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2015/06/09

テグ(大邱)に4番目の慰安婦歴史館


開館にこぎつけるまでには資金的な困難があったようである。幸い、日本の実業家から寄付の申し出があったり、韓国政府からの援助があったり。イ・ヨンスも募金活動に活躍したりした。

8月15日に韓国で4番目の慰安婦歴史館が誕生

 大邱に開館する「フィウム日本軍慰安婦歴史館」
5年ぶりに実現したキム・スンイアクお婆さんの遺志

「お前たち、私が死んだら、忘れるだろう?」

日本植民地時代、慶尚北道慶山(キョンサン)から日本軍慰安婦として連行された故キム・スンアクお婆さん(当時84歳)いつもこう言っていた。

「そんなことありませんよ。お婆さんがお亡くなりになっても絶対忘れたりしません」

「挺身隊ハルモニ(お婆さん)と共にする市民の会」のイ・インスン事務局長(51)は、お婆さんがそう言う度に、このように答えながら首を横に振った。

お婆さんは2010年1月、大邱(テグ)のある病院で持病が原因で苦難に満ちた一生を終えた。冷たい風が吹いていた冬の日だった。お婆さんは「大邱に日本軍慰安婦歴史館を建てるのに使ってくれ」と5000万ウォン(約550万円)を残した。その年は全国で慰安婦被害お婆さん9人がこの世を去った。

忘れ去られることが悲しかったお婆さんの小さな夢が、没後5年で叶えられることになった。全国で4番目に大邱日本軍慰安婦歴史館(写真)が光復節の8月15日に開館する。日本軍慰安婦の歴史、これを解決するためのこれまでの活動、故キム・スンアクお婆さんをはじめとする日本軍慰安婦被害おばあさんの話が歴史観で展示される。 1階は展示室やオフィス、2階は企画展示室と教育観になっている。

大邱では2000年代初頭から日本軍慰安婦歴史館を作ろうという話が出てきた。しかし、なかなか本格化せず、2009年12月、ようやく市民団体を中心に建設推進委員会が組織された。故キム・スンアクお婆さんが亡くなる1カ月前だった。

キムお婆さんが亡くなると、大邱に日本軍慰安婦歴史館を建立するため、市民の募金運動が始まった。挺身隊ハルモニと共にする市民の会では、フィウムブレスレットを販売して収益金を集めた。フィウムとは「希望を集め、花を咲かせる」という意味である。女性家族部と大邱市がそれぞれ2億ウォン(1円=9ウォン)を、大邱中(チュン)区が4000万ウォンを出した。他の日本軍慰安婦被害お婆さんたちも1000万ウォンを寄付した。 そのように12億5000万が集まった。

挺身隊ハルモニと共にする市民の会は、大邱日本軍慰安婦歴史館を作るために1920年代に建てられた和風2階建ての店舗だったチャンシン商会(大邱中区西門路1街)の建物を買った。昨年8月30日から補修工事を始めた。当初は、昨年12月10日(世界人権宣言の日)と、今年3月8日(世界女性の日)にオープンする予定だったが、予想以上に補修工事に時間がかかり、開館日が2回も延期された。

大邱で開館する日本軍慰安婦歴史館の名前は「フィウム日本軍慰安婦歴史館」に決まった。京畿道広州(クァンジュ)にあるナヌムの家の「日本軍慰安婦歴史館」(1998年)、釜山(プサン)水営(スヨン)区の「民族と女性の歴史観(ママ)」(2004年)、ソウル麻浦(マポ)区の「戦争と女性の人権博物館」(2012年)に続き、国内で4番目に建てられた慰安婦歴史館である。

イ・インスン市民の会事務局長は「何よりも故キム・スンアクお婆さんとの約束を守ることができて、とても嬉しい。多くの市民たちに協力していただいただけに、お婆さんたちが忘れ去られないように、歴史観をきちんと運営していきたい」と述べた。

女性家族部には合わせて238人(6月1日現在)の日本軍慰安婦被害お婆さんが登録されている。このうち生存者は52人しかいない。今年だけでもお婆さん3人がこの世を去った。生きている日本軍慰安婦被害お婆さんの平均年齢は88.8歳である。


2014/03/23

大邱市慰安婦歴史館、今年中のオープン目指す


テグ市にオープン予定に新しい慰安婦博物館については、何度かお伝えしている。その続報。

5000万ウォンとすると、現在のレートで470万円超。以前のニュースにもちょっと出たが、キム・スンアク・ハルモニは、この二倍のお金を残して亡くなっている。昨年の12月になって、女性家族部が2億ウォン(約2千万円)を支援することになったのは、慰安婦問題の国際的キャンペーンを繰り広げるチョ・ユンソン女性家族部長官の方針だろう。小松電気産業の小松昭夫が支援を申し出た件については、触れられていない。

大邱に慰安婦歴史館建てる

市民会、2012年から4億5千万ウォン余り募金、女性家族部2億支援約束…年内開館予定

「貴方たちは私死ねば忘れるんだろう?」

去る2010年の1月に持病で入院、治療を受けたキム・スンアク(84)ハルモニが話した。 「違います」そばを守ったイ・インスン「挺身隊ハルモニと共にする市民の会(以下市民会)」事務局長が頭を垂れて低い声で答えた。

ハルモニはまもなく恨み多い生涯を終えた。 十六才で満州に連行され、日本軍慰安婦になったハルモニだ。 ハルモニは慰安婦歴史館をたててほしいという遺言と共に5千万ウォンを残した。

「慰安婦ハルモニを記憶されるんですか。 大邱に慰安婦歴史観を作るのに助けてください」2年が過ぎた昨年の3月8日、市民会活動家が通りに出た。

彼らは大邱広域市中区東城路で日本軍慰安婦被害ハルモニの顔が描かれたパンフレットを人々の手に握られた。

小さなブースの中では「ヒウム(希望を集めて花を咲かせる)」ブレスレットを販売した。 大邱に慰安婦歴史館を作るために民間で市民募金運動が始まった日だった。

大邱に慰安婦歴史観を作ろうという声は2009年12月から出て始めた。 だが、当初は女性家族部と大邱市がこれを冷遇し困難を経験した。

市民会はこれ以上慰安婦歴史観建設を遅らせられないと判断し、昨年3月本格的に市民募金に出た。 昨年10月までヒウム腕輪を売り、4億5千万ウォン余りの収益金を集めた。

また、人々が少しずつ募金に参加して1千6千万ウォンが集まった。

市民団体は集まったお金で中区西門路1街に2階建の建物(105.7㎡)を2億3千万ウォンに購入した。 だが、建物が狭く展示空間が充分でないと1月そばの建物(129.0㎡)まで買い入れることに決めた。

建物の購入と改装費、展示費など必要な費用も5億ウォンから12億5千万ウォンに増えた。

だが、その間慰安婦歴史観建設に力を加えてほしいという粘り強い要請にも特別な反応がなかった女性家族部から昨年12月うれしい便りが伝えられた。 慰安婦歴史観をたてるのに2億ウォンを支援するという話であった。 もう3億ウォンだけ募金すれば慰安婦歴史観を開館できることになる。 今年中に開館する計画を立てている慰安婦歴史館にはハルモニが使った服とメガネ、時計など遺品と物品200点余りを展示する計画だ。

慰安婦被害者であるイ・ヨンス(86・大邱達西区)ハルモニは「大邱に慰安婦歴史館ができるのは私が生涯望んだ願い」と言い「皆さんが私たちに関心を見せ、力を貸してくれ本当にありがとう。 今年中に慰安婦歴史館が開館するのを必ず見ることができたら良いだろう」と話した。

市民会イ・インスン事務局長は「今月から歴史・建築・女性など専門家10人で歴史観実行委員会が構成された。 今年は必ず開館出来るように努力する」と話した。

女性家族部には237人の慰安婦被害ハルモニが登録されていたが、今は55人(23%)だけが生存している。 大部分が八十歳を遥かに越えた나であり(?)、98歳の被害ハルモニもいる。 大邱と慶北には現在のそれぞれ5人と2人のハルモニが生存している。

大邱新聞 2014.3.20

대구에 위안부 역사관 세운다

시민모임, 2012년부터 4억5천여만원 모금
여성가족부 2억 지원 약속…연내 개관 예정

“너희들은 나 죽으면 잊을 거지?”

지난 2010년 1월 지병으로 입원, 치료를 받던 김순악(84) 할머니가 말했다. “아니에요” 곁을 지키던 이인순 ‘정신대할머니와 함께하는 시민모임(이하 시민모임)’ 사무국장이 고개를 떨어뜨리며 낮은 목소리로 대답했다.

할머니는 곧 한 많은 삶을 마감했다. 열여섯 살에 만주로 끌려가 일본군 위안부가 됐던 할머니다. 할머니는 위안부 역사관을 세워달라는 유언과 함께 5천만원을 남겼다.

“위안부 할머니를 기억하시나요. 대구에 위안부 역사관을 짓는데 도와주세요” 그후 2년이 흐른 지난해 3월 8일 시민모임 활동가들이 거리로 나섰다.

이들은 대구 중구 동성로에서 일본군 위안부 피해 할머니들의 얼굴이 그려진 팸플릿을 사람들의 손에 쥐어줬다.

조그맣게 차려진 부스 안에서는 ‘희움’(희망을 모아 꽃피움) 팔찌를 판매했다. 대구에 위안부 역사관을 짓기 위해 민간에서 시민 모금 운동에 들어간 첫 날이었다.

대구에 위안부 역사관을 짓자는 목소리는 지난 2009년 12월부터 나오기 시작했다. 하지만 처음에는 여성가족부와 대구시가 이를 외면하면서 어려움을 겪었다.

시민모임은 더 이상 위안부 역사관 건립을 늦출 수 없다고 판단해, 지난해 3월 본격적으로 시민 모금에 나섰다. 지난해 10월까지 희움 팔찌를 팔아 4억5천여만원의 수익금을 모았다.

또 사람들이 조금씩 모금에 참여해 1천6천만원이 모였다.

시민단체는 모인 돈으로 중구 서문로 1가에 2층 건물(105.7㎡)을 2억3천만원에 매입했다. 하지만 건물이 좁아 전시 공간이 충분치 않자 지난 1월 옆 건물(129.0㎡)까지 사들이기로 결정했다.

건물 매입과 리모델링비, 전시비 등 필요한 돈도 5억원에서 12억5천만원으로 늘어났다.

하지만 그동안 위안부 역사관 건립에 힘을 보태달라는 꾸준한 요청에도 별다른 반응이 없던 여성가족부에서 지난해 12월 반가운 소식이 전해졌다. 위안부 역사관을 세우는데 2억원을 지원해주겠다는 이야기였다. 이제 3억원만 모금하면 위안부 역사관을 개관할 수 있게 된다. 올해 안에 문을 열 계획을 세워두고 있는 위안부 역사관에는 할머니들이 사용하던 옷과 안경, 시계 등 유품과 물품 200여점을 전시할 계획이다.

위안부 피해자인 이용수(86·대구 달서구) 할머니는 “대구에 위안부 역사관이 생기는 것은 내가 평생 동안 바랐던 소원”이라며 “모두가 우리에게 관심을 보이고 힘을 보태줘서 너무 고맙다. 올해 안에 위안부 역사관이 문을 여는 것을 꼭 볼 수 있었으면 좋겠다”고 말했다.

시민모임 이인순 사무국장은 “이달부터 역사·건축·여성 등 전문가 10명으로 역사관 실행위원회가 구성됐다. 올해는 꼭 개관될 수 있도록 노력할 것”이라고 말했다.

여성가족부에는 237명의 위안부 피해 할머니가 등록돼 있었지만, 지금은 55명(23%)만 살아있다. 대부분이 여든살을 훌쩍 넘긴 나이며, 98세인 피해 할머니도 있다. 대구와 경북에는 현재 각각 5명과 2명의 할머니들이 살고 있다.

2013/11/11

日本の企業家、テグ市の慰安婦資料館建設支援を約束

イ・ヨンスと小松(右)

島根県の企業家、小松昭夫(小松電気産業)が財政難に悩むテグ市の慰安婦資料館建設を支援すると約束。

彼が日韓関係の為に本気で何かしようと考えているのは分かるが、こういった博物館がどういう目的で利用されかねないかという事を、彼はどの程度認識しているのか?彼の話はほとんど新興宗教のように聞こえる。

日本の知識人「慰安婦歴史観建設支援」

「研究所・女性会関係者6人、大邱歴史館敷地訪問「建設肯定的…できる範囲で最善を尽くします」

日本の良心的な知識人が大邱で慰安婦被害者ハルモニと会い、慰安婦歴史館建設の支援を約束した。

財団法人人間自然科学研究所(理事長小松昭夫)をはじめとする光る未来を考える女性の会の関係者6人は2日、大邱市中区西門路にある日本軍慰安婦歴史館の敷地を訪れた。

彼らはこちらでイ・ヨンス(86)慰安婦ハルモニに会い、慰安婦問題解決のために意見を交わした。

懇談会で小松昭夫理事長は「慰安婦歴史館建設を肯定的に見ている」「できる範囲で建設を支援することに最善を尽くす」と明かした。
小松理事長はまた「日本では韓国との関係に対して100年戦争に行くかのように国民感情や世論が形成されている」として「この状態で行けば平和より共倒れになりかねない」と指摘した。

人間自然科学研究所と光る未来を考える女性の会は、去る8月大邱地方弁護士会平和使節団が慰安婦問題で島根県を訪問した際、多くの助けになるにつれ今回感謝の意味で招請したのだ。
小松理事長は1997年韓国独立記念館を訪問して日本人としては初めて献花と寄付をし、1998年には韓国赤十字社を通じて北朝鮮に食糧を支援することもある。

彼らが訪問した日本軍慰安婦歴史館は、2010年1月キム・スンアクおばあさんが亡くなる前、慰安婦歴史館建設に使ってくれとして5千万ウォンを寄付し本格的に推進された。

市民の会は市民の寄付を集め、7月大邱市中区西門路にあったチャンシン商会の建物(119㎡、地上2階)を買いとった。

挺身隊ハルモニと共にする市民の会のアン・ギョンウク代表は「歴史館建設に必要な5億ウォンの内半分程度集めた状態であり書籍の販売など多様な活動により基金を集めている」として「だが時間が経つほど寄付額は減少していて歴史館完成に困難に直面している」と話した。

大邱日報 2013.11.4

小松は、この夏イ・ヨンスらを招いて島根でシンポジウムを開催した。この話は、その時コメント欄で教えて頂いた。これが今回に繋がったらしい。なお、ソウルの慰安婦博物館にも多額のジャパンマネーが注ぎ込まれている。



일 지식인 “위안부 역사관 건립 지원”

“연구소·여성회 관계자 6명, 대구 역사관 부지 방문 “건립 긍정적…도움줄 수 있는 범위내 최선 다할 것”

일본의 양심적인 지식인들이 대구에서 위안부 피해자 할머니를 만나 위안부 역사관 건립 지원을 약속했다.
(재)인간 자연 과학연구소(이사장 코마츠 아키오)를 비롯한 빛나는 미래를 생각하는 여성회 관계자 6명은 지난 2일 대구시 중구 서문로에 위치한 일본군 위안부 역사관 부지를 찾았다.
이들은 이곳에서 이용수(86) 위안부 할머니를 만나 위안부 문제 해결을 위해 의견을 나눴다.
간담회에서 코마츠 아키오 이사장은 “위안부 역사관 건립을 긍정적으로 보고 있다”며 “건립에 도움을 줄 수 있는 범위 내에서 최선을 다하겠다 ”고 밝혔다.
아키오 이사장은 또 “일본에서는 한국과의 관계에 대해 100년 전쟁으로 갈 것처럼 국민정서나 여론이 형성되고 있다”며 “이 상태로 가다 보면 평화보다 공멸할 수 있다”고 지적했다.
인간 자연 과학연구소와 빛나는 미래를 생각하는 여성회는 지난 8월 대구지방변호사회 평화사절단이 위안부 문제로 시마네현을 방문했을 때 많은 도움을 줌에 따라 이번에 감사의 의미로 초청한 것이다.
아키오 이사장은 1997년 한국 독립기념관을 방문해 일본인으로서는 처음으로 헌화와 기부를 했으며, 1998년에는 대한 적십자사를 통해 북한에 식량을 지원하기도 했다.
이들이 방문한 일본군 위안부 역사관은 2010년 1월 김순악 할머니가 숨지기 전 위안부 역사관 건립에 써달라며 5천만원을 기부하면서 본격적으로 추진됐다.
시민모임은 시민들의 성금을 모아 지난 7월 대구시 중구 서문로에 위치한 창신상회(119㎡, 지상 2층) 건물을 매입했다.
정신대 할머니와 함께하는 시민모임 안경욱 대표는 “역사관 건립에 필요한 5억원 중 절반 정도 모은 상태이며 책 판매 등 다양한 활동을 통해 기금을 모으고 있다”며 “하지만 시간이 갈수록 성금액은 감소하고 있어 역사관 완공에 어려움을 겪고 있다”고 말했다.

2013/07/02

大邱市で新たな慰安婦博物館の為に募金活動



大邱市で「挺身隊ハルモニと共にする市民の会」が、新たな慰安婦博物館を作る為の募金活動を行っている。ブレスレットを作ったのは、以前にもオリジナルバッグを販売するなどして(ブルーミング・プロジェクト)ハルモニを支援してきた高麗大学の学生グループ。[参考 imaeil.com 2013.7.1]

[포토뉴스] 위안부 역사관 건립 거리 모금

‘위안부 할머니들의 못다 핀 꽃을 우리가 함께 피워 드릴게요.’ 일본군 위안부 역사관 건립을 위한 거리모금 캠페인이 29일 오후 대구 동성로에서 정신대할머니와 함께하는 시민모임 주최로 열린 가운데 시민들이 ‘희움’(희망을 꽃피움) 팔찌를 구입하고 있다. 이 팔찌는 일본군 ‘위안부’ 피해자 할머니들의 인권회복 운동을 지지하기 위해 고려대학교 경영대 동아리 사이프(SIFE)의 블루밍 프로젝트팀에 의해 만들어졌다.

2013/03/30

広島とテグ市の教師が共同教科書「親日派とは売国奴」


親日派と書くと、客観的な歴史観が養われるべき日本の子供たちが誤解する恐れがあるので、売国奴と分かる表記を工夫したと関係者は言う。実際は、国を思うがゆえに日本と結びつく事を選んだ人々もいたはずなのに。・・・これが広島の教師が考える客観性ですか?

ようするに、韓流ドラマを流す放送局をバイコクドーと罵っているのとあまり変わらない。日本では、こういう人は社会からちょっと白い目で見られるのだが。

真面目な話、竹島問題は両国(日本)の世論に配慮して除外したとあるように、慰安婦問題でも日本社会がもう少ししっかりした問題意識を持っていれば、少なくとも両国間に認識の差があるという程度の自覚でもあれば(韓国では「強制連行された性奴隷」、日本では戦地へ赴いた戦前の娼婦の悲話)、慰安婦問題でここまでつけ込まれる事はなかったろう。

慰安婦、強制徴用など近現代史扱った韓・日共通歴史教科書発刊

-全教組大邱(テグ)支部-日本、広島県教員組合7年間共同執筆

-開港期から1945年以後まで近現代史扱う

-韓日合併・慰安婦・強制徴用などデリケートな過去の歴史も含む…独島(竹島)問題は抜け

[ヘラルド経済=パク・スジン記者]韓国と日本の歴史教師たちが両国の近現代史を重点的に扱った共通歴史教科書を発刊する。 全教組大旧地部と日本、広島教職員組合所属小中高校歴史教師15人は去る2005年から約7年間の準備過程を経て韓・日共通歴史教科書副教材を発刊すると29日明らかにした。

2005年にも壬辰倭乱以後の朝鮮末期時代を扱った教材「朝鮮通信使」が発刊されたことはあるが開港期から1945年光復(解放)以後時期まで日帝強制占領期間が含まれた近現代史時期の歴史を韓国と日本の歴史教師たちが共同執筆したことは今回が初めて。 韓国版(韓国と日本、その間の歴史)と日本版(学習に継続する日本と韓国の近現代史)が両国で同時に発刊される。

韓日合併、強制徴用慰安婦問題など両国の解釈が大きく交錯する問題に対してお互いの見解を十分に反映して青少年が客観的な歴史意識を持てるようにしたのがこの本の特徴だ。 お互いの理解が異なることができる用語は議論を経て修正した。 例えば韓国で売国奴の意味で使われる「親日派」は、日本の子供たちには「日本と親しい」という意味に誤解されることがあるので、「親日反民族行為者」と書くことにした。

だが、両国が鋭く対立している独島(竹島)領有権問題は世論を考慮して含ませなかった。

今回の教科書は政府が認める検認正教果序ではないので教師の選択により副教材で使われることができる。

全教組関係者は「韓国と日本が平和的な関係を持続するためには過去の歴史を確かに知っていることが重要だ。 辛い歴史であるほど伏せておくよりはお互いがさらによく分れるように表わすことが必要だ」として「たとえ言語は違っても、同じ内容の共通教科書を通じて両国青少年が公道(共同?)の歴史認識を持てるようになって欲しい」と話した。

ヘラルド経済 2013.3.29

追記: こういうニュースも。←大邱の小中高校生960人と広島の小中高校生302人に対するアンケート結果。(オーマイニュース 2013.3.31)

위안부, 강제징용 등 근현대사 다룬 한ㆍ일 공통역사교과서 발간

- 전교조 대구지부-일본 히로시마현교원조합 7년 간 공동 집필

- 개항기부터 1945년 이후까지 근현대사 다뤄

- 한일합병ㆍ위안부ㆍ강제징용 등 예민한 과거사도 포함…독도문제는 빠져



[헤럴드경제=박수진 기자] 한국과 일본의 역사교사들이 양국의 근현대사를 중점적으로 다룬 공통역사교과서를 발간한다. 전교조 대구지부와 일본 히로시마교직원조합 소속 초중고교 역사교사 15명은 지난 2005년부터 약 7년 간의 준비 과정을 거쳐 한ㆍ일공통역사교과서 부교재를 발간한다고 29일 밝혔다.

2005년에도 임진왜란 이후의 조선 후기 시대를 다룬 교재 ‘조선통신사’가 발간된 적은 있지만 개항기부터 1945년 광복 이후 시기까지 일제강점기가 포함된 근현대사 시기의 역사를 한국과 일본의 역사교사들이 공동집필 한 것은 이번이 처음이다. 한국판(한국과 일본, 그 사이의 역사)과 일본판(배움으로 이어가는 일본과 한국의 근현대사)이 양국에서 동시에 발간된다.

한일합병, 강제징용, 위안부 문제 등 양국의 해석이 크게 엇갈리는 문제들에 대해 서로의 시각을 충분히 반영해 청소년들이 객관적인 역사 의식을 가질 수 있도록 한 것이 이 책의 특징이다. 서로의 이해가 다를 수 있는 용어는 논의를 거쳐 수정했다. 예를 들어 한국에서 매국노의 의미로 쓰이는 ‘친일파’는 일본 학생들에게는 ‘일본과 친하다’는 의미로 오해될 수 있어 ‘친일반민족행위자’로 쓰기로 했다.

하지만 양국이 첨예하게 대립하고 있는 독도 영유권 문제는 여론을 고려해 포함시키지 않았다.

이번 교과서는 정부가 인정하는 검인정교과서가 아니므로 교사의 선택에 따라 부교재로 사용될 수 있다.

전교조 관계자는 “한국과 일본이 평화적인 관계를 지속하기 위해서는 과거 역사를 확실히 아는 것이 중요하다. 아픈 역사일 수록 덮어두기보다는 서로가 더 잘알 수 있도록 드러내는 것이 필요하다”며 “비록 언어는 다르지만 동일한 내용의 공통교과서를 통해 두 나라 청소년이 공도의 역사인식을 가질 수 있길 바란다”고 말했다.

2012/01/27

旧正月にハルモニに牛肉の贈り物



とにかく韓国人慰安婦には寄付や援助が多い。

北朝鮮なら、よほどの慶事でなければ牛肉など口に入らないだろう。人道的観点から早急な解決が望まれると朝日新聞は言うが、そんな事は全然ないのである。

慰安婦ハルモニに旧正月贈物提供

「挺身隊ハルモニとともにする市民の会」会員たちが去る20日盆正月をむかえ、ツイッターを通じて募金活動を行って集めた寄付で大邱(テグ)地域の慰安婦ハルモニ家庭を訪問して布団と牛肉など贈り物を渡している。

ZUM 2012.1.25

위안부 할머니 설 명절 선물 전달


'정신대 할머니와 함께 하는 시민모임' 회원들이 지난 20일 설 명절을 맞아 트위터를 통해 모금활동을 벌여 모은 성금으로 대구지역 위안부 할머니 가정을 방문해 이불과 소고기 등 선물을 전달하고 있다.