2013/04/07

慰安婦少女を探せ


世界中に慰安婦像を建てるのだと張り切っている挺対協。手始めにシンガポールに設置が決まったとぶち上げたが、シンガポール政府は「そんなことは、言っていない」と。で、その像はどこへ行ったのかというと、京畿道のとある市役所に仮住まいしているらしい。

悲惨さを強調してデザインしたはずが、
最近ではすっかり物持ちに

「連れてこられた時と同じく、何も履いていない素足のまま」というのは、日本軍に「強制動員」された時のまま、という意味だと思うが、元々の案ではふっくらした可愛い少女だったのが、悲惨さを強調する必要があるとして裸足にひん剥かれたという経緯がある。ところが、日本大使館前にあるオリジナルには市民が帽子を被せたりマフラーを巻いたりするものだから(現金のお年玉をもらったこともある)、オスカー・ワイルドの幸せの王子みたいになってしまった。しかしこちらの王女様は、着膨れするは、命を削って奉仕するはずのツバメ(市民団体)は肥え太るわ。クローンは出来るわ・・・。

日本大使館前の像は靴下まで履いてる

もっとふっくらとした少女の予定だったが、
悲惨さを強調する為に変更

高陽市役所にも元日本軍慰安婦の少女像設置

「あれ、同じものがもう一つあるじゃん」

24日午後、京畿道高陽市舟橋洞(キョンギド・コヤンシ・チュギョドン)の高陽市役所3階の廊下を通り過ぎる人々が見慣れた彫刻像を注意深く見ている。首をかしげながら彫刻像の前後を几帳面に見歩いては、携帯電話を取り出した写真を撮り続ける。ここにある彫刻像は他ならぬ日本軍慰安婦被害者を象徴する「平和の少女像」。先月28日、「高陽市役所ギャラリー600」が開館する時に設置された。少女像を一目見ようとわざわざ市役所まで足を運ぶ市民もいる。

平和の少女像は、ソウル鐘路区の在韓日本大使館前にある。11年12月、慰安婦被害者の水曜集会1000回を記念するため、キム・ウンソン―キム・ソギョン作家夫婦が作った。130センチ前後の大きさで主な材料は青銅だ。チマチョゴリにおかっぱの13~15歳の痩せた少女の姿だ。

椅子に座っている少女は連れてこられた時と同じく、何も履いていない素足のままだ。彼女は笑っていない顔で拳をにぎっている。少女の隣の空いている椅子は既に亡くなった慰安婦被害者を意味する。陰の中の少女は腰の曲がったおばあさんの姿だ。陰には生き返ることを意味する白い蝶1匹が入っている。死んでも忘れられないという意味だ。

作家のキム・ウンソンさんは、「少女像は数十年間胸の中に隠していた恨みを取り出して、日本の蛮行を責める慰安婦被害者の勇気を尊重するという意味で作った」と話した。

在韓米大使館前の銅像と高陽市役所の銅像とはどのような関係があるだろうか。高陽市役所の少女像も同様にキム・ウンソン―キム・ソギョン作家夫婦が製作したものだ。ただ、製作時期が1年ぐらい遅い。

作家は昨年、市民団体の要請で日本軍慰安所が設置されていたシンガポールに少女像を建てることにして製作に入ったが、1月末、シンガポール政府が設置を拒否した。結局、少女像はいくつかの展示会に設置されてから、先月オープンした「高陽市役所ギャラリー600」に置かれるようになった。少女像は5月、湖水(ホス)公園の内部に新しく建てられる高陽市600年館へ移される。

東亜日報 2013.3.25

2013/04/06

米国の慰安婦碑を巡る韓国系内紛の実態

ジャパン・バッシャーにとっても、露骨な反日は困る
推進者が逆に反対署名を開始

この記事にも書かれているように、この会見は地元や韓国系以外のメディアにも注目されたようで、AP通信がフォートリー(ニュージャージー州)の慰安婦の碑を巡る(韓国系の)内紛を報じているが、AP通信は事情を正確に理解していないと思う。彼らは、碑文の内容が反日(反日本人)的である事が問題視されたと考えたようだが、そうではないだろう。

朝鮮人少女像は「グローバリズム」にマイナス

一方、本国では少女像を世界に広める計画が進行中

ジャパン・バッシャー達は「被害国」を増やし、対日包囲網の拡充を狙っている。東アジア(韓国)だけでなく、東南アジアやヨーロッパの「被害者」も明記することによって、日本と韓国の問題から日本対世界の構図に広げようと目論んでいると思われる。さしあたっての狙いは、アジア・コミュニティーの取り込みである。決してマレーシア人やインドネシア人の「被害者」に同情しての事ではない(アジア・コミュニティの反感を買うから、などと言い訳しているが)。その証拠に、バーゲン郡の碑では最多数とも言われる日本人慰安婦の存在が無視されたが、これには文句をつけていない。

東アジア以外の被害者も漏らすなと言うKACEだが、
日本人女性の存在が除外されてもスルー (バーゲン郡庁の碑)

こういった問題では、日本側が抗議する度に内容が曖昧にされる傾向があるが、自分はむしろ「反日」「韓国VS日本」の構図がハッキリと反映された記念碑や対日非難決議を成立させた方が、後々日本に有利になってくると思っている。KACE(旧KAVC)もそれが分かっているから反対しているのだろう。

現在韓国系の間で流行っているアンチ旭日旗(彼らは戦犯旗と呼ぶ)キャンペーンの影響も見られる。曰く、「大多数のアジア人は日本の戦犯旗に極度の拒否感を持っている」。またしても、アジアを巻き込もうとしている。

「でたらめな慰安婦記念碑ではダメ」米記念碑葛藤にくさび

韓国人、ニュージャージー州フォートリー記念碑問題署名運動

【ニューヨーク=ニューシス】ノ・チャンヒョン特派員= 「性サービスに旭日戦犯旗?」

推進団体間にあつれきをかもしている米国、ニュージャージー州フォートリーの慰安婦記念碑問題解決のために韓国人が動いたと「グローバルウェブマガジン」ニュースで(www.newsroh.com)が伝えた。

日本軍強制慰安婦追慕委員会(以下慰安婦追慕委)は3日ニュージャージー州ハッケンセック(引用者注:バーゲン郡の中心都市)の市民参与センターで記者会見を行い「多くの問題点が明らかになった慰安婦記念碑の碑文とデザインを設立趣旨に合うように変更することを促す」と明かした。

この日会見には追慕委のキム・トンチャン委員長とハン・ヌリ・プログラムディレクター、ニュージャージー団体長協議会チャン・キボン幹事など三人の慰安婦追慕委員が出てフォートリーの記念碑の問題点を一つ一つ指摘し、正しい慰安婦記念碑設置のための署名運動を展開すると宣言した。

追慕委は「1月10日フォートリー市議会が記念碑設置案を承認したことは歓迎するが、現在進行中である記念碑の文面やデザインが、意味とかけ離れ適切でない」とし「原案のとおり作られる場合、強制慰安婦生存者はもちろん、アジア・コミュニティの反感をかう可能性が高い」と指摘した。

追慕委は全部で6つの問題点を取り上げ論じた。 まず「東アジアの全ての国家で(Every country in Asia [ママ])」という表現だ。 東アジアはタイ、マレーシア、インドネシアを含まない。 その上被害者にはオランダやオーストラリアなどヨーロッパ圏の女性もいた。 他の記念碑と同じように被害国を具体的に指摘しろということだ。

二番目に、「『性的サービス(Sexual Service)』が強要された」という表現だ。 「性的サービス」は商業的な売春を意味し、日本が言い張る「慰安婦=売春婦」の口実を提供する可能性がある。 推進団体は、この文句を記者たちの指摘により修正すると口約束したまま一ヶ月が経った現在まで履行されずにいると分かった。 追慕委は「性奴隷(Sexual Slavery)」に変更することをもう一度要求した。

三番目に、「日本帝国陸軍(the Japanese Imperial Army)」の表現だ。 女性たちを蹂躪した軍人は陸軍だけでなく海軍と空軍など帝国主義日本のすべての軍隊であった。 したがって「日本帝国軍(the Armed Forces of Imperial Japan)」として修正しなければならないという。

四番目に、「自分たちと子供たちに酷い苦痛を負わせ(with terrible consequences to themselves and to their children)」という文面だ。 「自分たち(themselves)」では文脈上行為の主体である「日本帝国陸軍」であり、子供たちはこれらの子供と解釈される。 呆れたことに、慰安婦被害者の苦痛でなく日本軍人らと子供の苦痛と解釈されることが可能だということだ。

五つ目には、フォートリーの記念碑の造形物は旭日戦犯旗の前に座った少女の姿だ。 大多数のアジア人は日本の戦犯旗に極度の拒否感を持っている。 戦犯旗を通じ、日本の戦争犯罪を表現しようとする意図と見えるが、結果的に反日感情を刺激して被害者を慰める記念碑に加害者のシンボルを入れるのは正しくないという指摘だ。 キム・トンチャン委員長は「ホロコーストの記念碑にナチスドイツの模様を入れるのと全く同じだ」として旭日戦犯旗の除去を要求した。

六番目は、日本大使館の前少女像を真似た韓服を着た少女の絵だ。 韓国にある少女像と違いフォートリーの記念碑は色々な国家出身の被害女性らとアジア・コミュニティのためのものであるから被害国女性たちを包括的に象徴できるイメージに変えることが望ましいということだ。

チャン・キボン委員は「パリセイズパーク市の1号記念碑と最近のバーゲン郡の記念碑を建てた追慕委員会の経験とノウハウを提供するという意志を何度も伝えたにも関わらず、このような問題点が出て来たことは遺憾だ」と話した。

キム・トンチャン委員長は「記念碑の間違いを修正しなければ、いっそやらない方がマシだ」と強調し「フォートリー市議会が正しくなされた記念碑を承認するよう、韓国人社会が署名運動に積極的に参加するように願う」と頼んだ。

署名は市民参与センター(KACE)が配布するフォームに直接サインしたりオンライン(www.kace.org)を通じて参加することができる。 一方この日会見には米主流新聞であるバーゲン・レコード(?)と中国系メディアなど他民族記者たちも取材して注目を集めた

ニューシス 2013.3.4

“엉터리 위안부기림비 안된다” 美기림비 갈등에 쐐기

한인들, 뉴저지 포트리기림비 문제 서명운동

【뉴욕=뉴시스】노창현 특파원 = “성접대에 욱일전범기?”

추진단체 간에 알력을 빚고 있는 미국 뉴저지 포트리 타운의 위안부기림비 문제 해결을 위해 한인들이 나섰다고 ‘글로벌웹진’ 뉴스로(www.newsroh.com)가 전했다.

일본군강제위안부추모위원회(이하 위안부추모위)는 3일 뉴저지 해켄색 시민참여센터에서 기자회견을 열고 “많은 문제점이 드러난 위안부기림비의 문구와 조형물 디자인을 설립 취지에 맞게 변경할 것을 촉구한다”고 밝혔다.

이날 회견엔 추모위의 김동찬 위원장과 한누리 프로그램디렉터, 뉴저지단체장협의회 장기봉 간사 등 3인의 위안부추모위원들이 나와 포트리 기림비의 문제점을 조목조목 지적하고 올바른 위안부기림비 건립을 위한 서명운동을 전개한다고 선언했다.

추모위는 “지난 1월10일 포트리 시의회가 기림비 건립안을 승인한 것은 환영할만한 일이나 현재 추진 중인 기림비 문구나 조형물이 의미와 동떨어지고 적절하지 않다”면서 “원안대로 만들어질 경우 강제위안부 생존자들은 물론, 아시안커뮤니티의 반감을 살 가능성이 높다”고 지적했다.

추모위는 모두 6가지 문제점을 거론했다. 첫째는 ‘동아시아 모든 국가에서(Every country in Asia)’라는 표현이다. 동아시아는 태국 말레이시아 인도네시아를 포함하지 않는다. 게다가 피해자 중엔 네덜란드 호주 등 유럽권 여성들도 있었다. 다른 기림비와 마찬가지로 피해국들을 구체적으로 적시하라는 것이다.

둘째, ‘성 접대(Sexual Service)’가 강요됐다’ 라는 표현이다. ‘성 접대’는 상업적인 매춘을 의미하며 따라서 일본이 우기는 ‘위안부=매춘부’의 빌미를 제공할 수도 있다. 추진단체가 이 문구를 기자들의 지적에 따라 수정하겠다고 구두약속했으나 한 달이 지난 현재까지 이행하지 않은 것으로 알려졌다. 추모위는 ‘성노예(Sexual Slavery)’로 변경할 것을 다시 한번 요구했다.

셋째, ‘일본제국 육군(the Japanese Imperial Army)’의 표현이다. 여성들을 유린한 군인들은 육군만이 아니라 해군과 공군 등 제국주의 일본의 모든 군대였다. 따라서 ‘일본제국군(the Armed Forces of Imperial Japan)’으로 수정해야 한다는 것이다.

넷째, ‘자신들과 자녀들에게 끔찍한 고통을 입히며(with terrible consequences to themselves and to their children)’ 라는 문구다. ‘자신들(themselves)’은 문맥상 행위의 주체인 ‘일본제국 육군’이며 자녀들은 이들의 자녀로 해석이 된다. 어처구니없게도 위안부 피해자의 고통이 아니라 일본 군인들과 자녀들의 고통으로 해석될 수 있다는 것이다.

다섯째, 포트리 기림비의 조형물은 욱일전범기 앞에 앉은 소녀의 모습이다. 대다수 아시아인들은 일본전범기에 극도의 거부감을 갖고 있다. 전범기를 통해 일본의 전쟁범죄를 표현하려는 의도로 보이지만 결과적으로 반일 감정을 자극하고 피해자를 위로하는 기림비에 가해자의 심볼을 넣는 것은 옳지 않다는 지적이다. 김동찬 위원장은 “마치 홀로코스트 기림비에 나치 독일의 문양을 넣는 것과 똑같다”며 욱일전범기의 제거를 요구했다.

여섯째는 일본 대사관 앞 소녀상을 본딴 한복 입은 소녀의 이미지다. 한국에 있는 소녀상과 달리 포트리 기림비는 여러 국가 출신의 피해여성들과 아시안커뮤니티를 위한 것이므로 피해국 여성들을 포괄적으로 상징할 수 있는 이미지로 대체하는 것이 바람직하다는 것이다.

장기봉 위원은 “팰팍의 1호 기림비와 최근 버겐카운티 기림비를 세운 추모위원회의 경험과 노하우를 제공하겠다는 의사를 여러 차례 전달했음에도 이런 문제점들이 발생한 것은 유감스럽다”고 말했다.

김동찬 위원장은 “기림비의 오류를 수정하지 않는다면 차라리 안 하는 게 낫다”고 강조하고 “포트리 시의회가 제대로 된 기림비를 승인하도록 한인사회가 서명운동에 적극 참여해주길 바란다”고 당부했다.

서명은 시민참여센터가 배포하는 양식에 직접 사인하거나 온라인(www.kace.org)을 통해 참여할 수 있다. 한편 이날 회견엔 미 주류신문인 버겐 레코드와 중국계 미디어 등 타민족 기자들도 취재해 눈길을 끌었다.

フォートリーの慰安婦碑を巡り、イザコザ続く

碑のデザインを巡る議論の応酬(先月)

フォートリー(ニュージャージー州)の慰安婦の碑を巡るイザコザがまだ続いている。地元紙だけでなく、APまでが伝えている。確か石碑は完成していたはずだが(未設置)、現在のデザインが反日(反日本人)と見なされる恐れがあると反対しているのは、韓国系の団体。その真意は分からない。彼らは慰安婦問題が反日、あるいは韓国と日本の問題として片付けられる事をかなり警戒している。それは何か打算があってのことかもしれない。

Controversy is delaying the installation of another New Jersey memorial to Asian women forced to provide sex to Japanese soldiers during World War II.

The Record reports that opposition to the `comfort women’ memorial in Fort Lee is coming from Korean groups who support the idea of the memorial, but object to its design and wording.

The comfort women issue remains a point of contention between Japanese and South Korean officials.

Japanese government officials had requested the removal of another New Jersey memorial to comfort women, installed in front of the Palisades Park library in 2010.


A Bergen County Comfort Women Memorial in Hackensack was dedicated in March.


The organizers behind those two memorials say the Fort Lee proposed design could be perceived as anti-Japanese (フォートリー市のデザインは反日--日本人--と見なされる恐れがある).

CBS 2013.4.5

2013/04/05

慰安婦問題はプロパガンダ戦 産経


「韓国の国際世論工作拠点」と言われる東北アジア歴史財団

産経新聞は、慰安婦問題を国際的なプロパガンダと見ている。この見方は正しいと思う。

第3部 プロパガンダ戦争(4)韓国 官民挙げ「慰安婦」工作

ソウル中心部にある在韓国日本大使館前に1月末、若い韓国人の男女が集まった。彼らは大使館前に違法に設置されている日本統治時代の「慰安婦」の像を囲み、笑顔で記念撮影した。

元慰安婦の少女時代を題材にしたというブロンズ像は、大使館前で毎週集会を続ける強硬な反日団体「韓国挺身(ていしん)隊問題対策協議会(挺対協)」が2011年12月に建てた。

男女は次世代の国際社会を担うリーダーを生み出すために設立された世界最大規模の学生NPO(民間非営利団体)「アイセック(AIESEC)」に所属する学生たち。ソウル大や梨花女子大などの名門大の学生も含まれている。

学生たちは1月29、30両日には慰安婦問題に関する討論合宿をソウルで主催した。慰安婦問題は「日本が犯した戦争犯罪」という韓国側の論理を世界に広げようとするのが目的だ。高い英語力を持つ学生も多く、他国の若者とも頻繁に討論会などを開いている。

学生らの活動は自発的とはいえ、韓国政府が財政あるいは宣伝面でバックアップすることが多い。今回も韓国の政府機関が発行する媒体の誌面を割いて活動を支援した。

◆「財団」政府と直結

学生たちの活動を支援する団体がソウル市内にある。「東北アジア歴史財団」で06年に発足した。名称こそ「財団」だが韓国政府と直結している組織だ。理事長は閣僚級の扱いで、ナンバー2には歴代外務省から派遣された次官級幹部が就任している。「東海」や「独島」など「国際表記名称」の変更と定着を担当する大使級の外交官もいる。

財団は活動目的の第一に「日本軍『慰安婦』の研究と国際問題化」を挙げ、「発足当初から慰安婦問題を主要な歴史懸案として認識し解決のために努力してきた」としている。

3つある研究室の1つで慰安婦問題、もう1つで日本との領土領海関係を扱う。

内外の市民団体の取り込みを担う交流広報室や、歴史問題への対応を練る戦略企画室もある。

財団の内部資料によると傘下の「独島研究所」の研究員や契約職を含む財団の全体の人員は約100人。13年の予算は210億ウォン(約18億円)に上る。

07年には韓国の近現代史の学会とともにインドネシアや台湾などで「慰安婦実態調査」などを実施した。

挺対協にも、行事への財政支援を07年以降5回以上行っている。

長く慰安婦問題を担当した日本政府関係者は財団について「韓国の国際世論工作拠点といっても過言ではない」と指摘する。

◆安倍首相狙い撃ち

6月に英領北アイルランドで開かれる主要国首脳会議(G8サミット)では、「戦場における女性」がテーマとなっている。

この場で慰安婦問題が議論される可能性が指摘されている。日本の政府・与党内には「日本の取り組みを説明する好機」ととらえる向きもあるが、欧米メディアに向けて慰安婦問題で安倍晋三首相を標的にした働きかけはすでに始まっている

産経 2013.4.4

ミンディ・カトラー
米国では「慰安婦問題のエキスパート」扱いらしい

ミンディ・カトラーといえば、2007年のアメリカ下院の慰安婦決議の頃だったと思うが、日本軍の慰安所システムを、合法化されたミリタリー・レイプ(legalized military rape)と言っていたような気がする[要確認]。安倍晋三に対する偏見も当時から酷く、産経新聞の古森記者は、彼女が「日本側の一定勢力から情報や助言(しかもきわめてゆがんだ種類の)を受けているのではないか、という疑惑にはそれなりの状況証拠が多々あります」と自身のブログのコメント欄に書いていた。

キム・トンチャン
祖国・韓国から尊敬されたい?

そして、KACEのキム・トンチャン(ドンチャン・キム)もお馴染みの顔であるが、彼はこれまでキム・ドンソクの後ろにいた印象だが、最近露出が増えてきた?

慰安婦問題に詳しい専門家というのが誰か見当もつかないが、キムのような人間は、「祖国と自分を切り離さないためにも(日本批判をすることで)気持ちのバランスを取ろうとしている」「祖国から“戦士”として尊敬してほしいとの気持ちもあるようだ」という指摘は、当たっていそうな気がする。

サニー・ハン
同じ韓国系でも一連の対日ネガキャンに批判的

しかし、西岡力。「権力による強制連行はなかったと堂々と主張し・・・広報戦の取り組みが必要だ」。・・・もういい加減、反論する側も強制連行という言葉の呪縛から自らを解き放つべきではないか?

第3部 プロパガンダ戦争(4)「Abeを信用できますか?」慰安婦問題、執拗に追及

■票目当て なびく地元議員

Abeを信用できますか?

2月下旬の安倍晋三首相の訪米直前、日本を担当する外国メディアの記者たちに、こんな書き出しのメールが届いた。発信元はワシントンに拠点を置くシンクタンクで、主宰者は慰安婦問題で日本の責任を執拗(しつよう)に追及してきたミンディ・カトラー氏だ

日米関係に関する分析やコメントを提供できると売り込むメールはこう続く。

安倍首相はワシントンで信用されていない。彼は米国との同盟関係の深化を誓うが、日本の平和憲法と第二次大戦の歴史を修正しようとする願望で、その誓いの誠実さと実効性に疑問が生まれている」

メールはさらに、安倍首相や閣僚らが野党時代、米ニュージャージー州の新聞に出された慰安婦に関する抗議広告に署名していることや、ある閣僚の家系が戦争捕虜を強制労働に従事させたことなどを列記する。

メールと前後し、米外交誌フォーリン・ポリシー(ネット版)は、慰安婦問題で日本政府はもっと行動すべきだとする内容の記事を掲載した。その中で引用されたコメントの一つがカトラー氏だった。

メールを受けた外国人記者の一人は、「慰安婦問題はソウルで動きが多くあるだけに報道される量も多くなる」と語る。

事情を把握していない外国人記者が「慰安婦問題のエキスパート」として紹介されたカトラー氏にコメントを求めることは想像に難くない。

米20カ所に碑

米国をはじめ台湾、欧州連合(EU)、カナダなど各地で慰安婦問題を非難する決議が採択されている。米国ではこのほか、3月にニュージャージー州バーゲン郡で慰安婦碑が建てられた。同種の碑はすでに同州パリセイズパーク市、ニューヨーク市近郊にもあり、今後、国内約20カ所に建つ見込みだ。

米国内での決議や碑の建立は、移民として地域社会に根を下ろす「ニューヨーク韓人会」や「韓米公共問題委員会」「韓国系米国人権利向上協会」など複数の韓国系団体が、地元議員らに強く働き掛けて実現したものだ。

いずれの団体も取材を拒否したが、唯一立ち話に応じた同協会のドンチャン・キム代表(46)は、「日本政府は謝罪し、若い世代にも事実をきちんと伝えるべきだ。私たちは新たな世界を築きたいのであり、決して『反日本政府』ではない」と強調した。

慰安婦問題に詳しい専門家はこれらの団体が慰安婦問題に熱心な理由について「日本統治時代に苦しんだ親を持つ世代が中心だ。祖国と自分を切り離さないためにも(日本批判をすることで)気持ちのバランスを取ろうとしている」と説明する。同時に「祖国から“戦士”として尊敬してほしいとの気持ちもあるようだ」との指摘もある。

ニューヨーク州やニュージャージー州は韓国系住民が多い。パリセイズパーク市の韓国系住民の数は全体の52%。バーゲン郡でも1990年以降、韓国系住民が約4倍の8%へと急増している。決議や碑の建立は選挙に向けてのパフォーマンスという側面もある

中国と共闘も

議員への韓国系団体による攻勢には足元からも批判が出ている。ニューヨーク州議会議員候補(共和党)で韓国系の米国人女性、サニー・ハン氏は「日本や韓国の70年前の問題を全く関係のない米国でなぜ持ち出すのか」と疑問を呈す。韓国系の若い世代の間でも「日本への挑発は不健全」との声が上がる。ただ「表立って口に出せる雰囲気ではない」(ハン氏)のも事実のようだ。

ニューヨーク州では韓国系だけでなく中国系の住民も増えており、“中韓共闘”の動きも出ている。

韓国系団体は中国系ニューヨーク市議のピーター・クー氏(民主党)に働き掛け、同市クイーンズ区にある韓国系住民の多い地区を通る道路の名称を「慰安婦メモリアル通り」に変更する計画を進めている。同地区での中国系と韓国系住民の反目は有名だが、当選を確実にしたいクー氏は韓国票を当て込んでか変更に合意したという。

慰安婦問題におけるウソを指摘し続けてきた東京基督教大の西岡力教授はこう強調する。

「日本政府には世界の国々に権力による強制連行はなかったと堂々と主張し、誤解を解くための官民挙げての広報戦の取り組みが必要だ」

産経 2013.4.4 1,2,3

もう一つの吉田清治証言--「朝鮮人慰安婦と日本人」 (4)

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労務報告会に戻ると長谷川嘱託が来た。今日は背広姿だったが、この男は軍服なんか着るよりそのほうが似合っていた。

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「今日は身体検査を受けさせています。女たちには慰安所行きとは言っていません。事実を言えば逃亡しますから、対馬の陸軍病院の雑役婦募集だと言って志願させました」

「それは名案でしたよ。それであんな若い子が集まったんですね。対馬行きにしては船旅がながいが、御用船だからどこかに寄って貨物をおろしてから対馬へ行くとでも説明しましょう。海南島に着くまでは秘密にしておかないと、身投げでもされると困ります」

「海南島で、百名を一か所に収容するのですか」

「楡林の三か所の慰安所へ分けます。船の中で三班に編成しますが、特別上等なのがいたら将校慰安所にまわすかもしれません。それからお手数ですが、胸に名札をつけさせてくれませんか。貨物船だから船艙に分けて積むことになるでしょう。点呼のとき手間どると思うんですよ」

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前渡金の支給日の八日は、朝から挺身隊の女たちが集まってきた。動員係が会計の女子職員といっしょに、名前の書いた封筒へ一円札で二十円入れたり白布をはさみで切って名札をつくったりして時間がかかった。林と山田が大声をはりあげ、女たちを名簿順に歩道に一列に並ばせて一階の配給係で前渡金を渡し始めた。松井が一人一人に名簿の氏名の下に拇印を押させて、前渡金の封筒と名札を渡すと、林は名札は服の胸にぬいつけてくるんだと言って自分の胸につけて見せて、女のまねをしてみんなを笑わせた。

「二十円もらって逃げたりしたら、警察につかまって刑務所に入れられるからな」と山田が言うと、前渡金を受けとった女がやりかえした。

「逃げても、日本には仕事がないよ。つしまへ行って三十円もうけたほうがいいよ」

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四月十日は前夜の雨があがって上天気だった。朝から空襲警報が発令されて職員たちは床下や裏庭に掘った防空壕に掛けこんだりした。「朝鮮人女子挺身隊」の集合時間は十時にきめていて、沿岸の労報飯場の前には女たちが集まってきた。長谷川嘱託が昨日午後にやってきて、御用船は海峡のブイに係留されているので税関岸壁から通船を雇ってほしいと言ったが、下関には通船がないので機帆船をたのんだ。念のため今朝松井を東南部(ひがしなべ)の関門機帆船組合の下関支部へ確認に行かせた。

動員係の部屋に行くと下関署の労政係主任が来て女子挺身隊名簿を見ていた。

「若いのがよく集まりましたね。十八歳が多いじゃないですか」

「佐々木さんのおかげですよ。十八歳未満が十名ばかりいますが、動員命令書にあわせて十八歳と書いてあるので十八歳が多いんです。みんな窃盗の前科があります」

「乗船のときの警備は水上へ連絡してありますか」

「その必要はないですよ。みんな対馬の陸軍病院の雑役婦だと信じていますから。もうかなり集まっているようです。行ってみませんか」

「そういうわけなら、あまり制服で近よらんほうがいいでしょう」と言って労政係主任は署に帰って行った。

十時に動員係をつれて労報飯場へ行くと、倉庫の前まで女たちであふれていた。年寄りや子供たちもたくさん見送りに来ていたが、いつもの勤労報国隊派遣のときとちがって今日はにぎやかだった。朝鮮服を着た女はすくなくたいてい日本人のようなモンペ姿で、ワンピースやスカートの女もいた。

[...]

十二時になって挺身隊を広場へ整列させるときも、はじめと同じように手間どった。山田が先頭に立って、挺身隊は倉庫がならんだ道を貨物引込線にそって三百メートル先の税関に向かった。見送りの家族たちが道いっぱいになってついてきた。対馬行きを見送るつもりで、家族たちは笑いながらにぎやかにしゃべって、不安げもなく歩いていた。

税関庁舎前の広場へ着くと庁舎から軍装の長谷川嘱託たちが出てきた。

「ご苦労さま。税関の手続きはすみました。女子挺身隊の荷物の検査はしないそうです」

「機帆船は一時に来ることになっています。挺身隊の受領をお願いします」

挺身隊員と名簿の照合確認が終わると、税関待合室で朝鮮人女子挺身隊百名の派遣受領証に、○○部隊長長谷川嘱託の受領印をもらった。午後一時過ぎ、百人の大坪の女は二隻の機帆船に分乗して岸壁を離れて御用船に向かった。


もう一つの吉田清治証言--「朝鮮人慰安婦と日本人」 (3)


[...]

清子の長屋を出て二、三軒まわり、本通りで佐々木刑事たちと出会い、いっしょに昼食に労報へ帰った。昨日からの募集人員を集計すると、今日労報に出頭してきた者を加えて八十人を超えていた。午後の募集には林と松井をいっしょに行かせて、私は身体検査と検診の打ち合わせに西川医院へ行った。
西川医院は労務報国会近くの岬之町にあって、内科・泌尿器科だった。西川先生は私を奥の応接間へ案内して、酒とビールの礼を言った。

「今どきたいへんな貴重品をいただいて恐縮でした。薬用アルコールの代用品ではあじけないですよ。おかげさまで昨夜は酒にしようかビールにしようかと迷いましてね。久しぶりに陶然としました」

「先生はどちらがお好きかわからなかったので両方を運ばせました」

「両方とも大好物ですよ。ところで慰安婦は集まりましたか。いくら朝鮮人でも百人も慰安婦を集めるのはたいへんだったでしょう」

「八十人ばかり集めました。今日じゅうには百人そろえる予定です。ただ料理屋で働いていた女が半分おりますので、病気をもっていなければいいんですが」

「朝鮮人の料理屋の女はみんな淋病や梅毒にかかっていますが、そんなにひどくなければいいんじゃないですか。一時しのぎに注射をしときましょう。戦地では兵隊にサックを持たせてありますからね。使わんやつが悪いんですよ。無きずの朝鮮人の女を百人も集めるのは、労務報国会でもむずかしいでしょうが」

労報としては診断書さえつけて送ればすみますが」

「いいですとも。診断書なんかいくらでも書きますよ。私も北支事変のときは野戦病院の軍医をやりましたが、どこの部隊でも軍医が慰安所の女の検診なんかやるひまはないですよ」

「実は朝鮮人の女たちには慰安所行きとは言ってないんです。事実を言うと逃亡する者が出たりして取締まりがたいへんですから、対馬の陸軍病院の雑役婦ということにしてあります。それで料理屋で働いていた女は、検診を受けたりすると、慰安所行きだと気づかんでしょうか」

「職員のひとが持ってこられた動員命令書の写しには、妊婦を除くと書いてありましたね。妊娠しているかどうかを診察すると言っておいてください。診断書で朝鮮語でぎゃあぎゃあ騒がれたらかなわんですよ」

七日の朝出勤すると、労務報国会の前の歩道にはもう朝鮮人の女たちが五十人ばかり集まっていた。みんな意外にこざっぱりした身なりをしていた。労務報国会は電車通りで、市外電車の窓から日本人がめずらしそうに見て行った。朝鮮人の多い下関でも若い女がこれだけ集まると目立った。[...]朝礼をすますとすぐ動員係の今日の業務の分担をきめた。松井と山田には西川医院へ行って女たちの整理と診断書に氏名を記入させることにして、林には労報の前で女たちを点呼して、名簿順に二十名ずつ西川医院へつれて行くように指示した。
佐々木刑事が部長室で「朝鮮人女子挺身隊名簿」を調べていた。名簿は女子職員に数部複写させて、私の机の上にも一部置いてあった。通し番号は百十一となっていて十一名余分に募集していた。

「まるで一斉検挙ですね。大坪の女の大掃除になります。刑事室の連中も喜ぶでしょう」

「しろうとの女は何名くらいいますか」

「酌婦あがりが四十四名、逮捕歴のあるのが五十七名で合計百一名ですね。しろうとは産婆の朝島が指名した八名のほかに二名だけです」

「一名は食糧配給所の女中ですね。もう一名はどんな女ですか」

「年は十六歳です。住所と姓が酌婦と同じですから、たぶん妹ですよ」

「西川先生にたのんで、からだの弱いのから十一名を除きましょう」

「花柳病のがいますよ」

「西川先生が、あまりひどくなければ診断書を書くと言っていました。あの先生ならたいていは見のがすでしょう」



つづく

2013/04/03

もう一つの吉田清治証言--「朝鮮人慰安婦と日本人」 (2)


吉田は、この種の朝鮮人女性のエピソードを沢山書き連ねているが、ここではその一部だけ紹介する。九州での自分の体験を交えて書いているのだろうが、どこまでが本当か分からない。吉田の「強制連行」話を真に受けた人は多い。それだけ彼には文章力があったということなのだろう。読んでいて、そう感じる。

[...]

光子は土間に積みあげたぼろぎれのなかから、シャツやズボンをえりわけていた。古い男物のシャツを着て作業ズボンをはいていたが、色白で目が大きくきれいな女だった。名簿には二十一歳となっていた。日本人が入っていっても別におどろかなかった。

「なにか用ですか」

「今日は警察の用じゃない。労務報国会の部長さんがおまえに話があるそうだ」

「うちには徴用にいくような男はいません。姉とそのちいさい男の子だけです。兄は刑事さんがつれていったからるすです」

「兄さんは社会主義の親玉じゃないか。当分帰れんよ。おまえは女だから警察のお情けで帰してもらえたんだ。今どき社会主義なんかやるやつは、無事ですまんくらいはわかっとるじゃろう。おまえが下関におると、警察もよけいな手数がかかるからな。こんど労報で対馬行きの女を集めておられるんで、おまえに行ってもらいたい」

「なにも悪いことをしないのに、下関に住んではいけませんか。朝鮮人の女にも徴用がかかるようになったんですか」

光子は私を見つめて表情も変えなかった。日本人の前でこんな理屈を言う朝鮮人の女は私ははじめてだった。「朝鮮人狩り」ばかりやってきた私は、こんな態度であしらわれて思わず大きな声をだした。

「おまえが志願しなければ、おまえだけ徴用をかける。対馬の陸軍病院の雑役婦で月給三十円だから、ほかの者はみんな志願している」

「どうせつれていかれるのなら、志願にしてください。朝鮮人は徴用がきらいですから」

七日朝の出頭を命じて表に出ると、本通りへもどって坂道をのぼりながら、佐々木刑事が話した。

「大山光子は、県立高等女学校へ三年までいっとります。おやじは牛市場の役員までしていたから、朝鮮人のなかでは大物でしたが、統制で牛市場がなくなって大阪へ引っ越しました。去年おやじが死んで長男が下関へもどると、大阪の警察から主義者として手配されてきました。二、三回あげましたが、こちらではたいした事はしてなかったが、時局がら保護観察で山口の刑務所へ送ってあります。女房は主義者じゃないんです。なかなかの働き者で百姓の手伝いに行ったり、安岡の浜でてんぐさとったりしています。しかし妹の光子は女学校へ行ったくらいですから、本が読めるし油断がならんですよ。天井から社会主義の宣伝ビラなんかでてきたので、三ヶ月ばかりしぼりましたが、取り調べには手をやきました。兄よりしぶとかったですよ。しばらく泳がしとるんですが、このさい海南島の慰安所へ送れば手間がはぶけますからね」

[...]

食後二人は西大坪の産婆の朝島波子の家へ行った。下関で正式の免状を持った朝鮮人の産婆は朝島一人だった。佐々木刑事の話では、朝島は朝鮮人の堕胎をやっているが、警察になにかと役にたつことを通報してくれるので、どうせ朝鮮人の子供をおろすのだからと警察では見のがしてやっているそうだ。

[...]

「今日はなにか、お話があるんでしょう」

「こちらは労務報国会の動員部長さんですが、こんど労務報国会で、対馬の陸軍病院の女の雑役を百人ばかり募集しているんです。それで朝島さんにたのんですこし集めてもらおうと思って来ました。待遇はいいですよ。食事付きで月給三十円、それに支度金が二十円前渡しされます」

「いまどき大坪の女の人たちには、とってもいいお話ですね。佐々木さん、それ雑役ではなくて、慰安婦でしょう。陸軍病院に女の雑役が百人なんて、おかしいですわ」

「これはまいった。息子さんが軍医中尉殿だから、陸軍病院なんてごまかしてもしようがない。朝島さんは軍国の母だから、ほんとうのことを言いましょう。実は軍の命令で労務報国会が慰安婦を百人供出することになったんですが、動員部長さんがだれでも見さかいなく徴用をかけるのはかわいそうだから、なるべく水商売の経験のある者や生活に困っている者を選びたいと言われるんです。こういうことは、あまりおおっぴらにしてはいかんので、陸軍病院の雑役婦の募集ということにしてあるんです」

「わかりました。そんなことをしゃべったりはいたしません」

「どうですか、十人ばかり心あたりはありませんか」

「このごろは炭鉱の慰安所からも募集にきています。流産したばかりのひとがお金のためにつれていかれました。みんな困っていますから、そのうち大坪の娘はみんな売られていきますよ。おなじことなら炭鉱より軍の慰安所のほうがましかもしれませんね。十人くらいなら話してみましょう。行き先は秘密なんでしょうね」

「支那の海南島です。あそこは前線ではないから命の心配はないですよ」

「対馬といっておきますが、戦争が終わったら帰れますわね」

「そのときは息子さんも凱旋ですよ。これもお国のためですからお願いします」

朝島波子は私の顔を見ようとせず、話しかけもしなかった。いくら日本人らしくなっていても、やはり朝鮮人の女だから、朝鮮人に徴用をかける労務報国会をきらうのはあたりまえだった。

[...]

大田里子の家は年とった母親が小さな飲食店をやっていた。長屋のはしの家で「酒」と書いた入り口の障子は古びて破れていた。土間に古いテーブルを二つならべて、いすは手製の木の腰かけだった。

客が一人来ていた。新しい作業服を着て革靴をはいた体格のよい四十代の男だった。私たちがはいっていくと、里子と婆さんに何か朝鮮語で言ってあわてて出て行った。

「部長、あれは炭鉱の慰安所の男ですよ。女を集めとるんですね。あしたくるなんて言いましたよ」

「そうかもしれん。今ごろあんなかっこうをした朝鮮人が大坪へ来るはずがない」

「あんなやつがうろつくと、こちらの商売のじゃまですよ。特高にたのんであいつをブタ箱へ入れてもらいましょう」

「大坪へ見なれん朝鮮人が来たら特高がつかまえますよ。このごろ特高は事件がなくて、李の店でごろごろしています」

私は林が言うように慰安婦の供出がすむまで特高にぜげんの取締りをたのむつもりで里子にたずねた。

「今の男はお前の知りあいか」

「はじめてきたお客です。しごとの世話をすると言いました」

「あんな男の言うことを聞いたら、また炭鉱の料理屋へ売られるぞ。お前は大峯の料理屋から帰ったばかりじゃないか」

「あのひとの言うことは信用できんよ。五十円だすと言うたが、それ借金になることあたし知っている。きものとおびが六十円も引かれるから、なんぼお客をとっても借金がふえるばっかり。あたし大峯で四年もはたらいたよ」

[...]

「つしまで三十円になるなら、あたし行ってもいいよ。いつ行くのですか」

「行くのは十日だが、あした身体検査がある。病気がなかったらあさって二十円渡す」

「あたしはいま病気ないよ。帰るまえに病院の検査の日であれからお客とってないから、だいじょうぶです」

里子は婆さんに朝鮮語で話しはじめた。林が朝鮮語をつかって話に加わった。里子林の話に嬌声をあげた。この女なら船が海南島へ着いても、すぐあきらめて働くだろう。小ぶとりして大きな胸は酌婦をしてきたからだった。



つづく