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2016/10/20

[写真で見る水曜デモ35] 元聖心女子大教授の土下座

元教授はAnglican Churchの信者

産経の阿比留記者が、日韓合意により韓国政府と挺対協が対立し韓国が二分された結果、挺対協の力が落ち韓国ではポリティカルコレクトネスに反する意見が言いやすくなりつつあるという西岡力の見解を紹介しているが、これに伴い「ハルモニ」の社会的地位/発言力も揺らいで来るだろう。しかし本人達はその事に気づいていない。周りがチヤホヤすることを止めないからだ。こうした一部の日本のキリスト教徒の行動も裸の王様を支えている。


わざわざ慰安婦の前に行って、日本政府は本気で謝罪していないとご注進する元教授。

日本老哲学教授、水曜デモを訪れ慰安婦ハルモニに謝罪

「日本政府が真に謝罪せず…本当に申し訳ありません」

80を前にした日本人の哲学者が水曜デモを訪れ慰安婦被害ハルモニ前に跪き謝罪した。

19日の正午、ソウルの中学洞の元駐韓日本大使館の前で韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)主催で開かれた1253回目の定期水曜デモに聖心女子大学の哲学教授
遠藤徹(78)が参加して発言した。
遠藤教授は「私は日本人です」として暗示した後「日本が過去韓国の方に数えきれない(?)過ちを犯した事を心より申し訳なく思い、一人の日本人として謝罪しに来ました」と語った。

彼は「無数の朝鮮人を日本の悪環境に連れてきて苛酷な労働を強制したのを痛恨の気持ちで謝らなくてはいけない」としながら「従軍慰安婦方々にも手を合わせて謝罪します」と首を垂れた。

続けて「昨年12月の慰安婦問題に関する韓日合意の際日本政府は『平和の少女像』の撤去を要求したというが、これは日本政府が慰安婦のお婆さんに真に謝罪しないということを示しています」と批判した。

合わせて「安倍晋三総理は最近慰安婦被害者に謝罪手紙を送ることに対して「毛頭考えていないと発言した」としながら「残念ながら日本国民の中にも似た考える人がいる」と憂慮して見せた。

遠藤教授は「本当に、本当に、本当に申し訳ありません」と話した後、この日水曜デモに参加した慰安婦被害者キム・ボクトン(90)とキル・ウォノク(89)お婆さんの前で1回ずつ跪いてお辞儀をした。

前日の午後11時頃インチョン空港に着いた遠藤教授は、明け方の2時にホテルで荷物を解き、朝8時頃少女像の前に到着して一人で謝罪の祈祷を捧げたという。

聖公会(Anglican Church)の信者である遠藤教授は大韓聖公会ソウル教区のユ・シギョン神父と共に提岩(ジェアム)里教会やパゴダ公園、西大門刑務所など日帝の蛮行に関連する場所を訪問して翌日日本に戻る計画だ。

遠藤教授は聯合ニュースとの電話(?)で「若い頃から謝罪をしたかったが、大変遅くなって申し訳ない気持ちです」と語った。

ユ神父は「遠藤教授が日本国内マスコミの報道だけ見た時少女像がまもなく撤去されると誤解をしたそうだ」としながら「キリスト教を信じる哲学者として過去日本がアガペーを実践できなかったという罪悪感に苦しめられたという」と伝えた。

聯合ニュース 2016.10.19[2]

일본 老철학교수, 수요집회 찾아 위안부 할머니들에 사죄

"일본 정부, 진실로 사죄하지 않고 있어…정말 죄송합니다"
(서울=연합뉴스) 이효석 기자 = 팔순을 앞둔 일본인 철학자가 수요집회를 찾아 위안부 피해 할머니들 앞에 무릎을 꿇고 사죄했다.

19일 정오 서울 중학동 옛 주한일본대사관 앞에서 한국정신대문제대책협의회(정대협) 주최로 열린 1천253차 정기 수요집회에는 엔도 도루(78) 세이신여자대학 철학과 교수가 참석해 발언했다.

엔도 교수는 "저는 일본인입니다"라며 운을 뗀 후 "일본이 과거 한국분들께 셀 수 없는 잘못을 저지른 것을 진심으로 죄송하게 생각해 한 사람의 일본인으로서 사죄하러 왔다"고 말했다.


그는 "무수한 조선 사람을 일본의 악질적인 환경에 데려와 가혹한 노동을 강제한 것을 통한의 마음으로 사과하지 않으면 안 된다"면서 "종군 위안부 분들께도 손을 모아 사죄한다"며 고개를 떨궜다.

이어 "작년 12월 위안부 문제에 관한 한일 합의 때 일본 정부는 '평화의 소녀상' 철거를 요구했다고 하는데, 이는 일본 정부가 위안부 할머니들에게 진실로 사죄하지 않는다는 것을 드러낸다"고 비판했다.



아울러 "아베 신조 총리는 최근 위안부 피해자에게 사죄 편지를 보내는 것에 대해 '털끝만큼도 생각하지 않고 있다'고 발언했다"면서 "유감스럽게도 일본 국민 중에도 비슷한 생각을 하는 사람이 있다"고 우려했다.

엔도 교수는 "ほんとうに, ほんとうに, ほんとうに もうしわけありません(정말, 정말, 정말 죄송합니다)"이라고 말한 다음 이날 수요집회에 참석한 위안부 피해자 김복동(90)·길원옥(89▲) 할머니 앞에서 각각 1번씩 무릎을 꿇고 절을 했다.

전날 오후 11시께 인천공항에 도착한 엔도 교수는 새벽 2시에야 호텔에 짐을 풀었음에도 아침 8시께 소녀상 앞에 도착해 혼자 사죄 기도를 했다고 한다.

성공회 신자인 엔도 교수는 대한성공회 서울교구 유시경 신부와 함께 화성 제암리교회, 파고다공원, 서대문형무소 등 일제의 만행에 관한 장소들을 방문했다가 이튿날 일본에 돌아갈 계획이다.

엔도 교수는 연합뉴스와 통화에서 "젊은 시절부터 사죄를 하고 싶었는데 너무 늦게 찾아와서 죄송한 마음"이라고 말했다.

유 신부는 "엔도 교수가 일본 내 언론 보도만 봤을 때 소녀상이 곧 철거되는 것으로 오해를 했다더라"면서 "기독교를 믿는 철학자로서 과거 일본이 '아가페'를 실천하지 못했다는 죄책감에 시달렸다고 한다"고 전했다.

2016/08/28

デモ禁止の日本大使館前で80dbの大騒ぎ、警察規制に乗り出す


参加者が多いからマイクを使わないと聞こえないと挺対協は言い訳をするが、そもそもあそこはデモをして良い場所ではない。記者会見の名目でやっていたはずだ。これのどこが記者会見か。大使館の業務に支障が出ていると前から言われているのに、この厚かましさ。80デシベルといえば、地下鉄の車内である。幸い現在は建て替え中で日本大使館に人はいない。

挺対協が韓国政府と決別した今、当局の締め付けも徐々に強まって行くのかもしれない。

「慰安婦」被害者の絶叫に「騒音維持命令書」で答える朴政権

警察が日本軍「慰安婦」問題解決のための定期水曜集会を主催していた挺身隊問題対策協議会(以下挺対協)に「騒音維持命令書」を出した。

<ヘラルド経済>によれば、警察は3日挺対協側に「騒音測定の結果79dB出ていた」として集示法上の基準レベル(騒音)を維持することを命令した。

警察はこの日の集会に住宅地や学校などの地域で日が昇っている昼間の騒音基準である75dBを適用した。だが、このような大規模集会で騒音基準75dBを合わせるのは非現実的という指摘だ。

この日は一部被害ハルモニが反発する「慰安婦」被害者支援のための「和解‧癒し財団」が事実上政府主導でスタートしたから初めて開かれる水曜デモだった事に加え、休日で中高生まで参加し警察発表(推算)で1千人余りの人が集まった。

ある音響業者関係者は<ヘラルド経済>に「75dBは人々の間に大きな声で話する時でも十分達するレベル(?)」と語った。

ユン・ミヒャン挺対協常任代表は「休みだと参加した学生たちを含めて、さらに多くの人々が集会に関心を持っている状況でスピーカーを使わないわけにはいかない状況(だった?)」としながら「警察の基準がとても非現実的で厳格だ」と指摘した。(以下略)

gobalnews 2016.08.04[2]


‘위안부’ 피해자 절규에 ‘소음유지 명령서’로 답하는 朴정부
길원옥 할머니, 호주 최초 소녀상 제막식 참석.. “위안부 역사 잊지 말아야”

경찰이 일본군 ‘위안부’ 문제해결을 위한 정기 수요집회를 주최하고 있던 정신대문제대책협의회(이하 정대협)에 ‘소음유지 명령서’를 발부했다.

<헤럴드경제>에 따르면, 경찰은 3일 정대협 측에 “소음 측정 결과 79dB이 나왔다”며 집시법상 기준 소음을 유지할 것을 명령했다.

경찰은 이날 집회에 주거지역, 학교 외 지역에서 해가 떠 있는 주간 동안의 소음기준인 75dB을 적용했다. 하지만 이러한 대규모 집회에서 소음기준 75dB을 맞추는 것은 비현실적이라는 지적이다.

이날은 일부 피해 할머니들이 반발하는 ‘위안부’ 피해자 지원을 위한 ‘화해‧치유재단’이 사실상 정부 주도로 출범한 뒤 처음 열리는 수요집회인데다, 방학이라 중‧고등학생까지 참여해 경찰추산 1천여명의 인원이 모였다.

한 음향업체 관계자는 <헤럴드경제>에 “75dB은 사람들 사이에 큰 소리로 대화할 때도 충분히 나는 소리”라고 말했다.

윤미향 정대협 상임대표는 “방학이라 참여한 학생들을 포함해 더 많은 사람들이 집회에 관심을 갖고 있는 상황에서 스피커를 안 쓸 수 없는 상황”이라며 “경찰의 기준이 너무 비현실적이고 엄격하다”고 지적했다.

이 같은 소식에 서주호 정의당 서울시당 사무처장은 페이스북에 “정부와 경찰이 위안부 피해 할머니들의 절규를 어떻게 생각하고 있는지 보여준 단적인 사건”이라고 비판했다.

인권운동가 고상만 씨는 “차라리 일제 순사를 데려오라”며 “같은 민족에게 ‘당하는 것이’ 더 서럽다”고 개탄했다.

   
한편, 이날 윤미향 대표는 일본군 ‘위안부’ 피해자 길원옥(89)할머니가 호주 최초 평화의 소녀상 제막식에 참석하기 위해 출국한다고 밝혔다.

윤 대표는 길 할머니가 5일(현지시간)저녁에 개최되는 ‘정의기억재단’ 후원의 밤과 6일(현지시간) 시드니 한인회관에서 열리는 평화의 소녀상 제막식에 참석해 ‘위안부 역사를 잊지 말라’는 메시지를 전할 예정이라고 전했다.

그러면서 “이러한 역사의 진실 요구 앞에 정부는 12.28 한일 합의를 즉각 철회하고 제대로 된 문제 해결을 위해 앞장서야 한다”고 강조했다.  

2016/07/07

東日本大震災に慰安婦が募金というのは美談だったのか (2011)


熊本の地震を利用してまたしても何やら挺対協が美談を作ろうとしている様子だったので、5年前の東日本大震災の時のエントリーをリライトして再掲。



東日本大震災の被害に苦しむ日本の為にハルモニたちが立ち上がった。「罪が憎いのであって、人が憎いわけではない」と慰安婦たち。統一ニュースのコラムでは、挺対協のユン代表が「被害者たちの広く大きな心を日本政府が少しでも見習って、過去の歴史の責務を早急に」清算することを望むと綺麗にまとめていた。

韓国CBSニュースは以下のように伝えた。

挺対協は日本の大地震で大きな被害にあった日本人たちを助けようというハルモニたちの提案により来月26日まで6週間募金運動を行うことになり、韓日両国民に大きな衝撃を与えている(정대협은 일본 대지진으로 큰 피해를 당한 일본인들을 돕자는 할머니들의 제안에 따라 다음달 26일까지 6주간 모금운동에 나서기로 해 한일 양국 국민들에게 큰 울림을 주고 있다.) 」。

しかし同時にユンは、ハルモニたちが普段「日本なんて水に沈んじゃえばいい」「地震でも起きちゃえ」などと毒づいていたことも明かしている。実は、こうした日本に対する不信感を慰安婦たちに植え付けているのもユンら運動家である。ユンは先週の水曜デモでも陣頭に立った(写真左上 2011)。地震のニュースを見てハルモニたちが日本への援助を提案したのではなく、未曾有の災厄に見舞われた日本を見て、
「あっ・・・これから歴史問題清算の活動はどうやっていけばいいんだろう。・・・どうやって・・・日本政府に向けて過去の過ちを問い詰め、賠償までしろと闘えばいいのだろうか」
と焦ったユンが、運動継続の為の言い訳に窮余の一策として募金パフォーマンスを思いついたというのが真相ではないのか。ユンのコラムを訳した日本の市民団体は、ハルモニたちから「人間として最も大切なこと」を学んだと言うが、ハルモニに日本の悪口を言わせているのも、募金活動のような美談を演出しているのも背後にいる支援者たちだろう。


【コラム】日本の地震被害、「ひと」を中心において考えてみよう

2011年3月24日

ユン・ミヒャン 韓国挺身隊問題対策協議会常任代表

「罪が憎いのであって、人間が憎いわけではないじゃないですか」

教会での説教のタイトルで出てきそうなこの言葉は、日本軍「慰安婦」被害者である吉元玉(キル・ウォノク)ハルモニが、今年3月16日に日本軍「慰安婦」問題の解決に向けた第961回水曜デモで記者団に向けて述べたものだ。

日本軍「慰安婦」被害者たちと韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)は、この日の水曜デモを震災による被災者たちへの追悼の意を込めてサイレントデモで進めた。その集会を取材していた約50人の記者のうちの一人が、ハルモニに質問をした。

「ハルモニ、日本が憎くないですか?」

ハルモニは、「罪が憎いのであって、人間が憎いわけではないじゃないですか」と答えた。

ハルモニのこの答えは、日本が自然災害に襲われてたくさんの尊い命が手の施しようがないまま亡くなり、行方不明になり、また被害を受けている現状をおいて、韓国のある大手の教会の牧師が「日本の地震は神様の警告」と話したという発言とは対照的で、多くの人々の心に穏やかな感動を与えた。

戦争の中で「獣のような扱い」を受けるどん底の状況下、日本軍の「性奴隷」という恐ろしくつらい経験をした被害者。その戦争が終わって65年が経つ今も、何ひとつ解決しておらず、街頭に立って「謝罪せよ!」「賠償せよ!」と求める闘いを続けている彼女である。そんな彼女に、彼女の考え方の中心には、「ひと」、「人に対する愛情」があったのである。

3月11日、日本の東北地方に大きな災害が押し寄せてきた。地震と津波はあっというまに日本の東北地方の町を焦土化し、その地域に住んでいた日本の市民はもちろん在日や外国人の命がさらわれた。生き残った人々の被害もとてつもなく、生活の基盤を全て壊してしまった。どうしてあんなことが起きてしまったのだろう。すぐ隣の国で。目の前に流れるニュースの画面が偽りの映画のように思えた。

しかし、そうしてしばらくニュース画面に気を取られていた次の瞬間、恐ろしいことに、筆者の頭の中をよぎった考えは被災地にいる人々への心配ではなかった。「あっ……これから歴史問題清算の活動はどうやっていけばいいんだろう。災害で国全体がそれどころじゃないというのに。どうやって国会議員たちを説得し、日本政府に向けて過去の過ちを問い詰め、おまけに賠償までしろと闘えばいいのだろうか」という心配だった。

過去の清算に向けた活動も、平和統一の活動も、人権活動も、結局はその中心に「ひと」を据えたものでなければならない。なのに、ひとよりも「仕事」が中心になってしまっていたのだ。こんな筆者にとって、吉ハルモニの至って普通なその言葉は、全ての混乱が片付くに充分なものだった。

韓国のインターネット・ポータルサイトに入ってみると、今まさに日本の災害について二つに分かれて討論が行われている。犠牲者のためにお金を集めようという側と、募金には反対するという側がお互い熱心に意見を述べ、署名を行っている。この討論の中心には「日本」がいる。過去に犯罪を犯した日本、そして過去の歴史を歪め、美化している日本、関東大震災のときには朝鮮人を虐殺していた戦犯国である日本、女性たちを日本軍の性奴隷にさせ、人権を蹂躙した日本がいる。これらは、私たちが絶対忘れてはならない日本である。

その一方、地震の被害から助けようという人々の討論の中にも、「日本」はいる。「日本へ希望を!」「日本へ慰めと愛を!」 隣の国、日本があんな被害に見舞われたのだから、その日本に元気と希望を伝えようということである。

ここで筆者は、今日本の災害を見て、日本の被害を助けようという側もそれに反対している側もみんな、日本ではなく吉ハルモニが関心をよせている「ひと」を中心において考えてみようと言いたい。

軍国主義の日本、戦争犯罪国の日本、経済大国の日本ではなく、今まさに被害に見舞われている「人々」のことを考えてみよう。この人々の中には在日朝鮮人も、在日韓国人もいて、外国人労働者がいて、また日ごろ私たちと一緒に一所懸命平和と人権のために力を合わせて活動してきた市民活動家の方々がいる。またその「人々」の中には、植民地時代に日本に自分で渡ってきたか連れて来られ、故郷に帰ることができずに日本に生活の基盤をおいて生きている日本軍「慰安婦」の被害者もおり、徴用や徴兵被害者の方々もいる。そしてそのどちらでもないけど家族の幸せのために、普通に仕事をこなし、普通に暮らしている日本の人々がいる。

その人々の中で恐ろしい数が今まで犠牲になり、生きていても「死んだも同じ」というべき暮らしに直面しているのである。

ハルモニたちはしばしば、「本当にもう、日本なんて水に沈んじゃえばいいのに」「地震でも起きちゃえ」みたいなことを口にしていた。これまで日本の右翼が妄言を口にしたときや、歴史の歪曲が伝われるたび、被害者たちとしては他にその怒りを発する道がほかになかったのだ。このような発言は、ハルモニたちが怒りを表す方法だったのである。

19年間、毎週の水曜日に水曜デモを行ってきたが、日本大使館の門はいつも固く閉じられていた。何十回も日本政府に宛てた手紙や要請書を送ってきたが、ただの一回も答えを返してこなかった日本政府を見て、沸いてくる絶望感の表現でもあったのだ。

そんなハルモニたちの口から、心から、今「水曜デモを追悼デモにしよう」とか「犠牲者たちのために私たちも募金をしよう」という提案が出ている。恐らく誰よりも、今日本で被害を受けている日本の方々や在日同胞・外国人を含めた「ひと」が面している痛みの深さと大きさを、被害者たちはよく知っているからだろう。

それでは、これから日本に向けた正しい過去の歴史清算のための活動はどうやっていけばいいのだろうか。「早急な復旧!早急な謝罪!」 これが、同じく第961回水曜デモのことを報道したある日刊紙に載せられた吉ハルモニのインタビュー内容である。

特に今年は日本の中学教科書の採択が行われる年である。今教科書の検定を実施している文部科学省が3月末に検定の結果を公表し、8月のうちに全国約 500ヶ所の地区において来年度から使われる教科書を決めることになる。既に予想されている通り、これらの教科書の中には侵略戦争や不法的な植民地の歴史を正当化し美化する内容や、独島(日本名では竹島)の領有権を主張する内容が含まれている。日本軍「慰安婦」制度に関する記述は既に大分以前から削除されている。

歴史に関する誤った教育と記憶は、またしも過去の過ちを繰り返さざるをえない現在と未来を改めて生み出すことだろう。そうなるとまた人の命が犠牲になり、人権が無残に踏みにじられる歴史が繰り返される。つまり、日本政府の歴史に対する責任、犯罪に対する法的責任は、どんな出来事でもお蔵入りされたり、後回しにされたり、棚上げにされてはならないものである。

日本の大震災による被害を早急に復旧できるようにサポートすると同時に、日本が過去の戦争犯罪について明確に責任をとることができるよう積極的な活動は一刻も立ち止まってはならない。

一日でも早く日本が大震災という惨事から回復し、震災による犠牲者たちへ「ひと」を中心においた温情を傾けた被害者たちの広く大きな心を日本政府が少しでも見習って、過去の歴史の責務を早急に清算することができることを願う。

2016/02/19

水曜デモ 最後まで共に戦うと誓った政治家も消えた(中央日報)

この人たちはどこへ?(1月6日)

「最後まで共にする」と叫んでいた政治家や自治体長も、いつのまにかいなくなっていた。

慰安婦問題は、韓国の政治家の売名行為に利用されている。華城市長のように先頭に立って煽っている長もいる。ツイッター上でパク・ユハ教授に対するバッシングに加担した首長もいた。

日韓合後の水曜デモに32の自治体の長や政治家が馳せ参じたが、いつの間にか姿を見せなくなったと中央日報。

引き潮のように消えた水曜集会の人の波…「共に戦う」と言った人々はどこに行ったのか=韓国

 ソウル中学洞(チュンハクトン)の在韓日本大使館の向かい側では、毎週水曜日に慰安婦問題解決のための水曜集会が開かれる。1992年1月に始めて24年間続いてきた。

  昨年12月28日に日本政府が10億円(約110億ウォン)規模の予算を出捐して財団を設立するという韓日慰安婦合意妥の結案()が導き出された後は、水曜集会に対する関心が一層高まった。

  集会を引っ張ってきた韓国挺身隊問題対策協議会(挺身隊対策協)が韓日慰安婦交渉を「屈辱の合意」と規定したのに続き、慰安婦合意廃棄と全面的な再協議を主張する市民の声が高まった。

  水曜集会24周年を迎えた先月6日の第1212回水曜集会には1500人の市民が参加した。それまでの平均50~100人の10倍以上に増えた規模だった。慰安婦合意問題が標的になりメディアの関心が高まると、水曜集会には各界の市民団体はもちろん国会議員ら政治家たちやソウル・京畿(キョンギ)・仁川(インチョン)の32地域の自治体長各大学校の総学生会までが参加して慰安婦問題解決のための声を高めた。

  ユン・ミヒャン挺身隊対策協代表は水曜集会に参加した各界各層の人々を「温かい心を持つ有難い人々」と表現した。だが彼らは水曜集会に参加して慰安婦問題解決とは関係のない、ほかの政治的イシューを提起することもした

  実際に先月行われた4回の水曜集会では、平和の少女像を囲んだ市民の間で毎回▼国定教科書の反対▼国家保安法の廃止▼朴槿恵(パク・クネ)政権を糾弾▼セウォル号の真相究明▼労働法改悪阻止などを主張するピケが高くそびえ立っていた。各界各層で主張する数多くの声が噴出したが、その過程で本来の慰安婦問題解決のために何をどのようにするべきかについての議論はどこかに消えてしまった

  水曜集会で数多くの団体が乱立して相互間の衝突を起こす事件も発生した。特に6日には保守団体である父母連合が「慰安婦合意認めろ」というプラカードを持って応戦集会を開き、孝女連合など水曜集会の出席団体らと小競り合いになった。

  衝突当時、孝女連合は「真の愛国は、水に落ちた子供たちを救うのです」というプラカードを持って父母連合に対抗して話題になった。だがそれと同時に水曜集会に参加した市民の声と慰安婦問題解決案についての議論よりも「衝突の様相」そのものが浮上することになった。

  韓日慰安婦合意から約50日経った17日。第1218回水曜集会は約300人の市民が参加して行われた。わずか1カ月前に比べて1000人以上減った規模だった。

  慰安婦問題について冷めた世論を反映したように、先月の水曜集会に参加した数多くの市民団体の姿は見られなかった。先月でさえ「最後まで共にする」と叫んでいた政治家や自治体長(ママ)も、いつのまにかいなくなっていた

  韓日慰安婦合意後、毎週水曜集会に参加しているという大学生キム・ミンジョンさん(25、女性)は「政治家や団体長のように力がある人々の関心があまりにも早く冷めたようだ。1カ月前の水曜集会に駆けつけていたのが、世論の反応をもらって顔を知らせるためのものだったという考えを消すことはできない」と話した。

2016/01/07

「韓日『談合』を憂慮する朝鮮女性有志」 外務省前で水曜デモ


紙製の慰安婦少女像も登場

挺対協が世界に呼びかける中、日本でも日韓合意に抗議する世界連帯水曜デモが、霞ヶ関の外務省前で開催された。日本における呼び掛け人は「韓日『談合』を憂慮する朝鮮女性有志」なるグループ。朝鮮新報も「南朝鮮」の従北団体である挺対協なら応援しないわけにはいかない?「朝鮮民族の尊厳踏みにじる合意」と。女性の尊厳やら朝鮮民族の尊厳やら・・・。

外務省前で水曜デモ連帯行動

“朝鮮民族の尊厳踏みにじる合意、絶対に許せない”

南朝鮮当局と日本政府による日本軍「慰安婦」問題合意に反対して6日、ソウル日本大使館前における水曜デモと連帯する世界同時行動が各国で行われた。韓国挺身隊問題対策協議会が緊急で呼びかけた。日本軍「慰安婦」被害者らによる水曜デモが24周年を迎えたこの日、合意に反対し、南朝鮮、日本、中国、米国、カナダ、ドイツなど、世界各国で、日本軍「慰安婦」問題の真の解決を求める声があがった。

東京の外務省前では、「韓日『談合』を憂慮する朝鮮女性有志」の呼びかけによって、同日正午と夕方の2回にかけて連帯行動が行われた。正午は約20人、夕方には約50人が集った。

朝鮮新報 2016.1.7[2]

2015/09/22

ドイツで慰安婦問題国際会議 林博史・挺対協が参加


ヨーロッパツアー中のキム・ボクトンを招き、ベルリンで慰安婦問題をテーマにした会議が開催される。国際会議と銘打つのは少々オーバーな気もするが、日本から林博史教授が参加。そして挺対協のユン・ミヒャンも講演するらしい。林教授は、確か昨年(?)もユン・ミヒャンらとヨーロッパで行動を共にしていた。挺対協としては、韓国の研究者よりも日本の「専門家」の方が頼りになるようである。日本批判に理論的裏づけを提供するのは、女性戦犯法廷の頃から日本人の役割だった。ちなみに、「アジア・太平洋戦争」というのも、日本の左翼言葉だったと思う。

現地の韓国系の団体のウェブサイトには、アジア・太平洋戦争中、14歳で日本軍によって誘拐されたキムは20万人の「慰安婦」の数少ない生き残りと紹介されている。日本の安倍首相は、悪いのは民間業者で国に責任はないと言い張っている、と。

現地時間23日には、ベルリンの日本大使館前で水曜デモが執り行われる。写真は、若い頃のキム・ボクトン。[ソース]

追記: ベルリンの水曜デモは、韓国人と日本人のグループにより執り行われた。キム・ボクトンが大使館内に入ろうとしたが拒否されたという噂。


2015/07/18

欧州平和ツアー2015、若者達の「告げ口外交」19泊20日(希望の蝶)

希望?平和?
それとも「告げ口外交」?

今回は日本から「関西ネットワーク」のメンバーが合流 (ミュンヘン 2015.7)

挺対協のユン・ミヒャン代表が慰安婦を伴ってアメリカツアーに出掛けたほぼ同じ頃。ヨーロッパへ向けて別のグループが飛び立った。「希望の蝶平和ツアー2015」のメンバーである。昨年に続き、今年もヨーロッパで若者たちによるスミア(中傷)キャンペーンが行われた。

踊り(フラッシュモブ)で観光客の注意を引き付ける
(2014 独)

ツアー中は、キャンプ場で寝泊り
青春謳歌中(2015)

若者たちはテントに寝泊りし、自炊しながらヨーロッパを旅して回る。19泊20日。昨年と同じなら4500キロの道のり。目的は、「日本軍慰安婦問題」をヨーロッパに拡散すること。喜びと悲しみを仲間と分け合う彼らの紀行文は青春そのもの。そんな彼らに「告げ口外交」の片棒を担いでいるという自覚はないのだろうか?彼らは本気でこれが平和に繋がると思っているのだろうか?

「日本は戦争したがっている。我々(日本人)はファシストだ」
右は安倍首相らしい(独 2014)

日本政府に対し、「公式謝罪して法的に賠償しろ!」と叫ぶ若者たち。アメリカでは、90になるハルモニが、国務省に「法的責任」を訴えた。法的責任が何を意味するかなど、老婆に分ろうはずはない。ドイツ人の聴衆に「公式謝罪」や「法的賠償」を訴える韓国の若者たちだって分ってやしないだろう。日本政府に法的賠償を呑ませる事が困難になってきた挺対協が、老人や子供を利用して状況を変えようとしているのだという事を。これから毎年これをやるのだろう。希望の蝶のメンバーにとっては、青春のひとコマなのだろうが、やってる事はヘイトスピーチである。今回は、日本の政治団体のメンバーが現地で合流した。関西ネットワークの奥田和弘がフランスやドイツで希望の蝶メンバーに混じり、日本政府が慰安婦問題の歪曲を日常的に行っていると演説。しかし、関西ネットワークの奥田の写真は見事に「日韓進む反日の低年齢化と高齢化」である。


「慰安婦問題の謝罪」豪雨も防げなかったミュンヘンの水曜デモ

[希望蝶々2015ヨーロッパ平和ツアー]第5シーン

ドイツ、ミュンヘンの新市庁舎前のマリエン広場。 周辺に露天カフェが並び、あちこちで無名芸術家の即興公演が広がる広場はいつも人々で混み合います。 毎時定刻になると音楽が鳴り人形が踊る時計塔も観光客の足を止めさせる名所です。

ベネルクス3国を経てドイツに向かった希望の蝶ヨーロッパ平和紀行団は8日、ここで日本軍「慰安婦」問題の解決を促す水曜デモを開きました。 今回の旅程の中での初めての水曜デモを開催したパリは「慰安婦」被害ハルモニが三回水曜デモを行ったた経験があるが、ミュンヘンは今回が初めてなので準備段階から困難が多かったです。 まずドイツは集会申告の手続きがとても難しいのです。 ミュンヘンに住所を持っている居住者が集会申告を出さなければならず、集会の最後まで席を守らなければなりません。 噂をたよりに捜したあげく「セウォル号を記憶するミュンヘンの行動」で活動する海外同胞が助けてくれ、現場に来た警察官との協議もうまく調整してくれました。

デモの前日私たちはキャンプ場の主人に許可を得てキャンプ場の入口の空地でフラッシュモプ(flash mob)とキャンペーンの準備で一日半を過ごしました。 現地の人や観光客と共に平和を念願する絵と文句を描き入れていく(?)大型の垂れ幕の絵の準備チームはペットボトル(?)を切って絵の具入れを用意し蝶をかたどった布、木工用ボンド(?)などを几帳面に整えました。 現場で朗読する声明書と発言内容の翻訳を担当した団員はほとんど眠らずに(?)夜が明けました。 フランスでは摂氏40度を上下する猛暑に苦しめられたが、今度は雨소식が心配でした。 夕方頃激しい風が吹き始めると明け方から激しい雨が降りました。 轟く雷鳴と稲妻とテントを容赦なく叩く豪雨のせいでデモが出来なくならないだろうか心配して全員寝られませんでした。

幸いにも電車に乗ってマリエン広場に移動する時には止んだ雨が。デモを申告した午前10時になるとまた降って来ました。 右往左往している希望の蝶(のメンバー)に向かってキム・ヒョンジュン平和ツアー団長が叫びました。 「雨が降っています。 雨がどれくらい降るのか、ひょっとして終わるのか私たちは誰も分からないです。 私たちがすることができる最善を尽くしましょう。 自分たちを、お互いを信じてファイトです」

警察官は空を指差して「本当にやるのか」と尋ねました。 私たちはニッコリ笑って答えて、力強く平和キャンペーンを始めました。 時計塔の人形のダンスを見るために集まった人々が一人二人と私たちの方に近寄って来て、日本軍「慰安婦」問題についての説明を聞いては喜んで署名したり大垂れ幕に絵を描き入れる(?)作業に参加しました。

午前11時。私たちは水曜デモを開く歌「岩のように」を呼んでミュンヘンの真ん中で初めての水曜デモを始めました。 撮影を担当した友達は、雨も意に介さず楽しくしっかりと律動をする団員の姿があたかも一つの岩のように見えたといいます。

遠く日本から飛んできてパリの水曜デモに参加した「日本軍慰安婦問題解決のための関西ネットワーク」の奥田和弘共同代表が今回のデモにも参加しました。マイクを持った奥田代表は力説しました。 「今の日本政府は過去日本が犯した戦争犯罪を認めるどころか否定しようとする流れが強くなっています。 安倍政権は極右勢力の顔色を伺い狡猾に平和憲法の内容を自分たちの口に合うように修正しようとして、影響力の大きなメディアを対象にロビー活動をしながら日本軍『慰安婦』問題に対する歪曲を日常的に行っています」。

団員たちは手に持っていた被害ハルモニの写真を濡らす雨を絶えずぬぐい胸がジーンとしました。 拭っても拭っても再び降りしきる雨があたかもハルモニが一生流した血の涙のように感じられたためです。 水曜デモが開かれる二日前、また、一人の被害ハルモニが胸中の恨みをはらせないまま目をとじました。 今年だけすでに七人のハルモニが亡くなりました。 もう48人だけになった生存被害ハルモニを思い私たちはもっと大きく叫びました。 「日本政府は日本軍『慰安婦』被害者に公式謝罪して法的に賠償しろ!

悪天候のせいで体は大変でしたが、私たちの心は一層強固になりました。 あの雨の中でも私たちの主張に耳を傾け、快くペンを取って(?)世界1億人署名運動に参加した人々に会う間、感動の瞬間が続きました。 ある年配の方は「すでに固まっているヨーロッパ社会でこのような人権と正義の叫びを聞かせてくれてありがとう。 皆さんの活動が人類の未来だ」と話しました。 ある中国系カナダ人は「中国や他のアジア地域にも日本軍慰安婦問題があるのに、このように活動するのは韓国学生たちだけしか見ない」としながら「本当に勇気ある若者たち」だと褒め称えました。 「このような活動が、中国にもたくさん知られるようにして欲しい」という風にも伝えました。 自分の祖父が第2次大戦時日本軍海軍将校だったという一人は、私たちに「申し訳ない」としてお金を渡したりもしました。 彼はお金を遠慮して代わりに差し出した署名用紙に名前をギュウギュウ押して少なかったし周辺に一杯知らせて欲しいという私たちの要請に頷きました。

同じ年頃の若者たちの呼応も続きました。 平和キャンペーンを見守ったドイツの大学生は「感動した」と言いながら、続けて進めた水曜デモに参加して最前列を守りました。 旅行中という韓国人大学生はチョコレートと飲み物を買って抱かれて応援しました。 他の韓国人観光客も自身のジャンパーを脱いでデモ現場を撮影中であるカメラを覆ったり団員に傘を差しかけました。溢れる豪雨の中で本当に多くのことを感じ、考え、学ぶことができました。 この日の経験が残された平和紀行をさらに堂々と継続する力になるでしょう。

希望の蝶ヨーロッパ平和ツアー団

Korea Times 2015.7.10 [原文]

2015/06/17

戦後70年、80歳で他界した慰安婦被害ハルモニ


今月80歳で亡くなった慰安婦は、70年前の終戦の年に果たして幾つだったのか?キム・ウェハン(写真左?)の遺影は、今日の水曜デモにも登場した。撮影時期が異なる可能性もあるが、右の写真の人物はさらに若く見える。彼女は、奇しくも同じ日に亡くなったキム・ダルソン(91)。

達者な二人のハルモニはMERSを警戒してマスク着用

訃報:キム・ウェハンさん80歳=元慰安婦

元慰安婦の生存者は51人に

元日本軍慰安婦のキム・ウェハンさんが11日夜、老衰のため死去した。80歳だった。これにより、韓国政府に登録されている元慰安婦238人のうち、生存者は51人となった。なお、キムさんは生存者の中では最も年齢が若かった。

京畿道広州市の「ナヌムの家」で元慰安婦たちと共同生活を送っていたキムさんは、健康状態が悪化し、11日午後に近くの病院に搬送されたが、午後8時40分ごろに死去した。キムさんは先月、元慰安婦たちを侮辱する物品をナヌムの家に送り付けた日本の極右政治運動家・鈴木信行氏(49)を、同所で共同生活を送る元慰安婦9人と共にソウル中央地検に告訴したが、日本側からの正式な謝罪を受けられないまま世を去った。殯(ひん)所(出棺まで棺を安置する場所)は慶尚北道安東市の安東医療院に設けられ、告別式は13日に行われる予定。キムさんの故郷である同市には現在、夫が住んでいる。


慰安婦被害女性、同じ日に2人死去…生存者50人だけ

旧日本軍の慰安婦被害女性2人が同じ日に亡くなっていたことが分かった。

12日、慶尚北(キョンサンブクド)に住むキム・ダルソンさん(91)が老衰のため他界した。

これに先立ち京畿道広州(キョンギド・クァンジュ)のナヌムの家は、キム・ウェハンさん(81)が広州市内の病院で老衰のため亡くなったと伝えた。

2人の被害女性の死去にともない韓国政府に登録された慰安婦被害者238人のうち生存者は50人に減った。

2015/01/02

大晦日の水曜デモに数百人「2015年こそ謝罪しろ」

明治神宮か成田山新勝寺かと思いきや

大晦日だというのに、行く年を惜しむでもなく、日本大使館の前に慰安婦の遺影を持ち込みイベントを執り行う挺対協。数百人を動員したというから、2015年も先が思いやられる日韓関係である。こういうヘイトキャンペーンが世間からそっぽを向かれるようになれば、希望も出て来るのだが・・・。

ペ・チュンヒの遺影とキル・ウォノク(左)キム・ボクトン(右)
実は、親日派のペはナヌムの家で浮いていたと言われる

今年亡くなったのは、ファン・クムジャとペ・チュンヒ。元気な頃のファンは、「日本野郎を引き裂いて食らって死ぬ」と啖呵を切るような人だったが、晩年は老人性痴呆症を患い気の毒な様子であった。ペは親日派の慰安婦で、ナヌムの家では浮いた存在だった。キル・ウォノクが彼女の遺影に顕花したというが、どういう気持ちだったのだろうか。

今回も大勢の子供が動員された

挺対協のユン・ミヒャンが来年も水曜デモは続くと宣言すれば、16歳の女子高生が日韓両政府が問題を解決してデモが開かれることのないように、などとコメントしている。解決を邪魔しているのは、そこのオバサンなんですけどね。ところでそのユン、このような犯罪を二度と犯させないなどと立派なことを言っているが、挺対協は米軍慰安婦訴訟の初公判に顔を見せなかったようではないか。何をかいわんやである。

久し振りに村山一兵の名前を見た。彼はナヌムの家を追放された日本人ボランティアだが、まだ韓国にいるのだろうか?親日派の慰安婦に、失脚した良心的日本人、水曜デモも複雑である。

「慰安婦」被害者追慕祭…「2015年も忘れない」

「2015年光復70周年を目前にした今だが、うれしい解放の踊りを私たちはまだ踊れない」

今年最後の日である31日の午後、ソウル市鍾路区の日本大使館の前で開かれた第1159回日本軍「慰安婦」問題解決のための水曜デモは2014年日本軍「慰安婦」被害者追慕祭を同時に開き、被害ハルモニを記憶するという心を集めた。

韓国挺身隊問題対策協議会(挺身隊対策協)等が主催した今回の水曜デモには、光栄女高生の生徒など市民500人余り(警察推計250人)が参加した。

慰安婦被害ハルモニは日本軍慰安婦という悲劇のクビキをまだ投げ捨てられないまま一人二人亡くなっている。 今年にもペ・チュンヒ、ファン・クムジャお婆さんが亡くなった。

復活を意味する紫色の布で覆われた祭壇の上には「無名で(?)犠牲になった日本軍慰安婦被害者の冥福を祈る」という言葉が書かれた黒い額縁が立っていた。

黄色と紫色キャンドルで作られた祭壇中央には、黄色い蝶々に囲まれた故ペ・チュンヒとファン・クムジャお婆さんの遺影が置かれた。

この日デモに参加したキム・ボクトン、キル・ウォノク・ハルモニらは学生たちが与えたホットパックを手に持ち膝に毛布を覆ったまま椅子に座った。 「ハルモニ愛してます」「ハルモニ、私たちが覚えています」記憶します」と(?)書かれたプラカードを手にした子供たちと写真を撮った。

平和の少女像のそばに「2015年には謝罪しろ」「耳を開き閉じた目をあけ、閉ざした口を開け」と書かれたプラカードがあった。

ユン・ミヒャン(50・女)挺身隊対策協常任代表は「2014年最後の水曜日に、再びこのような痛ましいこと経験すまいという気持ちで、今年亡くなったペ・チュンヒ、ファン・クムジャお婆さんの為の追悼式を開く」「我が国が日帝植民地から解放されて70年、分断70年など歴史的意味が多い2015年を最後になることを祈る」と訴えた。

また「ハルモニへの(?)真の追悼は、ハルモニたちが夢見る世の中を早める(早く実現させる?)こと」と言い「日本政府が真実を明らかにし、責任を認めてこのような犯罪を再び犯さないという約束を受け取るために、来年も水曜デモは続ける」と話した。

ソウル、陽川区光栄女子高のテホン蝶々に所属するチェ・スンジュ(17歳)さんは「ペ・チュンヒお婆さんとファン・クムジャお婆さんの息遣いをもう感じることが出来ないということに悲しみを支える方法はないが、座り込んでいるだけではいけない(?)」「今年最後の日を最後に、人々がハルモニだけのことでなく、人権と世界平和のためだという認識を持って欲しい」と希望した。

この席には、故人を助けたボランティアメンバーも参加した。

ナムヌの家で5年間働き、ペ・チュンヒ・ハルモニと一緒だったという村山一平(34)さんは「戦争の時の話をし、歌が好きな人でした」「当時非常に大変で痛かった心を交わして(?)下さった。 そんな心を交わすハルモニたちにありがとう(と言いたい?)」と追悼した。

追悼の辞が終わった後、キル・ウォンオクお婆さんとキム・ボクトンお婆さんを先頭に(?)献花式が行われた。キル・ハルモニは追悼の気持ちを込め、手袋を脱ぎ厳しい寒さのために真っ赤になった手でピンク色花を祭壇の上に置いた

献花式には準備された100輪の花を交互に使うほど市民の行列が列をなした。 ある女子高生は口を硬く閉じたまま涙を流した。

追悼式が終わった後ある女子高生は慎ましい表情でハルモニに近付き、直接描いた図をプレゼントした。

城南市(ソンナムシ)불곡高校のペク・スンヨン(16・女)さんは「少女が翁草を持ち目を閉じたまま考える絵を描いた。 悲しい思い出を持つ少女の心を表現した」として「来年にはデモが開かれないよう、日本政府と我が国の政府が問題をよく解決したらいいと思う」と話した。

ニューシス 2014.12.31[2]

'위안부' 피해자 추모제…"2015년에도 잊지 않겠다"

【서울=뉴시스】오동현 기자 = "2015년 광복 70주년을 눈앞에 둔 지금이지만 기쁜 해방의 춤을 우린 아직 추지 못합니다." 

올해 마지막 날인 31일 오후 서울 종로구 일본대사관 앞에서 열린 제1159차 일본군 '위안부' 문제 해결을 위한 수요시위는 2014년 일본군 '위안부' 피해자 추모제를 함께 열고 피해 할머니들을 기억하겠다는 마음을 모았다.

한국정신대문제대책협의회(정대협) 등이 주최한 이번 수요시위에는 광영여자고등학교 학생 등 시민 500여명(경찰 추산 250여명)이 참석했다.

위안부 피해 할머니들은 일본군 위안부라는 비극의 굴레를 아직까지 벗어던지지 못한 채 하나 둘 세상을 떠나고 있다. 올 해에도 배춘희·황금자 할머니가 별세했다.

부활을 의미하는 보라색 천을 덮은 제단 위에는 '이름 없이 희생된 일본군 위안부 피해자들의 명복을 기원합니다'라는 글이 적힌 검은 액자들이 서 있었다. 

노란색과 보라색 양초들로 꾸며진 제단 중앙에는 노란 나비로 둘러싸인 고 배춘희·황금자 할머니 사진의 액자가 놓여졌다.

이날 시위에 참석한 김복동, 길원옥 할머니는 학생들이 쥐어준 핫팩을 손에 쥐고 무릎에 담요를 덮은 채 의자에 앉았다. '할머니 사랑해요', '할머니 우리가 기억하겠습니다'라로 적힌 피켓을 손에 쥔 학생들과 사진을 찍기도 했다. 

평화의 소녀상 옆에는 '2015년엔 사죄해라', '막은 귀 열고 감은 눈 뜨고 다문 입 열어라'고 적힌 피켓이 있었다.

윤미향(50·여) 정대협 상임대표는 "2014년 마지막 수요일 다시는 이런 아픈 일 겪지 않겠다는 마음으로 올해 돌아가신 배춘희, 황금자 할머니를 향한 추모식을 연다"며 "우리나라가 일제식민지로부터 해방된 지 70년이자 분단 70년이 되는 등 역사적 의미가 많은 2015년을 마지막이 되길 기원한다"고 호소했다.

또 "할머니들에게 진정한 추모는 그들이 꿈꾸는 세상을 앞당기는 것"이라며 "일본정부가 진실을 밝히고 책임을 인정해 이런 범죄를 다시 저지르지 않겠다는 약속을 받아내기 위해 내년에도 수요시위는 계속 될 것"이라고 말했다.

서울 양천구 광영여고 대홍나비 소속 최승주(17·여)양은 "배춘희 할머니와 황금자 할머니의 숨결을 더 이상 느낄 수 없음에 슬픔을 가눌 길이 없지만 주저앉아 있지만은 않겠다"며 "올해 마지막 날을 끝으로 사람들이 할머니만의 일이 아닌 인권과 세계평화를 위한 일이란 인식을 가졌으면 한다"고 희망했다.

이 자리에는 고인들을 도왔던 자원봉사자들도 함께 했다.

나눔의집에서 5년간 일하면서 배춘희 할머니와 함께 했다는 무라야마 잇페이(34)씨는 "전쟁 때 이야기를 들려주시고 노래를 좋아하시던 분으로 기억한다"며 "당시 많이 힘들고 아프셨던 마음을 나눠주셨다. 그런 마음을 나누는 할머니들에게 고맙다"고 추모했다.

추모사가 끝난 후에는 길원옥 할머니와 김복동 할머니를 시작으로 헌화식이 거행됐다. 길 할머니는 추모의 마음을 담아 장갑을 벗고 차디찬 바람에 새빨개진 맨손으로 분홍색 꽃을 제단 위에 놓았다. 

헌화식에는 준비된 100송이의 꽃을 번갈아 쓸 정도로 시민들의 행렬이 줄지었다. 한 여고생은 입을 굳게 다문 채 눈물을 흘리기도 했다. 

추모식이 끝난 후 한 여고생은 수줍은 표정으로 할머니들에게 다가가 직접 그린 그림을 선물했다.

성남시 불곡고등학교 백승연(16·여)양은 "소녀가 할미꽃을 들고 눈을 감은 채 생각하는 그림을 그렸다. 슬픈 추억을 가진 소녀의 마음을 표현했다"며 "새해에는 시위가 열리지 않도록 일본 정부와 우리 정부가 문제를 잘 해결했으면 좋겠다"고 말했다. 

2014/12/07

韓国の子供が学校で教わる慰安婦 (読売新聞取材班)

慰安婦問題を学ぶ中学生(蔚山)

読売新聞の取材班は、90年代以前にも韓国の教科書には微妙な表現があったと言う。確かに、若い女性が強制的に戦場に連行されたという記述は微妙である。ただ、これは本当に微妙。ハッキリと慰安婦の名が教科書に登場するのは、韓国より日本の方が早かったと言われる(要確認)。日韓いずれが先だったにせよ、90年代に始まった慰安婦騒動で状況が一変したのは間違いないらしい。

2002年の韓国の教科書にある、女性を強制動員して軍需工場などで酷使させ一部を慰安婦にしたというのは、本来の意味の「慰安婦の強制連行」である(吉田清治が証言したのもこれ)。2012年からは「広義の強制連行」へのシフトと見られる記述が現れるが、2014年になっても挺身隊の一部を慰安婦にした・・説が韓国の教科書には生き残っているという状況らしい。

2010年から民間会社が教科書を製作する体制になり、歯止めがかからない状況になったであろうことは容易に想像出来る。取材班は「写真やイラストなども加わり・・・記述が一層充実化する傾向にある」と報告している。比較的ドライに記述した教学社の教科書がバッシングに曝されるという事件もあった。言うまでもないが、教育現場における左翼系の影響(黒田勝弘)は日本も同じで、日本の教科書の中には韓国紙のお墨付きを得る物もあったくらい。しかし、国内にはこれにブレーキをかけようという動きもある。しかし、こと慰安婦問題に関する限り韓国ではそういった動きは期待出来そうにない。

※ なお、ブログ主は歴史の光も影も教えるべきだと言う立場で、ホルホル教育には組しない。一応。


韓国では2002年まで、歴史教科書は、中学、高校とも国定教科書の1種類だけ。そこに慰安婦に関連する記述が初めて登場したのは、1968年の高校用だった。「か弱い女性も女性挺身隊という名で強制動員した」と記述された。

当時の韓国では、慰安婦と挺身隊が混同されていたため、慰安婦のことを指すのかどうか判然としない記述だ。

79年には中学の「国史」にも、「はなはだしきは若い女性も産業施設と戦線に強制的に連行した」と記述された。82年改定の中学用では、「韓国の女性も侵略戦争の犠牲にした」、90年改定の中学用では「女性も挺身隊という名で侵略戦争の犠牲となった」との表現に変わるが、まだ間接的な表現にとどまっている。

しかし、90年代初めの朝日の報道などを受けて慰安婦問題が日韓の間で外交問題化したのを境に教科書の表現も具体化していった。

96年改定の高校国史で「女性まで挺身隊という名で連れて行かれ、日本軍の慰安婦として犠牲にもなった」と初めて慰安婦という単語が登場する。97年の中学国史でも「女性も挺身隊という名で連れて行かれ、日本軍の慰安婦として犠牲になった」とした。

2002年改定ではより表現が過激になっている。中学が「日本は、多くの女性を強制的に動員して日本軍が駐屯しているアジアの各地域に送って軍隊慰安婦にして非人間的な生活をするようにした」、高校が「若い女性を強制動員して軍需工場などで酷使させ、その一部は前線に連行して日本軍慰安婦にする蛮行を犯した」となった。

そして国定から、民間の複数の教科書から選択できる検定制度に完全移行した2010年以降は、写真やイラストなども加わり、慰安婦に関する記述が一層充実化する傾向にある。

キョウハク図書『中学歴史(下)』(2012年発行)では、「歴史との対話」という別コーナーで慰安婦問題を1ベージで特集。日本軍慰安婦の宿所の写真や、元慰安婦の強制連行の様子を描いた絵画とともに「ある日、男が良い職場を紹介してやると言って私を連れて行った」などとする「ある日本軍慰安婦のおばあさんの証言」を掲載している。元慰安婦の支援団体「韓国挺身隊問題対策協議会」(挺対協)が毎週、ソウルの日本大使館前で行っている水曜デモについて写真入りで紹介している。

水曜デモについては、「現在、日本政府は日本軍慰安婦の募集、移送、管理などに日本軍が日本軍が介人したことを認めながらも法的な賠償ではない慰労金レベルで問題を解決しようとした。これに日本軍慰安婦の被害者の中の多数は、慰労金名目でお金を受け取ることを拒否して今も水曜デモを続けている」となっている。

良い本新思考社の『中学校歴史②』(2013年発行)も「性奴隷生活を強要された日本軍慰安婦」を1ページで特集した。「妊娠した朝鮮『日本軍慰安婦』」のキャプションがついた写真や挺対協の水曜デモの模様を日本大使館前に設置された少女像の写真入りで紹介している。

朝日が2014年8月に「虚偽」と認めて取り消した吉田清治氏の以下の証言も、「日本軍慰安婦の真実」として紹介されている。

「6000人ほど直接連行した。村に到着すればまず女性全員を道路に引っ張り出した。逃げ出したら木刀でなぐり、若く健康な女性を選んでトラックに乗せた・・・」

この部分について、教科書本文の記述では「数十万人の女性を軍需工場に動員し、はなはだしくは若い女性を日本軍慰安婦という名目で強制動員して性奴隷生活を強要した」となっている。

ピサン教育『中学校歴史2』は、慰安婦問題をめぐる日本政府の対応について
批判的に記述している。

「日帝は韓国をはじめ中国、台湾、インドネシアなどで数十万人に達する女性を強制的に動員した」とし、「しかし、日本は日本軍慰安婦たちが受けた被害を認めておらず、『自発的に軍について行った』という意味の『従軍慰安婦』という表現を使っている」と事実誤認の内容も含まれている。

さらに「資料の調査を通じて日本軍慰安婦について整理してみよう」として日本軍慰安婦についてまとめたインターネット上の動画映像のアドレスなども記述した。

高校教科書では、慰安婦問題について生徒に考えさせる問題も提示している。
チハク社『高等学校韓国史』(2014年発行)では、「水曜デモに関連した資料を調べ、このようなデモが続いている理由を書いてみよう」とし、条件として「関連する新聞記事やおばあさんの証言などを活用すること」としている。

歴史的に定かでない数字も独り歩きしている。チョンジエ教育『高等学校韓国史』(2014年発行)では、「日本軍慰安婦として動員された女性は約20万人と推定されている」と記述している。

読売新聞が調べた中学用13冊と高校用5冊の計18冊のうち、強制連行された慰安婦の数が「20万人」と記述している教科書は3冊。強制連行されたと記述しているのが10冊、性奴隷という表現を使っているのが11冊。少女豫の写真を掲載したのが9冊、慰安婦の写真を掲載したのが6冊だった。

各教科書の主な記述は以下の通り。

DAEKYO『中学校歴史(下)』

本文では「女性達の場合、女子勤労挺身隊という名前で軍需工場に連行され、労働力を搾取された。さらに多くの女性を日本軍が駐屯する地域に送り、強制的に日本軍慰安婦にした」と記述。歴史特集「日帝の侵略戦争で被害を受けた韓国人」では徴用被害者、被爆者とともに慰安婦を取り上げ、元慰安婦の証言を掲載した。

「朴トゥリおばあさんは17歳たった1940年に村を訪れた日本人募集業者の日本工場に入れてあげるという言葉にだまされ台湾に連行され日本軍慰安婦になった。20人余りの韓国人女性だちと共に5年ほど生活した。そこではフジコと呼ばれた。日本語を使えと強要され、食事もまともに与えられずいつも空腹だった。慰安所で右ももがひどく腫れる病気にかかり手術をしなければならなかった。慰安所の主人と管理人にひどくなぐられたことが原囚で耳も遠かった」

ミレエン社『中学校歴史2』

本文では「女子勤労挺身隊などの名前で女性も連行され労働力を搾取され、そのうち一部は日本軍慰安婦として連行された」と記述。これとは別に「日本大使館前の定期水曜デモ、1000回の叫び」とのタイトルで挺対協が実施している水曜デモを特集している。

「日帝は、中日戦争と太平洋戦争を起こし、日本軍が駐屯する地域に軍隊慰安所を設置して、占領地の多くの若い女性を強制連行して日本軍の性奴隷の役割を強要した。日帝時代に日本軍慰安婦として連行された女性は20万人余りと推定されている。日本軍慰安婦としての生は長い間、歴史の陰に埋もれていたが、日本軍慰安婦のおばあさんだちと市民団体は1992年から毎週、日本大使館前で水曜デモを実施し、日本政府の公式謝罪と賠償を要求している。しかし、日本政府は国家として日本軍慰安婦を募集したことはないといい、これまで公式謝罪や賠償を拒否している」

チョッジエ教科書『中学校歴史2』

本文とは別に「女性勤労挺身隊、日本軍慰安婦のおばあさん」とのタイトルで慰安婦を特集。「第2次世界大戦中、日本は韓国女性達を勤労挺身隊といって軍需工場に追い立て、そのうち一部の女性達を日本軍慰安婦(JAPANESE Military Sexual Slavery)として連行した。該当地域の日本軍が降伏を拒否して自爆する際、秘密の流出を防ぐ狙いから共に死ぬことを強要されたりもした。国連人権理事会は2008年、日本の慰安婦動員に対する責任の認定と謝罪、補償を求めたが、日本は日本軍慰安婦が自発的な活動だったと言い、これまで補償を拒否している。これに抗議して1992年1月から現在まで日本大使館前で日本軍慰安婦のおばあさんたちが毎週水曜集会を開いている

ミレエッ社の水曜デモの記述とも共通するのは、日本政府が1995年に国民の募金などで設立したアジア女性基金を通じた「償い金」など1人当たり計500万円の支給事業や首相のおわびの手紙の交付に取り組んできたことに全く触れていないことだ。

チハク社『中学校歴史2』では「日帝の蛮行を糾弾する声」として水曜デモを特集。「1000回目を迎え、韓国だけでなく世界各国の人々から注目されている。こうした努力の結果、1998年、国連人権委員会の小委員会は日本政府に日本軍慰安婦問題の解決に乗り出すよう勧告した。2007年、米国議会では、被害者たちに対する謝罪を求める決議案を採択した」と記述し、韓国の主張が国際世論の支持を得ていると強調している。

2014/05/24

冷めた心で慰安婦問題の渦中にいた朝日記者

前川惠司 asahi.comより

産経新聞が慰安婦問題ビッグパン(秦郁彦)当時、騒動の中でも比較的冷静だった朝日新聞の前川惠司元記者を取材。女子挺身隊として(強制)連行された韓国人慰安婦が名乗り出たと報じた同僚の植村隆記者の記事を見て前川は、「『勘違いしているな』と直感し、すぐに訂正がでるだろうと思った」と振り返る。現在慰安婦像を建てて回っている人々に対しても批判的だという。

当時騒動の中心だった朝日新聞の中にも疑問を感じている人はいた。しかも、この人は現場で取材もしている。前川だけではない。取材班を率いた人の中にも後悔を口にしている人がいる。にも関わらず、朝日新聞の方向性が変わることはなかった。

なお、記事を読むにあたって注意したいのは、名乗り出た女性がお金をもらえると喜んでいたとか、支援団体が無理やりデモに駆り出したというのは昔の話であって、現在では挺対協とハルモニの力関係は逆転しており、挺対協はハルモニが嫌がる「性奴隷」という言葉を使わない。ただし、お婆さんたちの目の届かない所(英語)では別。

【歴史戦 第2部 慰安婦問題の原点(3)前半】元朝日ソウル特派員「日本人が無理やり娘をさらったら暴動が起きましたよ」

慰安婦問題が過熱した1990年代初め、朝日新聞ソウル特派員として前川惠司(現在は退社しジャーナリスト)は、韓国内で元慰安婦らに取材した。日本にいたときも「韓国・済州島で奴隷狩りをした」との虚偽の強制連行証言をし、朝日が繰り返し取り上げてきた吉田清治とも会った。

「確か80年に川崎支局で『韓国・朝鮮人』という続き物をやっていたころ、吉田が『自分の話を聞いてほしい』と支局に電話をかけてきた。彼の自宅に行って3、4時間ぐらい話を聞いたが、(核心部分の)済州島の話はまったくでなかった。尋ねるたびに話のつじつまが合わなくなるので結局、多くは書かなかった」

本紙の取材にこう語る前川は、元韓国人慰安婦にインタビューし、「女子挺身(ていしん)隊」の名で慰安婦が戦場に連行されたと、事実をねじ曲げて伝えた朝日新聞平成3年8月11日付朝刊(大阪版)の植村隆(今年3月退社、大学講師)の署名記事についても首をひねる。

「『勘違いしているな』と直感し、すぐに訂正がでるだろうと思った

挺身隊が慰安婦と異なるのは、少しでも戦時下の日本について調べればすぐ分かる常識だったからだ。

前川はこの4月、ソウル時代に元慰安婦を取材したエピソードを「戦場の慰安婦哀譚昨今」(亜細亜大学アジア研究所所報第154号)と題したエッセーにつづった。そこから浮かび上がるのは、元慰安婦の女性らが支援団体らの主義主張に「利用」されているという一面だ。

エッセーには、前川のこんな忘れられない光景が記されている。

93年11月、当時の首相、細川護煕と韓国大統領、金泳三による首脳会談が韓国の慶州で行われたときのことだ。元慰安婦を支援する韓国の団体が、元慰安婦ら十数人を中心としたデモを展開した。

厳しい寒さの中、元慰安婦らは、薄い生地の白いチマジョゴリで、傘もささず雨の中を歩かされていた。時折、デモの指導者のかけ声に合わせ、「日本は補償しろ」と叫んではいたものの、顔面は蒼白(そうはく)だった。前川が「おばあさんたちが風邪をひいてしまう」と案じていると、その目の前で1人が倒れてしまった。

これが人権団体のやることか

前川は憤りを禁じ得なかった。ほかにも、こんなエピソードが記されている。

別の集会では、元慰安婦らは「『今度、国連に訴えたので、もらえるお金もうんと増えるといわれたの。本当かしら』と、嬉(うれ)しそうに顔をくしゃくしゃにし、金を得たら、これを買う、あれを買うと皮算用を膨らませていた」。

前川が当時韓国で、元軍人、大学教授から友人の母親まで、つてを総動員して60歳以上の人々に「日本兵や日本の警察官に無理やり連れていかれた娘がいたか。そんな噂を聞いたことがあるか」と尋ねて回っても「ある」とうなずいた人は皆無だった。逆にある人は「無理やり娘を日本人がさらったりしたら、暴動が起きましたよ」と言った。

「あのころのおばあさんたちは、苦しい生活のなかで、名乗り出ればお金がもらえるんだと、単純に考えていた印象です。素朴なおばあさんたちでしたから」

取材に対し、こう振り返る前川は、少女の慰安婦像まで用いて「元慰安婦イコール性奴隷」との表現が盛んになされている現状に大きな違和感を抱いている。

「そこまで朝鮮半島の女性を侮辱する言葉が、李朝時代を含めてあっただろうか。自分たちの民族の女性が公然と『性奴隷』と貶(おとし)められて、侮辱を感じないのだろうか」

前川は疑問を投げかけ、エッセーをこう結んだ。

「あちこちに従軍慰安婦像を建てようとしている人たちが、本当に貶めているのは誰なのか、気になってならない」

産経 2014.5.23

2014/03/29

日本人牧師慰安婦少女像に謝罪の祈り


平野牧師は、東京聖書学院卒業後に渡米、デューク大学院神学部を卒業(M.Div.)。メソディスト教会から按手。17年間アメリカで牧会をした後、1989年に東京ホライズンチャペルを「開拓」[ソース]。町田と世田谷にあるようである。東北へのボランティアやミャンマー人の子供たちの為に寄付を集めたりもしている。

日本人牧師 ソウルの慰安婦少女像前で謝罪の祈り

28日午後、韓国・ソウルの日本大使館前に設置された慰安婦を象徴する少女像の前に、つえをついた日本人牧師が立った。体が不自由なため、同伴者の助けを借りながら牧師は少女像に近づいた。そして少女像の隣にある椅子をつかみ、頭を下げて静かに祈りをささげ始めた。日本による植民地時代に日本人が犯した犯罪に対し深く謝罪する祈りだった。

牧師は東京ホライズンチャペルを設立した平野耕一氏だ。

平野氏は前日、韓国福祉宣教連合会などが主催した討論会「和解のための韓・日宗教界の役割」に参加し、同日、日本の過去の過ちについて謝罪するため韓国人牧師3人と共に少女像を訪れた。

平野氏は祈りに先立ち、バラとカーネーションの花篭を少女像の前にささげた。花篭には韓国語で「許しを請います」と書かれたリボンが巻かれていた。「感謝」と「大韓民国を愛する」という気持ちを込め、バラとカーネーションを自ら選択したという。

平野氏は、旧日本軍による慰安婦被害者がどれほど大きい辱めを受けたのか推し量ることもできず、日本人牧師として少女らとその家族に謝罪するしかできないことが恥ずかしいとした上で、日本に戻れば、謝罪して祈らなければなければならないと信徒に伝えると述べた。

また、植民地時代に日本が行った犯罪により、苦痛を得た韓国人に対し、もう一度心より謝罪すると伝えた。

その場に居合わせた市民のひとりは、「日本人がこのように直接訪ねてきて許しを請うのは非常に勇気ある行動」と評価しながらも、「だが、ひとりでする謝罪は意味がなく、日本政府が謝罪をしなければならない」と述べた。

2014/01/05

冷え切る日韓(5) 読売

反日に利用される子供たち

読売新聞に連載された「冷え切る日韓」シリーズの第5弾。慰安婦問題と関係のない第3回、第4回は飛ばした。

冷え切る日韓(5)

「反日無罪」教育が影響

繰り返されるシュプレヒコール、感極まって泣き出す女子高校生教師に引率された小学生たちはこんなプラカードを掲げていた。

「日本の欲望で多くの国が苦痛を受けた」

「性奴隷ハルモニ(おばあさん)の心は汚された」

11月6日昼、ソウルの日本大使館前は若者を中心に2000人ほどの群衆で埋まった。毎週水曜、いわゆる従軍慰安婦問題で日本に抗議する「水曜デモ」だ。

1992年にはじまった水曜デモは、翌週13日に1100回の節目を迎えた。主催する市民団体「韓国挺身隊問題対策協議会」の代表者が記念のあいさつに立ち、大勢の報道関係者も集まった。

デモに参加した大田(テジョン)市の女子大生(22)は読売新聞の取材に語った。

「英語を勉強し、外国人に慰安婦問題を知らせたい問題解決のためにはもっともっと水曜デモに足を運ぶことが必要だと思う」

外交関係に関するウィーン条約は大使館の保護を受け入れ国の義務と定め、韓国の法律も外国の公館から100メートル以内での集会やデモを禁じている。しかし、韓国の警察は日本大使館前のデモを見守るだけで、事実上黙認している

韓国には「反日無罪」という言葉がある。反日なら何でも許されるという意味だ。韓国で「親日派」と見なされれば命にかかわる恐れもある。

今年5月、日本の統治時代を懐かしむ発言をした95歳の男性が、38歳の男にソウル市内の公園で殴られ死亡した事件が韓国内で報じられた。インターネット上には犯人を擁護する書き込みが相次いだ。

評論家の金完燮(キム・ワンソプ)氏は2002年、日本の統治を肯定的に評価した「親日派のための弁明」を出版し、激しいバッシングにさらされた。暴行を受けたこともある。同書は「青少年有害刊行物ご指定され、事実上の発禁処分となった。

新聞も日本に関する驚くような言説を堂々と掲載する。

最大部数を誇る朝鮮日報は9月上旬、「風水で日本を制圧する努力」と題する寄稿文を掲載した。韓国には、日本に流れる「地の気」を遮断するために建てられた実相寺という寺があり、〈釣り鐘に彫られた日本地図を連想させる部分を突く度に、富士山を1発ずつ殴ったことになる〉のだという。筆者は全州市にある又石大学の教授だった。

こうした「理性を欠いたかのような反日」(日韓関係筋)の一因に、韓国の歴史教育の問題が指摘されている。韓国では、朴正煕政権下で国定教科書が制定され、民族主義色の濃い歴史教育が推進されてきたからだ。

最近まで中学校で使われていた教科書「国史」は、戦前の日本の統治を「強圧的で非人道的な武断統治」「(韓国人は)奴隷状態に成り下がった」などと書いていた。島根県・竹島については「日本が一方的に領土編入したが、光復(日本の統治からの解放)と共に取り戻した」と不法占拠を正当化。こうした歴史教育を受けた人たちが今、韓国社会の中核を担う。

歴史教育に関し、朴槿恵大統領が今月14日、唐突な提案を行った。ソウルでの演説で「東北アジア共同の歴史教科書の発刊」をぶちあげたのだ。

しかし、日韓両国はすでに2002年から10年にかけ、歴史学者による共同研究を試みたことがある。研究に参加した古田博司・筑波大教授(東アジア政治)によると、日韓の議論は全くかみあわなかったという。日本側が客観的資料を提示して議論しよろとしても、韓国側は大声で怒って受け入れないことが多かった。古田教授は「韓国が客観的史実に基づく歴史教科書を作ることは今後もないだろう」と話している。

読売 2013.11.20 4面

2013/09/18

仏で初の水曜デモ、ソルボンヌ大で講演も


ミシェル上院議員とキム・ボクトン

関係者によると(ソースは暫く非公開ということで)、面会したフランスのある上院議員はドイツのやり方が慰安婦問題解決の参考になると述べたとか。ドイツは「慰安婦」に何の補償もしていないし、それ以前にフランス軍の「慰安婦」などはアムネスティ・フランスにとってもまったくアウト・オブ眼中になっているのだが・・・。

仏軍兵士と(北アフリカ系?)「慰安婦」

ユン・ミヒャンは、日本政府が強制はなかったと言っているとか、日本の政治指導者が問題発言をしているとか、フランスで盛んに告げ口をしているらしい。彼女たちはフランス議会でも慰安婦決議を採択させられないか関係者にアプローチしている。

今日フランスのパリで「慰安婦解決」初の水曜デモ

日本軍慰安婦問題解決を促す水曜デモがフランスのパリで初めて開かれる。

18日韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)によればこの日午後2時(現地時間)パリのシャイヨ宮の前で水曜デモが開催される。

水曜集会には慰安婦被害者キム・ボクトン(88)ハルモニが参加して証言する予定であり、国際アムネスティ・フランス支部など現地の人権・社会団体と韓国人団体などが共にする。

挺対協関係者は「パリの代表的観光地で集会を開き、パリ市民と観光客に慰安婦問題を知らせ、解決に参加することを訴える予定」と話した。

1992年1月8日ソウルの日本大使館で始まった水曜デモは20年余りを経て日本、米国、台湾、フィリピン、インドネシアなど世界各地に広がった

ヨーロッパではその間、戦犯国だったドイツと日本軍慰安婦被害者がいるオランダを中心に連帯がなされた。

挺対協関係者は「ヨーロッパで本来自由と闘争の歴史を持つフランスでは活動が明確でなかったが、初めての水曜集会を開くことになり感激」だとしながら「ヨーロッパで慰安婦問題解決を操り上げるための世論を拡散するのに役割をすると期待する」と話した。

挺対協とキム・ハルモニは9日に出国、スイス、ジュネーブで開かれた第24回国連人権理事会で国際アムネスティと共同で「日本軍性奴隷サバイバーのための正義」イベントを開催したのに続き、15日からはフランスでキャンペーンを進めている。

挺対協は23日までフランスの上下院議員、国家人権委員会、現地女性・人権団体関係者たちと会談する一方、慰安婦問題解決のための街頭署名活動を行う。

キム・ハルモニは現地メディアとのインタビューを行い、18日にはソルボンヌ大学で証言集会と講演会を開催するなど慰安婦の実状を知らせるのに力を注ぐ計画だ。


오늘 프랑스 파리서 '위안부 해결' 첫 수요집회

김연숙 기자 = 일본군 위안부 문제 해결을 촉구하는 수요집회가 프랑스 파리에서 처음으로 열린다.

18일 한국정신대문제대책협의회(정대협)에 따르면 이날 오후 2시(현지시각) 파리 샤이오궁 앞에서 수요집회가 개최된다.

수요집회에는 위안부 피해자 김복동(88) 할머니가 참석해 증언할 예정이며 국제앰네스티 프랑스지부 등 현지 인권·사회단체와 한인단체 등이 함께한다.

정대협 관계자는 "파리의 대표적 관광지에서 집회를 열어 파리 시민과 관광객에게 위안부 문제를 알리고 해결에 동참할 것을 호소할 예정"이라고 말했다.

지난 1992년 1월 8일 서울 일본대사관에서 시작된 수요집회는 20여년을 거치며 일본, 미국, 대만, 필리핀, 인도네시아 등 세계 각지로 확산됐다.

유럽에서는 그동안 전범국이었던 독일과 일본군 위안부 피해자가 있는 네덜란드를 중심으로 연대가 이뤄졌다.

정대협 관계자는 "유럽에서 정작 자유와 투쟁의 역사를 가진 프랑스에서는 활동이 뚜렷하지 않았는데 첫 수요집회를 열게 돼 고무적"이라며 "유럽에서 위안부 문제 해결을 앞당기기 위한 여론을 확산하는 데 역할을 할 것으로 기대한다"고 말했다.

정대협과 김 할머니는 지난 9일 출국, 스위스 제네바에서 열린 제24차 유엔 인권이사회에서 국제앰네스티와 공동으로 '일본군 성노예 생존자들을 위한 정의' 행사를 개최한 데 이어 15일부터는 프랑스에서 캠페인을 진행하고 있다.

정대협은 23일까지 프랑스 상·하원의원, 국가인권위원회, 현지 여성·인권단체 관계자들과 면담하는 한편 위안부 문제 해결을 위한 거리 서명운동을 벌인다.

김 할머니는 현지 언론들과 인터뷰를 하고 18일에는 소르본 대학에서 증언대회와 강연회를 하는 등 위안부의 실상을 알리는 데 주력할 계획이다.

2013/09/12

関西ネットワークが主催したソウルの反日デモ

「ホンキの謝罪が未来をつくる」

ソウルの水曜デモといえば韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)だが、実は毎回違う団体が主催している。この度は日本の市民団体が主催者だった。いささか呆れるような光景ではあるが、表向き反日色を消し、日本人すら取り込む「擬似友好」な雰囲気を作った挺対協はやはり強敵である。

「ホンキの謝罪が未来をつくる」と関西ネットワーク(日本軍「慰安婦」問題・関西ネットワーク)は言う。和解の為のイベントだと信じる彼女たちには、挺対協と異なり日韓関係を悪化させているという自覚はない。

踊りを披露する関西ネットワークのメンバー [ソース]

関西ネットワーク以外にも、今回は神奈川県平和委員会なる団体が日本から参加した他、アメリカからはメソジスト合同教会(Korean United Methodist Churchの事か?)の関係者が合流。

1091回水曜デモを訪れた日本の市民団体、「お婆さん申し訳ありません」

9月二番目主義(注意)水曜日の昼11時40分、日本の「神奈川県平和委員会」の会員20人余りが正午に始める日本軍「慰安婦」定期デモに参加するために日本大使館の前を訪れ(?)た。 韓国に来る前「日本軍慰安婦」にういて勉強してきたという会員たちは大使館の前に設置された少女像に近づき、ピンクの菊の花束を持たせ、傘をさしかけ雨を防いでくれた。 会員たちは少女像に参拝をするかと思えば、手で顔と手の甲を抱くこともした。

彼らは毎月第3週の週末ごとに神奈川県、横須賀米軍基地の前で米軍撤収と軍保有のための平和憲法改正を反対する集会を開くなど、40年の間粘り強く戦争廃絶の声を上げてきた市民団体だ。

「日本政府、『少女像』見て恥ずかしくないか」

11日昼間12時ソウル、鍾路区の日本大使館の前で日本軍「慰安婦」問題解決のための1091回定期水曜デモが開かれた。 この日デモは「日本軍『慰安婦』問題解決のための関西ネットワーク(関西ネットワーク)」という日本の市民団体の主催(?)で行われた。

関西ネットワークは声明書を出し「第ニ次世界大戦当時日本はアジア・太平洋で侵略戦争を起こし、数えることができないほど多くの女性を慰安所に閉じ込めて彼らの自由を奪い、想像もできない苦痛を与えた」とし、「にも関わらず日本政府はこの事実を認めず、水曜デモが始まって21年が経過してもまだ問題は解決されないことに日本国民として心より謝罪する」と明らかにした。

引き続き彼らは「今でも安倍総理は日本軍『慰安婦』を認めず、歴史を歪曲するのも恥じず自民党政権下に平和憲法を改正して自分たちの軍国主義の野心を見せている」と述べ「また、私どもが来た大阪の橋本徹市長は『日本軍慰安制度は必要な制度であった』という妄言をしながらこの発言を撤回も謝罪もしない」と自省した。

それと共に団体は「日本大使館の前にある『少女像』を見ても恥ずかしくないのか。 日本は良心を守り誤りを認めて初めて明るい未来をむかえ、国際的な信頼も得ることが出来る」として「日本国民は戦犯国の国民になりたくない。 日本は戦力保有禁止と国家交戦権を不認定する憲法9条を守護して、国境も民族も跳び越える誰でも仲良く平和に暮らせる世の中を実現せよ」と日本政府と日本大使館に促した。(下につづく)

徴兵(強制連行)制を採用する韓国で日本の戦力保持に反対し、韓国政府が黙認する不法設置物を指して日本政府に恥を知れと言い、方清子共同代表が韓国籍である事を忘れて日本国民の代表を名乗る関西ネットワークも常識を超越しているが、日本と関係ないのに日本大使館前で教学社の教科書を糾弾している連中も意味が分からない。青瓦台の前でやれ。

関西ネットワークが披露した「水曜デモご存知ですか」というのは、まさかあの歌の事ではあるまいな?日本の政治家を侮辱するパフォーマンスは水曜デモでは珍しくないとはいうものの、わざわざ外国の反日デモに混じって自国の代表をネタにする人々である。

関西ネットワークが披露した寸劇 (後ろにアン・セホンさん見っけ)

面会を拒否したのは橋下市長ではなく支援団体と慰安婦の側


「日本軍『慰安婦』歴史歪曲教科書、検定通過取り消させる」

秋雨が降る中で開かれたこの日のデモには関西ネットワークと神奈川県平和委員会だけでなく「慰安婦」被害者であるキル・ウォノク・ハルモニ、アメリカから来た「アメリカ合同メソジスト教会韓国女性宣教会」のメンバー、梨花女子大サークルである「梨花蝶々」のメンバー、京畿道高陽市の백마高校(?)・全南道木浦市の정명高校(?)の生徒、民主党のユ・キホンやト・ジョンファン議員なども参加し、場所を埋め尽くした。

この日集会に参加した人々は先月30日検定を通過した教学社の『韓国史』教科書に対する糾弾発言を糾弾することもした。

「韓国挺身隊問題対策協議会」キム・ドンヒ事務局長は「現在86才であるキル・ウォノク・ハルモニが日本の『慰安婦』として連行されて行ったことは1940年13歳の時のことなのに、教学社教科書は女子挺身勤労令が1944年のことだと記述している」として「教科書は普遍性と公正性を持つべきなのに教学社教科書は慰安婦おばあさんの被害を縮小して叙述してこれを違反している」と指摘した。

引き続きキム事務局長は「不完全な中途半端教科書が検定を通過し、子供たちが何を習うのか疑問だ」としながら、この教科書に対する検定通過が取り消しになるように多様な活動を展開する」と明らかにした。

民主党ユ・キホン議員は「日本の扶桑社教科書は日本の植民支配と慰安婦問題を黙認して韓国人に怨まれたが、教学社の教科書でも同じ問題が生じている」とし「『慰安婦』の歴史を歪曲して植民政策を美化する教学社の教科書検定が取り消しになるように多様な闘争を展開する」と話した。

また、関西ネットワークの会員たちは去る5月キム・ボクトン・ハルモニが日本の大阪市長を訪れ「日本軍慰安婦関連妄言論議発言」に謝罪を要求した様子を再現した寸劇を韓国語で披露した。 また、彼らは韓国の歌である「岩のように」と水曜デモの内容を入れた「水曜デモをご存知ですか」を呼ぶ(歌う?)こともした。

関西ネットワークは日本の大阪地方を中心に活動する市民団体で、2005年10月から毎月第一水曜日に韓国の日本軍「慰安婦」問題解決のための水曜定期デモを開いている。

民衆の声 2013.9.11

1091차 수요시위 찾은 일본 시민단체들, “할머니 죄송합니다”

9월 두 번째 주의 수요일 낮 11시 40분, 일본 ‘가나가와 현 평화위원회’ 소속 회원 20여명이 정오에 시작하는 일본군 ‘위안부’ 정기시위에 참가하기 위해 일본대사관 앞을 찾았다. 한국에 오기 전 ‘일본군 위안부’를 공부하고 왔다는 회원들은 대사관 앞에 설치된 소녀상에 다가가 분홍색 국화꽃 다발을 안기고, 우산을 씌워 비를 막아줬다. 회원들은 소녀상에 참배를 하는가하면, 손으로 얼굴과 손등을 보듬기도 했다.

이들은 매월 셋째 주 주말마다 일본 가나가와 현 요코스카 미군기지 앞에서 미군철수와 군대 보유를 위한 평화헌법 개정을 반대하는 집회를 여는 등 자국에서 40년 동안 꾸준하게 전쟁 철폐의 목소리를 내온 시민사회단체다.

“일본정부, ‘소녀상’ 보고 부끄럽지도 않느냐”

11일 낮 12시 서울 종로구 일본대사관 앞에서 일본군 ‘위안부’ 문제 해결을 위한 1091차 정기수요시위가 열렸다. 이 날 시위는 ‘일본군 위안부 문제 해결을 위한 간사이 네트워크(간사이 네트워크)’라는 일본의 시민단체의 주관으로 진행됐다.

간사이 네트워크는 성명서를 내고 “제2차 세계 대전 당시 일본은 아시아·태평양에서 침략전쟁을 일으켰으며, 셀 수 없을 정도로 많은 여성을 위안소에 가두고 그들의 자유를 빼앗고 상상도 못 할 고통을 주었다”며 “그러나 일본정부는 이 사실을 인정하지 않아, 수요시위가 시작된 지 21년이 지났음에도 아직 문제 해결이 되지 않은 것에 일본 국민으로서 진심으로 사죄한다”고 밝혔다.

이어 이들은 “지금도 아베 총리는 일본군 ‘위안부’를 인정하지 않고 역사를 왜곡하는 것도 부끄러워하지 않으며 자민당 정권하에 평화헌법을 개정해 자신들의 군국주의의 야욕을 드러내고 있다”며 “또 저희가 온 오사카의 하시모토 도오루 시장은 ‘일본군 위안 제도는 필요한 제도였다’는 망언을 하고 이 발언을 철회하거나 사죄도 하지 않고 있다”고 자성했다.

그러면서 단체는 “일본 대사관 앞에 있는 ‘소녀상’을 보고도 부끄럽지 않느냐. 일본은 양심을 지켜 잘못을 인정해야만 밝은 미래를 맞고 국제적인 신뢰도 얻을 수 있다”며 “일본 국민들은 전범국의 국민이 되고 싶지 않다. 일본은 전력 보유 금지와 국가 교전권을 불인정하는 헌법 9조를 수호하고, 국경도 민족도 뛰어넘는 누구나 사이좋고 평화롭게 살 수 있는 세상을 실현하라”고 일본정부와 일본 대사관에 촉구했다.

“일본군 ‘위안부’ 역사 왜곡교과서, 검정 통과 취소시킬 것”

가을비가 내리는 가운데 열린 이 날 시위에는 간사이 네트워크와 가나가와 현 평화위원회뿐만 아니라 ‘위안부’ 피해자인 길원옥 할머니, 미국에서 온 ‘미연합 감리교회 한국여선교회’ 회원들, 이화여대 동아리인 ‘이화나비’ 회원들, 경기도 고양시의 백마고·전남 목포시의 정명고 학생들, 민주당 유기홍·도종환 의원 등도 참가해 장소를 가득 메웠다.

이 날 집회에 참가한 이들은 지난달 30일 검정을 통과한 교학사의 『한국사』 교과서에 대한 규탄발언을 성토하기도 했다.

‘한국 정신대문제 대책협의회’ 김동희 사무처장은 “현재 86세인 길원옥 할머니가 일본 ‘위안부’로 끌려간 것은 1940년 13세 때의 일인데, 교학사 교과서는 여자 정신근로령이 1944년의 일이라고 기술하고 있다”며 “교과서는 보편성과 공정성을 가져야 하는데 교학사 교과서는 위안부 할머니의 피해를 축소해 서술하며 이를 위반하고 있다”고 지적했다.

이어 김 사무처장은 “온전하지 않은 반쪽짜리 교과서가 검정을 통과돼, 아이들이 무엇을 배울지 의문”이라며 “이 교과서에 대한 검정 통과가 취소될 수 있도록 다양한 활동을 전개할 것”이라고 밝혔다.

민주당 유기홍 의원은 “일본의 후쇼사 교과서는 일본의 식민지배와 위안부 문제를 묵인해 한국인들에게 원성을 샀는데, 교학사의 교과서도 똑같은 문제가 빚어지고 있다”며 “‘위안부’의 역사를 왜곡하고 식민정책을 미화하는 교학사의 교과서 검정이 취소되도록 다양한 투쟁을 전개하겠다”고 말했다.

또 간사이 네트워크 회원들은 지난 5월 김복동 할머니가 일본 오사카 시장을 찾아 ‘일본군 위안부 관련 망언 논란 발언’에 사과요청을 한 과정을 재현한 내용의 연극을 한국말로 선보였다. 또 이들은 한국노래인 ‘바위처럼’과 수요시위 내용을 담은 ‘수요시위를 아십니까’를 부르기도 했다.

간사이 네트워크는 일본 오사카지역을 중심으로 활동하는 시민사회단체로, 2005년 10월부터 매달 첫째 주 수요일에 한국의 일본군 ‘위안부’ 문제 해결을 위한 수요정기시위를 열고 있다.

2013/08/15

閣僚が慰安婦の遺族を弔問 かつてない盛り上がり(産経)

騒いでいるのは一部と言った人もいたが・・・

与野党指導部や閣僚が遺族の元を相次いで弔問するなど、慰安婦問題はかつてないほど社会の関心を集めている

日本大使館前で大規模集会 韓国、慰安婦問題に反発

ソウルの在韓日本大使館前で14日、慰安婦問題で日本政府に謝罪や賠償を求め毎週水曜日に行われている抗議集会が開かれた。韓国では慰安婦問題をめぐる日本の政治家の発言への反発が強まっており、15日の植民地支配からの解放記念日を前に、集会には千人以上が集まった。

韓国では11日、元慰安婦だと名乗り出て日本への抗議活動に多く参加した李容女さん(87)が死去。与野党指導部や閣僚が遺族の元を相次いで弔問するなど、慰安婦問題はかつてないほど社会の関心を集めている。

14日の集会を主催した韓国挺身隊問題対策協議会によると、今月7~15日に日本や米国、台湾、フィリピン、インドネシア、ドイツなど9カ国・地域で集会など関連の行事が開かれる。

産経 2013.8.14

ソウルからヨボセヨ 葬儀すら反日の糧

 韓国では日本統治からの解放を祝う8月15日を前後して毎年、反日・愛国パフォーマンスが騒がしい。今回は韓国メディアが「極右」と目の敵にする安倍晋三首相が第2次内閣を発足させた後とあって盛り上がり、13日には野党国会議員が竹島(島根県隠岐の島町)に上陸。15日には与党議員が上陸を計画する一方、野党議員は靖国神社に行き、声明発表を予定している。

 新聞やテレビから毎日「反日」があふれてくる韓国に住んでいると、多少のことでは驚かないのだが、先日は久々にぎょっとする出来事に遭遇した。

 11日に87歳で元慰安婦の1人が他界したのだが、遺族や僧侶が遺体を乗せた霊柩(れいきゅう)車をソウルの日本大使館前に乗り付け、遺影と位牌(いはい)を前に読経するなど“葬儀”を行った。かつて日本では所構わず葬儀の花輪を送りつけるのは暴力団の嫌がらせと決まっていたが…。

 14日には元慰安婦の女性を支援する反日団体、韓国挺身隊問題対策協議会が呼びかけた集会に教師の引率で夏休み中の中高生ら約1300人が集結。無届けの違法集会を開くなどやりたい放題だ。元慰安婦は生前、反日活動にかり出され、各地を引っ張り回された。死してなお、反日に利用されることを喜んでいるのだろうか。

産経 2013.8.15

2013/07/02

[報道] 慰安婦問題関西ネットワーク、大阪で水曜デモ呼びかけ


一方、維新は「日本人の名誉と尊厳を守る」為に「歴史的事実を明らかに」する考えらしい

「維新も自民ももういらん!」慰安婦問題団体がデモへ

 慰安婦問題で日本政府に謝罪を要求する運動を行っている「日本軍『慰安婦』問題・関西ネットワーク」は7月3日に「維新(ハシモト)も自民(アベ)ももういらん!水曜デモに行こう!」と題し、デモを行うとし参加を呼びかけている。

 同団体は橋下徹大阪市長の「戦場で兵士たちの休息に『慰安婦』制度が必要なのは誰だってわかる」「海兵隊員の性をコントロールするために、もっと風俗業を活用して」などの発言に対し、「橋下市長は女性の人権を蹂躙し、女性を戦争に必要な性の道具として見ています」と意見。

 安倍晋三首相についても、第1次安倍内閣の際に「『慰安婦』の強制性を示す証拠はない」と発言したが、世界からの批判を受け、ブッシュ大統領に「謝罪」したと説明。

第2次内閣で再び「河野談話」「村山談話」の見直しを考えていることが報じられているが、そうした態度に「安倍首相は国内と国際社会とで主張を変え、ウソと欺瞞に充ちた歴史認識を押し通そうとしているのです」と指摘する。

 この両者について同団体は「安倍首相や橋下市長がめざすのは、弱者や少数者を切り捨て、歴史をわい曲して、『美しい国』にし、愛国心をあおりたて、軍隊を持って力で支配する社会です」としデモ参加を呼びかけている。

 デモは7月3日18時に、大阪市役所のある大阪・中之島の女神像前から開始する予定で、梅田のヨドバシカメラ前まで行うようだ。

2013/06/10

日本大使館前は年中無休



毎週繰り返されている水曜デモばかりではない。反日の聖地となったソウルの日本大使館前では今日(月曜日)も婦人団体がシュプレヒコールを挙げている。彼女たちは、日本の政治家による慰安婦に関する妄言と日本政府の歴史歪曲に抗議している。[参考]


2013/05/08

写真で見る水曜デモ14 ハルモニと母の日



今日、5月8日はたまたま韓国の母の日だった。国民の妹がキム・ヨナなら(最近はそうは言わないか?)、ハルモニは国民の祖母、おばあちゃん。キム・ボクトンが胸にカーネーションの花をつけてもらっている。第1073回水曜デモでの一コマ。 [参考 Zum 2013.5.8]


2012/12/01

写真で見る水曜デモ11 厄払い踊り



果たして翻訳プログラムは正しく訳してくれているのだろうか?自動翻訳を信じるならば、これは慰安婦問題解決の為の「厄払い踊り」らしい。

慰安婦問題解決の最大の障害物は挺対協なのだから、彼女たちが因果地平に飛ばされたなら、本物である。

慰安婦問題解決ための厄払い踊り

28日午後ソウル、鍾路区中学洞の日本大使館の前で開かれた1050回日本軍慰安婦問題解決のための定期水曜集会でキム・ウンジュ仁川市立舞踊団団員が厄払い(サルプリ舞?)を踊っている。

ニューシス 2012.11.28

위안부 문제해결 위한 살풀이춤

【서울=뉴시스】박문호 기자 = 28일 오후 서울 종로구 중학동 일본대사관 앞에서 열린 1050차 일본군 위안부 문제 해결을 위한 정기 수요집회에서 김은주 인천시립무용단 단원이 살풀이춤을 추고 있다.