2013/08/31

慰安婦像設置運動の影の主役は中国系? (古森義久)


一目で古森記者のものと分かる記事。彼は一貫して敵の本体は中国系だと主張していたと思う(最近、彼のブログを覗いていないので断言は出来ないが)。古森記者は、真の主役である世界抗日戦争史実維護連合会が正体を現したと書いているのだが、本当に抗日連合会がそれほど大きな働きをしたのなら、韓国メディアにも何らかの言及があったのではないかという気がする。アルメニア系との関係は浮上していたが、中国系についての記事は印象にない。抗日連合会の本拠地がカリフォルニアであるだけに、イグナシアス・ディンが個人的に助力したという事なら十分あり得るとは思うが、古森記者は少々おっちょこちょいな所があるので、少し慎重に聞いておいた方がいいかもしれない。ミルピタス市でも同様の動きがあると彼は伝えている。

米国にいる日本攻撃の主役 “中国系”反日組織の実態 慰安婦像も…

米国カリフォルニア州南部のグレンデール市に慰安婦像が設置されて1カ月が過ぎた。すぐ近くのブエナパーク市での同様の動きは地元在住の日本人たちの明確な反対もあって阻止されたようだ。だがこんどは同州北部のミルピタス市で似た動きがあるという。

日本非難を露骨にしたこんな活動を米国内で一貫して進めるのは一体、だれなのか。日本側では単に「韓国ロビー」というだけで、その実態は伝えられない。

すでに慰安婦碑を建てた東部のニュージャージー州などでの動きを含めて表面に出るのは、ごく少数の韓国系米国人の名と特定地域で旗揚げした「カリフォルニア州韓国系米国人フォーラム(KAFC)」というような新参の団体名だけなのだ。全米規模で機能する韓国系組織の存在は感じられない

そんなことをいぶかっていたら真の主役がやはり顔を出してきた。中国系在米反日組織の「世界抗日戦争史実維護連合会」(抗日連合会)である。

抗日連合会はカリフォルニアやニュージャージーでの慰安婦像などの設置を自己の活動の「最新の前進」として自サイトで公式に発表したのだ。米国各地での慰安婦像の設置を今後も推進すると宣言していた。

しかも抗日連合会の創設者で現副会長のイグナシアス・ディン氏は、グレンデールの慰安婦像に関する中国共産党直轄の英字紙「チャイナ・デーリー」の長文記事で、設置運動の最高責任者のように描かれていた。

この記事は抗日連合会の元会長、アイビー・リー氏の「慰安婦問題では中国も犠牲者なのだ」という言葉をも強調していた。だからグレンデールでもこの中国系組織が韓国系を背後から全面支援していたというのである。

米国下院の2007年の慰安婦決議も抗日連合会が最初から最後まで最大の推進役だった。同連合会は1990年代からカリフォルニア州会議員だったマイク・ホンダ氏に慰安婦をはじめとする日本の「戦争での罪悪」を教示し、州議会で日本糾弾の決議を採択させた。

 ホンダ氏が2000年に連邦議会の下院選に立った時はディン氏、リー氏ら抗日連合会の幹部たちは選挙資金を集中的に寄付した。その後、ホンダ氏は下院に慰安婦決議案を4回も出したが、その内容は同連合会との完全な合作だった。

 抗日連合会は1994年に、中国政府と連携した中国系米人たちによりカリフォルニアを本部に設立された。「日本に戦争での残虐行為を謝罪させ、賠償させる」ことを主目的とし、南京、捕虜虐待、731部隊、慰安婦を挙げてきた。戦犯裁判や対日講和条約での日本の責任受け入れを一切、認めない点で明白な反日組織である。

 だから抗日連合会は米国での慰安婦問題での日本叩きはもう20年近くの超ベテランなのだ。ちなみにその活動の頂点に立つディン氏は今年6月、橋下徹大阪市長の慰安婦発言を非難するサンフランシスコ市議会の決議案も自分が起草したと述べている。

 グレンデールの実情に詳しい在米26年のビジネスマン、今森貞夫氏も「地元では、韓国系だけでは組織も活動も希薄で、抗日連合会に扇動され、指導された構図が明白だった」と語る。

 米国を利用してのこの慰安婦問題は日本への汚辱を世界に、そして日本の後世に、残そうとする意図が露骨である。そんな対日攻撃への備えでは主敵がだれなのかの認定がまず重要だろう。(ワシントン駐在客員特派員 古森義久)

Zakzak 

高校生が校庭にオリジナル慰安婦像 (ソウル)


慰安婦の碑がブーム(?)だった時も、公州市の高校生たちが大人の真似をして校庭に慰安婦の碑を建てていたが、今度はソウルの高校生が日本大使館前で物議を醸している慰安婦像を自分たちの学校に設置しようと考えた。ところが、作ったはいいが著作権の問題でクレームがつき、オリジナルデザインで作り直すことになった。不法設置物のくせに著作権を主張する製作者もどんなものか、と思わないでもない。

ソウル瑞草高校「慰安婦少女像」を直接製作

ソウル、瑞草高校は在学生が自分たちで(?)作った慰安婦少女像を校内に設置すると明らかにしました。

13日、瑞草高校はソウル市中学洞の日本大使館の前慰安婦少女像を真似て作った像をたてようとしたが、原作者などから著作権違反の可能性を提起され、すぐに直接製作に出ました。

瑞草高校側は「著作権の問題(?)があった既存の少女像を撤去し、歴史の専門家などの助けを借りて新たに作った」として、「来月の5日、学生と教職員、父兄の代表が集まり、ささやかな除幕行事を行う予定だ」と明かしました。

※1 ニュースY 2013.8.29

ボツになった旧像
教育効果のほどは?
ソウル瑞草高校、校庭に「慰安婦少女像」設置にブレーキ

著作権問題が関わり…13日午後の除幕式無期限延期

(ソウル=聯合ニュース)ソウル、瑞草高校が8・15の光復節を迎え、校庭のムクゲ木の傍らに慰安婦少女像をたてて除幕式を行おうとしたが、著作権問題でブレーキがかかった。

瑞草高校は12日慰安婦少女像を設置し、13日の午後2時、学生と教職員、父兄代表が集まる中で除幕式を行うことにした。

学校側は慰安婦少女像の左側に鍾路区中学洞の日本大使館前の慰安婦少女像と同じように椅子を設置した。

また、右側には「日本軍慰安婦とは、1930年代初めから日本が太平洋戦争で敗北した1945年8月にかけ、日本軍の性慰安のために集団で動員し管理した女性をいう。 日本軍慰安所で行われた蛮行に対する認定および謝罪が成り立たなかった状態で、私たちの学生たちが歴史的事実を忘れないようにする為に、2013年8・15光復節を迎えてこの少女像を設置する」という表札板をたてた。

しかし慰安婦少女像の製作者であるキム・ウンソン・キム・ソギョン夫婦が著作権違反の可能性を提起し、問題になった。

ソチョ高校のイ・デヨン校長は「著作権問題を事前にそこまで検討できず、作家側の問題提起があった」とし、「著作権問題に対して作家と話し合った後で、除幕式の有無を決める」と話した。




追記: 朝日新聞が報じた。日本の大手メディアが報じるようなニュースだろうか?


ソウルの高校に慰安婦像 校長提案、教師・生徒が製作

【ソウル=貝瀬秋彦】ソウル市瑞草区の瑞草高校の校庭に元日本軍慰安婦の像が設置され、5日に除幕式があった。慰安婦の像は一昨年12月にソウルの日本大使館前に建てられたが、学校に設置されたのは初めてという。

同校によると設置は校長が提案し、教師や生徒が製作に携わった。歴史を正しく伝え、慰安婦の悲劇を世界に告発するのが目的だという。日本統治からの解放を祝う8月15日の「光復節」に合わせ、大使館前と同様の像をいったん造ったが、著作権問題からデザインを変えたために時期がずれ込んだ。

同校では今後、慰安婦や竹島(韓国名・独島〈トクト〉)の問題をめぐるセミナーや討論会なども開催していくという。

朝日 2013.9.5

※1
서울 서초고 ‘위안부 소녀상’ 직접 제작

서울 서초고 ‘위안부 소녀상’ 직접 제작

서울 서초고등학교는 재학생들이 직접 만든 위안부 소녀상을 교내에 설치한다고 밝혔습니다.

지난 13일 서초고는 서울 중학동 일본대사관 앞 위안부 소녀상을 본따 만든 소녀상을 세우려 했지만 원작자들이 저작권 위반 가능성을 제기하자 직접 제작에 나섰습니다.

서초고 측은 “저작권 시비가 있던 기존의 소녀상을 철거하고 역사전문가 등의 도움을 받아 새로 만들었다”며 “다음달 5일 학생과 교직원, 학부모 대표들이 모여 조촐한 제막행사를 가질 예정”이라고 밝혔습니다.

※2
서울 서초고, 교정에 ‘위안부 소녀상’ 설치 제동(종합)

서울 서초고, 교정에 ‘위안부 소녀상’ 설치 제동(종합)

저작권 문제 걸려…13일 오후 제막 행사 무기한 연기

(서울=연합뉴스) 조채희 고은지 기자 = 서울 서초고등학교가 8·15 광복절을 맞아 교정 무궁화나무 옆에 위안부 소녀상을 세우고 제막식을 가지려다 저작권 문제로 제동이 걸렸다.

서초고는 12일 위안부 소녀상을 설치한 데 이어 오는 13일 오후 2시 학생과 교직원, 학부모 대표들이 모인 가운데 제막 행사를 열기로 했다.

학교 측은 위안부 소녀상 왼쪽에 종로구 중학동 일본대사관 앞의 위안부 소녀상과 마찬가지로 의자를 설치했다.

또 오른쪽에는 “일본군 위안부란 1930년대 초부터 일본이 태평양전쟁에서 패배한 1945년 8월 사이에 걸쳐 일본군의 성 위안을 위해 집단적으로 동원하고 관리한 여성을 말한다. 일본군 위안소에서 저질러진 만행에 대한 인정 및 사과가 이루어지지 않은 상태에서, 우리 학생들이 역사적 사실을 잊지 않도록 하기 위해 2013년 8·15 광복절을 맞이하여 이 소녀상을 세운다”라는 현판을 세웠다.

그러나 위안부 소녀상의 원작자인 김운성·김서경 작가 부부가 저작권 위반 가능성을 거론하면서 문제가 됐다.

서초고 이대영 교장은 “저작권 문제를 사전에 미처 검토하지 못해 작가 측의 문제 제기가 있었다”며 “저작권 문제에 대해 작가와 논의한 뒤 제막식 여부를 결정하겠다”고 말했다.

[報道] 南北朝鮮女性団体「共同討論会」開催へ


南北女性団体「慰安婦共同討論会」11月開催

南北の女性団体が、日本軍慰安婦問題解決のための共同討論会を11月に開催することになった。

韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)は「来る11月初め乙巳保護条約(第二次日韓協約)ねつ造108年を契機に、南北、海外女性団体とともに参加する「日本軍性奴隷問題解決のための南北海外女性討論会」を(後日)合意する場所で開く」と30日明らかにした。

挺対協は29日、中国瀋陽で北朝鮮の朝鮮日本軍性奴隷および強制連行被害者問題対策委員会(チョ大尉)などと実務代表団会議を開き、このように決定した。 場所など細部事項は議論中。

挺対協は共同声明文を通じ、「南北の女性たちは日本政府が慰安婦犯罪の国家の責任を否認し、かえって過去の侵略史を歪曲するなど軍国主義を復活しようとする試みに対し、憂慮と怒りを表わし、これに対し対応する連帯活動を積極的に展開することになった」と話した。

挺対協は「南北の女性たちは南北関係を改善し、民族和解と団結を企てるのに女性の責任と役割が重要だということに認識を共有し、第二の6・15時代をひらくための接触と活動を推進することになった」と付け加えた。

会議には南側で挺対協と全国女性連帯など6つの女性団体が、北側では조대위(jodaewi)、6・15共同宣言実践北側委員会女性分科委員会、民族和解協議会女性部が参加した。


남북 여성단체 '위안부 공동토론회' 11월 개최키로

(서울=연합뉴스) 김연숙 기자 = 남북 여성단체가 오는 11월 일본군 위안부 문제 해결을 위한 공동토론회를 열기로 했다.

한국정신대문제대책협의회(정대협)는 "오는 11월 초 을사늑약 날조 108년을 계기로 남과 북, 해외 여성단체와 함께 참여하는 '일본군 성노예 문제 해결을 위한 남북 해외여성토론회'를 (추후) 합의되는 장소에서 열기로 했다"고 30일 밝혔다.

정대협은 지난 29일 중국 선양(瀋陽)에서 북한 조선 일본군 성노예 및 강제연행 피해자문제 대책위원회(조대위) 등과 실무대표단 회의를 열어 이같이 결정했다. 장소 등 세부사항은 논의 중이다.

정대협은 공동보도문을 통해 "남과 북의 여성들은 일본 정부가 위안부 범죄의 국가책임을 부인하고 오히려 과거 침략역사를 왜곡하는 등 군국주의를 부활하려는 시도에 대해 우려와 분노를 표시하며 이에 대응하는 연대활동을 적극 벌여나가기로 했다"고 말했다.

정대협은 "남북 여성들은 남북관계를 개선하고 민족화해와 단합을 도모하는데 여성의 책임과 역할이 중요하다는데 인식을 공유하고 제2의 6·15시대를 열어가기 위한 접촉과 활동을 추진하기로 했다"고 덧붙였다.

회의에는 남측에서 정대협과 전국여성연대 등 6개 여성단체가, 북측에서는 조대위, 6·15공동선언실천 북측위원회 여성분과위원회, 민족화해협의회 여성부가 참석했다.

2013/08/30

河野談話関係者「泣きながら連れ去られるのを友人が見た」 (谷野元内閣外政審議室長)

泣き叫びながら少女が連行されるのを友人が見た (挺身隊の話か?)

河野談話見直し反対論にも二種類あるようだ。良いものだから撤回してはいけないという意見と、何がなんでも改「正」させまいというグループである。憲法問題で言えば、平和憲法の理想を変えたくないという純粋派と、日本政府が軍国主義復活を目論んでいると触れ回るようなナンセンス型(何がなんでも反対型)である。後者は、外国の反日グループと結びつく。慰安婦問題も同じ構図に陥った。

ややこしいのは、何がなんでも型の中には共産党のように強制連行説の拠り所として河野談話を死守しようとするグループがいる一方で、小川敏夫のように談話には強制連行があったとは書いていないのだから見直しの必要はないというレトリックを使う者がいる。

谷野作太郎は、小川議員と同じく、河野談話を批判する人は「談話に書いていないところ(強制連行の有無)まで内容を膨らませ、その点を批判している」と牽制するが、両者とも「書いていないところまで」内容を膨らませられた河野談話が日本叩きに利用されている状況が先にあることを省いている。例えば中央日報はこんな記事を掲載した。

谷野作太郎はまた、朝鮮人の娘が警官や兵隊の監視下で泣き叫びながらトラックで連れ去られたのを目撃したという話(慰安婦の話ではない)を韓国人の友人から聞いたと言っている。これが彼の意識形成(そして河野談話にも?!)に影響したらしいが、いっぺんアン・ビョンジク教授あたりにファクト・チェックしてもらった方がいいのではないか?

谷野は、小川と異なり河野談話の関係者であったから、自己弁護の意味もあるのだろう。その点は割り引いて聞いてやるべきなのかもしれないが。

特集ワイド:谷野作太郎・元駐中国大使に聞く/下 「河野談話」「村山談話」 「痛み」日本人として共有を

中国、韓国との関係が悪化する中、従軍慰安婦に関する「河野談話」(1993年)、「痛切な反省と心からのおわび」を表明した戦後50年の「村山談話」(95年)を否定するかのような動きがある。二つの談話作成に内閣外政審議室長として関わった谷野作太郎・元駐中国大使(77)が経緯などを明かす。【浦松丈二】

◇歴史の歪曲や開き直り 国の品格、誇り傷つける

−−「河野談話」には「証拠もないのに日本軍の強制連行を認めている」との批判もある。他方、これは誤解とする向きもあるようですが。

谷野 おっしゃるように「河野談話」を批判する人は、談話に書いていないところまで内容を膨らませ、その点を批判している。おかしなことです。女性の多くは集められた後、軍と行動を共にすることを余儀なくされ、前線で厳格な軍の管理下に置かれ、行動の自由はなかった。まかないや看護師の仕事と言われ、連れて来られたケースも多々ある。現地で現実を知り「話が違う」と逃げ帰ろうとしても、そこは前線です。あの談話はそういう世界を記述したものなのです。

私の韓国の友人。この人は日本の学校を出た人で私と同じ年ですが、彼は「子供のころ、自分の村では年ごろの娘を外に出すなと言われたものだ。それでも彼女らが横付けされたトラックに乗せられ、泣き叫びながら連れ去られていくのを目にしたことがある。そこにはオマワリやヘイタイもいた……」と。竹島(韓国名・独島)の話では冷静さを保つ彼も、この話になると大変感情的になります。

−−元慰安婦の女性に償い金を払う「女性のためのアジア平和国民基金」(アジア女性基金)の設立(95年)にも奔走なさいましたね。

谷野 日本は「女性基金」を設立し、オールジャパンで精いっぱいの対応をしてきました。韓国だけは「日本国としての謝罪と補償」を要求する市民団体の圧力に直面し、「基金」の事業は中途半端で終わらざるをえなかった。しかし、「謝罪」は「河野談話」や慰安婦だった人たちにお渡しした総理書簡に表明されているし、お渡ししている償い金の半分以上は日本政府支出によるものです。

韓国政府も当初、「基金事業のスタートをもって問題は解決した」と言っていたんですが、最近になって「未解決」と言い始めました。突然「情」(韓国で言えば「恨」の感情)が頭をもたげた。

もとより従軍慰安婦や戦後補償の問題は「カネですべてすんだんじゃないか」と開き直れる世界ではない。日本側の所作で心身に深い傷を負った人たちの「痛み」を日本人として共有することこそ最も大事なことだと思います。(以下略)

毎日夕刊(一部) 2013.8.28

一方で、谷野は安倍首相についてこう評する。・・・では、歴史を歪曲したり開き直ったりしている有力者とは、誰のことを言っているのだろうか?

 −−安倍晋三首相は15日の全国戦没者追悼式の式辞で、歴代首相が表明していたアジア諸国に対する加害の「反省」や「不戦の誓い」を表明しませんでした。

谷野 中国や韓国、そして米国などがいら立つのは過去の一時期の「歴史」について、時折、日本の有力な方々がこれを歪曲(わいきょく)したり、開き直ったりされる言動についてです。それは日本に対する国際社会の目線を下げ、日本人の品格、誇りを最も深いところで傷つけることになる。でも、安倍首相はいろいろなところでおっしゃっているところからみても、決してそんな方ではないと思います。



2013/08/29

[報道] 韓国政府、慰安婦問題で日本に協議要求


市民団体が政府を煽り、メディアが煽り、世論が煽り、司法までもが韓国政府を煽る。

韓国、慰安婦問題で協議要請 憲法裁判決から2年

 【ソウル共同】韓国の憲法裁判所が2011年8月に元従軍慰安婦の賠償請求権問題をめぐり、韓国政府が具体的な措置を講じてこなかったのは違憲と判断してから30日で2年となるのを前に、韓国外務省の韓副報道官は29日、日本がこの問題で韓国との協議に早期に応じるよう求めた。

 憲法裁の判決後、韓国は11年9月と11月の2度、文書で協議を求めたが、日本は1965年の日韓請求権協定で解決済みとして応じていない。

 この問題は、昨年8月の李大統領(当時)の竹島上陸の遠因となった。韓国で悪化した対日感情も背景に、朴大統領も歴史、領土問題で日本に強い姿勢を取り続けている。

47ニュース 2013.8.29

2013/08/25

慰安婦碑の前で旭日旗追放一周年 (米国)


発足一周年だそうな。そうだよなぁ、ロンドン・オリンピックの男子サッカー三位決定戦が2012年の8月だったのだから・・・。しかも、その式典を慰安婦の碑の前でやると。

例によってベトナム戦争の戦友会からも代表(会長)が参加している。

「日本の戦犯旗撲滅市民の会(イルチョントェモ)」が23日発足1周年を迎え、ペク・ヨンヒョン イルチョントェモ共同代表をはじめとする韓国人団体長が過去の歴史を否定する日本の極右政治家たちを強力に非難して日本政府が戦犯象徴物を自ら撲滅(?)することを要求した。 ニュージャージー州パリセイズパーク慰安婦記念碑の前で開かれた記念式には、ペク・ヨンヒョン代表とニュージャージー韓国人会ユ・カンフン会長、パリセイズパーク韓人会のチャン・キボン会長、パリセイズパーク商工会議所ハン・ジス会長、在米ベトナム戦参戦戦友会チョン・ヨンサム会長などが参加した。

Zum 2013.8.24
キッカケはこの事件の逆恨みだと言われている

【뉴욕=뉴시스】노창현 특파원 = ‘일본 전범기 퇴출 시민모임(일전퇴모)’이 23일 출범 1주년을 맞아 백영현 일전퇴모 공동대표를 비롯한 한인단체장들이 과거 역사를 부정하는 일본의 극우정치인들을 강력히 비난하고 일본정부가 전범 상징물을 스스로 퇴출할 것을 요구했다. 뉴저지 팰팍 위안부기림비 앞에서 열린 기념식엔 백영현 대표와 뉴저지한인회 유강훈 회장, 팰팍한인회 장기봉 회장, 팰팍상공회의소 한지수 회장, 재미월남전참전전우회 정용삼 회장 등이 참석했다.

2013/08/24

前原誠司、河野談話踏襲が議員の会の外交姿勢

前原誠司といえば、以前アジア女性基金に代わる新基金の創設に前向きと伝えられていた。聨合ニュースによればだが、「戦略的な日韓関係を築く議員の会」は村山談話と河野談話の踏襲をテーマに設立されたという話。本当?

韓国の姜昌熙(カン・チャンヒ)国会議長は23日、ソウルで開催中の第21回韓日フォーラムに出席するため来韓した民主党の前原誠司元外相ら同党の議員連盟「戦略的な日韓関係を築く議員の会」のメンバーと会談した。

前原氏は、重責を担う人たちの靖国神社参拝自粛は当然であり、日本の過去の侵略と植民地支配を謝罪した「村山談話」(1995年)と旧日本軍の慰安婦の強制性を認めた「河野談話」(1993年)を踏襲することが隣国のことを考える外交姿勢だと考え、同会が発足したと説明した。

前原氏は慰安婦問題について、「1965年の日韓請求権協定により解決済みだというが、アジア女性基金を設立して道義的観点から努力を続けている」と述べた。2011年に京都で開かれた李明博(イ・ミョンバク)大統領(当時)と野田佳彦首相(同)の首脳会談で、さらに知恵を絞り協力するという民主党の立場を確認したと強調した。

歴史認識や領土問題については「両国の見解に差があるものの、今後対話を重ねれば戦略的で重要な両国の友好協力関係を維持できるだろう」との考えを示した。

長島昭久元首相補佐官は「基本的に歴史的事実を直視し、それに基づいて未来に向かうべきだとの考えを持っている」とした上で、2年後の両国の国交正常化50周年とその後の50年を、友好関係に基づいて見据えることができるよう努力すべきだと述べた。

姜議長は「両国議員の間で政治的に解決できないことはない。互いに少しずつ譲り合って理解し、歩み寄れば、全ては時間の問題となり解決することができる」と述べた。

韓日議員連盟副会長を務める韓国最大野党・民主党の金栄煥(キム・ヨンファン)国会議員は「日本の政治家らの『妄言』で両国国民が望む善隣友好の精神が損なわれている現実を残念に思う。ドイツのように日本も過去に対する謙虚な姿勢を持てば、韓日関係はさらに深まり、北東アジアの平和にも大きく寄与することになる」と強調した。

若い女性が満州で聞いた朝鮮人慰安婦の話



コメント欄で喪黒福造さんが教えて下さった第三者による証言。桂心豊というこの女性は、詩吟の宗家。漁火通信(2010.10.1)によると、彼女は若い頃満州開拓団の団長であった父に連れられて満州に渡り、満州の洋裁学校を卒業後満鉄に入社した。

ある時、休暇中に新京郊外のにあった「ピー屋」に迷い込む。そこで見聞きした話を語っている。漁火通信の方が詳しいが、そこで彼女が出会ったのは、二十歳ぐらいの朝鮮人女性。日本語は流暢であった。三年働けば家が建つと隣村の周旋屋に説得されて満州に出稼ぎに来ていた。前線に出て行く兵隊からもらうチップもよい収入になると語っていたという。昭和18年(1943年)の話だという。

証言者が赤線と言っているように(漁火通信)、公式の慰安所かどうかは分からない。また時期によって、場所によって慰安所の状況は様々だったから、この証言を持って日本軍の慰安所というものに対するイメージを固めてしまうわけにも、全ての慰安婦が喜んで出稼ぎに来ていたと決め付けるわけにもいかない。しかし、証言者も満鉄で高給とりだったように、商売人も娼婦も外地まで行くと稼ぎになったのだろう(正確には朝鮮半島も外地)。これは「からゆきさん」の頃と変わらない。

前線に出る兵士からお金(軍票?)をもらうという話は他の慰安婦の証言にもある。お客である兵士には本当の事(悲惨な体験)は語らないと言う論者もいるが(兵士の証言は当てにならない、という主張)、これは当時同じ年頃の女性が慰安婦から聞いた話である点に価値があるといえようか。

悲惨な話もあれば、苦労を共にした慰安婦と兵士の心温まる交流も伝えられている。一方的な現在の言われようについて、証言者は我慢出来ないと言って涙を流している。


[メモ] 戦時徴用訴訟 原告請求額を増額


戦時徴用訴訟 原告が三菱重工への慰謝料請求額を増額

太平洋戦争中に三菱重工業の工場などで労働を強いられた元朝鮮女子勤労挺身隊の女性らが同社を相手取り損害賠償を求めた訴訟で、原告が慰謝料請求額を2倍に引き上げた

韓国・光州地裁で23日、梁錦徳(ヤン・グムドク)さんら原告5人(被害者6人)が同社に賠償を求めた訴訟の3回目の審理が行われ、原告側は1人当たり1億ウォン(約890万円)としていた慰謝料を2億ウォンに引き上げて請求した。

原告側の弁護士は増額の理由について、「先ごろソウル高裁で判決が出た同様の訴訟で、高裁が『被告(新日鉄住金)が支払うべき慰謝料は少なくとも1億ウォンになるが、原告は1億ウォンだけ請求した』として1億ウォンの賠償命令しか出さなかったため」と説明した。

また、日本は強制徴用する際に14歳以上の未婚者を対象としたが、今回の訴訟を起こした被害者らが12~13歳で徴用され、韓国に戻ってからも女性として誤解を受けてきたことも考慮したという。判決は10月末ごろに出る見通しだ。


2013/08/22

インテリ市長が一蹴した建前論(ブエナパーク市)

エリザベス・スィフト市長は元教師

慰安婦像設置運動の候補地として、グレンデール市に続いて狙われたブエナパーク市。ここでの公聴会は、反対派優勢で幕を下ろした。グレンデール市の騒動についても良質なレポートを提供してくれたジャパラのモリサワ記者の新しい記事から、市長がぶった設置反対論。

デトロイトでもそうだったが、教養のある人間にこういったインチキは通用しない。世界史に詳しい市長は、同じようなことが二度と起きない為などとこじつける運動家たちの口車には乗らなかった。馬鹿も休み休み言え!といった剣幕である。大義名分を弄する推進派の偽善性を嗅ぎ取ったのかもしれない。

※ こういう人に、「慰安婦は単なる売春婦」と言ったら即落第。「そんなことが起きたかって?そりゃあ、起きたでしょう」と彼女は言っている。慰安婦の多くは、人身売買の犠牲者でもあった。

「そんなことが起きたかって?そりゃあ、起きたでしょう。こんなことは人類の歴史上ずっと起きているわ。私は(元教師として)世界史も教えてきたの。一万年分の歴史を教えてきたわ。歴史なんて醜いものなのですよ。こんなこと他のどんな国でもどんな時代でも何度でも繰り返されているの。世界中の女性が何世紀にも渡って、被害を受けてきたわ…。国務省のウェブサイトに行って「人身売買」って検索して御覧なさい。( 最近のメキシコの人身売買を例に挙げて )性奴隷や人身売買っていうのは、今まさに起きている出来事なのよ!…韓国人による人身売買だって起きているの。家族の収入になるからってそそのかして10代の女の子を誘拐しては、彼女たちをコントロールするために、レイプや暴力を繰り返して脅すのよ。そして、それは今現在起きていることなの。それなら第二次世界大戦で起きてたって少しもおかしくないでしょう。それを(韓国側の主張を引用して)”こんなことが二度と起きない様に” だなんて、1秒たりとも考えるべきじゃないわよっ!…..(中略)…… 私たちの街ブエナパークは、この(慰安婦の)銅像のためだけに、特別にスペースを提供するべきだとは思わないわ…。それから設置費の3万ドルもあれば、もっと効率のいい有意義な教育方法がたくさんあるはずです。(中略)でも、この慰安婦問題を、現在の人身売買問題に関連付けて学べることがあるわ。子供たちっていうのはね…現実的に自分たちと関係がなくて、行動する手段もない様な、過去の戦争時の残虐行為なんてまっぴらなのよ!そんなことを子供たちに押し付けるくらいなら、現在生きている人たちのあいだで実際に起きている(性奴隷・人身売買などの)問題から前向きな成果を生み出す方法を考えることの方がよっぽど効果的で大切よ!(慰安婦像設置の)他にやれることはたくさんあるわ。だからね…個人的にはもうこんな議題は話したいとは思わないわ…。」

ジャパラ(一部) 2013.8.15

シカゴ日本領事館に声明書


小さなニュースなのだが、シカゴでもこの様な動きがあったという話。

[シカゴ] 慰安婦追悼の日、1周年イベント

日本領事館に声明書伝達・・・徹底した真相究明要求

8月14日は、91年8月14日にキム・ハクスン・ハルモニが慰安婦被害事実を公けに証言したのを記念し、昨年から日本軍慰安婦追悼(?)することで制定された日だ。

慰安婦追悼(?)の日1周年である14日、世界あちこちで日本軍慰安婦問題解決を促す様々な行事が催された。

シカゴでも今日の午前慰安婦問題解決を促す日本軍慰安婦声明書が日本領事館に伝えられた。

慰安婦追悼の仕事に加わわるめにシカゴでは女性ホットライン「캔 윈(Kaen win)」と「汎シカゴ家庭暴力ネットワーク」が共同で「日本軍慰安婦声明書」を作成し、声明書を日本領事館に伝達するために、女性ホットラインと韓国人教育文化마당집、汎シカゴ家庭暴力ネットワークらが同行した。

伝えられた声明書は日本軍慰安婦被害者の正義回復と女性への暴力中止、人権回復を主張する内容を盛り込み、特に慰安婦犯罪に対する真相究明と公式謝罪法的賠償正しい歴史教育を実施することを促す内容を含んでいる。

声明書を日本領事館に直接伝達しようとしたが、日本領事館の関係者たちが姿を表わさない。ああ、結局声明書は警備員(によって?)間接的に伝えられたと伝えた。


[시카고] 위안부 기림일 1주년 행사

일본 영사관에 성명서 전달...철저한 진상 규명 요구

8월14일은 지난 91년 8월 14일 김학순 할머니가 위안부 피해 사실을 공개 증언한 것을 기념하면서 지난해부터 일본군 위안부 기림일로 제정된 날이다.
위안부 기림일 1주년이 되는 날인 14일 세계 곳곳에서 일본군 위안부 문제 해결을 촉구하는 다양한 행사가 개최됐다.
시카고에서도 오늘 오전 위안부 문제해결을 촉구하는 일본군 위안부 성명서가 일본 영사관에 전달됐다.
위안부 기림일에 동참하기 위해 시카고에선 여성 핫라인 ‘캔 윈’과 ‘범 시카고 가정폭력 네트워크’가 공동으로 ‘ 일본군 위안부 성명서’를 작성하고 성명서를 일본 영사관에 전달하기 위해 여성핫라인과 한인교육문화 마당집, 범 시카고 가정폭력 네트워크가 함께했다.
전달된 성명서는 일본군 위안부 피해자들의 정의 회복과 여성폭력 중지, 인권 회복을 주장하는 내용을 담고 있으 며 특히 위안부 범죄에 대한 진상 규명과 공식사과와 법적 배상, 올바른 역사 교육을 실시 할 것을 촉구하는 내용을 담고있다.
성명서를 일본 영사관에 직접 전달하려 했지만 일본 영사관 관계자들이 모습을 드러내지 않 아 결국 성명서는 경비원에게 간접적으로 전해졌다고 전했다. <시카고 위플>

風俗嬢という職を選ぶ若者


こういうのを読むと、慰安婦騒動の中でまことしやかに語られる「女性の名誉と尊厳」って何なのかと・・・。

性風俗という職 働く若い女性に聞く

性風俗業を仕事に選ぶ若い女性が増えているという。合法であろうと、男女が金銭を介して性的サービスを受けたり、提供したりする関係には賛否両論がある。ただ、当事者である女性たちの思いを表立って聞く機会はあまりない。なぜ性風俗の世界に自ら入ったのか。実際に働いている3人=いずれも仮名=から現状を聞き、その背景を考えてみた。(担当・角雄記)

就職後も「副業に」/多くの出会い経験

東京都のりょうこさん(30)は6月から、都内のデリバリーヘルス店で働くようになった。男性客の元に出掛けて性的なサービスを行い、週3~4日、1日9時間の出勤で収入は20万円ほどだ。

事務職の契約社員として3年間働いてきたが、3月に契約が満了になったのがきっかけ。大学を卒業後、アルバイトや派遣、契約社員で事務や経理の仕事に携わったが、あまり好きにはなれなかった。「どうせなら、興味のある翻訳の仕事をしてみたくて」。勉強に割ける時間と望む収入を両立できる仕事を考えると、短時間で高収入が得られる性風俗業が選択肢に残った。

仕事には特に抵抗感なく入ったが、想定したほどは稼げていないという。接客時間が短くて料金も安い「激安店」でも掛け持ちで働いてみたが、客の数は多い半面、性病のリスクが高くなることなどもあって敬遠した。

「いろんな店を見た方が良い」という同業の女性からの勧めもあり、所属先は2カ月で3店舗目だ。都心から郊外の店へ移り、仕事が少し増えた。自由のきくシフトはやはり魅力。希望の職が見つかっても「副業として続けられたら」と考えるようになった。

現役の学生もいる。大阪府内の大学に通いながら、1年ほど前から性風俗店で働くまみさん(21)もその1人。週3回ほどの出勤で、学生ながら多い月は40万円以上を稼ぐこともある。

金銭的に困ってはいないものの、大阪市内の繁華街でスカウトに声を掛けられ、なんとなく働き始めた。大学にも、性風俗業で働く友人が1人いる。

業界で働き始めてから、いろんな女性に会ってきた。ドメスティックバイオレンス(DV)や貧困、生きづらさなどの問題を抱えながらも、職業が知られることを恐れて声を上げられない女性が多いことも知った。だから「この仕事をしてなかったら、薄っぺらい人生だったかも」と思うことがある。仕事はあまり好きではないが、今は辞め時を考えずに続けるつもりでいるという。



自身も性風俗業に携わり、業界で働く女性の支援団体の活動にも加わる関西地方の専門学校生ata(あた)さん(27)は、「若者の間で手軽に働けるイメージが広がっているのでは」とみる。スマートフォンで高収入求人サイトに気軽にアクセスできるなど、性風俗業の情報が女性に届きやすくなった側面もある。

一方で、育った環境などが理由で人間関係をうまく築くのが苦手で、「サービスを通して認めてもらえる」と自己肯定感を求める女性も少なからずいる。また30~40代が中心に在籍する性風俗店では、女性のほとんどがシングルマザーという。

性の意識の変化、自己の承認欲求、生活の困窮…。働く人が増えて競争が激化する背景には、さまざまな要因が複合的に絡み合っていると感じている。ただ、こうも思う。「この仕事があってぎりぎりのところで生きられた人もいる。性風俗業について考えるとき、『悪い仕事』と簡単に批判するだけでなく、そうした人たちの存在にも気づいてほしい」

「以前より収入厳しく」 研究者ら意見交換会

全国の性風俗店の数は店舗型と無店舗型を合わせ、2008年の約2万から12年の約2万7000へと大きく増えている。競争が激化する中、性風俗業で中長期的に生計を立てられるのか-。こんなテーマを掲げた意見交換会が7月下旬、当事者の女性や研究者らが参加して東京都内で開かれた。従来、性風俗業は「高収入」というイメージが強かったが、以前ほど稼げていない現状が報告された。

「セックスワーク・サミット」と題し、性風俗業の問題を研究する一般社団法人「ホワイトハンズ」(新潟市)が主催。働く女性たちにインタビューを重ねるライターの中村淳彦さんは「裕福に稼いでいるのは一握り。多くは会社勤めと同じか、それ以下にとどまっている」と問題提起した。

業界の女性を支援する団体「SWASH」(スウォッシュ)の要友紀子さんは「収入が不安定になれば、女性は客のハイリスクな求めに応じざるを得なくなり、ますます危険な職業になってしまう」と指摘。一般参加した社会学者の宮台真司さんは「生活に困窮した女性が業界で働くケースがあるが、そうした困窮者の支援は本来は行政が対応すべき課題だ」と述べた。

中日新聞 2013.8.17

2013/08/20

朝日記者が歩く「慰安婦の碑」の町

碑の両側に米国旗
お馴染みの韓国旗が無くなってる!?

最後の地元議員の話。読むに値するのは、日本は謝りました補償を申し出ましたといったメールだけで、彼女たちは売春婦だった、意に反して連れて行かれた人などいないというメールは「素直に言って、不適切」・・・不適切と彼は言っているが、本当は「言語道断」と言いたかったのだろう。

そういう雰囲気を察しているから、日本政府はひたすら「謝りました賠償済み」を繰り返しているわけだが、たぶんこれがアメリカ人の平均的な反応。被害者(?)を売春婦と言った時点で、読むに値しないと判断されてしまう。

たぶん抗議している側は、強制連行(徴用)はなかった事、慰安婦は奴隷でなく対価を受け取っていたことを(不慣れな外国語で)訴えたかったのだろうが、それをストレートに言うと反発される。

慰安婦は単なる売春婦言説は、数の力(抗議メールが数百通)こそ発揮するが、説得力はあまり期待できないようである。かと言って、謝りましただけで済ませてしまっては、いつまで経っても誤解は解けない。やはり、もう一工夫必要なようだ。

ところで、朝日の大島記者といえば国務省の報道官とのやり取りを以前取り上げたが、米軍が日本人女性の性を利用していた事についての質問は、あのままウヤムヤにしてしまったのか?沖縄の被害についてはあまり気にならない?

(@ニュージャージー)「慰安婦の碑」の町を歩く

ニューヨーク・マンハッタンの西側を流れるハドソン川。ジョージ・ワシントン橋を渡ってニュージャージー州に入ると、道の両側にハングルの看板が続く地域に入る。マンハッタンにも小さなコリアン・タウンはあるが、ここは町全体がコリアン・タウンといった趣だ。このパリセイズパーク市は人口2万人のうち1万人強を韓国系アメリカ人が占め、全米で最も韓国系の割合が多い自治体の一つと言われている。

慰安婦の碑は、町の図書館の建物脇にあった。「みんな言うんですよ。思っていたより小さいんですねって」。地元の画家スティーブ・カバロさんが案内をしてくれた。

カバロさんは、記念碑の建立で中心的な役割を果たした一人だ。社会問題をテーマにした絵を多く描いていたカバロさんは、ホロコースト(ユダヤ人虐殺)や日系人の強制収容所など戦争の被害者をテーマにした作品を構想する過程で、慰安婦問題を知った。2009年には韓国を訪れて元慰安婦にも会い、この問題をテーマにした絵を描き、企画展も開いていた。

「当時、韓国系アメリカ人の団体が慰安婦の記念碑を建てようとしたが、場所が見つからなかった。そこで私が旧知の市長に話してみたところ、市長も『そんな問題があったとは知らなかった』と関心を示したのです」。カバロさんはこう経緯を振り返る。

当初は韓国系アメリカ人社会の間でも、必ずしも大きな注目を集めたわけではなかったという。慰安婦の碑が日本国内や米国の韓国系社会で大きく注目されるようになったのは、現国家公安委員長の古屋圭司氏ら、日本の国会議員4人が12年にパリセイズパークを訪れてからだった。古屋氏ら日本の議員側は「20万人以上が強制連行された」などとある文言について「事実ではない」と指摘して碑の撤去を求めたが、市側は応じなかった。

この件以来、パリセイズパークに日本から寄せられる抗議のメールが急増し、数百件に及んだという。一方で、地元の韓国系コミュニティー向けの新聞がこの問題を大きく報じたことで、韓国系社会の間でも碑の存在が広く知られることになった。カバロさんは「この問題がこれほど大きな出来事になるとは思っていませんでした。日本の友人たちも特に不満を口にしなかったし、慰安婦の問題は日本でも認知されていることだと思っていました」と振り返る。

パリセイズパークは、韓国系が5割を占めるという意味では、特殊な町だ。一方で、マイノリティーの人口が増えて政治的にも社会的にも影響力を増している、現在のアメリカ社会の変容を象徴する町でもある。

韓国系アメリカ人は、日系や中国系に比べて歴史こそ浅いが、現在に至るまで移民の波が続いているうえ、積極的に政治に関わる姿勢が目立つ。移民は世代を重ねるにつれ母国とのつながりが薄れるのが常だが、韓国系の場合は1980年代以降に移民した人が多いため、移民1世や2世が中心で母国とのつながりが強いのも特徴だ。

パリセイズパークの慰安婦の碑建立を推進した団体「コリアン・アメリカン・シビック・エンパワーメント」のドンチャン・キム代表は、「私たちにとっては92年のロサンゼルス暴動が転機でした」と語る。

スピード違反を犯したアフリカ系の男性に対して白人警察官が集団で暴行を加えたことが暴動の発端だったが、暴動の中では韓国系の商店街も襲撃された。「警察は韓国系の商店街を守ってくれなかった。我々が団結して声を上げなければダメだと思った」と話す。

団体の活動は多岐にわたる。米国では投票するためには、まず有権者登録が必要だ。この団体は韓国系アメリカ人にターゲットを絞り、有権者登録を働きかけて投票するよう促している。さらに、立候補をした政治家にインタビューをしてウェブサイトで公開したり、韓国系アメリカ人が多く住む地域が一つの選挙区になるよう区割りの見直しを働きかけたりと、あの手この手で韓国系の政治的なプレゼンスを高める取り組みをしている。

日本では「地元への利益誘導」と言うと否定的な響きがあるが、米国では必ずしもそうではない。政治家、特に下院議員の発言を聞いていると、地元の利益を代弁することこそが自分たちの仕事だと考えている節すらある。「アメリカの政治家を動かすことができるのは地元の有権者だけだ」。最近ある日本人外交官からこんな言葉を聞いたときに、真っ先に頭に浮かんだのが、この韓国系団体の活動内容だった。

パリセイズパークを含むバーゲン郡の議員、ジョン・ミッチェルさんは、筆者にこう言った。「米国は移民社会です。韓国系は確かに人口増で政治的影響力を強めている。ただ、自分たちの重要課題を支持する政治家に投票するのは、皆同じです。韓国系だけではありません。アフリカ系や、ヒスパニック系社会と何ら変わりはないのです」

共和党員のミッチェルさんは「同盟国日本を傷つける意図はない」と何度も繰り返したが、日本から自分の元に寄せられたメールの話になると、表情が険しくなった。示唆に富む言葉なので、最後にそのまま紹介したい。

「日本からのメールはおおむね2種類に分けられます。一方は読むに値するもので、日本が補償を申し出たことや、日本政府が謝罪をしたことが書かれてありました」。日本の補償とは、アジア女性基金のことを指しているのだろう。「もう一種類は、彼女たちを売春婦と呼び、自分の意思に反して連れ去られた女性などいないと主張するメールです。率直に言って、不適切だと思いました」

朝日 2013.8.20

ロス暴動が韓国人の意識を変えたように、今回の慰安婦の碑騒動が日本人の意識を変える事になるのだろうか?

「日本だけが悲鳴を上げてる」(朝鮮新報)


「全世界がそれを至極当然なことと見なしている」・・・ソース、ソース。

〈論調〉「慰安婦」否定する日本の妄動

最近、米国のカリフォルニア州ロサンゼルスに日本軍「慰安婦」を象徴する少女の銅像が建立された。このニュースが伝わると、全世界がそれを至極当然なことと見なしている

ところが唯一、日本だけは悲鳴を上げて大騒ぎしている。ロサンゼルス駐在日本総領事館が声明を発表して「遺憾」を表明し、日本の内閣官房長官が記者会見を開いて日本軍性奴隷犯罪を政治的・外交的問題にさせてはならない、受け入れられないと述べた。一方、日本外務省報道官は「不快感」を表し、これまで自分らが「女性のためのアジア平和基金」を通じて「慰安婦」問題の解決のために努力してきたので非難を受ける理由がないと発言した。

日本の反動層が国際的にさらに世論化している性奴隷犯罪の問題に関して政治的・外交的問題にしてはならないだの、非難を受ける理由がないだの何のと言うのは彼らの破廉恥さを示すだけである。

もし、日本が今後も性奴隷犯罪に対して責任を感じられず、今のように引き続き卑劣に振る舞うなら、さらなる国際的非難と糾弾を免れないであろう。日本は現実を直視して過去の犯罪を誠実に認め、その清算に臨まなければならない。

朝鮮新報 2013.8.20

2013/08/18

写真で見る水曜デモ19 グレンデール市の「お墨付き」

お墨付きを得た「日本政府による強制売春」

先週の第1034回水曜デモでのひとコマ。

昨年、カリフォルニア州グレンデール市は、朝鮮人慰安婦の日(Korean Comfort Women Day)を制定した。これが今年の慰安婦像の設置に繋がるのだが、挺対協のユン常任代表が手にしているのが「朝鮮人慰安婦の日」の宣言書。この宣言書にはこのように書かれている。

the ‘comfort women’ system of forced military prostitution by the Government of Japan, considered unprecedented in its cruelty and magnitude is one of the largest cases of human trafficking in the 20th century

残虐さと規模で前例がないと見なされている日本政府による強制軍用売春システムである「慰安婦」システムは、20世紀の人身売買の中で最大のものの一つ)。

ユン・ミヒャンは、事実でないと承知つつ、国際社会のお墨付きとしてこうして聴衆に披露しているのである。

2013/08/17

オランダ人元慰安婦の体験集出版


慰安婦:オランダ人元慰安婦8人の体験集を出版

1940年代の太平洋戦争当時、インドネシアで日本軍の慰安婦として連行されたオランダ人女性8人の経験をつづった手記集『Geknakte Bloem(折られた花)』=写真=が、最近オランダで出版された。主婦のマルガリータ・ハマー・モノ・ド・フロワドビーユさん(72)が、オランダの元慰安婦にインタビューして執筆した本だ。本書の表紙には「8人の女性が日本軍による強制売春について語る」というサブタイトルが付いている。

マルガリータさんは1941年、当時オランダの植民地だったインドネシアの港湾都市スラバヤで生まれた。翌42年、日本軍がインドネシアを占領し、マルガリータさんも家族と共に強制収容所に連行された。当時、オランダ人約9万人が強制収容所に送られ、一部の女性は慰安婦として連行された。

戦争が終わり、オランダに戻って平凡な主婦として暮らしていたマルガリータさんは、慰安婦に対し十分な補償や心のこもった謝罪をしない日本に対して怒りを覚えた。94年、対日道義的債務基金(JES)に加入して慰安婦関連の仕事へ本格的に身を投じ、今回本書を出版した。本書は、今年9月に日本でも翻訳出版される予定だ。

2013/08/16

霊が書かせた慰安婦小説 Sunday Girl


性の奴隷とされるべく何万という少女が朝鮮半島から連れ去られた。悪の日帝は滅びたが、誘拐された少女の多くは帰らなかった。そして、その事実は長く歴史の闇に封印されていた。・・・などという話は、当時の韓国人だって聞いたことはない(挺身隊として徴用された女性が慰安婦にされた、という噂はあったらしいが)。当然、Kalliope Leeの両親も彼女にそんな話はしなかった。ところが、日本軍性奴隷の話が国際常識として語られるようになると、両親が自分に話さなかったのは、それがトラウマだったから敢えて口にしなかったのだ、という事に彼女の中ではされてしまった。

韓国系アメリカ人Kalliope Leeの小説サンデー・ガール(Sunday Girl)がロサンゼルス・タイムズに取り上げられたのは、橋下発言のせいもあったろう。李(Lee)の安っぽい日本論。日本の右傾化、ドイツとの比較、恥ゆえに事実を認めようとしない日本文化、エトセトラエトセトラ。挙句の果てに韓国は日本にレイプされたとか、本気の悔恨を示さない限り韓国は永遠に日本を許さないとか言うのも白けるのだが、「自分の魂が自分以外の体験を記憶している」とか「名の知れぬ死者が私と共にあるかのように感じた」とか、もう正しくオカルトの世界である。

慰安婦の話が韓国の民族叙事詩のようになってしまった以上、今後もこういった悪ノリ(?)は続くだろう。

-- 本を書こうと思ったインスピレーションはどこから?第二次世界大戦中とそれ以前に朝鮮人女性が性奴隷にされた話を聞いて育ったのですか?

 そういう話は聞かされませんでした。私の両親の過去と戦争に関する限り、ほとんど何も聞かされない状況で育ちました。両親たちは、記憶から消し去ったトラウマとなるたくさんの出来事があったのだと思います。私も訊きませんでしたし。目に見えないこうした壁があったようですね。

それで、1990年代に慰安婦について耳にした時、私はダイレクトに反応しました。衝撃に襲われたというか。即座に悲劇を体内に感じたんです。私はいつも物書きになりたかったし、彼女たちの物語の為に私が語り部になる必要があると感じたんです。彼女たちが経験した残酷なトラウマの後、二度目のトラウマは、恥から来る彼女たちの沈黙でした。そのせいで、どんな癒しもなかったのです。

-- この本の中に出てくる話や材料は歴史学的なものなのですか?それとも全て純粋にフィクションなんですか?ドクター、ノー・ヨン・ソーの日記は、とても事実っぽい雰囲気があるのですが。

 純粋にフィクションです。私の作文の先生の一人はE.L.Doctorow氏ですが、彼が下さった一番のアドバイスは、前もって下調べはするなと。かえて負担になると。だけど、私は戦争の話をたくさん読んで、それを全部吸収しました。

-- この本は、血が記憶を、まるで物理的な特性のように世代を通じて伝えて行くといったような観念 神秘主義的な要素が織り込まれていますね。貴女は前の世代の女性たちの記憶を感じることがありますか?

 神秘主義については、ずっと懐疑的でした。シビル(巫女)という存在もね。しかし、創作活動に携わる中で、それとは逆の考えに至ったことを認めないわけにはいきません。つまり、自分の魂が自分以外の体験を記憶しているという。だから、これほどの知識を持って書けるんです。まるで名の知れぬ死者が私と共にあるかのように感じたんです。一文無しで、悲劇的な死を迎えた人々です。彼女たちはとてつもなく苦しみ、それを語れず終わったのです。個人的な体験はありませんでしたが、彼女たちが私の祖先であると直感しました。私が最初に慰安婦について聞いた時、私の中の何者かが語りかけてきたのです。この事について書いてくれと。

-- シビルにまつわる性的暴力と共にサドマゾヒズムなシーンがありますが、彼女は慰安婦が経験した虐待の血の記憶を伝えようとしているのでしょうか?

 これは私にとってとても難しいことでした。犠牲的といっていいくらい。しかしかなりのタブーであるこの事について暴露することは、癒しでもあるのです。恥がタブーの入り口なのです。シビルは、彼女が考えうる最も恥ずかしい体験を演じることでそれを突き抜けることが出来ます。

-- この本には、韓国人の子供がアメリカ人の養子になり大人になった子供アイデンティティに与えた影響について平行した物語が語られていますよね?性奴隷にされた話と養子の急増は関連していると思いますか?

 両者は恥という要素を共有しています。婚前性交で子供が出来ると、その恥の証拠を隠さないといけない。養子に出された子供の殆どは、未婚女性の子供です。あなたが韓国人の女性だったら、あなたの未来はあなたが生き延びることが出来るよう助けてくれる男性を見つけられるかどうかにかかっています。肉体関係を持ち・・最悪、妊娠してしまったら・・・男は誰も振り返ってくれない。あなたは使用済みなんです。日本人が言うように、25日過ぎのクリスマスケーキのように。

-- なぜこの二人の若い韓国系アメリカ人の女性の話は、1991年が舞台になっているんですか?

 金学順が名乗り出た年だからです。最初の慰安婦証言者として。本の最後でそれが明らかになることを願ったのです。1991年にはいろんな事がありました。第一次湾岸戦争で韓国に駐留するたくさんのアメリカ兵がペルシャ湾へ派遣される可能性について話題にしていました。私の小説はその時代精神に豊富です。主なモチーフは慰安婦についてだけではなく、手当てされず癒されなかった傷は再発し、受け継がれるということです。

-- 橋下徹大阪市長が第二次大戦中の日本政府の慰安婦についての扱いについての論争を再発させましたね。兵士に対する性奴隷の供給に対して弁護する最近の発言によって。この種のスキャンダルがこれだけの年月を経て繰り返されるのは、戦争の時の日本の残虐行為が満足に謝罪されず賠償されていないからだと思いますか?

 橋下はちょっと単純で極端ですね。しかし、日本政府は歴代首相の時代を通じて法的責任を実に避けて来ました。起こったことについてリップサービスや何だか反省の弁を述べたり、賠償基金みたいなものを作ったりしましたが、彼らは断定調でそれがアトロシティ(残虐行為)だったという事を認めたことはありませんだから、慰安婦の多くは(賠償)金を受け取らないんです。

日本では右翼的軍国主義が増えているようです。橋下のコメントは戦後のドイツと日本がその犯罪的な過去に対する処理の大きな違いについて考えさせました。ドイツでは虐殺の否定は犯罪とされています。ドイツではホロコーストは事実であり、それがアトロシティであることを子供に教育しています。私には、何が起こったかについて猛烈に恥じているドイツ人の友達がいます。日本の違いは、恥と名誉が日本の文化の中に教え込まれていることです。恥を漱ぐには儀式的な自殺、名誉の自殺です。日本の右翼政治家の中には、自分の国が戦争中に残虐行為を働いたことを認めれば、自分たちの祖先の名誉を傷つけると信じているんです。

日本と韓国にはそれほど難しく暗い過去があるんです。韓国は日本にレイプされたと思っています。慰安婦問題は刺激的で扇動的です。なぜなら、それは日本の植民地主義の生きたシンボルだからなんです。国の領土を考える時、女性はその国の資源なのです。彼女たちが市民の産むのです。私はいつも植民地主義の中にこの結論を見て来ました--テリトリーの横領--と女性に対するレイプ。私は、日本のリーダー達が本気の悔恨を示さない限り、韓国は永遠に日本を許すことは出来ないと思います。

ロサンゼルス・タイムズ(一部) 2013.5.30

作者に関する追加情報。彼女の韓国名は이미란(イ・ミラン)。現在37歳。4歳の時に渡米。シカゴ大とコンビア大で学ぶ。現在ロンドン在住。[参考]


Global Voices: Channeling 'comfort women' amid new controversy

A Korean American author’s reverie on the victims of World War II sexual enslavement has landed in e-book form in the midst of fresh controversy provoked by a Japanese politician’s defense of "comfort women" as necessary for wartime discipline and morale.

Kalliope Lee’s “Sunday Girl” is set in Seoul in 1991, decades after the war’s end. It tells the story of two young women who have returned to their birthplace after growing up in the American heartland.

Sibyl, whose Korean mother and GI father have imparted a sanitized version of their postwar meeting during his service at the demilitarized zone between North and South Korea, is in search of the secrets of her heritage, which were lost with her mother’s early death from cancer. Jang-Mee, adopted from a rural orphanage at age 4 and brought up in small-town Minnesota, has come to look for her birth mother, whom she recalls through fragmented memories she has meticulously nurtured.

Their stories veer through a South Korean capital freshly invigorated by an economic boom and successful hosting of the 1988 Summer Olympics. But their physical and psychological journeys take them to darker times in their homeland, confronting them with memories of wartime rape and mutilation they come to believe they carry in their blood. Like the curve of an eyebrow or the shape of a chin, the trauma of sexual enslavement endured by as many as 200,000 Asian women during the war is related to the reader as an experience replicated in subsequent generations. The past haunts women spared the firsthand suffering by what Lee calls a mere quirk of time.

Her novel is a work of fiction, but the channeling of the comfort women’s abuse is so intimate and graphic as to seem at times like narrative history. It captures the essence of women caught between two cultural identities and traveling into the realm of the surreal.

"I can feel in my heart their suffering, the rage of those who died in the ordeal, silenced by shame," Sibyl conveys upon learning of the comfort women's ordeal in the novel. The shame "finds its way, slips through the pores of the living, surviving as a quiet virus in the blood, silently passed on, stealing bodies and voices, ruining lives as theirs have been ruined, until the apocalypse is complete."

A Generation X scholar of Greek tragedy, like narrator Sibyl, Lee spoke with The Times about “Sunday Girl” and the legacies of Korean and American culture that led her to write it.

Question: What was your inspiration for writing the book? Did you hear stories growing up about the sexual enslavement of Korean women before and during World War II?

Lee: No stories were passed down to me. I was brought up in near silence, as far as my parents’ past and the war were concerned. I think there was a lot of trauma they went through, that they chose not to remember. And I didn’t ask. There seemed to be this kind of invisible fence I couldn’t cross. Then when I heard about the comfort women, in the 1990s, my reaction was so visceral, it was almost seismic. I felt the tragedy immediately in my body. I had always wanted to be a writer and I felt like I needed to lend my voice to their stories. After the brutal trauma they experienced, the second trauma was their silence, due to the shame. It prevented any kind of healing.

Q: Are any of the stories or resources referred to in the book historical accounts or are they all purely fictional? The diary of Dr. Noh Young-Soo has such an authentic ring to it.

Lee: It is purely fictional. One of my writing professors was E.L. Doctorow. The best advice he gave me was not to do my research beforehand, that it would weigh me down. But I did read a lot of war narratives and assimilated it all.

Q: The book is threaded with mystical elements, the notion that blood can carry memory and pass it down through the generations like physical traits. Do you feel experiences of women in previous generations?

Lee: Mysticism is something I’ve been quite skeptical about, as is Sibyl. But I have to say that the active creation and writing led me to believe otherwise, that I have this soul that has experienced many things that I have not. That’s why I can write about it with such knowledge. I felt like there were these unremembered dead within me. The ones that died tragically, penniless. They were people who suffered tremendously and were not able to talk about it. I intuited, though I had no personal experience, that they were my ancestors. When I first heard about the comfort women, something within me was speaking, asking me to write about it.

Q: There are scenes of sadomasochism as well as sexual violence involving Sibyl. Is she trying to channel the blood memories of the abuses suffered by the comfort women?

Lee: This was very difficult for me, almost a sacrifice. But I think that divulging some of these topics, which are quite taboo, is very healing. Shame is at the threshold of taboo. Sibyl is able to break through it by enacting the most shameful experiences she can think of.

Q: There is a parallel story in the book about adoption of Korean children by Americans and the influence that has had on the grown children’s identity. Do you see the stories of sexual enslavement and the proliferation of adoptions as connected?

Lee: They share the element of shame, of sex before marriage, and when a child came, there was a need to hide that evidence of shame. Most of the children given up for adoption came from unmarried women. If you were a Korean woman, your future was entirely dependent on finding a man who would help you survive. If you had sexual relations – God forbid you got pregnant – no man was going to look at you. You were used goods. Christmas cake, as the Japanese say: something no one wants after the holiday.

Q: Why is the story of the two young Korean American women set in 1991?

Lee: That was the year when Kim Hak-soon came forward, the first comfort woman to tell her story. I wanted there to be a revelation at the end of the book. There was so much going on in 1991 – the first Gulf War, with a lot of American soldiers still in Korea talking about the possibility of getting shipped off to the [Persian] Gulf. My novel is very much in that zeitgeist, the main motif not being just about comfort women but about how wounds that are not dressed and healed will recur and get passed down.

Q: The mayor of Osaka, Toru Hashimoto, has revived the controversy over Japan’s treatment of the comfort women with his recent remarks in defense of the provision of sex slaves to soldiers during World War II. Does this scandal recur all these years later because there hasn’t been full apology and restitution for Japan’s wartime actions?

Lee: Hashimoto is a bit hotheaded, quite extreme. But Japan has really sidestepped legal responsibility throughout various prime ministers’ terms. They have paid lip service and expressed regret over what happened and set up some kind of compensation fund. But they have not admitted in categorical terms that what occurred was an atrocity. That’s why many of the surviving comfort women won’t take the money.

Right-wing militarism seems to be growing in Japan. Hashimoto’s comments made me reflect on the disparate ways that postwar Germany and postwar Japan have dealt with their criminal pasts. In Germany, genocide denial is a crime. Germany has educated its children that the Holocaust happened and that it was an atrocity. I have German friends who still feel tremendous shame about what happened. The difference with Japan is that shame and honor are inculcated in Japanese culture. The antidote to shame is ritual suicide, an act of honor. Some of the right-wing politicians in Japan believe that if they admit their country committed atrocities during the war that that would dishonor their ancestors.

Japan and Korea have such a difficult, dark past. Korea feels raped by Japan. The comfort women issue is so provocative and incendiary because they are the living symbols of Japanese colonialism. If you think of territory, of a country, women are a resource of that country. They are the ones who give birth to its citizens. I’ve always seen this corollary between colonialism – the usurpation of territory – and the rape of women. I don’t think Korea will ever be able to forgive Japan until Japanese leaders show honest contrition.

ソ・ギョンドク、Youtubeに慰安婦動画


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慰安婦問題扱った動画 韓国人教授が制作=SNSで拡散

【ソウル聯合ニュース】韓国広報の専門家として知られる誠信女子大学の徐ギョン徳(ソ・ギョンドク)教授が制作し、15日にユーチューブに投稿した動画「韓国人が知っておくべき歴史の話・第1弾 日本軍『慰安婦』編」が、短文投稿サイトのツイッターや交流サイトのフェイスブックなどソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)を通じて急速に広まっている。ユーチューブでの再生回数は16日までに2万回を超えた。

9分ほどのこの動画では、慰安婦の名称に関する問題を分かりやすく解説している。

冒頭で、ソウルの日本大使館前に設置されている慰安婦を象徴する少女像について、1992年1月8日に始まった水曜集会(慰安婦問題の解決を訴える定例の集会)が1000回を迎えたことを記念し、2011年11月14日に設置されたものだと説明。

続けて、1930年代初めから日本政府が組織的かつ体系的に運営した慰安婦に対する表現として「挺身隊」と「従軍慰安婦」が最もよく使われているが、いずれも不適切な表現だと問題を提起している。日本は女子挺身隊、または女子勤労挺身隊という名称で労働力も搾取したが、この女性らの相当数が慰安婦として連行された。このため「挺身隊」という言葉が自然と「日本軍慰安婦」を指す言葉になったが、性奴隷生活を送った慰安婦とは根本的に異なると指摘した。

また、従軍慰安婦の「従軍」は軍に従うという意味で、自発性が込められた言葉だと説明。この言葉は慰安婦の実相を隠そうとして日本が作り出したものだとし、慰安婦の証言から強制性は明白だと強調した。

動画はさらに、慰安婦が強制動員された歴史的背景、1日平均10~30人の軍人を相手に性行為を強要された悲惨な状況などを詳細に説明し、生存している元慰安婦らは今でもつらい思いを抱えていると紹介している。

そして場面は再び1085回目を迎えた水曜集会の現場に変わり、「日本は正しい歴史教育をせよ」といったスローガンを叫ぶ参加者の姿と、安倍晋三首相や日本国会議員の「妄言録」が交互に映し出される。

動画は、慰安婦問題は韓国だけの歴史問題ではなく全世界が関心を持って癒していくべき歴史だと訴え、終了する。

徐教授は「韓国でさえも日本軍慰安婦のことを今でも『挺身隊』『従軍慰安婦』と正しくない言葉で呼んでいるのを見て、これまで謝罪をしない日本ばかりを非難し、肝心のわれわれ自身の姿を反省してこなかったことを残念に思った」と打ち明けた。近く動画を英語、日本語、中国語に翻訳し、ユーチューブで公開する予定だ。今後は独島、旭日旗、靖国神社、東北工程問題など10のテーマを選び、動画を制作するという。

慰安婦は民族受難の物語? そして伝説へ


これは3年半以上前に旧ブログに上げたエントリー。多少文章をいじったが、自分の考えは当時とあまり変わっていないなと思う(状況も十年一日といったところか)。準備中のエントリーにも関わりがあるので、再掲することにした。


不幸は売り物になる。「不幸の物語」は芸術に箔をつける。ところが往々にして、そういった不幸話がフィクションだったりするわけで、まことしやかに解説していた評論家たちが実にいい加減な人々であるということが分かるのである。最近では筆談ホステスが話題になった。「今回取材するうちに銀座ナンバー1という看板はダテではないということがよく判った」。などと感心するむきもあったが、実際の彼女は銀座ナンバー1でもなければ、筆談の逸話も誇張だったらしい。それでも彼女の本は売れ続けるのだろう。

さて、アメリカはヒューストンのFine Arts 美術館では「あなたの明るい未来:12人の韓国人コンテンポラリー・アーティスト展」が開催されている。それを紹介する地元のヒューストン・プレスの記事。

Korea's history in the 20th century was pretty dire. The country was brutally occupied by the Japanese for 40 years. They turned Korean women into "comfort women," sex slaves for the Japanese army, along with trying to systematically destroy Korean culture. Korea emerged from the war divided and impoverished, then suffered through the Korean War and two military coups. (以下略)

朝鮮の20世紀は、よほど悲惨な歴史であった。この国は、日本によって40年間暴力的に占拠されていた。日本人は朝鮮人の女性を「慰安婦」すなわち日本軍の性奴隷にし、組織的に朝鮮の文化を破壊しようとした。第二次大戦後、朝鮮は分断国家として貧困の中から立ち現れた。そして、朝鮮戦争と二度の軍事クーデターという苦難を経験した。

※1 Houston Press 2010.1.27 

この記事を書いた記者は、韓国人芸術家による一連の展示作品を people who live under oppressive or chaotic political circumstances「抑圧や政治的混乱下で生きる(た)人々」ならではの作品と考えたようだが、もしそうだとすれば、それは朝鮮戦争と大戦後の軍事政権の産物であり、日本は無関係なのだ。もっとも、韓国の芸術家たちが本気で「残虐な植民地統治」と「慰安婦強制連行」信じているなら、それはそれでインスピレーションを与えたと言えるかもしれないが・・・。

なぜ、韓国人は「慰安婦伝説」を語ることを好むのか?それは、「民族受難の物語」として市場価値があるからではないのか? 80年代までは誰一人(?)気にせず、米軍基地の売春婦の境遇にはそれほど同情している様子も見えないのに、世界的に有名になった(ホロコースト級の?)民族受難の物語は、韓国ブランドに箔をつけることはあっても価値を下げることはないのである。これは韓国人にとっての「バビロンの捕囚」であり、容易には手放せないのだろう。ソウルに慰安婦博物館を作る、という運動の本質も結局そこにあるのだろう。

だから、いくら「慰安婦問題の解決のために公的謝罪を」などと訴えても、そこには解決の可能性はないのだ。「日帝による、朝鮮民族に対する残虐行為」だという彼女らの主張は、歴史的事実がどうあれ絶対に修正されてはならず、公正な歴史認識を求める日本人からの批判は永遠に(?)なくならないからである。


※1
Capsule Art Reviews: "Body in Fragments", "Cy Twombly: Treatise on the Veil", "Martin Zet: Necessity", "Recent Accessions in Design", "Your Bright Future: Twelve Contemporary Artists from Korea"

By Kelly Klaasmeyer and Troy Schulze Wednesday, Jan 27 2010

[...]"Your Bright Future: Twelve Contemporary Artists from Korea" This is a masterfully curated show now running at the Museum of Fine Arts, Houston. Politics and culture are strong themes in the show, and Korea's history in the 20th century was pretty dire. The country was brutally occupied by the Japanese for 40 years. They turned Korean women into "comfort women," sex slaves for the Japanese army, along with trying to systematically destroy Korean culture. Korea emerged from the war divided and impoverished, then suffered through the Korean War and two military coups. It first had civilian rule in 1992. A rich sense of irony and a dark sense of humor are coping mechanisms sometimes developed by people who live under oppressive or chaotic political circumstances. Those traits are out in force in "Your Bright Future." The title itself sounds like a cruel piece of propaganda, and it's taken from the title of a 2002/2006 work by Bahc Yiso. Walk into Bahc's installation, and the light is blinding. Makeshift wooden stands present a bank of reflector lamps burning what appear to be mercury vapor bulbs, i.e., streetlight lamps. Aimed at the opposite wall, they cast a brilliant but unkind light. There is a strange, nostril-dilating smell to the bulbs, and their brilliance is headache-inducing. When you are walking in front of them to stand in their blinding glare, Your Bright Future is an intensely uncomfortable experience. "Your future" feels like a Gitmo interrogation room. Another standout is Do Ho Suh's epic work Fallen Star 1/5 (2008-9). For the approximately 11-foot-high-by-25-foot-long sculpture, the artist obsessively re-created, at one-fifth scale, the Providence, Rhode Island, apartment building he lived in as a student. The dollhouse-like structure is cut in half and split open so you can see all the little rooms of the various tenants. It is amazing. There are dozens more great works in the show. Go see it. Through February 14. 1001 Bissonnet, 713-639-7300. — KK

写真で見る水曜デモ18 日本人乱入


シリカ太郎さんから教えて頂いた。あまり見たくなかった光景だが・・・。



一昨日の水曜デモに日本人が乱入したという話。「仏像を元の場所へ 天罰が下る」と書かれている。

動画を追加:意外や、結構しっかり自分の意見を開陳していた。(日本談児さんから教えて頂きました)


2013/08/15

閣僚が慰安婦の遺族を弔問 かつてない盛り上がり(産経)

騒いでいるのは一部と言った人もいたが・・・

与野党指導部や閣僚が遺族の元を相次いで弔問するなど、慰安婦問題はかつてないほど社会の関心を集めている

日本大使館前で大規模集会 韓国、慰安婦問題に反発

ソウルの在韓日本大使館前で14日、慰安婦問題で日本政府に謝罪や賠償を求め毎週水曜日に行われている抗議集会が開かれた。韓国では慰安婦問題をめぐる日本の政治家の発言への反発が強まっており、15日の植民地支配からの解放記念日を前に、集会には千人以上が集まった。

韓国では11日、元慰安婦だと名乗り出て日本への抗議活動に多く参加した李容女さん(87)が死去。与野党指導部や閣僚が遺族の元を相次いで弔問するなど、慰安婦問題はかつてないほど社会の関心を集めている。

14日の集会を主催した韓国挺身隊問題対策協議会によると、今月7~15日に日本や米国、台湾、フィリピン、インドネシア、ドイツなど9カ国・地域で集会など関連の行事が開かれる。

産経 2013.8.14

ソウルからヨボセヨ 葬儀すら反日の糧

 韓国では日本統治からの解放を祝う8月15日を前後して毎年、反日・愛国パフォーマンスが騒がしい。今回は韓国メディアが「極右」と目の敵にする安倍晋三首相が第2次内閣を発足させた後とあって盛り上がり、13日には野党国会議員が竹島(島根県隠岐の島町)に上陸。15日には与党議員が上陸を計画する一方、野党議員は靖国神社に行き、声明発表を予定している。

 新聞やテレビから毎日「反日」があふれてくる韓国に住んでいると、多少のことでは驚かないのだが、先日は久々にぎょっとする出来事に遭遇した。

 11日に87歳で元慰安婦の1人が他界したのだが、遺族や僧侶が遺体を乗せた霊柩(れいきゅう)車をソウルの日本大使館前に乗り付け、遺影と位牌(いはい)を前に読経するなど“葬儀”を行った。かつて日本では所構わず葬儀の花輪を送りつけるのは暴力団の嫌がらせと決まっていたが…。

 14日には元慰安婦の女性を支援する反日団体、韓国挺身隊問題対策協議会が呼びかけた集会に教師の引率で夏休み中の中高生ら約1300人が集結。無届けの違法集会を開くなどやりたい放題だ。元慰安婦は生前、反日活動にかり出され、各地を引っ張り回された。死してなお、反日に利用されることを喜んでいるのだろうか。

産経 2013.8.15

2013/08/14

[報道] 強制性に言及したGHQ文書公開と聨合ニュース(必死)


こういう報道の仕方を見ると、韓国メディアももう真相は分かってて、取り繕うのに必死なのではないかと。

日本軍が強制動員した(事実を記録した文書)」から始まり→日本政府(軍)が介入した→介入した→介入→軍が承認した→許可した・・・で、再び「日本軍が慰安婦を強制的に動員した」に戻ってくる。その後また(主語抜き)強制動員された→強制性、とクルクル焦点が変わる。

マッカーサーの機密文書公開 慰安婦の強制性に言及

1945年当時、連合国軍総司令部(GHQ)のマッカーサー最高司令官が、旧日本軍が従軍慰安婦を強制動員した事実を記録した機密文書を作成していたことが明らかになった。

米下院外交委員会東アジア担当専門委員を務めた米ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院(SAIS)客員教授、デニス・ハルピン氏が13日(現地時間)、同文書の主要内容と表紙の写真を聯合ニュースに公開した。

この文書は1992年3月に機密等級が解除され、2006年から米議会が慰安婦決議案採択を推進する際に、日本政府が慰安婦動員に直接介入し慰安所を組織的に運営していた証拠資料となった。また、当時のブッシュ政権により議会に提出され決議案通過に大きく貢献した。

マッカーサー最高司令官の名前で1945年11月15日に連合国軍総司令部が作成したこの文書は、「性的奴隷」である慰安婦制度の大綱を盛り込んだもので、朝鮮半島とビルマ(現ミャンマー)などで慰安婦動員および慰安所運営に日本軍がどう介入したのかについて、詳細な内容を提供するものだ。

2006年に当時のヘンリー・ハイド下院国際関係委員会(現・下院外交委員会)委員長に提出されたこの文書のタイトルは「日本軍慰問施設(Amenities in the Japanese Armed Forces)」。

ハルピン氏は「この報告書は、慰安婦システムに日本軍は公式的に介入しておらず、私的な事業だったとする日本の右派勢力の主張がうそであることを立証するものだ」と説明した。

報告書の結論では「厳格な規律の下での慰安所設置は、日本軍が駐屯する一定規模を超える全ての地域で軍当局の承認を受けた」と記されている。

また、戦争捕虜などの証言を引用し朝鮮半島にいた日本人事業家らが日本軍の要請を受け、朝鮮の女性らをビルマなどに連れて行く過程で日本軍の許可を得たと記述されている。

さらに、ある捕虜が22人の19~31歳の女性を300~1000円で買い取り、日本軍から無料乗船券をもらって釜山から船で女性らを日本軍の駐屯地に連れて行ったという内容も記載されている。

女性らはビルマに到着後、日本軍歩兵第114連隊に配属され、中国・広州から売られてきた21人の中国女性、そして日本女性らと合流した。通行権や医療は日本軍が提供し、食べ物は日本軍の支援で慰安所の所有者が購入したと記されている。

報告書はまた、ナチス・ドイツの親衛隊(SS)にあたる日本の憲兵隊が慰安所周辺に存在した事実も記載し、兵士らが軍の機密を話題にしないよう監視していたとしている。

ハルピン氏は日本の軍当局が慰安婦の移動を担当したという点は、人身売買に直接介入したことを示唆するもので有罪を裏付ける証拠だと強調した。 

米国の同盟国である日本に対する慰安婦決議案に当初は非協力的だったハイド元委員長も、この文書を見てから日本軍が慰安婦を強制的に動員したことを認識した。その上で、これを「明白な証拠(smoking gun)」と表現し、議会通過を積極的に支援した。

ハルピン氏は、「注目すべき点はブッシュ政権が機密等級が解除されたこの文書を日本政府が(慰安婦制度運営に)直接介入した証拠として議会に提出したことだ」と指摘した。併せて、クリントン前国務長官が1995年に大統領夫人として中国・北京で行った人権や女性の権利をテーマにした国連演説で、慰安婦を「強制動員された性奴隷」だと指摘したほか、昨夏にも同じ表現を使った点に言及した。

ハルピン氏は最近、読売新聞が社説で慰安婦の強制性を事実上否定したことについても苦言を呈した。

ハルピン氏は読売新聞に対し、マッカーサー最高司令官の下で作成された文書があり、ハイド元委員長が文書を「明白な証拠」と指摘し、クリントン前長官が「性奴隷」だと表現しても、「依然として同じ主張を展開するのか」と問いかけた。

2013/08/13

韓国政府、慰安婦漫画を国際漫画祭に


クール・ジャパン?
これからは、ディスカウント・ジャパンでしょ

この話はもう何ヶ月も前から出ていたが、取り上げたのは今回が初めてだと思う。日本軍性奴隷キャンペーンは、官民の協力の下、韓国が国を挙げてやっているのだということである。もちろん、「こうした蛮行が繰り返されないように」というのは、建前でしかない。


慰安婦問題を漫画で伝える 外国語版も制作=韓国

韓国政府が旧日本軍の従軍慰安婦問題を取り上げた漫画を外国語で制作し国際社会に配布する

女性家族部は13日、今年11月に慰安婦問題解決のため教育・広報用の漫画を制作し、フランスで開かれる世界最大級の漫画フェスティバル「アングレーム国際漫画祭」にも出品する計画だと明らかにした。

漫画は被害者の証言を基に元慰安婦の生涯を約100ページで描く。被害者の幼少期から強制動員の過程、慰安婦としての生活、帰国後の生活、老後、慰安婦問題の関連活動を紹介する。

これとは別に、韓国漫画家協会の作家約20人が参加し、短編の漫画、約50作品を制作する。

同部はこれらの作品を学校に配布して教育資料として活用するほか、英語や日本語、フランス語に訳して海外にも配布する計画だ。

来年1月のアングレーム国際漫画祭のほか、ソウルや京畿道・富川で行われる「国際漫画フェスティバル」にも出品する予定。

同部の趙允旋(チョ・ユンソン)長官は同日、ソウルの同部庁舎でアングレーム市の市長や同国際漫画祭組織委ディレクターと面会し、協力を要請した

趙長官は「旧日本軍の慰安婦問題は性暴力犯罪にとどまらず、人権を侵害する犯罪行為であり、国際社会にきちんと伝えこうした蛮行が繰り返されないようにすべきだ」と強調した。


女性家族部長官がアングレーム市の関係者と会談
協力を取り付ける

韓国 慰安婦問題を漫画でアピール

韓国政府は、いわゆる従軍慰安婦の問題は未解決だとするみずからの主張を国際社会にアピールするため、元慰安婦を主人公にした漫画を制作して、来年1月からフランスで開かれる漫画フェスティバルに出品することを決めました。

漫画の出品は、韓国の趙允旋女性家族相が、13日、フェスティバル主催者と会談して決まりました。
女性家族省によりますと、作品は、韓国漫画家協会との共同制作で、元慰安婦の女性の生涯を100ページの漫画で描き、ことし11月までに完成させるということです。
作品は、来年1月から2月にかけてフランスのアングレームで開かれる国際漫画フェスティバルに出品し、特別展も開いて元慰安婦の女性たちの証言を紹介する計画だということです。
また、作品は韓国国内の学校に配布するほか、日本語版も作って日本に向けて送るとしています。
女性家族省は、「問題の所在を国際社会に知らしめ、解決に向けた協力を得たい」としており、韓国政府によるフェスティバルへの出品は、いわゆる従軍慰安婦の問題は未解決だとするみずからの主張を国際社会にアピールする狙いがあるものとみられます。

NHK 2013.8.14

元慰安婦、日本政府に1億ウォンの損害賠償求める


シリカ太郎さんに教えていただいた。二年前の憲法裁判所決定からの流れ。朝日新聞は一人あたり20億ウォンと報じているが、複数の韓国メディアは1億ウォンとしている。

韓国人の元慰安婦、民事調停申し立て ソウルの地裁で

韓国人の日本軍元慰安婦12人が、日本政府に1人あたり約20億ウォン(約1・7億円)の損害賠償の支払いを求める民事調停を13日にもソウル中央地裁に申し立てる。関係者が12日、明らかにした。日本政府が調停に応じない場合、韓国での損害賠償請求訴訟に踏み切る方針だという。

元慰安婦や在韓被爆者の訴えを受けて韓国憲法裁は2011年、「請求権問題で韓国政府が日本と交渉しないのは不作為」とする違憲決定を出した。ただ、その後も、この問題での政府間協議が実現していないため、元慰安婦らは「(韓国)政府に任せても前進がない」とし、司法を通じて日本政府との話し合いを求めることにした、という。

朝日 2013.8.13
強制性を認めてくれれば矛を収めるという約束は反故か

韓国政府もこの動きをバックアップ。河野談話当時の両政府間の非公式な合意事項とされるものは、雲散霧消したようだ。

韓国外交部 慰安婦問題の迅速な解決促す

韓国外交部の趙泰永(チョ・テヨン)報道官は13日の定例会見で、旧日本軍の元従軍慰安婦12人が日本政府に1人当たり1億ウォン(約900万円)の損害賠償を求める訴訟に先立ち、民事調停をソウル中央地裁に申し立てたことについて、「日本政府は被害者が望み、納得できる方向で問題を早急に解決しなければならない」と強調した。

 また、慰安婦被害者のイ・ヨンニョさんが11日に亡くなったことについて、「弔意と哀悼の意を表す」と述べた。その上で、「(被害者の高齢化のため)時間がない。日本政府は現実に向き合い、被害者が真の謝罪を受け、満足できる解決策を取るよう積極的に努力すべきだ」と指摘した。

 韓国人被爆者79人が韓国政府を相手取り損害賠償を求める訴訟を起こしたことに関しては、「政府は被爆者問題が1965年に締結された請求権協定で解決できないとして、日本側に協議を要請してきた。日本政府は残念ながら協議に応じていない」と説明した。 

 日本の政治家が15日に靖国神社に参拝する可能性については、「靖国神社は戦犯が祀られており、侵略戦争を正当化する施設」とした上で、「参拝はあってはならない。韓国政府、韓国国民としては到底受け入れられない」との考えを示した。

2013/08/12

ソ・ギョンドク教授、またまた米紙に広告「平和をつくる」

ある種の人々は「平和」という言葉が好きらしいが、
やってる事は、その反対

アメリカでスミア(中傷)キャンペーンを終えた挺対協のユンが、「平和」の碑を建てたと誇れば、反日ビラを世界のあちこちに貼って回るなどして名を売るソ・ギョンドク誠心女子大学教授は「歴史と共に平和をつくる」という広告をアメリカの新聞に出す。美しい言葉で自分の行動を飾ろうという人間に碌な奴はいないということだろう。

米WSJに日本を非難する広告登場 ドイツと比較し「謝罪と補償を」

米紙ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)の電子版に、日本の歴史問題に対する姿勢を批判する広告が登場した。

広告を制作したのは韓国の広報活動専門家、ソ・ギョンドク誠心女子大学教授。ソ教授は12日、日本はドイツを見習い、第2次世界大戦中のアジアやそのほかの国への侵略行為に対して謝罪すべきだとする「Making Peace With History」というタイトルの広告を制作したことを明かした。

タイトルの下には左側にドイツのメルケル首相とブラント元首相、右側に安倍晋三首相、麻生太郎副総理兼財務相、橋下徹大阪市長の写真が並び、日本とドイツを対比させる構成となっている。

広告には、「ドイツは1970年にブランド首相がポーランドでひざまずき謝罪してから現在のメルケル首相に至るまで、世界の人々の前で心からの謝罪と補償をしている。しかし、現在の安倍首相は過去に行った侵略史を認めていない」との内容が記されているという。

また、「橋下市長は慰安婦の存在を否認し、世界中のメディアから非難を浴びている」と橋下市長の発言を紹介し、「日本はただちに侵略の歴史を認め、慰安婦に心からの謝罪と補償を行うことを望む。そして日本もドイツのように世界平和に寄与することを期待している」と日本に謝罪と補償を求めた。

ソ教授は、広告を制作した理由について、「安倍の相次ぐ妄言や橋下の慰安婦否定、そして麻生のナチス発言は本当に衝撃的だ。日本の政治家が間違った考え方や行動をしていることを世界中の人々に伝えたかった」と話した。

今後はツイッターやフェイスブックなども駆使し、ニューヨークタイムスなどほかのメディアでも同様の広告を掲載する予定。ソ教授は、「世界中に広報し、世界的な世論を扇動した日本政府を圧迫することがもっとも効果的だと判断した」と話した。

広告は同サイトのトップページの広告欄に、12日から15日ごろまで集中的に登場するという。


「韓国広報の専門家」 ソ・ギョンドク

ナヌムの家21周年・慰安婦歴史館15周年へ招待をいただき感謝します--日本共産党


「歴史は決してつくりかえることはできません。しかし、誠実に向き合うことはできます」

志位和夫は、それをそのままナヌムの家の関係者にも言って聞かせるべきだ。今ナヌムの家や挺対協がやっている事こそ歴史のつくりかえなのだから。これを「あるべきだ史観」と言う。「慰安婦運動を突き動かした大部分が日本自身の左翼(Japan's own left wing)」という構図は今も変わらない。

 ナヌムの家設立21周年と日本軍「慰安婦」歴史館の開館15周年を記念する式典への招待をいただき、心から感謝します。残念なことに本日、東京でおこなわれる私たちの党創立91周年記念講演会と重なったため、出席がかないません。筆舌に尽くしがたい歴史の生き証人であるハルモニの方々、その生活を支えつつ歴史の事実を粘り強く伝えてこられた方々に、心からの敬意を込めて連帯のあいさつを送ります。

戦後68年もたってなお残されている日本軍「慰安婦」問題の解決は、被害者の方々の年齢を考えても、緊急の課題です。その解決のためには、日本政府としてこの植民地犯罪について謝罪と賠償をおこなうことが不可欠です。韓国政府は、1965年の日韓請求権協定に基づく両国政府間の協議を繰り返し日本政府に求めています。日本政府は、「請求権の問題は解決済み」として、協議に応じる姿勢を示していません。

しかし、この協定では、協定の解釈および実施に関する両国間の紛争がある場合には、「まず、外交上の経路を通じて解決するものとする」としています。日本軍「慰安婦」問題が、被害者の告発によって明らかとなり、政治問題化したのは90年以降のことであり、「解決済み」との日本側の主張は成り立ちません。日本政府は、協定の規定にしたがい、韓国政府との協議に早急かつ誠実に応じるべきです。

歴史は決してつくりかえることはできません。しかし、誠実に向き合うことはできます。日本が、歴史に誠実に向き合い、誤りを真摯(しんし)に認め、清算をおこなってこそ、末永く日韓両国民の心通う友情を築いていくことができると確信しています。

いま世界でもアジアでも、日本の右傾化への懸念が強まっています。同時に日本国民のなかには、歴史をゆがめる逆流に対する、強い理性的批判の声が急速に広がっています。そのことは、先の参議院選挙で、この逆流と真正面から対決した私たち日本共産党が大きく躍進したことにも示されています。91年前の結党時から、侵略戦争と植民地支配反対をかかげ、韓国・朝鮮の愛国者に連帯してたたかった歴史を持つ党として、日本の政治をアジアや世界から歓迎される方向に転換させるため、全力をつくす決意です。

みなさんのご健康と、活動の発展を心から願っています。

2013年8月10日

東京にて 日本共産党幹部会委員長 志位和夫

赤旗 2013.8.11


共産党の笠井亮について、以前自分は(結果的に)慰安婦を騙しているようなものと批判した事があった。この人の奥さんは、新日本婦人の会の会長、笠井貴美代で、新日本婦人の会も水曜デモに参加したり、アメリカで慰安婦騒動を煽ったりと色々やらかしてくれている。そういう奥さんがいる以上、笠井も張り切らざるを得ないか?

「慰安婦」問題解決に全力

韓国 記念式典に笠井氏出席

「ナヌムの家」

韓国の日本軍「慰安婦」被害者が共同生活する京畿道・広州市の「ナヌムの家」で10日、同施設の設立21周年と併設する「日本軍『慰安婦』歴史館」開館15周年を記念する式典が開かれました。日本からは、日本共産党を代表して笠井亮衆院議員が来賓として出席してあいさつ。志位和夫委員長のメッセージを代読し、「慰安婦」問題解決のために全力を尽くすと強調しました。

志位委員長はメッセージで、「『慰安婦』問題の解決は、被害者の方々の年齢を考えても、緊急の課題」と指摘。日本政府は、韓国政府が1965年の日韓請求権協定に基づいて求めている政府間協議に応じるべきだと述べました。

世界で日本の右傾化への懸念が強まっているなか、日本共産党は91年の歴史を持ち先の参院選で躍進した党として、歴史をゆがめる逆流とたたかい、「日本の政治をアジアや世界から歓迎される方向に転換させる」と表明しました。

「ナヌムの家」代表理事の宋(ソン)月(ウォル)珠(ジュ)大僧正(前大韓仏教曹渓宗総務院長)は、「志位委員長のメッセージはよく練られた内容で、ありがたく思う」と謝意を表しました。

式典には日韓両国から約300人が参加。笠井氏は式典に出席した10人の「慰安婦」被害者と昨年10月以来の再会を喜び合い、被害者から次々と「今後もがんばってほしい」と声をかけられました。韓国の国会議員らとも交流し、「慰安婦」問題解決のために協力し合うことを確認しました。

赤旗 2013.8.11

笠井にはこんな話もある。「『朝鮮王室儀軌返還しても日韓関係はよくなってないので責任を取ってください』日本共産党『知りません』」(togetter)

2013/08/11

ユン・ミヒャン、グレンデールの勝利を語る

最近少々幸せ(?)太り気味のユン

愚にもつかない理由で慰安婦像の設置に反対した日本人たちは、アメリカで批判にさらされた。否定すればするほど、日本の恥ずかしい過去は世界に知られ、日本人自身が恥をかく・・・これはユン・ミヒャン挺対協常任代表の誇張ではなく、事情に疎い元市長が碑の設置に反対する日系人に説教を垂れるなど、現地は実際これに近い状況だったらしい。

ドイツのように素直に謝れば良い関係になれるのに、日本にはそれが出来ないと、ユン・ミヒャン。完勝した彼女の口は滑らかだが、日本政府が100名を反対派として送り込んだという話は事実ではないだろう。日本政府がなかなか干渉しようとしなかったので、地元の日系人は苛立っていたのである。

反日運動(水曜デモ)のシンボルを「平和の碑」と名づけ、スミア(中傷)キャンペーンを行いつつ、「希望」を作っているのだと言う。事実の中に嘘を混ぜ、建前論で自分たちの行動を飾り立てる。こういった強かさは、日本のカウンター系の団体にはない。ユンらはこの像を世界中に建てて回るつもりらしい。日本軍と関連のある場所はもちろん、戦争が継続しているなどの理由があれば文字通り場所を選ばず設置するつもりらしい。

東亜日報も「太平洋を渡って、日本の恥を悟らせた少女の銅像」という社説を掲載していた(8月2日)。恥をかかせる(smear campaign)というのが、彼らの本音なのだろう。ちなみに、彼女は現在来日中なのだが、こういう人間を歓迎する日本人というのもどうなのかと・・・。

米国に建てた慰安婦少女像 [ユン・ミヒャン、韓国挺対協代表]

中傷キャンペーンは市民団体の独走ではない。メディアも共犯

[アンカー] 昨日8月4日は日本政府が日本軍慰安婦の強制性を認めた「河野談話」を発表してから丁度20年になる日でした。しかし、依然として日本政府は慰安婦問題に対する正当な謝罪と補償はおろか、逆にこの河野談話を「自虐史観」で蔑み修正すべきという動きまで見せています。

こんな中、慰安婦の惨状を知らせる「平和の少女像」がアメリカのグレンデール市に設置され話題になっています。慰安婦少女像、別名「平和の少女像」のアメリカ、グレンデール市建設を直接推進された方です。ユン・ミヒャン韓国挺身隊問題対策協議会代表をスタジオに迎え、お話します。ようこそいらっしゃいました。

直接除幕式に行って来られたと聞きました。感想から聞かせて下さい。

ユン: 米国社会も慰安婦問題を認めたのです

[インタビュー] 日本軍慰安婦の問題に対し、この間日本政府側からはなぜアメリカでこのような問題を扱うのか、それは韓国と日本の問題だとずっと国際世論を妨害してきました。しかし、このようにアメリカに平和の碑が建てられるということ自体、慰安婦問題が無視することのできない重大な女性人権問題と入ったこと、そしてどこの誰が考えてもこの慰安婦問題は必ず清算しなければならないような重要な問題だということをアメリカ社会ですら認めたという感慨を感じていました。

[アンカー] 除幕式に慰安婦被害者であるキム・ボクトン・ハルモニが直接出席をしたのを見ただけでも感動しました。いかがでした?

米国メディアにも注目され、「日本は恥を晒した」

[インタビュー] 終わってから、ハルモニこのようにホテルに戻りながら私のをあそこに置いてくるようで心が変な風にとても痛いと、そんな話をされました。そしてその現職記者たちのインタビューに対しても、とても嬉しい、私がよく生き返って来れたという気がする、今わだかまりが半分解けたようだ、私たちの歴史をこのように記憶し、再びこうしたことが起こらないようにするといった意志が含んでいるようで、なお嬉しいと言われました。

[アンカー] グレンデール市にこのような少女像が設立された特別な理由があるのですか?

ユン: 米国も日本に正しい歴史教育を要求した

[インタビュー] アメリカ社会に慰安婦問題が知らされ始めたのは、事実1992年からでした。同胞が開始して、慰安婦問題を教えてきた、そして特に2007年7月30日、我々皆が知るように、アメリカの下院で日本軍慰安婦問題に関連して日本に謝罪を要求し、正しい歴史教育を通じて再発防止に努めろという決議が採択されていました。そして6年が過ぎました。実際に、1年前、カリフォルニア州のグレンデール市で議会を開催し7月30日を朝鮮人日本軍慰安婦の日に宣言をしていました。とても意味のある日でした。その宣言から1年後の7月30日に平和の碑を除幕しました。

[アンカー] ところでこのプロジェクトが推進されて約2年ぶりに除幕式が行われたのではありませんか?どうしても日本の反対は激しかったでしょう?
ユン: 日本政府は100人を動員して妨害した

[インタビュー] グレンデール市のある議員はそのように話していました。一日に300通のメールを受けたと、日本のロサンゼルス総領事が議会を訪問したりもして。そして市議会で平和碑のデザインを選ぶ会議が開く時は政府側が積極的に組織し、約100人の日本人が市議会の小さな議会会議室に集まったくらい日本側からの反対が激しかったですね。

[アンカー] 反対の理由何だったのでしょうか?

ユン: 無知な日本人に対する批判が強かったと聞いた

[インタビュー] 慰安婦問題は、あの人々がいつもする話でしょう。慰安婦問題は強制ではなかったという主張を続けていて。そして、日本政府はもう謝罪もしたし賠償も済んでいる、なぜ今このように建てるのか、アメリカに建てるべきではないと主張するんです。しかし、それに対して、事実グレンデール市会議員がとても被害者の立場から人権擁護をする発言をたくさんされました。そのような現実を見守り、キム・ボクトン・ハルモニがとても感銘を受けていました。

特に、どのように歴史を知らない事を恥じともせずアメリカ市民が自発的に歴史を理解し学ぼうという動きに対し、そんな話にもならない反対ができるかという、むしろ日本の歴史認識にモール(?)歴史に対するそのような批判と糾弾(の声?)が大きな議会だったと地元の韓国人が私たちに教えてくれました。

日本人による第二第三の加害行為?

[アンカー] ところで日本の反対行動が、アメリカのグレンデール市議会だけでなく挺対協の事務室にも多くの電話がかかってきたそうですが?

[インタビュー] 私どもの水曜日ごとに電話が掛かってくるのは、いつものようにすることです。電話してきて韓国が嫌いだと言ったり、ある時は皆分かるようにこうして博物館に竹島は日本の領土という立て札を挿して行ったりもしました。

そしてある時はそのまま白い紙にファックスで日本に来る時、命の心配をしろというような抗議文が来たり、私が実際に日本に集会に行くことになると、目の前で慰安婦は単なる売春婦だったという発言をして被害者に向かって指を差して悪口を言います。それが今の日本と慰安婦被害者ドリ(?)立ち向かっている現場です。ですから、被害者が今どのような、そういった第二第三の加害(行為?)を受けているのか如実に表わしていると見ます。

[アンカー] シンガポールにもこの少女像を設置しようとしたが敏感に反応していると見なければならないでしょう?

ユン: 独のように謝罪すれば良い関係になれるのに、日本にはそれが出来ない

[インタビュー] 本当に残念なことですが。ドイツに対し、君たちは間違っている、悪い人々だと言われていますか。それはドイツが過去間違った歴史に対して認め謝罪し、今でも総理になればいつもそのような過去の歴史に対する謝罪(?)で始めるでしょう。日本もそうすれば本当に良好な関係になれるのに、彼らは歴史を受つけまい(?)とする、初めにおっしゃったように河野談話を認めること自体があたかも自虐的に国民に映るから、歴史が後退しても、関係は平和を脅かすような雰囲気に追い込んでそうするんです。

[アンカー] とにかく、アメリカのグレンデール市に建てた平和の少女像は、国外に設置された初めての慰安婦像ですよね?より意味深いはずなのに、現地の反応はいかがですか?

ユン: グレンデールは、奇跡を作り、希望を作る場になった

[インタビュー] その日、実際韓国人中心に参加すると思いました。しかし、当日の夕方、アメリカの主要なTVは全て報道をしました。なので、それはそれだけその間アメリカ社会記念碑が立てられた事は皆知られるでしょう?今回平和碑が設置されたのではないですか。その平和碑が立てられたとのこと自体、そのままどんな追慕する意味を越え、ハルモニの、日本軍慰安婦の歴史が移されたということじゃないですか。

13才で連れて行かれた時、そしてお婆さんになった今までの姿が含んでいるというためにアメリカの地元の報道も熱かったんです。グレンデール市の市民が本当にたくさん出席しました。そしてその平和碑が建てられたのもグレンデール市の中央図書館の前の公園です。日当たりも良く、本当に良いところでした。

ところでさらに嬉しいことには、平和碑が立てられるやいなやその日夕方から市民が訪れ始め、特に韓国人同胞が子供たちを連れて行って教育させたりして。なので日本大使館の前の平和碑のように、再び別の奇跡を作る希望を作り出す場所としてすでに活用されているようです。

[アンカー] 日本政府は過敏に反応しています。河野談話まで再検討しなければならないのではないのか、このような話まで出てきているのにどのように見ますか?

ユン: 日本の恥ずかしい歴史は世界に広まる
こぼれる笑顔

[インタビュー] 事実、そのように日本政府が歴史を否認しようとして世界的に慰安婦問題に対する国際世論を防ごうとするほど、逆に彼らの恥ずかしい過去が歴史が世界へ広まるだけではなく、そのような歴史認識をしている日本国民さえとても恥ずかしめるというものを理解しなければなければならないと思います。今からでも素直に認めて謝罪して責任を負うことです。責任者となって賠償すること、それが日本がすべきなことだと思います。

[アンカー] 今後平和の少女像の海外設置に関連して、計画はどうなりますか?

[インタビュー] 日本軍慰安婦問題を記憶する所、そしてまだ戦争が続いている場所、そのような地域に引き続き平和像を建てる運動を継続しようとしています。まずカナダやヨーロッパ、それだけでなく女性たちが連行されて行ったシンガポールはまだ出来ませんでしたが、女性たちが連行されて行ったアジア太平洋地域のこういう色々な場所にも平和碑を継続して設置しようと、そのような活動が今推進中です。

[アンカー] 以上、韓国挺身隊対策協議会ユン・ミヒャン代表とお話しました。

YTN 2013.8.5

미국에 세워진 위안부 소녀상 [윤미향, 한국 정신대 대책 협의회 대표]

[앵커]

어제, 8월 4일은 일본 정부가 일본군의 위안부 강제성을 인정한 '고노 담화'를 발표한지 정확히 20년이 되는 날이었습니다.

하지만 여전히 일본 정부는 위안부 문제에 대한 제대로 된 사과와 보상은 커녕 오히려 이 고노 담화를 '자학사관'으로 폄하하며 수정해야 한다는 움직임까지 보이고 있는데요.

이 가운데 위안부의 참상을 알리는 '평화의 소녀'상이 미국 글렌데일시에 세워져 화제입니다.

위안부 소녀상, 일명 '평화의 소녀상'의 미국 글렌데일시 건립을 직접 추진하신 분입니다.

윤미향 한국정신대대책협의회 대표 스튜디오에 모시고 이야기 나눠보겠습니다.

어서오십시오.

직접 제막식에 다녀오신 걸로 알고 있습니다.

소감부터 말씀해 주시죠.

[인터뷰]

일본군 위안부 문제에 대해서 그동안 일본 정부측에서는 계속 왜 미국에서 이런 문제를 다루느냐, 그건 한국과 일본의 문제라고 계속 국제여론을 방해하는 활동을 해 왔어요.

그런데 이렇게 미국에 평화비가 세워진다는 것 자체는 위안부 문제가 중요한 무시할 수 없는 여성인권 문제라든 것, 그리고 어느 누구가 생각을 해도 이 위안부 문제는 꼭 청산해야 될 그런 중요한 문제다라는 것을 미국사회조차 인정한 것이라는 그런 감회를 느꼈었습니다.

[앵커]

제막식에 위안부 피해자인 김복동 할머니가 직접 참석을 하셨었는데 보기만 해도 뭉클하더라고요.

어떠셨나요?

[인터뷰]

할머니께서 끝나고 이렇게 숙소로 돌아오시면서 내 동생을 저곳에 두고 오는 것 같아서 마음이 이상하게 너무 아프다, 그런 말씀을 하셨어요.

그리고 그 현직 기자들이 질문하는 인터뷰에 대해서도 너무나 기쁘다, 내가 잘 살아나왔다라는 그런 생각이 든다, 반은 지금 한이 풀린 것 같다, 우리의 역사를 이렇게 기억해 주고 다시는 이런 일이 없도록 한다는그런 의지가 담겨있는 것 같아서 더 기쁘다는 말씀을 하셨습니다.

[앵커]

글렌데일시에 이런 소녀상이 설립된 특별한 이유가 있습니까?

[인터뷰]

미국 사회에 위안부 문제가 알려지기 시작한 것은 사실1992년부터였어요.

저희 동포들이 시작을 해서 위안부 문제를 알려왔고 그리고 특히 2007년에 우리가 다 알고 있다시피 미국 하원에서 7월 30일에 일본군 위안부 문제와 관련해서 일본에게 사죄를 요구하고 올바른 역사교육을 통해서 재발방지에 힘쓰라는 결의가 채택이 되었었습니다.

그리고 6년이 지난 거죠.

사실 1년 전에는 캘리포니아 글렌데일시에서 의회를 개최해서 7월 30일 한국인 일본군 위안부의 날로 선포를 했었습니다.

굉장히 의미있는 날이었죠.

그 선포한 다음 1년인 7월 30일에 평화비를 제막한 거죠.

[앵커]

그런데 이 프로젝트가 추진된 지 약 2년 만에 제막식이 이루어진 거 아니겠습니까?

아무래도 일본의 반대가 심했죠?

[인터뷰]

글렌데일시 한 의원은 그렇게 얘기하더라고요.

하루에 300통의 메일을 받았다고, 일본의 LA총영사가 의회를 방문하기도 하고요.

그리고 시의회에서 평화비 디자인을 선택하는 회의가 열릴 때는 정부측에서 적극적으로 조직해서 약 100명의 일본인들이 그 시의회 작은 의회 회의실에 참석할 정도로 일본측에서 굉장히 반대가 심했었죠.

[앵커]

반대한 이유 뭐라고 정의할 수 있을까요?

[인터뷰]

위안부 문제는 그 사람들이 늘 하는 이야기죠.

위안부 문제는 그렇게 강제가 아니었다라는 주장을 계속하고 있고요.

그리고 이미 일본 정부가 사죄도 했고 배상도 다 했다, 그런데 왜 지금 그렇게 세우느냐, 미국에 세워질 일이 아니다라고 주장하는 거죠.

그런데 그에 대해서 사실 글렌데일 시의원들이 굉장히 피해자들 입장에서 인권 옹호를 하는 그런 발언들을 많이 하셨어요.

그래서 그런 사실을 지켜보면서 김복동 할머니가 굉장히 감명을 받았고요.

특별히 어떻게 역사를 모르는 것을 그렇게 부끄러워하지 않고 미국 시민들이 자율적으로 역사를 이해하겠다는 기억하겠다라는 이런 행동들에 대해서 그렇게 말도 안 되는 반대를 할 수 있느냐라는 오히려 일본의 역사인식에 몰역사에 대한 그런 비판과 규탄이 높았던 그 의회였다라고 지역에 있는 한인들이 저희들에게 전해 주셨습니다.

[앵커]

그런데 일본의 반대를 하는 행동들이 미국 글렌데일시 의회뿐 아니라 정대협 사무실에도 많은 전화가 왔었다면서요?

[인터뷰]

저희 수요일마다 전화오는 것은 그냥 평상시처럼 하는 일이고요.

전화를 해서 한국을 우리는 증오한다라는 말을 하기도 하고 또 어떨 때는 다 아시다시피 이렇게 박물관에다 독도는 일본땅이라는 팻말을 꽂아놓고 가기도 하고요.

그리고 어떤 때는 그냥 하얀 종이에 팩스로 너희들이 일본에 오는 순간 목숨을 각오하라는 그런 항의문이 오기도 하고 제가 실제로 일본에 집회를 가게 되면 바로 앞에서 위안부는 단지 그런 매춘부일 뿐이었다는 발언들을 하면서 피해자들을 향해서 손가락질하고 욕설을 해요.

그러니까 그게 지금 일본과 위안부 피해자드리마주서 있는 현장입니다.

그러니까 피해자들이 지금 어떤 제2, 제3의 그런 가해를 당하고 있는지 여실히 드러내주고 있다고 보죠.

[앵커]

싱가포르에도 이 소녀상을 세우려다가 민감하게 반응하고 있다고 봐야겠죠?

[인터뷰]

참 안타까운 일인데요.

독일에 대해서 너희들 잘못하고 있다, 나쁜 사람들이다라고 하고 있나요.

그건 독일이 과거 잘못했던 역사에 대해서 인정하고 사죄하고 지금도 총리가 되면 늘 그런 과거 역사에 대한 잘못으로 시작하잖아요.

그런데 일본도 그렇게 한다면 참 사이좋은 관계가 될 수 있는데 그들이 하는 행동이라는 것은 역사를 막으려고 하는 아까 처음에 말씀하셨듯이 고노담화를 인정하는 것 자체가 마치 자학적인 것처럼 그렇게 국민들에게 비치니까 역사가 거꾸로가고 또 관계는 평화를 위협하는 그런 분위기로 몰아가고 그러는 거죠.

[앵커]

어쨌든 미국 글렌데일시에 세워진 평화의 소녀상이 국외에 세워진 첫 위안부상 아니겠습니까?

더 의미가 있을 텐데 현지 반응은어떻던가요?

[인터뷰]

그날 사실 한인들 중심으로 참석할 줄 알았어요.

그런데 당일 저녁에 미국의 주요TV 방송에서 다 보도를 했습니다.

그러니까 그건 그만큼 그동안 미국사회 기림비가 세워진 건 다 아시죠?

그런데 이번에 평화비가 세워졌잖아요.

그 평화비가 세워졌다는 것 자체는 그냥 어떤 추모하는 의미를 넘어서서 할머니들의, 일본군 위안부들의 역사가 옮겨진 거잖아요.

13세에 끌려갔을때그때부터 그리고 할머니가 된 지금까지의 모습이 담겨있는 것이기 때문에 미국현지의 보도도 뜨거웠고요.

글렌데일시의 시민들이 정말 많이 참석을 했었어요.

그리고 그 평화비가 세워진 장소도 글렌데일시 중앙도서관 앞에 공원이에요.

너무나 햇볕도 잘 들고 정말 좋은 곳이었어요.

그런데 더 반가운 건 평화비가 세워지자마자 그날 저녁부터 시민들이 찾아들기 시작하고 특히 한인동포들이 아이들을 데리고 가서 교육시키기도 하고요.

그러니까 일본 대사관 앞에 있는 평화비처럼 또 다른 기적을 만드는, 희망을 만들어내는 그러한 장소로 벌써 활용되고 있는 것 같습니다.

[앵커]

일본 정부는 굉장히 민감하게 반응하고 있습니다.

고노담화까지 재검토해야 되는 거 아니냐, 이런 얘기까지 나오고 있는데 어떻게 보십니까?

[인터뷰]

사실은 그렇게 일본 정부가 역사를 부인하려고 하고 세계적으로 위안부 문제에 대한 국제여론을 막으려고 할수록 오히려 그들의 부끄러운 과거게 역사가 세계로 퍼져나가는 것 뿐만 아니고 그런 역사인식을 하고 있는 일본 국민조차 굉장히 부끄럽게 만드는 일이라는 것을 알아야 한다고 생각해요.

지금부터라도 솔직히 인정하고 사죄하고 책임질 것 다 책임지면서 배상하는 것, 그게 일본이 해야 될 일이라고 생각됩니다.

[앵커]

앞으로 평화의 소녀상 해외건립과 관련해서 계획이 어떻게 되는지요?

[인터뷰]

일본군 위안부 문제를 기억하는 곳, 그리고 아직도 전쟁이 계속되고 있는 곳 그런 지역에 계속해서 평화비를 건립하는 운동을 계속하려고 합니다.

우선 캐나다라든가 유럽지역이라든가 뿐만 아니라 여성들이 끌려갔던 곳 싱가폴은 아직 못했지만 여성들이 끌려갔던 아시아태평양 지역 이런 여러 지역에도 평화비를 계속해서 세우려고 하는 그런 활동이 지금 추진중에 있습니다.

[앵커]

지금까지 한국정신대대책협의회 윤미향 대표와 이야기 나눠보았습니다.