=4434023586 がでます。

    バリ島の残留日本兵(その人数)
    http://yosaku60.exblog.jp/19581754
    http://pds.exblog.jp/pds/1/201309/02/68/d0083068_1074122.jpg
    写真は、マルガ英雄墓地の全景。
    バリ島での独立戦争で戦死した、1372名を祀っている墓地である。
    この中に12名の日本人が眠っている。
    いずれにしても、わかっているだけの20名を下表にまとめてみた。
    http://www3.nsknet.or.jp/~yoji-yoko/photo4/20mei.JPG

    バリでの独立戦争における戦闘では、ププタン・マルガラナが
    よく知られている。「マルガラナの玉砕」と訳してよいと思う。
    とあるように、終戦後、残留日本兵の有志らは住民らと共に
    独立のために命を捧げたのです。 そんな元日本兵らを
    住民らはオランダに売りますか?といいたいですね。

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