2013/10/30

朝日の「慰安婦問題で日韓ほぼ合意」--は事実だったのか?


10月8日、朝日新聞が野田政権とイ・ミョンバク政権が慰安婦問題の解決案でほぼ合意に達していたと報じ、5日後の社説で「この時を逃さずに交渉を引き継ぎ最終解決を導く話し合いを早急に始めるべきだ」と訴えた。

その後の朝鮮日報と中央日報の後追い報道は対象的であった。朝鮮日報が前大統領府外交安保首席(室長?)から、ほぼ合意というのは事実ではないという回答を得た一方、中央日報は、韓国側の交渉担当者であったイ・ドングァン(元外交通商部言論文化協力大使)から「当時の交渉は9合目を越えていた」という証言を得た。日本政府はというと、菅官房長官が朝日の報道を事実上否定した

斉藤前官房副長官(野田内閣)とイ・ドングァンが合意間近だったと言い、当時の他の韓国政府関係者と日本政府がこれを否定する形になっているが、朝日新聞の報道は果たして事実なのか?

今回は分量が多いので、記事(全文)はエントリーの外に収納してある。

「(五輪で)日本は歴史を見つめて歩んで行くのだとアピールできる」
なんたるナイーブ (斎藤勁

慰安婦問題に関する日本政府のカウンターパートは韓国政府ではない。河野談話の頃から、沈静化を望んでいた韓国政府はむしろ日本政府と近かったのである。ではなぜ慰安婦問題は解決しないのか、挺対協が障害になっているからである。野田政権も挺対協の同意がなければこの問題が決着しないという事は分かっていたはず。元朝日新聞記者、小北清人もWebRonzaにこんな事を書いている。

慰安婦問題ではいまも挺対協が圧倒的な「権威」となっており、韓国では慰安婦問題の議論をコントロールする力を持っています。マスコミへの影響力も圧倒的で、挺対協に睨まれれば、元慰安婦女性への取材もできないのが現実といいます。昨春、慰安婦問題を打開しようとした当時の民主党・野田政権が解決案をひそかに韓国政府に打診しましたが、結果はあっさりノーでした。その案を、韓国外交通商部が挺対協側に事前に図ったところ、はねつけられてしまったからです。

WEBRONZA 2013.10.23

その挺対協が、朝日新聞が報じた(1)駐韓大使によるおわび(2)野田首相とイ・ミョンバク大統領の会談(3)100%政府資金による償い金という条件で妥協する(勘弁してくれる)とは、この問題をいくらかでも知る人なら誰も思うまい。

中央日報の報じる合意条件は朝日のものとは微妙に異なっていて、「野田首相が慰安婦被害者に送るおわびの手紙を(国会で?それともTVカメラの前で?)朗読し駐韓日本大使が被害者に手渡す」というものだが、これでは宮沢首相が韓国の国会で謝罪したり、橋本首相らの署名入りの手紙を手渡した時と変わらない。朝鮮日報の「日本が国家レベルの法的責任を認めず交渉が失敗に終わった」という説明の方が信憑性がありそうである。

挺対協が妥協するとは思えないが・・・(ユン・ミヒャン)

とりあえず「ほぼ合意説」を証言した人のうち名前が出ているのは、斎藤勁前官房副長官とイ・ドングァン元主席の二人。「合意が近かったのは事実。それをどうみるかは安倍晋三首相の判断だ」「日本はしっかり歴史を見つめて歩んで行くのだと、(五輪で)アピールできるチャンスでもある」と言う斉藤はこのような経歴←の人物だが、個人的な願望を交えて喋っていないか?

斉藤は日韓の支援団体から一定の評価を受けたと言うが、アジア女性基金の時も一部の団体は支持してくれたのである。その結果、彼らは挺対協の怒りを買い韓国に入国出来なくなった。挺対協にどう評価されたかを言わなければ意味がないし、正直でもない。

「9合目まで行ったが野田首相の所為で流れた。日本側は謝って来た」
どこまで信用していいんだが・・・(李東官)

イ・ドングァンの方も、斉藤が電話で詫びを入れて来たなどと合意に至らなかったのは全て日本側の責任のような言い方である。現在はフリーな身(高麗大に在職)であるこの人の言う事もどこまで信用していいのか分からない。

神戸大の木村幹教授はツイッターでこのように呟いていた。

twitter 2013.10.13

自分も、朝日や斉藤がこうした報道で安倍首相にプレッシャーをかけているのではないかと思う。日韓両政府が折り合えたとしても、(挺対協の為に)実現の見込みがないなら、それを「ほとんど合意した」と言うのは問題である。

朝日は、パク・クネ政権の当局者から昨年の動きを結実させることも可能との声が出ているとか、安倍政権内にもこの問題の決着を模索すべきだとの声があるなどと報じているが(いったい誰が言っているのか?)、これはリーダーに「解決に向けた強い意思」があるかないかという問題ではない。なんなら、朝日新聞が挺対協の見解を聞きに行ったらどうか?

箱田記者は17日にも、韓国人慰安婦の存命者が56人になったなどと韓国紙のような事を書いているが、そんな彼の頭の中に(この20年間いかなる救済措置からも見放されてきた)日本人慰安婦の事が一度でも浮かんだことがあるのだろうか?「問題の本質を被害者の救済ととらえるなら、互いに譲歩しての政治決着以外に道はない」と彼は主張する。国民的アイドルである「ハルモニ」に本気で救済措置が必要だと考えているなら、底抜けのお人よしである。

厳しい言い方だが、オリンピックで歴史問題と歩んでいる事をアピールするとか、斉藤や箱田記者のような、こういったナイーブな人々が外交に絡むと碌なことがないような気がする。



――一昨年の京都での首脳会談後、官邸ではどんな話し合いがありましたか。

「...もっとも大切なのは日本として、どうやって被害者に気持ちを伝えるかということだった」

「そこでまず(昨年の)3月に当時の佐々江賢一郎・外務次官が訪韓し、外交通商省(現・外交省)の次官と、李明博大統領の実兄で日本通で知られた李相得さんらに日本政府としての基本的な考え方を伝えた」

[...]

――韓国側の反応は。

「それがしばらくたって、受け入れられないという返事が来た。[...]今度は私が野田首相の親書を持って直接韓国に乗り込んだ。[...]私自身が日韓関係や平和問題にかける思いなど、1時間以上にわたって話し、政権として解決する意思があるということを、官房副長官の立場から強く訴えた」

「だが、具体的な中身に入る以前の話として、受け入れられないという。慰安婦問題の支援団体の反発を気にしたのだろう。...」

――夏には大統領が竹島に行き、日韓はいっそう険悪な空気に覆われました。

「...韓国側もことの重大さに気づいたのか、秋から慰安婦問題で急接近し始める。かえすがえすも残念だ」

――秋の接近とは。

「...解決せねばならない問題だという我々の思いは変わらなかった。私は首相と直結していた。韓国側でも大統領に意思を伝えられる人がいれば、と思っていたところ、大統領の側近が特使として韓国からきた」

――話は進みましたか。

いっきに進んだ。[...]事実上のトップ同士のやりとりとなった。[...]首相が被害者にあてて書く手紙の表現だけが最終的に残った。...」

――どうして実を結ばなかったのですか。

「...首相が党首討論で解散を宣言してしまい、一方で韓国も完全に大統領選モードに入っていた。表現は、やる気さえあれば乗り越えられる問題だった。もう少し時間があれば合意できていた

[...]

――慰安婦問題の支援団体は日本の法的な責任の認定を求めており、納得させられないのでは

「...日韓の支援団体の方々とも会った。団体側も実際にはかけ離れた主張をしているわけではないことがわかった。日本側の提案に一定の評価さえも受けたほどだ」

[...]

――昨年の協議がいつか日の目をみる可能性があると思いますか。

「...合意が近かったのは事実。それをどうみるかは安倍晋三首相の判断だ。7年後の東京五輪が決まった。[...]日本はしっかり歴史を見つめて歩んで行くのだと、アピールできるチャンスでもある」

斎藤勁インタビュー 朝日 2013.10.8 (全文

...李元首席も中央日報に「当時の交渉は9合目を越えていた」と語った。

...当時、李明博元大統領が会談後に「弁護士と話すようだった」と打ち明けたほど野田首相の態度は硬直していた。だが「韓国の李明博政権、日本の民主党政権でなければ慰安婦問題解決が難しい」という共感が双方にあったという。

昨年3月、佐々江賢一郎外務次官が日本側の提案を持って訪韓した。駐韓日本大使が慰安婦被害者に謝罪し、続いて野田首相が李大統領と首脳会談を通じて日本が取る人道的措置を説明し、以後日本政府が人道的措置の費用を支払うという提案だった。4月には斎藤氏が韓国を訪れ「慰安婦問題を解決したい」という野田首相の親書を李大統領に渡した。だが韓国政府は日本側の提案に否定的だった。「国家責任」を明らかに認めないところに「賠償金」という表現を使うことを敬遠したためだ。この案では慰安婦関連団体を説得できないと判断した韓国政府は「慰安婦被害者を直接説得せよ」と日本側に話し、日本側からは「両手両足をとられた」という不満が噴き出した

...日本側のこれまでの提案に▼野田首相が慰安婦被害者に送るおわびの手紙を朗読してこれを駐韓日本大使が被害者に手渡す▼日本政府が特別予算を通じて被害者に「償い金」を支給する方案を検討するなど一部の進展があった。

以後、野田氏の衆議院解散によってすべてが白紙に戻ってしまった後、斎藤氏は李元首席に電話をかけて「突然このようなことになって申し訳ない」と謝ったという。

中央日報日本語版 2013.10.9(全文

...日本と協議をしたことは確かだが、日本がお金だけ前に出し慰安婦問題に対する国家レベルの法的責任を認めず交渉が失敗に終わったと伝えた。 大統領府と外交部内でも反対意見が多かったという。 チョン・ヨンウ前大統領府外交安保首席は本紙との電話で「手紙の文面を調整するところまでほとんど合意したというのは違う」...

朝鮮日報 2013.10.9(全文

日本の野田前政権と韓国の李明博前政権が昨年、旧日本軍の慰安婦問題の解決に向け話し合いを進め、政治決着の寸前までこぎ着けていたことが明らかになった。[...]解決に向けた強い意志が指導者にあるならば、歩み寄りは可能だということがわかる。[...]安倍政権内にも、この問題の決着を模索すべきだとの声はある。[...]元慰安婦の存命中にこの問題に区切りをつけ、日韓関係を修復することが急務なのは間違いない。[...]この時を逃さずに交渉を引き継ぎ、最終解決を導く話し合いを早急に始めるべきだ

朝日社説 2013.10.13(全文