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2017/01/09

シュリーマンの見た吉原



ハインリッヒ・シュリーマンの旅行記から。彼の日本滞在は、1865年の6月1日から7月4日までの、わずか一カ月だったが、旅行記の中身は非常に豊かであり、彼の鋭い観察力が反映されている。

貧しい親が年端も行かぬ娘を何年か売春宿に売り渡すことは、法律で認められている。契約期間が切れたら取り戻すことができるし、さらに数年契約を更新することも可能である。この売買契約にあたって、親たちは、ちょうどわれわれヨーロッパ人が娘を何年か良家に行儀見習いに出すときに感じる程度の痛みしか感じない。なぜなら売春婦は、日本では、社会的身分としてかならずしも恥辱とか不名誉とか伴うものではなく、他の職業とくらべてなんら見劣りすることのない、まっとうな生活手段とみなされているからである。娼家を出て正妻の地位につくこともあれば、花魁あるいは芸者の年季を勤めあげたあと、生家に戻って結婚することも、ごく普通に行われる。

娼家に売られた女の児たちは、結婚適齢期まで--すなわち十二歳まで--この国の伝統に従って最善の教育を受ける。つまり漢文と日本語の読み書きを学ぶのである。さらに日本の歴史や地理、針仕事、歌や踊りの手ほどきを受ける。もし踊りに才能を発揮すれば、年季があけるまで踊り手として勤めることになる。 (ハインリッヒ・シュリーマン)



2013/07/05

慰安婦は朝鮮人差別か--山谷哲夫


3年前のエントリー(旧ブログ)の再掲。


女性センターアイリス(渋谷区)

ドキュメンタリー映画監督、山谷哲夫には慰安婦を扱った作品もある。いわゆる慰安婦騒動が始まる前から、慰安婦について取材していた人であり、「沖縄のハルモニ」という本も出している。この本について、半年前にちょっと批判的に引用した。昭和天皇に何の恨みも持たないハルモニに、しつこく天皇批判を引き出そうとするかのような誘導尋問をするのはいかがなものか、と思ったからだ。

しかし、この人の「じゃぱゆきさん」は読み応えがあった。ヤクザに消される危険を冒してフィリピンの貧困地帯にまで取材に行く著者。入管と一緒に手入れに参加するかと思えば、じゃぱゆきさんの口から入管職員がセクハラを行っていると聞き、今度は入管の不祥事を暴くために奔走する。

その、じゃぱゆきさん。貧しさゆえに売春婦となり、甘言につられ、日本で不本意な仕事をするじゃぱゆきさん。しかし、国に帰れば食べていくあてがない。今度は全てを承知で再び日本にやってきて、摘発に怯えながら故郷の家族の為にお金を稼ぐ。山谷はしっかりと「底辺の女性」たちを取材してきた人である。綺麗事ばかり言ってる「慰安婦問題の専門家」たちとは違う。その山谷が、ブログにこんな事を書いている。

・・・区役所3F情報公開に遠藤課長と来てもらったが、心底びっくりした。たまたま、従軍慰安婦のことを話している時、「あれは朝鮮人差別です」と、断言するのだ。

慰安婦に関しては78年から32年間取材し、1本のドキュメンタリー映画と1冊の本がある。アメリカの公文書館、オーストラリアの大学でも、資料を読み込んでいる。・・・慰安婦は朝鮮人だけではない。日本人も中国人も多数いた。根底は「公娼制度」である。当時の日本では、女を買うことは公に認められており、その延長線上に「従軍慰安婦」制度があったのである。


現在渋谷区でオンブズマンをやっている山谷は、区役所から「女性センター」に天下って来た新館長と激突(?)するのであった。・・・鈴木裕子あたりが聞いたら、頭から湯気を出しそうな話であるが、山谷のように、女性の人権に敏感でも慰安婦を娼婦と認識している人はいるのである。


山谷哲夫 監督作品:

「生きる――沖縄渡嘉敷集団自決より25年」
「沖縄のハルモニ――証言・従軍慰安婦」
「バンコク観光売春――買われる側の生活と意見」

2013/06/04

売春公認の独・蘭では失業手当も

独の売春課金メーター(もちろんネタ)

橋下発言に色々批判は出来ると思うが、売春自体は必ずしも国際的に犯罪とは見なされていないし、国が売春婦を管理する事もアリなのである。ならば、軍隊が売春婦を管理して何が悪いのか、どこで線引きするのか、建前論を離れると簡単には結論は出せないのではないか?

売春合法化のオランダやドイツでは売春婦に失業手当の支給も

橋下徹・大阪市長の「慰安婦発言」を契機に、日本と世界の「風俗」観の違いが浮き彫りになっている。

意外なことに、ヨーロッパでは、売春が合法化されている国が多い。売春を廃止させる運動を行なっている欧州最大のフェミニストロビー団体、ウーマン・ロビーの調査によると、オランダ、ドイツ、ハンガリーでは売春婦は職業として認められ、失業手当も支給される。

一方、売春が違法で処罰される国はスウェーデンやルーマニアなど。この中間にあたり、法律での規定が曖昧なのが、スペインやイタリアで、人身売買などの犯罪が伴わない限り、“黙認”されているという。

アメリカの場合は、「生殖を伴わないセックスは罪悪」とするキリスト教の影響が強いため、ほぼ全州で売春は違法だが、唯一、ネバダ州が合法化している。その理由について、国際ジャーナリストの山田敏弘氏はこう説明する。

合法化することで、逆に性病や薬物の蔓延を抑制できるという考え方です。ネバダ州では、売春宿と売春婦はライセンス制で、売春婦は薬物検査や犯罪歴などの身元調査を受けなければなりません。コンドームの使用義務、麻薬の使用禁止も厳格。また、税金も回収できるようになる」

他の売春を合法化した国も、基本的には性病や性犯罪を抑制し、同時に税収を得るという理由からで、世界には売春を合法化する動きがあるのも事実だ。

アジアにおいてはタイで完全合法化され、台湾でも合法化が検討されているが、日本や韓国、中国など多くの国で売春は禁止されている。しかし、どこの国でも裏では違法な営業が行なわれているのが現実だ。

※週刊ポスト2013年6月7日号

2012/09/16

公娼制を提案する韓国人元女性警官

理想主義者には理解されないだろうが、買春が禁じられているはずの日本にソープランドがあり、戦前の公娼制度の廃止も一筋縄ではいかなかったのは、為政者は現実に対処しなければならないからである。

人には三欲があり、どうやったら社会の中で性による不幸を最小限に出来るかと考えられて登場したのが公娼制度であり、慰安婦システムであった。それは小さな不幸に目を瞑ってもより大きな不幸を避けようとした妥協の産物であった。オランダには現在でも公娼制度があり、フランス軍は第ニ次大戦後も「慰安所」システムを運用していた。

テキサス村を視察するキム署長(2001年)

キム・ガンジャ(金康子)は机上の空論でこんなことを言っているのではない。彼女は警察署長時代テキサス村(ミアリテキサス)の浄化作戦を指揮した人物であり、売春社会の裏も表も知っている人物である。

その彼女が韓国に公娼制度の導入を提唱した。「異性に対し性的な衝動を抑えられない男性もいる」・・・だから、性犯罪を防ぐ意味でも限定的な公娼制度を導入すべきというのが彼女の主張である。

(そういえば、吉見義明は、日本軍には慰安所があったから日本兵は強姦に抵抗がなかったなどという超理論を展開していたっけ)

警察官時代のキム・ガンシャ

吉見理論によれば、自分の意志で売春する女性はいない事になっているが

性犯罪:元警察署長が公娼制度導入を提唱

風俗街の取り締まりを行った元女性署長、テレビ朝鮮のトーク番組で

ソウル鍾岩警察署長だった当時、いわゆる「ミアリテキサス」と呼ばれる風俗街で大々的な取り締まりを行った、漢南大警察行政学科の金康子(キム・ガンジャ)教授は、最近相次いで発生している性的暴行事件をめぐり、限定的な公娼制度を導入すべきだ、と主張した。

金教授は12日、朝鮮日報系のテレビ局、テレビ朝鮮のトーク番組に出演し「性売買(売買春)特別法の施行によって性犯罪が増えたという主張は正しくない。だが、一部のケースでは、異性に対し性的な衝動を抑えられない男性もいる」として、上記のように述べた。

金教授は「売春に関与する女性の大部分は、生計のために売春に関与しているが、取り締まりに力を入れたことで、売買春が住宅街で横行するなどの弊害を生んだ。(私は)売買春との戦いを繰り広げる上でも、売買春そのものを根絶するのではなく、売春に関与する女性たちが監禁、搾取されるという悪循環の輪を絶つことに力を入れた」と語った。

その上で金教授は、売買春関係者が多い一方、生計のために売春に関与する女性に対する支援システムがないこと、また警察力に限界があるといった現実を挙げ、限定された地域で売買春を認める公娼制度を導入すべきだ、と主張した。

これに対し、ソウル大社会学科のペ・ウンギョン教授は「買春をする人が性犯罪に走るケースが多い。公娼制度は結局、性犯罪に対する罪意識をなくすことにつながりかねない」と反論した。

2011/11/27

韓国政府は情夫だった [韓国の慰安所とキーセン観光]



現実と理想の間にグレーゾーンを作っていたのは日本政府ばかりではなかった。韓国も米軍もまた建前と本音を駆使して現実に対応しようとした。公娼制度は当時でも違法---よって戦争犯罪であるという「強制連行派」の言い分は建前論の世界でしか通用していない。・・・少なくとも、(建前であっても)韓国やアメリカでは慰安所に「関与」した事で罪に問われた人はいない。しかも、一方では、売春する権利を求めて闘う女性たちもいるのである。

韓国軍の慰安所については今までも指摘されてきた。ハンギョレの記事も、新しい発見として報じている雰囲気はない。新聞記者のレベルならば今や韓国軍の慰安所の存在は知っていて当然なのだろう。それでも日本のケースのみを糾弾し続ける市民団体に苦言の一つも呈しようとはしない。特にハンギョレは、尹貞玉(ユン・ジョンオク)が慰安婦問題を引っさげてデビューした新聞である。


大韓民国政府が情夫だった

売春取り締まるふりをして女性を外貨稼ぎ手段と考えていた韓国政府…朝鮮戦争の時は慰安所設置、独裁政権は駐韓米軍・日本人対象に売春を助長

大韓民国では売春は違法だが、不法でない。 赤線地区の一角に派出所が共存する奇怪な風景は我が国では今更である。 こうした乖離はどうして生じたのか?

その答えの前に国家の二重的売春政策を見る必要がある。 パク・ジョンミ漢陽大HK研究教授(社会学)が今年書いた論文「韓国売春政策に関する研究」は売春に対する国家の意図的沈黙と統制の過程を暴いた。 400ページを越える分厚い論文の中で大韓民国政府は売春に一方の手では不法化の烙印を押しながら、残り一方の手では放任をしたり時には積極的に「情夫」の役割までこなした。

国連軍の為の慰安所運営

売春をめぐる国家のダブルスタンダードは1946年米軍政期まで遡る。 日本帝国主義を押し出した米軍政は先んじた植民統治との差別性を浮き立たせる必要があった。 1946年5月17日に宣言された「婦女子売買または、気売買契約の禁止令」はそのような背景から出た。 公娼制を維持した日帝とは明確に一線を引く措置と見えた。 新生国家の市民はこれを歓迎した。 1946年5月28一致<東亜日報>は「朝鮮が解放されたので…遊郭の女性たちが解放されなければならないことは当然」と報道した。

実際の米軍政の意図は違った。 ロチュィ軍政長官は「(禁止令が)公娼廃止でないのはもちろん、私娼には何の関係がない。 …本人が自発的に結んだ契約の下で従事するのは関係ない」と明らかにした。 すなわち個人が他意によって売春をすることになるのは不法だが、自発的に売春をするならば公娼でも私娼でも関係ないという言葉だった。 米軍は逆に日本強制占領期間の時から維持されてきた接客女性対象登録・検診関連規定をそのまま維持した。 米軍政の関心は韓国の売春女性と接触した米軍たちの間で広がりうる性病を制御するのことに限定された。

公娼制度を公式に廃止した側は新生国家の立法府であった。 南朝鮮過渡立法議員は1947年8月「公娼制等廃止令」を通過させた。「売春禁止主義」を法律で明らかにした最初の事例であった。 ところが法の力は微小だった。 1948年1月<京郷新聞>は「予算は皆無の状態で、中央庁に対し国庫補助を要請したが、これが見込みがなくてただ嘆くばかり」と報道した。
戦争を経て国家は自ら法を破った。 政府の1956年資料を見れば、陸軍本部はソウルと江陵など4ヶ所で慰安所を運営した。 資料で確認された「慰安婦」の 数は79人だった。 1952年この女性たちを訪れた男性は延べ人数が20万4560人だった。 陸軍本部は「(兵士たちが)異性に対する渇望から引き起こされる生理作用による性格の変化などでうつ病およびその他支障を招くということを予防するため」と趣旨を説明した。 チェ・ミョンシン将軍も回顧録「死線を越えて越えて」で「当時私たちの陸軍は志気の盛り上げのために60人余りを1個中隊でする慰安婦対を三,四個運用した」と書いた。
政府は国軍だけでなく、国連連合軍のため「慰安所」も運営した。 <釜山日報>の1950年9月記事を見れば、馬山市が「数日中に市内に連合軍の労苦に報いる連合軍『慰安所』5ヶ所を新・旧馬山に設置することになり、これに対する許可証をすでに発行した」. 当時政府保健婦防疫国で出した「清掃および接客営業衛生事務取り扱い要領」資料でも連合軍慰安所と慰安婦に対する指示事項を含んでいる。 政府が売春を斡旋した「情夫」役割を引き受けたと証言する文書は悲しくも、たくさん溢れていた。

米軍を代替した日本人「キーセン観光」

1960年代登場したパク・チョンヒ政権は「革命公約」で売春取り締まりを強化すると公言した。 1961年に制定された「売春行為など防止法」は新しい政権の意志を表した。 21組でなされた売春行為防止法は国家の売春禁止原則を再確認したことだった。 しかし翌年6月保健社会部は全国104ヶ所に売春を許容する「特定地域」を設置して、その中で9ヶ所をソウルに割り当てたと発表した。 同じ口から簡単に二つの話が出た。

国家はなぜ売春禁止原則を守ることができなかったのだろうか? 1961年交通部企画調整官室が出した公文書を見ればその答えがある。 公文書は「現在の我が国で最も容易に誘致できる観光客は駐韓国連軍」とし「外国人相手ホステス」を対象に教養講習を推進するという内容を入れた。 当時米軍兵士は主に日本や香港に休暇で出かけた。 1961年3月13日付の<東亜日報>は「我が国により多くの外貨を落とすようにするという点では、すべての消耗品に国産を充てるのが理想かもしれないが…酒も外国酒、ヌードの女子も外国女子、その上外貨まで使うと…」と嘆いた。 国家の先決課題は「ヌードの女子」を「国産」で代替することだった。 1962年4月25付<ソウル新聞>はソウル市警が「4千人に達する観光接客営業所(ダンスホール・キャバレーなど)のサービス ガールらに対する接客業務教育を実施」したとしその理由が「外国人らにより効果的なサービス」を提供するためのものだったと報道した。

1966年<新東亜>の記事はいっそ率直だった。 「洋公主が持つ巨大な力がある。 日陰に咲くこれらは皮肉にも私たちの国家政策の至上課題になったかのような外貨獲得の担い手になっている」 <新東亜>は当時全国190ヶ所の国連軍専用ホールから出る外貨が年に1千万ドルに達すると推定した。 1966年当時我が国が貿易で稼ぐ外貨は2億5千万ドルであった。

1970~71年駐韓米軍の規模が1万8千人減った。 政府は非常事態になった。 1971年8月内務長官が各警察に送った公文書で「保健当局と協力して慰安婦の性病予防策を講じて…教養を強化」しろと指示した。 ところが離れる米軍を捉えることはできないさだめだった。 米軍の空席は「キーセン観光」をしに来た日本人が満たした。 1965年韓-日修交が契機であった。 キーセン観光が絶頂に達した1977年韓国を訪れた日本人の96.8%は男性だった。 経済成長に没頭した政府は観光収入と観光客目標値を提示した。 一線旅行斡旋業者にも‘割当量’が落ちた。 目標を達成できなければ各種恩恵が消えたり、激しい場合、許可が取り消しになった。 1979年<新東亜>は「脱線観光がきわめて当然に当局の黙認の下成り立つ。 …妓生パーティーはほとんどすべての日本人観光客らに与えた」と報道した。 もちろん政府もずっと一役買った。 1972年ソウル市の資料を見れば、(引用者注:米軍)基地村接客営業所女性512人、観光料亭接客営業所女性1795人を対象に教育した記録が残っている。

今も変わらぬ国家の原罪

1980年代、国内経済が成長しながら内国人売春「客」の比重は増えた。 1982年夜間通行禁止が解除され、1984年ぜいたく性風俗店に対する規制を緩和した。 売春業者が育つ土壌はより一層肥沃になった。 アメリカのスポーツ週刊誌<ザ・スポーティング ニュース>は1985年10月ソウル オリンピック特別号で韓国料理を紹介してあるホテル食堂で広がった「妓生パーティー」の写真を掲載した。 当時取材過程で政府が便宜を図った事実が明らかになり、波紋が生じたこともあった。 キーセン観光を通じて観光客を誘致しようとする「政策」は当時までも維持されたわけだ。

事実上スローガンに終わった政府の売春禁止政策は1990年代と2000年代を経て少しずつ効力を発揮した。 1996年「売春防止法」と2004年「性売買禁止法」は主要な契機になった。 しかし相変らず売春という違法は「慣行」というマスクを使って2010年代大韓民国街を闊歩している。 その背景には国家が自ら行った「原罪」がある。


ハンギョレ21 2011.11.28号  [B-U]


대한민국 정부가 포주였다 [2011.11.28 제887호]


[표지이야기] 성매매 단속하는 척하며 여성을 외화벌이 수단으로 여겼던 한국 정부… 한국전쟁 때 위안소 설치하고, 독재정권은 주한미군·일본인 대상 성매매 조장해


대한민국에서 성매매는 불법이지만 불법이 아니다. 홍등가의 한편에 파출소가 공존하는 기괴한 풍경은 우리나라에서 새삼스럽지 않다. 이런 괴리는 왜 생긴 것일까?


답을 하려면 먼저 국가의 이중적 성매매 정책을 볼 필요가 있다. 박정미 한양대 HK연구교수(사회학)가 올해 쓴 논문 ‘한국 성매매 정책에 관한 연구’는 성매매에 대한 국가의 의도된 침묵과 통제 과정을 파헤쳤다. 400쪽이 넘는 두툼한 논문 속에서 대한민국 정부는 성매매에 한 손으로는 불법화의 낙인을 찍으면서, 나머지 한 손으로는 방임을 하거나 때론 적극적으로 ‘포주’ 노릇까지 떠안았다.


유엔군 위한 위안소 운영


성매매를 둘러싼 국가의 이중적 태도는 1946년 미군정기까지 거슬러 올라간다. 일본 제국주의를 밀어낸 미군정은 앞선 식민통치와의 차별성을 부각할 필요가 있었다. 1946년 5월17일에 선포된 ‘부녀자 매매 또는 기 매매계약의 금지령’은 그런 배경에서 나왔다. 공창제를 유지하던 일제와는 분명히 선을 긋는 조처로 보였다. 신생 국가의 신민들은 이를 환영했다. 1946년 5월28일치 <동아일보>는 “조선이 해방되었으니… 유곽의 여성들이 해방되어야 할 것은 당연한 일”이라고 보도했다.


정작 미군정의 의도는 달랐다. 러취 군정 장관은 “(금지령이) 공창의 폐지는 아닌 것은 물론 사창에는 아무 관계가 없다. …자기 자신이 자진해서 맺은 계약 아래에서 종사하는 것은 무방하다”고 밝혔다. 즉 개인이 타의에 의해 성매매를 하게 되는 것은 불법이지만, 자발적으로 성매매를 한다면 공창이든 사창이든 상관없다는 말이었다. 미군은 오히려 일본강점기 때부터 유지돼온 접객여성 대상 등록·검진 관련 규정을 그대로 유지했다. 미군정의 관심은 한국의 성매매 여성과 접촉한 미군들 사이에서 퍼질 수 있는 성병을 통제하는 데 한정됐다.


공창제도를 공식적으로 폐지한 쪽은 신생 국가의 입법부였다. 남조선과도입법의원은 1947년 8월 ‘공창제 등 폐지령’을 통과시켰다.‘성매매 금지주의’를 법으로 천명한 첫 번째 사례였다. 그렇지만 법의 힘은 미미했다. 1948년 1월 <경향신문>은 “예산은 전무 상태이고, 중앙청에 대하여 국고 보조를 요청했으나 이것이 가망성이 없어 그저 한탄만 하고 있다”고 보도했다.





전쟁을 거치며 국가는 스스로 법을 깼다. 정부의 1956년 자료를 보면, 육군본부는 서울과 강릉 등 4곳에서 위안소를 운영했다. 자료에서 확인된 ‘위안부’ 수는 79명이었다. 1952년 이 여성들을 찾은 남성은 연인원이 20만4560명이었다. 육군본부는 “(사병들이) 이성에 대한 동경에서 야기되는 생리작용으로 인한 성격의 변화 등으로 우울증 및 기타 지장을 초래함을 예방하기 위하여”라고 취지를 설명했다. 채명신 장군도 회고록 <사선을 넘고 넘어>에서 “당시 우리 육군은 사기 진작을 위해 60여 명을 1개 중대로 하는 위안부대를 서너 개 운용했다”고 썼다.
정부는 국군뿐 아니라, 유엔 연합군을 위한 ‘위안소’도 운영했다. <부산일보> 1950년 9월 기사를 보면, 마산시가 “수일 내로 시내에다 연합군의 노고에 보답하는 연합군 ‘위안소’ 5개소를 신·구 마산에 설치하기로 되어 이의 허가증을 이미 발부했다”. 당시 정부 보건부 방역국에서 내놓은 ‘청소 및 접객영업 위생사무 취급요령’ 자료에서도 연합군 위안소와 위안부에 대한 지시사항을 담고 있다. 정부가 성매매를 알선한 ‘포주’ 노릇을 맡았다고 증언하는 문서는 서글프게도, 차고 넘쳤다.


미군을 대신한 일본인 ‘기생관광’


1960년대 등장한 박정희 정권은 ‘혁명공약’에서 성매매 단속을 강화하겠다고 공언했다. 1961년에 제정된 ‘윤락행위 등 방지법’은 새 정권의 의지를 드러냈다. 21개 조로 이뤄진 윤락행위방지법은 국가의 성매매 금지 원칙을 재확인한 것이었다. 그러나 이듬해 6월 보건사회부는 전국 104개소에 성매매를 허용하는 ‘특정 지역’을 설치하고, 그 가운데 9개소를 서울에 할당했다고 발표했다. 한 입에서 두 말은 쉽게 나왔다.


국가는 왜 성매매 금지 원칙을 지키지 못했을까? 1961년 교통부 기획조정관실이 내놓은 공문을 보면 답이 있다. 공문은 “현재 우리나라에서 가장 용이하게 유치할 수 있는 관광객은 주한 유엔군”이라며 “외국인 상대 접대부”를 대상으로 교양강습을 추진하겠다는 내용을 담았다. 당시 미군 병사들은 주로 일본이나 홍콩으로 휴가를 떠났다. 1961년 3월13일 <동아일보>는 “우리나라에 보다 많은 외화를 떨어뜨리게 한다는 견지에서는 모든 소모품을 국산으로 충당하는 것이 이상적이겠지만… 술도 외국 술이요, 벌거벗은 아가씨도 외국 아가씨, 게다가 외국돈까지 쓰니…”라고 개탄했다. 국가의 선결 과제는 ‘벌거벗은 아가씨’를 ‘국산’으로 대체하는 것이었다. 1962년 4월25일치 <서울신문>은 서울시경이 “4천 명에 달하는 관광접객업소(댄스홀·카바레 등)의 서비스 걸들에 대한 접객업무 교육을 실시”했다며 그 이유가 “외국인들에게 보다 효과적인 서비스”를 제공하기 위한 것이었다고 보도했다.


1966년 <신동아>의 기사는 차라리 솔직했다. “양공주들이 갖는 거대한 힘이 있다. 음지에 피어 있는 이들은 아이로니컬하게도 우리 국가정책의 지상 과업이 되다시피 한 외화 획득의 한 역군이 되고 있다.” <신동아>는 당시 전국 190개소의 유엔군 전용 홀에서 나오는 외화가 1년에 1천만달러에 이를 것으로 추정했다. 1966년 당시 우리나라가 무역으로 벌어들이는 외화는 2억5천만달러였다.


1970~71년 주한미군의 규모가 1만8천 명 줄었다. 정부에서는 비상이 걸렸다. 1971년 8월 내무장관이 각 경찰에 보낸 공문에서 “보건 당국과 협조하여 위안부의 성병 예방책을 강구하고… 교양을 강화”하라고 지시했다. 그렇지만 떠나는 미군을 잡을 수는 없는 노릇이었다. 미군의 빈자리는 ‘기생관광’을 하러 온 일본인이 채웠다. 1965년 한-일 수교가 계기였다. 기생관광이 절정에 이르던 1977년 한국을 찾은 일본인의 96.8%는 남성이었다. 경제성장에 몰두한 정부는 관광수입과 관광객 목표치를 제시했다. 일선 여행 알선 업체에도 ‘할당량’이 떨어졌다. 목표를 달성하지 못하면 각종 혜택이 사라지거나, 심한 경우 허가가 취소됐다. 1979년 <신동아>는 “탈선관광이 극히 당연하게 당국의 묵인 아래 이루어진다. …기생파티는 거의 모든 일본인 관광객들에게 베풀어졌다”고 보도했다. 물론 정부도 계속 한몫했다. 1972년 서울시의 자료를 보면, 기지촌 접객업소 여성 512명, 관광요정 접객업소 여성 1795명을 대상으로 교육한 기록이 남아 있다.


오늘도 여전한 국가의 원죄


1980년대 국내 경제가 성장하면서 내국인 성매매 ‘고객’의 비중은 늘었다. 1982년 야간통행금지가 해제됐고, 1984년 사치성 유흥업소에 대한 규제를 완화했다. 성매매 업소가 자라날 수 있는 토양은 더욱 비옥해졌다. 미국 스포츠 주간지 <더 스포팅 뉴스>는 1985년 10월 서울 올림픽 특별호에서 한국 음식을 소개하며 한 호텔 식당에서 벌어진 ‘기생파티’ 사진을 실었다. 당시 취재 과정에서 정부가 편의를 제공한 사실이 밝혀져 파문이 일기도 했다. 기생관광을 통해 관광객을 유치하려는 ‘정책’은 당시까지도 유지됐던 셈이다.


사실상 구호에 그쳤던 정부의 성매매 금지 정책은 1990년대와 2000년대를 거치며 조금씩 효력을 발휘했다. 1996년 ‘윤락방지법’과 2004년 ‘성매매금지법’은 주요한 계기가 됐다. 그러나 여전히 성매매라는 탈법은 ‘관행’이라는 마스크를 쓰고 2010년대 대한민국 거리를 활보하고 있다. 그 배경에는 국가가 스스로 저질러온 ‘원죄’가 있다.

2010/12/21

公娼・日本軍/米軍慰安婦は同質【女性法廷シンポジウム】




立命館大学で「女性国際戦犯法廷10年の節目をテーマにしたシンポジウムが開かれた山下ヨンエがそれをtweetしたものがtogetterにまとめられているが、なかなか興味深い。ここでは引用者が省略したりコメントを書き入れたりしているので、全文はtogetterの方で確認してください。

自分は、慰安婦を「性奴隷」と呼びながら戦前の芸娼妓をそう呼ばないのは筋が通らないと思っているし、自国の軍隊が慰安婦の利用者であったことをスル―しながら、日本を糾弾している人達を懐疑的に見ているが、本質的に同じ問題だと主張する人は運動家寄りの人達の中にもいる。

山下もその一人だが、今回は女性戦犯法廷がらみであることと、韓国にも彼女の見解に近い研究者がいるのだと分かった点で、興味深かった。

次回はぜひ「米軍の慰安所は別だ」と言い放ったマイク・ホンダをゲストに呼んでやって欲しい。10年前の女性戦犯法廷で検事を務めたセラーズがスル―していることは、この前書いた。

しかし、ここまで来ると、安倍首相を「二枚舌」を詰ったワシントン・ポストをはじめとした多くの欧米メディアも、毎週水曜日に日本大使館の前でシュプレヒコールを叫んでいるグループも、アメリカで「日本軍性奴隷の碑」を建てている人達もついて来れない(来ない)だろう。



  • yy0902

    最初の発表者は、沖縄の報告からという題で、宮城晴美さん。
    2010-12-19 10:46:00
  • yy0902

    沖縄における米兵による性暴力事件のこと、そのようなことがしっかり処罰されない構造(引用者注: 慰安所での不祥事が処罰されなかった例をもって「強制連行」の証拠だとする主張がある)について話しています。日本政府の問題と、日本に住む人々の無関心について述べておられます。
    2010-12-19 10:56:34
  • yy0902

    日本の実状を端的にまとめて終わりました。次は、村本邦子さんが、南京ワークショップからの報告という題で話されます。
    2010-12-19 10:59:26
  • yy0902

    世代間トラウマのお話。過去に目を向けずして現代の暴力を解決することはできないとのこと。
    2010-12-19 11:03:22


  • 加害と被害の国の若者が和解をするための方法に関するお話でした。次は梁澄子さんの報告。宋神道さんの裁判闘争に関わったことから見えてきたことについて。
    2010-12-19 11:24:46


  • 宋さんの被害がどういうものだったか、を勝手に思い込んでいた面が、最初はあったとのこと。(引用者注: 発言者の真意は分からないが、支援者が自分の先入観と宋神道の本音とのギャップに困惑する話はこのエントリーを参照)
    2010-12-19 11:27:21


  • この1ヶ月に4回同じ報告をしたと、鄭さん。ここでは言いたいこと、重要なことだけ話したいとのこと。タブーの問題。天皇制の問題について語り始めました。
    2010-12-19 11:48:10
  • 未だ色濃く存在する天皇制。日本社会の異様さ。タブーは不問に付される。安心して日本人を信頼して暮らせる社会を作りたい、と思ったそうです。
    2010-12-19 11:51:57


  • 日本軍性奴隷を発想した女性観について。日本の中の性暴力に対する認識が低すぎるとの指摘。このような状況を変えない限り、慰安婦問題の謝罪などありえない、と。 (引用者: 彼女は関係者の処罰も求めている)
    2010-12-19 11:59:00


  • 敗戦直後の進駐軍慰安婦。これは韓国でも似たようなものがありますね。
    2010-12-19 12:01:02
  • 部落女性も占領軍慰安婦にされたと述べています(引用注: この本にもチラっと出ている)。
    2010-12-19 12:02:17


  • 日本政府はそれによって何を守ろうとしたのか。と問いかけています。
    2010-12-19 12:03:16


  • 日本には性暴力が犯罪であるという意識が欠けている。法律もない。との指摘。韓国は90年代の運動で性暴力は犯罪だという意識はある程度できつつあると思います。
    2010-12-19 12:07:48


  • この性暴力がいかに戦争や植民地支配とつながっているかを語っています。
    2010-12-19 12:09:03


  • 日本のフェミニズムの敗北だ、との指摘。厳しいですね。
    2010-12-19 12:10:30

  • 聴衆には男性もたくさんいますね。あ、基地問題について。沖縄の人たちの思い。そんなに基地が重要だと思うなら県外へどうぞ、との発言がありました。
    2010-12-19 12:19:06


  • 村本さん。愛することではなく、支配することを学んでいるのではないか、とのこと。その際、母親が息子をそのように育てているのではないか、と。私も顧みる必要が。また、自分の加害者性に気づくことの重要さについても指摘。
    2010-12-19 12:22:27
  •  

    鄭さんの発言。沖縄だけの問題ではない。性暴力の三文字を連呼するそうです。良妻賢母の大妻女子大学で。性暴力の鄭先生と呼ばれるとのこと。みな爆笑。 (引用者: 日本に対しては厳しい暎惠だが、自国の慰安所については批判していたっけ?)
    2010-12-19 12:27:51
  •  

    午後の部が始まりました。歴史と言説。宋連玉氏、イ・ナヨンさん、ヤン・ヒョナさん、岡野八代さんです。
    2010-12-19 13:35:30
  •  

    司会は姫岡とし子さんです。宋さんの話が始まりました。もっと抑圧的な時代に育ったと自己紹介。70年代に韓国にいった時の話から始まりました。
    2010-12-19 13:37:39


  • 植民地支配が朝鮮の女性の地位を低くした、という文章を読んで勉強を始めた、とのこと。
    2010-12-19 13:39:14
  •  

    慰安婦制度と公娼制度は線引きできないのではないか、という問題提起です。
    2010-12-19 13:40:47
  •  

    この両者に境界を設定しようとするのは帝国の目論見である、とのこと。
    2010-12-19 13:41:59


  • 最初にからゆきさんに関する言説分析。時代とともに言説の意味が変化しているとのこと。
    2010-12-19 13:46:04


  • 廃娼運動家についての批判がはじまりました。
    2010-12-19 13:47:06


  • 公娼制度と慰安所制度の境界をこわす必要性。名称が異なることで、実態が見えにくくされているとの指摘。境界を置かなくても国家の責任を問えるような論理を構築すべきとの主張。次は、韓国のイナヨンさん。
    2010-12-19 13:58:12


  • 日本軍慰安婦と、韓国米軍基地の洋公主について。
    2010-12-19 14:00:36
  •  

    韓国の雑誌、マル誌、朝鮮日報、本、ノグンリからメヒャンリまでに出ている言説の紹介から始まりました。
    2010-12-19 14:02:45
  •  

    韓国の公娼制度の成立過程については省略するとのこと。植民地女性を娼妓にすることの意味について語っています。
    2010-12-19 14:06:45
  •  

    公娼制度と慰安婦制度との共通性について。朝鮮での意味について。問題はその統制が日本の植民地支配が終わった後、米軍、韓国政府に引き継がれたこと。
    2010-12-19 14:09:18
  •  

    朝鮮戦争時の韓国軍と、米軍は慰安婦を使用釜山では74箇所。
    2010-12-19 14:11:04
  •  

    外国人を相手にする女性と、韓国人を相手にする女性。57年まで米兵は休暇になると、日本にいって女性を買った。韓国よりも管理されている日本の女性のほうが性病に感染する恐れが少ないとおもったからだそうです。
    2010-12-19 14:14:31


  • 57年頃から韓国でも性売買女性を隔離し、米兵が日本まで行かなくなったとのこと。
    2010-12-19 14:16:06


  • このあたりの経緯については、私も、軍隊と性暴力という本に論文を書きました。
    2010-12-19 14:18:16


  • 韓国の基地村の女性と日本軍慰安婦を一緒に見るということの意味について。
    2010-12-19 14:19:29
  •  

    軍事主義とジェンダーの問題になりますね。
    2010-12-19 14:20:07


  • 現在は基地村で働く女性の多くは外国人
    2010-12-19 14:23:18


  • イナヨンさん、大きな声で早口。通訳がついておらず、聴衆はペーパーを読んでいます。
    2010-12-19 14:24:57


  • 強制と自発という見方を克服することが必要だとのこと。慰安婦問題を強制という見方だけで接近すれば、基地村女性の問題は見えにくくなるという意味。
    2010-12-19 14:32:38


  • 力強い発表でしたが、日本語話者には通訳ないとわかりませんね。次は、ヤンヒョナさんです。ソウル大学の法学部で教えています。
    2010-12-19 14:35:56


  • 発表タイトルは、かんこくじんw、軍慰安婦問題に関して日本政府に法的責任を求めることは、民族主義の発露なのか。ー法的責任、道徳的責任、植民地の体系的強姦に関して。
    2010-12-19 14:38:38


  • 民族主義とジェンダーに関する興味深い発表です。
    2010-12-19 14:41:16


  • 法的責任と道徳的責任の性格についての分析をしています。ここで簡単な通訳が入りました。
    2010-12-19 14:45:36


  • 国民基金の大沼氏の議論について触れています。ヤンヒョナさんは、お詫びの中身について問うています。
    2010-12-19 14:46:46


  • 国際人道主義法による戦争犯罪の責任について話しています。2000年法廷裁判部の議論を紹介。
    2010-12-19 14:51:28


  • 強制性の問題。国際的な議論と日本軍慰安婦問題の解釈に関する微妙なズレについて話しています。話が早すぎてついて行くのが大変です。
    2010-12-19 14:54:48


  • 朝鮮人女性が受けた被害が最も残酷だったということを強調したいわけではない。ただ、それぞれの犯罪構成状況を見る必要があると主張。
    2010-12-19 14:58:54


  • トランスナショナル・フェミニズムの方法と倫理について最後に話して終わりました。次は岡野八代さん。
    2010-12-19 15:01:53


  • 題名は、日本軍慰安婦と日本の民主化。
    2010-12-19 15:03:01


  • 国民基金のデジタル資料館と、WAMの違い。
    2010-12-19 15:04:30


  • 二つのサイトを比較しています。早稲田にある、戦時性暴力に焦点を合わせた資料館です。これから闘い続けるための根拠として設立された資料館です。犠牲者たちの現在に至るまでの生。政府の立場とは 距離を置く。日本社会の現状を変えようと訴えている。
    2010-12-19 15:10:05


  • 国民基金のサイトでは、政府と国民の共同事業であることが謳われている。被害者の声については間接的な表現になっている。被害者の苦悩がなんであるかを示そうとはしていない
    2010-12-19 15:13:00


  • いかに基金がこの問題に取り組んできたかを示そうとしたのが国民基金のデジタル記念館。展示されている資料は90年代のもので、それから進歩していないのではないかと指摘しています。
    2010-12-19 15:15:48


  • 岡野さんは、国民基金が今後に与える影響の問題性について、厳しく批判しています。国民基金の解散は日本における慰安婦問題の解決だったというようなもの、とのこと。
    2010-12-19 15:19:26


  • 私たちの問題を認識することが必要だと話しています。また、大沼批判になりました。
    yy0902
    2010-12-19 15:22:09

    (引用者: 休憩)
  •  

    沖縄で強姦事件が報道されなかったことに関する質問と、沖縄の女性の民族は?という質問。
    2010-12-19 16:14:57


  • 民族については、沖縄の女性は沖縄民族と考えるようになったとのこと。
    2010-12-19 16:17:25


  • 村本さんへは、世代間トラウマに関する質問。また、加害者側と被害者側のトラウマの関係性について。沈黙、忘却、麻痺などは加害の側に出やすい。
    2010-12-19 16:19:53


  • 加害のトラウマ、自分の先祖が不正義をなしたことを受け入れるのは結構難しいだろうとのこと。被害者が被害者としてのトラウマを引き継ぐのも大変。
    2010-12-19 16:22:30


  • 被害者性と加害者性の関連について。何がしか傷ついているが、その事を理解しないと他者の被害を理解することもできないだろう、と。私も本でその事を少し論じました。
    2010-12-19 16:25:26


  • 午後の部の質問。松本さんからの質問。資料集にある具体的な質問です。韓国の軍慰安婦被害者が韓国政府を相手に起こした裁判について。日韓協定に関する文書を公開せよと求めた。また、個人請求権は失われていないことを確認した。と、ヤンヒョナさん。
    2010-12-19 16:47:02


  • 日本政府と韓国政府の解釈が異なっているとのこと。
    2010-12-19 16:47:54


  • 岡野さんが指名されました。立法が成立したらどうなるのか、との先ほどの質問について。
    2010-12-19 17:10:43


  • 立法までのプロセスが大事、との意見。ごもっとも。
    2010-12-19 17:13:22


  • 宋神道さんの支援運動の例も。裁判は負けたけど、プロセスが重要だった。
    2010-12-19 17:14:39


  • 村本さんの意見。法律と、一人一人の変化について。法律が変わることで確かに変わる面がある。社会のコンセンサスという意味で。しかし法律だけでは変わらないということが言いたい、とのこと。
    2010-12-19 17:18:59


  • ドイツの例。ASFのこと。
    2010-12-19 17:21:04


  • 池内さんが院内集会のことについて回想しています。ヤンジンジャさんがマイクを握りました。村本さんのお話を聞いて、生まれ変わったら心理学者になりたい、と。爆笑。
    2010-12-19 17:27:58


  • 自分の傷を見たくない人。国家との共犯関係に追い立てられている人たちがいる。運動の目標はそうした人たちを育てることではない。でもそういう人たちが育っている、とのこと。
    2010-12-19 17:32:25


  • 北朝鮮を敵にすればすぐ日本は被害者意識で団結してしまう。そうではなくて、個人としての被害について共鳴しあうことがじゅうようではないか、とまとめてくれました。
    2010-12-19 17:35:19


  • 宮城さんのお話に移りました。軍隊と性暴力の話。人を殺す訓練をしている兵士と沖縄では一緒に暮らしているよなもの。沖縄の問題だけでなく、軍事の問題にもぜひ関心を持ってくださいと訴えて終わりました。
    2010-12-19 17:39:05


  • ヤンヒョナさんが話しを続けました。韓国の徴兵制の話。最近の情勢の中で、服務期間を拡大しようという動きがあります。軍加算点制も復活させようとの議論がでています、とのこと。
    2010-12-19 17:46:06


  • 韓国政府が行ったことは二つ。慰安婦問題にかんして。生活支援と記念事業。しかし政府はなぜこれらをしているのかについて、曖昧な認識しかない。とのこと。
    2010-12-19 17:53:15


  • 韓国でそのような法ができたことは被害者に与えられた烙印を取ることにつながった。でも限界もある、とのこと。それ以上考えようとしない、という意味で。
    2010-12-19 17:55:37


  • 宋連玉さん。DVと戦争体験について。村本さんの話について、必ずしもつながらないのではないかと。戦争体験を持つ男性がいいお父さんになる場合もあるのではないかと。う~ん
    2010-12-19 18:02:34