野中広務相手に遠慮しているが、辛がアジア女性基金をセカンドレイプと呼びたいらしいことも察せられる。同様の女性たちに補償した国は日本以外に存在しないというのに、それをセカンドレイプとまで言い切るとは、どれだけ日本国に対して不審感を抱いているのかという話である。慰安婦を「軍用政奴隷」と呼ぶ人は珍しくないが、「従軍慰安婦」という呼び方が差別語だというのは、彼女らしい。
辛淑玉 もうひとつ、野中さんが自治大臣の時に手がけられたお仕事に、日本軍の軍用性奴隷にされた人たち、差別語で言うと「従軍慰安婦」の人たちに対する基金がありますね。
野中広務 アジア女性基金だね。
辛 はい。女性基金。あれは野中さん、どう思いますか。
野中 あの頃、政治の中には、日本が法的に従軍慰安婦に賠償するためのお金を出せる雰囲気はまったくなかったんです。お金で体を打った人がいるとか、そうでない人がいるとか、そういうことだけが先行していた。僕はそうじゃないと考えていた。
僕らが聞いてきたのは、兵隊から帰ってきた連中が自慢をたらたら言っていたこと。つまり、ベニヤ板で造ったような箱物の中に女性が一人寝かされておって、そこにふんどし一丁の男が五十人も六十人も順番待ちをしている。それを聞いて罪悪感があったから、国家賠償としてやるべきだという話をしたんですよ。
だけどそんな考えはまったく通用しなかった。じゃあということで、村山首相を中心にいろいろ苦労して政府は基金としてカネを出したんですよ。
原文兵衛さん(元参議院議長)に頼んで、三木睦子さん(三木武夫元首相の夫人)やらを入れてアジア女性基金を設立したんですよ。
辛 私はああいう処理の仕方は辛かったですね、セカンドレイプじゃないけれど。
野中 これより他に方法はないのかなあと、そういう落としどころだったんだけど。
辛 そうですか。(中略)日本の遺族会っていうのはなんて卑怯なんだろうって思うのね。つまり日本人さえよければいい。「日鮮同盟」とか調子のいいことを言って朝鮮人を引っ張り込んでおきながら、いざ補償する段になったら朝鮮人を全部切ったわけですよね。もちろん台湾人も切った。そのまま亡くなってった先輩たちがいた。
私、子供の時に、新宿のガード下で物乞いしている傷痍軍人を侮蔑的な目で見てたんですよ。軍人嫌いの私には、唄っているのが軍歌だということもあったかもしれない。日本の国からお金をもらってるんだからいいじゃないか、と思ったのね。
そしたら、大人になってから、あれは朝鮮人だったってことを教わるわけ。結局、元軍人のであっても朝鮮人だから、それで一銭も日本からもらえなくて、生活することもできなくて、しかも国籍条項によって福祉からも排除されている。(中略)それを許してきた日本の政治家は、そういう現実についておそらくまったく知らなかったんだろうということです。もう何しろ面倒な連中を排除したいというだけで今日まで来た。だから在日の五世とか六世が生まれている今もなお外国人として、基本的人権を求める権利すら与えない。
差別と日本人 P.115(2009年)