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2015/06/25

国連人権高等弁務官、慰安婦博物館に招き、日本を牽制

「国連軍の慰安婦については?」
「魚心あれば水心、じゃよ」

「面会によって慰安婦問題が女性の人権問題であると内外に印象付け、日本側に対応を迫る狙いがあるとみられる」・・・毎日新聞の言う通り、これは駆け引きなので、口では「『51対49』でよい方向に向かっている」などと日本との交渉が順調であるかのように仄めかせつつ、水面下では相手の外堀を埋めようと懸命になっている。(追記: 挺対協はスイスにある人権高等弁務官事務所の本部にハルモニを送り込むなどパイプを作って来たので、慰安婦とゼイドの会合をセッティングしたのは、韓国政府ではなく挺対協なのだろう)

さて、記事では「戦時の女性への暴力などをテーマにしたソウルの博物館」と解説しているが、これはいわゆるソウルの慰安婦博物館のこと。日本軍性奴隷制度をテーマにしながら、「戦争と女性の人権博物館」という看板を掲げている。店先に適当な商品を並べて店の裏で後ろ暗い商売をやっているというのは、どこの国にもあるということ。

せっかく国連から人権高等弁務官が訪ねて来てくれたのに、戦争と女性の人権博物館側が、韓国が国連軍に提供した慰安婦のことを展示するのをうっかり忘れてました、なんてことは大いにありそうな話である(ほぼ100%?)。国連だって、出来れば表沙汰にして欲しくなことはあるわけで。

韓国:国連人権弁務官、元慰安婦と面会「解決に努力」

韓国を訪問中の国連のゼイド人権高等弁務官は24日、戦時の女性への暴力などをテーマにしたソウルの博物館で、旧日本軍の元従軍慰安婦の韓国人女性3人と面会した。韓国外務省によると、国連人権高等弁務官が訪韓し元慰安婦と会うのは初めて。関係者によると、ゼイド氏は面会で「国連は問題の解決に向け努力する」と述べた。

韓国側には、面会によって慰安婦問題が女性の人権問題であると内外に印象付け、日本側に対応を迫る狙いがあるとみられる。ゼイド氏の前任者ピレイ氏は昨年8月の声明で、日本政府が「包括的で公平、永続的な解決」を追求しなかったと批判している。

毎日 2015.6.25[2]

大統領と会うより被害ハルモニに会う方が重要だとゼイド高等弁務官。

慰安婦被害者に会った国連人権高等弁務官「解決に向けて努力する」

ゼイド・ラアド・ゼイド・アル・フセイン国連人権高等弁務官が旧日本軍慰安婦被害者に会い、問題の解決に向けて努力すると述べた。ゼイド氏は国連人権分野のトップだ。

国連北朝鮮人権現場事務所のソウル開所式のために韓国を訪問したゼイド最高代表は24日、韓国挺身隊問題対策協議会(挺身隊対策協)が運営する「戦争と女性人権博物館」を訪問し、慰安婦被害者の金福童(キム・ボクドン)さん(89)、吉元玉(キル・ウォンオク)さん(86)、李容洙(イ・ヨンス)さん(86)と面談した。この日の面談は、ゼイド氏が「おばあさんたちの話を静かに聞きたい」という意向を明らかにし、実現した。ゼイド氏は事前に慰安婦被害者の事情について文書で受けていたという。

ユン・ミヒャン挺身隊対策協代表は「おばあさんたちが『よろしくお願いします』と言うと、ゼイド氏は『おばあさんたちは私の母と似た年齢だ。私は母の言葉をよく聞く。お母さんたちが話したことを解決するために国連で努力する』と答えた」と面談の内容を伝えた。面談でキムさんが「私たちが話すよりゼイド弁務官のような方が一度話すことが重要だ」と話すと、ゼイド氏は「生存しているおばあさんの肉声が重要で、力がある。おばあさんは私の諮問委員だ」と答えたという。

ゼイド氏は面談後、記者らに対し、「先任者のナバネセム・ピレイ最高代表が慰安婦被害者の苦痛に関する立場を表明し、私もそうしてきた」とし「慰安婦の立場を代弁するために努力する」と述べた。また「(朴槿恵)大統領に会って長官にも会う予定だが、それよりも3人に会うことがもっと重要だと考えた」と語った。

この日、慰安婦被害者はゼイド氏の上着に慰安婦被害問題を象徴する徽章を付け慰安婦少女像を縮小した「平和碑」を贈った。李容洙さんは「わざわざ足を運んで私たちの話を聞いてくださったので、解決に向かうという信頼がある」と語った。


翌日(25日)パク・クネ大統領とも面会。大統領もまたこの機会を利用して慰安婦問題をアピール。

「戦時の女性人権保護の問題でもある」
パパ(米軍慰安婦)の件はいいの?

朴大統領 国連弁務官と会談=北朝鮮人権事務所に期待

韓国の朴槿恵(パク・クネ)大統領は25日、青瓦台(大統領府)で国連のゼイド・フセイン人権高等弁務官と会談し、先ごろソウルに開設された国連の北朝鮮人権事務所について「北の住民の人権を実質的に改善するための拠点として重要な役割を果たすよう期待する」と述べた。

ゼイド氏は同事務所開設や国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)の活動に対する韓国政府の支援に謝意を示し、北朝鮮の人権状況改善のため努力を続けると約束した。

朴大統領はまた、ゼイド氏が来韓中に旧日本軍の元慰安婦の女性らと面会したことに関連し、「慰安婦問題の解決は韓日関係の未来志向的発展のためにも重要だが、戦時の女性人権保護の問題でもある」と指摘。苦痛に満ちた人生を送ってきた被害者の女性らが存命中に名誉と尊厳を回復することが重要だと強調した。


2015/06/09

テグ(大邱)に4番目の慰安婦歴史館


開館にこぎつけるまでには資金的な困難があったようである。幸い、日本の実業家から寄付の申し出があったり、韓国政府からの援助があったり。イ・ヨンスも募金活動に活躍したりした。

8月15日に韓国で4番目の慰安婦歴史館が誕生

 大邱に開館する「フィウム日本軍慰安婦歴史館」
5年ぶりに実現したキム・スンイアクお婆さんの遺志

「お前たち、私が死んだら、忘れるだろう?」

日本植民地時代、慶尚北道慶山(キョンサン)から日本軍慰安婦として連行された故キム・スンアクお婆さん(当時84歳)いつもこう言っていた。

「そんなことありませんよ。お婆さんがお亡くなりになっても絶対忘れたりしません」

「挺身隊ハルモニ(お婆さん)と共にする市民の会」のイ・インスン事務局長(51)は、お婆さんがそう言う度に、このように答えながら首を横に振った。

お婆さんは2010年1月、大邱(テグ)のある病院で持病が原因で苦難に満ちた一生を終えた。冷たい風が吹いていた冬の日だった。お婆さんは「大邱に日本軍慰安婦歴史館を建てるのに使ってくれ」と5000万ウォン(約550万円)を残した。その年は全国で慰安婦被害お婆さん9人がこの世を去った。

忘れ去られることが悲しかったお婆さんの小さな夢が、没後5年で叶えられることになった。全国で4番目に大邱日本軍慰安婦歴史館(写真)が光復節の8月15日に開館する。日本軍慰安婦の歴史、これを解決するためのこれまでの活動、故キム・スンアクお婆さんをはじめとする日本軍慰安婦被害おばあさんの話が歴史観で展示される。 1階は展示室やオフィス、2階は企画展示室と教育観になっている。

大邱では2000年代初頭から日本軍慰安婦歴史館を作ろうという話が出てきた。しかし、なかなか本格化せず、2009年12月、ようやく市民団体を中心に建設推進委員会が組織された。故キム・スンアクお婆さんが亡くなる1カ月前だった。

キムお婆さんが亡くなると、大邱に日本軍慰安婦歴史館を建立するため、市民の募金運動が始まった。挺身隊ハルモニと共にする市民の会では、フィウムブレスレットを販売して収益金を集めた。フィウムとは「希望を集め、花を咲かせる」という意味である。女性家族部と大邱市がそれぞれ2億ウォン(1円=9ウォン)を、大邱中(チュン)区が4000万ウォンを出した。他の日本軍慰安婦被害お婆さんたちも1000万ウォンを寄付した。 そのように12億5000万が集まった。

挺身隊ハルモニと共にする市民の会は、大邱日本軍慰安婦歴史館を作るために1920年代に建てられた和風2階建ての店舗だったチャンシン商会(大邱中区西門路1街)の建物を買った。昨年8月30日から補修工事を始めた。当初は、昨年12月10日(世界人権宣言の日)と、今年3月8日(世界女性の日)にオープンする予定だったが、予想以上に補修工事に時間がかかり、開館日が2回も延期された。

大邱で開館する日本軍慰安婦歴史館の名前は「フィウム日本軍慰安婦歴史館」に決まった。京畿道広州(クァンジュ)にあるナヌムの家の「日本軍慰安婦歴史館」(1998年)、釜山(プサン)水営(スヨン)区の「民族と女性の歴史観(ママ)」(2004年)、ソウル麻浦(マポ)区の「戦争と女性の人権博物館」(2012年)に続き、国内で4番目に建てられた慰安婦歴史館である。

イ・インスン市民の会事務局長は「何よりも故キム・スンアクお婆さんとの約束を守ることができて、とても嬉しい。多くの市民たちに協力していただいただけに、お婆さんたちが忘れ去られないように、歴史観をきちんと運営していきたい」と述べた。

女性家族部には合わせて238人(6月1日現在)の日本軍慰安婦被害お婆さんが登録されている。このうち生存者は52人しかいない。今年だけでもお婆さん3人がこの世を去った。生きている日本軍慰安婦被害お婆さんの平均年齢は88.8歳である。


2014/05/08

台湾にも慰安婦博物館計画


「全世界の戦争被害地域女性の人権問題なども光を当てる」という綺麗事はソウルの博物館と同じなのだが、台湾(国民党軍)にも慰安所があったわけで、その事にも触れるのでなければ偽善である。馬総統に公式謝罪を求めたという話は聞いたことがない。

台湾の人権団体「日本軍慰安婦博物館建設推進」

人権団体である台北女性救済(?)財団は国民募金方式で台北に日本軍慰安婦博物館をたてる予定だと7日明らかにした。 博物館は子孫に過去の歴史を知らせ誤った歴史を正す活動に参加するようにしようとする趣旨だ。

康淑華財団事務局長は「台湾に生存した日本軍慰安婦被害者おばあさんらと関連した資料だけでなく全世界の戦争被害地域女性の人権問題なども光を当てるだろう」と話した。

台湾には日本軍慰安婦だったと公に明らかにした被害者58人の中で現在5人が生存している。第 2次大戦時、台湾では2,000人余りの女性が日本に慰安婦で強制動員されたと伝えられた。 女性救済財団は被害者が全員亡くなる前に日本当局が公式に謝罪し賠償すべきとも促した。

韓国日報 2014.5.7


인권단체인 타이베이 여성구호재단은 국민모금 방식으로 타이베이에 일본군 위안부 박물관을 세울 예정이라고 7일 밝혔다. 박물관은 후손에 과거의 역사를 알리고 잘못된 역사를 바로잡는 활동에 동참하도록 하려는 취지다.

캉수화(康淑華) 재단 사무국장은 "대만에 생존한 일본군 위안부 피해자 할머니들과 관련된 자료뿐만 아니라 전세계 전쟁 피해 지역 여성의 인권 문제 등도 조명할 것"이라고 말했다.

대만에는 일본군 위안부였다고 공개적으로 밝힌 피해자 58명 가운데 현재 5명이 생존해 있다. 2차 대전 당시 대만에서는 2,000여명의 여성이 일본에 위안부로 강제 동원된 것으로 전해졌다. 여성구호재단은 피해자가 모두 세상을 떠나기 전에 일본 당국이 공식적으로 사과하고 배상하라고도 촉구했다.

2014/03/23

大邱市慰安婦歴史館、今年中のオープン目指す


テグ市にオープン予定に新しい慰安婦博物館については、何度かお伝えしている。その続報。

5000万ウォンとすると、現在のレートで470万円超。以前のニュースにもちょっと出たが、キム・スンアク・ハルモニは、この二倍のお金を残して亡くなっている。昨年の12月になって、女性家族部が2億ウォン(約2千万円)を支援することになったのは、慰安婦問題の国際的キャンペーンを繰り広げるチョ・ユンソン女性家族部長官の方針だろう。小松電気産業の小松昭夫が支援を申し出た件については、触れられていない。

大邱に慰安婦歴史館建てる

市民会、2012年から4億5千万ウォン余り募金、女性家族部2億支援約束…年内開館予定

「貴方たちは私死ねば忘れるんだろう?」

去る2010年の1月に持病で入院、治療を受けたキム・スンアク(84)ハルモニが話した。 「違います」そばを守ったイ・インスン「挺身隊ハルモニと共にする市民の会(以下市民会)」事務局長が頭を垂れて低い声で答えた。

ハルモニはまもなく恨み多い生涯を終えた。 十六才で満州に連行され、日本軍慰安婦になったハルモニだ。 ハルモニは慰安婦歴史館をたててほしいという遺言と共に5千万ウォンを残した。

「慰安婦ハルモニを記憶されるんですか。 大邱に慰安婦歴史観を作るのに助けてください」2年が過ぎた昨年の3月8日、市民会活動家が通りに出た。

彼らは大邱広域市中区東城路で日本軍慰安婦被害ハルモニの顔が描かれたパンフレットを人々の手に握られた。

小さなブースの中では「ヒウム(希望を集めて花を咲かせる)」ブレスレットを販売した。 大邱に慰安婦歴史館を作るために民間で市民募金運動が始まった日だった。

大邱に慰安婦歴史観を作ろうという声は2009年12月から出て始めた。 だが、当初は女性家族部と大邱市がこれを冷遇し困難を経験した。

市民会はこれ以上慰安婦歴史観建設を遅らせられないと判断し、昨年3月本格的に市民募金に出た。 昨年10月までヒウム腕輪を売り、4億5千万ウォン余りの収益金を集めた。

また、人々が少しずつ募金に参加して1千6千万ウォンが集まった。

市民団体は集まったお金で中区西門路1街に2階建の建物(105.7㎡)を2億3千万ウォンに購入した。 だが、建物が狭く展示空間が充分でないと1月そばの建物(129.0㎡)まで買い入れることに決めた。

建物の購入と改装費、展示費など必要な費用も5億ウォンから12億5千万ウォンに増えた。

だが、その間慰安婦歴史観建設に力を加えてほしいという粘り強い要請にも特別な反応がなかった女性家族部から昨年12月うれしい便りが伝えられた。 慰安婦歴史観をたてるのに2億ウォンを支援するという話であった。 もう3億ウォンだけ募金すれば慰安婦歴史観を開館できることになる。 今年中に開館する計画を立てている慰安婦歴史館にはハルモニが使った服とメガネ、時計など遺品と物品200点余りを展示する計画だ。

慰安婦被害者であるイ・ヨンス(86・大邱達西区)ハルモニは「大邱に慰安婦歴史館ができるのは私が生涯望んだ願い」と言い「皆さんが私たちに関心を見せ、力を貸してくれ本当にありがとう。 今年中に慰安婦歴史館が開館するのを必ず見ることができたら良いだろう」と話した。

市民会イ・インスン事務局長は「今月から歴史・建築・女性など専門家10人で歴史観実行委員会が構成された。 今年は必ず開館出来るように努力する」と話した。

女性家族部には237人の慰安婦被害ハルモニが登録されていたが、今は55人(23%)だけが生存している。 大部分が八十歳を遥かに越えた나であり(?)、98歳の被害ハルモニもいる。 大邱と慶北には現在のそれぞれ5人と2人のハルモニが生存している。

大邱新聞 2014.3.20

대구에 위안부 역사관 세운다

시민모임, 2012년부터 4억5천여만원 모금
여성가족부 2억 지원 약속…연내 개관 예정

“너희들은 나 죽으면 잊을 거지?”

지난 2010년 1월 지병으로 입원, 치료를 받던 김순악(84) 할머니가 말했다. “아니에요” 곁을 지키던 이인순 ‘정신대할머니와 함께하는 시민모임(이하 시민모임)’ 사무국장이 고개를 떨어뜨리며 낮은 목소리로 대답했다.

할머니는 곧 한 많은 삶을 마감했다. 열여섯 살에 만주로 끌려가 일본군 위안부가 됐던 할머니다. 할머니는 위안부 역사관을 세워달라는 유언과 함께 5천만원을 남겼다.

“위안부 할머니를 기억하시나요. 대구에 위안부 역사관을 짓는데 도와주세요” 그후 2년이 흐른 지난해 3월 8일 시민모임 활동가들이 거리로 나섰다.

이들은 대구 중구 동성로에서 일본군 위안부 피해 할머니들의 얼굴이 그려진 팸플릿을 사람들의 손에 쥐어줬다.

조그맣게 차려진 부스 안에서는 ‘희움’(희망을 모아 꽃피움) 팔찌를 판매했다. 대구에 위안부 역사관을 짓기 위해 민간에서 시민 모금 운동에 들어간 첫 날이었다.

대구에 위안부 역사관을 짓자는 목소리는 지난 2009년 12월부터 나오기 시작했다. 하지만 처음에는 여성가족부와 대구시가 이를 외면하면서 어려움을 겪었다.

시민모임은 더 이상 위안부 역사관 건립을 늦출 수 없다고 판단해, 지난해 3월 본격적으로 시민 모금에 나섰다. 지난해 10월까지 희움 팔찌를 팔아 4억5천여만원의 수익금을 모았다.

또 사람들이 조금씩 모금에 참여해 1천6천만원이 모였다.

시민단체는 모인 돈으로 중구 서문로 1가에 2층 건물(105.7㎡)을 2억3천만원에 매입했다. 하지만 건물이 좁아 전시 공간이 충분치 않자 지난 1월 옆 건물(129.0㎡)까지 사들이기로 결정했다.

건물 매입과 리모델링비, 전시비 등 필요한 돈도 5억원에서 12억5천만원으로 늘어났다.

하지만 그동안 위안부 역사관 건립에 힘을 보태달라는 꾸준한 요청에도 별다른 반응이 없던 여성가족부에서 지난해 12월 반가운 소식이 전해졌다. 위안부 역사관을 세우는데 2억원을 지원해주겠다는 이야기였다. 이제 3억원만 모금하면 위안부 역사관을 개관할 수 있게 된다. 올해 안에 문을 열 계획을 세워두고 있는 위안부 역사관에는 할머니들이 사용하던 옷과 안경, 시계 등 유품과 물품 200여점을 전시할 계획이다.

위안부 피해자인 이용수(86·대구 달서구) 할머니는 “대구에 위안부 역사관이 생기는 것은 내가 평생 동안 바랐던 소원”이라며 “모두가 우리에게 관심을 보이고 힘을 보태줘서 너무 고맙다. 올해 안에 위안부 역사관이 문을 여는 것을 꼭 볼 수 있었으면 좋겠다”고 말했다.

시민모임 이인순 사무국장은 “이달부터 역사·건축·여성 등 전문가 10명으로 역사관 실행위원회가 구성됐다. 올해는 꼭 개관될 수 있도록 노력할 것”이라고 말했다.

여성가족부에는 237명의 위안부 피해 할머니가 등록돼 있었지만, 지금은 55명(23%)만 살아있다. 대부분이 여든살을 훌쩍 넘긴 나이며, 98세인 피해 할머니도 있다. 대구와 경북에는 현재 각각 5명과 2명의 할머니들이 살고 있다.

2013/11/11

日本の企業家、テグ市の慰安婦資料館建設支援を約束

イ・ヨンスと小松(右)

島根県の企業家、小松昭夫(小松電気産業)が財政難に悩むテグ市の慰安婦資料館建設を支援すると約束。

彼が日韓関係の為に本気で何かしようと考えているのは分かるが、こういった博物館がどういう目的で利用されかねないかという事を、彼はどの程度認識しているのか?彼の話はほとんど新興宗教のように聞こえる。

日本の知識人「慰安婦歴史観建設支援」

「研究所・女性会関係者6人、大邱歴史館敷地訪問「建設肯定的…できる範囲で最善を尽くします」

日本の良心的な知識人が大邱で慰安婦被害者ハルモニと会い、慰安婦歴史館建設の支援を約束した。

財団法人人間自然科学研究所(理事長小松昭夫)をはじめとする光る未来を考える女性の会の関係者6人は2日、大邱市中区西門路にある日本軍慰安婦歴史館の敷地を訪れた。

彼らはこちらでイ・ヨンス(86)慰安婦ハルモニに会い、慰安婦問題解決のために意見を交わした。

懇談会で小松昭夫理事長は「慰安婦歴史館建設を肯定的に見ている」「できる範囲で建設を支援することに最善を尽くす」と明かした。
小松理事長はまた「日本では韓国との関係に対して100年戦争に行くかのように国民感情や世論が形成されている」として「この状態で行けば平和より共倒れになりかねない」と指摘した。

人間自然科学研究所と光る未来を考える女性の会は、去る8月大邱地方弁護士会平和使節団が慰安婦問題で島根県を訪問した際、多くの助けになるにつれ今回感謝の意味で招請したのだ。
小松理事長は1997年韓国独立記念館を訪問して日本人としては初めて献花と寄付をし、1998年には韓国赤十字社を通じて北朝鮮に食糧を支援することもある。

彼らが訪問した日本軍慰安婦歴史館は、2010年1月キム・スンアクおばあさんが亡くなる前、慰安婦歴史館建設に使ってくれとして5千万ウォンを寄付し本格的に推進された。

市民の会は市民の寄付を集め、7月大邱市中区西門路にあったチャンシン商会の建物(119㎡、地上2階)を買いとった。

挺身隊ハルモニと共にする市民の会のアン・ギョンウク代表は「歴史館建設に必要な5億ウォンの内半分程度集めた状態であり書籍の販売など多様な活動により基金を集めている」として「だが時間が経つほど寄付額は減少していて歴史館完成に困難に直面している」と話した。

大邱日報 2013.11.4

小松は、この夏イ・ヨンスらを招いて島根でシンポジウムを開催した。この話は、その時コメント欄で教えて頂いた。これが今回に繋がったらしい。なお、ソウルの慰安婦博物館にも多額のジャパンマネーが注ぎ込まれている。



일 지식인 “위안부 역사관 건립 지원”

“연구소·여성회 관계자 6명, 대구 역사관 부지 방문 “건립 긍정적…도움줄 수 있는 범위내 최선 다할 것”

일본의 양심적인 지식인들이 대구에서 위안부 피해자 할머니를 만나 위안부 역사관 건립 지원을 약속했다.
(재)인간 자연 과학연구소(이사장 코마츠 아키오)를 비롯한 빛나는 미래를 생각하는 여성회 관계자 6명은 지난 2일 대구시 중구 서문로에 위치한 일본군 위안부 역사관 부지를 찾았다.
이들은 이곳에서 이용수(86) 위안부 할머니를 만나 위안부 문제 해결을 위해 의견을 나눴다.
간담회에서 코마츠 아키오 이사장은 “위안부 역사관 건립을 긍정적으로 보고 있다”며 “건립에 도움을 줄 수 있는 범위 내에서 최선을 다하겠다 ”고 밝혔다.
아키오 이사장은 또 “일본에서는 한국과의 관계에 대해 100년 전쟁으로 갈 것처럼 국민정서나 여론이 형성되고 있다”며 “이 상태로 가다 보면 평화보다 공멸할 수 있다”고 지적했다.
인간 자연 과학연구소와 빛나는 미래를 생각하는 여성회는 지난 8월 대구지방변호사회 평화사절단이 위안부 문제로 시마네현을 방문했을 때 많은 도움을 줌에 따라 이번에 감사의 의미로 초청한 것이다.
아키오 이사장은 1997년 한국 독립기념관을 방문해 일본인으로서는 처음으로 헌화와 기부를 했으며, 1998년에는 대한 적십자사를 통해 북한에 식량을 지원하기도 했다.
이들이 방문한 일본군 위안부 역사관은 2010년 1월 김순악 할머니가 숨지기 전 위안부 역사관 건립에 써달라며 5천만원을 기부하면서 본격적으로 추진됐다.
시민모임은 시민들의 성금을 모아 지난 7월 대구시 중구 서문로에 위치한 창신상회(119㎡, 지상 2층) 건물을 매입했다.
정신대 할머니와 함께하는 시민모임 안경욱 대표는 “역사관 건립에 필요한 5억원 중 절반 정도 모은 상태이며 책 판매 등 다양한 활동을 통해 기금을 모으고 있다”며 “하지만 시간이 갈수록 성금액은 감소하고 있어 역사관 완공에 어려움을 겪고 있다”고 말했다.

2013/11/08

プサン訪れた世界の教会関係者、慰安婦蛮行に「神よ!」

日本軍は子宮を焼き腹を裂いた
驚きの表情で?写真を見つめる世界のキリスト教関係者

ソウルのものほど有名ではないが、釜山の慰安婦博物館。資金不足で閉館の瀬戸際に立ったこともあったが、その後なんとか持ち直した。で、この度、世界教会協議会(WCC)の総会が釜山で開かれるのを機会に、関係者相手にこんな事をレクチャーしている。

日本軍は勉強させてやるなどと騙し朝鮮人少女を慰安婦として連行、焼けた棒を子宮に突っ込んだり腹を裂いた。こんな話、今どき北朝鮮でしか聞かれないと思ったが・・・。

日本ウェズリー財団とは、公益財団法人Wesley Foundationのことだろうか(要確認)?日本人牧師が、韓国人慰安婦はお金の為に働いていたと思っていたと語ったというのは話が出来すぎのような気がする。

WCC第10次総会参加者、日本の慰安婦実状に驚き…釜山総会に公式提起

世界教会協議会(WCC)第10次総会の参加者が日本軍慰安婦問題を釜山総会に公式提起することにした。 慰安婦問題が全世界の教会の「国連」と呼ばれるWCC総会で扱われれば、日本政府に相当な圧迫になると予想される。

総会週末プログラム参加者40人余りは2日、釜山、水営洞の「日本軍慰安婦ハルモニのための民族と女性展示館」(館長キム・ムンスク)を訪問。日本軍慰安婦の実状に接し、衝撃と怒りに震えた。 女性歴史館ホ・ポクヒ幹事は彼らに「1937年から日本軍が朝鮮人の10代少女に『勉強をさせてお金を稼がせてやる』と言っておびき出したり拉致して慰安婦として連れて行き、性的欲求を満たした」としながら「そうして引っ張っていった女性が20万人」と説明した。 引き続き「日本軍将校に性病を移したとし火に熱した棒で焼き子宮を摘出(?)したり妊娠したという理由で腹を裂いた(?)こともあった」とし「彼らは言葉どおり性奴隷であった」と伝えた。 参加者は「オオ!」 「Oh my god(神よ)」などと嘆き日本軍の蛮行に身震いした。
こちらに展示された文書と写真、動画資料などを見た参加者は、慰安婦問題をWCC総会に公式提起すると明らかにした。日本ウェズリー財団の総務ゴカイ・ヒカリ(52・女)牧師は「このような話は学校でも習ったことも聞いたこともない。 これまで韓国女性たちが単純に金を儲けるためにそのような仕事をしたと理解していた」としながら「日本人のひとりとして非常に心が痛み恥ずかしい」と謝った。

世界YWCAのニヤラドゥジャイクムボンズバンダ総務は「日本から必ず謝罪を受けなければならない」と言い「この問題をWCC総会に公式提起する」と話した。 参加者は帰ってくるバスの中で緊急会議を開き、総会女性代議員名義で日本政府を糾弾する声明を発表し、WCCの最終決議案にもこの問題を含ませることに同意を集めた。




WCC 제10차 총회 참가자들, 日 위안부 실상에 경악… 부산총회에 공식 제기

세계교회협의회(WCC) 제10차 총회 참가자들이 일본군 위안부 문제를 부산총회에 공식 제기하기로 했다. 위안부 문제가 전 세계 교회의 ‘유엔’으로 불리는 WCC 총회에서 다뤄지면 일본 정부에 상당한 압박이 될 것으로 예상된다.

총회 주말프로그램 참가자 40여명은 2일 부산 수영동 ‘일본군 위안부 할머니를 위한 민족과 여성 전시관’(관장 김문숙)을 방문, 일본군 위안부의 실상을 접하고 충격과 분노에 빠졌다. 여성역사관 허복희 간사는 이들에게 “1937년부터 일본군이 조선인 10대 소녀들에게 ‘공부를 시켜주고 돈을 벌게 해 주겠다’며 꾀어내거나 납치해 위안부로 끌고 가 성적 욕구를 충족시켰다”면서 “그렇게 끌고 간 여성만 20만명”이라고 설명했다. 이어 “일본군 장교에게 성병을 옮겼다며 불에 달군 막대기로 지져 자궁을 들어내거나 임신했다는 이유로 배를 가른 일도 있었다”며 “그들은 말 그대로 성노예였다”고 전했다. 참가자들은 “오우!” “오 마이 갓!” 등으로 탄식하며 일본군의 만행에 몸서리를 쳤다.

이곳에 전시된 문건과 사진, 동영상 자료 등을 살펴본 참가자들은 위안부 문제를 WCC 총회에 공식 제기하겠다고 밝혔다. 일본 웨슬리재단 총무 히카리 고카이(52·여) 목사는 “이런 이야기는 학교에서도 배운 적도, 들어본 적도 없다. 그동안 한국 여성들이 단순히 돈을 벌기 위해 그런 일을 한 것으로 알고 있었다”면서 “일본인의 한 사람으로서 매우 고통스럽고 부끄럽다”고 사과했다.

세계YWCA의 니야라드자이 굼본즈반다 총무는 “일본으로부터 반드시 사죄를 받아야 한다”면서 “이 문제를 WCC 총회에 공식 제기하겠다”고 말했다. 참가자들은 돌아오는 버스 안에서 긴급회의를 열어 총회 여성 대의원 명의로 일본 정부를 규탄하는 성명을 발표하고 WCC의 최종 결의안에도 이 문제를 포함시키기로 뜻을 모았다.

2013/08/08

慰安婦絵本制作追ったドキュメンタリー公開

絵本「花のハルモニ」 日本語版の出版は断念

この絵本について最初に取り上げたのは三年前。その後、紆余曲折あったようだ。結局日本語版の出版は断念したらしい。日本の右翼の攻撃を警戒したのだと関係者は言う。アン・セホン騒動もあったから、そういった事はあったのかもしれないが、レイプ・オブ・南京のように、突っ込みどころが多すぎて出版を断念せざるを得なかったケースもある。シム・ダルヨンは、野草をつみに出た所を日本軍に拉致されたと言っている。




慰安婦テーマの絵本制作を追った映画公開へ=韓国

旧日本軍の従軍慰安婦だったシム・ダルヨンさんは押し花が唯一の趣味。美しい色と形をそのまま乾燥させた花は、シムさんの奪われた青春を象徴するかのようだ。

絵本作家の権倫徳(クォン・ユンドク)氏は、シムさんの証言を基に従軍慰安婦の物語を絵本にして平和の大切さを伝えようと決心した。

この計画は2007年に韓国と日本、中国の絵本作家が、それぞれが考える「平和」を絵本で表現し、同時出版する企画がきっかけとなった。韓国の出版社「サゲジョル(四季の意味)」が日本の出版社「童心社」とともに企画した。

韓国で今月公開されるドキュメンタリー映画「描きたいもの」(原題)は権氏が絵本「花のおばあさん」(原題)を完成させるまでを記録したものだ。

当初、慰安婦だったおばあさんの絵本をつくるという権氏の計画にはたくさんの支持があった。だが、権氏のスケッチが次第に具体化していくと状況は一変した。

日本軍が配った避妊具と天皇を並べて描いたスケッチに、日本の出版社側が難色を示した。日本の軍人個人の過ちではなく戦争に動員される状況そのものの残忍性を表現するため、顔のない軍人を描いたこともやはり子どもたちに見せるには残忍だという指摘を受けた。

また、子どもたちに「戦争」や「侵略」を説明するのは難しいという理由で、日本軍が慰安婦の少女の髪をつかんで引っ張っていく場面を修正してほしいと言われた。

権氏は絵本作家の創作を侵害するこうした指摘に不満を示しながらも、3カ国で平和の絵本を出版するという大義のためスケッチを何度も修正した。

こうした時間の流れとともに権氏の心境にも変化があった。権氏個人にも口には出せない心の傷があり、絵本を書きながらあふれる感情を描いた。自身の苦痛を絵本に反映せざるを得なかった。

しかし、3年という時間が経ち、自ら傷を癒してさらに成長し、子どもたちに元慰安婦の女性たちが抱える痛みや平和の価値をどう伝えるのが良いのか答えを見つけた。

こうして完成させた絵本は韓国と日本の小学生を対象にしたモニタリングで大きな反響を得た。権氏の絵本に接した日本の子どもたちは「そんなことがあったなんて知りませんでした。とてもショックです」と感想を話した。

こうした成果があったにもかかわらず、権氏の絵本は韓国でのみ出版される。童心社は権氏の絵本を評価しながらも、日本の右翼からの攻撃を警戒し出版をためらっている。その間、絵本の主人公になったシムさんが亡くなった。

4年余りの過程を丁寧に記録したこのドキュメンタリー映画は、シムさんの現実を映し、戦争という歴史の犠牲になった女性の痛み、またその歴史が今どう失われていくのかを映し出す。

元慰安婦の証言に耳を傾けてこなかった韓国社会の無関心も痛感させられる。絵本の中の切なく美しい花と少女の絵を映した映画のエンディングも涙を誘う。

同作の監督を務めたクォン・ヒョ監督と製作スタッフ、配給会社は公開を前に特別試写会を開き、その収益金全額を「日本軍慰安婦歴史館建立基金」に寄付する予定だ。

同作は15日に韓国で封切られる。


オマケ: 2年半前の関係者のインタビュー

2013/07/02

大邱市で新たな慰安婦博物館の為に募金活動



大邱市で「挺身隊ハルモニと共にする市民の会」が、新たな慰安婦博物館を作る為の募金活動を行っている。ブレスレットを作ったのは、以前にもオリジナルバッグを販売するなどして(ブルーミング・プロジェクト)ハルモニを支援してきた高麗大学の学生グループ。[参考 imaeil.com 2013.7.1]

[포토뉴스] 위안부 역사관 건립 거리 모금

‘위안부 할머니들의 못다 핀 꽃을 우리가 함께 피워 드릴게요.’ 일본군 위안부 역사관 건립을 위한 거리모금 캠페인이 29일 오후 대구 동성로에서 정신대할머니와 함께하는 시민모임 주최로 열린 가운데 시민들이 ‘희움’(희망을 꽃피움) 팔찌를 구입하고 있다. 이 팔찌는 일본군 ‘위안부’ 피해자 할머니들의 인권회복 운동을 지지하기 위해 고려대학교 경영대 동아리 사이프(SIFE)의 블루밍 프로젝트팀에 의해 만들어졌다.

2013/06/11

日本のキリスト教団体、挺対協に総額2260万円の寄付


残念ながら、我々日本人(在住者)は過去に北朝鮮にミサイルの部品や資金を援助したし、今も最大の反日団体とも言われる挺対協に多額のジャパンマネーが流れ込んでいるらしい。もともと、慰安婦博物館の建設を支援する為に、日本で相当な額の資金が集められたことは知られていた。日韓の市民から集めた総額20億ウォンの内、日本からの寄付が約7億ウォン(5000万円)だったというから、半分近い金が日本からの寄付だったことになる[ソース/魚拓]

それにしても96年から総額で2260万円の寄付。慰安婦問題が宗教化しているとは思っていたが、これでは統一教会と変わらない・・・と、言ったら言い過ぎか?

追記: 寄付したのは、日本キリスト教協議会だったらしい。この団体の募金活動は二年前にも取り上げた

日本キリスト教団体 慰安婦博物館に100万円寄付

【ソウル聯合ニュース】旧日本軍の従軍慰安婦問題の解決を目指す市民団体「韓国挺身隊問題対策協議会」(挺対協)は11日、日本キリスト教団の団体が「戦争と女性の人権博物館」の後援金として100万円を寄付することを決めたと明らかにした。

戦争と女性の人権博物館はソウル市麻浦区にあり、慰安婦に関する資料などを展示している。同団体のメンバー6人は12日にソウルの日本大使館前で開かれる第1078回水曜集会(慰安婦問題の解決を訴える定例の集会)で挺対協側に後援金を手渡す予定だ。

この団体は、1991年に元慰安婦の故金学順(キム・ハクスン)さんが日本政府に謝罪と賠償を求めたことを機に結成され、1996年から昨年にかけ挺対協へ総額2260万円を寄付した。

2013/04/15

訪韓中のグレンデール市長、慰安婦像の設置宣言

市長は昨年渡米したキム・ボクトンとも面識がある

既に慰安婦の碑が建てられることが決まっているカリフォルニア州グレンデール市の市長(同市は、昨年慰安婦の日を制定した)が訪韓。ハルモニと対面したり、慰安婦像や慰安婦博物館を見学し、少女像をグレンデール市に建てるのだとすっかりその気になっている。

慰安婦少女像と日本大使館を見つめる

最初にアメリカの韓国系政治団体がお膳立てをして、祖国(?)へ地元の有力政治家を招待し、ナヌムの家や慰安婦博物館を見学させる。在米韓国人団体と韓国の市民団体の連携プレー。昨年の10月には、バーゲン郡の郡長やパリセイズパーク市長もナヌムの家を訪れ「一緒に戦う」とその気になって帰って来た。アメリカの下院議員もこうやって韓国に招かれている。このやり方はパターン化している。慰安婦博物館を訪れたグレンデールの市長は「日本政府の官僚たちも来て歴史の記録を見たら良い」などと言う。あそこでは米軍や韓国軍の慰安所は無かったことにされているのだろう。どうも彼は、日本人が昔の蛮行と今の自分たちを切り離して考える事が出来ない為に、頑なに"歴史的事実"を認められずにいると考えているらしい。

慰安婦博物館の展示に見入る

確かに元慰安婦とこういった人間を引き会わせるのは効果絶大なのだが、それだけでは不足で、博物館やナヌムの家が果たす役割も大きいと思われる。彼らが博物館や碑を作ることに執念を燃やす理由だろう。

バーゲン郡のドノバン郡長が公開したナヌムの家訪問時の写真 (2012.3)

米国市長「日政府が過去の歴史認定の時まで問題提起」

グレンデール市「少女像」海外で初めての建立…「米市立図書館に慰安婦コーナー設置」

米国カリフォルニア州のグレンデール市のフランク・クィンテロ市長は14日、「日本政府が過去にあったことを認める日まで日本軍慰安婦問題に関する発言を止めない」と明かした。

クィンテロ市長はこの日、ソウルの麻浦区にある戦争と女性の人権博物館(引用者注:俗に言う慰安婦博物館)で記者会見を行い「全世界の人々は、日本政府が過去何をしたのか、被害女性の人生と経験を全て記憶する」としつつ、このように話した。

アメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルス近隣のグレンデール市は先月市立公園の敷地に日本軍慰安婦女性の犠牲を賛え、平和を追求する慰安婦記念碑を設置することを議決していた。

韓国人が多く居住するアメリカ西部地域で公共敷地に慰安婦記念碑が建てられるのは初めてだ。 記念碑は駐韓日本大使館の前にある「平和の少女像」と同じ形で製作される。

クィンテロ市長は、博物館の動画や資料などを几帳面に見て回った後「グレンデール市の図書館に日本軍慰安婦に関連したコーナーを作る」として博物館側に関連資料を送ってくれるよう要請した。

彼は「自由主義を指向し民主主義を標ぼうする日本の政治家たちがどうしてこの問題について発言しないのか(?)理解し難い」として「日本人は過去の帝国主義国家で行ったこと(?)が自身のアイデンティティを規定することでないという事を理解すべきだ」と促した。

彼は引き続き「慰安婦被害女性たち、博物館を作った方々の勇気がすごい」として「日本政府の官僚たちも来て歴史の記録を見るべきだ」と伝えた。

共に訪韓したイ・チャンヨプ、グレンデール市都市計画委員長は「慰安婦に対する悲しみと痛みをさらに共感できるよう、記念碑は単純な形態でなく少女像として作ることにした」として「製作費は市民の基金で用意する計画だ」と説明した。

慰安婦被害者キム・ボクトン(87)ハルモニは「韓国でも私たちの事情をよく分かってくれないのに、他国でこのように気を遣って頂きありがたい」といって、クィンテロ市長に感謝盃を送った。

クィンテロ市長はこの日の午後駐韓日本大使館の前に設置された少女像を訪れ、麻浦区延南洞に用意された慰安婦ハルモニのシェルター(ナヌムの家?)を訪れる予定。

東亜日報 2013.4.14

美시장 “日정부 과거사 인정 때까지 문제 제기”

글렌데일市 '소녀상' 해외 첫 건립…"美시립도서관에 위안부 섹션 설치"

미국 캘리포니아주 글렌데일시(市) 프랭크 킨테로 시장은 14일 "일본 정부가 과거에 있었던 일을 인정할 때까지 일본군 위안부 문제에 관한 발언을 멈추지 않을 것"이라고 밝혔다.

킨테로 시장은 이날 서울 마포구에 있는 전쟁과여성 인권박물관에서 기자회견을 열고 "전세계 사람들은 일본 정부가 과거 무슨 일을 했는지, 피해여성들의 인생과 경험을 모두 기억할 것"이라며 이같이 말했다.

미 캘리포니아주 LA 인근의 글렌데일시는 지난달 시 공원 부지에 일본군 위안부 여성의 희생을 기리고 평화를 추구하는 위안부 기림비를 건립하기로 의결한 바 있다.

한인이 많이 거주하는 미 서부 지역에서 공공 부지에 위안부 기림비가 세워지는 것은 처음이다. 기림비는 주한일본대사관 앞에 있는 '평화의 소녀상'과 같은 모양으로 제작된다.

킨테로 시장은 박물관 내 동영상과 사료 등을 꼼꼼히 둘러본 뒤 "글렌데일 시 도서관에 일본군 위안부와 관련한 섹션을 만들겠다"며 박물관 측에 관련 자료를 보내달라고 요청했다.

그는 "일본 내 자유주의를 지향하고 민주주의를 표방하는 정치인들이 어떻게 이 문제에 대해 발언하지 않는지 이해하기 어렵다"며 "일본인은 과거 제국주의 국가에서 했던 일이 자신의 정체성을 규정하는 것이 아니라는 점을 알아야 한다"고 촉구했다.

그는 이어 "위안부 피해 여성들, 박물관을 만든 분들의 용기가 대단하다"며 "일본 정부 관료들도 와서 역사상 기록을 봤으면 좋겠다"고 전했다.

함께 방한한 이창엽 글렌데일시 도시계획위원장은 "위안부에 대한 슬픔과 아픔을 더 잘 공감할 수 있도록 기림비는 단순한 형태가 아니라 소녀상으로 만들기로 했다"며 "제작비는 시민들의 기금으로 마련할 계획"이라고 설명했다.

위안부 피해자 김복동(87) 할머니는 "한국에서도 우리 사정을 잘 몰라주는데 타국에서 이렇게 신경 써줘서 고맙다"며 킨테로 시장에게 감사패를 전달했다.

킨테로 시장은 이날 오후 주한일본대사관 앞에 설치된 소녀상을 방문하고 마포구 연남동에 마련된 위안부 할머니 쉼터 등을 찾을 계획이다.

2013/03/15

「伝道師」吉見義明教授、慰安婦博物館(ソウル)で講演


3月8日、吉見義明教授が、ソウルの慰安婦博物館に招かれて講演(セミナー)を行った。韓国メディアによると、彼は「慰安婦真実の伝道師」と呼ばれているそうである(初耳だが?!)。ご隠居さんのブログに時折登場する保坂祐二教授を彷彿させるが、さすがに保坂教授よりはまともだろう。

ただ、最近は朝日新聞からも敬遠されている様子で、もう地方紙ぐらいしか相手にしてくれないだろうと思っていたら、2月24日の東京新聞がでっかく彼のことを取り上げたので、地方紙とはいえこれには驚いた(韓国メディアも、その記事を目ざとく見つけたようである)。

が・・・宇宙人が存在する証拠はないと言うが、地球は宇宙の一部、よって地球人は宇宙人、宇宙人は存在する・・・みたいな屁理屈には、もう日本人はつき合い切れない。慰安婦博物館での講演も、言っている事はいつもの繰り返し

また「強制募集」とか訳の分からないことを・・・

保坂のような(欧米人を含む)外国人御用学者を韓国社会は厚遇し、機会がある毎に利用している。その中で日本人は「良心的日本人の学者」などと呼ばれているのはご存知の通り。和田春樹などが代表例だが、吉見も半分そんな感じになってきたか?

日本の吉見教授「日本、慰安婦『強制連行』認めなければ」

「直接的な文書なくても、すべての情況と証言が言ってくれ」

慰安婦真実伝導師」・・・「河野談話」引き出した主役「安倍、『強制性』単語限定的に定義して間違って夫人」

[天地日報=イソム記者] 「実際朝鮮半島で『強制動員命令』を直接明示した証拠はありません。 しかし日本軍が慰安婦強制募集を主導したという証言と証拠は無数に多い。 日本はこれ以上真実を冷遇してはいけません」

20余年間慰安婦に対して研究して日本政府に謝罪を促してきて別名「慰安婦真実伝導師」で呼ばれる吉見義明(66)中央大学教授は8日夕方ソウルの戦争と女性の人権博物館でセミナーを開き、このように強調した。

先に吉見教授は、1992年1月、日本の防衛庁防衛研究所図書館で日本軍が軍慰安婦に直接関与した公文書6点を発見して朝日新聞に情報提供した。

これに対し、日本政府は真相調査に着手し、その年7月、当時日本政府のスポークスマン格であった加藤紘一官房長官は公式に「(日本軍)慰安所の設置や運営・監督などに日本政府が関与した」と認めるなど謝罪と反省の意向を明らかにした。 日本が慰安婦問題に対して「政府関与」を認めた初めての事例であった。

このような加藤談話は1993年慰安婦制度の強制性を認めて謝罪するという内容が入れられた河野官房長官の談話(河野談話)に続いた。

しかし昨年政権を取ることになった阿倍総裁は河野談話と植民地支配、侵略の歴史を謝罪した村山談話(1995年)を修正すると主張しており、米国議員が抗議書簡を送るなどの論議が続いている。

吉見教授はこのような日本政府の態度に対して「河野談話を維持するべきで、慰安婦の真実を冷遇してはならない」と厳しい忠告を与えた。

吉見教授は先に「安倍総理は慰安婦問題で『強制性』という意をとても限定的に定義している」と指摘した。

引き続き彼は、「『日本軍・日本警察による』と『暴行・脅迫を伴った連行があったのか』等二つ条件が成立しないならば強制性を認定できないということだ」として「『本人の意志に反して行われたとのこと』を強制だと定義する河野談話と比較するならば、安倍内閣の『強制性』定義に問題があると見る」と批判した。

安倍が二つ条件で「強制性」を限定したが、吉見教授が発見した日本公文書の証拠にもこのような条件は満たされている。 当時公文書は日本参謀部が中国地域の各部隊に慰安所設置を促して慰安婦募集運営業者を選定する時地方憲兵、警察と協力することを指示しているなど日本軍が事実上慰安婦運営・統制してきたとのことを立証している。

また、彼は日本軍・官に暴行・脅迫・詐欺(士気)にあった事実も一貫した被害者の主張と中国など外国の判決を聞いてどんな条件を前に出しても日本軍の「慰安婦強制連行」は避けることができないということを強調した。

吉見教授はこの日慰安婦制度と当時日本軍内にあった公娼制度の比較も行った。

吉見教授によれば二制度とも居住の自由がなかった。 外出の自由に対しては公娼制は性的奴隷制ではないのかという疑惑を受けて1933年から外出制を始めた。 反面1938年慰安婦内部規定によれば営業者(当時慰安婦)は許可された場所の他に外出できなかった。 すなわち外出の自由やはりなかったとのことだ。 最後に公娼制は話だけでも廃業の自由があったが慰安婦はこれさえもなかったと明らかにした。

吉見教授はセミナーの最後にに国際機構とヨーロッパ議会(2007年12月)等が日本政府の責任認定と謝罪要求などの内容を入れた決議案を採択した事実を聞いて河野談話の良い点は維持しながら不足した点を改正しなければなければならないと勧告した。

「安倍内閣は慰安婦問題について『聞く耳』を持ちません。 誤りを認めれば自尊心に傷がつくと考えるからでしょう。 このため、国民も慰安婦問題に関心がなく、現在日本の中学校の歴史教科書には慰安婦問題が記述されず高校の教科書にも2~3行に終わるだけです。 しかし慰安婦問題を認めて謝らなければ日本政府と国民に未来はありません。 私もやはりこれを知らせるために努力するでしょう。」

News CJ.com 2013.3.9

日 요시미 교수 “일본, 위안부 ‘강제연행’ 인정해야”

“직접적인 문서 없어도 모든 정황과 증언이 말해줘”

‘위안부 진실 전도사’… ‘고노담화’ 이끌어낸 주역
“아베, ‘강제성’ 단어 한정적으로 정의해 잘못 부인”

[천지일보=이솜 기자] “실제 한반도에서 ‘강제동원 명령’을 직접 명시한 증거는 없습니다. 그러나 일본군이 위안부 강제 모집을 주도했다는 증언과 증거는 무수히 많습니다. 일본은 더 이상 진실을 외면해선 안 됩니다.”

20여년간 위안부에 대해 연구하고 일본 정부에 사과를 촉구해 와 일명 ‘위안부 진실 전도사’로 불리는 요시미 요시아키(吉見義明, 66) 쥬오대 교수는 8일 저녁 서울 전쟁과여성인권박물관에서 세미나를 열고 이같이 강조했다.

앞서 요시미 교수는 1992년 1월 일본 방위청 방위연구소 도서관에서 일본군이 군 위안부에 직접 관여한 공문서 6점을 발견해 아사히신문에 제보했다.

이에 일본 정부는 진상조사에 착수했고 그해 7월 당시 일본 정부의 대변인격인 가토 고이치(加藤紘一) 일본 관방장관은 공식적으로 “(일본군) 위안소의 설치나 운영·감독 등에 일본 정부가 관여했다”고 인정하는 등 사과와 반성의 뜻을 밝혔다. 일본이 위안부 문제에 대해 ‘정부 관여’를 인정한 첫 사례였다.

이 같은 가토담화는 1993년 위안부 제도의 강제성을 인정하고 사죄한다는 내용이 담긴 고노 관방장관의 담화(고노담화)로 이어졌다.

그러나 지난해 정권을 잡게 된 아베 총재는 고노 담화와 식민지 지배, 침략의 역사를 사죄한 무라야마 담화(1995년)를 수정하겠다고 주장하고 있어 미국 의원들이 항의서한을 보내는 등의 논란이 계속되고 있다.

요시미 교수는 이러한 일본 정부의 태도에 대해 “고노담화를 유지해야 하며, 위안부의 진실을 외면하지 말아야 한다”며 일침을 가했다.

요시미 교수는 먼저 “아베 총리는 위안부 문제에서 ‘강제성’이라는 뜻을 굉장히 한정적으로 정의하고 있다”고 지적했다.

그는 이어 “‘일본군·일본 경찰에 의한’과 ‘폭행·협박을 동반한 연행이 있었는지’ 등 2가지 조건이 성립하지 않는다면 강제성을 인정할 수 없다는 것이다”며 “‘본인의 의사와 달리 행해졌다는 것’을 강제라고 정의하는 고노담화와 비교한다면 아베 내각의 ‘강제성’ 정의에 문제가 있다고 본다”고 비판했다.

아베가 2가지 조건으로 ‘강제성’을 한정했지만 요시미 교수가 발견한 일본 공문서의 증거로도 이 같은 조건은 충족된다. 당시 공문서는 일본 참모부가 중국 지역의 각 부대에 위안소 설치를 독려하고 위안부 모집 운영업자를 선정할 때 지방 헌병, 경찰과 협력할 것을 지시하고 있는 등 일본군이 사실상 위안부 운영·통제해왔다는 것을 입증해주고 있다.

또한 그는 일본 군·관에게 폭행·협박·사기를 당한 사실도 일관된 피해자들의 주장과 중국 등 외국의 판결을 들며 어떤 조건을 내세워도 일본군의 ‘위안부 강제연행’은 피해 갈 수 없음을 강조했다.

요시미 교수는 이날 위안부 제도와 당시 일본 군내에 있었던 공청제를 비교하기도 했다.

요시미 교수에 따르면 두 제도 모두 거주의 자유가 없었다. 외출의 자유에 대해선 공창제는 성노예제가 아니냐는 의혹을 받아 1933년부터 외출제를 시작했다. 반면 1938년 위안부 내부 규정에 따르면 영업자(당시 위안부)는 허가된 장소 외에 외출할 수 없었다. 즉 외출의 자유 역시 없었다는 것이다. 마지막으로 공창제는 말뿐이라도 폐업의 자유가 있었지만 위안부는 이조차도 없었다고 밝혔다.

요시미 교수는 세미나 말미에 국제기구와 유럽의회(2007년 12월) 등이 일본 정부의 책임 인정과 사과 요구 등의 내용을 담은 결의안을 채택한 사실을 들며 고노담화의 좋은 점은 유지하면서 부족한 점을 개정해야 한다고 권고했다.

“아베 내각은 위안부 사안에 대해서 ‘듣는 귀’가 없습니다. 잘못을 인정하면 자존심에 상처를 입게 된다고 보기 때문이죠. 이 때문에 국민도 위안부 문제에 관심이 없고, 현재 일본 중학교 역사 교과서에는 위안부 문제가 언급되지 않으며 고등 교과서에도 2~3줄에 그칠 뿐입니다. 그러나 위안부 문제를 인정하고 사과하지 않으면 일본 정부와 국민에게 미래는 없습니다. 저 역시 이를 알리기 위해 노력할 것입니다.”

2012/11/09

釜山の慰安婦博物館に寄付集まる


釜山の慰安婦博物館が閉館の瀬戸際というニュースは先月お伝えした。これはその続報。

閉館危機の釜山慰安婦歴史館 募金運動広がる

【釜山聯合ニュース】財政難で閉館の危機に追い込まれている釜山の「日帝慰安婦歴史館」を支援するため、多くの募金が寄せられている。

 募金はインターネットポータルサイト大手・DAUM(ダウム)の掲示板「アゴラ」で2日に始まり、9日に目標金額の500万ウォン(約37万円)を超えた。募金には約1万800人のインターネットユーザーが参加した。歴史館の厳しい事情がネットで広がり、募金期間(1カ月間)より3週間以上早く目標額を達成した。

 募金は家賃など、歴史館の来年5カ月分の運営費として使われる。釜山市も歴史館の運営費を補助する方向で検討を進めているという。

 私費で歴史館を運営しているキム・ムンスク釜山挺身隊問題対策協議会会長は「事情が知られてから来館者や寄付の問い合わせが増えており、感謝している」と話した。

 釜山唯一の慰安婦展示館である同歴史館には慰安所や慰安婦関連写真約100点、書籍約200冊、新聞記事、映像物、裁判控訴状など元慰安婦の過去と現在の戦いに関連した約1000点の資料が保管されている。

2012/10/05

釜山の慰安婦博物館閉館の危機


慰安婦博物館はソウルだけでなく、テグ(準備中?)や釜山にもある。テグ市のニュースはタイミングが合わず取り上げなかったが、改めて紹介する積りでいる。

釜山挺対協というのは、韓国挺身隊問題対策協議会の支部ということでいいのだろうか?資金援助がないところを見ると別組織なのかもしれない。

この博物館の名は、英語でNational Women's Historical Hall in Memory of Their Sexual Slavery for Japanese Soldiers(日本兵の為の軍用性奴隷としての彼女たちを偲ぶ 民族女性歴史館)。彼らがしばしば「加害民族(日本人)と被害民族(韓国人)」と言うように、慰安婦問題を民族問題として捉えているということだろうか?

<釜山「慰安婦歴史館」運営費なくて閉館危機>

(釜山(プサン)=聯合ニュース)キム・ソンホ記者=釜山で8年目になる唯一運営している日帝慰安婦歴史館が運営費がなく閉館危機に置かれている。

4日釜山挺身隊問題対策協議会によれば2004年9月釜山、水営区(スヨング)、水営洞(スヨンドン)にオープンした日本慰安婦関連資料館である「民族と女性」歴史館が最近運営難で閉館の危機に立たされた。

釜山(プサン)唯一の日本慰安婦関連展示館であるこの歴史館には、当時の慰安所や慰安婦の姿が写った100点余りの写真、慰安婦問題を扱った200冊余りの本、新聞記事、映像物、慰安婦裁判控訴状など慰安婦ハルモニの過去と現在、そして闘争記録と関連した1千点余りの資料が保管されている。

キム・ムンスク(85)釜山(プサン)挺身隊対策協会長が当時1億ウォン(現在のレートで700万円)余りの私費をはたいて歴史館を作ってから8年以上、毎年家賃100万ウォンと運営費に耐えて来られたがもう限界に達したということだ。
キム会長は「歴史館運営が経済的にあまり荷が重く、釜山市に家賃も支援してほしいとお願いした」として「現在、閉館が時間の問題なのに所蔵資料がとても惜しい」と話す。

現在の釜山市は3年前から「民族と女性」歴史観に大学生インターンと毎年記念事業予算700万ウォン(50万円)を支援しているが、歴史館運営費はひたすらキム会長の役割であるわけだ。

さらには釜山(プサン)南区に工事中である日帝強制動員歴史記念館は予算が十分に確保されず当初より2年ほど遅れた2014年に完工する予定なので歴史館資料を移すにも容易ではない状態だ。
このような状況は、最近日本との独島(竹島)領有権葛藤とかみ合わさり大邱(市)で日本軍慰安婦歴史観建設基金用意のために各界が腕をまくりしているのとは対照的だ。

これに対して釜山市のある関係者は「民間の歴史観運営費を支援する問題は公平性のレベルで簡単でない問題」として「日帝強制動員歴史記念館側と女性家族部に資料移管のための歴史観資料の所蔵家分評価検討依頼をしておいた」と話した。

2012/09/11

片山さつき、ナヌムの家修学旅行を批判


挺対協や東北アジア歴史財団といった韓国の政治団体が日本の教育現場に目をつけている事には、自分も懸念しているのだが、私立学校の教育に国家(国会議員)がどこまで介入していいのかも悩むところである。

理想を言えば、日本人が領土問題や歴史問題である程度の常識(相手の言い分を含め)を身につけた上で、韓国側の主張を聞く、具体的には彼の国の「歴史」資料館を訪れるのはいいのだろう。しかし領土問題や歴史問題に日頃無頓着な日本から、白紙に近い子供をこういった政治的な施設にやるのは危険。それでも、これは地域や親の意識を高めた上で、一部の教師の暴走を抑えるしかないのであろう。片山さつきは「『教育の自主性』では許容できない」と語ったというが・・・。

韓国への修学旅行に異議あり!片山さつき氏が“反日洗脳”を警告

韓国の李明博大統領の島根県・竹島上陸や、天皇陛下への謝罪要求をきっかけに、日韓関係が悪化している。日本の中学・高校の中には、韓国に修学旅行に行くケースも多いが、大丈夫なのか。自民党の片山さつき参院議員は、政府に質問主意書を提出するとともに、韓国修学旅行の実態を調べたところ、とんでもない「反日洗脳旅行」の一端が明らかになった。

「政府には危機感がなさ過ぎる。韓国内で反日感情が高まるなか、子供たちの安全確保ができるのか。加えて、不適切な歴史教育が行われている疑いがある。早急に実態を把握すべきです」

片山氏はこう語る。李大統領による暴挙があった後、韓国への修学旅行の実態を調べるとともに、先月28日、政府に「子供たちの安全確保が懸念されるが、見解を示されたい」と質問主意書を提出した。

文科省の調べでは、2008年度に韓国へ修学旅行に出かけたのは、中学が24校、高校が196校。安全確保について、政府は先週末、「外務省が出す渡航情報を参考に慎重な検討を行うべきことなどを、各都道府県教育委員会などを通じて指導している」という答弁書を出してきた。

片山氏は「まさに、木で鼻をくくったような答弁です。日本政府は韓国に経済制裁を検討している。2国間会議も中止となっている。7月には、ソウルの日本大使館にトラックが突っ込んでいる。韓国の警察が、数十人、数百人の修学旅行生の安全を確保できるとは思えない」と指摘した。

さらに、片山氏が調査を進めると、韓国への修学旅行での訪問先に、信じがたい場所が選ばれていることが分かった。

日本海側の私立高校K(男女共学)が、今月末に予定していた韓国修養会(修学旅行)のレジュメによると、訪問先に「戦争と女性の人権博物館」や「ナヌムの家/日本軍『慰安婦』歴史館」とあり、説明に「日本軍性奴隷(日本軍慰安婦)とされた人々の苦悩の深さと日本軍の扱いの実態を知ることができる」と書かれていたのである。

片山氏は「これはひどい。日本政府が発見した資料からは(慰安婦に)軍や官憲の強制連行を示す証拠がなかったことは閣議決定されている。教育の一環である修学旅行で、日本政府が『事実と違う』と抗議していることを学ばせようとしていたのではないか。『教育の自主性』では許容できない。国益に反する洗脳教育が行われる危険がある」と語った。

私立高校Kは6日、保護者などの強い抗議を受けて、修学旅行先を韓国から国内に変更することを発表した。同校が予定していた訪問先には、「西大門刑務所歴史館」や「安重根義士記念館」など、日本や日本人に敵意や憎悪を植え付けるような場所も並んでいた。

片山氏は「K校だけとは思えない。インターネットを見ると、似たような修学旅行をしている学校がありそうだ。背後に、国内の『反日組織』が関与している疑いもある。早急に実態を調べたい」と語っている。

zakzak 2012.09.10


2012/09/01

[資料] 現代重、「慰安婦治癒の家」建設を支援

韓国の慰安婦に対する官民を上げたサポート。

現代重、「慰安婦治癒の家」建設を支援

現代(ヒョンデ)重工業は韓国挺身隊問題対策協議会(挺身隊対策協)が推進する慰安婦被害女性のための「治癒と平和の家」建設のため、10億ウォン(約7000万円)を社会福祉共同募金会を通じて寄託した。「治癒と平和の家」はソウル麻浦区(マポグ)「戦争と女性人権博物館」付近に建設される。

現代重工が慰安婦の福祉施設に6900万円援助


慰安婦:被害者向け施設、現代重寄付で建設へ

現代重工業は30日、日本軍の従軍慰安婦問題に取り組む「韓国挺身(ていしん)隊問題対策協議会」が推進している「自由と平和の家」(仮称)の建設に向け、社会福祉共同募金会に10億ウォン(約6900万円)を寄託したと発表した。

 同施設は「戦争と女性人権博物館」(ソウル市麻浦区城山洞)の近くに建設され、国内外に生存している慰安婦被害者のおばあさんに対するヒーリングプログラムを運営するとともに、未来を担う世代が歴史を学べる空間として活用される予定だ。

 女性家族部(省に相当)に登録された慰安婦被害者で生存しているのは国内外で60人で、年齢は84-94歳だ。挺身隊問題協議会は2003年12月、ソウル市西大門区の事務室付近の住宅を借り「ウリジプ(私たちの家)」という施設を設けているが、民家を使用しているため、外部からの訪問者を受け入れるのに不便だった。

 現代重工業の李載星(イ・ジェソン)社長は「1995年に故・鄭周永(チョン・ジュヨン)現代グループ名誉会長が慰安婦被害者のおばあさんに対する終身無料診療を指示してから、社として関心を持ち続けてきた。慰安婦被害者が少しの間でも楽に休んでもらえれば」と話している。

 挺身隊問題協議会の尹美香(ユン・ミヒャン)常任代表は「宿泊施設はおばあさんのプライベート空間として活用し、現代重工業が支援するヒーリングセンターは、治療と歴史の空間として使う予定だ」と説明した。

2012/08/11

[メモ] 慰安婦博物館の寄付者-教組・自治労


韓国慰安婦博物館寄付に民主党支持団体「答えない」 政府答弁書

政府は10日の閣議で、韓国で今年5月に建てられた「戦争と女性の人権博物館」(慰安婦博物館)への寄付者の中に、民主党の支持団体である教職員組合自治労の名前があることについて「民間の団体などの活動について、政府としてお答えする立場にない」とする答弁書を決定した。

自民党の山谷えり子参院議員の質問主意書に答えた。

産経新聞 2012.8.10

2012/06/18

ユン 「慰安婦博物館に日本の右翼がイタズラ」



挺対協のユン・ミヒャンが慰安婦博物館の前に日本の「右翼」が変な杭?を立てて行ったと怒ってる。悪者が、とか毒づいているけど、日本大使館の前に当てつけの碑を建てておいて、よく言う。

이 나쁜놈의 일본 우익놈 새끼들이 우리 박물관에 세워놓고 갔습니다. 나쁜놈의 새끼들...

twitter 2012.6.18

追記: この杭には「竹島は日本固有の領土」と書かれているらしい。置いて行ったのは維新政党新風のメンバーで、日本大使館前の慰安婦像にも同じ物をくくりつけて行ったらしい。だんだん、どっちもどっちになって来た。



ソウルの街中に売春婦が多いことも指摘している。


続報: 挺対協側は正式に警察に捜査依頼を出すことにしたらしい。・・・一番上の写真のような状況で、いったい何の罪に問えるんだろう?

慰安婦博物館の前に「竹島は日本領土」の杭

日本軍慰安婦被害女性のために先月開館した博物館の前で、「竹島は日本固有の領土」と書かれた杭が見つかった。3月に駐日韓国大使館の前で発見された杭と似ている点から、日本極右団体の仕業と推定される。

「戦争と女性人権博物館」側によると、18日午後、ソウル麻浦区城山洞(マポグ・ソンサンドン)の博物館入口から20メートル離れた地点で杭が見つかった。長さ90センチほどの杭には、韓国語と日本語で、竹島、すなわち独島(ドクト)は日本の領土と書かれていた。

当時、博物館は休館日だったため、通行人は少なかった。杭は退勤する職員が発見した。博物館のキム・ドンヒ事務局長は「当時、日本人と見られる40代と20代の男2人が長さ150センチほどの箱2つを持って訪ねてきた」とし「休館日だったので、職員が名刺を置いて行くように言ったが、応じなかった」と話した。

この2人は博物館に行く前、道に迷い、集配人に道を尋ねたりもした。集配人のキムさんは「日本人だったが、博物館のことが書かれた印刷物を見せながら位置を尋ねてきた」と話した。

周辺の防犯カメラにはスーツ姿の2人の男がリュックサックのような箱2つを担いでタクシーを降りた後、博物館がある路地に消える場面が映っていた。その2時間後、杭が博物館の職員に発見された。

現在としては問題の日本人が杭を立てた可能性が高い。しかし確実な目撃者はいない。問題の杭は、3月に東京の韓国大使館前で見つかった杭と大きさと形が似ているという点も確認された。当時の杭は日本の反韓極右団体「在日特権を許さない市民の会」が立てたものだった。博物館の杭もこの団体の仕業と確認される場合、波紋が予想される。博物館側は警察に公式に捜査を依頼する方針だ。

2012/05/02

日本軍慰安婦博物館 開館

この博物館には、日本のwamの関係者も色々とアドバイスしたようである。産経の記事にもあるように、日本でも組織的な資金集めが行われた。何度か関連イベントの取材に行った自分もいくらか寄付している。本人の意志に反して強制徴集(笑)されたものであるが・・・。

この博物館を「20年間余り続いてきた元慰安婦の名誉回復に向けた活動」の結実と取る人もいるだろうし、執拗な反日活動の成果と取る人もいるだろう。

最初はもっと大きい建物を計画していたが、資金不足から計画よりは規模を縮小して開館の運びとなった。(追記: それでも新しく公表された写真を見ると、自分が想像していたよりも大きい)

5月5日の産経の記事も追加した: 産経の書き方も、もう少し冷静になってもいいかもしれない。この記事に限らず文章が韓国の新聞に似て来ている。「戦争と女性の人権」を謳うからには、この問題も取り上げているのだろか?

慰安婦の歴史を展示  「戦争と女性の人権博物館」開館

旧日本軍の従軍慰安婦たちが歩んできた抑圧の歴史を紹介する「戦争と女性の人権博物館」が、5日にソウル市麻浦区に開館する。韓国挺身隊問題対策協議会が1日に伝えた。

元慰安婦の経験や記憶が刻み込まれたさまざまな史料を展示するほか、20年間余り続いてきた元慰安婦の名誉回復に向けた活動を紹介する。また、各国の紛争で女性の人権が侵害されている実態を示す資料も展示する。

博物館は、慰安婦の歴史を風化させないための史料館が必要だとする挺身隊問題対策協議会などの意見で、建設が進められてきた。

2003年12月に元慰安婦17人が建設費を寄付し、翌年に建立委員会が発足。当初はソウル市西大門区の独立公園内に建設する計画だったが、独立有功者団体などが公園の特性に合わないと反対したため、麻浦区の用地を買い入れ、今年1月に着工した。

聯合ニュース 2012/05/01


【ソウル=加藤達也】日本統治時代の慰安婦に関する資料などを集めた「戦争と女性の人権博物館」がソウル市内に完成し5日、開館式が行われた。来賓の韓国の金錦来・女性家族相はあいさつで日本政府に慰安婦問題の解決を求めていくことを宣言。このほか朴元淳・ソウル市長や国会議員らも来賓として出席、在日韓国人の歌手が歌を披露したほか、日本からも市民団体などが参加した。

元慰安婦をめぐっては昨年12月、支援団体の「韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)」がソウル中心部の日本大使館前に慰安婦像を建立。日本政府が抗議するなど外交問題となっているが、「博物館」が完成したことで、半年の間に首都に2つの反日の象徴が建設される異例の事態となった。

博物館の展示室には、元慰安婦が旧日本軍から「被害」を受けたことを示すとされる資料、写真などのほか、大使館前に設置されているものと同寸大の慰安婦の像も置かれている。

建設を主導したのは挺対協と、日本に組織された「日本建設委員会」。当初は韓国政府の金銭支援を受け、日本統治からの独立を記念する「西大門独立公園」内の一角に建てられる予定だった。

だが、独立運動の記念団体などが「独立運動家に対する名誉毀損(きそん)だ」などとしてソウル市に敷地提供を取り消すよう要請。ソウル市が建築許可を取り消し、韓国政府も予算支援を撤回するなど紆余(うよ)曲折があった。

産経 2012.5.5



「戦争と女性の人権博物館」の建設には35億ウォンの費用がかかります。
日本建設委員会では、博物館建設を支援するための募金活動をおこなっています。募金していただいた方は、博物館のどこか(場所はまだ未定です)にお名前が刻まれます。

募金は下記口座で受け付けております。ご協力をよろしくお願いいたします。

郵便振替口座

【口座番号】00170-6-******
【口座名】女性人権博物館



2004年12月に発足した「戦争と女性の人権博物館」建設委員会には日本からも2人の海外建設委員長(梁澄子;東京、方清子;大阪)が加わりましたが、建設事業を推進する団体はありませんでした。しかし、女性人権博物館の意義は徐々に日本国内にも浸透し、その早急な実現のために組織的に取り組む必要性が語られるようになりました。
そして2009年2月7日、「戦争と女性の人権博物館(WHR)日本建設委員会」(WHR日本建設委、代表;梁澄子)が発足しました。
WHR日本建設委は、女性人権博物館の一日も早い完成をめざして、日本からの募金総額1億円を目標に、募金活動を中心に活動しています。また、より良い博物館づくりを目指して、勉強会や展示会を開催しながら、博物館建設の意義を日本国内で広めると同時に、日本国内の意見をまとめて韓国の建設委に提言する活動もおこなっていきます。


追記: 韓国政府が3500万円を支援。日本政府がこれに抗議。

慰安婦博物館に3500万円拠出 韓国政府に抗議 在韓大使館

【ソウル=加藤達也】朝鮮半島の日本統治時代の慰安婦に関する資料を集め、今月ソウルに開館した「戦争と女性の人権博物館」の建設に、韓国政府が約3500万円の資金を提供し、展示内容と併せ在韓日本大使館が、韓国政府に抗議していたことが17日分かった。



外交筋によると、日本大使館の倉井高志総括公使が今月7日、韓国外交通商省の趙世暎東北アジア局長に、「展示内容に、わが国の立場と相いれないものがある」と口頭で申し入れた。

博物館は、元慰安婦を支援する「韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)」や日本国内で組織された「日本建設委員会」などが主導し、用地計画や寄付金集めを行い建設した。

展示では、慰安婦問題の解決に向けて日本側が進めてきた努力や行動を一切認めていない。

挺対協は昨年、日本大使館前の路上に“従軍慰安婦”を象徴する像を設置し、日本側が撤去を求め抗議するなど外交問題となっている。

博物館にはこの像と同寸大の像が持ち込まれ、反日活動を続けてきた挺対協の主張と活動を一方的に強調している。

設立・運営母体は民間だが、今月5日の開館式には韓国の金錦来・女性家族相が来賓としてあいさつしたほか、韓国政府が建設費の一部である5億ウォン(約3450万円)を拠出していたことが判明した。

 日本側は、博物館が大使館前の像と同様、日本公館の尊厳と日本国民の名誉を不当に傷つけるものと判断し、外交通商省に抗議したもようだ。

産経 2012.5.18  

2011/09/11

フォーカス台湾 「台湾は日本軍占領地だった」



台湾婦女救援基金会は日本政府が2,000人の台湾人女性を性奴隷制に強制したと主張する。そしてフォーカス台湾は、劉黄阿桃の死亡により、第二次大戦中の日本占領軍による被害を公にした台湾人女性の生存者は10名になったと伝えている。自国が「日本軍による占領地」であったというレトリックは、韓国系の運動家がよく使うが(欧米のメディアでそれに影響されている一例としては、一昨日紹介したボイス・オブ・アメリカの記事が上げられよう)、台湾のメディアもそれに感化されたか。

"Wartime coerced sexual victims"とは、英語にしても変な表現だと思うが、これは「戦時性的強制被害者(問題解決法案)」というヘンテコリンな日本語の英訳である。鄭大均によると、反共陣営を批判するのに「強制」という言葉を多用したのが北朝鮮系のメディアで、この影響があって「進歩的日本人」がこの言葉を好むようになったようである。「強制連行」という言葉が使い辛くなった、という事情もあるのかもしれない。

戦時性的強制被害者問題の解決の促進に関する法律案」といえば、婦女救援基金会は民主党に期待している。 "Now that the DPJ is in power, these groups think it is a good time to start pushing again for the bill(民主党が与党になった今、この法案を改めて推進するのにいい機会だとこれらの団体は考えている)" 。恐らく台湾よりも日本をよく研究している韓国の支援団体はここまで楽観的ではないだろう。

元慰安婦が高齢化したことから、謝罪よりも彼女たちの余生の心の平安へと目標を変更したとも婦女救援基金会は言う。台湾の事情は韓国とはちょっと違うと思われるが、韓国では日陰に生きてきた元慰安婦が一躍国民的アイドルになった。そういった意味で支援団体の活動は元慰安婦に精神上よい効果ももたらしたろうが、同時に彼女たちを反日カードに利用する為に、あえて彼女たちの心をかき乱してきたという側面もあるのではないか(ただし、台湾での支援運動には反日色は薄い)?

台北市は同市の大同区に慰安婦の為の記念館を作ることに口頭で同意したと言う。


Taiwanese comfort women will fight on

Friends and relatives of the first Taiwanese woman to stand up and accuse the Japanese government of forcing some 2,000 of Taiwanese women into sex slavery during World War II attended her funeral Saturday in Kaohsiung.

Liu Huang A-tao, who led eight other former "comfort women" in Taiwan to file a lawsuit against the Japanese government in 1999, died earlier this month at the age of 90, without obtaining the apology she had long sought.

Liu Huang's death leaves only 10 other Taiwanese women who have openly spoken of their suffering at the hands of Japanese occupying forces during World War II.

Kang Shu-hua, executive director of Taipei Women's Rescue Foundation, said her organization will continue its 20-year efforts to help Taiwanese comfort women seek justice and compensation from Japan.

"We will continue working closely with our Japanese counterparts to seek a public apology and compensation from the Japanese government," she said in an interview with CNA.

"For years, we have maintained frequent exchanges with Japanese groups that support our calls," Kang said, adding that these groups are waiting for the right time to again propose a bill on compensation for wartime coerced sexual victims.

The proposal was raised in 2001 for the first time in Japan's legislature by lawmakers from the then-opposition Democratic Party of Japan (DPJ). Now that the DPJ is in power, these groups think it is a good time to start pushing again for the bill, Kang said.

Asked about the foundation's support of comfort women since the issue was first brought up two decades ago, Kang said it initially focused on helping them seek compensation from the Japanese government through litigation.

However, that did not go smoothly and Liu Huang and other victims lost the lawsuit against the Japanese government in 2002, she said.

"As these women are now in their late 80s, we have shifted our focus to help them find peace at this stage of their lives," she said. "To this end, we have created a support system among the women, their families and other groups."

The foundation also lodged a protest against the Japanese government in August at the Japan Interchange Association in Taipei, as it has been doing each year. This was part of an international campaign launched in conjunction with other countries such as South Korea and the Philippines where women suffered the same fate, Kang said.

In addition, Kang said, the foundation is calling for the establishment of a memorial hall dedicated to Taiwan's comfort women, which will serve as an important reminder of their sad and painful history.

"The Taipei City government has made a verbal promise to set up a memorial hall in a historical building in the Datong District," she said.

Like many other victims, Liu Huang was duped into service in Southeast Asia, being told she would work as a nurse but actually was forced into providing sex services to Japanese soldiers in 1942.

She was injured during a battle three days after she landed in Indonesia. As a result, she had to have a hysterectomy. She kept all these tribulations to herself after she returned to Taiwan in 1945.

But decades later, the Korean comfort women's assertion that "it is not us, but the Japanese government that should feel ashamed" prompted Liu Huang to come forward and make a public accusation of atrocities by Japanese forces.

"I was the treasure of my parents, but I was so hurt by the Japanese government," Liu Huang said at that time.

"As the Japanese army robbed us of our virginity, it's not too much to demand an apology from the government." By Elaine Hou, CNA Staff

Focus Taiwan 2011.9.4