2011/12/29

[参考] 柔道で命を落とす中高生



発信箱:子供たちのために=落合博

想像してほしい。朝いつものように元気に登校した我が子が夕方には記憶をなくし、言葉をなくし、一人では立つこともできない状態になった時の親の気持ちを。

横浜市内の中学に通っていた3年生の男子生徒は7年前、柔道部の練習で男性顧問教諭との乱取りの最中に意識を失った。急性硬膜下血腫と診断され、脳に障害が残った。柔道では頸(けい)動脈を絞めて失神させることを「落とす」という。男子生徒は7分間に2度も落とされ、その度に起こされては休む間もなく投げられ続けた。

柔道による事故が後を絶たない。昨年度までの28年間に中学、高校で114人が亡くなっている。顧問教諭の過失を認定した民事訴訟判決の後、男子生徒の父親は「指導者は子供の命を預かっていることを自覚して医学的なことなどを学んでから教育の現場に立ってほしい」と訴えた。

脳は鍋の中の豆腐のようなもの。外部から急激な圧力が加わると頭蓋骨(ずがいこつ)と脳との間にずれが生じ、引っ張られた静脈が破裂して出血する。これが急性硬膜下血腫だ。頭をぶつけなくても起こる。首の据わらない乳幼児が揺さぶられて死に至るのと同じで、男子生徒の場合、自分の首を支えられないほど、ふらふらな状態だった。

どうしたら柔道事故をゼロにすることができるのか。脳神経外科医らは、脳しんとうを起こしたら練習をただちにやめ、最低1週間は練習に参加させないことや、医学的知識を持った指導者の育成などのほか、マウスガードの着用を勧めている。歯をかみ合わせて首の緊張を高めることで頭部の揺さぶりを抑えることができるという。

来春、中学の授業で柔道などの武道が男女とも必修になる。安全対策が十分でないならば、延期を検討すべきだ。次代を担う子供たちのために。(論説室)

毎日 2011.12.29 東京朝刊