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2016/12/04

慰安婦騒動、中国が梯子を外す日



意外なことに、先日除幕式が行われたばかりの上海師範大学の慰安婦像について、中国当局が圧力を加えているという。

中国という国は、韓国を日米から引き離し味方に引きつけられそうだと思えば、ハルビン駅に安重根記念館をオープンするし、日本の国連常任理事国入りが気に入らねば、官製デモ隊に日本大使館を襲撃させるような事をするが、状況が変われば簡単に反日運動の梯子を外すだろう。そういう国である。韓国と違い、国民も慰安婦問題に興味はないから気兼ねもいらない。

中国政府の圧力が日増しに強まっているというのは、運動家が韓国向けに危機感を煽っているだけかもしれないが、中国当局の態度には表と裏があるという話は本当かもしれない。日本の外務省から連絡を受け、中国の日本領事館、中国の外交部→上海人民政府が大学側に圧力をかけたという話は具体的である。上海の日本総領事館が蘇智良教授に直接電話をかけ、教授がYesともNoとも答え(られ)なかったというのは、政府の意向を懸念しているからかもしれない。

既にアメリカはこの問題から手を引いた。韓国政府も一応は日本と手打ちをした。「12・28合意により韓国では打撃が大きかったが、いままさにその問題に本格的に対処し始めた中国は違う」「中国では今が重要だ」と、中国に期待する韓国人運動家らだが、そう上手くはいかないかもしれない。韓国が日本を叩いている限り、中国は中韓vs日本の構図を作れるが、日韓が和解してしまえば、中国は日本を叩いても日本の恨みを買うだけである。日韓合意は、アメリカだけでなく、中国をも慰安婦騒動から撤退させたかもしれない(まだ分からないが)。

[インタビュー]「上海の『韓中平和の少女像』も日本の圧力によって撤去の危機」

「先月、韓国と中国そして米国、ドイツの市民社会の協力で中国上海師範大学の校庭に建てられた『韓中平和の少女像』が、日本政府の執拗な撤去要求に悩まされている。上海市当局は少女像の撤去または室内への移転を求め圧迫している。少女像の設置を主導した上海師範大学の蘇智良教授と中国慰安婦問題研究センターや学生などが日本と中国当局を批判し抗議しているが、このまま行けば室内移転の結論が出る可能性が高い

9月から中国慰安婦問題研究センター(所長・蘇智良)の客員研究員として上海に滞在しているユン・ミョンスク博士(55)は「少女像の室内移転はすなわち日本に屈服することであるため、少女像の建立に参加した京畿道華城市(ファソンシ)など韓国の市民社会もこれを守る運動を応援してくれるよう願う」と伝えた。

日本の一橋大学での博士学位論文を基に書いた「朝鮮人軍慰安婦と日本軍慰安所制度」(訳チェ・ミンスン、而学社出版)でよく知られたユン氏は、講演のためにしばらく帰国した22日、ウィチャットなどのSNSを通じて少女像を守るための世論が広がっていると伝えた。

上海師範大学東部キャンパスの芝生に、伝統的な服装の「韓中平和の少女像」が並んで建てられたのは10月22日。米国、カナダ、オーストラリアに続き、海外で5番目に作られたこの少女像は、韓中少女像建立推進委員会と第2次世界大戦歴史保存連合会、そして華城市や上海師範大学が「日本軍慰安婦被害者の名誉と人権回復のために」力を出し合って建てた。昨年、ソウル城北区(ソンブクク)東小門洞(トンソムンドン)に作られた「韓中平和の少女像」と同じ作品であり、韓国人少女像はキム・ウンソン、キム・ソギョン作家夫婦が、中国人少女像は中国清華大学美術学部の潘毅群教授(55)が制作した。韓国側の少女像建立推進委が市民の募金で3000万ウォン(約287万円)を制作費として拠出した。

日本側の露骨な撤去圧力は、少女像の除幕式前日から始まったとユン博士は伝えた。「10月21日午後4時頃、上海の日本総領事館から蘇智良教授に直接電話があり、設置しないでほしいと要請された。上海には日本企業も多いので両国の交流協力にも良くないという趣旨の話もされた」。蘇教授は「何も返事をしなかった」という。

蘇教授は1993年頃から慰安婦問題を調査し、研究書籍も出してきた。「蘇教授は中国人慰安婦(中国居住の朝鮮出身者慰安婦を含む)の口述調査もかなり行い、民間人から寄付金を集め、毎月被害者と確認された方々に生活費の支援もしている」とユン博士は伝えた。

現地と日本のメディア報道を総合すると、10月22日午前に少女像の除幕式が開かれると、その日の午後日本の外務省が東京の中国大使館に少女像の撤去を要請し、中国の日本総領事館も上海師範大学に少女像の撤去を要請する電話をかけた。その後から中国政府側の圧力がさまざまな経路を通じて入ってきた。「22日午後から中国外交部は上海市人民政府の外事事務所に連絡し、上海市人民政府はまた上海市教育委員会に、そして上海市教育委員会は上海師範大学に連絡をした。最初は少女像に幕をかぶせて人目につかないようにするよう言った。しかしすぐに要求内容が少女像の撤去に変わった。その後、11月10日頃からは再び少女像を博物館内部に移動させよという要求に変わった

これに反発した中国人たちの要求で、中国外交部はブリーフィングを通じて強硬な態度で繰り返し原則的な立場を明らかにしている。「しかし実際には、中国当局の公式な対外反応と内部の対応は異なり、二重的だ

「中国慰安婦問題研究センターは、少女像の移転を拒否している。しかし、(中国)政府の圧力が日増しに強まっている。上海師範大学は少女像の設置を許可してくれたが、当局の圧力にどれくらい持ち堪えることができるかわからない」

ユン氏は「日本軍慰安婦問題は、日本という国家が犯した歴史的な犯罪事件だが、今再び国家が民間の少女像設置事業に関与して撤去ないしは移転を強制するのは容認できない」と話した。

彼女はもともと少女像の建立に対して単純に歓迎した人ではない。「少女像は韓国で慰安婦被害者を10代の少女だけに限定し、イメージを固定化させるため、無条件には賛成しなかった。少女のイメージがあまりに強烈に家父長的純潔イデオロギーと結びついているためだ。慰安婦問題の被害者が少女にのみ限られていたわけでもない」。だからといって彼女は歴史を記憶する造形物自体を否定しているわけではない。彼女は特に、韓日間の12・28合意により韓国では打撃が大きかったが、いままさにその問題に本格的に対処し始めた中国は違うとし、「中国では今が重要だ」と話した。「少女像建立が中国で日本軍慰安婦問題を正しく浮き彫りにすることに重要な役割を果たせると考えている。議論の拡大再生産に肯定的な影響を続けてほしい」

昨年9月から4カ月間上海に滞在したユン氏は、今年に入って9月から来年8月末まで1年間の予定で蘇教授の研究センターに滞在し、浙江省の日本軍慰安婦の現地調査に参加するなど、研究活動を続けている。1932年に日本海軍の陸戦隊が駐屯した上海は、日本軍慰安所が最初に設置されたところであり、今も日本海軍の慰安所だった建物が残っており、博物館として再建する事業が進められている。

今回の訪問中に彼女は漫画家のキム・クムスクさんと一緒に、中国に残った唯一の韓国国籍の慰安婦被害者で墜落事故で韓国の病院で治療を受けているハ・ソンスクさん(88)を訪ねて慰問し、看病中の末娘に中国の生徒たちが書いた応援メッセージを伝えるなどした。

ハンギョレ日本語版(一部) 2016.11.24[全文]

2016/10/24

上海師範大に中韓慰安婦像・・・と華城市長

除幕式での華城市長(要確認)とイ・ヨンス
少女像を制作したキム・ソギョンらしき人物の写真もあった

上海師範大学に中国初の慰安婦像が登場。といっても、昨年ソウルの公園に設置された「韓中平和の少女像」と同じ物らしい。当時から関係者は、上海の大学にも設置すると予告していた。作者が無償提供したと言われているが、諸費用は韓国の華城市で集めた寄付金で賄ったようである(これについては、後日もう少し詳しく)。華城市は、水原や城南のように市長が先頭に立って慰安婦問題を煽っており、慰安婦像の海外拡散にも熱心。先月チェ・インソク市長がナヌムの家を訪れ少女像の海外設置と正義財団への後援を約束したばかりである。市の平和の少女像推進委員会は、昨年カナダのトロントに慰安婦像を建てている(私有地)。慰安婦40万人説の蘇智良教授がもう一人のキーマン。

水原市長といい、華城市長といい・・・。

先月ナヌムの家を訪れたチェ・インソク市長
慰安婦像の海外展開を入所者に約束(2016.9.9)

中国に初の慰安婦少女像

中国にも初めて日本軍慰安婦少女像が建てられた。

「日本軍慰安婦関連記録物のユネスコ世界記録遺産共同登載のための国際連帯委員会」は22日、中国の上海師範大学の文苑楼前の校庭に、韓国と中国の慰安婦の「平和の少女像」を除幕した。

これで慰安婦少女像増えたアメリカ、カナダ、オーストラリアに続き世界で4番目に中国に建てられることになった。 現在の慰安婦少女像は韓国の40個超をはじめ全世界に50個以上設置されている。

在韓国日本大使館前に建てられた銅像と同じ少女像のそばに中国の慰安婦被害者を象徴する少女像が並んで座っているようだ。 ソウルの城北区に建てられた韓中平和の少女像と同じ物だ。

除幕式には韓国の慰安婦被害者イ・ヨンス(88)ハルモニと中国の海南島の陳連村(90)お婆さんが参加した。 豪雨の中でのこの日除幕式でイ・ヨンス・ハルモニは二人の少女像の顔に流れる雨を拭き「もう孤独じゃないだろう」と述べた。
今回の平和の少女像の除幕は中国の慰安婦専門家である蘇智良上海師範大教授の主導で韓国と中国の彫刻家が無償で寄贈してなされた。

この日少女像の除幕と共に「中国慰安婦博物館」も上海師範大の文苑楼(?)の2階に開館した。 これも中国初の慰安婦博物館だ。

日本軍の慰安婦強制動員の事実を立証する各種資料と慰安婦被害者が残した遺物、対日賠償要求活動の関連資料、学術研究の成果物、写真などが展示されている。

韓国には慰安婦関連博物館が4ヶ所も設立されているが、慰安婦関連研究と活動が韓国より遅れた中国に初めて博物館が入ることになったのだ。 現在の中国の慰安婦被害者は19人だけで慰安婦問題解決が至急だとス教授は伝えた。

シン・ヘス国際連帯委員会事務団団長は「南京大虐殺の被害に集中した中国の関心が慰安婦問題にも(?)回されて初めて博物館が出来た」「日帝植民統治期の戦争の惨状と女性人権侵害を知らせ教育する施設に位置するだろう」と話した。

シン団長は今後中国あちこちに慰安婦関連博物館が立てられることを期待し、台湾のタイペイにも来月慰安婦関連博物館が開館する予定だと付け加えた。

一方国際連帯委員会はこの日中国、韓国、アメリカ、オランダ、日本、インドネシアなどの学者や関係者200人余りが集まった中で慰安婦関連資料を共同でユネスコ世界記録遺産に登載するための活動案について議論した。

国際連帯委員会はこの6月「日本軍慰安婦の声」という名称で軍慰安婦関連資料2744点をユネスコ世界記録遺産本部に登録申し込みした状態。

慰安婦関連資料の世界記録遺産登載は来年5月ユネスコ内登載小委員会の申込書類審査を経て来年10月国際諮問委員会を通過した後、ユネスコ事務総長の最終決定によってなされる。

ス教授は「日本が世界記録遺産登載を妨害するためにユネスコの分担金を支出せず審査関連規定を変更しようとしている」として「日本の脅迫を阻止するための国際社会の共助が至急だ」と話した。

国際連帯委員会はこれに伴い、ユネスコの財政難を打開するために国際社会募金活動に乗り出す方案も推進することにした。

参席者は第2次大戦中日本軍が性奴隷制度を運営した事実に対して日本政府が被害国と被害者に心から謝罪し、法的賠償に行う必要があると促した。

聯合ニュース 2016.10.22[2]

중국에 첫 위안부 소녀상 세워졌다

中 첫 위안부 박물관도 개관…유네스코 위한 국제모금 추진
(상하이=연합뉴스) 정주호 특파원 = 중국에도 처음으로 일본군 위안부 소녀상이 세워졌다.

'일본군 위안부 관련 기록물 유네스코 세계기록유산 공동등재를 위한 국제연대위원회'는 22일 중국 상하이사범대 원위안(文苑)루 앞 교정에 한중 위안부 '평화의 소녀상'을 제막했다.

이로써 위안부 소녀상는 미국, 캐나다, 호주에 이어 세계 4번째로 중국에 세워지게 됐다. 현재 위안부 소녀상은 한국 40여개를 비롯해 전 세계에 50여개가 설치돼 있다.


한국 주재 일본대사관 앞에 세워진 동상과 같은 소녀상 옆에 중국의 위안부 피해자를 상징하는 소녀상이 나란히 앉아있는 모양이다. 서울 성북구에 세워진 한중 평화의 소녀상과 똑같은 형태다.

제막식에는 위안부 피해자인 한국 이용수(88) 할머니와 중국 하이난(海南)성의 천롄춘(陳連村·90) 할머니가 함께 참석했다. 폭우 속에 이뤄진 이날 제막식에서 이용수 할머니는 두 소녀상 얼굴에 흐르는 비를 닦아주며 "이제 외롭지 않을 것"이라고 말했다.

이번 평화의 소녀상 제막은 중국의 위안부 전문가인 쑤즈량(蘇智良) 상하이사범대 교수의 주도로 한국과 중국의 조각가들이 무상 기증해 이뤄졌다.

이날 소녀상 제막과 함께 '중국 위안부 박물관'도 상하이사범대 원위안루 2층에 개관했다. 이 역시 중국에서는 처음 만들어진 위안부 관련 박물관이다.

일본군의 위안부 강제동원 사실을 입증하는 각종 사료와 위안부 피해자들이 남긴 유물, 대일 배상 요구 활동 관련 자료, 학술연구 성과물, 사진 등이 전시돼 있다.

한국에는 위안부 관련 박물관이 4곳이나 설립돼 있으나 위안부 관련 연구와 활동이 한국보다 늦었던 중국에 처음으로 박물관이 들어서게 된 것이다. 현재 중국의 위안부 피해자는 19명만이 남아있어 위안부 문제 해결이 시급하다고 쑤 교수는 전했다.

신혜수 국제연대위원회 사무단 단장은 "난징대학살 피해에 집중했던 중국의 관심이 위안부 문제로 돌려지며 처음으로 박물관이 설립됐다"며 "일제 식민통치 시절 전쟁의 참상과 여성인권 침해를 알리고 교육하는 시설로 자리잡을 것"이라고 말했다.

신 단장은 앞으로 중국 곳곳에 위안부 관련 박물관이 세워질 것을 기대하며 대만 타이베이에도 내달중 위안부 관련 박물관이 개관할 예정이라고 덧붙였다.

한편 국제연대위원회는 이날 중국, 한국, 미국, 네덜란드, 일본, 인도네시아 등지의 학자 및 관계자 200여명이 모인 가운데 위안부 관련 자료를 공동으로 유네스코 세계기록유산에 등재하기 위한 활동 방안을 논의했다.

국제연대위원회는 지난 6월 '일본군 위안부의 목소리'라는 이름으로 군 위안부 관련 자료 2천744건을 유네스코 세계기록유산 본부에 등재 신청한 상태다.

위안부 관련 사료의 세계기록유산 등재는 내년 5월 유네스코 내 등재소위원회의 신청서류 심사를 거쳐 내년 10월 국제자문위원회를 통과한 다음 유네스코 사무총장의 최종 결정에 의해 이뤄진다.

쑤 교수는 "일본이 세계기록유산 등재를 막기 위해 유네스코 분담금을 내지 않고 심사 관련 규정을 고치려 하고 있다"며 "일본의 협박을 막기 위한 국제사회의 공조가 시급하다"고 말했다.

국제연대위원회는 이에 따라 유네스코의 재정난을 타개하기 위해 국제사회 모금활동에 나서는 방안도 추진키로 했다.

참석자들은 2차 대전 시기 일본군이 성노예 제도를 운영한 사실에 대해 일본 정부가 피해국과 피해자들에게 진심으로 사죄하고 법적 배상에 나서야 한다고 촉구했다.



2016/04/18

[メモ] ドキュメンタリー『三十二』南京資料館に寄贈



中国の「慰安婦」生存者 残り21人に

「慰安婦」をテーマにしたドキュメンタリー「三十二」が12日午前、南京利済巷慰安所陳列館で寄贈式典を催した。同作品の顧問を務める中国「慰安婦」問題研究センターの蘇智良センター長は、現在身分を公開している中国の「慰安婦」生存者は残り21人となったと紹介した。新華社が伝えた。

ドキュメンタリー「三十二」は2012年12月に撮影を開始、中国侵略日本軍の「慰安婦」制度の被害者である韋紹蘭さんと、この高齢者の中日ハーフの息子である羅善学さんの物語を描いている。「三十二」に続き、監督の郭柯氏は2014年初めに再び「慰安婦」をテーマにしたドキュメンタリー「二十二」の撮影を開始、撮影場所は湖北省、海南省、山西省等五省におよび、「慰安婦」制度の被害者22人の生活の現状を記録し、作品はすでに完成して間もなく封切られる。

中国慰安婦問題研究センター提供の統計によると、70数年前の第二次世界大戦中、約40万人のアジア女性が日本軍の「慰安婦」となり、このうち20万人以上が中国の女性で、人間性を蹂躙する被害を受けた。1990年以降、100余人の高齢被害者が続々と果敢に立ち上がり、日本軍の暴挙を明らかにして日本政府を提訴した。衰弱した高齢者ばかりだが、命ある限り闘うことを決意した女性たちだった。蘇センター長によると、4月7日に山西省の趙蘭英さん(享年93歳)が亡くなり、11日に葬儀が執り行われたばかりで、これで現在身分を公開している慰安婦の生存者はわずか21人となった。

蘇氏は、「ドキュメンタリー『三十三』と『二十二』は彼女らの被害体験を記録しているだけでなく、すべての生存する『慰安婦』の暮らしの現状を映像資料に留め、国内外のより多くの人々に彼女たちの実体験を知ってもらうに資するものである。一人又一人と他界されるに連れて、その史料価値もさらに際立ってくる」と述べた。

2015/10/13

ユネスコ記憶遺産 中国政府共同申請検討へ


中共の政治利用が露骨になってくると、ユネスコの世界記憶遺産のあり方が問われるようになるかもしれない。中国がこの問題に介入して来たことは、必ずしも日本にマイナスではないかもしれない。

記憶遺産 中国が従軍慰安婦資料の共同申請検討へ

中国外務省は、ユネスコの「記憶遺産」に登録が認められなかったいわゆる「従軍慰安婦」の問題を巡る資料について、「ユネスコは関係国が共同で登録申請を行うことを奨励している」として、今後、韓国などの関係国と共同での登録申請を検討することを明らかにしました。

ユネスコ=国連教育科学文化機関は今月9日、中国が「記憶遺産」として申請していた資料のうち、旧日本軍が多くの中国人を殺害したなどとされる「南京事件」に関する資料を「記憶遺産」として登録した一方、いわゆる「従軍慰安婦」の問題を巡る資料は登録しませんでした。

これについて、中国外務省の華春瑩報道官は12日の定例の記者会見で「先日、ユネスコから中国に出された意見では、中国のほかにも慰安婦問題の被害国があり、ユネスコの委員会は、関連の規定に基づいて関係国が共同で登録申請を行い、2017年に開かれる次の会議で審議することを奨励している」と述べました。

具体的な国の名前を挙げていませんが、いわゆる「従軍慰安婦」の問題を巡っては、韓国政府が日本側に対応の歩み寄りを求めています。

そのうえで華報道官は「中国はユネスコのこうした意見について真剣に検討する」と述べ、今後、韓国などの関係国と共同での「記憶遺産」の登録申請を検討することを明らかにしました。

NHK 2015.10.12[2]

「ユネスコへの脅し」と批判=中国

中国外務省の華春瑩・副報道局長は13日の記者会見で、日本政府が「南京事件」の世界記憶遺産登録をめぐり国連教育科学文化機関(ユネスコ)に対する分担金などの見直し検討を表明したことについて、「公然とユネスコを脅す言論」として「完全に受け入れられない」と批判した。
華副局長は「日本が依然として誤った歴史観に固執していることを暴露するだけだ」と強調。「直ちにユネスコに対する妨害・脅迫活動をやめる」よう求めた。 

時事 2015.10.13[2]

追記: 

共同申請、韓国は慎重 日韓首脳会談念頭か
ユネスコ申請、蘇智良が中心的役割

2015/06/07

中韓北の学者で慰安婦国際会議、日本人学者を敬遠?



中国で第二回「日本軍慰安婦問題国際学術会議」が先月開催され、中国や北朝鮮、韓国の研究者が集い、日本に対する国際的圧力を強めようと声を揃えた。

又聞き情報になるのでレコードチャイナは原則ソースにしていないが、レコードチャイナによれば日本からも金富子が参加して「慰安婦問題は女性の人権に関わるもの」だと訴えたらしい。国際会議と銘打ちながら日本人研究者の姿がないのは、中韓北の学者の間で「反人類犯罪」ということで意見の一致を見る中、「女性問題」だという日本人の「非常識」が敬遠されたのか?どう考えても浮いていたであろう金富子も、北朝鮮枠による参加らしい。別ソース(ハンギョレ)によれば、主催者側は北朝鮮でも会議を開催したいと考えているようである。

さて、その金富子。今月11日に東京で「日本軍『慰安婦』問題をめぐる歴史修正主義的言説を検証する」というテーマで講演する

日本軍慰安婦は反人類犯罪

「1941年7月、関東軍(Group of the Imperial Japanese Army)はソ連軍を仮想敵として大規模特別軍事演習を進めた。梅津美治郎関東軍司令官はこれを契機に朝鮮総督府から8千人の朝鮮女性を徴集し満州にくるようにした後慰安婦として充当した。 これは関東軍が正式に慰安婦徴集を組織した初のケースだ」吉林省档案馆の赵玉洁(Chao Yujie)報告。

帝国主義日本が残した最大の反人類的犯罪である慰安婦を巡る「日本軍慰安婦問題国際学術会議」が30日、中国、吉林省の延辺で開かれた。今回のセミナーには、韓国、北朝鮮と中国の研究者が参加した。上海師範の苏智良(蘇智良 Su Zhiliang)教授と陈丽菲(陳麗菲 Chen Lifei)教授は「第2次大戦中の日本軍直営の「慰安所」に関する研究-上海両家宅日本軍「慰安所」を中心に」というテーマで日本軍慰安所の実体を具体的に明らかにした。 Chao Yujie(赵玉洁)吉林省档案馆は関東軍の中国東北地方での「慰安婦」制度の樹立と実施形態を事例中心に発表した。

北朝鮮側学者も明確かつ断固として研究結果を公表した。キム・チョルラム(金哲南)朝鮮社会科学院歴史研究所所長は、「過去の性奴隷犯罪を否認して隠蔽する日本の裏面世界には性奴隷犯罪に対する国家的な責任と義務、賠償を隠そうとする意図がある」とし、「軍慰安婦犯罪の真相究明と責任者処罰が重要で、日本に対する国際的な圧力の強めなければならない」と強調した。

朝鮮社会科学院歴史研究所の研究者リ・チョルホンは、北朝鮮地域には「咸鏡北道の慰安所、清津の방진(方津?)慰安所、ナナムプンゴク慰安所、会寧慰安所が代表的」であり「これら3地域は全て日本軍の第19師団の所轄区域」と明らかにした。

この日会議に参加した韓国と北朝鮮、中国は口を揃えて日本の慰安婦問題に対する責任認定と公式謝罪を促した。 学術会議は中国社会科学院中日歴史研究センター延辺大朝鮮韓国研究センターが共同主催して東北アジア歴史財団が後援した


일본군 위안부는 반인류범죄

“1941년 7월, 관동군(關東軍, Group of the Imperial Japanese Army)은 소련군을 가상의 적으로 삼아 대규모 특별군사연습을 진행하였다. 우메즈 요시지로(梅津美治郎) 관동군사령관은 이를 계기로 조선 총독부로부터 8천명의 조선여성을 징집하여 만주에 오게 한 뒤 위안부로 충당했다. 이는 관동군이 정식으로 위안부 징집을 조직한 첫 사례다.” 차오 위 지에(Chao Yujie, 赵玉洁) 지린성기록관(吉林省档案馆) 보고

제국주의 일본이 남긴 최대의 반인류범죄 위안부를 둘러싼 ‘일본군 위안부 문제 국제학술회의’가 지난 30일 중국 지린성 옌벤대에서 열렸다. 이번 세미나에는 남북한과 중국 연구자들이 참석했다. 상하이사범대 쑤즈량(Su Zhiliang, 苏智良) 교수와 천리페이(Chen Lifei. 陈丽菲) 교수는 ‘2차대전시기 일본군 직영 ‘위안소’에 관한 연구 - 상하이 양가택 일본군 ‘위안소’를 중심으로‘란 주제로 일본군 위안소의 실체를 구체적으로 밝혔다. 차오 위 지에(Chao Yujie, 赵玉洁) 지린성기록관(吉林省档案馆)은 일본 관동군의 중국동북지역에서의 ‘위안부’제도의 수립과 실시행태를 사례 중심으로 발표했다.
북한측 학자들도 분명하고 단호하게 연구결과를 밝혔다. 김철남 조선 사회과학원 역사연구소 소장은 “과거 성노예범죄를 부인하고 은폐하는 일본의 이면세계에는 성노예범죄에 대한 국가적인 책임과 의무, 배상을 은폐하려는 기도가 깔려있다”며 “군 위안부 범죄의 진상 규명과 책임자 처벌이 중요하며, 일본에 대한 국제적 압력의 강도를 높여야 할 것”이라고 강조했다.
리철홍 조선 사회과학원 역사연구소 연구사는 북한지역에는 “함경북도의 위안소, 청진 방진위안소, 나남 풍곡위안소, 회령위안소가 대표적”이며 “이들 3지역은 모두 일본군 제19사단의 관할구역”이라고 밝혔다.
이날 회의에 참석한 한국과 북한, 중국들은 한목소리로 일본의 위안부 문제에 대한 책임 인정과 공식 사죄를 촉구했다. 학술회의는 중국사회과학원 중일역사연구센터와 옌볜대 조선한국연구센터가 공동 주최하고 동북아역사재단이 후원했다.

2014/04/29

中国、外国メディアを吉林省公文書館に招き「慰安婦の強制性」訴える

外国メディアに披露している資料は、たぶんコレ

吉林省の公文書館(档案館)の活動が目立ってきた。慰安婦騒動に本格参戦を決めた中国政府の主導なのだろうか、韓国へのラブコールも目立ち魂胆はミエミエ。今回も第二次大戦とどう関係があるのか、安重根記念館巡りなど、いかにも官主導のイベントらしいチグハグさ。

館内の保存資料を示しつつ日本政府による従軍慰安婦の強制性などを訴えたと言うが、その資料は、どこが日本政府による強制性なのかといったもの。そのせいだろう。日本の「専門家」も興味を示していないようである。しかし、中国側こだわっているのが、「日本政府による強制性」というのであれば、これは元々の「慰安婦強制連行(国家総動員法による動員)」のイメージに近い。その点、「貧しさから慰安婦になるのも、強制(連行)」だと強弁する日本の「慰安婦問題の専門家」より正直かもしれない。

 中国政府は28日、旧満州国の首都が置かれた東北部の吉林省長春に中国駐在の外国メディアを招き、第2次大戦の戦跡を案内する取材ツアーを実施した。今年1月の遼寧省、2月の南京市に続く3度目で、戦時中の旧日本軍の行為を国際世論に訴える狙いがあるとみられる。

日本と韓国、パキスタンのメディア記者20人余りが2日間に渡って参加。初日は満州国時代の資料が残る吉林省檔案(とうあん)東北淪陥史陳列館を見学した。

檔案館では、中国人研究者たちが、館内の保存資料を示しつつ「日本政府による従軍慰安婦の強制性」などを訴えた。穆占一・副館長は「日本政府が歴史を否定しており、この時期に研究を加速させて歴史の真相を明らかにする必要があった」と説明。研究の客観性を担保できる可能性がある日中合同研究については「今後も実施する予定はない」と述べた。

ツアーは29日、黒竜江省ハルビンに場所を移し、1月に開館した朝鮮独立運動家・安重根の記念館などを回る。(長春=石田耕一郎)

朝日 2014.4.28

新華網の記事を追加:「旧日本軍が『慰安婦』を強制連行し、踏みにじり、奴隷のように酷使した行為を記載した」・・・実際に彼らが公開した資料にはそんな事は書かれていなかったようだが?

中国侵略日本軍檔案から第二次世界大戦中の「慰安婦」は日本の国家行為であり、東南アジア諸国にまで被害が及んでいたことが示される

吉林省檔案館(古文書館)がこのほど公開した一部の旧日本軍中国侵略檔案(古文書)から、「慰安婦」の強制連行と慰安所の設置は、中国侵略旧日本軍が公金を使って支払った公式な行為だったことがわかった。また、中国、韓国、朝鮮を除き、一部の東南アジア諸国も日本の「慰安婦」行為による被害者だ。


旧日本軍の「慰安婦」強制連行を明示した資料は、計25件に上り、吉林省檔案館館蔵関東憲兵隊全真相と偽満州国中央銀行全真相の中から探し出された 。


専門家チームの審査・判明によると、これらの檔案は日本による中国侵略の過程で、自ら作成した檔案で、事実の記録であり、日本の中国侵略における各種罪行を示している。


「慰安婦」に関する資料25件のうち、2件は『南京憲兵隊轄区治安回復状況の調査報告書(通牒)』で、2件は偽満州国中央銀行電話記録である。別の21件は、各地の憲兵隊が上級部門に報告するために作成し、旧日本軍が「慰安婦」を強制連行し、踏みにじり、奴隷のように酷使した行為を記載した『通信検閲月報』、『軍人犯罪調査表』など。


1938年2月19日に作成された旧日本軍華中派遣憲兵隊『南京憲兵隊轄区治安回復状況に関する調査報告書(通牒)』に、1938年2月1日から10日までの南京及び周辺地区における軍隊慰安所状況についての記載がある。このうち、南京、下関、句容、鎮江、金壇、常州、丹陽、芜湖、寧国などで、旧日本軍駐留人数、「慰安婦」人数、「慰安婦」1人が対応する兵士数、「慰安婦」構成及び10日間に慰安所を利用した兵士数などの状況を含む。

当檔案には、旧日本軍が侵略軍隊のために、一定の比例に基づき「慰安婦」を配備したことが記載されている。下関を例に挙げると、当時下関の駐留旧日本軍は1,200人、「慰安婦」人数は6人、「慰安婦」と兵士数の比例は1:200だった。2月20日に11人を増員した後、比例は1:71に変更されている。

偽満州国中央銀行資金部外資課の「慰安婦」調達資金電話記録によると、1944年11月から5カ月間に、旧日本軍は53万2千円を投じて慰安所を建設したが、この多額の資金は関東軍の部門から批准されていた。

「慰安婦」に関する檔案には、中国、韓国などの被害者以外に、朝鮮及びお一部の東南アジア諸国の被害者も含まれている。

旧日本軍華中派遣憲兵隊『南京憲兵隊轄区治安回復状況に関する調査報告書(通牒)』から、芜湖の「慰安婦」人数を10日以内に84人を増員し、109人の「慰安婦」のうち、中国人「慰安婦」は25人、朝鮮人「慰安婦」は36人だったことが示された。

蘇智良氏は「檔案から旧日本軍がいる場所に慰安所があったことがわかる。探し出された檔案によると、東北地区では、少なくとも20~30カ所の県市に慰安所を設置していた。爪哇地区で発見された旧日本軍慰安所は、『慰安婦』制度の被害が東南アジア諸国にまで及んでいたことを強く立証している。」と語る。

吉林省檔案館に収蔵された10万件余りの日本中国侵略資料(うち9割は日本語)は、1931年から1945年までに日本関東軍が中国東北地方を統治した時期に行った各種罪行を記録している。

2011/12/04

上海の旧慰安所 記念館に



上海の第一サロンは、昔日本軍の慰安所として利用され、現在53家族230人が住んでいる。老朽化が著しいこの建物を上海市文化遺跡管理委員会が遺跡として保存すると発表した。住民の引越しには200万元(2500万円)の費用がかかる見込みだが、誰が負担するかについては未定らしい。

この保存運動を主導したのは、蘇智良(右の写真の人物)。中国の慰安婦研究家の一人である彼が慰安婦について知ったのは、日本留学中だというから、ここでも「反日は日本発」の構図である。慰安婦の数は中国人だけで20万人(!)というから、なんともスケールの大きい話である。もちろん慰安所とは、強制的に日本軍兵士の為の性奴隷にされた女性を閉じ込めておく施設として説明されている。

中国においては、日本軍慰安婦の存在はさほど知られておらず、日本の「良心的市民」らがせっせと焚きつけに行っている

Shanghai plans to turn a former "comfort house" that was used to hold women forced into sex slavery by Japanese troops during World War II into China's first memorial for the victims, officials said yesterday.

The three Western-style buildings in Hongkou District, then known as the Daiichi Salon, was set up by Japanese troops in Shanghai from November 1931 to August 1945, when Japan surrendered.

"It's been decided that the buildings will be retained to make people remember the history, even if they had few architectural values nor had any important people living inside before," Li Kongsan, an official with the Shanghai Cultural Relics Management Commission, told a forum yesterday.

Li said the commission had begun making restoration and relocation plans for people living inside. More than 250 people from 53 families are living in the two-story buildings on Baoxing Road E. with flat roofs and arched doors. The living conditions are quite poor as residents must cook in a public kitchen on the first floor, while more than 10 families use three toilets together. Electric wires can be seen everywhere in the houses, and wooden floors creak when stepped on.

Some Japanese-style doors and wooden sculptures of Mount Fuji can still be seen in the houses, said 67-year-old resident Wu Yuzhen, who has lived in one of the buildings for 65 years. He and his wife live with his 96-year-old father in a 20-square-meter apartment in the building.

"We support the government's decision to retain the buildings, but also hope the government can either restore the buildings to improve the living conditions or relocate the residents," said resident Shao Weizhong.

Li said the best solution is to let the city and district governments and the residents combine efforts to pay for the huge relocation fees. The total cost to move each family is at least 2 million yuan, he said.

"It is quite urgent for the country to build such a memorial to leave the evidence of crimes, as most of the victims, called "comfort women," have died and historical sites were demolished," said Su Zhiliang, a professor at Shanghai Normal University and one of China's leading experts on sex slaves.

Shanghai opened an archive on comfort women at the university in 2007, with exhibits including audio recordings and written accounts by Chinese comfort women as well as photographs.

Japanese troops set up a total of 149 houses in the city for comfort women during World War II.

About 200,000 Chinese women were forced into sexual slavery nationwide, according to Su.

Cina.org.cn 2011.12.2