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2019/11/13

安倍首相の「狭義の強制性」論(2008年)

この広義・協議の強制性(連行?)論は、吉田証言が揺らいで以降、朝日新聞が行った「すり替え」だと第三者委員会(2015年)が結論づけている。

安倍晋三はいわば、朝日新聞のペースにハマったわけだが、後にこの「狭義の強制性」発言で海外からもバッシングされる。政治家として、甘かったと言わざるを得ない。

○菅(直)委員 

民主党の菅直人でございます。(中略)一昨日の国会の議論の中で、従軍慰安婦についての質問に対して、平成五年の河野官房長官談話を受け継いでいるというふうに答弁されております。この河野官房長官談話というのは、どういう中身で、どういう趣旨で受け継がれたんですか。

○安倍内閣総理大臣 

河野官房長官談話におきまして、いわゆる従軍慰安婦問題について述べられた談話でございます。この談話におきまして、いわゆる従軍慰安婦の募集等々に国の関与等についての言及があるわけでございます。この河野官房長官談話は政府として出されたわけでありまして、現在の政府におきましてもこれは受け継がれているということでございます。

○菅(直)委員 

現在の政府として受け継いでいるという言い方ですが、現在の政府の最高責任者はどなたですか。そして、最高責任者である総理自身が受け継いだということですか。そこをはっきりしてください。

○安倍内閣総理大臣 

当然、私は内閣総理大臣でございますから、私を含めまして政府として受け継いでいる、こういうことでございます。

○菅(直)委員 

そうしますと、安倍総理が、平成九年ですか、五月二十七日の国会の質疑の中で、この官房長官談話はその前提が崩れているから、そういうものは変えるべきだ、こういうふうに主張されていたのは、考え方を変えられたということですね。

○安倍内閣総理大臣 

私がその際、これはしばらく前のことでありますが、それまでの議論の中で、いわば官房長官談話が出るに際して、いわゆる従軍慰安婦と言われた方々から事情を聞いたときの状況、あるいはまた、当時の石原官房副長官のお話を伺った結果、当初報道されていた中身とは違うのではないか、こういう疑問を持ったわけでございます。

しかし他方、政府としてこの官房長官談話を発出し、内外に対して政府としての姿勢を示した、これについては、私の内閣で変更するものではない、こういうことでございます。

○菅(直)委員 国民の皆さん、聞いておられてわかるんでしょうか。

安倍総理大臣としてどういうふうに言われているか。この質疑の中で、「河野官房長官の談話の前提がかなり崩れてきているという大きな問題点があると思うんですね。ですから、」云々と書いてあります。つまりは、官房長官談話は少なくとも正確ではない、間違っていたという趣旨のことがここで述べられております。

今の説明ですと、それはそのとおりだけれども、その考えは変わっていないけれども、自分が責任者である現在の内閣、政府では、しかしこの考え方をそのまま踏襲する、そういう意味なんですか。

○安倍内閣総理大臣 

今、菅議員が御指摘をされているのは、そのときの官房長官談話が発出をされたときの意味、意義なんだろう、このように思うわけでございまして、韓国においていわゆる従軍慰安婦として心に傷を負った方々に対して、政府としての認識を示したものであるわけでありますが、そのときに、この問題に関しましていろいろな議論があったのは事実であります。

いわゆる狭義の上での強制性という問題がありました。それは狭義の強制性ではなくて、広義の意味での強制性について述べているという議論もあったわけでございますが、私が当時述べていたことについては、具体的に狭義の強制性が果たしてあったかどうかという確証については、いろいろな疑問点があるのではないかということを申し上げたわけでございます。

しかし、強制性という中にはいろいろな強制があるのではないか、直接の強制ではなくても、これは広義の意味でそういう状況に実は追い込まれていたのではないかという議論もあったのは確かであります。しかし、最初は狭義の強制性であったわけでありますが、それはその後、いわば広義の強制性ということに議論が変わっていったのも事実ではないかと思います。

(中略)

○菅(直)委員 

これは大変重要なことなんですね。これから申し上げることにもつながってきますので、少し念を入れて聞かせていただきました。

安倍さんの総理になる前の発言の中では、従軍慰安婦については、少なくとも官房長官談話に対しては否定的であったし、また村山談話に対しても、個人の意見としては認められなかった、単に、新たな談話を出すつもりはないという極めて消極的なことしか言われていなかった、こう思いますから、それは少し変えられたのかな、そういうふうにお聞きをいたしました。

第165回国会 衆議院予算委員会 第2号
平成十八年(2008年)十月五日

2019/06/26

河野洋平「強制性あった」(2019)

もう、突っ込まずにそっとしておこう。

河野洋平元衆院議長が講演「強制性あった」慰安婦問題で

・・・慰安婦問題に関して河野氏は「強制性があったと今でも思っている。植民地支配が前提にあり、戦争になり、軍が全体を仕切っていたという状況をみれば、それ自体が非常に強制性はある」と持論を展開した。・・・

産経 2019.6.26 (全文

2018/04/07

韓国教育部「強制性を認めた河野談話に基づき謝罪せよ」


慰安婦問題の最終的不可逆的解決から数年が経ったというのに、未だに河野談話(や村山談話)を挙げ、謝罪を要求する韓国教育部。「強制性を認めた河野談話」は「日本政府の公式の歴史認識」だというのが彼らの言い分。

この場合の「強制性」とは、日本政府による強制動員(=強制連行)という意味で使っているのだろう。つまり拡大解釈である。言質を取ったと思えば、徹底的に利用してくる。河野談話や村山談話の内容に問題ないという人も、こういう事態を予想してもう少し慎重に考える癖をつけた方がいい。

日本高校学習指導要領の是正求める「相互尊重の姿勢教えるべき」=韓国教育当局

韓国教育部は30日に報道官声明を発表し、独島を「歴史的、地理的、国際法的に明白なわが領土」と強調した上で、「竹島は日本領土」と明記した高校の次期学習指導要領を告示した日本に対し「われわれの領土の主権を深刻に損なう行為を強く糾弾し、直ちに是正を求める」とした。

教育部は日本のこうした行為が歴史をゆがめるほか、韓国の領土の主権を侵害し、北東アジアの平和・共生の努力にも逆行すると指摘。日本が小中学校に続き高校の教育現場でも歴史歪曲(わいきょく)を加速し、日本の帝国主義による朝鮮半島侵略と植民地支配を否定して侵略の歴史を正当化しようとする強引な主張を展開していると非難した。

また、慰安婦の強制性を認めた河野談話(1993年)や植民地支配と侵略を反省する戦後50年の村山談話(1995年)を挙げ、「日本政府の公式の歴史認識に基づき、帝国主義侵略史の暗い過去を反省、謝罪せよ」と述べた。

教育部は「日本が国際社会の責任ある先進国として未来を志向する『パートナーの韓日関係』へ進むには、直ちに歴史歪曲を中断し、正しい歴史観に立脚して育ちゆく世代に平和の大切さと相互尊重の姿勢を教えなければならない」と促した。日本の歴史歪曲と領土主権侵害の試みには厳重、かつ積極的に対処すると強調した。

2016/06/05

台湾でも異端審問「慰安婦は強制か?」


台湾の首相が、慰安婦は強制されたものだったか自発的なものだったかという質問に、一概には言えないと答えて謝罪に追い込まれた。

強制連行(日本政府による徴用)があったかなかったかという話がエスカレートして、ついに台湾までもが17世紀のイタリアのような有様に。異端狩りの標的にされた林全行政院長は「社会構造」などという言葉を持ち出して話を合わせたが、「それでも地球は回っている」と呟きたい心境だったろう。

台湾行政院長、慰安婦発言で謝罪

台湾の林全行政院長(首相)は4日までに、慰安婦をめぐる発言が不適切だったとして謝罪を表明する声明を発表した。

院長は3日の立法院(国会)で、野党、国民党議員から「慰安婦は自発的になったのか、強制的に慰安婦にされたのか」と問われ「どちらの可能性もある。これだけ多くの慰安婦がいるのだから全てがどちらかとは言えない」などと答弁した。

この答弁に対して一部で反発が高まったため、3日夜の声明で「発言が不十分で関係者を傷つけたりした可能性がある」と謝罪を表明。女性の自主性や尊厳は体制の暴力や社会構造によって損なわれてはならないと強調した。(共同)

産経 2016.6.5[2]

2015/11/18

「軍人と民間女性の関係において強制性があった」 河野洋平


この人、本当に河野談話の作成に関わっていたのだろうか?名前を貸しただけとか?

河野洋平氏「慰安婦動員の強制性、否定できない事実」

韓中日の記者たちとインタビュー
「安倍内閣は国民が反対しても自衛隊派遣を承認する可能性がある」
「反対派の議席を増やし、安全保障関連法を修正すべき」

旧日本軍の慰安婦問題で、日本政府の関与を認めた「河野談話」(1993年)の主人公、河野洋平・元官房長官(78)は、安倍政権が慰安婦動員の強制性を否定していることについて「太平洋戦争当時、慰安婦の動員に強制性があったということは、否定できない歴史的な事実だ」と述べた。

河野氏は今月10日、東京都内の日本プレスセンターで行われた日中韓三国協力事務局(TCS)主催の行事に参加した韓中日3カ国の記者たちとのインタビューに応じ「慰安婦は戦争中、軍隊と民間人の間で起こった出来事であり、民間人の女性たちにとって非常に過酷な出来事だった」として、上記のように述べた。河野氏は「軍人と民間人の女性の間の関係において、強制性があったという点は明らかだ」とし「旧日本軍がインドネシア(当時オランダ領)でオランダ人女性を強制的に連行したというオランダの裁判所の調査結果と判決があった」と主張した。その上で「国際的に見ても、(慰安婦問題は)この上なく重大かつ普遍的な問題であり、その点を安倍(晋三)首相も肝に銘じるべきだ」と述べた。

1993年当時、官房長官だった河野氏は▲慰安所は軍当局の要請に基づいて設置され▲慰安所の設置・管理や慰安婦の移送に旧日本軍が関与した-という点を認め、元慰安婦たちに謝罪や反省の気持ちを伝えるという内容の談話を発表した。だが最近、日本では右派を中心に「河野談話を継承すべきではない」という声が高まっている。

2015/11/14

韓国外交白書 慰安婦問題詳しく


日本政府は、どうすれば韓国政府は納得するのか、と訊いているのだが、答えない。「被害者が納得する解決策」はまだしも、「国際社会が納得する解決策」・・・自分の意思や考えは?

韓国外務省は13日、2015年版の外交白書を発表した。日韓関係では14年版と同様、旧日本軍の従軍慰安婦問題の対応について1ページ以上を割き詳しく記述。日本に対し「被害者と国際社会が納得できる解決策の早期提示を求めた」などと強調した。

白書は14年の韓国外交を総括したもの。同年6月に、日本が従軍慰安婦問題で旧日本軍の関与を認めた河野洋平官房長官談話(1993年)の検証報告書を公表したことについて「談話は『政治的産物』だったとの歪曲された印象を広めた」と批判した。また、朝日新聞の慰安婦問題に関する記事取り消し(同8月)を機に日本で「強制性を否定する動きが広がった」とした。

 日韓両国が領有権を争う竹島(韓国名・独島)に関しては、日本が「挑発を強化した」と記述。

 中韓関係では「より成熟した関係に発展させる成果を挙げた」とした。

zakzak 2015.11.14[2]

2015/08/31

台湾、馬政権アジア女性基金を否定


少し前のニュースだが、エントリーとして残しておいた方がよいだろうと思うので。

台湾の馬政権が日本政府に慰安婦に対する謝罪と賠償を要求。この人の場合口だけのような気もするが、アジア女性基金も台湾政府としては「一貫して受け入れていない」と。

産経新聞は例によって、吉田証言だのクワラスワミ報告書だの言っているが、そんな物は関係ない。慰安婦の記録映画を見て人前で涙を流すような・・・それでいて、台湾の軍中楽園でも同じような悲劇があったのではないかと想像も出来ないような安っぽい馬総統の人間性の問題である。

外交部、慰安婦問題解決は事実にあらず

外交部が、「慰安婦問題は決着済み」との言い方は事実に反するとしている。
李登輝・元総統が「すでに台湾の慰安婦問題は決着済み」と発言していることに対し、外交部亜東関係協会の周学佑・副秘書長は27日、「中華民国政府の立場は、日本政府は中華民国籍の元慰安婦への正式な謝罪と賠償を行うべきで、元慰安婦の正義と尊厳を回復させよというものだ。しかし、日本政府は元慰安婦の問題について、これまでわが国といかなる合意にも達していない」と述べた。

周・副秘書長は、日本政府がこれまで行ってきた対応は、民間の「女性のためのアジア平和国民基金」による補償金の拠出だったが、わが国はこの種の方法は一貫して受け入れていないと指摘した。

周・副秘書長は、「いわゆる‘台湾の慰安婦問題は決着済み’という発言は事実に反する。われわれが求めているのは、日本政府の謝罪と賠償だ」と述べた。
周・副秘書長はまた、日本政府が今後も引き続き歴史を直視し、より責任感を持ち、より未来志向かつ明確な態度で、慰安婦問題の処理に取り組み、具体的行動をとって、周辺国と真の和解を成し遂げ、友好協力関係を発展させることをわが国は切に望んでいると強調した。


台湾・馬総統、慰安婦問題に執着 日本の謝罪要求 レガシー作りの思惑も?

台湾の馬英九総統が、安倍晋三首相の戦後70年談話を受け、慰安婦問題で連日発言し、日本政府に正式に謝罪するよう求めている。

馬総統は18日、訪台した自民党青年局一行と総統府で会談し、「慰安婦に対し明確なおわびがなかったのは遺憾だ」と述べた。その上で、「一人の友人として日本にさらなる取り組みを求める」と謝罪を促した。

台湾当局は14日夜、総統府の報道官と外交部がそれぞれ談話を発表し、首相談話を肯定的に評価した。馬総統は翌15日、当局談話になかった慰安婦問題での要求を追加して発言。16日には、総統府で行政、立法、司法の各院長を招いて台湾人元慰安婦の記録映画の上映会を開いた。

馬総統は鑑賞後、目に涙を浮かべながら、台湾でも慰安婦募集の強制性をめぐる議論があることについて、「そのような議論は非文明国の証しだ」と批判。慰安婦は「性奴隷だ」と述べた。ただ、その根拠は、朝日新聞が虚偽だと認めた「吉田証言」を証拠として引用した1996年のクマラスワミ報告書だった。

馬総統は93年の法務部長(法相に相当)就任以降、一貫して元慰安婦を支援してきた。総統に就任以来進めた中国優先政策に昨年末の統一地方選で強い反発が出たのとは異なり、慰安婦問題は野党、民主進歩党の蔡英文主席も関心を示している。一連の発言の背景には、野党も反対しないテーマで、残り1年を切った任期中に何らかのレガシー(政治的遺産)を残したいという思惑もありそうだ。

産経 2015.8.18

2014/07/04

なぜ河野談話は「強制性」なのか、喧嘩にならないから(秦教授)

「強制性というと何だろうということなんですけれど、それだとお互いに喧嘩にならないわけです」

もともと国会で慰安婦の「強制連行(徴用)」を追及していた社会党の議員らが、途中で「強制性」という言葉にすり替えたことから今の政治的混乱が始まったと思われるが、それとは微妙に異なる話として、なぜ河野談話では強制性なのか。なぜ日韓政府は強制性を認めるという形で落着させようとしたのか。河野談話検証チームのメンバーであった秦郁彦が、分かりやすい言葉で説明している。それは、「強制」という言葉が「曖昧」で日韓両政府が「喧嘩にならない(争う必要がない?)」からだという。

使っている言葉自体がですね、非常に曖昧なんですね。・・・例えば「強制性」と言いますけどね。強制性というと何だろうということなんですけれどもね。それだとお互いにですね、喧嘩にならないわけです。ですから、よく意味が分からないままに押し引きすると。「関与」というのもそうですね。いい関与、悪い関与両方あるわけですけども、決してどっちの方だということは、お互いに議論しない。 (ここでは自分で文字に起こしたが、現在はテキストアーカイブが公開されている)

BSフジ プライムニュース 2014.6.20

つまり、産経新聞などの強制連行(国家・行政機関による動員)否定派が「強制性はなかった」「強制性を認めた河野談話を撤回せよ」と意気込んで空回りしているのは、曖昧な言葉、秦の言う「意味の分からない」言葉を相手に必死になっているからである。産経新聞もいい加減気づいて欲しいのだが・・・。


2014/04/21

空襲被害者と慰安婦、「強制」されたのはどっち?

慰安婦と同様の境遇にあった吉原の遊女
彼女たちも空襲の犠牲になったが、補償は当然ない

もちろん慰安婦の日常に「強制性」はあったろう。戦時下に「強制性」と無縁だった人はいないのだから。そもそも、戦場での特殊事情があったとしても、同様の強制性は当時の娼婦に一般的であった。好きな時に廃業出来なかった。戦地では交通手段がなく自由に帰れなかった。それは兵士も同じだったし、空襲下の庶民(非戦闘員)も坊空法により避難を禁じられていた。その空襲被害者たちは何の救済措置も受けていない。この点で慰安婦(日本人を除く)は恵まれている。

今、優先して救済されるべきは、ハルモニではないはずである。

避けられた空襲被害~「空襲は怖くない」当時の手引書、犠牲者増やす

◆朝の連続テレビ小説「ごちそうさん」の中でも~「空襲時の退去禁止」

1945年3月に入ってから米軍による都市爆撃が本格化した。10日東京、12日名古屋、13日大阪、17日神戸と、大都市が次々と空爆され、横浜を加えた5大都市が焼き尽くされると、米軍のターゲットは全国の中小都市へ移る。空襲による犠牲者は60万人とも言われるが、その被害は避けられなかったのだろうか。(矢野 宏 新聞うずみ火)
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国民に防空の義務を課す「防空法」が制定されたのは1937年4月。その4年後の41年11月に改正され、「空襲時の退去禁止」が規定された。働ける市民は都市からの退去を禁止され、違反者には半年以下の懲役または500円以下の罰則が科せられた。500円というのは当時の教員の給料10か月分に相当する大金だ。

さらに、空襲のとき、建物の管理者・所有者・居住者などに応急の消火活動が義務付けられ、たまたま現場付近にいた人も消火活動に協力しなければ、同じく500円以下の罰金が科せられた。当時の政府は、「命を投げ出して消火活動をせよ、御国を守れ、持ち場を守れ」と命じていたのだ。

戦時下の日本で一般国民に課せられた防空義務は、火から逃げるのではなく、向かっていくこと。まさに「命がけの任務」だった。

NHKの朝の連続テレビ小説「ごちそうさん」の中で、主人公が「空襲なんて怖くないらしいですよ」と話す場面が出てきた。当時、政府は「空襲は怖くない」という誤ったイメージを持たせていたのだ。その宣伝に一役買ったのが『時局防空必携』という手引書だった。発効日は1941年12月10日、真珠湾攻撃から2日後のこと。

空襲の敵機の数と回数についてこう記している。
「大都市では昼間なら1回に20機か30機、夜なら10機」「弾はめったにあたらない。爆弾、焼夷弾にあたって死傷するものは極めて少ない」「焼夷弾が落ちてきたら、砂や土などを直接、焼夷弾にかぶせ、その上に水をかけ火災を抑え延焼をふせぐ」

米軍が開発したM69焼夷弾は直径8センチ、全長50センチ、鋼鉄製の筒状で「ナパーム剤」と呼ばれるゼリー状のガソリンが入っていた。5秒以内にナパーム剤に火が付き、その熱で筒が吹き飛ばされて四方にナパームを巻き散らかし延焼させた。850度で粘着性もあり、一度ついた火は払っても容易に取れなかった。

当時の政府が恐れたのは戦争の恐ろしさを国民が知ること。開戦と同時に、内閣直属の機関「情報局」が「大本営の許可したるもの以外一切掲載禁止」と発表。大本営発表がうそだとわかっても軍の報道規制が厳しいこともあり、新聞、ラジオ、雑誌は国の宣伝機関と化していった。

一夜にして10万人が亡くなった東京大空襲を伝える大本営発表は「3月10日零時すぎより2時40分の間、B29約130機主力をもって帝都に来襲、市街地を盲爆せり。都内各所に火災を生じたるも宮内省主馬寮は2時35分、その他は8時ごろまでに鎮火せり」と、10万人の犠牲者は「その他」でしかなかった。

防空法の存在を法定で明らかにしたのは「大阪空襲訴訟」弁護団の大前治弁護士。防空法制の研究の第一人者である早稲田大学の水島朝穂教授と『検証 防空法――空襲下で禁じられた避難』(法律文化社)を出版した。大前弁護士は「空襲被害は避けられなかった偶然の災害ではなく、当時の政府が選んだ政策の結果として生じたものです」と語る。


慰安婦問題でも、当初国会で議論になったのは慰安婦が国家総動員法に基づいて徴用されたかどうかであった。これがすなわち強制連行である。実態としては、慰安婦は兵士のように国の指示(法律)で戦地へ行ったわけではなかった(似たようなケースで、従軍看護婦の場合は国の要請により日赤が召集。日赤の看護婦には日赤に対して応召の義務があった)。また国の指示(法律)により避難を禁じられていた空襲被害者とも、条件が異なっているように思える。

五つの本土空襲の国賠訴訟、被災者の控訴棄却 大阪高裁

1945年の大阪大空襲など、米軍による五つの本土空襲の被災者ら23人が国に謝罪と計約2億2千万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決が16日、大阪高裁であった。坂本倫城(みちき)裁判長は、請求を退けた一審・大阪地裁判決を支持し、被災者らの控訴を棄却した。

原告は45年3~8月の大阪、兵庫、鹿児島、宮崎、静岡への空襲で負傷したり、肉親や家などを失ったりした被災者18人と遺族5人。戦後、旧軍人や原爆被爆者には恩給や健康管理手当など補償や援護の法律が設けられたが、空襲被災者にはなく、「法の下の平等を保障した憲法に反する」と主張していた。

2011年12月の一審判決は、旧軍人国の指示で戦地に赴き、被爆者は放射線被害が長く続く特殊性があるなどとして、「空襲被災者との差が明らかに不合理とはいえない」と判断。「国は防空法で消火義務を負わせるなどし、空襲被害を拡大させた」との原告側主張も「戦時体制下で、救済の法律をつくる義務は認められない」と退けた。

空襲被害をめぐっては、東京大空襲の被災者らが起こした同様の訴訟で、09年12月の東京地裁、昨年4月の東京高裁がいずれも被災者側の訴えを棄却する判決を言い渡している。

朝日 2013.1.16

その他、参考: 退去を認めず--国家優先思想の極地 水島朝穂 1997.2

2014/02/06

自国政府にコケにされた日本人 河野談話想定問答集(1993年)


1993年に河野談話と慰安婦に関する調査報告を発表するにあたって内閣外政審議室がまとめた想定問答集というものがあったらしい。

慰安婦の強制連行(徴用)は本当に行われたのか?という疑問に、「総合的に判断した結果、甘言、強圧によるなど本人の意思に反して集められた事例が数多く存在した」という人を煙に巻くような役人文章。日本国民をコケにしたのは、韓国政府でも韓国の反日団体でもなく日本政府であったという救いのない話。

【阿比留瑠比の極言御免】
答えになっていない慰安婦「想定問答」

当時のメディアも国民も随分甘くみられていたものだ-。平成5年8月、政府が慰安婦募集の強制性を認めた河野談話と慰安婦に関する調査結果報告を発表するに際し、内閣外政審議室がまとめた「想定問答」を情報公開請求で入手し、一読しての感想である。

A4版22枚、計36問にのぼる想定問答は、記者会見で出るであろう質問を予想し、それへの模範解答を記している。当時の河野洋平官房長官への事務方からの説明にも使用された。

ところが、内容はというと事実認定の部分は非常に曖昧で、明らかな嘘まで混じっていたのである。

例えば「韓国に対しては、発表案文について事前に協議しなかったのか」という問いには、こんな模範解答が示されている。

事前協議は行っておらず、今回の調査結果はその直前に伝達した」

だが実際は、河野談話も調査結果報告も原案段階から韓国側に示し、その修正要求を大幅に受け入れたのみならず、韓国側が提示した文節そのものを採用した部分もあることが、産経新聞の取材で判明している。(今年元日付と1月8日付朝刊紙面で既報)

これでは河野談話は、初めから国民の目を欺いて成り立ち、発表されたというほかないだろう。

また、肝心要の「強制連行の事実を認めたのか。認めたとすれば何が根拠か」という問いへの模範解答も次のように噴飯ものだ。

総合的に判断した結果、甘言、強圧によるなど本人の意思に反して集められた事例が数多く存在したようだとの心証を持った次第である」

慰安婦を強制連行した資料は一切出てこなかったのだから当然だが、全然答えになっていない。「心証」とは一般に「心に受ける印象」のことであり、結局は「そんな気がする」と言っているにすぎないが、想定問答ではこの言葉が繰り返し出てくるのである。

そして、強制性の有無について重ねて追及された場合の模範解答はこうだ。

本人の意思に反して集められたことを『強制性』と定義づけるのであれば、いわゆる従軍慰安婦の募集にあたり『強制性』が存在したケースも数多くあったことを政府として認めたと理解していただいてよい」

強制性の定義・範囲を無理やり広げることで強制性は認めているが、強制連行の認定やその根拠に関しては言葉を濁したままだ。こんな曖昧な表現で真意が伝わるはずもなく、河野談話発表の翌日の新聞は「強制連行認める」(産経、毎日など)と報じ、それが既成事実化されていった。

さらに、河野談話の最大の根拠となった韓国での元慰安婦16人の聞き取り調査について想定問答が「網羅的ではないにしても代表例としては十分なものであった」と評価している点も、国民をたばかるものだ。

この聞き取り調査の内容を政府は非開示として国民の目から隠しているが、これも産経新聞が入手した調査報告書で氏名や生年月日の記載すら不十分で、慰安所がない地域で働いたとの証言もあるなど極めてずさんな調査だったことが白日の下にさらされた。

もはや河野談話は完全に破綻している。日本維新の会がこれから展開するという、河野氏の証人喚問を求める国民運動に期待したい。(政治部編集委員)

産経2014.2.6

2013/02/02

共産党が留める慰安婦騒動の原型


ある意味、共産党は慰安婦騒動の初期の形をよく留めてくれている。

「強制連行(徴用)/行政機関による強制」の有無を「強制性」という言葉にすり替え、否定出来ない、事実だと言い募る。そして、日本の左翼がマッチポンプ役を果たし、外圧を作り出す。朝日新聞がヘタレる中、赤旗は生きた化石として貴重な見本となっている。


志位委員長代表質問

日本軍「慰安婦」問題  “文書がないから強制ない” 成り立たない議論

首相否定できず

志位委員長は31日の代表質問で、日本軍「慰安婦」問題で、軍の関与と強制性を認めた「河野談話」の見直しを安倍首相が主張していることについて、「『河野談話』は強制性を立証する文書を見つけることはできなかったことを前提に、『慰安婦』とされた人たちの証言の真実性にもとづいて、政府として強制性を認めたものです」と指摘し、政府が「談話」を継承する限り、“文書がないことをもって事実がなかった”という議論を「肯定する余地はまったくない」と主張しました。

このなかで志位氏は、「談話」作成に直接かかわった石原信雄元官房副長官が強制性を立証できる物的証拠はみつけられなかったとしつつも、聞き取り調査を踏まえ「意に反して『慰安婦』とされたことは間違いない」と証言している事実を示しました。

安倍首相は志位氏の指摘を否定できず、「この問題を政治問題、外交問題化させるべきではない」と述べたものの、「官房長官による対応が適当だ」としました。

志位氏は「談話」の見直しは、日本の戦争が「不正・不義の侵略戦争だった」という戦後世界秩序の土台を覆し、「日本が世界とアジアで生きていく立場を失うことになる」と厳しく警告しました。

(中略)

韓国紙、ロイターが報道

日本共産党の志位和夫委員長が31日に行った旧日本軍「慰安婦」問題での国会質問が、国際的な反響をよびつつあります

韓国の主要紙東亜日報と朝鮮日報(共に電子版)は、日本の全国紙を引用する形で、「慰安婦」となった人々への思いは「歴代の総理大臣と変わらない」「(「慰安婦」問題を)政治問題や外交問題にするべきではない」などの安倍晋三首相の答弁を掲載しました。

ロイター通信は、共産党の志位委員長の質問としたうえで、安倍首相が「筆舌に尽くしがたいつらい思いをされた方々のことを思い、非常に心が痛む」と答え、「首相である私がこれ以上申し上げることは差し控えるのが適当」との考えを示したと報じました。

「慰安婦」をめぐっては、安倍首相自身が「産経」インタビュー(昨年12月31日付)で、「河野談話」の見直しを表明したことから国際問題となっていました。志位氏から、“文書がないから強制の事実はない”との議論が成り立たないとの追及を受け、自らの発言を封印する形となりました。

赤旗 2013.2.1

日本共産党は、2013年現在、慰安婦問題をこのように定義している。

 日本軍「慰安婦」問題 アジア・太平洋戦争中に、日本軍が組織的に、各地の女性を「慰安所」に閉じ込め、レイプを繰り返した問題。1991年に元「慰安婦」の韓国人女性が謝罪と賠償を求める訴えを起こしたことをきっかけに日本政府は全面的な調査を行い、93年には河野洋平官房長官(当時)が「おわびと反省」の談話を発表しました。安倍晋三氏ら日本の侵略戦争は正しかったと主張する右翼グループは、「狭義の強制はなかった」「河野談話を見直す」と繰り返し主張し、内外の厳しい批判を浴びています。

赤旗 2013.1.6

2012/12/08

就職難で韓国人売春婦増加 台湾


「台湾も不景気だ。値引きをしたり客の好みに応じたりして、ご飯を食べる暇もない」。この部分を読んで、食事の暇もなくオニギリを頬張りながら兵士の相手をしたという慰安婦の話を思い出した。それ読んだ西野瑠美子(?)が涙を禁じえなかったと書いていたような気がする。

慰安婦の苦労話の多くは、同時代の売春婦の体験に共通するのである。時として現代のそれとも。貧困による「強制性」から体を売っている女性は今でも存在する。

台湾当局、韓国人売春婦を大量摘発 「就職難でお金稼ぎのためやった」

【新華網】 台湾の2011年の統計データによると、海外で売春を行う韓国人女性は10万人に達した。そのうち、日本では5万人となっている。台湾で売春婦を斡旋している関係者によると、これまで韓国人売春婦は少なかったが、2012年初めに韓国ソウルの警察がポルノ一掃を展開し、多くの売春婦が台湾に流れた。台湾「中国時報」が伝えた。

台湾刑事局は大量の韓国人売春婦を逮捕した。うち、36歳の珍妮は、有名なモデルの写真を利用して客引きをしていた疑いがある。

前出の関係者によると、ここ数年来、台湾と韓国の往来が密接になり、韓国ドラマや家電製品などが台湾に普及するのに合わせて、台湾にやってくる韓国人売春婦も増加している。台湾では韓国人売春婦は珍しいことから、急速に台北市場で拡がりをみせた。

摘発されたある韓国人売春婦は、「韓国では就職が難しく、台湾にお金稼ぎに来たが、台湾も不景気だ。値引きをしたり客の好みに応じたりして、ご飯を食べる暇もない」と話した。斡旋所の女性事務員も「年初は比較的良かったが、最近の商売はあまり良くない。景気が悪く、警察の取締も厳しい。ますます商売が難しくなった」と嘆いている。

新華経済 2012.12.7

実は、6月にもレコードチャイナにこのような記事があった。→(韓国人コールガール、国内に居場所なく台湾へ大挙”出稼ぎ”--台湾メディア

2012/10/18

老婆を煽り偽る人々(共産党)


こうやって老婆を焚きつける人間がいるから、慰安婦問題は解決しなかったのである。その責任は韓国側にもあるが、日本人の中にも大勢煽り魔がいた。

「日本の右翼政治家らが慰安婦の強制性を否定する発言をしていることについて、笠井議員は『過去を真剣に直視するのが政治の責任。歴史をゆがめようとする右翼団体の姿勢は絶対に許せない』...キム・グンジャさんは『すぐに何かが変わるような気がする』と感謝の気持ちを伝えた」

言うまでもなく、日本の「右翼」政治家が否定しているのは強制連行(日本政府による強制動員)であって、強制性(慰安所のオーナーが生理の日も休ませてくれなかった)ではない。

韓国側は国際的なmeet ハルモニ・キャンペーンを行い成果を上げているが、無知な欧米人はともかく、日本の国会議員ならこの慰安婦問題をよく理解しているはず。・・・なのに、ホイホイ乗っかる。悪質である。

日本政府が挺対協の論理に完全屈服する日は来るか。・・・それは、共産党が政権を取るくらい現実味がない。笠井もそんな事は承知の上。ようするに、彼らは老婆を騙しているのである。

共産・笠井議員「慰安婦問題で日本の謝罪に向け努力」

【広州聯合ニュース】韓国政府が国際社会に旧日本軍従軍慰安婦問題の提起を続けるなか、日本共産党の笠井亮衆議院議員が18日、韓国で慰安婦の被害女性らと面会した。

笠井議員は同日、元慰安婦が共同生活を送る「ナヌムの家」(京畿道広州市)を訪れ、被害女性6人と面会。「(被害女性らが)生きている間に日本政府の謝罪と賠償が行われるよう努力する」と約束した。

また、「日本が植民地支配と戦争犯罪を反省し、清算する必要があるということをきょう強く感じた。日本政府が一日も早く決断を下すべきだ」と述べた。さらに「重要な二つの問題」として、韓日強制併合の違法・不当性を日本政府が認めること、植民地犯罪について日本政府が謝罪・賠償することを挙げた。

日本の右翼政治家らが慰安婦の強制性を否定する発言をしていることについて、笠井議員は「過去を真剣に直視するのが政治の責任。歴史をゆがめようとする右翼団体の姿勢は絶対に許せない」と批判した。

同席した86歳の元慰安婦、キム・グンジャさんは「すぐに何かが変わるような気がする」と感謝の気持ちを伝えた。また、別の女性らが「慰安婦問題を日本がゆがめている」「謝罪と賠償を受けるまでは死なない」と声を荒らげる場面もあった。

笠井議員の来韓は、ナヌムの家の招待を受けてのもの。ナヌムの家の女性らは日本の政治家の間で慰安婦の強制性を否定する発言が相次いだことを受け、8月に野田佳彦首相をはじめとする政治家724人に招待状を送った。笠井議員は、個人としてではなく共産党の衆参議員を代表して来韓したと説明した。


追記:

「これを聞いた被害者の朴玉善さんは立ち上がり、『ありがとうございます。よろしくお願いします』と述べました」・・・ちょっとお婆さんたちが気の毒になってくるようなニュースである。

「謝罪聞くまで死ねない」

笠井議員に「慰安婦」女性、涙の訴え

「ナヌムの家」訪問

韓国を訪問した日本共産党の笠井亮衆院議員は18日、日本が朝鮮半島を植民地支配した時期に日本軍の「慰安婦」とされた女性たちが暮らす「ナヌムの家」(京畿道広州市)を訪問しました。

笠井氏は、朝鮮王朝時代の文化財の返還問題で交流してきた李源(イ・ウォン)大韓皇室文化院総裁とともに訪問。李氏は、大韓帝国初代皇帝・高宗(コジョン)のひ孫にあたります。

笠井氏の訪問は、ナヌムの家からの招待によるもの。ナヌムの家の説明によると、日本の政界で「慰安婦」の強制性を否定する発言が相次いだことを受け、日本の全国会議員に招待状を送ったものの、実際に訪問したのは笠井氏が初めてだといいます。

笠井氏は、日本政府に謝罪と賠償を求めながら亡くなった元「慰安婦」が眠る追悼碑に献花。被害女性6人と面会しました。

「私たちが生きた証人だ。日本政府の心からの謝罪を聞くまでは死ねない」と涙ながらに訴える被害者の体験を聞いた笠井氏は、「生きている間に、日本政府の謝罪と賠償が行われるよう努力する」と表明。これを聞いた被害者の朴玉善(パク・オクソン)さん(90)は立ち上がり、「ありがとうございます。よろしくお願いします」と述べました

笠井氏は、「日本が過去の植民地支配に対する根本的反省と清算をすることが、みなさんの苦しみと悲しみにこたえる道であり、日韓関係の諸問題の解決につながることになります」と語りました。

赤旗 2012.10.20

一応サーチナも。

日本の衆議院議員が元慰安婦と面会「謝罪と賠償を努力する」=韓国

韓国メディアは、「日本の議員“慰安婦犯罪、謝罪し努力する”」「日本の次期首相候補は靖国参拝、共産党議員は慰安婦のおばあさんを見つけ謝罪」などと題し、日本の衆議院議員が訪韓して元慰安婦に会ったと伝えた。

笠井議員は、亡くなった元慰安婦の遺影の前で、まず黙とうした。続いて元慰安婦の女性たちに会い「植民地支配と戦争犯罪について、日本政府が反省して清算しなければならないということを今日強く感じた。日本政府が1日も早く決断を下さなければならない」と強調した。

また「日本政府の謝罪と反省は、被害者の傷の治療と同時に、両国の懸案解決にも役立つだろう」と述べ「日本の閣僚と議員の靖国神社参拝は、歴史に逆行して侵略戦争を正当化すること」と批判したという。

個人レベルではなく、日本共産党の衆・参議院を代表した訪問だと明らかにした笠井議員は、ゲストブックに「生きている時に、賠償を受けなければならないという話を確かに受け入れる」と記入し、元慰安婦が生きている間に、問題解決のための努力をする意向を重ねて伝えた。

今回の笠井議員の訪韓は、今年8月にナヌムの家が日本の政治家724人に招待状を発送したことによるもの。この席には、ナヌムの家の元従軍慰安婦6人が同席し、笠井議員の発言に対して感謝の気持ちを示した。

笠井議員は朝鮮王室儀軌(ぎき)の返還活動をきっかけに、2007年以降、複数回にわたって韓国を訪れている。昨年8月に女性団体で活動している夫人が、ナヌムの家を訪れた事実もこの日公開して注目を集めた。(編集担当:李信恵・山口幸治)

サーチナ 2012.10.19

お婆さんにとって、日本の国家議員と聞けば皆同じに思えてしまうのだろうが、所詮日本共産党の口約束である。

2012/10/08

河野洋平、重い口開く--時代の証言者


インタビューを拒否して来た河野洋平が、読売新聞の連載シリーズ「時代の証言者」(第16回)の中で、河野談話について重い口を開いた。


現在では想像出来ないが、かつてはあのハルモニ(お婆ちゃん)同士が公衆の面前で罵り合うこともあったのである。村山元首相の前で慰安婦が喧嘩するということもあったらしい。日本からの償い金の受け取りを表明した女性を売国奴と罵った慰安婦たちのバックにいたのが、挺対協のユン・ジョンオクであった。他にも初出かどうかは分からないが、銀行がトップの意向でアジア女性基金に非協力的だったこと(当初は、朝日新聞も女性基金を批判していた[要確認])、キム・デジュン(金大中)から何やら促されていたことも証言している。

閣議決定はされていなくとも、河野が言うように、歴代の自民党政府と民主党政府が踏襲してきたという事実は重い。

しかし、「今も苦しむ女性の存在や戦争中の悲劇までなかったと言わんばかりの主張には、悲しみさえ覚えます」というのは、誤魔化しではないのか。河野談話に批判的な保守派でも、「不幸な境遇の方々がおられたことは認識している。この点に関しては同情を禁じえない」と言っているのである。

批判者を悪者にして誤魔化すのは卑怯
中山成彬も慰安婦には同情すると言っていた

「アジアのみならず欧米諸国からも日本の人権意識を疑われ、国家の信用を失いかねません」・・・今問題になっているのは、河野談話を根拠に日本政府が軍を用いて強制的に数十万単位の女性を徴用したという都市伝説が定着し、それを否定するだけで「国家の信用」が疑われるという状況である。河野談話を撤回せずとも河野が一言説明すれば済む話なのに、彼はそれをしない。「悲しみさえ覚える」のはこっちの方である。

インタビュアーの言っていることも分かりにくい。「軍や官憲が強制的に連行したと示す資料が発見されないまま、証言のみで『強制性』を認めた」。・・・「強制的に連行」ではなく、強制連行というのは法律に基づいた徴用のことである。そう百科事典にも書いてあるではないか。

時代の証言者

河野談話「内閣の意志」

《1993年8月、いわゆる従軍慰安婦問題で、旧日本軍や官憲による「強制性」を認めた河野官房長官談話が発表された。しかし、旧日本軍が女性を組織的に強制連行して「性奴隷」にしたとの誤解を国際社会に定着させた「負の遺産」だとして、見直しを求める声が根強い》

92年7月、加藤紘一官房長官が慰安婦に関する調査結果を発表、謝罪しました。軍当局による慰安所の設置と運営、旧日本軍の車両での女性移送などの事実が省庁の文書で確認された一方で、募集方法など「強制徴用」を裏づける資料は見つからない。韓国は満足せず、加藤さんの後任の私は警察、防衛、外務、文部、厚生、労働の各省庁に更に調査を依頼します。時間の経過などから積極的協力を得るのは大変で、最後に実施した元慰安婦本人からの聞き取りも難航しました。

最大の障害は名乗り出た元慰安婦同士の対立で、まず日本政府が謝罪して賠償せよと言う集団が、生活の困窮で償い金が得られるなら応じてもいいと言う女性を「売国奴」と罵倒する。日本政府調査団の慎重姿勢に徐々に心を開いた16人が当時、「出所や中身は公表しない」との約束で口を開いてくれた。内容を全て公表できないのは、本人だけでなく親族が皆、白い目で見られた環境ゆえです。

厳しい状況で得た証言では、日本の軍人が威嚇して女性を連れていった、工場の下働きの仕事だとだまされた、日によっては20人を超す兵隊の相手をさせられた、敗走時は置き去りにされたといった、痛ましい体験が語られていた。軍には逆らえない状況下で、総じて「強制性」を認めるべき内容だと判断しました。

《談話への批判の主な理由は、軍や官憲が強制的に連行したと示す資料が発見されないまま、証言のみで「強制性」を認めた点だ》

証言を読んだ宮沢さんは衝撃を受けていました。私が発表した談話は、日韓だけでなく米国の国立公文書館などの資料も慎重に検討し、宮沢内閣の責任で決めた「内閣の意志」です。閣議決定はしていませんが、その後の全ての自民党政権も民主党政権も踏襲してきた。にもかかわらず、紙の証拠がないからといって戦後半世紀を超えて今も苦しむ女性の存在や戦争中の悲劇までなかったと言わんばかりの主張には、悲しみさえ覚えます。アジアのみならず欧米諸国からも日本の人権意識を疑われ、国家の信用を失いかねません

談話見直し論を引き起こした李明博(イ・ミョンバク)韓国大統領の竹島上陸や天皇陛下への謝罪要求は看過できない。ただ、歴代大統領が歴史問題で日本へのいら立ちを募らせてきたことも事実で、古い友人の金大中(キム・デジュン)さんも何度もそう言っていました。

元慰安婦への償いを表すため、村山連立政権時にアジア女性基金ができます。日韓の国家賠償は65年に請求権協定で決着済みなので国民の善意に頼る枠組みとし、6億円が集まりますが、熱心に手を挙げていた銀行が「トップの意向」と言って寄付金の受け入れを拒否し、経済界はほとんど協力しないなど、関与を避ける空気も強かった。その中で、参院議長を退任した原文兵衛さんが「日本人の責任だ」と基金の理事長を引き受けた態度は立派でした。(編集委員 伊藤俊行)

読売 「時代の証言者 保守・ハト派 河野洋平 16」 2012.10.8

けっきょく慰安婦本人の証言に重きが置かれたわけだが、彼女たちの証言を検証できるプロがいなかったことが大きいのではないか?せめてアン・ビョンジク教授らが参加した韓国側の調査くらい本格的であれば。


この記事について、韓国のメディアが早速飛びついたが、例によって都合のいい部分しか引用されていない。

河野は「極右」政治家を真っ向批判したわけではない。最近では左寄りと言われる毎日新聞の中からも河野談話を取り下げた方がいいという声が上がるようになって来ている。また、彼は歪曲された歴史観だとまでは言っていない。強制連行(河野は「強制徴用」という言葉を使った)の証拠はなかったが、女性たちは気の毒だったと言っているだけで、韓国人が主張するような「20万人が拉致された」といった主張を肯定したものではない。繰り返しになるが、それを丁寧に外国に説明しようとしないのが、河野の最大の問題である。

河野前長官、極右政治家批判

1993年従軍慰安婦の強制性を認めて謝ったいわゆる「河野談話」の主人公である河野洋平前官房長官(写真)が日本の極右政治家たちの歪曲された歴史観を正面から批判した

河野前長官は8日読売新聞とのインタビューで「資料上の証拠がないという理由で苦痛を味わっている女性(慰安婦)の存在と戦争中の悲劇までなかったという主張に悲しみを感じる」として「アジアだけでなく、米国やヨーロッパからも日本の人権意識が疑いを受け、国家の信用を失うことになるかも知れない」と憂慮した。 安倍晋三自民党総裁など日本の極右政治家たちが最近相次いで河野談話を修正したり廃棄しなければなければならないと主張した以降、河野前長官が直接解明に出たことは今回が初めてだ。

河野前長官は1993年談話文を通じて「(日本軍)慰安所は当時軍当局の要請によって設置されたし慰安所設置、管理および慰安婦移送には過去の日本軍が直・間接的に関与した」と慰安婦の強制性を認めた。

韓国経済 2012.10.8

고노 前 장관, 극우 정치인 비판

1993년 종군위안부의 강제성을 인정하고 사과했던 이른바 ‘고노 담화’의 주인공인 고노 요헤이(河野洋平) 전 관방장관(사진)이 일본 극우 정치인들의 왜곡된 역사관을 정면으로 비판했다.

고노 전 장관은 8일 요미우리신문과의 인터뷰에서 “자료상의 증거가 없다는 이유로 고통을 겪고 있는 여성(위안부)의 존재와 전쟁 중의 비극까지 없었다는 주장에 슬픔을 느낀다”며 “아시아뿐 아니라 미국과 유럽으로부터도 일본의 인권의식이 의심받아 국가의 신용을 잃게 될지도 모른다”고 우려했다. 아베 신조(安倍晋三) 자민당 총재 등 일본의 극우 정치인들이 최근 잇따라 고노 담화를 수정하거나 폐기해야 한다고 주장한 이후 고노 전 장관이 직접 해명에 나선 것은 이번이 처음이다.

고노 전 장관은 1993년 담화문을 통해 “(일본군) 위안소는 당시 군 당국의 요청에 의해 설치됐고 위안소 설치, 관리 및 위안부 이송에는 옛 일본군이 직·간접적으로 관여했다”고 위안부의 강제성을 인정했다.

2012/09/19

体操の妖精から娼婦へ


吉見理論によれば、貧しさから売春婦になるのも「強制」。彼女の場合も(ドイツ?ルーマニア?)に強制された被害者、ということになるわけだが・・・。

“ルーマニアの妖精”が売春婦に

“ルーマニアの妖精”として国民的アイドルだった元女子体操選手のフロリカ・レオニダさん(25)が、ドイツで売春婦になっていたと報じられ、ルーマニア国民が大ショックを受けている。元祖“妖精”で米国在住の五輪金メダリスト、ナディア・コマネチさん(50)も母国メディアの取材に答え、同国の体操選手の末路を嘆いた。

衝撃的な事実を最初に報じたのは、8日のドイツ紙「ビルト」。レオニダさんは2007年に現役を引退、08年からドイツで暮らし始めたものの生活が困窮。借金漬けになったため、売春婦として生計を立てているという。

同紙は「レオニダの家族は、彼女がドイツでフィットネストレーナーとして働いていたと思っていた。今年、雑誌の風俗広告に彼女が載っていたことで売春婦だと知り、父親は『もう私たちはルーマニアで生きていけない』と話している」と報じた。

レオニダさんは12歳のときに米国の雑誌「インターナショナル・ジムナスティック・マガジン」の表紙を飾るなど、将来を嘱望された。02年の欧州ジュニア選手権の平均台で金メダル、03年の世界選手権 の団体で銀メダル、06年の欧州選手権の同種目で銀メダルを獲得。“ルーマニアの妖精”となった。だが結局、五輪には出場できず競技生活を終えた。

ルーマニア紙「リベルタテア」も12日、「レオニダがドイツの売春宿で働いている!」と報じたうえで、元祖“妖精”のコマネチさんに緊急インタビューを敢行。米国在住のコマネチさんは「レオニダのことについてはコメントしたくない。ただ、ルーマニアではメダリストではない体操選手が引退した後の支援がない。米国では、引退した選手がきちんと生活していけるような様々な機関によるフォローがある」と問題点を指摘した。

もともとルーマニアでは高校、大学に行かず、体操一筋で生きていく選手が多い。しかし、五輪でメダルを取らない限り、引退した体操選手は“ただの人”どころではなく、学歴のない人となってしまい、就職は難しい。 そこが米国とは大違いのようだ。

「米国では毎年4、5月、体操選手によるショーがたくさん開かれ、そこに出てお金を稼ぐことができる。そのお金で大学に行くんです。大学に行きながら競技生活を続けてもいいし、競技生活を辞めて普通に就職するのもいい。ルーマニアではそのようなシステムがない」(コマネチさん)

 ルーマニアといえば、先月15日、日本語を教えるために現地入りした日本人女子大生・益野友利香さん (20=当時)がヴラド・ニコラエ容疑者(26)に殺害される事件が起きたばかり。1989年のルーマニア革命 によって、チャウシェスク元大統領の独裁政権が崩壊し、民主化された後、2007年にはEU(欧州連合)に加盟。 だが、治安や行政サービスなどの点でもまだまだ不安定な情勢が続いている。

東スポ 2012.9.18

2012/08/22

橋下発言 中央日報のすり替え

これは日本の強制連行派の学者や、朝日新聞、社会党が散々やってきたことでもある。それにしても文字だと伝わり難いニュアンスもある代わりに、曲解や矛盾がよく分かる。橋下大阪市長が慰安婦の強制連行を否定する発言をしたということで、中央日報が噛み付いているのだが・・・

「日本軍が慰安婦を連行したという証拠はない」とし、日本軍慰安婦制度の強制性を否定する発言をした。

こんな短い文章でも、前後が繋がっていないことは誰にでも分かる。前半では、市長が「軍が(強制)連行したという証拠はない」と発言したと言っているのに、後半では「強制性を否定」したと言っている。ようするに、前半と後半は別の話なのである。

橋下市長が否定している強制連行とは、こういう話↓である。

現在韓国で放映中のドラマ「ガクシタル」より

中央日報の言う「強制性を認めた『河野談話』」もこのような↑状況は認めていない。「『河野談話』の意味を縮小することを望む日本右翼の主張」ではなく、橋下は、河野談話の解釈としては正しいこと言ったのであり、河野談話を拡大解釈している韓国側の方が問題なのである。

橋下大阪市長「慰安婦、強制連行の証拠ない」

橋下徹大阪市長が「日本軍が慰安婦を連行したという証拠はない」とし、日本軍慰安婦制度の強制性を否定する発言をした。

21日の日本メディアによると、橋下市長はこの日、李明博(イ・ミョンバク)大統領の独島(ドクト、日本名・竹島)上陸に対する立場を尋ねる記者団の質問に対し、「従軍慰安婦という課題が(独島問題の)根」とし「「慰安婦が(日本)軍に暴行、脅迫を受けて連れてこられたという証拠はない。そういうものがあったのなら、韓国にも(証拠を)出してもらいたい」と述べた。

また「慰安婦制度は今から考えると倫理的に問題のある制度なのかもしれない」とし「韓国の言い分を全部否定しているわけではない」と述べた。

橋下市長のこの日の発言は、過去に慰安婦募集の強制性を認めた「河野談話」の意味を縮小することを望む日本右翼の主張を繰り返したもので、波紋が予想される。


ただし、こういう情報操作をやられることが分かり切っているところに、安易に「強制連行はなかった」などと発言する政治家は評価できない。事情に疎い欧米のメディアに"Comfort women denier(慰安婦否定論者)"と売り込まれるのがオチである。

読売新聞の記事を読んでも(読売は慰安婦の強制連行を否定する立場)、橋下が何を言いたかったのか普通の人には分からないだろう。日本の政治家は、なぜこうも誤解されるような、揚げ足を取られるようなことを言うのだろう?

追記: 中央日報(日本語版)は翌日の記事でも、「『慰安婦強制動員の証拠出すべき』橋下市長が妄言」というタイトルをつけながら、本文では「慰安婦制度の強制性を否定」したとか、「慰安婦連行の強制性を認めた『河野談話』」とか、懸命に言い繕っている。

挙句の果てに、日本の右翼は「制度自体には強制性」はなかったと主張しているが、韓国政府は「日本政府が河野談話を通じすでに強制性を認めたものと考えている」ので、妄言にはいちいち対応しないと結んでいる。

「慰安婦強制動員の証拠出すべき」橋下大阪市長が妄言

大阪市の橋下徹市長が、日本軍慰安婦制度の強制性を否定する発言をした。共同通信は21日、橋下市長がこの日李明博(イ・ミョンバク)大統領の独島(ドクト、日本名・竹島)訪問に対する取材陣の質問に答えながら「慰安婦が軍に暴行、脅迫を受けて連れてこられた証拠はない。あるなら韓国にも出してもらいたい」と話したと報道した。橋下市長は、「慰安婦制度は今から考えると倫理的に問題のある制度なのかもしれない」とし、韓国政府の主張を全て否定するものではないと付け加えた。

だが、こうした発言は慰安婦連行の強制性を認めた「河野談話」を正面から否定する日本右翼の主張を繰り返したものだ。1993年8月に当時の河野洋平官房長官は、「慰安所は軍当局の要請で設置され、軍が慰安所の設置管理と慰安婦の移送に直接的・間接的に関与した。慰安婦の募集は甘言や強圧など本人の意思に反した場合が多く、官憲などが直接加担したこともあった」という内容の談話を発表し日本政府の介入を認めた。だが、日本の右翼は「日本軍が慰安婦を暴行・脅迫した」という内容は含まれなかったとし、制度自体に強制性はないと主張してきた。 橋下市長のこの日の発言に対し、外交通商部のチョ・テヨン報道官は定例会見で、「われわれは日本政府が河野談話を通じすでに強制性を認めたものと考えている。直接的な立場表明はしない」と話した。政府や内閣の一員でない限り政治家の妄言にいちいち対応しないという意味だ。

弁護士出身の橋下市長は極右的な指向と独断的なスタイルで、「橋下」と「ファシズム」を合わせた「ハシズム」や「ハシスト」というニックネームを得ている。日本では次期首相候補として議論されるほど人気を得ている。


追記: ウォールストリート・ジャーナルにも橋下の発言が引用されたが、これを見ると、やはり海外の人には理解されないだろうなと思う。橋下は日本の記者にはこの後いろいろと補足説明しているが、外国に伝えられるときは「軍隊(人)が暴力を使って連行した証拠がないと主張した」としか伝えられない。必然的に、戦地での軍人による性暴力(軍規違反)のケース(スマラン事件など)を持ち出されるだろう。それについて、細かく釈明するチャンスは橋下にはないのである。

やはり、政治家には「強制連行」「強制性」という左翼用語を避けて説明する知恵がいる。



※読売新聞

橋下市長、慰安婦の強制連行「証拠ない」

大阪市の橋下徹市長は21日、いわゆる従軍慰安婦問題について、「慰安婦という人たちが軍に暴行、脅迫を受けて連れてこられたという証拠はない。もしそういうものがあったというなら、韓国の皆さんにも出してもらいたい」と述べ、旧日本軍や官憲による「強制連行」はなかったとの認識を示した。

大阪市役所で記者団の質問に答えた。

橋下氏の発言は、「資料の中に、強制連行を直接示す記述は見当たらない」とする政府の見解を踏まえたものだ。ただ、慰安婦問題の解決を主張する韓国側に論争を提起する姿勢を示したことで、韓国政府の反発を招く可能性もある。

橋下氏は、李明博韓国大統領の竹島訪問の強行について、「従軍慰安婦という課題が根っこにある。領土問題の前提として、従軍慰安婦について強制の事実があったかどうかを、韓国ときちんと議論すべきだ」と強調した。
読売新聞 2012.8.21

2012/07/11

[資料] ヒラリー国務長官 米韓外相会談で慰安婦を「強制された性奴隷」



【ワシントン聯合ニュース】主に韓国と日本の過去の歴史を扱うときに中核問題として登場していた旧日本軍の従軍慰安婦問題が最近は国際舞台で一般的に扱われる問題として変化する兆しをみせている。

これまで韓日の過去の歴史問題に対し不介入の立場を固守していた米政府が慰安婦問題について、戦争時の女性の人権と直結する問題として認識する流れが明確になりつつあるとされ、今後の推移が注目される。

現地の外交筋は9日(日本時間10日)、3月にワシントンで開かれた韓米外相会談クリントン米国務長官が旧日本軍慰安婦について「売春強要の犠牲者」「強要された性奴隷」との認識を明確に示したとし、「これは戦争中の女性の人権問題として認識する流れをみせている」と述べた。

2007年7月、米下院は従軍慰安婦問題をめぐり日本政府に公式謝罪を求める決議案を満場一致で採択した。当時のラントス下院外交委員長は「20万人に上る慰安婦女性が日本政府によって強制連行され性奴隷になることを強要されたのは最大の罪悪だ」とした上で、日本政府の公式謝罪のためには慰安婦決議案が満場一致で採択されなければならないと提案した。

また、決議案を提出したホンダ下院議員は、日本政府が第2次世界大戦中に10代女性を強制連行し性奴隷となるようにし、ときには殺人まで犯しておきながら、その事実を認めていないと指摘。決議案を満場一致で採択し、日本の首相の謝罪を促すと強調した。

ただ、同筋は、慰安婦問題に対する米政府の認識の変化が韓日間の問題に対する「介入」を意味するのではないと伝えた。

それでも、外交舞台で慰安婦問題に対する日本政府の誠意ある対処を促す場合、波紋も大きいと予想される。

Wow! Korea 2012.7.10

2012/05/07

韓国軍の慰安所 キム・キオック(金貴玉)

キム・キオック(金貴玉)は朝鮮戦争世代ではない。男であれ女であれ、朝鮮戦争を体験した世代ならまた別の感想があったかもしれない。彼女の主張は、日本のフェミニストが語る慰安婦論に近い。

訳者の配慮かもしれないが、「」つきで「慰安婦」と表記し、軍の統計表を見て「慰安の強要」の回数だと言う(たぶん、資料には強制とは書かれていないだろう)。彼女によれば、韓国政府は日本政府と同様に「女性の身体を管理・統制して軍人の身体を保護するという、身体の政治学を活用した」のだそうだ。

戦後教育を受けた世代だけに、彼女も日帝嫌いで独立派贔屓であるようだ。日本軍を「日本帝国主義の戦争代理人」(この言葉の発案者は別人)と呼び、韓国軍の慰安所作り携わった韓国軍人の日本統治時代の経歴を、独立派に対する抑圧者として語るところからも、そんな心情が滲み出ているようである。

キムは1996年には韓国軍にも慰安婦が存在した事に気づいていたが、日本の「極右」を利するなどという警告もあり、長くこれを公表しなかった。冷静に考えれば、韓国軍慰安婦の存在を公にする事がなぜ日本の右翼を利するのか意味不明である。日本糾弾派の日本叩きがやり難くなるだけの話である。とはいえ、彼女は日本叩きに配慮して公表を躊躇ったわけではないだろう。彼女が韓国ではなく日本(立命館大学でのシンポジウム)でこの事実を発表したのはやはり不自然で、韓国では言い出せる雰囲気ではなかったというのが真相なのかもしれない。

彼女は日本の「右翼(保守派)」に対する偏見を隠そうとしないが、彼女自身認めているように、韓国の進歩的な人々も、韓国軍の慰安所も性奴隷制度だという彼女の考えに必ずしも同調してくれない。日本の場合も同じなのである。慰安所を「性奴隷制度」だと見做さないのは、何も右翼に限った事ではない。彼女が右翼と呼んでいる日本人の中には、比較的中立な立場の人もいるはず。

また、彼女は日本軍慰安婦を公娼と同列に扱う事に反発する韓国の運動家たちが「韓国軍『慰安婦』問題に対しては『公娼』であるとし、議論の余地のないものとする」という事にも気づく。そして、彼女が韓国軍の慰安所について発表してから、韓国政府は関連資料の閲覧を禁止した。あれほど執拗に日本政府に情報公開を迫る挺対協は、そのことについて何も言わない。

結局、日本軍の慰安所システムとは何だったのか?韓国では世界史上に類例を見ないとか戦争犯罪などと言われるが、彼女も察しているように、こういったシステムは洋の東西を問わず昔から存在したのである。しかし、彼女はまだそれを全面的に肯定する気持ちにはなれないようである・・・。

キムは、「インドシナ戦争時にフランス軍によって『移動式娼婦村』がつくられ、ベトナム戦争当時に米軍専用のベトナム女性の『売春宿』が設けられたように、軍『慰安所』はあらゆる戦争の必要悪なのか」と疑問を呈しながら、けっきょく答えをはぐらかしている。


1991年8月の金学順さんの証言があるまで、日本軍性奴隷問題は周知の事実でありながらも、正史としてとりあげられてこなかった。

歴史を変えたこの証言(金学順証言)の後、日本軍性奴隷問題は韓国のみならう朝鮮民主主義共和国、日本、中国などを含む、まさに世界的な問題として関心を集めることとなった。[...]私は、1996年に[...]朝鮮戦争当時、大韓民国陸軍が徴集した軍「慰安婦」が存在したことを知った。だが、この事実を公開するまでには7年の月日がかかった。 
[...]韓国の国防部所属資料室にあった韓国軍「慰安婦」関連資料の閲覧は禁止され、ほとんどのメディアも示し合わせたかのように沈黙した。「日本軍『慰安婦』問題でもないのに・・・・」と言葉をにごらせたのだ。

この時、私はあることに気づいた。これまで韓国の学会や女性運動は、日本軍「慰安所」制度と公娼制の連続性があるとする主張に対して辛辣に批判してきたが、一方では韓国軍「慰安婦」問題に対しては「公娼」であるとし、議論の余地のないものとする傾向があるということが見えてきたのである。一部の進歩的な男性たちですら、民族主義の名のもとに私の研究成果を身内の恥をさらすものとみなし、日本の極右の弁明の材料となりうると警告した。私もこうした事実の発見を喜んだわけではない[...]

日本軍と同じように韓国軍が軍「慰安所」を作ったのは、男性の耐え難い生理学的本能が普遍的に存在するからなのか?インドシナ戦争時にフランス軍によって「移動式娼婦村」がつくられ、ベトナム戦争当時に米軍専用のベトナム女性の「売春宿」が設けられたように、軍「慰安所」はあらゆる戦争の必要悪なのか?

ここに出てくるフランス軍の移動式娼婦村とは、Bordels Mobiles de Campagneのこと。遠征用移動式売春宿、といったところだろうか?しばしばBMCと略されるようである。


上の絵は、第3次リーフ戦争の一コマを描いたもの。もったいぶった足取りで「慰安所(BMC)」へ歩いて行く高級軍人を、部下たちが背後で笑っている。色黒の女性(慰安婦)たちはモロッコ人だろうか?当時モロッコはフランスの保護国であった。コリア・ヘラルドなどは、植民地の女性たちを使って売春宿を開設したなど世界史上例はないと言っていたが、そんな事はない(厳密に言うと、リーフ地方の支配者はスペイン)。

現時点で私は、大韓民国陸軍本部が1956年に発刊した『後方戦史(人事篇)』意外に軍「慰安所」に関する文書を探し出せていない。[...]以前私は、朝鮮戦争前後の国家暴力により女性に加えられたさまざまな性暴力を、4種類に類型化したことがある。[...]軍人の拉致あるいは強制結婚や性奴隷型も少なからずあった[...]一人、あるいは少数の女性たちが軍人により軍部隊へ拉致され、昼には「下女」として働き、夜には「慰安」を強要された[...]

私が1999年にインタビューした、朝鮮戦争に参戦した米国人ポール・フェンチャー(Paul Fancher)が属していた米軍部隊にも軍「慰安所」があった。また、韓国軍により体系的に「特殊慰安隊」が作られ、そこで軍「慰安婦」たちは軍人たちを「慰安」するよう強要されたのだ。[...]軍「慰安所」には、一定の場所に軍人が行くものと、「慰安婦」が軍部隊へと出張するものの二つの運営形式があったといわれている。

[...]設立当時、陸軍は軍「慰安所」を「特殊慰安隊」と呼んだ。この資料(引注:「後方戦史」)によれば、「特殊慰安隊」の内容は次のようなものである。
表面化された理由のみをもって、簡単に国家施策に逆行する矛盾した活動であると断じるなら別だが、実質的に士気昂揚はもちろん、戦争に伴う避け難い弊害を未然に防止することができ、それのみならず、長期間の代価なき戦闘で後方来往がなくなることにより、異性に対する憧憬が惹起され、その生理作用により性格の変化などの憂鬱症及びその他の支障をきたすことを予防するため、本特殊慰安隊を設置することになった。
軍記録によれば設置の表向きの目的は、第一に軍人たちの士気昂揚、第二に戦争による避け難い弊害に対する予防措置、第三に性欲抑制に伴う欲求不満や性格変化に対する予防であるとまとめられている。こうした設置目的は日本軍が「慰安所」を設置した主な理由、すなわち「節制しえない性欲」と性犯罪予防という理由と変わらない

[...]設置時期は不明確だが、1951年夏ごろに戦線が現在の休戦ライン付近で膠着状態に入ってからと思われる。閉鎖されたのは1954年3月である。


ここで彼女が「国家政策に逆行」と言っているのは、韓国では1947年に公娼制度が廃止されていたからである。日本軍慰安婦制度は当時の国内法にも違反!とはよく聞くフレーズだが、韓国でも慰安所政策は法のグレーゾーンに置かれていたようだ。そして、慰安所の設置目的は日本軍の場合と変わらないと。出張形式があったのも日本軍と変わらない。この話はイ・ヨンフン教授も書いている

米軍部隊専用の慰安所があったとも言っているが、「日本の謝罪を引き出し、再び女性が暴力の犠牲にならないことに役立つ」などと啖呵を切ったアメリカの議員たちから何かコメントが欲しいところである。

あなた方も当事者です

「慰安隊」設置の場所

①ソウル地区
第一小隊 ソウル特別市中区忠武路四街一四八番地
第二小隊 ソウル特別市中区草洞一〇五番地
第三小隊 ソウル特別市城東区神堂洞二三六番地

②江陵地区
第一小隊 江寮郡成徳面老巌里

③その他 春川、原州、束草など

[...]束草の軍「慰安所」は休戦以降私娼に変わり、その一帯に集娼地が形成されたものと考えられる。[...]1980、90年代初頭に至るまでこの私娼たちは一種の軍「慰安婦」としての役割を果たすことを強いられていたという。

予備役将軍、蔡命新(チェミョンシン)の証言によれば「当時わが陸軍は士気を振い立たせるために60余名を一個中隊とする慰安部隊を三、四個運営していた」という。60名一個中隊が三、四個ならば軍「慰安婦」の数はおおよそ180~240名前後と考えられる。

[...]上の実績統計表(引:後方戦史人事篇P.150)によれば、一人の「慰安婦」が一日に6回以上「慰安」を強要されていたことがわかる。

蔡命新の回顧録によれば、前線での「慰安部隊」の利用はチケット制であった。しかし誰にでもチケットが配られたわけではない。戦場で勇敢に戦い、功を挙げた順番に配られる。もちろん勲章をもらえば優先権が与えられ、羨望の対象となった。また、功勲の程度によってチケットの枚数は変わったという。

このように日本軍性奴隷たちが強要された「慰安」回数との間にそれほど差はなかったといえる。

「慰安」の回数まで日本軍の場合と差がなかった、慰安婦の健康管理についても日本軍と韓国軍のやり方に違いはなかったと彼女は言っている。

衛生検査

「慰安婦」は一週間に2回、軍務官の協力により軍医官の厳格な検診を受け、性病については徹底的に対策が講じられたという。言うなれば公娼制や日本軍「慰安婦」制度における性病対策と同じやり方で、韓国も女性の身体を管理・統制して軍人の身体を保護するという、身体の政治学を活用したのである。

[...]連隊一課にて中隊別第五種補給品(軍補給品は1~4種しかなかった)受領指示があったため見てみると、わが中隊にも週8時間を限度として6名の慰安婦が割り当てられていた。これは過去日本軍従軍経験があった一部連隊幹部たちが部下の士気昂揚のために発想したもので、わざわざ巨額の厚生費をかけてソウルから調達してきたものである。(引注:当時尉官将校であった金喜午・キムヒオの回顧録より)

[...]日本軍出身幹部たちが身につけた日帝の軍隊文化は、それほどまでに彼らの意識と無意識の奥深くに内面化されていたのである。こうしたなか、日本軍性奴隷制度を当然視してきた彼らにとって、それを模倣することは別段おかしなことではなかったのかもしれない。[...]韓国軍「慰安所」は、継続する植民地主義の一つの表れであり、韓国軍「慰安所」制度は日本軍「慰安所」制度の延長とみることができる。

「日帝が諸悪の根源」というのが彼女の結論らしい。日帝の軍隊文化が悪いから、それに染まった親日派軍人たちも悪い考えを持つようになった?しかし、再び本当にこれは日本(軍)に固有な習慣だったのであろうか?

[...]韓国軍「慰安所」設置の直接的な責任の所在を考えるにあたって、陸軍本部恤兵監室を外すことはできない。ここで 恤兵監室の前身の厚生監室を1949年に設立した朴(王へんに景)遠がどのような人物かを見なければならないだろう。彼は朴正煕 政権下で4代にわたり内務長官を含む長官職を5回歴任、日帝時代には学徒兵として参戦し開放直前に少尉として除隊、開放後には軍事英語学校を経て中将として予備役に編入された経歴を持つ。韓国現代史の支配勢力の一人であるといえる。[...] 朴(王へんに景)遠は、木浦(モッポ)商業学校で皇民化教育を受け、卒業後学徒兵として太平洋戦争に参戦、九州八○六一部隊高射砲中隊の小隊長を歴任した。[...]日本軍参戦過程で「慰安所」と軍性奴隷経験を自然に受け入れたであろうことは十分考えられる。その結果、韓国軍にも「慰安所」を設立する企画を立てたのではないだろうか。

また朝鮮戦争当時の軍位階序列からみて、恤兵監室より上位の陸軍本部が当然「慰安所」設立自体を承認していたであろう。また、1950年7月に大韓民国政府は軍作戦識見を国連軍(事実上米軍)に譲渡していたため、軍「慰安所」に対する最終的な承認は米軍が行っていたと考えられるが、未だ決定的な文書資料は発見できていない。ただ最近聞き取り調査で証言した薫定は、米軍専用「慰安婦」たちが前方まで連れていかれて活動していたのを目撃したという。

韓国軍関係者が日本軍時代の経験を通じて慰安所のノウハウを吸収したのは容易に想像できる。しかし、日本軍の文化に染まったから性奴隷制を「自然に受け入れた」とまで言っていいのか。その理屈なら、ベトナムでアメリカ軍が日本軍のとよく似た(秦郁彦)「慰安所」を設置した理由も、日本占領期の経験と関連があるのだろうか?やはりここでも、キムがドイツ軍などのケースとの対比を放棄してしまったのが惜しまれる。

また余談だが、イタリア軍にも「慰安婦」が存在した。下は映画「国境は燃えている(Le Soldatesse)」 (1965年/イタリア)の一シーン。この娼婦たちは、イタリア軍がギリシャで調達して来た女性たちである[要確認]


[...]国家機構であるところの陸軍本部は当時、軍「慰安所」の性格を「公娼」としてとらえていたといえる。[...]例えば太平洋戦争のころに極少数でも、日本人「慰安婦」のなかには天皇に対する忠誠心と愛国心を抱いていた女性が、自らすすんで「慰安婦」になった場合があったと考える。では、朝鮮戦争期の韓国女性のなかにも、国家への忠誠心と愛国心の発露として軍「慰安婦」になった者がいたと考えられるだろうか。[...]公開募集をしたという記録も見つけることはできていないが、金喜午の回顧録に、その女性たちのほとんどが、かならずしも器量良しには見えない幼い女性たちであるとしており、戦争前に私娼で働いていた女性だとは考えにくい。実際に軍「慰安婦」として働くことになった女性たちの例からは、「自発的動機」がほとんどなかったのではないかと思われる。ある女性は十代後半の未婚女性で、1951年春まで咸鏡南道永興郡に住んでいた。ある日、韓国軍情報機関員、いわゆる北派工作員たちにより拉致され、一日で韓国軍の軍「慰安婦」へと転落した。彼女はこのことに関する証言を拒んだが、拉致した北派工作員二名によりこの事実が証言された。

内戦という事もあり、韓国の慰安所政策は日本の場合よりも余裕のない中で計画されただけに、もしかしたら日本軍以上に過酷だった部分もあったのかもしれない。

すべての軍「慰安婦」たちがこのようであったと推定することは難しい。だが、他の「慰安婦」にされそうになった女性の証言からは、いわゆる「アカ」と疑われた状況におかれたため、軍人に殺されるかもしれないという恐怖心から軍「慰安婦」となることを拒めなかったことがわかる。また、強姦の結果、「慰安婦」とならざるを得なくなったケースもある。戦争による貧困と、家族から保護・扶養されることが難しいという困難な条件が幾重にも重なり、女性たちは軍「慰安婦」にならざるを得なくなったのかもしれない。こうしたことを考えてみても、また、朝鮮人女性たちの伝統的家父長制的純潔意識を考慮してみても、朝鮮戦争当時、特に未婚女性たちが自発的に軍「慰安隊」に志願したと判断することには無理がある。

よって国家の立場からみれば公娼であったとしても、女性たちの立場からみれば韓国軍「慰安婦」制度はあくまで軍による性奴隷制度であり、女性自身は性奴隷であったといえるだろう。そして、何人かの男性の証言にもあるが、1954年3月に軍「慰安隊」が閉鎖されたとき、日本軍と同じように、大部分の女性たちを捨てたにちがいないのである。

一応日本軍の場合、慰安婦を連れ戻す努力はしている。

この後もキムは色々と悩んでいるが、なぜ韓国では日本軍慰安婦は性奴隷として認識されているのに韓国軍のそれはそうならないのか、それは考えなくても分かる(分かるからこそ、彼女は煩悶するのだろう)。運動家や一部の「専門家」以外の日本人が慰安婦を奴隷とは思っていないように、普通の韓国人は韓国軍慰安婦を奴隷とは考えないのである。

北朝鮮の軍隊についてのキムの評価も当たっている部分もあろうが、実は中国軍にも「性の問題」があったのである。いつか紹介する機会があるかもしれない。北朝鮮や中国に対して甘くなってしまうのも、進歩的韓国人の特徴なのかもしれない。

韓国軍「慰安婦」問題が語られない理由は何だろうか?[...]日本軍「慰安婦」問題と比較するならば[...]日本軍による犯罪行為だと認識することにより「性奴隷」概念が受け入れられるようになった。しかし、韓国軍「慰安婦」問題に関してはどうだろうか。[...]朝鮮戦争時に軍「慰安婦」と接した経験を持つ男たちが「韓国軍『慰安婦』は「日本人」とでなく「韓国人」とそうしたのだから、それでもましだろう」という弁明をしているが、この言葉からは、この問題の隠蔽に関して民族主義イデオロギーと家父長制イデオロギーの双方が同時に作用していることを確認できる。
[...]朝鮮人民軍もまた、戦時性暴力の問題から自由ではなかったようだ。軍による性暴力事件が時々発生し、その処理問題のために苦心した痕跡があるのだ。しかし、韓国軍とは違い、軍の立場は明確だったようだ。民心を得るためには民衆に好感を持たれなければならないというのが、人民軍と中国軍の徹底した村民政策の立場だ。[...]朝鮮人民軍もこうした規則を遵守し、性暴力事件が発生した際には即決処分も厭わなかったと考えられる。[...]このため、朝鮮人民軍に軍「慰安婦」制度があったという証言や資料がどこからも出てこないのは、ある意味で当然ともいえる。[...]正当性を認められるためには民衆に危害を加えてはならず、また物的基盤が脆弱ななかで軍の紀綱を保つためには、厳格な法を示す必要があったという現実的な理由が作用した結果だと考えられる。いずれにしても、これらの点で日本軍出身者が主導的に作り出した韓国軍とは明確な差異があったのである。

[...]韓国軍「慰安婦」問題に接近する過程でわかったことは、この問題が日本軍「慰安婦」問題と別個のものではなく、植民地主義が続く過程で現れたものであるという事実である。

軍隊と性暴力 20世紀の朝鮮半島



自国にも慰安所があったことが明らかにされた韓国の研究者は(国防軍事編纂研究所の関係者にとっては、既知の事実であったはず)、「日本軍が・・・一般庶民を強制に連れてきて運営した従軍慰安所とは違う」と弁解している。ここでも、ポイントは「強制性」や「関与」ではなく、「強制連行」であるようだ。

「韓国戦争中にも軍慰安婦存在」韓国教授が主張

日本軍の慰安婦制度を真似た慰安婦制度が、韓国戦争当時、韓国軍にもあったという主張が提起されたと朝日新聞が24日報道した。

韓国の慶南(キョンナム)大学の客員教授の金貴玉(キム・キオック、40)氏は、23日京都の立命館大学で開かれた国際シンポジウムでこのように発表したと同新聞は伝えた。

金教授は「1996年以後、5年間『直接慰安所を利用したことがある』、『軍にら致され、慰安婦になった』など男女8人の証言を聴取した」と明らかにした。

金教授はまた「韓国陸軍本部が1956年編さんした公文書『後方戦史』に『固定式慰安所-特殊慰安隊』と記録された部分を発見し、これには4カ所で89人の慰安婦が1952年に限って20万4560回の慰安活動をしたという統計資料が添付されていた」と同新聞は付け加えた。

一方、国防軍事編纂研究所の関係者は『当時、軍は売春婦と合意の下で場所を提供した。また慰安行為の対価は部隊運営費から支給されたと聞いている」とし「しかし、日本の植民地時代に日本軍が人権を無視し、一般庶民を強制に連れてきて運営した従軍慰安所とは違う」と説明している。

2012/03/09

[参考] 和民残酷物語



もう何年も前の話になるが、自分の知っている和民の内情とは違う。こういうことはあり得ない、とは言わないが・・・。

証言とは、どこまで信用していいものなのか?
まるで現代版『ああ野麦峠』和民元店長が経験した修羅場 

居酒屋チェーン「和民」を展開するワタミフードサービスの居酒屋に勤めていた森美菜さん(当時26)が08年6月、入社2カ月で飛び降り自殺した問題で、神奈川労災補償保険審査官は労災適用を認める決定を下した。森さんが「業務による心理的負荷が主因となって精神障害を発病した」と認定、業務と自殺の因果関係を認めたのだ。

「森さんが受けた苦しみは痛いほどよくわかる。精神的に追い詰められたんだと思います」

こう語るのは、森さんと同期入社という元店長の男性である。

「森さんの時間外労働は月140時間にも上っていたと報じられていましたが、私も同じようなもの。寝てる時間があったら仕事しろという会社ですから」

この元店長の時間外労働は、月300時間以上になることもあったという。

「休日も早朝から研修会やレポート提出があり、休む時間がありませんでした。仕事と会議で、寝ないで丸2日続けて働くことも。夜勤明けで渡邉美樹会長の講話へ行って、そのまま寝ないで出勤したこともある。それが肉体的にも精神的にもボディーブローのようにきいてくるんです。レジの下で倒れて寝てしまったこともありました」

和民では、人件費のコントロールを売り上げ目標に比例して行っていたという。

「決められた人件費を超えると怒られるし、売り上げが少ない日もあるから、従業員は自分のタイムカードを改竄し、過少申告していました。タイムカードは、パソコンで管理しているんですが、店長だけが知るパスワードをみんなに教えてましたから、改竄は簡単にできました」

元店長の給与明細によると、残業に次ぐ残業で働いたにもかかわらず時間外労働は30時間、支給額は手取りで16万円。ボーナスもなく、寸志で1万円程度だったという。

「渡邉美樹会長の新刊本の購入費が給与から天引きされていました。著書の読書感想文も提出しないと昇進できないから、買わざるを得なかった。給与明細の封筒には渡邉美樹会長の書いた文書が入っていて、その感想も毎月提出しないといけなかった。会社で着るブレザー代やグループのボランティア団体への寄付も天引きされていました」

長時間労働でこんな体験もしたという。

「毎日帰れず、家族との時間も作れない。夫婦生活もできませんでした。お店で寝泊まりするので、お風呂に入らないと不潔じゃないですか。帰れない者は、厨房にある、皿などを水につけておくための大きなシンクに入り、ホースを使って、シャワーのように体を洗っていました。普通にやってましたよ」

週間朝日 2012.3.19号

2012/02/16

甘言と豪州政府の関与、現代韓国人労働者事情



オーストラリア政府が韓国人溶接工の同国での就職を要請している」・・・つまりオーストラリア政府が関与しているわけですね?吉見義明風に言うと、もっと良い仕事があればタイル工などする人はいないから、これは社会的状況の産んだ「強制性」でウンタラカンタラ・・・。

こういう問題は日本政府も無縁でなく、日本政府が政策として招き入れた研修生が受け入れ先の民間企業で搾取されて人身売買だと問題になった事もありました。甘言に釣られて出稼ぎに行ったが、約束通りにはいかず辛酸を舐めたのは、古今東西女性だけでも、まして慰安婦だけでもなかった。

溶接工たち、高額年収夢見て渡豪するも…

昨年4月、溶接工のAさん(51)は1億ウォン(約700万円)以上の年収を保障するという溶接学校の言葉を信じ、オーストラリアに渡った。Aさんは学校に教育費や業務費、海外就職手数料などの名目で4100万ウォン(約290万円)を支払った。

だが、オーストラリアの実情は全く違った。Aさんは韓国では大企業の溶接工として働き、平均5000万ウォン(約350万円)の年収を得ていたが、同国での年収は3220万ウォン(約224万円)と、オーストラリア政府が定めた溶接工の最低年収(3200万ウォン=約223万円)水準にすぎなかった。さらに、就職した会社が不渡りを出したため、Aさんは4カ月分の月給をもらえなかった

Aさんのように、多額の年収を目当てに就職あっせん料など数千万ウォン(1000万ウォン=約70万円)を払いオーストラリアに向かったものの、仕事を見つけられず苦労している溶接工が増えている。いずれも京畿道水原市のある溶接学校に入学し、オーストラリアへ向かった。同国西部のパースだけでも40人ほどの韓国人溶接工がいるという。

海外就職をサポートする韓国産業人力公団によると、同学校の宣伝とは異なり、オーストラリアで溶接の職を探すのは容易なことではない。溶接の実力や各種溶接資格に加え、TOEIC(国際コミュニケーション英語能力テスト)800点以上の英語力が必須となる。公団関係者は「オーストラリア政府が韓国人溶接工の同国での就職を要請しているのは事実だが、両国で求められる溶接の技術が異なる上、言葉の壁が高いため、実際に就職したケースはごくわずかだ」と話している。