2014/02/15

国交交渉に慰安婦問題を出さなかったのは両国の国民感情を損なうから、は本当か?(李東元証言)


「従軍慰安婦の問題は被害者である韓国にとっても、加害者である日本にとっても恥ずべき歴史の痛みであるからだ。この問題を持ち出せば、国民感情を損なう・・・」と思ったから、日韓国交交渉の場に慰安婦問題を持ち出さなかったのだと、当時交渉に当たっていた李東元外相が語っていたと言う。

しかし、本当だろうか?果たしてこれは1960年代の発想だろうか?60年代といえば、韓国では現役の慰安婦が米兵を「慰安」している真っ最中であったはずである。

李のこの証言は1995年のものだそうだから、慰安婦問題が日韓で大騒ぎになって以降である。恥ずべき歴史だとか国民感情を損なうというのは、これは90年代以降の発想だろう。あまり正直な証言ではないような気がする。辺真一は、この証言を怪しいと思わなかったのだろうか?

日本の賠償金(経済協力金)はなぜ従軍慰安婦に使われなかったのか

日韓条約と共に1965年に締結された「請求権の解決並びに経済協力に関する協定」により5億ドル(無償3億=1千80億円、有償2億=720億円)の経済協力資金が韓国に供与されたが、従軍慰安婦の補償には一銭も宛がわれなかった

その理由の一つは、日韓国交交渉で従軍慰安婦問題が議題に上がらなかったことにある。

韓国側の交渉責任者であった李東元外相(故人)は今から19年前、国交樹立30年目の年にあたる1995年、慰安婦問題が交渉時にどのように処理されたかについて次のように証言していた。

記憶がはっきりしないが、当時の協定条項には従軍慰安婦の問題と被爆者、徴用者に対する賠償はどこにも含まれなかった。誰の口からも持ち出されなかった。理由は、従軍慰安婦の問題は被害者である韓国にとっても、加害者である日本にとっても恥ずべき歴史の痛みであるからだ。この問題を持ち出せば、国民感情を損なうだけで、外交的に得るものがないからだ。それで、この問題は将来の両国の関係に委ねることにした」

被害者国の韓国側からの提起もなく、討議の対象になっていなかったことからみても第一次的な責任は韓国側にある

次に日本からの賠償金(経済協力金)の使途については日本政府の同意(署名)が必要とされ、日本からの商品や産品、用役の購入、導入が前提条件となっていたことにある。

賠償とはほど遠く、明らかに商業主義に基づく資金提供であった。慰安婦など植民地統治による被害者への救済という概念は日本側には全くと言っていいほどなかった。従って、日本側にも道義的責任がある

日本からの賠償金(経済協力金)は日本からすれば、商品もさばけ、技術料も手に入る仕組みになっており、少なからず先行投資的要素もあった。 

条約当時、中川融外務省条約局長は「大声じゃ言えないけど、私は日本の金でなく、日本の品物、機械、日本人のサービス、役務で支払うと言うことであれば、これは将来日本の経済発展にむしろプラスになると考えていた。それによって相手国に工場ができるとか、日本の機械が行くことになれば、修繕のため日本から部品が輸出される。工場を拡大する時には、同じ種類の器械がさらに日本から輸出される。従って、経済協力と言う形は、決して日本の損にはならない」(「季刊青丘」1993年夏号)と語っていたが、中川局長の予言とおり、国交正常化翌年の1966年から76年までの11年間 韓国の対日輸出は70億ドル、対日輸入は148億ドルと、2対1の貿易逆調となった。

日韓条約交渉は李承晩政権下の1952年からスタートしたが、韓国は1953年の第3回交渉で日本の植民地支配で被った損害補償として当初27億ドルを「対日財産請求権」という名目で要求していた。

しかし、日本が「韓国にある日本人の私的財産については十分に請求する権利がある」と「対韓請求権」を主張したことから相殺され、韓国は請求権を放棄せざるを得なかった。しかも、韓国が手にした無償資金(3億ドル)は要求額の9分の1に過ぎなかった。

当時、韓国は8項目にわたる膨大な請求権とは別途に日韓会談の一環として開かれていた一般請求権小委員会で強制徴用された労務者66万7千684名と軍人・軍属36万5千名、併せて103万2千684名と見積もり、生存者に対し一人当たり200ドル、死亡者に対して一人当たり1千650ドル、負傷者に対して一人当たり2千ドル、総計で3億6千400万ドルの補償を要求していた。

対日請求権を放棄するなど韓国が大幅に譲歩、妥協したのは、軍事クーデターで政権の座に就いた朴正煕大統領にとって政権維持のための資金と経済再建5か年計画を進める上で日本からの資金を緊急に要していたことに尽きる。

朴正煕大統領がいかに焦っていたかは、クーデターを起こし、政権を掌握した翌年の1961年6月1日、外国人記者招待パーティーの席上で、「日本人は過去を謝罪し、より以上の誠意で(日韓会談)に臨むべきか」との質問に「そういうことは今の時代に通用しない。昔のことは水に流して国交を正常化するのが賢明だと考えている」と答えていたことでもわかる。

対日請求権を放棄したことで国民から突き上げられた朴正煕政権は日韓協定から6年後に被害者に補償することとしたが、対象は「日本軍によって軍人・軍属あるいは労務者として招集あるいは徴用され、1945年8月以前に死亡した者」の遺族に限られた。生存している戦傷者、強制連行者、被爆者、サハリン残留者、従軍慰安婦、BC級戦犯などは除外されてしまった。

その後、判明したことだが、日本が投じた5億ドルのうち、主たる援助先の農林や水産部門には6千670万ドル(13.3%)しか回らず、対照的に朴正煕大統領の出身地でもあり、選挙地盤の慶尚北道の浦項(ポハン)総合製鉄所建設には1億千948万ドル(23.9%)がつぎ込まれ、この製鉄所工場に支援する建材の入札をめぐっては日本企業が対米価格よりも高く売りつけ、水増しした額の一部がリベートとして朴政権の懐に入ることとなった。

日韓協定に基づいて日本から10年間にわたって投じられた総額5億ドルの資金はその一部が金大中野党候補と一騎打ちとなった大統領選(1971年)用に流用されたとの疑惑を持たれるなど使途をめぐっては不透明な部分が多く、「日韓癒着」という言葉が「流行語」となった。

従軍慰安婦問題は朴槿恵大統領の父親である朴正煕大統領が国交正常化時に日本から得た経済協力金を慰安婦ら被害者らに宛がわず、放置したことによる「負の遺産」でもある。ならば、朴槿恵大統領はまずは、慰安婦を切り捨ててしまった父親の過ちを正すべきである。

辺真一 2014.1.10 YAHOO!ニュース

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