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2012/11/18

「米国在住日本人女性からのメッセージ」 なでしこアクション


議員会館を利用しての集会は、慰安婦支援団体側が賠償派の国会議員を巻き込んでずっとやって来ていたが、対抗する側もようやくそれに追いついて来たかといった印象。11月6日の集会には、10名を超える国会議員が出席したという。

この部分では、アメリカ在住の日本人女性からのメッセージが読み上げられている。現地からの報告だけに興味深い。

アイゼンハワー公園の慰安婦の碑の式典にはチョゴリ姿の女性が登場するなど、韓国側は民族色を全面に出している(韓民族の悲劇としてアピール)。それに対抗するには、背広姿の日本人男性ではなく、和服姿の日本人女性が出て行く方がいいのかもしれない。さすれば、アメリカ人にこれが日本人と韓国人の間の民族紛争だと理解させ、少なくとも中立は勝ち取れるかもしれない。







アイゼンハワー公園の慰安婦の碑
式典にはチョゴリ姿も

2012/06/01

江田五月と慰安婦 (2010年)



江田は従軍慰安婦という言葉を使っている。左端が挺対協のユン・ミヒャン。続いて民主党の岡崎トミ子、江田の右が韓国の朴宣映(パク・ソニョン)。

パクはこの翌日横路孝弘(民主)を表敬訪問している。中央の慰安婦は、吉元玉(キル・ウォノク)。彼女たちは参議院院内集会に合わせて来日した。


11時半から30分ほど、仁比聡平さんが治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟の皆さんと来られ、要請を受けて意見交換をしました。昼食後、13時から30分ほど、朝倉・玖珠町長と藤本議長さんらと来られ、地元要請を受けて懇談。13時45分から30分ほど、岡崎トミ子さんが韓国国会議員の朴宣映さんと従軍慰安婦の当事者と支援の皆さんと共に来られ、要請を受けて意見交換をしました。



14日(金)、韓国の自由先進党所属の国会議員・朴宣映(パク・ソニョン)議員の表敬を受けました。朴宣映(パク・ソニョン)議員は2008年に初当選、2010年に「日本軍『慰安婦』問題解決議員の会」共同代表をやっている方で、今回は一日も早く日本軍「慰安婦」被害者に名誉回復措置をとるように日本政府に求める活動の一環として来日しました。

今年は日韓併合100年を迎える重要な年であり、真の未来志向の友好関係を築くためにも、戦後処理の諸問題を解決しなければなりません。そのためにも両国の議員間で率直な意見を出し合い、両政府に働きかけていくことが大事です。
なお、会談には戦後補償問題に熱心に取り組んでおられる石毛えい子衆議院議員(民主党)も同席しました。

2011/01/01

我孫子市議会議員の報告【院内集会2010】



2010年5月13日の参議院院内集会(日本軍「慰安婦」問題解決全国行動2010と、戦時性暴力問題連絡協議会の共催)から

我孫子市議会議員の岩井康さん(共産党)からは意見書が可決された状況を説明され、またそれに対し右翼からの報告があることも報告がありました。

「実は我孫子市議会は18年前の3月議会で一度「従軍慰安婦などの戦後補償を求める決議」が可決されています。しかし実際にはこの間、日の丸の問題など議会内でも様々な右翼的な動きもあり、そんな中で「慰安婦」意見書を求める請願が出されたわけです。実際に議会で論議が始まると、賛成反対いろいろと論議が交わされました。「ビジネス的な『慰安所』とも聞いている」「強制連行があったとは聞いていない」などと言う議員もいました。」

「反対討論では「当時は娼婦・売春・女衒は国が認めていた」「強制連行はなかった」「『慰安婦』問題はすでに解決積み」などとの意見が出されましたが、賛成意見で共産党の市議会議員が一つ一つ論破しました。特に我孫子市民の中に生き証人がいて、その人がトラック島の中での『慰安所』が軍によって運営され、自分も管理の一部を任されていたのだと証言していること紹介し、反対意見を論破しました。」

JCA 2010.5

2010/12/31

吉元玉(キル・ウォンオク)のスピーチ2010



[資料]

2010年5月13日の参議院院内集会(日本軍「慰安婦」問題解決全国行動2010と、戦時性暴力問題連絡協議会の共催)から。

慰安婦の証言は、証言者による個人差もあろうが、時期によってトーンも変わっているような気がする。 もはや強制連行の話はなくなり、平和を訴える使者のような役割になっている。長い期間「運動家」たちと行動を伴ううちに、言葉にもその影響が見られるような印象。


韓国からは「慰安婦」被害者として吉元玉(キル・ウォノク)ハルモニが来日されました。吉元玉ハルモニのお話はいつもながら本当に素晴らしく、参加した多くの国会議員の心にも響いたことでしょう。

83歳になられて、お身体も辛い中、来日されたハルモニの言葉には、重みがあります。・・・私たちに残された時間が本当に少ないのだと実感します。そういう思いを込めて、ハルモニの全発言を掲載します。


「皆さんの前に余りだしたくない顔なんですけれども、吉元玉という人間がこのように姿を現しました。ほんのちょっと辛いだけだったら皆様の前に顔を出そうとは思わなかったでしょう。あまりにも辛かったので出てきました。70年間生きていても、普通に生きられた日が一日もないくらい、本当に辛かったのです。ですから再びこのようなことがあってはならないと思って、戦争のない国、本当に平和な国を作らなくてはいけないと思って、皆様の前に出したくはない顔をこのように出しています。私は辛い辛いとお話ししますが、皆さんは同じような傷みを経験したことがないので、分からないと思います。

戦争というものは人を殺すだけではありません。生きて残った人間も、一日一日辛くない日のない人生を過ごさせられることになります。ですから戦争は絶対にやってはいけないんです。私のような人間を作らないためには、戦争をなくさなくてはいけないんです。

お金があるからといって、戦争下で私のような犠牲者が生まれないということはありません。たとえお金がある国だったとしても、ひとたび戦争が起きれば、私のような犠牲者は必ず生まれます。

一言でいって、戦争をなくすためには、過去を清算しなければならないと信じています。日常時を考えてみてください。誰かが罪を犯した場合、その罪を犯した人が反省しなければ、罪はなくなりません。口を閉ざし耳を閉ざして、自分が犯した罪に対して知らんぷりをしていたのでは、罪は決してなくならないんです。ところが何の解答もないまま、私たちは65年も放置されてしまいました。これは本当にとんでもないことです。

皆さん、この問題を解決するためにご尽力下さっていることは分かっていますが、もうちょっとだけ力を貸してください。罪を早く明らかにして、私たちの世代でこのようなことがなくなるように、次の世代に残すようなことがないようにしたいと思います。あまり余生は残っていませんが、少しでも心が安らかに眼を閉じることが出来るように、この問題を一日でも早く解決していただきたいと思います。

皆さん、これは「慰安婦」に起きたこととは思わずに、自分の親、姉妹や、知人に起きたことと想像して、気持ちを変えてみてください。そのように周囲の人に伝えていただけたら、本当にありがたいと思います。」 (2010.5)