2014/08/16

パク・ユハ世宗大教授 「慰安婦支援者に訴えられて」

ナヌムの家の顧問弁護士 バク・ソンア
手にしているのはパク・ユハ著「帝国の慰安婦」

韓国で支配的な意見に抗し、より中立的な和解案を提示して来たパク・ユハ世宗大教授。それが気に入らないのが、韓国世論を先導し、韓国政府すら半コントロール下に置く挺対協(とナヌムの家)。彼らはパク教授の新著「帝国の慰安婦」を槍玉に彼女をスラップ訴訟の標的にした。パク教授側の言い分だが、気に入らぬ人間に片っ端から社会的制裁を加えて来た連中とどちらが信用出来るか、考えるまでもないだろう。ナヌムの家にあって所長らに批判的な慰安婦の信頼を得たパク教授を・・・挺対協やナヌムの家がキャンペーンに利用する慰安婦の声だけが「慰安婦の声」ではないことを証明しようとしたパク教授を所長らが潰しにかかった・・・まぁ、他に考えようがないではないか。

慰安婦を先頭にパク・ユハ教授の職場(世宗大)まで押しかけた

ナヌムの家の顧問弁護士とは、漢陽大法学専門大学院教授のパク・ソンアという人物。そして、挺対協もパク・ユハ教授を訴えようと狙っているらしい。日本のメディアはなぜこの言論弾圧を批判しないのか?「和解のために」に大佛次郎論壇賞を贈った朝日新聞はなぜ黙っている?

慰安婦支援者に訴えられて

さる6月16日、ナヌムの家(注:元日本軍慰安婦の共同生活施設)に居住している元日本軍慰安婦の方々から、昨年の夏に韓国で出版した『帝国の慰安婦――植民地支配と記憶の闘い』を名誉毀損とみなされ、販売禁止を求めて訴えられるようなことがあった。(名誉毀損の刑事裁判、2億7千万ウォンの損害賠償を求める民事裁判、そして本の販売差し止め、三つの訴状が裁判所に出され、わたしにはこのうち差し止めと民事裁判の訴状だけが届いている。)刊行直後は多数のメディアがわりあい好意的に取り上げてくれたのに、10ヶ月も経った時点でこのようなことが起こってしまったのである。

この訴訟は、実質的にはナヌムの家の所長が中心になっている。裁判所で記者会見までしながらの告発だったが、その時の報道資料によると、ナヌムの家の所長が今年の2月にナヌムの家の女性顧問弁護士に依頼し、彼女がそれを受けて漢陽大学ロースクールの学生たちと一緒に本を読んで「問題あり」と判断したようだ。

わたしは本を出したあと、面会できる元慰安婦たちに会ってきた。当事者たちが考える「謝罪と補償」の形について聞きたかったからである。ナヌムの家はわたしを警戒し、今年に入ってからナヌムの家に行っても会わせてくれないこともあった。

その中でも特に親しくなった方がいたが、その方がほかの方々とこの問題に対する考え方がかなり違っていたことも、警戒された理由のようである。食事の場で偶然相席となり、いろいろと思いを話し、家族がいないこともあってその後わたしを頼りにし、時々電話をかけてきたりもしていた。

その方は、ほかの人と異なる考え方をしているために孤独な思いをしていた。ナヌムの家や所長に対する不満もよく話していた。

そこで謝罪と補償について、支援団体とは異なる考え方をしている元慰安婦たちもいることを伝えるべく、4月に「慰安婦問題、第三の声」と題するシンポジウムを開いた。「当事者の声」を出すと同時に、今のままではいけないとする「第三者の声」を出す意味もあった。そして幸いにして、日韓のいくつかのメディアがそうした動きを注目してくれた。

受け取った訴状には、『和解のために』(2006年に日本でも出版された朴教授の著書)のような本を放置したために『帝国の慰安婦』が出た、そしてシンポジウムまでしている、このままだとさらに別の本も書くだろう、そうなると朴の悪しき認識が広まることになるので問題であり、解決に悪影響を与える、と書いてあった。そこで、シンポジウム(つまり今の運動を批判するのがわたしだけではなくなったことの可視化)が好評だったことへの警戒も、告訴につながったことが分かったのである。わたしが親しくした元慰安婦が亡くなってわずか一週間後のことであった。

告訴の際、メディアに配られた報道資料には、わたしの本が「慰安婦を売春婦と言い、日本軍の同志とした。そしてそう認めろと元慰安婦たちに促した」とまとめられていた。文脈を無視し、しかも後半では事実無根のことを書かれたために、世論の激しい非難に晒されることになった。

そこで最初の週は釈明に追われ、2週目になってようやく、落ち着いた説明ができる原稿やロングインタビューの機会があり、多読家で著名な小説家の書評も出て、騒ぎは少し落ち着いた

3週目に弁護士を見つけ(フェイスブックで、無料で訴訟代理人をしてくれるという人が現れた)、7月9日の第1回口頭弁論に臨んだ。わたし自身は出席しなかった。しかし、そこでは結論が出ず、9月17日に第2回の弁論が開かれることになっている。

この間、ナヌムの家の所長は2度、元慰安婦数人を同伴してわたしの勤務先にデモに来ていた。「大学をクビにせよ」「拘禁せよ」などのプラカードを持参してのことだった。所長は、「日帝の汚い娼婦、道ばたで会ったら顔につばをはきかけてやりましょう」というツイートをリツイートしてもいる

幸いにして、学者を中心に「差し止め棄却」を求める嘆願書が作られ、数日で220人(学者、作家、詩人、アーティスト、出版人、そして一般の方も)の署名を頂くことができた。フェイスブック仲間を中心にわたしを支持・応援する動きも現れた。告訴直後から、激しい非難のなかでも、新しい書評や裁判に反対する意見が次々とあがってきている。

しかし、事態が一段落したかのように見えた7月中旬、今度は『和解のために』への攻撃がはじまった。9年前に出した韓国語版は、翌年に文化観光部(政府)の「優秀教養図書」に選ばれていたが、例のナヌムの家の弁護士その取り消しを求めていく、という記事が出たのである。そしてその記事が出た当日、文化体育部は早くも「選定経緯を調べる」とコメントを出した。この動きは、徴兵された朝鮮人日本兵の遺族ら、被害者団体と関係の深い研究者やナヌムの家の顧問弁護士が率いている。別の新聞が出したこうした記事を、朝鮮日報とハンギョレ新聞、両極の保守とリベラル系の両新聞が支え、ハンギョレ新聞は『和解のために』が「日本の右翼を代弁」しているとまで書いた。

『帝国の慰安婦』の日本語版は本当は7月に刊行予定だった。しかし、裁判が係争中に出すのは無理ということで、延期になっている。しかし、すでに韓国での書評などを都合のいいように読み違える傾向が出ているので、早く出してもらえることを願っている。

この本で、わたしはナヌムの家ではなく、元慰安婦の支援団体「韓国挺身隊問題対策協議会」を再度批判している。本が出たとき、同協議会も告訴のために弁護士と相談しているので、今回のようなことを考えたのはナヌムの家だけではない。

あれから1ヶ月半、法律裁判と世論の「裁判」、両方の対応に追われる日々である。なんとか乗り越えたいと思っている。 (7月31日Facebookより 一部改稿)


パク・ユハ教授に「唾を吐きかけてやれ」
ナヌムの家の所長がRT (訳 崔碩栄氏

21 件のコメント:

  1. 韓国国内で慰安婦問題を焚きつけている連中、ナヌムの家の元慰安婦ら猛犬を世界に放っているようですが、①米軍慰安婦訴訟と②朝日新聞の吉田証言否定記事、の二つはヤバイんじゃないですかねえ。
    ①については、我々日本人にとっては、訴訟の成否は問題じゃない。提訴そのものが基地村の実態を暴き、これまで検証もせず散々日本を批判してきたおバカアメ公への攻撃に使えるわけです。②は与野党とも問題にしているから、河野洋平や植村記者の国会招致につながる可能性があるし、秦郁彦さんが孤軍奮闘していた90年代とは状況が違いますからね、朝日に「うらみ骨髄」のジャーナリストらが、これから「SAPIO」や 「WILL」や「正論」に、がんがん記事にしていくと思いますよ。そういう記事が商業ベースに乗る今、雑誌の編集者たちも攻め口を探っているのが今の状況でしょう。

    米軍慰安婦の件は週刊ポストが8月22日号で報じていますね。「バ韓国資料室」に加えておきました。

    バ韓国資料室
    http://www.howitzer.jp/korea/page01.html

    PS 冒頭のナヌムの家の顧問弁護士が、私の知り合いの黒田弁護士(男)に
       そっくりなので仰天しました。(^0^) 

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    1. >二つはヤバイんじゃないですかねえ。

      長期的には影響あると思います。短期的には分かりません。「日本右翼の巻き返しを許すな」と必死になるかもしれません。韓国メディアの朝日擁護論などはその表れでしょうか。国内では誤報問題を言論の自由の問題にすりかえる動きが出てくるでしょう。そして、野党や進歩的なメディアがそれに同調・・・という展開を予想しています。

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    2. 米軍慰安婦たちのスクープ証言 私は韓国基地村の売春婦だった(週刊ポスト14年8月22日号)の中で、証言女性であるユンさんが、「原告の『政府は強制した』という主張はおかしい・・・」と述べている部分からも分かるように、基地村は基地の周りに集まる売春だった。

      ところで日本軍慰安婦問題で、日本人慰安婦については、かなり多くの人達が「優遇されていた」様子を示しているように、基本的に自国内で自分の民族にそんなに酷いことはできないものだ。そういう事をしようとすると大抵愛国者が反対するからな。大体旧ユーゴなどの例でも他の民族というのがキーになる。他の民族の方が非道がしやすいわけだ。

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    3. >基地村は基地の周りに集まる売春だった。

      「軍隊と性暴力―朝鮮半島の20世紀」はお読みになりましたか?

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  2. 山路 敬介2014年8月17日 1:31

    日韓の真の和解など夢の物語に過ぎないし、小生はそれを望みもしませんが、政治としては何処かで折り合いは着けなければいけませんよね。
    してみると、朴教授の前著での主張は日本人として受け入れられる最低限のボーダーラインに近づいているような気がしてました。
    で、「帝国の慰安婦」を心待ちにして本屋にも問い合わせてましたが、出る気配なかったのですねえ。

    この記事のようなありさまじゃ政治的和解すらありえない、としか言いようがないですね。

    ですが、政治的和解すらありそうもないという事実に、むしろなんとなくほっとしている自分自身に気づいて不思議な気持ちがします。

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    1. 今回のことで発売の予定が立たないようです。また、内容も一部変更されるとも聞きました。私はあまり朴教授の「和解案」には賛成出来ないんですが・・・。

      >むしろなんとなくほっとしている

      私も同じです。これは時間切れを狙い、その後、時間が解決するのを待つのが一番ではないかと。そういう意味で、韓国の現在の強硬な態度は願ったりでして。

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  3. >その中でも特に親しくなった方がいたが、その方がほかの方々とこの問題に対する考え方がかなり違っていたことも、警戒された理由のようである。

    皆さんご存知でしょうが念のため。
    特に親しくなった元慰安婦の方とは裵春姫(ペ=チュンヒ)のことですね。彼女の事についてはシリカ太郎さんのブログでまとめられていますね。http://ianhumondai.blogspot.jp/2014/06/blog-post_9793.htm

    産経新聞の記事に反論する中央日報の記事もありますね。
    元慰安婦女性を「日本びいき」に化けさせた産経新聞http://japanese.joins.com/article/822/186822.html?servcode=A00&sectcode=A10

    パク・ユハ教授のインダビュー動画や武田記者のツイートを果たしてどう見るか…。


    >所長は、「日帝の汚い娼婦、道ばたで会ったら顔につばをはきかけてやりましょう」というツイートをリツイートしてもいる。

    貴様ら本当は「女性の人権」なんかに興味はないんだろう?

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    1. ペ・チュンヒさんの事は、産経が取り上げたので待機(後回し)リストの方に回してしまったのですが、中央日報がケチをつけていたとは気づきませんでした。残念なことに、2chには「嘘つきが死んだ」といった書き込みが散見されましたが、この辺も一度取り上げないといけませんね。すべての慰安婦が反日で嘘つきだと思っている人も多いので。

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  4. さっき、こんなのを見つけました。

    朗報、フランス人が慰安婦問題のウソに気付き始める!

    http://www.news-us.jp/article/403878593.html

    動画のキャプションが良いので、書き出しました。

    1.
    慰安婦問題 ウソの歴史
    強制連行された、姓奴隷だった慰安婦
    これは韓国のプロパガンダ
    日本の小説を発端とした、世界史最大のウソのひとつ
    2.
    1983年「私の戦争犯罪」出版される
    これは、かつての日本兵の告発として
    日本軍は、韓国の少女たちを強制連行したと・・・
    3.
    1989年の韓国
    この本が出版されると、彼らはここに書かれていることが事実だと盲信した。
    しかし、韓国の女性記者が小説の舞台で聞き取りを実施
    島民は「小さな島でこんな事件は聞いたこともない」と怒りました。
    4.
    ところが、作り話を暴いたこの記事は、韓国では無視され日本の歴史家が島の図書館で発見するまで忘れられていました。
    その後、日本人の弁護士、福島瑞穂が、この本と韓国での出来事に興味を示します。
    ここで初めて、慰安婦として多数の女性が名乗りでます。それまでは、訴える女性は一人もいませんでした。そして、日本に対して戦争賠償を起こします。訴状は、14歳で幼女となり、金儲けができると説得されて義父に連れられ行った・・・・
    5.
    その後、彼女たちを利用して日本でメディア戦を展開。福島瑞穂は彼女たちをテレビに NHKなどは、これに大きく協力します。
    6.
    そして、今度は朝日新聞が捏造記事を大々的に報道。
    韓国は、この記事も証拠として盲信。記者の妻は韓国人。義母は原告団の代表。後に、訴訟金の使い込みで逮捕されても、
    戦争に罪悪感を持った日本人は、自虐史観に支配される。それが米国による洗脳プログラムだとも知らずに。そして、日本人自身が強制連行のウソを信じました。
    7.
    その後、河野氏訪韓、朝日新聞記事で大騒ぎとなるなか、韓国政府に言われるまま、16人の老女の嘆きを、質問を禁じられたまま、ただ聞くだけだった。
    8.
    そして、河野氏はついに、哀れみの謝罪をする。
    それが「河野談話」である。
    しかし、この時から、韓国のプロパガンダは活発化。
    この16人の証言は、公開禁止とされた。
    こうして韓国は三つの武器を手に入れた。それは「小説」「朝日新聞」そして「河野談話」である。
    9.
    その後、役目を終えたかのように、小説の作家は捏造であることを告白。
    しかし、韓国は、この「小説」と「河野談話」を武器にプロパガンダを続けた。
    これを中国が資金面などで、強力に後押し。日本の孤立化は、中国の利益・・・
    中韓連携により、米国で対日謝罪要求が決議。このときの証拠が「小説」と「河野談話」。
    10.
    その後、慰安婦碑は韓国、日本、米国など世界で設置へ
    フランスでは、世界的なアングレーム漫画祭で、小説に基づいたアニメや漫画を韓国政府主導で公開。
    11.
    フランスでも彼女らは、フランス・メディアを翻弄。
    彼女らの証言は、発言のたびに異なる。背景、年齢、場所、戦争名さえ・・・・
    公式な訴状でも矛盾点がある。それは、終戦後も慰安婦だった事。戦後、日本軍は解体され、存在しません。警察官でさえ武器を取り上げられました。その後の戦争は朝鮮戦争。米国vs.中露であり、日本は軍さえありません。
    12.
    彼女は言いました。
    「私は正しい歴史認識を望んでいる。」
    私たちも、全く同じ気持ちです。だから、もうウソをつくにはやめてください。
    お願いします。

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  5. 【上記文についてのコメント】

    段落ごとの番号は、便宜上、私が勝手に付けました。

    a) 7に「河野氏訪韓」とあるのは、「宮沢訪韓」の誤りでしょう。

    b) 全体として筋が通っていて、独自に調べて自分の頭で理解し、本質をとらえ、よくまとまっている、と思います。

    c) 11で「フランス・メディアを翻弄」「朝鮮戦争」とあるのは、金福童の「朝鮮戦争では私たちの国が日本軍に踏みにじられてくやしい思いをした」という、いわゆる「自爆」発言でしょう。私は英語は達者なものの、仏語も韓国語もダメなので、地元メディアの報道の様子が分からず、本当にそういう発言をしたのか、今一つ確証が持てなかったのですが、この動画により、そういう発言があったと考えていいでしょう。
    ただし、これは金福童が朝鮮戦争中に洋公主をしていたという意味ではありません。2chあたりには、その部分で誤解している書き込みが見られます。金福童は終戦時、シンガポールの野戦病院に勤務していたことが書類上判明しています。だから、金福童が慰安婦をしていた戦争が、ただちに朝鮮戦争だったということではない。正確な情報を提供することが何よりも必要ですから、自らが伝聞情報の発信元にならないよう、厳にいましめる必要があると思います。

    d) 特筆すべきは、少しの労をとって調べれば、上記にあるぐらいのことは、すぐに分かるということです。動画の作成者のフランス人は、研究者や大学教授ではないでしょう。動画のタッチでそれは分かる。それに、全部が理解できなくても、一部だけでも疑問を抱けば、フランス人であれ他の国の人々であれ、韓国人の言うことを丸々信じることにはならない。この動画の作成者が日本語のできる人物で、日本語の文献から情報を得て上述の理解に至ったのか、英語の文献や友人から情報を得てそうなったのか分かりませんが、韓国人のプロパガンダは、彼らの目論みどおり、そのまま世界に拡散することはない。こちらの努力次第で、対処が可能だということ。

    e) 「米軍慰安婦」「朝日の吉田証言記事取消し」「河野談話検証」という有利な条件が出てきている今、正確な情報を提供し続けていけば、このフランス人のような人物は、これからも輩出される。そして、いったんウソを見破ったなら、そういう人物は我々の味方になってくれる発言をするようになる、それは間違いないでしょう。

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    1. >こちらの努力次第で、対処が可能

      同感です。ネット時代は、嘘が拡散するのも早いが嘘が信用を失うのも速いはずです。趣味の分野なら、日本人以上に日本の事情に詳しい人もいます。そういう人たちの中から、流れが変わってくると予想します。

      残念な事に、この問題に関してまだまだ日本人の中にも共通認識が出来上がっていません。この人も、ネット情報を鵜呑みにしたのでしょうか、多少逆の方向にバイアスがかかってしまった印象も受けます。日本人自身がもう少し勉強しないと、日本通の外国人も間違えてしまいます。我々が頑張らないといけないということですね。

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    2. 上記のキャプションが説明する時系列的な流れは、私も

      http://www.howitzer.jp/korea/page04.html

      で一応まとめているのですが、91年の宮沢訪韓から93年の河野談話までの過程の理解と記述が乏しい。ここの部分は、先の「河野談話の政府検証」の内容が織り込まれれば相当に拡充できるはず。

      時系列的記述は時間の流れをタテ軸に、出来事をヨコ軸に書いていくので、それなりに理解し易いのですが、出来事と出来事の相関関係の理解は、やはり自分で調べて自分の頭で消化しないと得られない。

      自民党が、朝日の慰安婦キャンペーンでどういう影響があったか自民党独自で検証すると言っています。その検証結果が世に出てくれば、タテとヨコ、ヨコとヨコの関係が、より緻密に理解され記述できるようになる。いわば、立体的な記述や説明が可能になる。

      私はそれを、
      Moguro's Commentary (解説コーナー)
      http://www.howitzer.jp/korea/page28.html

      でやろうと思っています。情報の受け手からみると、

      1)自分の町に慰安婦碑が建つ、集会がありニュースがある、それで慰安婦問題に興味をもつ。この段階はコリアンが勝手にやってくれるから、放っておいていい。

      2)ネットで掘り下げていくと、色々なことが分かってきて、コリアンたちの言うことが余りにも一方的であることに気付く。これが可能なように、我々は頑張らないといけない。

      3)「疑問を抱いた」→「裏切られた」「コリアンの言うことを信じた自分がバカだった」  ここまできたら、しめたもの。

      ですな。

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  6. 通りすがり2014年8月18日 20:50

    喪黒福造さんのサイトはよく拝見しています。
    いつもRead Onlyですが、2、3気になった点がありますので、投稿させて戴きます。

    (1)金福童の発言について
    金福童の「朝鮮戦争では私たちの国が日本軍に踏みにじられてくやしい思いをした」という発言が日本でキャッチされたのは、仏の地元メデイヤからではなく、
    韓国側の報道だったと思います。(仏メデイアが自称元慰安婦の水曜集会を報道したかどうかは私はしりません)

    韓国側の報道記事は以下(原文はハングルだが、日本語に翻訳)。
    尚、日本側に金福童発言が話題になっているのを知り、あわてた韓国側に2日後に修正されています。韓国報道機関がいくらなんでも、「韓国朝鮮戦争当時」と「日帝強占期時代」と言葉を間違えるとは考えられませんね。金ハルモニが「ぼけてしまって発言」というなら、今色々発言していることはますます信じられないということになりますね。

    ●フランスで響いた叫び··「日本は謝罪せよ」
    http://www.asiae.co.kr/news/view.htm?idxno=2013092012432151429
    (当初の報道 2013-9-20)
    慰安婦被害おばあさん ​​たちを代表して証言に出たギムボクドンおばあちゃん(88)は"韓国戦争当時、日本軍に無惨に踏みにじられてくやしくれた"とし、
    "日本が償いを慰安婦被害者の問題を解決できるように助けてくれ"と言った。

    (報道修正後 2013-9-20)
    慰安婦被害おばあさん ​​を代表して証言者として出ギムボクドン祖母(88)は「日帝強占期時代の日本軍に無残に踏みにじられ、無念された"としながら"日本が償いをする慰安婦被害者の問題を解決できるように助けてくれ」と言った。

    (2)金福童は「洋公主」だったか
    「金福童は終戦時、シンガポールの野戦病院に勤務していたことが書類上判明しています」とのことですが、日本の終戦は1945年8月で朝鮮戦争は1950年6月25日から1953年7月27日だそうですので、朝鮮戦争勃発時、どこにいたかの確認が必要と思います。

    因みにこのサイトには、金福童ってないですね?
    http://sikoken.blog.shinobi.jp/%E6%9C%AA%E9%81%B8%E6%8A%9E/%E3%80%8C%E5%85%83%E3%83%BB%E5%BE%93%E8%BB%8D%E6%85%B0%E5%AE%89%E5%A9%A6%E3%80%8D%E8%A8%BC%E8%A8%80%E8%80%85%E4%B8%80%E8%A6%A7%E3%80%80%EF%BC%9C%E9%9F%93%E5%9B%BD%EF%BC%9E

    (3)動画の作成者のフランス人
    動画を作成したのはフランス人の方ではなく、このフランス人の方のブログデータを使用して日本人の方が作られたのだと思います。フランス人の方はブログに記載されているものは使用してOKと発言されています。

    ●動画作成の元ネタ
    慰安婦問題のおはなし L'histoire d'un mensonge 
    http://daisukinipponfrance.over-blog.com/2014/01/l-histoire-d-un-mensonge.-%E6%85%B0%E5%AE%89%E5%A9%A6%E5%95%8F%E9%A1%8C%E3%81%AE%E3%81%8A%E3%81%AF%E3%81%AA%E3%81%97%E3%80%82.html

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    1. >(金福童が)朝鮮戦争勃発時、どこにいたかの確認が必要

      そうですね。残念ながら、金福童の足取りは、シンガポールの第10陸軍病院勤務の後、「釜山に帰った」までしか追えていません。

      元慰安婦たちの証言にまつわる問題のひとつは、こちらから質問ができない、その機会がないことです。精査を目的とした質問と回答のないまま、老婆らの一方的な記述ばかりが罷り通っている。

      動画作成の過程は、私の方に勘違いがありました。

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    2. 終戦時、慰安婦を従軍看護婦ということにしてやることで、引き揚げ船に優先して乗せてやった話を聞いたことがあります。つまり、この時期看護婦としての記録があっても、本当に看護婦だったかは怪しいということになりますね。

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    3. いわゆるポツダム看護婦というやつですね?

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    4. 実態は分かりません。ただ、①朝鮮総督府は慰安婦は「醜業」と表現していたこと、②慰安婦に就くには年齢制限(上限・下限とも)があったこと、③カン・イルチュルも牡丹江の慰安所に行く前に野戦病院で傷病兵の看護補助を務めていること、からみて、a) 帰国後の生活のための職業訓練、b) 慰安婦として帰るより、れっきとした看護婦として帰るほうが結婚その他の面で有利、という温情ではなかったかと思います。実際、金福童も、生まれて初めて教育らしいものを得たと、どこかで書いていたように思います。

       大事な点は、金福童は戦後、南方の慰安所に置き去りにされていないことです。陸軍病院の前にどこにいたかは忘れましたが、将校から慰安所に待機しているように言われ、そうしていると日本軍差し回しの車が来て、他の慰安婦とともにシンガポールに送られている。金福童は悪しざまに日本軍を罵っているが、軍の方では温情ある扱いをしている。10代の少女の未来を考える温情があったとしても不思議はないと思います。

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  7. 通りすがり2014年8月18日 20:55

    修正

    (報道修正後 2013-9-20)は(報道修正後 2013-9-23)の誤りでした。

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  8. パク・ユハ さんって

    眼鏡をはずすと若く見えますね。


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    1. すいません。 眼鏡をかけていない写真は別人でした。(バク・ソンア)

      道理で、あまりにも印象が両極端だった。

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    2. やっぱり、分かりにくかったですかね?

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