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2016/07/07

東日本大震災に慰安婦が募金というのは美談だったのか (2011)


熊本の地震を利用してまたしても何やら挺対協が美談を作ろうとしている様子だったので、5年前の東日本大震災の時のエントリーをリライトして再掲。



東日本大震災の被害に苦しむ日本の為にハルモニたちが立ち上がった。「罪が憎いのであって、人が憎いわけではない」と慰安婦たち。統一ニュースのコラムでは、挺対協のユン代表が「被害者たちの広く大きな心を日本政府が少しでも見習って、過去の歴史の責務を早急に」清算することを望むと綺麗にまとめていた。

韓国CBSニュースは以下のように伝えた。

挺対協は日本の大地震で大きな被害にあった日本人たちを助けようというハルモニたちの提案により来月26日まで6週間募金運動を行うことになり、韓日両国民に大きな衝撃を与えている(정대협은 일본 대지진으로 큰 피해를 당한 일본인들을 돕자는 할머니들의 제안에 따라 다음달 26일까지 6주간 모금운동에 나서기로 해 한일 양국 국민들에게 큰 울림을 주고 있다.) 」。

しかし同時にユンは、ハルモニたちが普段「日本なんて水に沈んじゃえばいい」「地震でも起きちゃえ」などと毒づいていたことも明かしている。実は、こうした日本に対する不信感を慰安婦たちに植え付けているのもユンら運動家である。ユンは先週の水曜デモでも陣頭に立った(写真左上 2011)。地震のニュースを見てハルモニたちが日本への援助を提案したのではなく、未曾有の災厄に見舞われた日本を見て、
「あっ・・・これから歴史問題清算の活動はどうやっていけばいいんだろう。・・・どうやって・・・日本政府に向けて過去の過ちを問い詰め、賠償までしろと闘えばいいのだろうか」
と焦ったユンが、運動継続の為の言い訳に窮余の一策として募金パフォーマンスを思いついたというのが真相ではないのか。ユンのコラムを訳した日本の市民団体は、ハルモニたちから「人間として最も大切なこと」を学んだと言うが、ハルモニに日本の悪口を言わせているのも、募金活動のような美談を演出しているのも背後にいる支援者たちだろう。


【コラム】日本の地震被害、「ひと」を中心において考えてみよう

2011年3月24日

ユン・ミヒャン 韓国挺身隊問題対策協議会常任代表

「罪が憎いのであって、人間が憎いわけではないじゃないですか」

教会での説教のタイトルで出てきそうなこの言葉は、日本軍「慰安婦」被害者である吉元玉(キル・ウォノク)ハルモニが、今年3月16日に日本軍「慰安婦」問題の解決に向けた第961回水曜デモで記者団に向けて述べたものだ。

日本軍「慰安婦」被害者たちと韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)は、この日の水曜デモを震災による被災者たちへの追悼の意を込めてサイレントデモで進めた。その集会を取材していた約50人の記者のうちの一人が、ハルモニに質問をした。

「ハルモニ、日本が憎くないですか?」

ハルモニは、「罪が憎いのであって、人間が憎いわけではないじゃないですか」と答えた。

ハルモニのこの答えは、日本が自然災害に襲われてたくさんの尊い命が手の施しようがないまま亡くなり、行方不明になり、また被害を受けている現状をおいて、韓国のある大手の教会の牧師が「日本の地震は神様の警告」と話したという発言とは対照的で、多くの人々の心に穏やかな感動を与えた。

戦争の中で「獣のような扱い」を受けるどん底の状況下、日本軍の「性奴隷」という恐ろしくつらい経験をした被害者。その戦争が終わって65年が経つ今も、何ひとつ解決しておらず、街頭に立って「謝罪せよ!」「賠償せよ!」と求める闘いを続けている彼女である。そんな彼女に、彼女の考え方の中心には、「ひと」、「人に対する愛情」があったのである。

3月11日、日本の東北地方に大きな災害が押し寄せてきた。地震と津波はあっというまに日本の東北地方の町を焦土化し、その地域に住んでいた日本の市民はもちろん在日や外国人の命がさらわれた。生き残った人々の被害もとてつもなく、生活の基盤を全て壊してしまった。どうしてあんなことが起きてしまったのだろう。すぐ隣の国で。目の前に流れるニュースの画面が偽りの映画のように思えた。

しかし、そうしてしばらくニュース画面に気を取られていた次の瞬間、恐ろしいことに、筆者の頭の中をよぎった考えは被災地にいる人々への心配ではなかった。「あっ……これから歴史問題清算の活動はどうやっていけばいいんだろう。災害で国全体がそれどころじゃないというのに。どうやって国会議員たちを説得し、日本政府に向けて過去の過ちを問い詰め、おまけに賠償までしろと闘えばいいのだろうか」という心配だった。

過去の清算に向けた活動も、平和統一の活動も、人権活動も、結局はその中心に「ひと」を据えたものでなければならない。なのに、ひとよりも「仕事」が中心になってしまっていたのだ。こんな筆者にとって、吉ハルモニの至って普通なその言葉は、全ての混乱が片付くに充分なものだった。

韓国のインターネット・ポータルサイトに入ってみると、今まさに日本の災害について二つに分かれて討論が行われている。犠牲者のためにお金を集めようという側と、募金には反対するという側がお互い熱心に意見を述べ、署名を行っている。この討論の中心には「日本」がいる。過去に犯罪を犯した日本、そして過去の歴史を歪め、美化している日本、関東大震災のときには朝鮮人を虐殺していた戦犯国である日本、女性たちを日本軍の性奴隷にさせ、人権を蹂躙した日本がいる。これらは、私たちが絶対忘れてはならない日本である。

その一方、地震の被害から助けようという人々の討論の中にも、「日本」はいる。「日本へ希望を!」「日本へ慰めと愛を!」 隣の国、日本があんな被害に見舞われたのだから、その日本に元気と希望を伝えようということである。

ここで筆者は、今日本の災害を見て、日本の被害を助けようという側もそれに反対している側もみんな、日本ではなく吉ハルモニが関心をよせている「ひと」を中心において考えてみようと言いたい。

軍国主義の日本、戦争犯罪国の日本、経済大国の日本ではなく、今まさに被害に見舞われている「人々」のことを考えてみよう。この人々の中には在日朝鮮人も、在日韓国人もいて、外国人労働者がいて、また日ごろ私たちと一緒に一所懸命平和と人権のために力を合わせて活動してきた市民活動家の方々がいる。またその「人々」の中には、植民地時代に日本に自分で渡ってきたか連れて来られ、故郷に帰ることができずに日本に生活の基盤をおいて生きている日本軍「慰安婦」の被害者もおり、徴用や徴兵被害者の方々もいる。そしてそのどちらでもないけど家族の幸せのために、普通に仕事をこなし、普通に暮らしている日本の人々がいる。

その人々の中で恐ろしい数が今まで犠牲になり、生きていても「死んだも同じ」というべき暮らしに直面しているのである。

ハルモニたちはしばしば、「本当にもう、日本なんて水に沈んじゃえばいいのに」「地震でも起きちゃえ」みたいなことを口にしていた。これまで日本の右翼が妄言を口にしたときや、歴史の歪曲が伝われるたび、被害者たちとしては他にその怒りを発する道がほかになかったのだ。このような発言は、ハルモニたちが怒りを表す方法だったのである。

19年間、毎週の水曜日に水曜デモを行ってきたが、日本大使館の門はいつも固く閉じられていた。何十回も日本政府に宛てた手紙や要請書を送ってきたが、ただの一回も答えを返してこなかった日本政府を見て、沸いてくる絶望感の表現でもあったのだ。

そんなハルモニたちの口から、心から、今「水曜デモを追悼デモにしよう」とか「犠牲者たちのために私たちも募金をしよう」という提案が出ている。恐らく誰よりも、今日本で被害を受けている日本の方々や在日同胞・外国人を含めた「ひと」が面している痛みの深さと大きさを、被害者たちはよく知っているからだろう。

それでは、これから日本に向けた正しい過去の歴史清算のための活動はどうやっていけばいいのだろうか。「早急な復旧!早急な謝罪!」 これが、同じく第961回水曜デモのことを報道したある日刊紙に載せられた吉ハルモニのインタビュー内容である。

特に今年は日本の中学教科書の採択が行われる年である。今教科書の検定を実施している文部科学省が3月末に検定の結果を公表し、8月のうちに全国約 500ヶ所の地区において来年度から使われる教科書を決めることになる。既に予想されている通り、これらの教科書の中には侵略戦争や不法的な植民地の歴史を正当化し美化する内容や、独島(日本名では竹島)の領有権を主張する内容が含まれている。日本軍「慰安婦」制度に関する記述は既に大分以前から削除されている。

歴史に関する誤った教育と記憶は、またしも過去の過ちを繰り返さざるをえない現在と未来を改めて生み出すことだろう。そうなるとまた人の命が犠牲になり、人権が無残に踏みにじられる歴史が繰り返される。つまり、日本政府の歴史に対する責任、犯罪に対する法的責任は、どんな出来事でもお蔵入りされたり、後回しにされたり、棚上げにされてはならないものである。

日本の大震災による被害を早急に復旧できるようにサポートすると同時に、日本が過去の戦争犯罪について明確に責任をとることができるよう積極的な活動は一刻も立ち止まってはならない。

一日でも早く日本が大震災という惨事から回復し、震災による犠牲者たちへ「ひと」を中心においた温情を傾けた被害者たちの広く大きな心を日本政府が少しでも見習って、過去の歴史の責務を早急に清算することができることを願う。

2016/05/28

挺対協、基地村問題団体を表彰(反政府色濃厚に?)


慰安婦の発案による「蝶々平和賞」。・・・本当に慰安婦の発案なのか怪しいものだが、この度「誰も関心を持たなかった問題」を社会に認知させたとして、基地村売春婦問題に取り組む団体がこの賞を受賞した。選んだのは挺対協だろうが、なぜ今基地村問題なのか?12.28合意で韓国政府と決別した挺対協が、反政府活動に舵を切ったのかもしれない。授賞式ではユン・ミヒャンが、基地村を植民地と呼ぶなど「朴正煕軍事政権」をdisっていたようである

洋公主と比較した事を詫びるイ・ヨンフン(2004)

基地村女性といえば、10年ほど前、イ・ヨンフン教授がナヌムの家の慰安婦たちに、東豆川で体を売る女と自分たちを比較したなどとして40分も吊し上げられたことがあった。元朝日新聞記者の前川惠司が、挺対協が団体名を挺身隊のままにしているのは米軍慰安婦(基地村売春婦)との混同を避けてのことではないかと推測していたように、彼女たちは米軍慰安婦と日本軍慰安婦の間に一線を引いていた。

今回受賞した運動家たちは、挺対協から、この次アメリカの国務省に押し掛ける時は忘れずにこの問題をアメリカ政府に伝えるという約束を取りつけられるか試してみればいい。挺対協がどこまで本気なのか分かるだろう。

慰安婦被害者が作った「蝶々平和賞」、初の受賞者、基地の村活動家

日本軍慰安婦被害者の意思で作られた「蝶々平和賞」の最初の受賞者に駐韓米軍基地村女性のための活動家が選ばれた。

韓国挺身隊問題対策協議会(挺身隊対策協)はキム・ボクトンお婆さんの寄付で作られた蝶々平和賞の初の受賞者に두레방(トゥレバン), 새움터, 햇살사회복지회などの三団体を「第1回キム・ボクトン蝶々平和賞」共同受賞者に選んだと19日明らかにした。

授賞式は18日午後ソウルの堅志洞のレストランで開かれた。 これらの団体には盾(?)と賞金200万ウォンが贈られた。 これらの団体は基地村の問題を(社会に)知らせ被害者の人権の保護に乗り出した団体だ。

挺対協は、三団体が誰も関心を持たなかった基地村売春の問題を社会問題として広め被害女性の人権回復のために積極的に活動した(?)と授賞理由を明らかにした。

蝶々平和賞はキム・ボクトンお婆さんが2015年6月24日の第1184回水曜デモで寄付した5千万ウォンなどの蝶々基金で授賞する。

キム・ハルモニは当時「日本政府が法的賠償をすれば、そのお金を全て後援しようとしたが今の状況を見るのと(?)賠償受けるには、時間があまりにもかかりそうだ」として「紛争地の子供たちが勉強できるように活動したり、戦時性暴力の被害者のために仕事をする人々に使って欲しい」と頼んだ。(聯合)

zum 2016.5.19[2]

위안부 피해자가 만든 '나비평화상' 첫 수상자 기지촌활동가들

권영전 기자 = 일본군 위안부 피해자들의 뜻으로 만든 '나비평화상'의 첫 수상자로 주한미군 기지촌 여성들을 위한 활동가들이 선정됐다.

한국정신대문제대책협의회(정대협)는 김복동 할머니의 기부금으로 만든 나비평화상 첫 수상자로 두레방, 새움터, 햇살사회복지회 등 세 단체를 '제1회 김복동나비평화상' 공동수상자로 선정했다고 19일 밝혔다.

시상식은 18일 오후 서울 견지동의 한 음식점에서 열렸다. 이들 단체에는 상패와 상금 200만원이 전달됐다. 이들은 기지촌 문제를 알리고 피해자 인권보호에 나섰던 단체들이다.

정대협은 이들 세 단체가 아무도 관심을 두지 않던 기지촌 성매매 문제를 사회적 의제로 확산하고 피해여성의 인권회복을 위해 적극적으로 나섰다며 시상 이유를 밝혔다.

나비평화상은 김복동 할머니가 2015년 6월24일 1천184차 수요시위에서 기부한 5천만원 등 나비기금으로 시상한다.

김 할머니는 당시 "일본 정부가 법적 배상 하면 그 돈을 모두 후원하려 했는데 현 상황을 보니 배상받으려면 시간이 너무나 많이 걸릴 것 같다"며 "분쟁지역 아이들이 공부할 수 있도록 활동하거나 전시성 폭력 피해자들을 위해 일하는 사람들에게 써달라"고 당부했다.

2015/06/30

キム・ボクトン蝶基金に550万円寄付

「平和と人権を叫ぶ活動」?

やや鮮度落ちだが、キム・ボクトンが550万円を蝶基金に寄付したというニュース。蝶基金(butterfly fund ナビ基金とも言う)についての説明は省くが、この20年間でこの人たちはかなりの財産を貯めたものと思われる(口に出して言わないが、皆分っている)。これは慰安婦がナショナルヒーローとなった韓国特有の現象だろう。フィリピン人慰安婦は相変わらず質素な格好でデモをしている

名誉だって。キム・ボクトンが国境なき記者団によって「自由のために戦う英雄100人」に選ばれたというニュースは紹介済みだが、今日も、彼女がソウル市女性賞なる賞を受賞したというニュースが(どういう賞かは知らないが)。金も名誉も手に入れた彼女たちは、余生をジャパンバッシングに捧げる。ある意味、気の毒な人たちである。

慰安婦被害キム・ボクトンお婆さん、生涯集めた5000万ウォン寄付

日本軍慰安婦被害者キム・ボクトン(89)ハルモニが戦時性暴行被害者のために使って欲しいと全財産5,000万ウォンを喜んで寄付した。

キムおばあさんは24日ソウル、鍾路区の日本大使館の前で開かれた第1184回日本軍慰安婦問題解決のための定期水曜集会で蝶基金後援支援金伝達式を執り行ない(?)5,000万ウォン(550万円)を寄付した。 蝶基金は2012年3月8日の世界女性の日に戦時性暴行被害女性を助けるために出来た基金。 満14才で慰安婦として中国、広東などに行き、そこで言いなりになって苦痛を味わったハルモニは、1992年政府に被害者として登録した後、ウィーン世界人権大会などに参加し平和と人権を叫ぶ活動を受け継いできた。 最近では国際言論団体が選定した「自由のために戦う英雄100人」に世界の著名人たちと並んで紹介された。

韓国日報 2015.06.24[2]

위안부 피해 김복동 할머니, 평생 모은 5000만원 기부

일본군 위안부 피해자 김복동(89) 할머니가 전시 성폭력 피해자들을 위해 써 달라며 전재산 5,000만원을 쾌척했다.

김 할머니는 24일 서울 종로구 일본대사관 앞에서 열린 제1,184차 일본군 위안부 문제해결을 위한 정기 수요집회에서 나비기금 후원금 전달식을 갖고 5,000만원을 기부했다. 나비기금은 2012년 3월 8일 세계여성의 날을 맞아 전시 성폭력 피해여성들을 돕기 위해 마련한 기금이다. 만 14세에 위안부로 가서 중국 광둥 등지로 끌려 다니며 고통을 겪은 할머니는 1992년 정부에 피해자 등록을 한 후 비엔나세계인권대회 등에 참석해 평화와 인권을 외치는 활동을 이어왔다. 최근에는 국제언론단체가 선정한 ‘자유를 위해 싸우는 영웅 100인’에 세계 저명 인사들과 나란히 소개되기도 했다.