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2021/03/07

イ・ウヨン 朝鮮人慰安婦の契約


朝鮮人業者と契約し慰安所を転々とした慰安婦の証言
「契約書がない」というラムザイヤー論文に対する批判への反証

(略)

 ここで取り上げるのは、「中国に連れていかれた朝鮮人軍慰安婦2」(韓国挺身隊研究会著、ハンオル、2003)に出てくるヒョン・ビョンスクの証言である。娘が親に売られて売春婦や慰安婦になるケースが非常に多かったことは、すでに何度も述べている。ここではそのような状況において、契約が結ばれて契約書が作られていたことを証明するため、この本に書かれている証言の中から重要だと思われる部分を抜粋する。

ペ・ジュンチョル(質問者):その店からいくらもらって行ったんですか?

──500ウォンだよ。期限は2年でね。その500ウォンは父と母にあげたの。2年経って家に帰ってきたんだけど、家でぼうっとしててもしょうがないし、またほかの所へ行ってお金を稼いで、父と母にあげようと思って。村にはいないつもりだった。

 証言者のヒョン・ビョンスクには、酒場で働いていた経歴があった。売春を兼ねていたと思われる。2年の務めを終えて家に帰ってくると兄から結婚するように言われ、ならばいっそのこと、またお金を稼ぎに行こうと考えたのだ。そこで人を探すことにする。

──だから朴哥(パク・カ)って人に会いに、博川(パクチョン、平安北道)へ行ったの。ある旅館に行って、「女性を買いに来たって聞いたけど、この辺のどこにいますか」って聞いたら、「あそこの旅館だよ。中国から女性を買いに来たってさ。行ってごらん」。それで行ってみたら・・・、男が一人座ってた。「女性を買いに来たんですか」と聞くと「若いお嬢さんがどうしたのかね」と聞くから「私も中国へお金を稼ぎに行きたいです」と言ったの。

ペ・ジュンチョル:おばあさんはその時、中国に行って何をするのか知ってましたか。

──知ってたよ。

ペ・ジュンチョル:日本の軍人を大勢相手にすることも知ってましたか。

──もちろん。

 彼女はその人が何のために女性を買いに来たのか、よく知っていた。続いて、彼女は契約条件の交渉に乗り出す。

親がその場にいなければ支払われなかった前借金
ペ・ジュンチョル:そういう話をどこで聞いたんですか。

──うわさで聞いたよ。いろんな話を聞いてね。あちこち歩き回ってから見つけたの。それで、私を買うかって聞いたら買うって。いくら欲しいかって聞かれて「うちの父と母が困るから、3年を期限にいくらくれる?」って聞いたら「2000ウォンあげよう」と言われた。だから、「2000ウォンじゃあ、1年で1000ウォンにもならないよ。1年に1000ウォン欲しい」と言ったら「いいだろう。3000ウォンにするから、家に帰って親の同意を得てきなさい」ってなって。

 前回の寄稿で述べたように、慰安婦として就職するためには戸主、つまり父親の承認が必要だった。ヒョン・ビョンスクの父親も最初は反対するが、娘に強くせがまれて、結局は承諾する。無論、父親も娘がどんな仕事をするのか承知していた。

ペ・ジュンチョル:「ハンコはもらえましたか」

──もちろんだよ。父か母を連れていったらお金をもらえたの。それに、祖父や祖母のハンコももらえって。当時は厳しかったんです。

ペ・ジュンチョル:「それは何歳でしたか」

──16歳になってたと思うよ。酒場にも2年くらいいたからね。祖父と祖母のハンコまでもらえなんて。ハンコを押してくれるか心配で。父なら私の話を信じてくれる。だから父の手を引っ張って川辺に連れてって話したの。「お父さん、女性を買いに来た人がいるんだけど、いくらいくらくれると言うから、遠い所へお金を稼ぎに行きたい」。父にいい暮らしをさせてあげたかったし、好きなものを食べさせてあげたくて。「お父さん、私を働かせて」。

 この場合、前借金はその場に親がいなければ支払われなかった。そして、両親と祖父母の同意と捺印が必要だった。父親だけでなく、母親と祖父母の同意と捺印まで必要な理由は分からないが、連帯保証人だったものと思われる。これが契約でなくて何であろうか。契約条件の一つとして、娘をほかの所に売り渡すなという要求を付ける。

──「それなら行かせてやろう」と父が言って、父と母の名前を書いてからハンコを押してくれた。「おじいさんとおばあさんのハンコも欲しいって。どうしよう、お父さん」と言うと「じゃあ父さんが書いてやる」。父が書いてから祖父と祖母のハンコを押して、それからみんなの同意をもらった。それを持って博川へ行ったの。父は「あなたに売るのだから娘をほかの所に売り渡さないように」。そんな約束をした。私が「父はこう要求してますけど」って言ったら、「それはあなたの好きにしていい」と言われて「分かりました。行きましょう」ってなったの。

慰安所を転々としたヒョン・ビョンスク氏
 父親が自分で名前を書いて捺印した。恐らく契約書だったはずだ。このようにして彼女は再び売春婦として働くことになる。だが、最初に行った場所では客をあまり取れなかったという。彼女は自分の外見のせいだったと述べている。そのため、中国の奉天(瀋陽の旧名)に移ることを決心する。

──しかたないでしょ。そこではお客さんを一人も取れないんだから。私はブスだからね。お客さんはきれいな女性を選んでいくのよ。ブスなんて誰が選ぶと思う。そこには女性がたくさんいたね。20~30人くらいいたかな。全員朝鮮人女性だったよ。私を買って連れてきた人の息子に「私、ここにいたら借金を全部返せないから、ほかの所に行かせて」と言ったら、「お前のお父さんと、ほかの所には行かせないっていう契約を書いたから・・・」と言われた。「本人が承諾してるから大丈夫です」と言ったら「じゃあ奉天の紹介所に行って、誰かが買ってくれたら、こちらはそのお金をもらおう」と言うの。「利子はどうしますか」と聞いたら「利子はいい。頑張って働いて家に帰れ」と。

 ほかの人には売り渡さないという「契約書を書いた」という。転売しないと契約書に書いたのだ。契約書があったのは間違いない。売春婦になってからの転売の過程もここから分かる。前借金に対する債権は、そのまま新しい買い手に移される。そのお金については、利子を受け取る場合もあれば、免除してくれる場合もあったようだ。彼女が移転した奉天の売春宿または慰安所は、民間人と日本軍が共同で利用する所だった。

ペ・ジュンチョル:おばあさん、ところでその店には主にどんな客が来るんですか

──軍人も来るし、個人も来るし、いろんな人が来るよ。

 彼女は残念なことに、奉天でもお金を稼ぐことができなかった。そこで今度は軍隊に付いていくことを決め、安徽(あんき)省の蚌埠(ほうふ)に移る。そこの慰安所のオーナーも朝鮮人だった。

──ここにはいられないって私は言ったの。軍隊が行く村に行ってお金を稼がなくちゃいけないと。だから奉天からほかの所へ行くって志願して、蚌埠へ行ったのさ。

ペ・ジュンチョル:おばあさんの前借金3000ウォンは、蚌埠のオーナーにそのまま渡ったんですね。

──はい。

ペ・ジュンチョル:蚌埠のオーナーも朝鮮人ですか。

──はい。みんな朝鮮人です。

転売条件もあった慰安婦
 彼女は中国のある場所から奉天、蚌埠へと移っていった。最初の店は一般の売春宿と思われるが、詳しくは分からない。奉天の店は軍人と一般人が共同で利用する場所、蚌埠は日本軍専用の慰安所と思われる。最初の店が一般の売春宿だったなら、彼女の経路を見るかぎり、一般の売春婦が日本軍慰安婦になる過程は非常に単純で容易だったことを意味する。新しい慰安所業者に「売り渡す」ことで十分だったのだ。売春宿のオーナー間で売春婦の転売が簡単にできたように、売春宿の主人が彼女を軍慰安所に転売するのはさほど難しくはなかっただろう。

ここで提示した事例を見ると、慰安婦になるために契約書を作成したことは間違いない。もちろん契約書なしの口頭契約で処理するケースもあったはずだ。この事例で明らかなのは、「契約」と「契約書」があったことである。朝鮮で契約を結ぶ時、すでに中国へ行って日本軍人を相手にすることを明確に知っていたからだ。

 また、前借金の額は交渉を通じて決められ、契約期間が明らかであり、転売に関する条件もあった。戸主などの同意や捺印も必要だった。慰安婦とその親は日本の軍人を相手にどんな仕事をするのかも、転売が行われる場合に前借金が新しい業者に移るということも知っていた。契約だったことを立証するために、これ以上、何が必要だろうか。

JBpress 2021.3.7(全文

2016/12/31

韓国系米国人教授「慰安婦証言は信用出来ない」に学生ら謝罪要求

J教授か(要確認)

韓国の漢陽大学の教授が、日本の戦争犯罪(慰安婦システム)を擁護し慰安婦を侮辱したとして学生から公式謝罪を要求されているというニュース。既視感を覚えるニュースである。昨年も、高麗大の教授が慰安婦は多額の報酬を得ていたと講義して学生らに糾弾された

今回の大学教授は、慰安婦問題を貧困の問題と捉え、日本政府の責任を限定的と考えているようである。脱北女性を例に挙げて学生らに説明しようとしたが、国民的映画『鬼郷』に懐疑的で、現在集団リンチ中のパク・ユハ教授の著書を推奨したのだから、清く正しい学生らの怒りを買ったのも当然と言えようか。この人物は韓国系のアメリカ人で、どうやら生活の基盤はアメリカにあるらしい。受講生の半数は、「慰安婦問題についての背景知識がない外国人学生」だったというが、背景について無知なのは韓国人学生も同じだろう。無知と言うより、見て見ぬ振りをしているだけなのだが。


韓国系アメリカ人が韓国で慰安婦証言の信憑性に疑義を呈し、日本人の学者がアメリカで「日本の右派」が歴史修正すると叩いている。捻じれ現象。

「慰安婦蔑視」「教会行事参加」まで強要した漢陽大教授
学生たちが反発、教授に「公開謝罪」要求

『慰安婦』の記憶は正確ではないので信頼できない」 「『鬼郷』は慰安婦の一方的な主張にだけ基づく映画なので、調査が必要」

漢陽大学の教授が授業中の(?)「慰安婦蔑視」発言が問題になっている。この教授は学生たちに「慰安婦」が「自発的売春」だったという本を読むように強要し、特定教会の行事に参加(した学生に)加算点を与えて学生たちの反発を買った。

授業で「慰安婦蔑視」発言日常的に行った教授
成績を餌に「宗教の強要」も

23日漢陽大学生たちの話を総合すると、政治外交学科所属のJ教授は授業中に継続的に日本軍慰安婦問題を蔑視する発言を行った。一例としてJ教授は秋学期に開設された「市民社会と社会運動」という授業で「(日本軍慰安婦)被害者の話は無条件に信用できず、当時の日本政府だけの責任とは(?)見ることは出来ない」と述べた。学生たちの異議に、J教授は「脱北女性たちが皿洗いで少ない報酬を得るか、売春でより多くの金を稼ぐか」と述べ学生たちと激論を交わすこともあった。 J教授の「慰安婦蔑視」発言は学生たちが提供した録音にも残って(含んで)いる。

学生たちによると、韓国系アメリカ人であるJ教授はこの授業を2年間行い、40~50人余りの受講生の半分以上が日本軍慰安婦問題について背景知識がない外国人学生だった。J教授は自分の考えに賛同する学生たちと非公式的な出会いを推進し、マスコミなどに日本帝国主義を擁護する文を継続的に寄稿することもあった。

J教授は「慰安婦」被害者の名誉を傷つけた疑惑で懲役3年を求刑されたパク・ユハ教授の『帝国の慰安婦』のような本の購入を強要して点を与えることもあった。

J教授はまた、成績をエサに学生たちに特定宗教の強要行為を行った。この件について情報を提供した学生Aは、「特定教会の行事に参加して報告書を提出した学生に点を与えた。 成績のために学生たちが行事に参加しなければならない雰囲気だった」「これは明白な宗教強要(行為)であり、評価の公正性を妨げる行為」だと指摘した。

学生たちの反発、「公開謝罪」「再発防止」要求

漢陽大の学生たちはJ教授に公式謝罪などを要求してきた。漢陽大学社会科学学生会はJ教授の発言を「戦争犯罪を擁護する発言であり、慰安婦被害者を侮辱する行為」であると規定し、教授に公開謝罪と再発防止の約束を入れた答弁書を要求した。

学校関係者は、「学期を終えた教授が現在のアメリカに戻り連絡が取れない」として「大学でも事実関係を確認してから、適切な措置を取る」と語った。

民衆の声 2016.12.23[2]

参考:ニューシス2016.12.22 KBS 2016.12.22



‘위안부 폄훼’, ‘교회 행사 참여’까지 강요한 한양대 교수
학생들 반발, 해당 교수에 ‘공개 사과’ 요구
옥기원 기자 ok@vop.co.kr
발행 2016-12-23 15:57:17
수정 2016-12-23 16:16:13
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“‘위안부’ 기억은 정확하지 않아서 신뢰할 수 없다” “‘귀향’은 위안부의 일방적인 주장에만 근거한 영화여서 조사가 필요하다”

한양대학교의 한 교수가 수업에서 한 ‘위안부 폄훼’ 발언이 논란이 되고 있다. 이 교수는 학생들에게 ‘위안부’가 ‘자발적 성매매’라는 주장이 담긴 저서를 읽도록 강요하고, 특정 교회 행사에 참여하면 가산점을 부여해 학생들의 반발을 샀다.

수업서 ‘위안부 폄훼’ 발언 일삼은 교수 
성적 미끼로 ‘종교 강요’까지

23일 한양대 학생들의 말을 종합하면 정치외교학과 소속 J교수는 수업 중에 지속해서 일본군 위안부 문제를 폄훼하는 발언을 했다. 하나의 예로 J교수는 지난 가을학기 개설된 ‘시민사회와 사회운동’이라는 수업에서 “(일본군 위안부) 피해자들의 말을 무조건 신뢰할 수 없고, 당시 일본 정부의 책임만으로 볼 수 없다”고 말했다. 학생들의 이의 제기에 J교수는 “탈북 여성들이 설거지로 적은 시급을 받겠느냐, 아니면 매춘으로 더 많은 돈을 벌겠냐”고 말하며 학생들과 격론을 벌이기도 했다. J교수의 ‘위안부 폄훼’ 발언은 학생들이 제보한 녹취록에도 담겨있다.

학생들에 따르면 한국계미국인인 J교수는 해당 수업을 2년간 진행했고, 40~50여명 수강인원 중 절반 이상이 일본군 위안부 문제에 대한 배경 지식이 없는 외국학생이다. J교수는 자신의 생각에 동의하는 학생들과 비공식적인 만남을 추진했으며, 언론 등에 일본 제국주의를 옹호하는 글을 지속적으로 게재하기도 했다.

J교수는 ‘위안부’ 피해자의 명예를 훼손한 혐의로 징역 3년을 구형받은 박유하 교수의 ‘제국의 위안부’ 같은 책들의 구입을 강요하고, 가산점을 부여하기도 했다.

J교수는 또 성적을 미끼로 학생들에게 특정 종교 강요 행위를 자행했다. 사건을 제보한 A학생은 “특정 교회의 행사에 참석해 보고서를 제출하는 학생들에 한해 가산점을 부여했다. 성적 때문에 학생들이 행사에 참여할 수 밖에 없는 분위기였다”면서 “이는 명백한 종교 강요이고, 평가의 공정성을 방해하는 행위”라고 지적했다.

학생들 반발, ‘공개사과’ ‘재발방지’ 요구

한양대 학생들은 J교수에게 공식사과 등을 요구하고 나섰다. 한양대 사회과학대학 학생회는 J교수의 발언을 “전쟁범죄를 옹호하는 발언이자, 위안부 피해자들을 모욕하는 행위”로 규정하고, 교수에게 공개 사과와 재발 방지 약속을 담은 답변서를 요구했다.

학교 관계자는 “학기를 마친 교수가 현재 미국으로 출국해 연락이 안 되고 있다”면서 “학교 차원에서도 사실관계를 확인한 뒤 적절한 조치하겠다”고 말했다.

2016/05/21

中国で死去した慰安婦 韓国政府葬儀に領事派遣


中国で永眠したイ・スダン
葬儀には領事が派遣された

12.28合意以降、4人の韓国人慰安婦が亡くなった。挺対協が必死になって合意潰しを図っている間に慰安婦はどんどん死んで行く。

黒竜江省の慰安婦像の隣に遺骨

イ・スダンは晩年は痴呆状態だったらしい。人形を我が子のように可愛がっていた。この人は中国で余生を送ったが、韓国政府は領事を派遣し葬儀を韓国式で執り行わせた。葬儀にはパク大統領や女性省長官、外務大臣から花輪が贈られた。遺骨は黒竜江省の韓日友好公園内にある慰安婦像(昨年設置)の隣に安置された。この至れり尽くせりは国民向けのパフォーマンスなのだろう。別の慰安婦だが、総選挙前にも中国から専用機で慰安婦を里帰りさせるなど女性省が絡んで大騒ぎをしている。

コン・ジョムヨプ
強制動員とは無関係だろう

コン・ジョムヨプについては、本人のかなり詳しい証言が残っている。時期と状況から見て、日本軍をお得意様にしていた遊郭に父親に売られたというのが真相ではなかったか。好いた人を追って、店を移ったらしい話もしている。苦労の多い人生だったことは確かなようであるが・・・。

慰安婦被害者2人が死去 生存者42人に=韓国

旧日本軍の慰安婦だった韓国人女性、コン・ジョムヨプさんと中国の黒竜江省東寧市に住んでいたイ・スダンさんが17日、持病のため死亡した。市民団体の韓国挺身隊問題対策協議会が明らかにした。

コンさんは1920年に全羅南道で生まれた。16歳の時に仕事を紹介するという言葉にだまされ慰安婦として連れて行かれ、旧満州(中国東北部)、上海、ハルビンなどの慰安所に強制動員された。

イさんは故郷の平壌で「工人」の募集広告を見て中国のハルビンに行ったが、東寧の慰安所に連れて行かれた。戦後、故郷に帰れず、現地に残った。2005年に韓国国籍を回復した。

韓国政府に登録されている慰安婦被害者238人中、生存者は42人に減った。

聯合ニュース日本語版 2016.5.17

2016/01/31

合意潰しに送り込まれた慰安婦に、竹内絵美「生きた言葉」

竹内絵美(今回のリポートと無関係)
「戦争中に何があったのか。・・・生きた言葉に耳を傾け・・・私なりに解決の糸口を模索したいと思います」

日韓合意破棄を狙いナヌムの家が日本に送り込んだのが、イ・オクソンとカン・イルチュル。彼女たちの話を聞いたテレビ朝日のアナウンサー竹内絵美の感想がこれ。ブロガーであるくっくりさんのRTで知った。

残念ながら、竹内アナが聞いたのは生きた言葉などではない。彼女らは、政治団体の主張を代弁しているに過ぎない。慰安婦団体が日本で日韓合意破棄を訴えても人は集まらない。しかし、ハルモニが「証言」するとなれば、何百人も集まるのである。

「日本は朝鮮を火の海にして、私たちを中国に連れて行った」

どちらかは分からないが、慰安婦の一人はこの日「日本は朝鮮を火の海にして、私たちを中国に連れて行った」と聴衆に語った(毎日新聞のニュース動画 [2])。イ・オクソンなどは万事この調子で、慰安所には高圧電流が張り巡らされていたとか、特に海外メディアに対しては抑制がきかないようである。

日本であれば誇張は逆効果になるから、支援団体が抑えさせているのだろう。竹内アナが「話し始めは控えめな印象」を受けたと言っているのは、そのせいかもしれない。当日「歩くのがやっとの私たちが、なぜここまで来て話をするかを考えてもらいたい」と語ったということだが、彼女は海外(証言)旅行を楽しみにしており体調を気遣う支援者が止めても聞かない。なお、火の海発言に対して朝鮮戦争の慰安婦ではないかという指摘をツイッターで頂くが、彼女が貧困家庭の出で、太平洋戦争中、慰安所かそれに類する場所で苦労したのは事実なのだろうと思う。ただ、彼女はほら吹きなので信用出来ないのである。

4年前、朝日新聞の阿久沢悦子記者が、「ハルモニ」の来日に興奮してツイッター上で橋下市長に暴言を吐き炎上。ツイッターの利用中止に追い込まれるという事件があった。竹内絵美ともども、ジャーナリストには性格的に向いていないのかもしれない。

※ 「火の海」発言がどちらの発言かハッキリしないので、文章を一部修正した。

生きた言葉に耳を傾ける

今日は番組ではお伝えできませんでしたが、集会に行ってきました。
昨日、韓国から来日した元慰安婦の皆さんの集会で、
テーマは『今つたえたいこと』です。

会場には学生や報道陣を含めて日本人など200人以上が集まり、
元慰安婦の姜日出(カン・イルチュル)さんと
李玉善(イ・オクソン)さんの
思い出すのも辛い・・・と言葉を絞りだすように話す体験談に
聞き入りました。
お二人は現在89歳と90歳で、
話し始めは控えめな印象もありましたが、
話が“どんなに慰安所で酷い扱いを受けたか”という核心に迫ると、
スピーカーから響く声が割れんばかりに語気を強めていました。
お二人は、
慰安婦問題をきちんと終わらせなければ、若い世代が健全な交流を出来ない
同じことが繰り返されてはならない
という思いで来日し大阪でも集会を開くそうです。
また、昨年12月28日の日韓合意は
当事者の皆さんに事前に何の説明も合意もなく結ばれたと、
とても残念な思いをしたそうです。
そして、講演をした中央大学の吉見先生は、
日本政府出資の10億円は「支援金であり賠償ではないことから、
日本が法的責任を認めていない」という点や、
加害者側の日本が少女像の撤去を要求していることなどを指摘していました。
元慰安婦の皆さんは、今回集会で体験を伝えるだけでなく、
安倍総理と目を合わせて話をすることを要望しています。
望んでいるのは、お金ではなく公的謝罪なんだとも話しています。
戦後70年を迎えた昨夏、戦争の体験者が高齢になり
生きた証言を聞く機会が徐々に少なくなってきていることを実感しました
戦争中に何があったのか
本や資料を見るのではなく、生きた言葉に耳を傾け、
子供たちの未来のためにも
私なりに解決の糸口を模索したいと思います。

報道ステーション 「現場リポート」2016.1.26 竹内絵美[2]