【社説】ナチス収容所を世界遺産に申請するドイツを日本は見習え
ドイツのテューリンゲン州は先日、第2次世界大戦当時、ナチスがワイマール郊外ブーヘンバルトに設置した強制収容所について、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界文化遺産登録を申請すると発表した。申請の理由について、同州は「ナチスによる犯罪と、ドイツの歴史上最も暗い部分に対する責任を痛感するため」と説明している。
ブーヘンバルト収容所には、1937年から45年にかけて、欧州各国やソ連などから連行されてきたユダヤ人や政治犯、ロマなど25万人が強制的に収容され、そのうち6万5000人が死亡した。収容所長の妻は、死亡した収容者の皮膚でハンドバッグや電灯の笠を作ったとして「ブーヘンバルトの魔女」と呼ばれたという。収容所があった場所には、犠牲となったユダヤ人の遺体を燃やした焼却炉や、生きた人間に生体実験を行った建物などが今も残っている。ユネスコはポーランドのアウシュビッツ収容所を1979年に世界文化遺産に指定したが、ドイツ人はそれだけでは気が済まなかったのか、自国にある収容所をさらに世界遺産に指定し、恥ずべき歴史の痕跡として永久に保存しようとしている。
日本では今年7月、三菱重工業長崎造船所をユネスコの世界文化遺産に登録するため、民間人による組織が立ち上げられた。この組織は「この造船所は東洋初の大型造船所であり、日本が欧米以外の国として初めて近代化に成功したプロセスを物語っている。その点で世界史的な価値がある」と主張している。しかし長崎造船所は太平洋戦争当時、韓半島(朝鮮半島)から強制的に連行された多くの人々を使って軍艦を製造した戦犯企業だ。同組織はこの事実については一言も言及していない。
今年8月末、ナチスの子孫やホロコーストの生存者、さらにその子孫たちがポーランド全域で行った「命の行進」が終了した。この行進は、ポーランド全土にあるナチス収容所を5年かけて巡るもので、移動距離は2253キロに達したという。ナチスの子孫だというある人物は「自分の先祖による犯罪と向き合い、羞恥心と苦痛、恐怖を体験することで、初めて隣人と平和や連帯について語れるようになった」と述べた。
ドイツは自分たちの間違った過去を認め、反省し、贖罪(しょくざい)した。これに対して周辺国もドイツによるざんげの努力を受け入れ、その結果ドイツは戦後、真の欧州国家として生まれ変わった。後にドイツが統一を実現し、現在欧州の中心国家として指導力を発揮しているのもそのおかげだ。これに対して日本では、日本軍による性的奴隷の恨(ハン=晴らせない無念の思い)に満ちた現場をユネスコの世界遺産に登録しようとする運動はまだ起こっていない。世界が再び人道から外れないようにするためにはぜひ必要だと思うが、そのような日は本当に訪れるのだろうか。
朝鮮日報日本語版 2012.9.6
2012/09/07
[資料] 朝鮮日報の「ドイツを見習え」論
「ナチ=日帝、慰安婦=ホロコースト」論は近年盛んに韓国から発信されているが、朝鮮日報のこの社説もその一つ。「日本軍による性的奴隷の恨(ハン)に満ちた現場をユネスコの世界遺産に登録しよう」・・・という提案。慰安所というのは、(生体実験などが行われた)ナチスの強制収容所と同じであるという主張。