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2012/08/02

カリフォルニア州立大で慰安婦が訴える



現在慰安婦決議採択5周年ということで、挺対協が元慰安婦をアメリカに送り込んでいる。現地の韓国系市民団体との連携を図っているわけだが、NYやカリフォルニアでいろいろと動いている。これは、渡米している慰安婦の一人キム・ボクトンの講演会のお知らせ(講演は既に終了)。カリフォルニア州立大学のプレスリリースなのだが、アメリカで慰安婦問題がどのように認識されているか、あるいは宣伝されているかが分かる。

少し拾ってみると、事実上の慰安婦の総数の上限である20万人説(中国人研究者によるもっと極端な説もあるにはある)が、全て朝鮮人になっている。これらの朝鮮人女性はcapture(捕まった)ことになっている。誰が捕まえたという主語がないから、日本政府か日本軍に捕まり、性奴隷制に強制(forced into sexual slavery for Japanese soldiers)されたのが慰安婦ということである。つまり強制連行(徴用)だったと。実際には、父親から金を稼いで来いと女衒に売られたりしているのだが、アメリカではそういう風には理解されていない。

挺対協のユン・ミヒャン代表が簡単な説明を行い。その後質疑応答があった模様である。ユンがこういった誤解を訂正したとは思えないが、言うまでもなく挺対協の英語名はThe Korean Council for the Women Drafted for Military Sexual Slavery by Japan(日本国により軍隊性奴隷制に徴発された女性たちの為の韓国委員会)である。質疑応答でユンがどういう話をしたのか、とても興味がある。

この碑もキム・ボクトンの発案?

キム・ボクトンだが、物議をかもしているソウルの慰安婦像の発案者とされたり、これについてもいつか書く予定だが、蝶々基金(日本から賠償金を取って、その金でアフリカの性暴力被害者を救うという厚かましい企画)の創設者にされている。十中八九これらは挺対協(ユン・ミヒャン?)の発案だろうが、お婆ちゃん(グランマ/ハルモニ)の意思としておいた方が何かと有利なのだろう。

これとは別に、キム・ボクトンはハンギョレ紙のインタビューに、ロサンゼルス(カリフォルニア州)に慰安婦の碑を建てるのだと喋っているが、彼女たちは挺対協に利用されているに過ぎない、と思う。

Korean ‘Comfort Woman’ Bok-dong Kim to discuss dark years as a sex slave for soldiers

Bok-dong Kim was among approximately 200,000 so-called Korean “comfort women” forced into sexual slavery for Japanese soldiers before and during World War II.

PRLog (Press Release) - Jul 16, 2012 -

Los Angeles, CA—Bok-dong Kim was among approximately 200,000 so-called Korean “comfort women” forced into sexual slavery for Japanese soldiers before and during World War II. Now an activist seeking an apology and retribution from Japan for what they endured, she will share those struggles from her past, and her current fight, at Cal State L.A. on Thursday, July 26, from 10 to 11:30 a.m., in the Music Hall.

After Kim discusses the slavery and abuse that occurred during those dark years, a short talk will be provided by the director of “The Korean Council for the Women Drafted for Military Sexual Slavery by Japan,” which will be followed by a Q&A session. The council was established in 1990 to resolve the issue of what happened to the Korean women during the war, and recover human rights and dignity for the victims.

Like other Korean women who suffered at the hands of their captures more than 60 years ago, Kim is among those still alive who want compensation for the abuse.

“I was born as a woman, but have never had a woman’s life. I was dragged to the foreign army’s battles, and my entire life was ruined. When I started, the Japanese military would often beat me because I wasn’t submissive,” said Kim, as reported by CNN in March during a weekly protest that has been held outside the Japanese embassy in Seoul for the past 20 years.

It was in 1941—at the age of 15—when Kim was first sent to serve as a sexual slave in “comfort stations” in China, Hong Kong, Indonesia, Malaysia, and Singapore.

Kim continued, “Every Sunday, soldiers came to the brothel from 8 a.m. until 5 p.m., and on Saturday from noon until 5 p.m., plus weekdays. It was very hard to handle. I couldn’t stand at the end of the weekend. Since I had to deal with too many soldiers, I was physically broken.”

Kim, who was born in Yangsan, Gyeongsangnam-do Province, South Korea, in 1926, believes her inability to have children is the result of the sexual abuse.

After several years of slavery, Kim was captured in 1945 by the U.S. military and became a prisoner of war. She returned to Korea a year later at the age of 20, and didn’t report her ordeal until 1992, the year she began her weekly protests in front of the Japanese embassy.

In 1993, Kim attended and testified at the “World Human Rights Conference” in Vienna, Austria, and has since testified during other events in Japan and the United States.

Last year, Kim proposed building a “Peace Monument” in front of the embassy in Seoul. This year, she founded the “Butterfly Fund,” which helps victims of ongoing sexual violence in Congo and Uganda.

The issue of comfort women continues to create friction between Korea and Japan.

The event is sponsored by the KAFC/ Korean American Forum of California.

PRLOG 2012.7.16

2012/07/29

米国で下院決議5周年 真意は「問題の解決」ならぬ「拡大化」か


韓国メディアは、慰安婦問題が米国の主要なイシューとなりつつあると伝えているが、日本でも時折議員会館で韓国の運動家と日本の国会議員を交えた集会をやっている。集まったのは、利害関係者が中心といったところだろう(今回もKAVCが絡んでいるはずだが、彼らが米国の議員たちから金を無心されていたことは→「在米韓国人有権者センター所長、慰安婦決議振り返る[金の無心も]」)。

この集会には、挺対協の関係者も参加しているが、注目すべきは、彼らがTPOをわきまえていて、日本、本国、(日本を除く)海外で主張を使い分けているという点である。彼らの狙いは慰安婦問題の国際化であるが、恐らく日本の国会議員にはそうは言わない(こういう所は、日本人も彼らに学びたい)。たぶんこういう構図だと思われる。日本人支援者に向かっては「問題の解決」を訴え、アメリカでは逆に「問題の拡大化」を訴える(もちろん「慰安婦問題の解決」という言葉は使う)。どうも韓国系は、慰安婦問題を人類史上の悲劇(そして、その主人公は漢民族)として世界的に売り出したいらしい。だから問題の解決は望むところではなく、問題の継続化、あるいは伝説化こそが彼らの願いなのではないか。「慰安婦の碑」に異常に拘るのも、その辺りが理由ではないか。


米国、慰安婦決議案採択5周年気・行事二日連続開催

米議会の日本軍慰安婦決議案採択を記念する5周年行事が24日と25日ワシントンDCで二日連続開催された。 初日行事には議会決議案を発議した日系三世マイケル・ホンダ(民主党)議員、テッド・フォー議員、イル・グリーン議員、デイリーアナロス レティノン下院外交委院長、ニュージャージー出身ビル・ペスクレル連邦下院議員、エニ・ファレオマバエガ連邦下院議員などが参加した。 特に慰安婦被害者イ・ヨンス、キム・ボクトン・ハルモニが出席(?)したしアムネスティ・インターナショナルの関係者たちも参加して日本軍慰安婦問題が米国内主なイシューで飛び火していることを示唆した。

(1) ニューシス 2012.7.26

「慰安婦問題国連で国際イシューで扱わなければ」<世界日報>

日本軍慰安婦問題を解決するためには国連次元で決議案など対策が用意されなければならないという声が高まっている。

ビル・バスクレル(写真)下院議員は24日(現地時間)米議会の「慰安婦決議案」採択5周年を記念して議会訪問者センターで開かれた行事で「日本軍慰安婦問題を解決するためには韓国と日本の間の問題でない国際的なイシューで扱わなければならない」とし「代表的に国連でこの問題を扱わなければならない」と明らかにした。 ペスクレル議員は米国内で初めて「慰安婦追慕碑[?]」が立てられたニュージャージー州パリセイズパーク市を地方区で置いている。

米議会決議案採択を引き出し今回の行事を主催した市民参加センターは国連レベルの慰安婦関連決議案が採択されるようにする努力を行っている。 ペスクレル議員は最近日本政府が外交を通じて撤去しようとする追慕碑[?]に対して「どんなことがあっても守る」と約束した。

議会決議案を発議した日系三世のマイケル・ホンダ議員は「5年前米議会で決議案を採択した以後現在まで9ヶ国議会で似た決議案が採択された」として「日本政府が反省しないなど変わらなかったために持続的な努力を傾けなければならない」と強調した。 5年前決議案採択時下院外交委アシア太平洋小委委員長だったエニ・ファレオマバエガ議員は「韓国議会でも慰安婦決議案を採択しなければならない」と促した。

(2) 世界日報 2012.7.28
http://www.segye.com/Articles/News/International/Article.asp?aid=20120725023688&ctg1=01&ctg2=&subctg1=01&subctg2=&cid=0101040100000

米下院の慰安婦決議採択から5年 ワシントンで行事

米下院による旧日本軍慰安婦決議案の採択から5年を迎えることを記念する行事が24日、米下院で開催された。

決議案を発議した日系3世のホンダ議員や民主党のペロシ下院院内総務ら多数の議員のほか、国際人権団体のアムネスティ・インターナショナルや、米政界に大きな影響力を持つ全米黒人地位向上協会(NAACP)の関係者も参加し、米国内で慰安婦問題への関心が高まっていることを示した。

韓国挺身隊問題対策協議会の常任代表や、毎週水曜日に在韓日本大使館前で慰安婦問題解決に向けた集会に参加している元慰安婦の女性らも出席し、当時の悲惨な状況を告発した。

2007年7月に採択された決議案は、第2次世界大戦当時の慰安婦問題に関し、日本政府の正式な謝罪と歴史的な責任を果たすよう求めるもの。慰安婦問題を20世紀最大の人身売買の一つと規定したほか、慰安婦問題や日本の戦争犯罪に関する教科書の記述を減らそうとする日本の動きを批判した。

決議案の採択で主導的な役割を果たした韓国系米国人らの民間団体、市民参与センターのキム・ドンソク常任理事は「5周年を契機に同問題が国連など国際的な外交の場で取り上げられるよう尽力していく。米政府主導で国連決議案が採択されるよう米議員らを説得していく」と話した。


※1
美, 위안부 결의안 채택 5주년 기몀행사 이틀 연속 개최


【서울=뉴시스】미 의회의 일본군위안부 결의안 채택을 기념하는 5주년 행사가 24일과 25일 워싱턴 DC에서 이틀 연속 개최됐다. 첫날 행사에는 의회 결의안을 발의했던 일본계 3세 마이클 혼다(민주당) 의원, 테드 포 의원, 일그린 의원, 일리애나 로스 레티넌 하원 외교위원장, 뉴저지 출신 빌 패스크렐 연방 하원의원, 애니 팔레오마베가 연방 하원의원 등이 참석했다. 특히 위안부 피해자 이용수, 김복동 할머니가 자리했고 앰네스티 인터내셔널(AI) 관계자들도 동참해 일본군 위안부 문제가 미국 내 주요 이슈로 비화되고 있음을 시사했다.




※2
“위안부 문제 유엔서 국제이슈로 다뤄야”<세계일보>


美하원의원들 한목소리


일본군 위안부 문제를 해결하기 위해서는 유엔 차원에서 결의안 등 대책이 마련돼야 한다는 목소리가 높아지고 있다.


빌 패스크렐(사진) 하원 의원은 24일(현지시간) 미 의회의 ‘위안부결의안’ 채택 5주년을 기념해 의회 방문자센터에서 열린 행사에서 “일본군 위안부 문제를 해결하기 위해서는 한국과 일본 사이의 문제가 아닌 국제적인 이슈로 다뤄야 한다”며 “대표적으로 유엔에서 이 문제를 다뤄야 한다”고 밝혔다. 패스크렐 의원은 미국 내에서 첫 ‘위안부 기림비’가 세워진 뉴저지주 팰리세이즈파크시를 지역구로 두고 있다.


미 의회 결의안 채택을 이끌어 냈고 이번 행사를 주최한 시민참여센터는 유엔 차원의 위안부 관련 결의안이 채택되도록 하는 노력을 벌이고 있다. 패스크렐 의원은 최근 일본 정부가 외교를 통해 철거하려는 기림비에 대해 “어떤 일이 있어도 지켜내겠다”고 약속했다.


의회 결의안을 발의한 일본계 3세 마이클 혼다 의원은 “5년 전 미 의회에서 결의안을 채택한 이후 현재까지 9개 국가 의회에서 비슷한 결의안이 채택됐다”며 “일본 정부가 반성하지 않는 등 달라지지 않았기 때문에 지속적인 노력을 기울여야 한다”고 강조했다. 5년 전 결의안 채택시 하원 외교위 아태소위 위원장이었던 애니 팔레오마바에가 의원은 “한국 의회에서도 위안부 결의안을 채택해야 한다”고 촉구했다.


워싱턴=박희준 특파원