2012/04/29

米国首都に慰安婦の碑 来年から本格化

韓国系の人々がユダヤ人のホロコースト記念館に着想を得て、日本による残虐行為記念館あるいは記念碑をアメリカに作ることを思いついたのが何時のことかは分からない。誰が最初に言い出したのかも知らない。

しかし3年前(2009年)には、中央日報が「三一節と『シンドラーのリスト』」という記事を掲載、この中で芸術や博物館を通じて「日本の右翼」を黙らせることが出来るという提案がなされている。人格教育の専門家であると自己紹介した筆者が、ユダヤ人虐殺記念館の為に開かれていた公聴会で「ナチスだけでなく日本の蛮行に関する資料も展示することを要請した」ことを報告している。

その後も、ワシントン挺対協やKAVC(韓国人有権者センター)、慰安婦決議採択運動を繰り広げた121ニューヨーク推進連帯などが動き、各地に慰安婦の碑を建てる計画を進めている。2年前にニュージャージー州の公立図書館に小さな碑が建った時は、一部のブロガー達がリアルタイムで報告していたが、日本のマスコミがこの問題に興味を示し始めたのはごく最近で(ただし、当時の韓国メディアは、日本の新聞社が取材に来たと報じていたが、本当のところは分からない)、政治家の反応も遅かった。

アメリカの首都ワシントンに慰安婦の碑を建てようという計画も、現在着実に進行している。当ブログでも、ワシントン挺対協が昨年コリア・タイムズに出した公開書簡を紹介した。その後の展開であるが、彼らはアメリカの国立公園関係者とコンタクトをとって話を詰めようとしているらしい。下のコリア・タイムズの記事にはマイク・ホンダの名前も見えるが、ワシントン挺対協がホンダを説得しようとしているのか、それともマイク・ホンダや州議会議員らと連邦議会の議員たちを説得する計画なのかよく分からない。彼らはワシントン挺対協設立20周年に当たる来年から動きを本格化させる(コリア・デイリー)そうである。

展示会やセミナーを開いて慰安婦問題に対するアメリカ人の理解を深めようという試みは一貫している。もちろん、彼らが広めようとしているのは「日本軍は第2次世界大戦中韓国などアジアを侵略して幼い女性たちを日本軍人のための性的奴隷の『挺身隊』に転落させた歴史的な事実」のこと。

写真は、先々月ワシントン挺対協の行事で慰安婦の碑建立推進を訴えたマーク・キム、バージニア州下院議員。


慰安婦追悼碑建設基金募金

ワシントン挺身隊問題対策委員会(会長キム・グァンジャ. 以下정대위)が17日役員会議を持って慰安婦追悼碑建設および創立20周年記念学術大会など今年主要事業を議論した。

정대위はこの日会議で追悼碑建設委員長にファンウォンギュン前バージニア韓国人会長を任命する一方、追悼碑建設のための敷地物色と基金募金運動などについて意見を交わした。

キム・グァンジャ会長は「米国ではユダヤ人やアルメニア人がホロコーストとトルコ大虐殺(引用者注:アルメニア人大虐殺)で被害にあった痛い経験を入れて追悼碑を建設している」として「追悼碑建設は日本軍の蛮行を想起させて後代に人権問題に対する教育の資料を残そうと思う意味で推進される」と話した。

ファンウォンギュン建設委員長は「日本軍は第2次世界大戦中韓国などアジアを侵略して幼い女性たちを日本軍人のための性的奴隷の『挺身隊』に転落させた歴史的な事実を歪曲、否定している」として「誤った歴史を正すためにも一日はやく追悼碑が建設されなければならない」と話した。
ハム・ウンソン副会長は「ワシントンDCに追悼碑を建設するために国立公園企画委員会(NPCP)関係者たちと会って多くの助言を受けた」として「一応連邦下院の承認を受けなければならないだけにマイケル・ホンダ議員と地方区議員らを中心に説得作業を繰り広げるだろう」と伝えた..

정대위はこの日会議で創立20周年記念学術大会および定期総会を12月1日ジョージ・メイソン大学で開催することにした。

学術大会準備を引き受けたイ・ジョンシル副会長は「女性と人権、そして慰安婦問題と関連したセミナーと講演、絵展示会など多様に展開するだろう」と話した。

<パク・クァンドク記者>



위안부 추모비 건립 기금 모금

워싱턴 정신대문제대책위원회(회장 김광자. 이하 정대위)가 17일 임원회의를 갖고 위안부 추모비 건립 및 창립 20주년 기념 학술대회 등 올해 주요 사업을 논의했다.
정대위는 이날 회의에서 추모비 건립위원장에 황원균 전 버지니아한인회장을 임명하는 한편 추모비 건립을 위한 부지 물색과 기금모금 운동 등에 대해 의견을 나눴다.
김광자 회장은 “미국에서는 유대인들과 아르메니아인들이 홀로코스트와 터키 대학살에서 피해를 당한 아픈 경험을 담아 추모비를 건립하고 있다”며 “추모비 건립은 일본군의 만행을 상기시키고 후대에 인권문제에 대한 교육의 자료를 남기고자 하는 의미에서 추진된다”고 말했다.
황원균 건립위원장은 “일본군은 제2차 세계대전 중 한국 등 아시아를 침략해 어린 여성들을 일본군인들을 위한 성노예인 ‘정신대’로 전락시킨 역사적인 사실을 왜곡, 부정하고 있다”며 “잘못된 역사를 바로잡기 위해서라도 하루 빨리 추모비가 건립되어야 한다”고 말했다.
함은선 부회장은 “워싱턴DC에 추모비를 건립하기 위해 국립공원 기획위원회(NPCP) 관계자들과 만나 많은 조언을 받았다”며 “일단은 연방 하원의 승인을 받아야 하는 만큼 마이클 혼다 의원과 지역구 의원들을 중심으로 설득 작업을 펼쳐나갈 것”이라고 전했다..
정대위는 이날 회의에서 창립 20주년 기념 학술대회 및 정기총회를 12월 1일 조지 메이슨 대학에서 개최키로 했다.
학술대회 준비를 맡은 이정실 부회장은 “여성과 인권, 그리고 위안부 문제와 관련된 세미나와 강연, 그림전시회 등 다양하게 전개될 것”이라고 말했다.
<박광덕 기자>

米軍批判の比・慰安婦団体と反日に特化する韓国?

フィリピンの支援団体は、米軍の性暴力にも厳しい

先週の水曜日に撮られたこの写真にも見えるように、フィリピンの慰安婦支援団体は反米軍・反基地闘争にも熱心で、元日本軍慰安婦がデモに駆り出されている。正直、慰安婦が政治運動に利用されているという印象も受けるが、プラカードにはこう書かれている。

「アメリカ兵は、今すぐ出て行け!」「STOP 石油目当てのアメリカの戦争と軍事侵略」「我が国の女性と子供に対する強姦を止めろ!」「我が国は君たちの遊び場ではない」
Comfort women hold placards to condemn the Philippine-U.S. joint military exercises during a protest in front of the U.S. Embassy in Manila April 27, 2012. American and Philippine troops waded ashore on Wednesday in a mock assault to retake a small island near disputed areas in the South China Sea, an exercise expected to raise tension with rival claimant China.

2012年4月27日、マニラにある米国大使館前で行われた抗議活動で、慰安婦が米比合同軍事演習を批判するプラカードを掲げている。水曜日、米軍とフィリピン軍の兵士たちが、奪還作戦を仮想して紛争海域の近くにある南シナ海の小島に上陸した。この演習は紛争の相手国である中国との緊張を高めると見られている。
ロイター 2012.4.27

プラカードから見ると、抗議はガブリエラ女性党やフィリピンの慰安婦支援団体リラ・ピリピーナが主導したものらしい。慰安婦たちが政治運動に取り込まれているにしても、同じような建前を取りながらその実反日運動に狂奔する韓国の支援団体と比べ、フィリピンの支援団体はより純粋に「女性の人権」や「戦争と性暴力」をテーマに活動しているような印象を受ける。少なくとも、彼女たちからは反日色は感じられない。反基地闘争といえば、日本の運動家も同じで、彼女たちは沖縄の米兵の性暴力は本質的に日本軍による性暴力、すなわち慰安婦問題と同じと主張する。例えば、一年半前に開かれた女性戦犯法廷10周年シンポジウムには沖縄から宮城晴美が参加して「沖縄の女性が独自に性暴力を断ち切ることはもはや不可能...米軍基地の撤去を求めている」と訴えている。

4年前に沖縄で米兵が強姦事件を起こした時も、ガブリエラ女性党は「米軍の存在が女性と子供にとって危険であることを再び証明した」との声明を発表している(この時の被害者はフィリピン人)。

糸数けいこ参議院議員は、水曜デモ千回記念の企画で
米軍による性暴力問題を訴えた(2012年)


韓国の慰安婦支援団体といえば挺対協だが、彼女らもルーツはフェミニスト系。体制批判も行なっていた。その常任代表であるユン・ミヒャンの夫(金三石)には北のスパイとして逮捕歴があり、現在でも挺対協は北の(官製?)団体と共闘したりしているから、やはり親米保守より反米左派に毛並みは近いのだろうが、米国など国際社会の圧力を使って日本を追い詰めようという作戦を取る彼女たちは、そのせいか反米闘争には消極的であるようだ。

実は、彼女たちは(米軍)基地売春婦も運動に取り込もうとはしている。早くから、基地売春婦の問題を無視したまま日本軍慰安婦の問題だけ騒いでいるのはおかしいという批判があったからかもしれない。もっとも、それを指摘した大学教授(キム・ヨンフン)は「被害ハルモニ」を娼婦と同列に扱ったとして挺対協から辞職を要求された

慰安婦の前で謝罪に追い込まれた李栄薫教授(2007年)
日本軍慰安婦問題を他の問題と同列に扱わせない韓国


しかし、挺対協は米軍基地売春婦の問題を取り上げるようにはなったものの、アメリカ大使館の前ではデモは行わない。あろうことか、日本大使館前に「被害者」を呼んで対日糾弾デモ(水曜デモ)に参加させているのである。

なぜ挺対協は反米デモを行わないのか?アメリカの議員たちの協力を頼みにしている彼女たちにとって、反米的な活動はしたくないという理由の他に(日本の進歩的議員たちは反日運動に寛容なのだが・・・)、下に見えるように日本軍慰安婦制度を「世界に類を見ない凶悪な犯罪」だと主張する彼女たちは、他国の同種の問題に埋没して「日本軍性奴隷制度」の残虐性が希薄化するのを警戒しているのかもしれない。

This is an atrocious crime,unparalleled in the world. This is indeed "slavery" and "deportation", and an integral part of the national extinguishment policies of the Japanese colonial government, enforced in Korea in the 1930's and the 1940's.

これは世界に類を見ない凶悪な犯罪であった。これは正に「奴隷制」と「移送」であり、日本植民地政府が1930年代から40年代に朝鮮に課した国家的抹殺政策の必須の部分であった






2012/04/28

社畜 現代の強制労働


NHKのこの番組は自分も見ていたが、幸いJ-CASTが取り上げてくれたので・・・。

仕事上の強制性は慰安婦に限らず当時もあったし、現代にもある。サラリーマンの全てが社畜や奴隷でないように、簡単に「慰安婦=強制性奴隷制度(労働)の犠牲者」と決め付けるのはいかがなものか。

就職戦線の厳しい中、労働者の支援窓口に「会社をやめたくてもやめさせてくれない」という奇妙な相談が増えている。「辞表を拒否された」「損害賠償を払えと脅された」「あきらめて働き続けている」…。多くは20~30代の正社員だ。何が起こっているのか。
   民法627条は「雇用は解約申し入れから2週間で終了する」としている。会社は申し入れを拒否できない。ところが、東京都の相談窓口でこの種の相談が数年で4割増えて昨年は668件になった。NPO法人「労働相談センター」も2年で3倍になったという。実態はこういうことだ。

やっと送られてきた離職票には「懲戒解雇」

★福岡の佐藤さん(仮名)は1か月前、IT企業に退職届を出した。3年前に仕事のミスで会社が損失を出した。以来、その補填に給料の3分の2を天引きされ3年間で600万円。 親から借金して暮らしてきたが限界だった。社長は「退社は認めない」といったが、佐藤さんは2週間後に出社をやめた。
   すると会社は、失業保険の給付手続きに必要な「離職票」を出さない。会社はやめた翌日から10日以内に出す義務がある。それが20日を過ぎても出ない。ようやく離職票が来たが、退職理由が「懲戒解雇」になっていた。再就職に影響する。明らかに嫌がらせ。「頭を下げて戻ってくると思っているんでしょう」と佐藤さん。
★過労で体をこわした栄養士は、給食をつくらないとという義務感でやめられないでいる。代わりがいないのだ。
★20代の女性は辞表をびりびりと破られ、「バカ」といわれた。
★男性。「自己退職は認めない。懲戒解雇にして業界で活動できないようにしてやる」と脅された。
★女性看護師。上司から「やめられると私の管理責任になる」と引き止められた。
★20代の番組制作会社員。「給与カットを認めるよう誓約書を書け。でないとやめさせない」
★30代の男性。上司への恩義と再就職への不安で言い出せずにいる。「追い詰められて逃げ場がない感じ」という。
★30代の男性は8年勤めたIT企業を退職した。課長職で深夜まで働いたが業績が上がらず、過労で倒れた。それでも社長は「退社は認めん」と部屋に缶詰め。鬱状態との診断書をとって出社をやめた。4か月後、訴状が届いた。2000万円の損害賠償請求だった。理由は「課長になった5年前からの売り上げの落ち込みと、ノルマの達成や管理業務を怠った」というもので、仕事をカバーした管理職の給料分まで請求していた。弁護士は「業績の低下は経営の責任。社員に押し付けるのは不当だ」という。京都地裁は会社の請求を退け、逆に未払い賃金1000万円を払えとの判決を出した。来月(2012年5月)控訴審の判決がある。 (以下略)

J-CAST 2012.4.27
クローズアップ現代

日本軍により送り帰された慰安婦

「統営・巨済市民の会」については、旧ブログ時代を含め何度かエントリーしている。両市では過去に「慰安婦決議」も採択され、慰安婦問題に熱心な地域である。一昨年には、ソン・ドジャ代表(右下の写真)が来日して日本の国会議員たちに「問題解決」を促している

昨日のニュースからも分かるように、両市の慰安婦支援者たちは青少年を運動に取り込むのに熱心である。二年前の話だが、彼女らによって教育された子供達が、日本の国会議員たちに送るハガキの中で「鬱憤をこらえることができず激しく心情を表現した」というような状況が出来した。歴史教育の資料とするためにDVDを制作するという活動も行なっている。

もう一つのポイントとして、慰安婦による寄付の話題も時々出てくる。官民からの支援が手厚い韓国人元慰安婦たちは生活にはあまり困らないようで、蓄えがあるのだろう、しばしば遺産(財産)を寄付する。もちろんお婆さんにとっては善意なのだろうが、これを韓国の支援団体やメディアが美談として大々的に取り上げるのは、注目を集める為と日本に対する当てつけの部分もあるのかもしれない。

ただ、報道はよく読み込む必要がある。朝鮮日報では日本の敗戦直前に「劇的に脱出し、釜山を経て故郷に戻った」としか書かれていないが、ハンギョレ紙によれば、彼女は「解放直前に日本軍艦に乗って長崎港に到着した」・・・つまり日本の敗戦前に軍により送り帰されているのである。少なくとも本土までは。また、朝鮮日報はハルモニが「日本軍の言葉にだまされ」たとしているが、これには多くの人が首を傾げるだろう。

日本軍は、敗戦目前の時期に貴重な艦艇を使い(朝鮮人)慰安婦を送り帰していた。もちろん戦地に置き去りにされた慰安婦もいれば、置き去りになった従軍看護婦もいる。白骨街道の一部になった兵士もいた。しかし、この記事からだけでも慰安婦を見捨てるのが日本軍の基本方針でなかった事は推測できる。プロパガンダを見破る情報は、案外発信者側の言葉の中にあるものなのである。

・・・もっとも、日本軍が慰安婦を従軍看護婦(軍属)名義で帰還させようとした事実を「『看護婦』とすることで、当局が慰安婦の存在を連合国側から隠ぺいしようとした可能性」があるなどと言い出す「専門家」もいるわけであるが。


94歳の元慰安婦、女子高に奨学金を寄付 /統営

 
生存する最高齢の元従軍慰安婦が女子高校に奨学金を寄付する。

元慰安婦の支援団体「日本軍慰安婦のおばあさんと共にする統営・巨済市民の会」(ソン・ドジャ代表)によると、慶尚南道統営市北新洞に住むキム・ボクトゥクさん(94)が30日、統営女子高校に2000万ウォン(約140万円)の奨学基金を寄付するという。

基金は、キムさんが政府の支援金(生活保護)などを少しずつためたもので、キムさんと統営・巨済市民の会は「慰安婦問題を解決して正義を成し遂げよう」との意味を込め、基金の名称を「正義奨学会」とした。

統営女子高校への寄付を決めたのは、2010年から自宅を訪ね、ボランティア活動をしてくれた同校の生徒たちに感謝の気持ちを表すためだという。

同校の「韓国青少年政治外交連合」に所属する生徒たちは、週末にキムさんの自宅を訪ね、掃除や洗濯を手伝い、食事を共にして話し相手になっていた。統営・巨済市民の会のソン・ドジャ代表は「キムさんが『親切な生徒たちに応えたい』と、寄付の意向を示した」と語った。

統営市で生まれたキムさんは、19歳だった1937年、工場に就職させてやるという日本軍の言葉にだまされ、フィリピンや中国で慰安婦としての生活を強いられた。植民地支配からの解放(1945年)直前、劇的に脱出し、釜山を経て故郷に戻ったという。元慰安婦に対する日本政府の謝罪や賠償を求め、ソウルの日本大使館前で行われる「水曜集会」に参加するなど、慰安婦問題の解決に向け積極的な活動を続けてきた。

奨学基金の伝達式は30日午後3時から統営女子高校の校長室で行われ、統営・巨済市民の会関係者や教職員、韓国青少年政治外交連合のメンバーたちが出席する。

昌原= 姜仁範(カン・インボム)記者

2012/04/27

空襲訴訟 「無補償は差別と言えぬ」


東京大空襲訴訟 控訴審も原告敗訴

一九四五年三月の東京大空襲で被災した民間人や遺族ら百十三人が、国が補償などの救済をせずに被害を放置したのは違憲だとして総額十二億四千三百万円の損害賠償と謝罪を求めた訴訟の控訴審の判決で、東京高裁は二十五日、訴えを退けた一審東京地裁判決を支持し、原告側の控訴を棄却した。原告側は最高裁に上告する方針。

 原告側は「国が旧軍人や原爆被害者らを救済しながら、空襲被害者には生活援助や補償をしないのは法の下の平等に反する」と主張。国側は「戦争損害は国民が等しく受忍(我慢)しなければならない」と反論していた。

 鈴木健太裁判長は「大空襲によって多大な苦痛を受けた原告らが、救済や補償措置を受けている旧軍人らとの間の不公平感を感じることは心情的には理解できる」と述べた。

 だが、国から危険性の高い戦闘への参加を命じられた旧軍人などに対する補償には、合理的な理由があると指摘。「空襲被災者を含め補償を受けていない戦争被害者は数多くいる。被害の原因や程度はさまざまで、補償されていないことで差別されているというのは困難」と判断した。その上で、一審同様に空襲被害者を救済するかどうかは国会の裁量の範囲内と結論づけた。

 原告は慰謝料など一人当たり一人千百万円の損害賠償と、追悼施設建設の約束を含む謝罪文交付を国に求め、二〇〇七~〇八年に提訴。東京地裁は〇九年十二月、訴えを棄却した。

<東京大空襲> 1945年3月10日未明、米軍の爆撃機B29約300機が江東、墨田、台東各区など下町地域を無差別爆撃。約10万人が死亡し、100万人以上が家を失った。同年4、5月に東京全域を襲った4度の「山の手空襲」も含め、東京では100回以上の空襲が繰り返された。 
東京新聞 2012.4.26

2012/04/24

広島に新支援団体

広島にも新しい慰安婦支援団体が設立。挺対協のユンが来日して挨拶して行った。


あ旧日本軍の従軍慰安婦問題の早期解決に取り組む韓国挺身(ていしん)隊問題対策協議会(ソウル)の尹美香(ユン・ミヒャン)共同代表の講演会が、広島市中区の原爆資料館であった。

尹共同代表は被害の状況を説明し、「生存者は高齢化し、残された時間は少ない」と強調。日本政府による公式な謝罪や賠償を訴えた。

協議会は1992年から、ソウルの日本大使館前で謝罪や賠償を求める「水曜デモ」を毎週開いており、昨年末に千回を超えた。

講演会は、広島県内の市民団体などの有志でつくる「日本軍『慰安婦』問題解決・ひろしまネットワーク」の設立記念行事の一環。約90人が聞いた。ネットワークは今後、学習会の開催などの活動に取り組む。

中国新聞 2012.4.23

32軍壕問題 検討委の反論

32軍司令部壕の説明板を巡る騒動から、こんな情報も出ていた。参加者が「『慰安婦』『住民虐殺』は軍隊は住民を守らないという沖縄戦の本質を語る上で欠かせない実相」と語ったというように、非常に政治色の強い騒動と見える。若藤楼の話は興味深いが、一般的に運動家にとっては自分の意志で慰安婦になることはあり得ないというのが前提にあるようである。

32軍壕「慰安婦は史実」検討委が反論

県が第32軍司令部壕の説明板から「慰安婦」「住民虐殺」を削除した問題のシンポジウムが22日、那覇市であり、文案をまとめた検討委員が経過を報告した。会場から「記述は日本軍をおとしめる」と批判が出たのに対し、検討委の池田榮史委員長(琉球大教授)らは「32軍がどういう軍隊だったのか、史実を明らかにしているにすぎない」と反論した。

質疑応答の時間に、自衛隊OBでつくる県隊友会の元副会長、奥茂治さんが発言した。削除を求めて県に意見書を出したと明らかにした上で、軍命令の中で壕内に女性が居たことが明記されている料亭「若藤」楼について「慰安所なのか」と質問した。

これに対し、村上有慶委員は「若藤楼は軍命で『玉倶楽部』という民営の慰安所になった」と説明。池田委員長は「若藤楼に慰安婦にならざるを得なかった女性たちがいて、32軍壕にいたことは事実だ」と指摘した。

県が独断で文言を削除し、検討委員と話し合う前に説明板を設置したことについて、池田委員長は「外部委員会を愚弄(ぐろう)するやり方。県は今後、答申など聞かないと宣言するようなものだ」と批判した。今後、検討委として文案を再度まとめ、公表する考えを示した。

沖縄平和ネットワークの北上田源さんは、平和ガイドの立場から報告。「32軍壕は、日本軍の加害を兵士個人の問題として例外化させず、組織の問題として語る場として重要だ」と強調した。

会場となった那覇市の教育福祉会館には、約80人が集まった。参加者は「『慰安婦』『住民虐殺』は軍隊は住民を守らないという沖縄戦の本質を語る上で欠かせない実相」として、検討委の継続開催と説明板の見直しを求めるアピールを採択した。