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2014/10/05

オランダ外相、河野談話見直しを牽制(朝日)


オランダ外相が自分から言い出したのか。日本人記者の誰かがわざわざこの問題を持ち出したのか。だとしたらあまりいい感じはしない。よく読むと、外相発言は現インドネシアでの事件を念頭に置いたものだったらしい。「河野談話について、見直しを求める日本国内での動きを牽制した(朝日)」と言うが、見直し論には、撤回だけではなく河野談話の明確化(橋下大阪市長)もある。梅原季哉記者には、その点を外相に質問してもらいたかった。

外相は「両国が高官級で接触する際には、(この問題は)常に提起される」と釘を刺しているが、インドネシアとの関係でも、オランダ軍による住民虐殺について毎回提起される覚悟はあるのだろうか?少なくとも、韓国を除けばアジア諸国は日本に対しこんな事は言わないし、日本も他国にこのような事は言わない。外相は、江戸時代オランダ人が幕府から「慰安婦」の提供を受けていたことを知っているのだろうか?

オランダ外相「河野談話の継承、日本の意向支持する」

 オランダのティマーマンス外相は3日、第2次世界大戦中に日本軍が占領した旧オランダ領東インド(現インドネシア)での慰安婦問題は、「強制売春そのものであることには何の疑いもない、というのが我々の立場だ」と発言し、慰安婦問題を巡る謝罪と反省を表明した河野談話について、見直しを求める日本国内での動きを牽制(けんせい)した。

 ハーグの同国外務省で、日本メディアを対象にした記者会見で発言した。

 ティマーマンス氏は、「河野談話は、この問題に関する両国間の対話の良い前提となってきた。我々は、日本政府が河野談話を継承する意向であることを完全に支持する」と表明。

 1994年1月に、オランダ政府が公文書館で調査した結果をふまえて当時の外相が出した強制性についての報告書を根拠に「自発的な売春行為などではない」と断言した。「実際に経験したオランダ国民やその子孫にとっては、今なお痛みを伴うことであり、両国が高官級で接触する際には、常に提起されるということを理解してもらいたい」とも語り、終わった過去の歴史ではないことを強調した。

 ティマーマンス外相は、この夏ウクライナ東部でマレーシア機撃墜事件が起きた後、対ロシア非難の国際世論形成など、多国間外交の手腕で注目を浴びた。欧州連合(EU)で11月に発足する次の欧州委員会(内閣に相当)で、新設の第一副委員長ポストに就くことが決まっている。記者会見は、ウィレム・アレキサンダー国王が今月末に国賓として訪日する機会を前に、オランダ外務省が招いた日本の活字メディアを対象として開かれた。

朝日 2014.10.4

2014/08/12

オランダ「飾り窓」の女と人身売買



戦前の日本には公娼制度があった。慰安婦はその戦地版である。オランダは、現在も公娼制度を採用している。日本軍は、女性たちが不当な扱いを受けないよう気を配ったが、問題は皆無ではなかった。オランダ政府も売春婦の安全に神経を使っているが、人身売買は後を絶たない。オランダが公娼制度を採用したのは売春婦の安全の為であり、日本軍が慰安婦を伴ったのも女性の安全の為であった。

それでも、トラブルがあれば政府が責めを負うことになる。しかし、個人の犯罪まで政府が法的責任を負わなければならないのかといえば、それは違うだろう。

アムステルダムの赤線地帯

見慣れた「飾り窓」の光景

と、ふいに・・・

「飾り窓」の女たちが

踊り出す

通行人も足を止め・・

人垣が出来る

踊りが終わり

やんやの喝采。と、頭上に

現れたメッセージ

毎年、何千という女性がダンサーになれると騙され

悲劇にも、ここに連れて来られる

・・・

無言で看板を見上げる人々

人身売買を止めよう
人間は売買の対象ではない

2013/08/17

オランダ人元慰安婦の体験集出版


慰安婦:オランダ人元慰安婦8人の体験集を出版

1940年代の太平洋戦争当時、インドネシアで日本軍の慰安婦として連行されたオランダ人女性8人の経験をつづった手記集『Geknakte Bloem(折られた花)』=写真=が、最近オランダで出版された。主婦のマルガリータ・ハマー・モノ・ド・フロワドビーユさん(72)が、オランダの元慰安婦にインタビューして執筆した本だ。本書の表紙には「8人の女性が日本軍による強制売春について語る」というサブタイトルが付いている。

マルガリータさんは1941年、当時オランダの植民地だったインドネシアの港湾都市スラバヤで生まれた。翌42年、日本軍がインドネシアを占領し、マルガリータさんも家族と共に強制収容所に連行された。当時、オランダ人約9万人が強制収容所に送られ、一部の女性は慰安婦として連行された。

戦争が終わり、オランダに戻って平凡な主婦として暮らしていたマルガリータさんは、慰安婦に対し十分な補償や心のこもった謝罪をしない日本に対して怒りを覚えた。94年、対日道義的債務基金(JES)に加入して慰安婦関連の仕事へ本格的に身を投じ、今回本書を出版した。本書は、今年9月に日本でも翻訳出版される予定だ。

2012/10/06

韓国 慰安婦問題で北と共闘へ



[写真]パク・ビョンソク副議長「慰安婦問題、北と共同対応しよう」

民主統合党のパク・ビョンソク国会副議長が5日午前ソウル、世宗路の外交部で開かれた国政監査で韓・米ミサイル指針改正交渉と関連し、「射程距離をもっと伸ばさなければならない」と話し、慰安婦問題と関連して「北と共同対応しよう」と話した。

Money Today 2012.10.5

[사진]박병석 부의장 "위안부 문제, 북과 공동대응하자"

민주통합당 박병석 국회부의장이 5일 오전 서울 세종로 외교부에서 열린 국정감사에서 한·미 미사일지침 개정 협상과 관련해 "사거리를 더 늘려야 한다"고 말하고, 위안부 문제와 관련해 "북과 공동대응하자"고 말했다. 2012.10.5/뉴스1


そして韓国の外務大臣(外交通商相)も・・・。仕掛け人は挺対協と産経の加藤記者は見ている。韓国政府も挺対協の北とのパイプを利用したい?

こうやって韓国政府は少しずつ挺対協に侵食されて来たのだろう。

「慰安婦」…北と共同対処へ努力 韓国外交通商相

【ソウル=加藤達也】韓国の金星煥(キムソンファン)外交通商相は5日、朝鮮半島での日本統治時代の「慰安婦」問題について、日本への謝罪要求などをめぐり北朝鮮と共同で対処する努力をしていくとの考えを明らかにした。国会の国政監査で野党議員の発言に答えた。

金外交通商相は、野党議員からの「(慰安婦問題で)北朝鮮と共同で対応しなければならない」との提案に対し「(北朝鮮と)一緒に(対処)できればよいと考えている」と述べ「そのように努力する」と答弁した。また「アジアの国だけでなく、オランダとも協力する準備をしている」と語った。

日本政府は、太平洋戦争中にオランダ人女性がインドネシアで「慰安婦」にさせられたことを認めており、79人にアジア女性基金による支援をしている。

慰安婦問題をめぐっては元「慰安婦」を支援する韓国の反日団体「韓国挺身(ていしん)隊問題対策協議会(挺対協)」が、日本政府に対する法的責任の認定と賠償を強硬に要求。挺対協はさらに韓国政府にも同様の基準での問題処理を迫り、政界やメディアをあおってきた

最近は、韓国外交通商省自体が挺対協の方針を丸のみする形で、日本側に挺対協と全く同様の要求を突きつけている。

挺対協は、韓国治安機関が朝鮮労働党の工作機関である統一戦線部の偽装部署とみている北朝鮮側の団体「朝鮮日本軍性的奴隷および強制連行被害者補償対策委員会(朝対委)」とも連携している。今年8月15日には、挺対協がソウルの日本大使館前で開いた集会で、両団体名による共同声明を発表。日本政府に公式謝罪と賠償を要求するなどし、南北交流協力に関する法律に違反したとして、韓国統一省から50万ウォンの過料処分を受けている。

北朝鮮は韓国の李明博政権との交渉拒否の姿勢を続けており、南北関係は行き詰まっている。金外交通商相による今回の“南北共同対処発言”への北朝鮮側の当面の対応は不透明だ。共同対処方針については韓国の治安機関内でも「韓国側が北朝鮮との対話窓口作りのきっかけとしたいのではないか」との指摘もある。

韓国の聯合ニュースによると、北朝鮮には168人の元「慰安婦」が生存しているという。

産経 2012.10.5

韓国 慰安婦→外相、北と「共闘」示唆 竹島→欧米メディア取材便宜

【ソウル=辻渕智之】韓国の金星煥(キムソンファン)外交通商相は五日、旧日本軍の従軍慰安婦問題について、北朝鮮と共同で対応する可能性に触れ「一緒にできればよいと考えている。努力したい」と述べた。国会議員の質問に答えた。日韓の懸案に対し韓国政府は北朝鮮との“共闘”まで持ち出すなど強硬姿勢を一層強めている。

ただ、金外通相は、北朝鮮側とどう協力するのか、具体案は示さなかった。韓国の野党議員によると、北朝鮮内にも約百七十人の元慰安婦が生存しているとされるが、実態は分かっていない。

日本政府は一九六五年の日韓請求権協定の締結によって、元慰安婦への補償は解決済みとの立場だ。韓国政府は、二国間の問題を超えた「女性への人権侵害」と国際社会に訴え日本側の譲歩を引き出す狙いといえる。韓国紙によると、米ニューヨークの繁華街タイムズスクエアに三日、慰安婦問題で日本政府に謝罪を促す英語の巨大広告(縦・横十五メートル)が設置された。韓国の有名歌手らが費用を出し年末まで三カ月近く設置される予定という。

また、韓国では慰安婦問題が解決しないことに反発した李明博(イミョンバク)大統領が、実効支配する竹島(韓国名・独島(トクト))に上陸して以来、領有権問題も過熱気味だ。

韓国政府は四日、欧米メディアの要請を受け、七社の記者ら十二人を竹島に上陸させる便宜を図った。取材は日帰りで、移動には警察庁提供のヘリコプターを利用させた。

米CNNテレビは「歴史的に日本よりも正当(な領有権がある)と知らせたい韓国政府の案内で上陸した」と放送。また、英BBCテレビは「この島は日韓間の歴史に残る未解決問題を象徴する」と中継した。

両テレビとも「歴史」という言葉を使用。「純粋な領土問題」と強調する日本に対し、植民地支配に絡む歴史的な問題と主張する韓国の立場を“代弁”する形になった。

日本外務省は「わが国の領土である竹島に勝手に取材の便宜を図ったことは遺憾だ」と韓国側に強く抗議。各メディアには「韓国の出入国手続きに従った竹島入域は、韓国側の管轄権に属するとの誤解を与えかねない」と、慎重な報道を求めた。

東京 2012.10.6

2012/01/16

インドネシアで慰安婦展




Jan Banningはオランダ生まれの写真家。両親はオランダ領インドネシアの出身らしい。その縁もあってか、インドネシアの慰安婦をテーマにした写真集も出している。西洋人の例に洩れず、慰安婦についての理解は浅い。それは仕方のない事かもしれない。駐日オランダ大使をしてこのレベルなのだから。この度彼は、インドネシアで写真展を開いた(たぶん始めてではないと思った)。展示会場の入り口には「従軍慰安婦」という日本語を用いている ソース


2011/09/16

駐日オランダ大使が日本人に説いた慰安婦問題


漢字に詳しいというヘーア大使だが、日本語の資料は読めないようだ
(写真は本文と無関係)

昨年、オランダの駐日大使フィリップ・ドゥ・ヘーアの講演を聴く機会があった。その時の事をまとめる積りで、いつの間にかメモを無くしてしまった。そこで記憶を頼りに書くわけだが、幸いネットにはその講演の概要が紹介されているから、それらを利用して記憶の復元を試みてみる。しかしながら、ネット上にこの時の感想を上げている人の多くは、自分とかなりスタンスが異なり、大使の講演を批判的に見ていた人は少ないようである。もっとも、それゆえ両方の感想を比較して貰えばそれなりに有意義なのではないかとも思うわけである。この講演は「日本キリスト教会日本軍『慰安婦』問題と取り組む会」が主催者となり新宿区のある教会で行われた。

ヘーア大使の祖父は戦前に来日し、太平洋戦争に巻き込まれた。叔父は炭鉱に送られ、祖父は憲兵隊の通訳として働いた。この事でヘーア大使の祖母は終生祖父を恨んでいたという。彼はたぶん2007年にアメリカで始まった慰安婦非難決議採択運動をきっかけに慰安婦問題を知ったのではないかと思われる(草の根レベルの採択運動はもっと前から)。よく知られているように、戦時中インドネシアでは「白馬事件」と呼ばれる事件が発生し、オランダ人抑留者の女性の一部が本人の意思に反して慰安婦にされてしまった。アメリカの下院に証言者として招かれた一人がオランダ人女性であったことから、オランダでもこの問題に注目が集まった。

白馬事件についてはここでは詳しく述べないが、しばしば強制連行の証拠として日本の「良心派」が持ち出すので聞いた事がある人も多いはずである。「強制的」に「連行」したから「強制連行」・・・ではないのであるが、それはともかく、ヘーア大使はその時の資料を読み込んでいることもあり、慰安所システムを、女性を憎むという発想がなければ思いつかない制度であるというような事を言っていた。

個人的な印象であるが、最初はヘーア大使も遠慮がちだったと思う。日本人の聴衆を前にして日本を批判するのだから当然だろう。彼は物腰柔らかく思慮深い人物だった。奥さんも感じのいい人だった。マイク・ホンダのような軽薄なタイプの人間ではないのは確かだ。しかし、この問題に詳しいとはいえない。「過去から目を背けてはいけない」といった類の、失礼だがありきたりな説教文句も少なくなかった。


最初に韓国の「兄弟姉妹」のために祈りが捧げられた


ところが、質疑応答の時間になっても彼の話に異論を挟む者はなく、我が国がオランダ人に対して行った非道な行為について謝罪したいと立ち上がる聴衆の姿に勇気づけられたか、最後の方になると彼の日本に対する批判も大胆になっていった。

原爆は確かに悲劇だったが歴史の一部として見なければならないとも言っていた。ようは、「日本が戦争を始めたから、原爆の投下を招いたのだ」と言いたかったのだろう。しかし、その理屈を延長すれば、オランダ人が日本軍に抑留されたのは、オランダ人がインドネシアを支配(侵略)していたからだという事にもならないか?それで、オランダ人は納得できるのだろうか?

公平の為に言っておくと、ヘーア大使はオランダの植民地支配を正当化していない。大使は、オランダ人の中には植民地支配がインドネシアの発展に貢献したという人もいるが、それはインドネシア人が望んだことではない、と言う。アメリカに黒人奴隷を運んだのもオランダの船であり、ユダヤ人を絶滅キャンプに運んだのもオランダの鉄道だったかオランダ国内を通過した(記憶が曖昧)のだから、オランダにもこれらの歴史について責任があるというような事も言っていた。

もっとも、大使が挙げた例は間接的なオランダの「罪」ばかりである。例えば、オランダは北アメリカ大陸にも植民地(都市)を持っていたが、そこで原住民の虐殺事件を起こしているし、インドネシアでも同様の事件を起こしている。そういった直接的な加害行為には、意図的ではないだろうが触れなかったようである。たぶん、それらの事件は(白馬事件も同じなのだが)一部の人間の犯罪であって、アメリカの奴隷制度やドイツのホロコーストのように国家の方針として行われたわけではないから、彼の中では区別されているのだろう。つまり、彼の頭の中では慰安婦の「強制動員」とその虐待は日本の国策として、アメリカの奴隷制度などと同列に置かれているのだと自分には思われた(一部の学者や運動家たちが、国際社会にそのように印象づけた)。

ヘーアが慰安婦問題について偏った知識しか持ちあわせていないらしい事は、質疑応答の時間でも明らかになった。質疑応答に入り、自分の後方に座っていた男性が発言の機会を求めた。彼は埼玉平和資料館が「従軍慰安婦」の表記を「慰安婦」に変更したことをどう思うかと、大使に質問した。男性は長々と何やら解説していたが、大使の答えは「日本人の中には日本政府(軍?)が関与したことを認めようとしない人達がいる」というまるっきりトンチンカンなものであった。大使は真剣な顔でそう述べたのである(平和資料館の問題については以前のエントリー参照)。

余談だが、面白かったのは、講演が終わった後、質問した男性が他の参加者から抗議されていたことだ。「従軍」という言葉は自ら進んで慰安婦になったことを意味する(詳しくは前記のエントリーを)と詰め寄られてしどろもどろになっている男性の傍らを通って、自分は会場を出た。

肝心のヘーア大使はこんな裏事情など知る由もなく、オランダ大使館へ日本人から抗議の手紙が送られて来たという話も披露した(加瀬英明か誰かからの手紙だったらしいが、名前は失念)。彼に言わせると、インターネットで調べれば簡単に見破れるような嘘(?)が書かれていたという。欧米語しか読めない人間がインターネットで慰安婦問題の何が分かるというのか、と思ってしまうが、けっきょく、駐日大使に誤解させたままにしておく日本の政治家の責任も大きいのである。

東郷は欧米人の誤解を正そうとしていたが、ヘーア大使はまるで理解していなかった


彼はまた、面識のある東郷和彦元駐オランダ大使を、良心的な日本人の例として紹介した。東郷は慰安婦問題についても正しい認識を持っていると。しかし、東郷の著書を読めば分かるが、彼はアメリカの慰安婦決議に反発して、当時アメリカの議員たちの誤解を解こうと奔走していたのである。

・・・安倍総理を「慰安婦に対する強制性の(全面的な)否定者」として排撃する英文メディアの論調は、猛威をふるった。...主要メディアが、総理を「慰安婦の否定者(denier)」として切り捨てるあまりのものすごさに、私は、しばし言葉を失っていた。

東郷和彦 歴史と外交

けっきょくヘーア大使は何も分かっていないのである。善良な人間ではあるが、彼も偏見の持ち主であり、このようなピント外れな説教を聞かされていたにも関わらず、多くの日本人は感激の面持ちで会場を後にしたのであった。半知半解の大使も問題だが、それを指摘しない(出来ない)日本人が一番の問題なのだ。

もっとも大使の親族が戦時中に日本軍の為に苦しんだという話は事実だろうし、その話は大変に重いものだった。

追記: 思い出したが、ヘーア大使は「実は、慰安婦の中には日本人もいた」「しかし日本人(売春婦?)の数が足りなくなると、アジアの女性たちを(ムリヤリ)慰安婦にした」と日本人聴衆にレクチャーしていた。記憶が定かではないが、たぶん大使は日本人慰安婦=プロの売春婦、外国人=強制連行被害者という認識であったと思う。彼の知識はかなり古いソースから仕込んだものらしい。というのも、共闘関係にある日本のフェミニストたちの抗議を受け、韓国の挺対協も最近では「被害者」にプロとアマの区別はないという立場に転じているからである。しかし、この大使の発言に対しても誰も異を唱えることはなかった。

2011/07/19

[英文] オランダで慰安婦写真展



オランダのアーネムという町で開催されている写真展。「従軍慰安婦」という言葉を使っているのが面白い。日本や韓国の市民団体とは独立した動きらしい。関連エントリーとしては
"インドネシアの慰安婦Troostmeisjes【本】"など。「インドネシア」タグで検索してみて下さい。

Indonesia Comfort Women in the Netherlands

These comfort women were victims of Japanese military brutality.
A total of 18 portraits of women Indonesia older victims jugun ianfu(comfort women during the Japanese occupation) exhibited at the Museum of Veterans Bronbeek, City of Arnhem, The Netherlands. These photographs are the result Troostmeisjes project conducted with photographer journalist Hilde Janssen January Banning since 2007.

Through this project, Hilde Janssen wants the world to know that many Indonesian women are forced to serve Japanese soldiers lust. Stories Troostmeisjes Indonesia, also appointed by Hilde Janssen his book ‘Shame Without Sin' and ‘Comfort women's silence in Indonesia on gray Time of War'.
Photo exhibition at the Museum of Veterans Bronbeek This is the third time. Previously, the photos on display in the city of Rotterdam and the capital city of Indonesia, Jakarta.
According to Hilde Janssen, has been in general Dutch citizens only know that Dutch women who became victims of Japanese military brutality. Understand the lessons of history in Dutch schools have just picked up little things related to the colonial period in Indonesia.

A total of 18 portraits of women Indonesia older victims jugun ianfu(comfort women during the Japanese occupation) exhibited at the Museum of Veterans Bronbeek, City of Arnhem, The Netherlands. These photographs are the result Troostmeisjes project conducted with photographer journalist Hilde Janssen January Banning since 2007.

Through this project, Hilde Janssen wants the world to know that many Indonesian women are forced to serve Japanese soldiers lust. Stories Troostmeisjes Indonesia, also appointed by Hilde Janssen his book ‘Shame Without Sin' and ‘Comfort women's silence in Indonesia on gray Time of War'.
Photo exhibition at the Museum of Veterans Bronbeek This is the third time. Previously, the photos on display in the city of Rotterdam and the capital city of Indonesia, Jakarta.
According to Hilde Janssen, has been in general Dutch citizens only know that Dutch women who became victims of Japanese military brutality. Understand the lessons of history in Dutch schools have just picked up little things related to the colonial period in Indonesia.

Photo exhibition at the Museum of Veterans Bronbeek This is the third time. Previously, the photos on display in the city of Rotterdam and the capital city of Indonesia, Jakarta.
According to Hilde Janssen, has been in general Dutch citizens only know that Dutch women who became victims of Japanese military brutality. Understand the lessons of history in Dutch schools have just picked up little things related to the colonial period in Indonesia.


Read more: http://www.articlesbase.com/art-articles/indonesia-comfort-women-in-the-netherlands-5037281.html#ixzz1SY1ef85r
Under Creative Commons License: Attribution No Derivatives

ArticlesBase.com 2011.7.18

2011/07/17

ビデオ:「私たちは美しかったから」 インドネシアの慰安婦


下の「インドネシア」タグをクリックすれば、いくつか関連エントリーが出てくるはず。

Comfort Woman - "Because we were Beautiful" from Jan Banning on Vimeo.


‘Japanese cast-offs’ is what they are still called, the former Indonesian comfort women. During the second World War they were forced to carry out sexual activities in military brothels, encampments or Japanese barracks. In Because We Were Beautiful a number of women tell their story. About the systematic rapes, the humiliations, the fear and how this influenced their lives. A documentary full of shame, sorrow and reluctantly told life stories.

Director: Frank van Osch
Interviews: Hilde Janssen
Photography: Jan Banning

Two books were published about this subject:

Comfort Women/ Troostmeisjes (janbanning.com) (Language: Dutch/English)
Schaamte en onschuld (hildejanssen.nl) (Language: Dutch)

This documentary was made with the support of: Ministerie van VWS, V-Fonds, VSB-fonds, NOS, Prins Bernhard Cultuurfonds, Professor van Winterfonds, Stichting Democratie en Media, Vocas.

More information: vofprodukties.tv
Date: 15-08-2010 魚拓

2010/12/18

中山成彬と安倍首相、オランダを怒らせる (07年)梶村太一郎



三年前の季刊中帰連に掲載された梶村太一郎の文章から、もう少し振り返ってみる。左ばかりではない。右もしばしば国益を害する。しかも困ったことに、その自覚がなかったりする。

ところで、「歴史修正主義者」が大半を占める安倍政権下の国会で、辻元清美衆議院議員が八日に提出した「安倍首相の『慰安婦』問題への認識に関する質問主意書」(下注参照)に対する、安倍内閣総理大臣による政府答弁書が出されたのは一六日のことだ。

彼女が即時それをHPに掲載したところ、AP通信が引用し「この政府公式見解には『政府は発見した資料の中には、軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述も見当たらなかった』とあり、強制売春には証拠がないと主張している」と速報した。


※ 参考までに、辻元の質問主意書とそれに対する答弁書をここに上げておく。






オランダのバルケンエンデ首相は一九日、同国の公共ラジオで「わたしがこの報道を知ったのは、この日の閣議の席です。この報道は確かなもので、急いで外務大臣に日本大使に接触するようその場で要請しました。決して無視できないことですから」と述べている。

一七日のオランダの主要紙は「日本大使を召喚」との一面の記事で「首相は慰安婦に強制的に売春行為をさせたことを否定する日本政府に立腹している。・・・この種の発言について過去数週間に何度か説明を求めているのに明確な回答を得ていないので、日本大使の召喚を決定した。

首相は『日本政府の最近の方向転換の理由がなんであるのかに非常な関心がある。(新たな否定に)不愉快な驚きを覚えている』と述べた」と伝えた(NRCハンデルスブラット紙。村岡崇光氏の翻訳による)。オランダの首相が激怒するには十分な理由があるのだ。


中山成彬

ところで、中山成彬議員を会長とする自民党の国会議連「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」が八日に政府に対して提出した「慰安婦」問題での提言書に、次の言葉がある。

「我々の調査では、民間の業者による本人の意思に反する強制連行はあっても、軍や政府による強制連行という事実はなかった。一件だけ、ジャワ島における『スマラン事件』があったが、これは直ちに処分されており、むしろ軍による強制連行がなかったことを示すものである」

すなわち、彼らですら否定することができない強制連行の証拠がオランダ人「慰安婦」に関してあるのだ。・・・



「強制連行は一件だけあった」、 本当にこんな事を言ったのか?言ったらしい。産経新聞の阿比留記者によると、実際中山はこの通り発言したようだ。

そもそも「強制連行」という言葉は、主に朝鮮半島からの戦時動員に対して用いられた言葉であった。日本人であれば徴用や勤労動員といった言葉をあてられる所を、朝鮮人の場合はこの言葉が使われていたのである。なぜか?金英達は、「恨みをこめて」こういう言い方がされるのだと解説している。

中山は、その経緯を忘れ、スマラン事件を「強制連行」と言ったことで、徴用の話を戦地での不法行為にすり替えた学者や市民運動家の土俵に乗ってしまったのである。彼は関係者が処罰されたから問題ないと言っているが、そういう話ではないのである。そもそも、この処罰は連合軍によるものであった(異説もあるようだが)。

こういう不見識なことを口走るから、以下のような主張を許すことになる。

(スマラン事件を含む調査報告書は)いわゆる「慰安婦」問題とは、事実において「日本軍による直接の強制売春でもあった」ことを証明する動かぬ証拠史料である。・・・オランダ政府が、「日本政府は見解を変えた」と判断して釈明を求めるのは、極めて正当な要求である。




「我々は国益を守るためにやってるんですよ。・・・これは国家的ないじめ・・・反論すべき事は反論していく」と、中山は言う。たしかに、これはイジメである。しかし「愛国者」中山の言動は国益を損ない、結局敵を喜ばせただけだった。