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2015/01/20

慰安婦像製作者来日 美術研究者「像は日本の歴史認識と表現の不自由を暴露」

日韓のヘイトの連鎖を煽った像の製作者
誇らしげ?

日本大使館前の慰安婦像の製作者、キム・ウンソンとキム・ソギョン夫妻が来日。練馬で開催されている「表現の不自由展」では、夫妻の作品の他に慰安婦写真展で物議を醸したアン・セホンの新しい写真も展示中とのこと。

韓国美術研究者の古川美佳は、少女像を日本の歴史認識と表現をめぐる「不自由な状況」を暴露するものと説明しているようだが、パク・ユハ教授が「韓国に好意的だった日本人にも韓国に背を向けさせ、無関心にさせた」と言ったように、タブーというより顰蹙を買ったということではないのか?ところで、最近韓国軍慰安婦の研究者キム・キオック(金貴玉)がネット上から自分の記事が消されていると言っていたが・・・。

日本社会の「タブー」東京で展示

1月18日〜2月1日「表現の不自由展」
政治的な問題で展示拒否された作品
「平和の少女像」のレプリカ彫刻も披露
5カ国60人以上の慰安婦お婆さんの写真も

日本社会でタブーとされる天皇制や慰安婦、憲法9条など、政治的な問題を正面から取り上げたという理由で展示会場から追い出された作品を集めた「表現の不自由展」が東京練馬区の展示会場で18日から開かれた。

展示物の中で最も目立つのは、日本政府が韓国政府を相手に絶えず撤去を要求している、駐韓日本大使館前の「平和の少女像」と同じ作品である。この少女像を作った彫刻家キム・ウンソン氏(50)とキム・ソギョン氏(49)夫婦は日本大使館前の少女像と同じ形の少女像を持ってこの日の開幕イベントに参加した。

そのせいか、この日の会場には日本の右翼の攻撃を懸念する緊張した雰囲気が漂っていた。イベントを準備した実行委員会は、少女像が一般観覧客を装った右翼の攻撃に毀損される可能性を懸念し、観覧客が直接少女像の横に座ってみる体験イベントを開催するかどうかをめぐり激しい議論になった。最終的には作家であるキム氏夫婦の意見を受け入れ、予定通り自由な観覧を可能にすることにした。この少女象の縮小模型は、2012年8月東京都美術館で開かれた「第18回JAALA国際交流展」に出品されたが、美術館側が「(政治的表現物であるため美術館の)運営要綱に抵触する」という理由で一方的に会場から撤去されたことがある。韓国美術の研究者である古川美佳氏は今回の展示会の案内で「主催者の抗議にもかかわらずいつの間にか展示会場から消えた少女像は、日本の歴史認識と表現をめぐる『不自由な状況』を暴露するもの」だと指摘した。

展示場には2012年6月に日本で開こうとしていた中国人慰安婦お婆さんの写真展が釈然としない理由でキャンセルされた写真家アン・セホン氏(42)の新しい作品も出品された。アン氏は昨年4カ月にわたり韓国、中国、東ティモール、フィリピンなど5カ国を回って60人の日本軍慰安婦被害お婆さんたちを訪ね、彼女たちの日常を採録した作品を完成させた。彼は「今年8月に韓国展示は決まったが、慰安婦関連作品であるためか日本ではなかなか展示会場を取るのが難しい」と述べた。展覧会は天皇や慰安婦、改憲、原発など敏感な問題を扱ったという理由で、展示会場から追い出された経験を共有した日本の作家たちの作品を含め2月1日まで行われる。

2013/07/02

慰安婦問題と韓国の社会的制裁 (ある写真家の場合)

イ・スンヨンはハルモニの前に跪いて許しを請う (2004年)

慰安婦ヌード写真集騒動を覚えている人もおられるだろう(注:ヌード写真集と言われるが、実際は官能的な写真が混ざっていたという程度で、あくまでも慰安婦をテーマにした写真集だったらしい。[要確認])。もう十年も前の話である。モデルになった女優イ・スンヨンがハルモニの前で泣いて詫び、関係者が坊主頭になりネガや写真を償却して見せることで落着した。テレビ司会者(?)キム・グラ騒動でも分かるように、韓国では、ハルモニ(日本軍性奴隷)を侮辱したと見なされれば、社会的制裁を受ける。イ・スンヨンもこれで二年ほど活動停止に追い込まれた

この問題は10年前に終わったはずだった・・・

右:糾弾される関係者 (左はイ・ヨンス 2004年)

しかし、今度は十年も経ってからこの話を持ち出され、写真家が職を追われたのである。尋常とは思えないが、韓国ではポリティカル・コレクトネスの一つなのである。日本の表現の自由を批判する写真家アン・セホンは、こういった自国の現実をどう考えているのだろう?表現の自由という事であれば、少なくとも五十歩百歩ではあるはずだが?

橋下発言騒動の時は、こういった空気を国際的、あるいは日本にも広げられると関係者は期待したのだろう。それは半ば成功するかに見えた。しかし、橋下は慰安婦の強制連行(国家の意思による拉致)は、最後まで認めなかった。関係者は散々毒づいて韓国に帰って行った(橋下は、「強制連行の有無にかかわらず、元慰安婦に謝らないといけない」と述べていたにも関わらず)。

ユネスコ写真作家、「慰安婦ヌード写真集」のために辞職

ユネスコ韓国委員会が公式アーティストに任命されたで有名写真作家がかつて波紋を起こしたタレント イ・スンヨンの「慰安婦ヌード写真集」プロジェクトで写真総監督を引き受けた事実が露見し、4ヶ月ぶりに自主的に辞任した。

ユネスコ韓国委員会によれば、この機関は創立60周年を迎えた去る2月に中堅写真作家チ某氏を初めての公式アーティストに任命した。

チ氏は30年以上活動した有名写真家でイ・ミョンバク前大統領のソウル市長時のプロフィール写真やチョ・ヨンピル、イ・ソンヒ、チャン・ドンゴン、キム・ゴンモなど有名芸能人の写真集の写真を撮影した。

チ氏は公式写真アーティストとしてユネスコ韓国委員会の多様な海外事業に参加し、写真を撮影して地域活動家に撮影技法を教育する活動を行う予定だった。

だが、チ氏が2004年議論になったタレント イ・スンヨンの「慰安婦ヌード写真集」プロジェクトで写真総監督を引き受けた事実が少し遅れて知らされ問題が浮上した。

ユネスコ韓国委員会は、内部検討が終わりチ氏の履歴が議論になる可能性があると結論を出し、このような事実を伝えられたチ氏は先月28日退任するという意向を明らかにした。

「慰安婦ヌード写真集」は2004年、あるエンターテインメント社の企画でチ氏が写真総監督を引き受け撮影し、当時国民的な批判世論に巻きこまれて波紋を起こした。

当時主人公イ氏と写真作家チ氏を含んだすべての関係者が撮影原本を焼却して公開謝罪をして事態は一段落した。

アジア経済 2013.7.1

유네스코 사진작가, '위안부 누드 화보' 때문에 사직

[아시아경제 온라인이슈팀] 유네스코 한국위원회가 공식 작가로 위촉한 유명 사진작가가 한때 파문을 일으켰던 탤런트 이승연의 '위안부 누드 화보' 프로젝트에서 사진 총감독을 맡았던 사실이 드러나 4개월만에 자진 사임했다.

유네스코 한국위원회에 따르면 이 기관은 창립 60주년을 맞아 지난 2월 중견 사진작가 지모씨를 첫 공식 작가로 위촉했다.

지씨는 30년여간 활동한 유명 사진작가로 이명박 전 대통령의 서울시장 시절 프로필 사진과 조용필, 이선희, 장동건, 김건모 등 유명 연예인의 화보 사진을 촬영했다.

지씨는 공식 사진작가로서 유네스코 한국위원회의 다양한 해외 사업에 참여해 사진을 찍고 지역활동가들에게 사진 촬영법을 교육하는 활동을 펼칠 예정이었다.

하지만 지씨가 2004년 논란이 됐던 탤런트 이승연의 '위안부 누드 화보' 프로젝트에서 사진 총감독을 맡은 사실이 뒤늦게 알려지면서 문제가 불거졌다.

유네스코 한국위원회는 내부 검토 끝에 지씨의 이력이 논란이 될 수 있다고 결론 내렸고 이런 사실을 전달받은 지씨는 지난달 28일 물러나겠다는 뜻을 밝혔다.

'위안부 누드 화보'는 2004년 한 엔터테인먼트사의 기획으로 지씨가 사진 총감독을 맡아 촬영했으며, 당시 전국민적인 비판 여론에 휩쓸리며 파문을 일으켰다.

당시 주인공 이씨와 사진작가 지씨를 포함한 모든 관계자가 촬영 원본을 소각하고 공개 사과를 하면서 사태는 일단락됐다.

2012/09/08

キム・グラ騒動とアン・セホンの「表現の自由」


キム・グラのことは取り上げるタイミングを逸し続けていたのだが、前々から写真家アン・セホンが検閲されたの表現の自由を尊重しないのと日本に対し苦言を呈しながら(慰安婦問題に絡んだ)自国の表現・言論の自由の問題を棚に上げているのが気になっていたので、この際一度エントリーしておいた方がいいと思った。

国民的アイドルとなった慰安婦を娼婦と結びつけることは、韓国ではタブーになっている。古くは大学教授がアメリカ軍基地村の売春婦の問題も無視すべきでないと言って辞職を迫られた(彼を叩いていた連中が今何をしているかと言うと→「米軍売春問題を取り込む挺対協」)。

キムはテキサス村の娼婦がバスに分乗してデモに向かったことを、慰安婦のデモ以来と発言してバッシングを受けたのである。彼はテレビの番組を降板し、復帰が許されたのは5ヶ月近く経った先月末であった。その間、(イ・ヨンフン教授と同じように)ナヌムの家で膝をついてハルモニに謝罪したり息子の学校にマスコミが押し寄せたり。贖罪の為にいろいろな事をやらされたようである。

父親の騒動で息子の音楽デビューも延期された

アン・セホンの場合叩いていたのは日本のネチズンや保守系の市民団体だったが(住所を晒すなどかなり悪質な事も行われたようである[要確認])、キム・グラの場合はマスコミなど社会を上げて彼を叩いたのである。

贖罪の為ナヌムの家人権コンサートに出席したキム(2012.6.6

「慰安婦卑下発言」キム・グラ暫定引退

10年前にした日本軍隊慰安婦卑下発言で論議に包まれた放送人キム・グラが現在の出演中である7個の放送プログラム下車を宣言して暫定引退した。 キム・グラは16日午後7時30分報道資料を通じて日本軍慰安婦さげすみ発言に対する謝罪の立場を伝えてこのように明らかにした。

キム・グラは「成熟でなくてたくさん不足した時期にインターネット放送を通じて話した内容がほとんど10年余りができていく今もう一度問題になるのを見ながら口外に出てきた話を再び拾ってつめることができないという世の中の真理を新たに悟った」と話した。 引き続き今日この時間から私自身を見て回って自粛する時間を過ごすことに決心した。”として暫定引退の立場を伝えた。

問題になったキム・グラの日本軍慰安婦卑下発言は2002年タンジ日報のインターネットラジオ番組「キム・グラ、ファン・ボンアルの時事対談」で行き来した対話だ。 キム・グラは当時集娼村の女性たちが警察取り締まりに反発、貸切りバスに乗って国家人権委員会を訪ねて行って沈黙デモを行ったのを置いて「売春婦が貸切りバス二台に別れて乗るのは以前に挺身隊(引用注:慰安婦)とかそうだ、久しぶりに見るのではないか?」と話した。

(1)ソウル新聞 2012.4.17

家族と共にお婆さんたちに誠意を尽くす・・・と言えば聞こえはいいが、かつては大学教授、女優、無名のネチズンが慰安婦を侮辱したとして社会的に糾弾され、許しを請う為にこうしてナヌムの家を訪れている。キム・グラの熱心な贖罪活動を美談と捉えるか、社会的生命を断たれようとしている人間の懸命な行動と見るか、人それぞれだろう。

キム・グラ、慰安婦ハルモニにひざまずき謝罪… 「私が無知だった」息子ドンヒョン君、妻とともに3回訪問…

過去の失言で放送暫定引退を宣言した放送人キム・グラが慰安婦おばあさんを直接訪ねひざまずいて謝罪した。

キム・グラは最近3回にかけて京畿道広州に位置する慰安婦おばあさんが集まって住む「ナムヌの家」を訪ねた。

「ナムヌの家」のアン・シングォン所長は11日ノーカットニュースとの通話で「キム・グラ氏が毎週『ナムヌの家』を訪ねハルモニたちと時間を過ごしている。 初めはここに来た事実を明かしたがらながったが、家族と一緒と真心をつくすキム・グラ氏の心が感じられた」と伝えた。

アン所長によれば、キム・グラは先月18日に「ナムヌの家」で初めて連絡を取ってきて、ハルモニを訪ねボランティアしてもかまわないかと尋ねた。 キム・グラがすべての放送で降板(?)を宣言して二日ぶりだ。

アン所長は「4月22日のお昼頃ここを初めて訪れた。 到着しても車を降りずに再度自身が行ってもかまわないかと尋ねた。 ハルモニ(は?)6分程度おられたがその方たちの前でキム・グラはひざまずいて『助けは差し上げられなくてもそのような発言をして申し訳ない』と頭を下げて謝罪した」と伝えた。

謝罪するキム・グラに慰安婦ハルモニは暖かい手助けを差し出した。 ハルモニはこうして訪ねてきてうれしくて、歴史について知らずにこうしたことが起きたことだから、これを機会に歴史に対してよく知って行けばという心を伝えた。

その後にもキム・グラは二度さらに「ナムヌの家」を訪れた。 4月29日息子ドンヒョン君と共に訪問したキム・グラはドンヒョン君に「ナムヌの家」私の(?)位置した日本軍慰安婦歴史館を見学させ、義母が包んだというギョーザを持ってきてハルモニたちと餃子スープを作って食べ共に草を摘む(?)など意義深い時間を過ごした。

また、父母の日を控えた5月6日、妻とドンヒョン君と共にこちらを探したキム・グラはハルモニにカーネーションを付けて上げて、贈り物をした。 特に二度目に「ナムヌの家」を訪ねたドンヒョン君は祖母対するようにハルモニたちと気立てが優しく過ごしたし、キム・グラ家族全員で「ナムヌの家」の保守工事と清掃などを鉄だって長時間留まり帰った。

アン所長は「この日キム・グラ氏が粘り強い助けを望んで『ナムヌの家』後援登録をして行り、今後もずっと訪問してもかまわないのか尋ねた。 私たちの立場では感謝したことなのにキム・グラ氏はやたらと来て気を遣う(?)ことはないかと心配をしたよ。 着実に『ナムヌの家』を探すことにしたし、その間よく分からなかった歴史を知るようになりハルモニに会って感謝しますという言葉も共に伝えた」と明らかにした。

一方、キム・グラは10余年前インターネットラジオ放送で売春女性を慰安婦(挺身隊)に比喩した事実が知らされて荒々しい非難を受けた。 これによってキム・グラは4月16日、芸能界暫定引退を宣言して出演中であるすべてのプログラムを降板し、現在の自粛中だ。

(2)hanlooli.com 2012.5.11

事件は、息子のドンヒョンにとっても文字通り他人ごとではなかった。

父親と一緒にTVに出たことも

キム・グラ息子苦衷、学校に集まる取材陣「もヒドイよ!」

キム・グラの息子ドンヒョン君に対する憂慮の声が高まっている。

最近放送人キム・グラ(42)が10年前従軍慰安婦卑下発言に対する責任を負ってすべての放送で電撃降板して、取材熱がドンヒョン君にまで及んでいる。

このためにキム・グラは去る16日降板を公式宣言し、家族としばらく旅行に出ることもした。 しかし19日中学生であるドンヒョン君が再び登校した19日から取材陣が学校に集まっており、苦衷が並大抵でない。

取材陣は校門の前で待ちかまえ、ドンヒョン君が現れるとすぐに父親の近況を尋ねるかと思えば、ドンヒョン君の友人にドンヒョンの状態を尋ねるなど過剰取材論議に包まれた。

キム・グラも息子に対する心配が大きい。 引退宣言直前にも彼は「(ドンヒョンが)とてもナイーブな時期に事件が起こった」として「息子に過去の話をたくさんしたし、幼い心に恨まない(?)話を幾度もしてきた」と話した。

一方、このような取材熱気に対してネチズンは「現代版連座制ではないのか」 「いくら取材といっても、配慮が必要ではないのか」等批判の声を高めている。

(3)이비ニュース 2012.4.20

キム・グラの復帰が叶ったのは、5ヶ月近くも経ってから。

活動中断していたキム・グラ、tvN「タクシー」で復帰

ことし4月、元従軍慰安婦への問題発言で活動を中断していた韓国タレントのキム・グラが、tvN「現場トークショー タクシー」で活動を再開することがわかった。

tvNは、キム・グラがイ・ヨンジャ&コン・ヒョンジンのバトンを受け継ぎ、来る13日から「タクシー」のMCとして出演することを明かした。

制作陣は「初回放送で活動を中断することになり、休んでいた期間に懐かしく感じていた人々に再び会い、近況や現在の心境を正直に語ってくれるだろう」と伝えた。また、キム・グラとタッグを組む人物が決定していないため、初回放送ではキム・ソンジュが特別MCとして参加するという。

キム・グラは、2002年に進行されたラジオ番組で「娼婦たちが貸し切りバス2台に分かれて乗っているのを見て、過去の従軍慰安婦を見ているようだった」と話した内容がSNSを通じて広がり、物議をかもしていた。

今回、活動復帰を決意したキム・グラは「悩んだ末に、MCとして番組に出演することを決めた」とし、「放送を通して良い姿をお見せすることが、最も良い方法だと思った」と心境を語っている。

「タクシー」制作陣は「番組が、『MCキム・グラ』へと新たに衣替えをしたことで、これにマッチする番組となるよう努力していきたい」と伝えた。

2007年にスタートした「タクシー」は、MCがゲスト乗せたタクシーの中で様々な質問を投げかけ、トークを繰り広げる番組だ。

WoW!Korea 2012.9.3

少し前になるが、キム・グラは(韓国の基準では)決して非常識な歴史観を持った人間ではないと中央日報はフォローしていた(あくまで、黒田記者を「極右」と呼ぶような韓国の基準での話だが)。黒田勝弘とキム・グラの歴史問題を巡るやり取り。「正しい歴史認識」で対抗しようとしたキムだったが、どうやら黒田に論破されてしまったらしい。

慰安婦関連の暴言で非難されたキム・グラが、5年前に極右派日本人と繰り広げた討論の映像が新たに話題を集めている。

キム・グラは2007年にケーブルチャンネルXTMで準備した光復節特集放送にパネラーとして参加した。当時日本側代表として討論に出たのが黒田勝弘氏(当時産経新聞ソウル支局長)。彼は「竹島は日本の領土だ」「韓国は植民支配の恩恵を受けた」と話すなど日本国内の代表的な極右派の1人と評価される人物だ。

当時キム・グラは慰安婦問題に対し、「米国下院議会では決議案を通過させなかったか」と質問し、黒田氏は「ひとつの意見であるだけ。1年に数千件の決議案が採択されるが、その中の1件にすぎない。当時日本社会には職業的にそのような女性(売春)が存在したし違法ではなかった」と答えた。

これに対しキム・グラが「私たちはそのような時代ではなかった」と反論すると、黒田氏は「貧困などの理由で自分が望まないことまでしなければならない状況もあるにはあっただろう。戦争は広い意味の強制性がある」とし、「日本政府は当時謝罪しなかったか」と強い語調で話した。しかしキム・グラは「ならば毎回謝罪するのはいらいらしているのか」と鋭く言い放ち、黒田氏は「慰安婦問題をはじめと過去史はすべてそうだ」と答え討論は一段落した。

その後キム・グラは、「(相手が)父親のような年齢で思った通りに話せなかった。多くの知識で詭弁ばかり並べた」と悔しがった。

この映像が話題を集めているのはキム・グラが2002年にインターネット放送でした話とかみ合わさったためだ。当時キム・グラは性風俗従事者の集団デモを慰安婦に例え物議を呼び、16日に謝罪の意味からすべての番組を降板した。




「私は検閲されている」日本に抗議するアンだが、
自国の言論の自由については一言ないのだろうか?

日本の写真家たちは少々近視眼的になってないか?




※1
‘위안부 비하 발언’ 김구라 잠정 은퇴

10년 전에 했던 일본군위안부 비하 발언으로 논란에 휩싸인 방송인 김구라가 현재 출연 중인 7개 방송 프로그램 하차를 선언하며 잠정 은퇴했다. 김구라는 16일 오후 7시 30분 보도자료를 통해 일본군위안부 폄하 발언에 대한 사과 입장을 전하며 이같이 밝혔다.

김구라는 “성숙하지 못하고 많이 부족했던 시절에 인터넷 방송을 통해서 말했던 내용들이 거의 10여년이 다 돼 가는 지금 다시 한번 문제가 되는 것을 보면서 입 밖에 나온 말을 다시 주워 담을 수 없다는 세상의 진리를 새삼 깨닫게 됐다.”고 말했다. 이어 오늘 이 시간부터 저 자신을 돌아보고 자숙하는 시간을 보내기로 결심했다.”며 잠정 은퇴 입장을 전했다.

문제가 된 김구라의 일본군위안부 비하 발언은 2002년 딴지일보 인터넷 라디오 프로그램 ‘김구라 황봉알의 시사대담’에서 오간 대화다. 김구라는 당시 집창촌 여성들이 경찰 단속에 반발, 전세버스를 타고 국가인권위원회를 찾아가 침묵 시위를 벌인 것을 두고 “창녀들이 전세버스 두 대에 나눠 타는 것은 예전에 정신대라든지 참, 오랜만에 보는 것 아닙니까?”라고 말했다.

※2
김구라, 위안부 할머니에 무릎꿇고 사죄… "제가 무지했다"
아들 동현군, 아내와 함께 3차례 방문… 후원과 봉사 약속
[제휴기사=노컷뉴스 방송연예팀 봉준영 기자] 과거 말실수로 방송 잠정 은퇴를 선언한 방송인 김구라가 위안부 할머니를 직접 찾아 무릎을 꿇고 사죄했다.

김구라는 최근 3차례에 걸쳐 경기도 광주에 위치한 위안부 할머니들이 모여 살고 있는 ‘나눔의 집’을 찾았다.

‘나눔의 집’ 안신권 소장은 11일 노컷뉴스와의 통화에서 “김구라 씨가 매주 ‘나눔의 집’을 찾아 할머니들과 시간을 보내고 있다. 처음에는 이곳에 온 사실을 밝히기 꺼려했지만 가족과 함께 와 진심을 다하는 김구라 씨의 마음이 느껴졌다”고 전했다.

안 소장에 따르면, 김구라는 지난달 18일 ‘나눔의 집’으로 처음 연락을 취해왔고, 할머니들을 찾아뵙고 봉사해도 되겠냐고 물었다. 김구라가 모든 방송에서 하차를 선언한 지 이틀 만이다.

안 소장은 “4월 22일 점심 무렵 이곳을 처음 찾았다. 도착해서도 차 안에서 내리지 못한 채 재차 자신이 가도 되겠냐고 묻더라. 할머니 여섯 분 정도 계셨는데 그분들 앞에서 김구라는 무릎을 꿇고 ‘도움은 못 드릴망정 그런 발언을 해 죄송하다’며 머리 숙여 사죄했다”고 전했다.

사죄하는 김구라에게 위안부 할머니들은 따뜻한 손길을 내밀었다. 할머니들은 이렇게 찾아와줘서 반갑고, 역사에 대해 몰라서 이런 일이 벌어진 것이니 이번 기회에 역사에 대해 잘 알고 갔으면 하는 마음을 전했다.

그 후에도 김구라는 두 차례 더 ‘나눔의 집’을 찾았다. 4월 29일 아들 동현 군과 함께 방문한 김구라는 동현 군에게 ‘나눔의 집’ 내 위치한 일본군 위안부 역사관을 관람시켰고, 장모님이 싸주셨다는 만두를 가지고 와 할머니들과 만둣국을 끓여먹고 함께 풀을 뽑는 등 뜻깊은 시간을 보냈다.

또한 어버이날을 앞둔 5월 6일, 아내와 동현 군과 함께 이곳을 찾은 김구라는 할머니들에게 카네이션을 달아드리고, 선물을 전했다고. 특히 두 번째로 ‘나눔의 집’을 찾은 동현 군은 친할머니 대하듯 할머니들과 살갑게 지냈고, 김구라 가족 모두 ‘나눔의 집’ 보수공사와 청소 등을 도우며 오랜 시간 머물다 돌아갔다.

안 소장은 “이날 김구라 씨가 꾸준한 도움을 원해 ‘나눔의 집’ 후원 가입을 하고 갔으며 앞으로도 계속 방문해도 되는지 물었다. 우리 입장에서는 감사한 일인데도 김구라 씨는 괜히 와서 신경쓰이게 하는 것 아니냐며 걱정을 하더라. 꾸준히 ‘나눔의 집’을 찾기로 했으며 그동안 잘 몰랐던 역사를 알게 되고 할머니를 만나 감사하다는 말도 함께 전했다”고 밝혔다.

한편, 김구라는 10여년 전 인터넷 라디오 방송에서 윤락여성을 위안부(정신대)에 비유했던 사실이 알려지며 거센 비난을 받았다. 이로 인해 김구라는 4월 16일, 연예계 잠정 은퇴를 선언하고 출연 중인 모든 프로그램에 하차했으며 현재 자숙 중이다.

※3
김구라 아들 고충, 학교로 몰려드는 취재진 ‘해도 너무해!’

김구라 아들 동현 군에 대한 우려의 목소리가 높아지고 있다.

최근 방송인 김구라(42)가 10년 전 종군위안부 비하 발언에 대한 책임을 지고 모든 방송에서 전격 하차하자, 취재 열기가 동현 군에게까지 미치고 있는 것.

이 때문에 김구라는 지난 16일 방송하차를 공식 선언하고 가족들과 잠시 여행을 떠나기도 했다. 그러나 19일 중학생인 동현 군이 다시 등교한 19일부터 취재진이 학교로 몰려들고 있어 고충이 이만저만이 아니다.

취재진은 교문 앞에서 기다리다 동현 군이 나타나자 아버지 근황을 묻는가하면, 동현 군의 친구들에게 동현이의 상태를 묻는 등 과잉취재 논란에 휩싸였다.

김구라 역시 아들에 대한 걱정이 크다. 은퇴 선언 직전에도 그는 “(동현이가) 한창 예민한 시기에 일이 터졌다”며 “아들에게 과거 얘기를 많이 해줬고 어린 마음에 원망하지 말을 누누이 해왔다”고 말했다.

한편, 이 같은 취재열기에 대해 네티즌들은 “현대판 연좌제 아닌가” “아무리 취재라고 해도 배려가 있어야 하는 거 아닌가” 등 비판의 목소리를 높이고 있다.[데일리안 연예 = 이선영 넷포터]

2012/07/09

[メモ] 写真家アン・セホン ニコンに謝罪要求


アン・セホンが前にしているのは、ニコン側の弁護士か?

「慰安婦」写真展:閉幕 写真家がニコンに抗議文

写真展会場を運営するニコンが中止しようとした東京都新宿区での個展「重重 中国に残された朝鮮人元日本軍『慰安婦』の女性たち」は9日、14日間の会期を終え閉幕した。出品者の韓国人写真家、安世鴻(アン・セホン)さん(41)によると、入場者はのべ約8000人。安さんらは同日、会期中の対応をめぐる抗議文をニコン側に提出した。

抗議文は、会場内での撮影や取材活動を規制するなど、ニコンが国民の知る権利を侵害したとして、謝罪を求めている。同社広報・IR部は「まだ内容を見ていない」という。

同展は、ニコンが開催告知後に「政治活動の一環と判明した」と中止を通告。安さん側が東京地裁に申請した仮処分が認められ、当初予定通り開催された。

毎日新聞 2012.7.9

写真展:「慰安婦」テーマ、中止覆し開幕 問われる「表現の自由」

「慰安婦」のテーマをめぐり、会場運営側が写真家に中止を通告していた写真展は26日、東京都新宿区の新宿ニコンサロンで、当初の予定通り始まった(7月9日まで)。名古屋市在住の韓国人写真家、安世鴻(アンセホン)さん(41)の個展「重重 中国に残された朝鮮人元日本軍『慰安婦』の女性たち」。初日には開催に抗議する団体の怒号も飛び交い、改めて「表現の自由」が問われた。

出品写真は、モノクロ37点。大戦当時、日本軍の慰安婦だったという女性たちの現在を収める。自宅や畑にたたずむ姿、曲がった背中や深く刻まれた顔のしわ−−。つらそうにゆがんだ表情や、裕福ではない暮らしが伝わる写真もあるが、全体としては感情を抑制した作品になっている。被写体や撮影地の説明は掲示せず、見る側に多くを委ねる展示構成だ。安さんは「70年間、精神的・肉体的に苦しんできた女性たちの悲しみを考えてほしい」と話す。

会場を運営するニコンは公募形式を採っており、作家らが提出した写真を運営委員が選考、個展開催の可否を決める。今回は開催を告知した後に中止を通告するという異例の展開に。安さんは中止決定を無効とする仮処分を東京地裁に申請し、今月22日に認められた。ニコンは異議を申し立てたが決定を受け入れ、同展は開幕した。

ニコンは審理の場で、この写真展を「政治活動」とし、文化向上を目的とするサロンの趣旨に合わないと主張。また、同展開催への抗議が中止決定のきっかけであることを認めた。

会期初日には会場周辺で複数の団体が日の丸を掲げ、「従軍慰安婦は存在しない」などと演説。警備員がセキュリティーチェックを行うなど場内も物々しい雰囲気に包まれ、安さんに詰め寄ろうとする人もいた。近年、いわゆる「ネット右翼」による一部外国製品の不買呼びかけなど、企業への圧力が強まっている。文化活動を支える企業には、「表現の自由」を守る強固な姿勢が求められる。【手塚さや香】

毎日新聞 2012.6.28

写真展:「慰安婦」巡る展覧会、ニコンが中止決定 作家は「理由の説明を」

名古屋市在住の韓国人写真家、安世鴻さん(41)が新宿ニコンサロン(東京都新宿区)で26日〜7月9日に予定していた写真展「重重 中国に残された朝鮮人元日本軍『慰安婦』の女性たち」が、会場を運営するニコンの判断で中止されることになった。ニコンは「中止の理由は『諸般の事情』以上でも以下でもない」とし、安さんらは経緯の説明と展覧会の開催を求めて法的措置も検討している。

新宿や銀座、大阪にあるニコンサロンの展覧会は、ドキュメンタリー写真を中心にした質の高い展示で知られる。応募作の中から運営委員が選抜し、ニコンが決定する方式だ。運営委員は写真家や評論家ら5人。委員会を隔月で開催し、展示予定の写真50枚程度を見て多数決で選んでおり、競争率は10倍を超えるという。委員会では安さんの作品について、疑問の声は上がらなかった。委員によると、開催が決定した展覧会の中止は異例という。

安さんには5月22日にニコンから電話で中止の連絡があった。「理由の説明もない中止決定は納得できない」として翌日、説明を求める書面を送付したが、電話と同じ内容の回答しか得られなかった。安さんとともに展覧会を準備してきた市民グループ「重重プロジェクト」のメンバーは「国内で考え方の分かれる『慰安婦』というテーマについて、表現の機会が奪われた。ニコンからは説明もなく、理解できない」と話す。

毎日新聞 2012.6.4