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2016/01/21

馬英九、慰安婦の告別式でまた泣く


「鄭陳さんは日本人であった」・・・この辺の感覚は、韓国とはちょっと違うかもしれない。挺対協などは、慰安婦(強制動員)は朝鮮民族抹殺政策の一環だったなどと言っていたものである。加害民族=日本人、被害者=朝鮮人。日本人慰安婦の場合は、(単なる)売春婦とも言っていた(最近は自重している)。

「国家が自国の女性をこのように扱うべきではない」・・・だから、それを言うなら軍中楽園はどうするのかと。それにしても、馬総統は慰安婦の事になると良く泣く。軍中楽園の軍妓の為にも泣いてやるべき。

馬総統、台湾元慰安婦の告別式に参列 謝罪など対日要求「諦めない」

馬英九総統は20日午前、南部・屏東県の斎場で営まれた台湾の元慰安婦・鄭陳桃さんの告別式に参列し、日本は鄭陳さんに謝罪と賠償を行うべきだと語った上で、中華民国政府は慰安婦問題について諦めることはないと強調した。

馬総統は、80年前、当時まだ10代の少女だった鄭陳さんは、日本人警察官に騙されて、南洋で慰安婦にさせられたと指摘。台湾に戻った後も叔父に家を追い出され、長い間傷と痛みを背負うことになったが、本来あるべきだった謝罪と賠償を受けられなかったと嗚咽(おえつ)交じりに述べた。

また、当時台湾は中華民国ではなく日本の統治下にあり、鄭陳さんは日本人であったと強調。日本はこのように自国民を扱うべきではないと批判した。

鄭陳さんは今月11日、肺炎により屏東県内の病院で死去。これにより、存命している台湾の元慰安婦は3人となっている。


馬総統、元慰安婦の死去悲しむ 「日本の謝罪待たずに」/台湾

台湾の元慰安婦・鄭陳桃さん(93)が11日、南部・屏東県の病院で死去したのを受けて、馬英九総統は15日、嗚咽(おえつ)交じりに「日本人の謝罪を待たずに亡くなってしまった」と語り、我々が彼女たちの代わりに名誉を回復しなければならないとした。

馬総統は、鄭陳さんは18、19歳の時、登校中に日本人警察官に騙されて車に乗り、無理やり慰安婦にさせられたと指摘。したいと思っていた勉強をすることもできず、(亡くなるまでの)約70年間、非常に辛い思いをしたと述べた。

また、台湾の元慰安婦は約1200人で韓国には遠く及ばないが、これは人数ではなく人道の問題だと強調し、台湾の被害者は韓国と同様に、強制的に慰安婦の仕事に従事させられたと指摘。彼女たちは(当時)日本の国民であり、国家が自国の女性をこのように扱うべきではないと批判した。

外交部は14日、深い遺憾と哀悼の意を示すとともに、わずか3人となった被害者が存命中に尊厳と正義を取り戻せるよう、日本側が歴史を正視し、誠実にこの問題に取り組むことを望むとした。

2015/08/31

台湾、馬政権アジア女性基金を否定


少し前のニュースだが、エントリーとして残しておいた方がよいだろうと思うので。

台湾の馬政権が日本政府に慰安婦に対する謝罪と賠償を要求。この人の場合口だけのような気もするが、アジア女性基金も台湾政府としては「一貫して受け入れていない」と。

産経新聞は例によって、吉田証言だのクワラスワミ報告書だの言っているが、そんな物は関係ない。慰安婦の記録映画を見て人前で涙を流すような・・・それでいて、台湾の軍中楽園でも同じような悲劇があったのではないかと想像も出来ないような安っぽい馬総統の人間性の問題である。

外交部、慰安婦問題解決は事実にあらず

外交部が、「慰安婦問題は決着済み」との言い方は事実に反するとしている。
李登輝・元総統が「すでに台湾の慰安婦問題は決着済み」と発言していることに対し、外交部亜東関係協会の周学佑・副秘書長は27日、「中華民国政府の立場は、日本政府は中華民国籍の元慰安婦への正式な謝罪と賠償を行うべきで、元慰安婦の正義と尊厳を回復させよというものだ。しかし、日本政府は元慰安婦の問題について、これまでわが国といかなる合意にも達していない」と述べた。

周・副秘書長は、日本政府がこれまで行ってきた対応は、民間の「女性のためのアジア平和国民基金」による補償金の拠出だったが、わが国はこの種の方法は一貫して受け入れていないと指摘した。

周・副秘書長は、「いわゆる‘台湾の慰安婦問題は決着済み’という発言は事実に反する。われわれが求めているのは、日本政府の謝罪と賠償だ」と述べた。
周・副秘書長はまた、日本政府が今後も引き続き歴史を直視し、より責任感を持ち、より未来志向かつ明確な態度で、慰安婦問題の処理に取り組み、具体的行動をとって、周辺国と真の和解を成し遂げ、友好協力関係を発展させることをわが国は切に望んでいると強調した。


台湾・馬総統、慰安婦問題に執着 日本の謝罪要求 レガシー作りの思惑も?

台湾の馬英九総統が、安倍晋三首相の戦後70年談話を受け、慰安婦問題で連日発言し、日本政府に正式に謝罪するよう求めている。

馬総統は18日、訪台した自民党青年局一行と総統府で会談し、「慰安婦に対し明確なおわびがなかったのは遺憾だ」と述べた。その上で、「一人の友人として日本にさらなる取り組みを求める」と謝罪を促した。

台湾当局は14日夜、総統府の報道官と外交部がそれぞれ談話を発表し、首相談話を肯定的に評価した。馬総統は翌15日、当局談話になかった慰安婦問題での要求を追加して発言。16日には、総統府で行政、立法、司法の各院長を招いて台湾人元慰安婦の記録映画の上映会を開いた。

馬総統は鑑賞後、目に涙を浮かべながら、台湾でも慰安婦募集の強制性をめぐる議論があることについて、「そのような議論は非文明国の証しだ」と批判。慰安婦は「性奴隷だ」と述べた。ただ、その根拠は、朝日新聞が虚偽だと認めた「吉田証言」を証拠として引用した1996年のクマラスワミ報告書だった。

馬総統は93年の法務部長(法相に相当)就任以降、一貫して元慰安婦を支援してきた。総統に就任以来進めた中国優先政策に昨年末の統一地方選で強い反発が出たのとは異なり、慰安婦問題は野党、民主進歩党の蔡英文主席も関心を示している。一連の発言の背景には、野党も反対しないテーマで、残り1年を切った任期中に何らかのレガシー(政治的遺産)を残したいという思惑もありそうだ。

産経 2015.8.18

2014/10/07

性奴隷問題を作る事で救われた?戸塚悦朗


国連に性奴隷(慰安婦)という言葉を売り込んだ人物として知られる戸塚悦朗が、韓国メディアのインタビューで語った話。なぜ、こういう人間は後を絶たないのか。こういう人たちには共通項があるようである。何よりナイーブな人が多い。弱者の救済に熱中してうつ病を忘れることが出来たと語る戸塚は、慰安婦問題でも贖罪史観に浸ることに生きがいを見い出したのかもしれない。

 小学生の頃「人はなぜ生きるのか」が分からずしばしば考えたが、人生の意味が分からずますます落込んだ。 ・・・ 弁護士になると人権侵害被害者が来始めた。 被害者に会って「こんなに大変な人もいるのか」という考えにうつ病を忘れ、昼夜を忘れて働いた。それで救われた

慰安婦問題、韓国併合条約、安重根問題とぶつかったことは全てhappyだった

彼が慰安婦を性奴隷だと主張するのは、強制もされないのに慰安婦になるはずがないというナイーブな信念である(翻訳は正確でないかもしれない)。

私が女性ならば、日本が戦争で勝てばという感じ(?)で(慰安婦)になることは絶対にない(?)」と考えた。 それは強制でなくてはならず(?)、意思に反することだと考えた。 そうなると誰でも奴隷だと考えるものであり、性問題なので「性奴隷」と命名した

彼は「被害者の証言集を見て判断した」という言うが、慰安婦の証言には自分の意思で行ったと明言しているものもあるし、慰安婦自身が性奴隷と呼ばれることに強い拒否感を示しているというのに、彼は現実よりも自分の信仰を優先する。「慰安婦問題は第二次大戦前の日本の裁判所も認めた犯罪問題だ」、犯罪だから日韓請求権協定の枠外だと無茶を言っている。

とはいえ、彼に俗人の側面がないかと言うとそうでもない。彼は自著「日本が知らない戦争責任」(要確認)や岩上安身のインタビューで「自負心を傷付けられた反動」でこの問題に取り組んでいることを告白している。彼の国連での暴走は、A新聞(朝日か?)の記者からも咎められていた(日本が知らない戦争責任)。それに対する反発で、ムキになっている部分もあるようである。独りよがりな正義感で日韓関係を壊したのは朝日新聞や河野洋平だけではない。



[インタビュー] 「国際法上人身売買禁止違反・・・『慰安婦=性的奴隷』明らかに」

[庚戌国辱104年]国際人権法権威 戸塚悦朗(下)

日本の国際人権法の権威である戸塚悦朗弁護士は1992年の2月、国連人権委員会で「日本軍慰安婦は性的奴隷である」と初めて慰安婦問題を国連に提起した人物として有名だ。 彼は去る20日の世界日報とインタビューでも「日本軍慰安婦は強制でないはずはなく(?)、意思にも反する」としながら「性的奴隷であることは明らか」と再確認した。 また、慰安婦問題は日本国内でも犯罪行為で糾弾されたことで、1965年韓国・日本請求権協定で解決されたのではないという点も明確にした。

-どのようにして慰安婦問題を国連に初めて提起することになったか。

「最初から慰安婦問題のために国連で活動したのではなかった。 精神障害者の人権問題の解決のために裁判で敗れる場合、国連規約人権委員会に通知できる『個人通知権』制度を導入しろと日本政府に要求したが拒否された。 個人通報権が導入されなければ被害者を代理した弁護士が国際社会に訴えるほかなく、かえって負担が大きくなるといったが、政府はそれでも>>>>ならないといった。 やむを得ず毎年国連に行って日本の人権問題を提起しないわけにはいかなかった。 そうするうちに在日朝鮮人と韓国女性たちが助けてくれと言って慰安婦問題に関わることになった」

-初めにはためらったと聞いたが。

「1992年に国連に訴える2年前、社会党の本岡昭次参議院議員の依頼で慰安婦問題を検討したことがある。 しかし、弁護人としてその問題を解いていくことには同意できなかった。 まず被害者が存在しない事件で検討できなかった。 また、国を相手にした訴訟になるほかはないが、当時日本の国内法では勝訴は難しいと考えたからだ。 ところで1991年8月14日キム・ハクスンさんが慰安婦だったことを証言し、1992年の1月に中央大の吉見義明教授が防衛庁の資料館(注:図書館)で日本軍が関与したことを示す資料を発掘して公開した。 弁護人として問題を話すことが義務でだった。 ちょうどその年、国連人権委員会が予定されていて慰安婦問題を扱うことに決めた」

1992年2月、彼は国連人権委員会で日本軍慰安婦は国際法上の人身売買違反とし「慰安婦は性的奴隷」と主張した。 彼の問題提起をキッカケに国連で慰安婦議論が公論化し始めた

-なぜ慰安婦は性的奴隷なのか。

日本軍が関与した資料と被害者証言集を見て判断した。 国連では国際法違反を提起しなければ発言や呼び掛けにならない。 国際人権条約がなかった第2次世界大戦以前に国際法で最も重要視した(された?)人身売買禁止を適用した。 また「私が女性ならば、日本が戦争で勝てばという感じ(?)で(慰安婦を)になることは絶対にない(?)」と考えた。 それは強制でなくてはならず(?)、意思に反することだと考えた。 そうなると誰でも奴隷だと考えるものであり、性問題なので「性奴隷(sex slavery)」と命名した。 「自分の意志で兵士を慰安する」という慰安婦という話はおかしい(?)」

-今国際社会で日本軍慰安婦は性的奴隷という認識が確立されたのか。

確立されている人身売買禁止が国際法で規定したのではないだと主張するのは日本だけだ。日本政府が7月に国連の市民的・政治的権利委員会で日本軍慰安婦は性的奴隷でないと話したことは問題だ。 性的奴隷ではないというのは『慰安婦=売春婦』という話だ。 これは慰安婦被害者を再び侮辱することで、新しい加害だ。 被害者を見れば心が痛む」

-日本は問題がみな解決されたという立場ではないのか。

「慰安婦補償問題が1965年韓国・日本請求権協定で解決されたと言うのは話にならない。 いつかキム・ヨンシク前外相は当時の交渉過程で不法行為の問題に関する議論がなかったとし、「もし不法行為が発見されれば後ほど交渉する」という日本の久保田貫一郎代表が話した議事録を公開した。 日本は関連資料を公開していない。 実際の交渉では経済協力やお金の問題だけが話し合われた。 合わせてお金の問題は解決したが、犯罪問題は解決されなかった。 慰安婦問題は第二次世界大戦前の日本裁判所も認めた犯罪問題だ。 1965年交渉過程で犯罪問題は扱われなかった」

-慰安婦問題の他にも多くの人権問題を訴えてきたが。

「弁護士を始めてから本格的に引き受けた事件はスモン病事件だ。 スモン病は下痢止めを飲んで脚が動かなかったり目が見えなくなる症状だ。 被害者が日本にだけ1万人ほどいた。 弁護士40人余りと共に戦った。 訴訟で勝ち多くの収入を得たが、事務局長のようになりその後大きな収入はなかった。 1982年には精神病(彼は精神障害以外の精神病といった)人権問題を扱うことになったが、メディアなどが注目ぜず国連に訴えることになった」

-国際人権法はどのように研究したか。

「大きな事件に長く関わり弁護士事務室が潰れ(?)、心身共に疲れた。精神科の医師も休んだ方が良いといった。 それで1989年イギリスに留学した。 当初精神保護法を研究しようとしたが途中で国際人権法に変えた。 ロンドン大学大学院で女性で初めて国際裁判所裁判官になったロザリン・ヒギンスの下で国際人権法を勉強した。 1998年から2年間アメリカのワシントン大でも勉強した」

-精力的な人権擁護活動の源泉は何か.

うつ病だ。 小学生の頃「人はなぜ生きるのか」が分からずしばしば考えたが、人生の意味が分からずますます落込んだ。 心理学の大学院で進学したが、父の助言で法学部に変わった。 弁護士になると人権侵害被害者が来始めた。 被害者に会って『こんなに大変な人もいるのか』という考えにうつ病を忘れ、昼夜を忘れて働いた。 それで救われた

-今はどうか.

「人間は必ず死ぬ。 だから意味あることをしなくてはいけない。 ヒギンスに『慰安婦問題があるが、どう考えれば良いのか』で尋ねたところ、にこにこ笑ったよ。 『おもしろい問題にぶつかったわね』『図書館に行いきなさい』で言われた。 図書館で数多くの問題にあたり、新しい発見が続いた。 新しい事実を発見して研究することの楽しみを経験した。 慰安婦問題、韓国併合条約、安重根問題とぶつかったことは全てhappyだった。”

4時間30分間のインタビューが終わる頃、彼は明るく笑った。 本当にハッピーに見えた。インタビューが終わった後で、その日の埼玉の気温が37度だったということを私たちは知った。 すでに腕と顔が赤くなり、後で火照った。

世界日報 2014.8.30 [魚拓]

[인터뷰]“국제법상 인신매매 금지 위반… ‘위안부=성노예’ 분명”

[경술국치 104년] 국제인권법 권위자 日 도쓰카 에쓰로 (下)

관련이슈 : 세계일보 영상뉴스
일본의 국제인권법 권위자인 도쓰카 에쓰로(戶塚悅朗) 변호사는 1992년 2월 유엔 인권위원회에서 ‘일본군 위안부는 성노예’라고 처음 위안부 문제를 유엔에 제기한 인물로 유명하다. 그는 지난 20일 세계일보와 인터뷰에서도 “일본군 위안부는 강제가 되지 않으면 될 수가 없고, 의사에도 반하는 것”이라면서 “성노예가 분명하다”고 재차 확인했다. 또한 위안부 문제는 일본 내에서도 범죄행위로 규탄받은 것으로, 1965년 한·일 청구권협정으로 해결된 것이 아니라는 점도 분명히 했다.


-어떻게 위안부 문제를 유엔에 처음 제기하게 됐나.

“처음부터 위안부 문제를 위해 유엔에서 활동한 건 아니었다. 정신장애자 인권문제 해결을 위해 재판에서 패할 경우 유엔 규약인권위원회에 통보할 수 있는 ‘개인통보권’ 제도를 도입하라고 일본 정부에 요구했지만 거부당했다. 개인통보권이 도입되지 않으면 피해자를 대리한 변호사가 국제사회에 호소할 수밖에 없어 오히려 부담이 커질 것이라고 했지만, 정부는 그래도 안 된다고 했다. 어쩔 수 없이 매년 유엔으로 가 일본의 인권문제를 제기하지 않을 수 없었다. 그러다가 재일 조선인과 한국 여성들이 도와달라고 해 위안부 문제에 개입하게 됐다.”

-처음에는 머뭇거렸다고 들었는데.

“1992년 유엔에 호소하기 2년 전, 사회당 모토오카 쇼지(本岡昭次) 참의원의 의뢰로 위안부 문제를 검토한 바 있다. 하지만 변호인으로 그 문제를 풀어가는 것엔 동의할 수 없었다. 우선 피해자가 없어 사건으로 검토할 수 없었다. 또 국가를 상대로 한 소송이 될 수밖에 없는데, 당시 일본 국내법으로는 이기기 어렵다고 생각했기 때문이다. 그런데 1991년 8월14일 김학순씨가 위안부였음을 증언했고, 1992년 1월 주오(中央)대 요시미 요시아키(吉見義明) 교수가 방위청 자료관에서 일본군이 관여한 것을 보여주는 자료를 발굴해 공개했다. 변호인으로서 문제를 말하는 것이 의무였다. 마침 그해 유엔 인권위가 예정돼 있어 위안부문제를 다루기로 결정했다.”

1992년 2월, 그는 유엔 인권위원회에서 일본군 위안부는 국제법상 인신매매(트레이드) 위반이라며 ‘위안부는 성노예’라고 주장했다. 그의 문제 제기를 시작으로 유엔에서 위안부 논의가 공론화하기 시작했다.

-왜 위안부가 성노예인가.

“일본군 관여 자료와 피해자 증언집을 보며 판단했다. 유엔에선 국제법 위반 문제를 제기하지 않으면 발언이나 호소가 되지 않는다. 국제 인권조약이 없던 제2차 세계대전 이전 국제법에서 가장 중요시한 인신매매 금지를 적용했다. 또 ‘내가 여성이라면, 일본이 전쟁에서 이겼으면 하는 바람으로 (위안부를) 절대 하진 않을 것’이라고 생각했다. 그건 강제가 되지 않으면 안 되고, 의사에 반하는 것이라고 생각했다. 그렇게 되면 누구라도 노예라고 생각할 것이고, 성 문제여서 ‘성노예(sex slavery)’라고 명명했다. ‘자신의 의사로 병사를 위안한다’는 위안부라는 말은 웃기는 것이다.”


-지금 국제사회에서 일본군 위안부는 성노예라는 인식이 확립됐는가.

“확립돼 있다. 인신매매 금지가 국제법에서 규정한 게 아니다라고 주장하는 건 일본밖에 없다. 일본 정부가 지난 7월 유엔 시민적·정치적 권리위원회에서 일본군 위안부는 성노예가 아니라고 말한 것은 문제다. 성노예가 아니라는 건 ‘위안부=매춘부’라는 얘기다. 이는 위안부 피해자들을 다시 모욕하는 것으로, 새로운 가해이다. 피해자를 보면 마음이 아프다.”

-일본은 문제가 다 해결됐다는 입장 아닌가.

“위안부 보상문제가 1965년 한·일 청구권협정으로 해결됐다고 말하는 건 어불성설이다. 언젠가 김영식 전 외무장관은 당시 교섭 과정에서 불법행위 문제 논의가 없었다면서 ‘만약 불법 행위가 발견되면 나중에 교섭한다’는 일본 대표 구보타 간이치로(久保田貫一郞)가 말한 의사록을 공개했다. 일본은 관련 자료를 공개하지 않고 있다. 실제 교섭에서는 경제협력이나 돈 문제만 얘기했다. 아울러 돈 문제는 해결했지만 범죄 문제는 해결되지 않았다. 위안부 문제는 2차 세계대전 전 일본 재판소도 인정한 범죄 문제이다. 1965년 교섭 과정에서 범죄 문제는 다뤄지지 않았다.”

-위안부 문제 외에도 많은 인권문제를 호소해왔는데.

“변호사 개업 이후 본격적으로 맡은 사건은 스몬병(SMON) 사건이다. 스몬병은 설사약을 먹어 다리가 움직이지 않거나 눈이 보이지 않는 증상이다. 피해자가 일본에만 1만명 정도 있었다. 변호사 40여명과 함께 싸웠다. 소송에서 이겨 많은 수입이 들어왔지만, 사무국장처럼 돼 그후 큰 수입은 없었다. 1982년에는 정신병(그는 정신장애가 아닌 정신병이라고 했다) 인권문제를 다루게 됐는데, 미디어 등이 주목하지 않아 유엔에 호소하게 됐다.”


-국제인권법은 어떻게 연구했나.

“대형 사건에 계속 연루되면서 변호사 사무실이 파탄났고 몸과 마음도 지쳤다. 정신과 의사들도 쉬는 것이 좋다고 했다. 그래서 1989년 영국으로 공부하러 갔다. 당초 정신보호법을 연구하려 했지만 중간에 국제인권법으로 바꿨다. 런던대학대학원에서 여성으로 처음으로 국제재판소 재판관이 된 로절린 히긴스에게 국제인권법을 공부했다. 1998년부터 2년간 미국 워싱턴대에서도 공부했다.” 

-정력적인 인권 옹호 활동의 원천은 무엇인가.

“울병(우울증의 일종)이다. 초등학생 시절 ‘인간은 왜 사는가’를 알지 못해 자주 생각했지만, 인생의 의미를 알지 못해 점점 침울해졌다. 심리학 대학원으로 진학했다가 아버지 조언으로 법학부로 옮겼다. 변호사가 되니 인권침해 피해자가 오기 시작했다. 그런데 피해자들을 만나면서 ‘이렇게 힘든 사람도 있는가’라는 생각에 울병을 잊고, 밤낮으로 일했다. 그래서 구원을 받았다.” 

-지금은 어떤가. 

“인간은 반드시 죽지 않는가. 그래서 의미 있는 일을 하지 않으면 안 된다. 히긴스에게 ‘위안부 문제가 있는데, 어떻게 생각하면 좋겠느냐’고 물었더니 싱글벙글 웃더라. ‘재미있는 문제와 부딪쳤다’며 ‘도서관에 가라’고 말해주더라. 도서관에서 수많은 문제에 부딪히고 새로운 발견이 이어졌다. 새로운 사실을 발견하고 연구하는 것이 즐거움이라는 것을 체험했다. 위안부 문제, 한국병합 조약, 안중근 문제와 부딪친 것은 모두 해피(happy)였다.”

4시간30분간의 인터뷰가 끝날 즈음 그는 환하게 웃었다. 정말 ‘해피’해 보였다. 인터뷰가 끝난 뒤에야 그날 사이타마 기온이 37도라는 걸 우린 알았다. 이미 팔과 얼굴 등이 벌겋게 달아오른 뒤 화끈거렸다.

2014/04/20

朝日新聞の誘導に乗らなかったアボット首相

石合記者の誘導に乗らなかったアボット首相

オーストラリアは日本軍慰安婦とほとんど関係がない。まったくないわけではないが、何千何万という女性が慰安婦として戦地へ赴いた日本や朝鮮に比べれば、無関係と言っていい。

朝日新聞は、そんなオーストラリアのアボット首相に慰安婦問題を持ち出し、日本政府批判を引き出そうとしたようだが、アボット首相に受け流された。それでも朝日新聞の石合力、国際報道部長は「日本の一部にみられる過去の正当化歴史の修正主義の容認と結びつくものではない」と未練がましい。アボット首相から色よい返事をもらえず、匿名の外交官の談話でお茶を濁している。

インタビューした記者のツイッターには突っ込みも・・・

オーストラリアにも、白豪主義児童移民に対する虐待といった歴史があり、ポーリン・ハンソンのような人間もいる。だからといって、こういった問題をわざわざ外国に持ち出しはしないだろう。朝日新聞の言うオーストラリア人慰安婦とは、戦後オーストラリア国籍を取得した人物であって、元々は外国人(オランダ人)である。しかもこの人は、慰安婦というより戦時性暴力の被害者である。オーストラリア人外交官はまず間違いなく両者の違いが分かっていないし、朝日新聞は相手が分かっていないことを分かった上でコメントを取っている。

この時オーストラリアでは、中韓の反日(?)団体が慰安婦像を建てようとするのを、現地の日本人が阻止しようと懸命になっていた。そんな時に、朝日新聞はオーストラリアでマッチポンプを試みていたのである。ところで、歴史修正(主義)という点では、朝日新聞も同じである。朝日新聞は、かつて何度も紙面に登場させた吉田清治証言を今では信用していない。歴史観を修正したのである。

「EPA、日豪友好に重要」 アボット首相会見

 アボット豪首相は朝日新聞との単独会見で「貿易相手国との間では信頼と依存関係が育まれる。日豪経済連携協定(EPA)は、両国の関係拡大にとって極めて重要だ」と述べた。貿易の自由化を通じた経済関係の強化は、政治・安全保障面も含めた両国の友好関係の拡大にも貢献するとの考えだ。▼1面参照

インタビューでは第2次大戦中、日本と交戦国だった「過去」にはあえて触れず、「未来志向」を貫く姿勢で、中国や韓国との違いを見せた。安倍政権が目指す集団的自衛権の行使容認や安倍晋三首相の靖国神社参拝問題では、具体的な評価を避けた。

かわりに言及したのは半世紀前、安倍首相の祖父岸信介首相とメンジース首相(いずれも当時)との間で進めた日豪通商協定。双方に「戦争当時の余波や感情的な怒り」があったにもかかわらず、「歴史的な条約」にこぎつけた。「条約によって豪州の石炭、鉄鉱石さらにはガス産業が大きく発展し、日本の富と発展、繁栄にもつながった」

ただ、こうした実利主義的ともいえる対応は、日本の一部にみられる「過去の正当化」や「歴史の修正主義」の容認と結びつくものではない。ある豪州の外交官は「我が国にもまだ生存している慰安婦がいる。歴史問題を忘れたわけではありません」と明かす。

 アジア太平洋国家を自任する豪州が貿易とともに重視するのは、教育を通じた交流強化だ。アボット氏は日本を手始めに域内諸国に自国の優秀な学生を送り込む「新コロンボ計画」を明らかにした。かつて域内の優秀な学生を豪州に受け入れた「コロンボ計画」の裏返しともなる。「域内への統合を深め、アジアの文化を理解する手段」は「域内諸国への尊敬の印」でもあるという。

(国際報道部長・石合力)

■主なやりとり

トニー・アボット豪首相との主なやりとりは以下の通り。

 ――日豪EPAは、双方に得るものがあるか?

 「豪州は自動車関税で大きな譲歩をする方針だ。豪州産牛肉の関税でも良い合意を確信している。牛肉関税の大幅削減で、日本の消費者はもっと安くて良い食品を買えるようになる」

 ――交渉の進展具合は?

 「今回の訪日は最終合意の発表にちょうど良い。そして、7月に安倍晋三首相が訪豪する時に署名に持ち込む。そう願っている」

 ――日本の農家を納得させられるか?

 「自由貿易は多くの雇用を生む。より自由化すれば雇用はさらに増す。今はEPAの妥結にとって良いタイミングだ。環太平洋経済連携協定(TPP)は10カ国以上が参加しており、本質的に日豪EPAより交渉は難しい」

 ――アジア太平洋地域では安全保障面の緊張が増している。日豪関係は安定にどう貢献できるか?

 「通商関係が強まれば信頼は強まる」

――安倍政権は憲法解釈を変更することで、集団的自衛権の行使に動こうとしている。

「日本は地域や世界の問題でより大きな役割を果たしてほしい。東ティモールやカンボジア、イラクでの(自衛隊の)活動でも日豪は緊密に協力してきた」

――豪州にもいる旧日本軍の慰安婦の問題など、日本の歴史認識はどう受け止めているか?

「(慰安婦の問題は)豪州では現代の問題ではない。戦争時代の記憶が残る約60年前、日豪は通商交渉を始め、それは日本の発展にもつながった。大事なことは未来を見据えること。そうしたからアジア諸国は発展できた」

――マレーシア機の捜索で進展は?

 「有力な証拠は出てきていないが、最新の機器と技術を使って謎を解こうとしている。解決は約束はできないが、あらゆる方法をし尽くすまで捜索はやめない」

(古谷祐伸)

朝日 2014.4.7

追記: 聨合ニュースは、朝日新聞のこの記事を「『韓国にもまだ生存している慰安婦がある・・・』としたオーストラリアの外交官の発言を紹介した」と報じた※1(更に追記:韓国日報も)。オーストラリア人慰安婦の話が、韓国人の慰安婦の話にすり変わっている。日本談児さんに指摘して頂いた。

※1
(도쿄=연합뉴스) 이세원 특파원 = 일본을 방문 중인 토니 애벗 호주 총리는 일본군 위안부 문제에 관해 "호주에서는 현대의 문제가 아니다"라고 말했다.
그는 7일 보도된 아사히(朝日)신문과의 인터뷰에서 '호주에도 (피해자가) 있는 옛 일본군 위안부 문제 등 일본의 역사 인식을 어떻게 받아들이느냐'는 물음에 호주와 일본이 통상교섭을 시작해 발전을 이뤘다는 사실을 언급하며 이같이 답했다.
애벗 총리는 "중요한 것은 미래를 응시하는 것이다. 그랬기 때문에 아시아 여러 국가의 발전이 가능했다"며 "모든 국가가 미래를 보며 도발하지 않는 것이 중요하다"고 언급했다.
그는 아베 총리가 추진하는 집단자위권 구상에 관해 "일본이 지역이나 세계의 문제에 더 많은 역할을 하기 바란다"며 "동티모르, 캄보디아, 이라크에서 (자위대의) 활동에도 호주가 긴밀하게 협력해 왔다"고 말했다.
아사히는 애벗 총리가 일본과 호주가 2차 대전 중 교전을 벌인 과거를 굳이 언급하지 않고 미래 지향을 강조해 중국이나 한국과는 다른 모습을 보였다고 평가했다.
하지만, 이 신문은 애벗 총리의 이런 발언이 일본 내 일부 세력의 과거 정당화나 역사 수정주의를 용인하는 것은 아니라며 '우리나라에도 아직 생존한 위안부가 있다. 역사 문제를 잊을 수는 없다'는 한 호주 외교관의 발언을 소개했다.
애벗 총리는 7일 아베 신조(安倍晋三) 일본 총리와 정상회담을 하고 양국 경제동반자협정(EPA)의 주요 사항에 관한 합의의 뜻을 밝힐 것으로 알려졌다.

2013/08/30

河野談話関係者「泣きながら連れ去られるのを友人が見た」 (谷野元内閣外政審議室長)

泣き叫びながら少女が連行されるのを友人が見た (挺身隊の話か?)

河野談話見直し反対論にも二種類あるようだ。良いものだから撤回してはいけないという意見と、何がなんでも改「正」させまいというグループである。憲法問題で言えば、平和憲法の理想を変えたくないという純粋派と、日本政府が軍国主義復活を目論んでいると触れ回るようなナンセンス型(何がなんでも反対型)である。後者は、外国の反日グループと結びつく。慰安婦問題も同じ構図に陥った。

ややこしいのは、何がなんでも型の中には共産党のように強制連行説の拠り所として河野談話を死守しようとするグループがいる一方で、小川敏夫のように談話には強制連行があったとは書いていないのだから見直しの必要はないというレトリックを使う者がいる。

谷野作太郎は、小川議員と同じく、河野談話を批判する人は「談話に書いていないところ(強制連行の有無)まで内容を膨らませ、その点を批判している」と牽制するが、両者とも「書いていないところまで」内容を膨らませられた河野談話が日本叩きに利用されている状況が先にあることを省いている。例えば中央日報はこんな記事を掲載した。

谷野作太郎はまた、朝鮮人の娘が警官や兵隊の監視下で泣き叫びながらトラックで連れ去られたのを目撃したという話(慰安婦の話ではない)を韓国人の友人から聞いたと言っている。これが彼の意識形成(そして河野談話にも?!)に影響したらしいが、いっぺんアン・ビョンジク教授あたりにファクト・チェックしてもらった方がいいのではないか?

谷野は、小川と異なり河野談話の関係者であったから、自己弁護の意味もあるのだろう。その点は割り引いて聞いてやるべきなのかもしれないが。

特集ワイド:谷野作太郎・元駐中国大使に聞く/下 「河野談話」「村山談話」 「痛み」日本人として共有を

中国、韓国との関係が悪化する中、従軍慰安婦に関する「河野談話」(1993年)、「痛切な反省と心からのおわび」を表明した戦後50年の「村山談話」(95年)を否定するかのような動きがある。二つの談話作成に内閣外政審議室長として関わった谷野作太郎・元駐中国大使(77)が経緯などを明かす。【浦松丈二】

◇歴史の歪曲や開き直り 国の品格、誇り傷つける

−−「河野談話」には「証拠もないのに日本軍の強制連行を認めている」との批判もある。他方、これは誤解とする向きもあるようですが。

谷野 おっしゃるように「河野談話」を批判する人は、談話に書いていないところまで内容を膨らませ、その点を批判している。おかしなことです。女性の多くは集められた後、軍と行動を共にすることを余儀なくされ、前線で厳格な軍の管理下に置かれ、行動の自由はなかった。まかないや看護師の仕事と言われ、連れて来られたケースも多々ある。現地で現実を知り「話が違う」と逃げ帰ろうとしても、そこは前線です。あの談話はそういう世界を記述したものなのです。

私の韓国の友人。この人は日本の学校を出た人で私と同じ年ですが、彼は「子供のころ、自分の村では年ごろの娘を外に出すなと言われたものだ。それでも彼女らが横付けされたトラックに乗せられ、泣き叫びながら連れ去られていくのを目にしたことがある。そこにはオマワリやヘイタイもいた……」と。竹島(韓国名・独島)の話では冷静さを保つ彼も、この話になると大変感情的になります。

−−元慰安婦の女性に償い金を払う「女性のためのアジア平和国民基金」(アジア女性基金)の設立(95年)にも奔走なさいましたね。

谷野 日本は「女性基金」を設立し、オールジャパンで精いっぱいの対応をしてきました。韓国だけは「日本国としての謝罪と補償」を要求する市民団体の圧力に直面し、「基金」の事業は中途半端で終わらざるをえなかった。しかし、「謝罪」は「河野談話」や慰安婦だった人たちにお渡しした総理書簡に表明されているし、お渡ししている償い金の半分以上は日本政府支出によるものです。

韓国政府も当初、「基金事業のスタートをもって問題は解決した」と言っていたんですが、最近になって「未解決」と言い始めました。突然「情」(韓国で言えば「恨」の感情)が頭をもたげた。

もとより従軍慰安婦や戦後補償の問題は「カネですべてすんだんじゃないか」と開き直れる世界ではない。日本側の所作で心身に深い傷を負った人たちの「痛み」を日本人として共有することこそ最も大事なことだと思います。(以下略)

毎日夕刊(一部) 2013.8.28

一方で、谷野は安倍首相についてこう評する。・・・では、歴史を歪曲したり開き直ったりしている有力者とは、誰のことを言っているのだろうか?

 −−安倍晋三首相は15日の全国戦没者追悼式の式辞で、歴代首相が表明していたアジア諸国に対する加害の「反省」や「不戦の誓い」を表明しませんでした。

谷野 中国や韓国、そして米国などがいら立つのは過去の一時期の「歴史」について、時折、日本の有力な方々がこれを歪曲(わいきょく)したり、開き直ったりされる言動についてです。それは日本に対する国際社会の目線を下げ、日本人の品格、誇りを最も深いところで傷つけることになる。でも、安倍首相はいろいろなところでおっしゃっているところからみても、決してそんな方ではないと思います。