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2019/11/17

女性は「米軍の慰安婦より日本軍の慰安婦の方がいい」と言う


米軍の慰安婦は、日本軍の慰安婦よりも厳しく悲しい体験をした。女性たちに聞けば、「米軍の慰安婦よりも日本軍の慰安婦でありたい(の方がマシ?)」と答える・・・とイ・ヨンフン教授

当時の韓国は貧しく、日本の慰安所システムを真似ても好待遇は保証出来なかったに違いない。豊かな米国が「慰安所」を公認していれば状況は違ったろうが、日本と異なり売春はタブーの国である。その点、公娼制度下の日本の場合、親方日の丸で慰安婦の面倒を見ることが出来た。待遇に差があるのは当然だろう。

しかし、公に「関与」した日本が、自らは手を汚さなかったアメリカに批判されている。理不尽な話である。

「反日種族主義」を掲げる韓国の恥ずかしい問題

ソウル大の図書館には1964年から1967年までの韓国の至る所にいた米軍慰安婦の調査論文があります。そのほかに民間の慰安婦に関する修士論文もいくつかあります。これらも全部集めました。彼女たちの悲惨なありかたは日本軍慰安婦より厳しく悲しかった。(調査で)女性たちに日本軍慰安婦と米軍慰安婦のどちらがいいかときいたら、日本軍慰安婦といいます。日本軍慰安婦は何より暴力から保護されました。所得水準もいいです。重要なのは妊娠から保護されました。それは重要なことです。米軍慰安婦は流産を強要されました。出産した子供たちは米国に移送されました。毎年1000人ぐらいの赤ちゃんが米国に移送されて行ったのでした。

この事実を知って私は本当にびっくりして怒りがこみ上げました。自分の歴史のなかにこのような悲惨な悲しい歴史を持っているのに、どうして28年間も日本軍慰安婦だけを外交問題にして両国関係を悪化させてきたのか。自分の内部には目を閉じて、敵対的な種族に対して批判するという均衡のない立場です。それが種族主義なのです。本当に、恥ずかしい問題なのです。

文春オンライン(一部)[2] 2019.11.14

2015/04/13

NYの古書フェアーで慰安婦の肖像画見つかる

ミャンマーで描かれたというのは推測らしい

第二次大戦中にアメリカ軍人が描いたとされる朝鮮人慰安婦のスケッチが、ニューヨークで開催中の古書フェアーで発見されたというニュース。1944年にミャンマーで描かれたというのは真偽不明だが、ある意味リアルなこの肖像画は本物っぽくはある。絵は、当時の水木しげるより上手いと思う。

最高齢とされるキム・ボクトゥクの慰安婦時代の写真
美しい人であったようだが、少女には見えない

パク・ユハ教授は、日本大使館前の例の少女像を「<韓国>の公的記憶を形にしたものでしかない」と書いている(『帝国の慰安婦』p.158)。幼く、美しく、可憐で・・・その多くが朝鮮人であった、運動家らはこのイメージで「慰安婦被害者」を売り出しているが、あの聖少女像(パク・ユハ)は、慰安婦の一般的な姿ではないとパク教授は指摘している。

ニューヨーク古書前で韓国人日本軍慰安婦肖像画発見

第2次世界大戦中、日本軍に強制的に連行された韓国人慰安婦の肖像画がニューヨークで発見され注目されている。

9日(現地時間)からニューヨークのマンハッタンで開催されている「ニューヨーク古書フェアー」に、1944年のミャンマー(当時ビルマ)でアメリカ軍人が描いたと見られる日本軍捕虜の肖像画集が展示された。

約20枚の肖像画集には戦争捕虜6人と慰安婦など女性11人の肖像画18点が含まれている。 この中に「朝鮮人慰安婦(Korean Comfort Woman)」というタイトルが付された肖像画一枚が入っている。

韓国人古書・古地図収集家のキム・テジン(50)さんは11日聯合ニュースとの電話で「今回の古書展を準備中に外国人古書収集家がこの肖像画集を持ってきた」「 偶然に朝鮮人軍慰安婦の肖像画が含まれているのを知った」と説明した。
この肖像画集はタイトルと描き手などを全く分からない物(?)や、アメリカ軍人が1944年にミャンマーで描いたと推定される(物がある?)とキム氏は語った。

キム氏は「朝鮮人慰安婦肖像画が発見されるのは珍しい」とつけ加えた。

今回の古書展には6・25韓国動乱(朝鮮戦争)中、巨済島の北朝鮮軍捕虜収容所に収容された北朝鮮軍捕虜が米軍を卑下する場面を盛り込んだ絵5点も展示されている。

古書展は12日までマンハッタンのTHE PARK AVENUE ARMORYで開催される。

聨合ニュース 2015.4.12[2]


뉴욕고서전에서 한국인 일본군 위안부 초상화 발견

제2차 세계대전 때 일본군에 강제로 끌려간 한국인 위안부의 초상화가 뉴욕에서 발견돼 눈길을 끌고 있다.

지난 9일(현지시간)부터 뉴욕 맨해튼에서 열리는 '뉴욕고서전'에는 1944년 미얀마(당시 버마)에서 미국 군인이 그린 것으로 보이는 일본군 포로 초상화집이 전시됐다. 

약 20쪽 분량의 초상화집에는 전쟁포로 6명과 위안부 등 여성 11명의 초상화 18점이 담겼다. 이 가운데 '한국인 위안부(Korean Comfort Woman)'라는 제목이 적힌 초상화 1장이 들어 있다. 


지난 1944 미얀마에서 미군 병사가 그린 것으로 추정되는 한국인 위안부 초상화

한국인 고서·고지도 수집가 김태진(50)씨는 11일 연합뉴스와 통화에서 "이번 고서전을 준비하는 과정에서 외국인 고서 수집가가 이번 초상화집을 들고 왔다"면서 "우연히 한국인 군 위안부 초상화가 들어 있는 것을 알게 됐다"고 설명했다.

이 초상화집은 제목과 작가 등을 전혀 알 수 없는 형태이나, 미국 군인이 1944년 미얀마에서 그린 것으로 추정된다고 김씨는 말했다.

김씨는 "한국인 위안부 초상화가 발견된 것은 흔하지 않은 일"이라고 덧붙였다.

이번 고서전에는 6·25전쟁 당시 거제도의 북한군 포로수용소에 수용된 북한군 포로들이 미군을 비하하는 장면을 담은 그림 5점도 전시돼있다.

고서전은 오는 12일까지 맨해튼 파크애비뉴아모리에서 열린다.

2015/03/08

[朝鮮戦争] 小学校近くに米軍慰安所作ろうとして・・・(『シンシアリーのブログ』から)


「シンシアリーのブログ」で紹介された、1950年代の韓国で小学校の近くに米軍慰安所を作ろうとして父兄に反対されたという話。東亜日報のこの古い記事は彼が見つけたものだろうか?東豆川小学校というのが今もあるが、1923年開校だから日帝残滓ですね。後に揚州市から独立した東豆川市は今も市域の4割が米軍関連らしいから、当然こういった施設が必要とされたのだろうが、小学校の周囲を見ると、昔のことは分からないが、少なくとも現在は住宅地に見える。確かに、なぜこんな所にレイプセンター・・・もとい慰安所を作ろうとしたのだろう?



大きな地図で見る

現在の東豆川小

国民校の近くに慰安所を建立。学父兄たち猛反対

ヤンジュ郡イダム面の東豆川国民学校北側109メートル地点に、最近、いわゆる特認販店=俗に集団慰安所という米軍を相手にした売店やキャバレーなどの大規模工事が一般の湧き出すような非難をあざ笑うかのように強行されており特にこのような施設で純真な児童教育に及ぼす影響が大きいことにより、同校学父兄側は去る8日午後2時、緊急学父兄総会を招集、学園環境の浄化のために今の位置での建築工事反対推進委員会を構成し、店主側の道義上の猛省を促すと同時に、陳情書を提出するなど皆で立ち上がることを決意した。(東亜日報 1957.11.13)


記事の写真はリンク先のブログで見られる。

2014/12/22

米軍慰安婦初公判 その頃ホンダは「日本は過ち認めよ」

裁判所前に集まった支援団体
「現在も外国女性が人身売買されている」

19日、米軍慰安婦訴訟の初公判が開かれた。いわゆる米軍基地村売春問題。これを報じる韓国メディア(たぶん無視しているのが大多数と思われるが)ではハッキリと慰安婦という単語が使われ、ご丁寧にカギカッコで括っている。この辺は日本の運動家らの「日本軍『慰安婦』」表記を真似たのだろう(慰安だなんてトンデモナイという理屈でカッコをつけるらしい)。「被害者ハルモニ」なる呼び方もお馴染みである。

「米軍慰安婦の件で騒いでますが、気になさらないで」
「私には何も聞こえませんから HAHAHA」←本当に聞こえてなかったりして

慰安婦側が「政府が管理」したとか「組織的」だと言えば、韓国政府側は国家賠償が成立するには被害事実を立証する必要があると牽制。支援者らは、女性の人権を持ち出し、歴史を繰り返すな、人身売買だ、現在の問題であるとまで言っている。皮肉なことに同日、青瓦台ではパク大統領とマイク・ホンダが日本軍慰安婦問題で意気投合していた。ホンダは翌日の20日、ナヌムの家を訪れ講釈を垂れているが、頭の上を巨大なブーメランが飛んでいたわけである。もっともこういった鈍感力こそ、政治家に必要とされる資質なのかもしれない。ホンダは、ナヌムの家で「日本政府はいつか過ちを認めなくてはならない」「慰安婦問題は過去ではなく現在および将来の問題」とのたまわったとのことである[ソース]。なお、ニュースには挺対協の名は出て来ない。

米軍基地村の慰安婦ハルモニの国家賠償初公判
米軍「慰安婦」ハルモニ「国家が外貨をたくさん稼げと教育」初公判、15人の被害者ハルモニなど50人余りが出席
政府側弁護団「国家の強制性個別的に立証せよ」

米軍基地村「慰安婦」女性122人が国を相手に提起した損害賠償請求訴訟の初公判が19日ソウル地方裁判所560号で開かれた。

この日午後2時、ソウル中央地方法院民事22部(部長判事パク・ヒョンジュン)審理で進行された裁判長(?)には被害者ハルモニ15人をはじめ50人余りの関係者たちが初公判を見守った。

政府側はこの間黙殺無返答で一貫しており、公判当日午前中になってようやく答弁書を提出した。 出席した政府側弁護人は、国家賠償が成立するにはハルモニ(お婆さん)122人一人一人が個別の公務員の担当者の具体的な行為などを立証するべきであり、警察の黙認ほう助、地域保健所職員の強制検査と監禁(?)などについて違法行為を立証しなければならないと述べた。 被害者側弁護人はこれに対し「政府側が個人の具体的な不法行為で還元しようとするが、これは明確に政府が管理した組織的な行為でその不法性を問う」と反論した。

基地村慰安婦ハルモニは6月25日、朝鮮戦争以降政策的に国家が基地村を作った事実を認めよと国相手に1人当り1000万ウォンの賠償を請求する訴状を提出した。

基地村女性人権連帯、基地村慰安婦国家賠償訴訟共同弁護団、セウムト、韓国女性団体連合など4団体の会員たちはこの日、公判前、裁判所の前で記者会見を行い「当時内務部は『合法的手続きおよび法令により性病診療所を設置し運営しており、基地村周辺の総合開発計画は住居環境と都市基盤施設整備整頓に関連したことに過ぎなくて基地の村女性たちの売春行為を積極的に助長、奨励する違法行為をした事実がない』と主張しているが明白な虚偽である」と「122人の原告の証言と国家の文書と資料に記録された市(詩)室だけでも米軍「慰安婦」制度が国家によって作られ管理され運営されてきたことを証明可能だ」と話した。

彼らは「裁判所に訴える。 基地村は現在も変らず存在しており韓国女性だけでなく外国の女性たちまで人身売買されて被害を受けている」として「国家権力によって女性の人権が蹂躪される歴史が繰返されないよう、これ以上国家によって被害受ける女性が生まれないように裁判所は米軍慰安婦制度の真実を正しくに糾明してほしい」と要求した。

訴訟を提起した被害者のうち1人であるキム・ミョンジャ(仮名)ハルモニは「基地村にあって健康に働き米ドルや外貨をたくさん稼げと教育を受けた。 清潔に米軍にサービス良くしろと(?)週に2回性病検査を受けた」と話した。 引き続き「性病にかかれば平沢市庁(?)の近くの監房のようなところに閉じ込められた。 そこで66号という注射を打った姉さんは死ぬこともあった」と話し涙を流した。 キムハルモニが「私たちの悔しさを和らげる裁判になることを願う」と話すとすぐに他の被害ハルモニも「望みます」「してください」と声を高めた。

民主弁護士会所属キム・ジン基地村慰安婦国家賠償請求訴訟共同訴訟代理人の団長は「政府側の違法行為ではないので過ち(?)がないという返答はまことに遺憾」とし「裁判が長くかかれるために持続的な関心を」と話した。 訴訟の弁護団は32人で構成されている。

次回の弁論期日は1月30日午後2時10分、ソウル中央地方法院560号で進行される。

女性新聞 2014.12.19[2]

翌日ナヌムの家で大歓迎を受けるホンダ
「日本政府はいつか過ちを認めなければならない」

・・・19日には大統領府で朴(パク)槿恵(クネ)大統領と会談。韓国メディアによると、「(慰安婦問題は)過去ではなく現在と未来の問題」と指摘した朴大統領に対し、ホンダ氏は「積極的に共感する」と述べ、日本政府が責任を認める必要性を強調した。

ソウル市内で同日行った講演でも「民主国家の成熟度を見せ、アジア諸国からの信頼を回復しなければならない。日本の指導者らが責任を持ち、(慰安婦の)問題を完全に解決する道を開くよう望む」と述べた。

18日には韓国外務省で記者団に、「慰安婦の強制性に疑問を挟むことはナンセンスだ」と一蹴。日韓の歴史問題は「日本政府が歴史的責任を持ち、過去を認めねばならない」などと語った

産経(一部) 2014.12.20

미군기지촌 위안부 할머니 국가배상 첫 공판
미군'위안부' 할머니들 "국가가 외화 많이 벌라고 교육했잖나"
첫 공판, 15명 피해자 할머니 등 50여 명 참석
정부측 변호인단 “국가 강제성 개별적으로 입증하라”

미 

 군 기지촌 '위안부' 여성 122명이 국가를 상대로 제기한 손해배상 청구소송 첫 공판이 19일 서울지방법원 560호에서 열렸다.

이날 오후 2시 서울중앙지법 민사22부(부장판사 박형준) 심리로 진행된 재판장엔 피해자 할머니 15명을 비롯해 50여 명의 관계자들이 첫 공판을 지켜봤다.

정부측은 그동안 묵묵부답으로 일관하다 공판 당일 오전에서야 답변서를 제출했다. 출석한 정부측 변호인은 국가 배상이 성립되려면 할머니 122명 개개인이 개별공무원 담당자의 구체 행위 등을 입증해야 한다며, 경찰의 묵인 방조, 지역보건소 직원들의 강제 검사와 강금 등에 대해 위법행위 입증이 안됐다고 말했다. 피해자측 변호인은 이에 "정부측이 개인의 구체적인 불법행위로 환원하려고 하지만 이는 분명히 정부가 관리하고 조직적으로 한 행위로 그 불법성을 묻는 것"이라고 반박했다.

기지촌 위안부 할머니들은 지난 6월 25일 한국전쟁 이후 정책적으로 국가가 기지촌을 조성한 사실을 인정하라며 국가상대로 1인당 1000만원의 배상을 청구하는 소장을 제출했다.

기지촌여성인권연대, 기지촌위안부 국가배상소송공동변호인단, 새움터, 한국여성단체연합 등 4개 단체 회원들은 이날 공판 전 법원 앞에서 기자회견을 열고 "당시 내무부는 '적법한 절차 및 법령에 따라 성병진료소를 설치하고 운영해 왔고, 기지촌 주변 종합개발 계획은 주거환경과 도시기반시설 정비정돈과 관련된 것에 불과하고 기지촌 여성들의 윤락행위를 적극적으로 조장, 장려하는 위법행위를 한 사실이 없다'고 주장하고 있으나 명백한 허위"라며 "122명 원고들의 증언과 국가의 문서와 자료에 기록된 시실만으로도 미군'위안부' 제도가 국가에 의해 형성되고 관리되고 운영돼 왔다는 것을 증명할 수 있다"고 말했다.

이들은 "재판부에 호소한다. 기지촌은 현재도 여전히 존재하며 한국 여성뿐만 아니라 외국의 여성들까지 인신매매 되어 피해를 받고있다"며 "국가권력에 의해 여성인권이 유린되는 역사가 되풀이 되지 않도록 더 이상 국가에 의해 피해 받은 여성들이 발생하지 않도록 재판부는 미군 위안부 제도의 진실을 제대로 규명해달라"고 요구했다.

소송을 제기한 피해자 중 한명인 김명자(가명) 할머니는 "기지촌에 있으면서 건강하게 일해서 미국 돈, 외화를 많이 벌라고 교육을 받았다. 청결하게 미군에게 서비스를 잘 하라며 일주일에 2번씩 성병 검사를 받았다"고 말했다. 이어 "성병에 걸리면 평택시장 옆에 감방 같은 곳에 갇혔다. 거기서 66호란 주사를 맞은 한 언니는 죽기도 했다"고 말한 뒤 눈물을 흘렸다. 김 할머니가 "우리들의 억울함을 풀어주는 재판이 되길 원한다"고 말하자 다른 피해 할머니들도 "원합니다", "해주세요"라고 목소리를 높였다.
민변 소속 김진 기지촌위안부 국가배상청구소송 공동소송대리인단장은 “정부측의 위법행위가 아니기 때문에 잘못이 없다는 답변이 매우 실망스러웠다”며 “재판이 오래 걸릴 수 있기 때문에 지속적인 관심을 달라”고 말했다. 이 소송의 변호인단은 32명으로 구성돼 있다.

다음 변론 기일은 1월 30일 오후 2시10분, 서울중앙지방법원 560호에서 진행된다.

2014/09/24

パク・ユハ「帝国主義に基づく収奪と捉え直せば解決」 


パク・ユハ教授のキーワードは「帝国主義」らしい。彼女の新しい本のタイトルも「帝国の慰安婦」。「なぜ、慰安所に日本人だけでなく朝鮮人や台湾人がいたのか?そこを私は考えていただきたいと思います。・・・元凶は・・・帝国主義というシステムにあったのです」と言う。さらに、慰安婦問題を「帝国主義に基づく性の収奪」と捉え直せば解決策になるかもしれない、米蘭仏にも共通の問題であったと国際社会にアピールできると提案する。・・・そうかなぁ。

この問題を、日本が「帝国主義に基づく性の収奪」ととらえ直し、反省の意を国会決議として出せば、最高の解決策となるかもしれません。そうすることで、日本だけでなく、アメリカやオランダ、フランスなどの元帝国にも共通の罪だということを国際社会に示せることでしょう。

あの時点では同化は完全ではなかったが、事実として朝鮮人は日本国民であった。彼女の中では沖縄(ウチナンチュ)の慰安婦はどういう位置づけになるのか?男たちは命を女たちは性を国に捧げさせられた、慰安婦は暴力を経験したというなら、男たちだって現場でビンタの洗礼を受けていたのである。そもそも(特に内地人の)男性が有無を言わさず徴兵されたのは事実だが、女性が性を捧げさせられたというのは無理があるのではないか?

自国民でない女性たちの性を収奪し、苦痛を与えることが起きた元凶は、実は帝国主義というシステムにあったのです。

この括りでは、朝鮮戦争の慰安婦は救われないのは彼女も分かっているだろう。帝国主義で括るのならば、女性に限定する理由もない。中国のような多民族国家なら兵士の民族も多種多様である。イギリスのロイヤル・スコットランド連隊は「被害者」なのか?

男性が兵士として徴集された場合は、恩給や遺族年金など国からの補償がありますが、慰安婦としてつれていかれた女性たちにはありませんでした。法的補償の代わりに金銭を与えるシステムになっていたわけです。それは、近代国家の女性差別の表れでもあります。戦場に彼女たちを向かわせたのも、社会のいわゆる「売春婦」差別だったと考えています。

従軍看護婦には軍属とそうでない者がいたが、軍属でない者は恩給を受けていないはず(要確認)。売春婦だから差別(区別)されているのではなく、従軍看護婦の面倒は日赤が、慰安婦の場合は抱え主(慰安所の経営者)が面倒見たのである。仮に慰安がいれば、男だろうと同じ扱いだったろう。

それから、ストレートに米軍慰安婦の存在を突きつけてもはぐらかすのに、日本が反省して見せたからといってアメリカが日本に倣おうとは思えない。他人事のように振舞うだろう。フランスもオランダも。欧米は、「帝国主義に基づく性の収奪」などというアイディアには興味は示さないと思う。


※ タイトルは中央公論がつけたもので、自分の意図を反映したものではないとパク・ユハ教授が断っている。


慰安婦報道の大罪
国家による「性の収奪」は万国の罪である

「強制連行はなかった」と報じた韓国メディア

朴裕河世宗大学日本文学科教授

朴氏は慰安婦について、日本だけの責任にしては問題の本質を考える機会が失われると発言している

ようやく立場をはっきりさせた『朝日新聞』が過去の慰安婦問題の検証記事を出したことを、私は基本的に評価しています。内容には少し問題もありますが、あれだけ攻撃されていた『朝日』が、今回立場をはっきりさせたことです。ポイントは、「女子挺身隊」と「慰安婦」を混同して誤用していたと認めたこと。そして軍が組織的に「強制連行」に関与したという過去の報道を撤回した、そのうえで日本政府に責任があるとしていることです。そのような全体の枠組みは私の考えにも近いものです。

私自身は、少なくとも朝鮮人に関して、日本が国家として物理的な強制性をもって女性を連行することはなかったと把握しています。日本軍が慰安婦という存在を必要としたのはたしかで、政府はそれに関する指示も出しています。しかし、誘拐や人身売買といった強制的な方法を国が主導したという状況はいまのところ見えません。

ところで、記事では当時オランダ領インドネシアにいたオランダ人女性も慰安婦にされたことが示されています。

が、私はオランダ人と朝鮮・台湾人の問題は別に考えたほうがいいと思います。朝鮮・台湾は日本の植民地でしたが、オランダはインドネシアを介しての敵国でした。それぞれの国の日本軍との関係は解決を求めるにおいて重要です。

この『朝日』の検証記事について、韓国メディアはおおむね公平で誠実な報道をしました。多くは「安倍政権に対する『朝日』の反撃」を主題にしながら、吉田清治氏の証言が虚偽だったこともきちんと報じていました。唯一、日本批判を重ねてきた『朝鮮日報』は吉田氏の件に言及しませんでした。

植民地における物理的強制性を否定した今回の記事は、この問題を考えるのに必要なことだったと思います。朝鮮人慰安婦の全員が強制連行されたかのように言われるのは日本人にも不満だったことでしょう。しかし募集において国家による物理的強制性がなかったとしても、朝鮮人慰安婦たちは現場で暴行と強姦に遭ってもいました物理的な強制性を私も否定しますが、そういう文脈から『朝日』の記事に、おおむね同意します。

それでも責任は免れない

物理的強制性の有無をはっきりさせる必要はありますが、たとえ強制でなかったとしても、「国家が女性を収奪した」ことは間違いありません。

「もともと売春婦だったのではないか」と言う人がいますが、そんなことは重要ではありません。女性が自発的についていったとしても、それは需要があったためで、そのようなシステムを考えた国に責任があるのです。現在、「強制連行だったか否か」が論争の的になっているわけですが、「日本の責任」という点で言えば、強制性の有無もあまり関係ないというのが私の考えです。

売春として代金を支払ったのだから、責任が果たされたはずだという意見もありますが、それは違います。男性が兵士として徴集された場合は、恩給や遺族年金など国からの補償がありますが、慰安婦としてつれていかれた女性たちにはありませんでした。法的補償の代わりに金銭を与えるシステムになっていたわけです。それは、近代国家の女性差別の表れでもあります。戦場に彼女たちを向かわせたのも、社会のいわゆる「売春婦」差別だったと考えています。

私は、ここに帝国主義というシステムの問題が関わっていると考えます。日本に限らず、当時は列強各国がアジアの国々を植民地化するという帝国主義がはびこっていました。日本も朝鮮半島を植民地にして、朝鮮人を自国民として従わせていました。男性たちが兵士として国に命を捧げたように、女性たちは性を捧げさせられた。それが日本国民の務めだという考えのもと、「愛国臣民」として女性たちをつれていったのです。そこには日本人慰安婦もいましたが、数が足りなかったので、朝鮮人女性が動員された。そのような構造の中で「売春婦」かどうかは重要ではありません。

なぜ、慰安所に日本人だけでなく朝鮮人や台湾人がいたのか? そこを私は考えていただきたいと思います。自国民でない女性たちの性を収奪し、苦痛を与えることが起きた元凶は、実は帝国主義というシステムにあったのです。先にオランダ人慰安婦と区別すべきと述べたのは、このためです。

そしてこの問題は、戦争中に限ったことではありません。軍隊は移動、隔離され、そこでは必ず、「性の問題」が起こり得ます。現代における日韓の米軍基地問題ともつながる問題なのです。

他国に先駆け国会決議を

この問題を、日本が「帝国主義に基づく性の収奪」ととらえ直し、反省の意を国会決議として出せば、最高の解決策となるかもしれません。そうすることで、日本だけでなく、アメリカやオランダ、フランスなどの元帝国にも共通の罪だということを国際社会に示せることでしょう。

現在、朴政権が慰安婦問題にこだわっている背景のひとつに、二〇〇五年に韓国で日韓会談文書が公開され、韓国政府が慰安婦個人の日本への賠償請求権は残っているとしたためです。そのあと、韓国政府がこの問題解決のために働きかけないのは憲法違反との訴訟が起こされ、二〇一一年の夏に勝訴しています。

日本を相手とする行動において韓国では左派が中心になることが多いのですが、そもそも韓国の右派左派は、植民地時代に国家に協力した側と抵抗した側で分かれます。両者の歴史認識の違いから、現在国内の対立が激しくなっている部分もあり、内部冷戦的な現在の葛藤の根本が植民地時代にあったことを、日本の皆さんにはぜひ知っていただきたいと思います。

この問題を解決するには、新しい層に議論に加わってもらうことが必要です。二〇年以上前から両極端に分かれて対立している人たちは議論の接点を見出し、歩み寄れる新しい議論の空間を作るべきです。党派的不信を乗り越えられる第三者たちが、合理的かつ倫理的に議論ができるといい。

そういう意味で、今回の『朝日』の記事はひとつのきっかけになり得るのではないでしょうか。

2014/08/14

米軍の尻拭いに日本政府が3.8億円 (強姦犯は名誉除隊)

米軍の代わりに日本政府が被害者に見舞金

2月にも「在日米軍の性犯罪処分の甘さ告発 3分の2収監せず」というニュースがあった。今度は朝日新聞が、ここ10年で米軍が引き起こした事件や事故の後始末に日本政府が3億8千万円以上支払ったと伝えている。慰安婦問題を上から目線で説教する人々を見ていると、日本政府に兵隊の性犯罪の尻拭いまでやらせておいて、と思わずにはいられない。

あまり知られていないが、2002年に横須賀でオーストラリア人女性が米兵に強姦され、犯人が訴訟中にあっさり米国へ逐電、名誉除隊になって行方をくらませるという事件があった。被害者であるキャサリン・フィッシャーは、10年かけて犯人の居場所を特定、米国の裁判所で勝訴した。I did this for all the women who have been raped in this country by the U.S. military over the last 70 years(この70年間日本で米兵に強姦されたすべての女性たちの為に戦った)と彼女は言ったものである。フィッシャーは、2004年に日本の裁判所でも300万円の損害賠償を勝ち取っていたが、犯人は海軍の弁護士の指示で帰国しており、日本政府(防衛省)が彼女に見舞金を支払っている。

米軍絡みの事件・事故、日本が3.8億円賠償

米軍が関係する事件・事故が、昨年度までの10年間に国内で少なくとも約1万件起き、日本が負担した被害者への賠償金は約3億8千万円以上に上ることが、防衛省の統計などでわかった。日本側に責任がないケースも多いとみられるが、日米地位協定負担率が決まっているためだ。米軍基地が集中し、発生件数の半数を占める沖縄では、協定改定を求める声が根強い。

防衛省や沖縄県によると、2004~13年度、米軍機の墜落や米軍人・軍属による交通事故や強盗、性犯罪などの事件・事故は、公的な賠償の対象になりうるものだけで、公務中2138件、公務外7824件の計9962件が発生。うち約48%が沖縄で起きていた。

住民ら被害者への賠償金は計約20億3千万円で、うち公務中の事件・事故は約15億円。日米地位協定は、公務中のものなら米軍側に責任があっても、日本政府が25%を負担すると定めている。双方に責任があれば負担率は50%。日本は25%か50%を支払う仕組みだ。

 この10年の公務中の事故などが全て米軍側の責任で起きたとしても、日本は約15億円のうち約3億8千万円を負担した計算になる。04年8月に起き、13日で発生から10年となる沖縄国際大(宜野湾市)へのヘリ墜落事故では、日本側の責任はないとされ、賠償金約2億7千万円のうち25%を日本が負担している。

 一方、公務外の事件・事故の賠償金負担率は、地位協定に明記されていない。

 沖縄での米軍の事件・事故に関する訴訟を多く手がける新垣勉弁護士は「沖国大でのヘリ事故後も、沖縄で米軍関係の事件・事故が相次ぐ状況は変わっていない。米軍側に責任がある公務中の不法行為に日本の税金が使われる仕組みはおかしく、米国が全額を負担すべきだ」と指摘する。

朝日 2014.8.12

フィッシャーは日本の警察の非協力と、被害者に対する不適切な取り扱いにも抗議。神奈川県警を訴えたが、これは2007年に敗訴した。その後の長い法廷闘争の中で、彼女は日米地位協定こそが問題だと確信したようである。今回の勝訴で彼女が手にする和解金は僅か1ドル。しかし、地位協定を終わらせるか改定させ、米軍人を日本の法律に従わせる為に戦い続けると言う。

U.S. sailor’s rape victim wins case

A woman has won a landmark civil judgment against the American serviceman she accuses of raping her near the U.S. Navy base in Yokosuka, Kanagawa Prefecture, in 2002.

Catherine Fisher revealed Monday that the Milwaukee County Circuit Court has enforced a Japanese civil judgment for rape against Bloke T. Deans, a former U.S. sailor who now lives in Milwaukee. He was never charged with the crime.

Fisher, an Australian citizen and long-term Japan resident, said the verdict is the first in which a foreign judgment for rape has been enforced in a U.S. court.

“History has been made,” Fisher told The Japan Times. She said the result will make it more difficult for U.S. military personnel to evade justice after committing a crime in Japan. “But it does make me angry that Deans is still free. I think he should be in prison.”

Her lawyer, Chris Hanewicz, who fought the case pro bono, praised Fisher’s “incredible strength and determination.”

“We are very proud to have represented Ms. Fisher in her tireless efforts to finally recognize a judgment to which she has long been entitled.”

Fisher demanded a nominal sum of a single dollar as settlement.

“Anybody who knows me knows it is not about the money,” she explained. “I did this for all the women who have been raped in this country by the U.S. military over the last 70 years.”

The verdict is likely to deepen the controversy surrounding the case. Deans left Japan soon after the rape and never came back. Fisher has always maintained the U.S. military helped him evade justice and that the Japanese government did little to help pursue him.

That claim has apparently been strengthened by a statement submitted by Deans to the court, in which he says a U.S. Navy lawyer told him to leave the country.

“When they — my lawyer came and told me, ‘you are now leaving Japan’ I said, ‘okay,’ ” the statement reads. “I just followed orders. I don’t have no say-so. I’m thinking everything is done.”

Fisher, who in media appearances went under the pseudonym “Jane” for years to protect her privacy, said the revelation helped vindicate her 12-year legal fight, during which she repeatedly crossed swords with U.S. and Japanese officialdom and filed a total of seven court cases.

When I saw that document, I finally had the truth,” she said. “That was the most important thing for me. Why was he disappearing; why wasn’t anyone questioning him? Officials told me they were helping me, but that was all lies.”

The U.S. military made no immediate comment on the statement.

Deans was given an honorable discharge after the incident and returned to Milwaukee, where he has had a series of tussles with the law. In November 2004, a Tokyo court ordered him to pay ¥3 million after Fisher filed and won a civil suit against him, but there was no jurisdictional authority to force payment.

Later, she received compensation from the Defense Ministry that came out of a fund for civilian victims of crimes by U.S. military personnel. She sued the Kanagawa Prefectural Police for what she described as their incompetent investigation into her rape but lost in December 2007. She appealed the decision.

Fisher tracked Deans down to his U.S. address and began a legal battle there. She said the fight had left her mentally, physically and financially “depleted.”

“My son was in elementary school when this started,” she said. “Now he is 18. I’ve not been able to pay for things for him, pay for Christmas presents, the normal things that kids have.”

At several stages, Fisher said, Japanese plainclothes officers followed her when she appeared in public.

Her treatment highlights profound problems with how the U.S. and Japanese authorities handle such cases, she said.

“A U.S. serviceman, here to serve and protect civilians, raped me. I was then denied criminal court action by the Japanese government. Nobody would help me.”

Fisher initially fought to have Deans extradited back to Japan, but a team of bureaucrats from the Defense, Justice and Foreign ministries said the Status of Forces Agreement with Washington did not allow them to request extradition.

The SOFA is the legal framework governing U.S. service members in Japan. Article 17 gives the U.S. military the primary right to exercise jurisdiction over its own personnel for crimes committed in Japan while “on duty.” Japanese authorities have legal jurisdiction over crimes committed off-duty.

“I met with the Japanese government again and asked again for help,” said Fisher. “When I finally tracked him down in the U.S., I told them: ‘He’s in prison and now we know where he is.’ They said, ‘We don’t have a budget to send court documents from the Tokyo District Court to the U.S.’ Can you believe it?”

Deans was apparently incarcerated briefly for misdemeanor child-neglect, and a contact brought this to Fisher’s attention at the time.

Fisher said she will continue to fight to have the SOFA scrapped or amended to force American military personnel to obey the laws of Japan. She is demanding that the Japanese government set up a 24-hour, publicly funded rape crisis center and to educate “all levels of the justice system, from cops to judges” about the crime.

I also want an immediate investigation into my case and compensation,” Fisher said. “If there is no compensation, we will take a class-action suit. This is not over.”

Hanewicz said the Milwaukee verdict brings the case to a close in the United States.

2014/07/26

米軍基地村売春 米が日本を責めないのはブーメランを心配しているから? (キャサリン・ムン)


キャサリン・ムン

Sex Among Alliesは97年に上梓された

90年代に在韓米軍の買春問題を英語で告発したキャサリン・ムン。彼女が調査した基地村売春婦は、慰安婦とも呼ばれたが、キム・キッオク教授の調査で日が当たった狭義の(韓・国連軍)慰安婦とはまた異なる。ムンは、「(日本軍の)慰安婦は軍の関与がより直接的だったが、本質的に(日本軍)慰安婦と基地村女性が違わない」と言っているが、狭義の韓国軍慰安婦なら、民間人経営者が間に入っていない分、日本軍の場合よりさらに軍の関与が直接的だったと言えるかもしれない(要確認)。それはさて置き、

基地村売春婦問題と日本軍慰安婦問題の運動が連帯しようとした時、いわゆる「ハルモニ」がこれに反発したこと(思い返せば、イ・ヨンフン教授も「東豆川で体を売っている女と私たちを比較するなんて、あり得ない」「一発殴ってやりたい」と叱られていたものだが)、日本批判の矛先が鈍るのを恐れ韓国政府がこの問題に消極的だったこと、反日民族主義のようなエネルギー源に乏しい為に米軍の買春問題は社会問題化し難いこと(訳が正しければ)など興味深い指摘が少なくない。

「いつ国境を越えて米国に上陸し、沖縄・フィリピンなど他の米軍駐屯地での訴訟を触発するのか分からない」というのはそうかもしれないが、下院決議があるにも関わらず米国政府が日本に対して強く出ないのは、果たしてブーメランを恐れてなのだろうか?

ムンは、韓国人基地村売春婦の役割を補完する外国人女性が、韓国人売春婦よりも不利な立場に立たされている可能性を指摘し、現在進行形の問題にも関心を持つよう訴えている。「(日本軍)慰安婦問題は過去の歴史ではない」と啖呵を切った朝鮮日報はコメントなしですか?そうですか。

キャサリーン・ムン 米国ブルッキングス研究所の初代韓国学研究職(Chair in Korea Studies)「基地村女性問題も普遍的な女性人権と人身売買の観点で見るべき」

「日本軍慰安婦」はよく分かるが、「米軍慰安婦」は馴染みが薄い。しかし、「基地村女性」といえば誰もが頷く。

先月米軍の基地村女性112人が「米軍慰安婦」という名称を掲げ国を相手に訴訟を起こしたという知らせに反応が気になるのは、ブルッキングス研究所初代韓国学チェアであるキャサリン・ムン(50)だった。 ムン博士は米軍基地村売春問題を光を当てた先駆的研究である<同盟の中のセックス 韓米関係の軍隊売春(Sex Among Allies: Military Prostitution in U.S.-Korea Relations)>の著者だ。

米国生まれた韓国系米国人ムン博士は博士論文の現地調査のため韓国に滞在した1990年にこの女性たちと初めて会った。米軍基地村問題は「政治学徒として感じた倫理的義務感」から選んだテーマだったと言う。 「彼女たちは、韓国社会でインドのカースト制度の不可触民と同じだった」

周辺の引き止めにも東豆川、平沢(ピョンテク)、群山(クンサン)を歩きこの女性たちに会い話を聞き、「私がこんな環境で生まれていたら、私の人生はどう変わっていたのだろう」という思いに謙虚になったと言う。人間としての共感と学者として義務感は、韓米同盟を陰ながら支えてきた恥部を明らかにする作業につながった。

ムン博士は韓国社会のエリートたちと話し、「この女性たちは強制されてそのような仕事をしていたのではない」という通念を破ることが、その当時も今も難しいと言う。

「14才で強姦されて薬を服用すれば事実上強圧的な雰囲気となる。 車に乗せてどこへ行くのか分からないまま引っぱられて行くなら、それは事実上拉致だ。 一旦基地村に売られれば借金に縛られて抜け出しにくかった。 『雇用契約を結んだ奴隷』と異ならなかった」。

お金を稼ごうと自発的にしたというような話を、日本の右翼も慰安婦女性たちに対してする。 慰安婦は軍の関与がより直接的だったが、本質的に慰安婦と基地村女性が違わないとムン博士は話した。 「法律面で官が管理したか民間が管理したかという(のは?)重要だが、実際的に官と民はほとんど共謀関係にあった」ということだ。

基地村の場合、女性たちの募集に関与しなかったが米軍と韓国政府が女性たちを収容所に追い詰めて性病検査をした点に照らして官の役割を否定するのは難しい

「1970年代に大統領府管理は定期的に基地の村に出て行って女性たちに韓米同盟と国益のために多大な貢献をしていると励ました。 いくつかの米軍部隊は『娯楽』のために基地の村女性たちをバスに乗せ基地内に連れて来る場合もあったし、女性たちの性病検査をした場合もあった。 文献証拠は、韓国政府と米軍がこの慣行の一部に関与していたことを示している」。

ムン博士は「基地村女性のポジションを外国人女性が補っているが、彼女たちは法的地位のために過去の韓国人女性たちに比べ、さらに法の保護を受けることのできない可能性が高い」として現在進行形の問題にも関心を持ってほしいと注文をつける。

慰安婦問題は1990年代の中・後半、韓国市民社会で次第に関心を持たれ「戦時性暴行」を中心にした国際女性運動の流れに乗った反面、基地の村女性問題はまともに注目されることがなかった。

ムン博士は初期に基地村女性問題活動家らと慰安婦問題活動家が連帯しようとしたと振り返った。 だが、慰安婦被害ハルモニが「私たちはこの女性らと違う」と反発して失敗に終わったという。 ムン博士は「韓国政府でも基地村女性問題を扱えば日本に対する道徳的位置づけが弱まることを憂慮して基地村女性問題に相対的に一層消極的だった」と話す。

ムン博士は基地の村女性問題が政治問題(イシュー)化されるのが容易でない条件だということを認めた。「韓国人の日常生活の中で理解することが非常に遠い困難な問題と見なされやすく、絶えずエネルギーを提供する反日民族主義とは違い韓米関係で韓国人を憤怒させる大きな問題がないという点でも、タイミング上良くない」。

それでもムン博士は「女性たちがゴミのような待遇を受け、米軍がアジア女性たちの性を誤った観点で眺める態度が変わらなければならないという点で、基地の村女性たちが立ち上がった(?)という知らせに安堵している」と語った。

だが、米国政府は安心できる立場ではない。 女性たちが今のところ米国政府を相手に訴訟を起こしたことではないがそれがいつ国境を越えて米国に上陸し、沖縄・フィリピンなど他の米軍駐屯地での訴訟を触発するのか分からないからだ。 「パンドラの箱」であるということ。

米国の議会が日本に謝罪を要求する決議案まで通過させた慰安婦問題を米国政府が強く提起できないのは、日本との関係だけでなくそれが自身自身に返ってくるブーメランになる可能性があると分かっているからかもしれない

ムン博士は2007年下院慰安婦決議案通過直後のABC放送への寄稿文で「慰安婦政治が国家間に互いに民族主義的攻撃の機会になっているだけ、政府や人々に、戦時下の民間人保護と女性人権改善のために真剣に模索することでは続かないでいる」と書いた。 戦時にしても平時にしても、軍隊の女性に対する性暴行問題を見れば国家は加害者であっても被害者にはなれないのは明らかだ。

京郷新聞 2014.7.20[1][2][3]

캐서린 문 미 브루킹스연구소 초대 한국석좌 “기지촌 여성 문제도 보편적 여성 인권과 인신매매의 관점에서 봐야”

‘일본군 위안부’는 잘 알지만 ‘미군 위안부’는 생소하다. 하지만 ‘기지촌 여성’이라고 하면 누구나 고개를 끄덕인다.

지난달 미군 기지촌 여성 112명이 ‘미군 위안부’란 이름을 내걸고 국가를 상대로 소송을 냈다는 소식에 반응이 궁금한 사람은 브루킹스연구소 초대 한국석좌 캐서린 문(50)이었다. 문 박사는 미군 기지촌 성매매 문제를 조명한 선구적 연구인 <동맹 속의 섹스: 한·미관계에서의 군대 성매매> 저자다.

미국에서 태어난 한국계 미국인인 문 박사는 박사논문 현지조사차 한국에 머무르던 1990년 이 여성들과 처음 만났다. 미군 기지촌 문제는 “정치학도로서 느낀 윤리적 의무감”에서 택한 주제였다고 했다. “그들은 한국 사회에서 인도 카스트제도의 불가촉천민과 같았다.”

주변의 만류에도 동두천, 평택, 군산을 오가며 이 여성들을 만나 얘기를 들었고 “내가 이들의 환경에서 태어났다면 내 삶은 어떻게 바뀌었을까”라는 생각에 겸허해졌다고 했다. 인간으로서 공감과 학자로서 의무감은 한·미동맹을 은밀히 지탱해오던 치부를 밝혀내는 작업으로 이어졌다.

문 박사는 한국 사회의 엘리트들과 얘기하며 ‘이 여성들은 강제로 그런 일을 한 게 아니다’라는 통념을 깨는 것이 그때나 지금이나 어렵다고 했다.

“14세에 강간 당하고 약물을 복용하면 사실상 강압적인 분위기가 된다. 차에 태워져 어디로 가는지 모른 채 끌려간다면 그건 사실상 납치다. 일단 기지촌에 팔려가면 빚의 족쇄에 매이고 빠져나오기 어려웠다. ‘고용계약을 맺은 노예’나 다름없었다.”

돈을 벌려고 자발적으로 했다는 식의 얘기를, 일본 우익들도 위안부 여성들에 대해 한다. 위안부는 군의 관여가 더 직접적이기는 했지만 본질적으로 위안부와 기지촌 여성이 다르지 않다고 문 박사는 말했다. “법률적 측면에서 관이 관리했느냐 민간이 관리했느냐는 중요하겠지만 현실적으로 관과 민은 대부분 공모관계였다”는 것이다.

기지촌의 경우 여성들의 모집에 관여하지는 않았지만 미군과 한국 정부가 여성들을 수용소에 몰아넣고 성병 검사를 한 점에 비춰 관의 역할을 부인하기 어렵다.

“1970년대에 청와대 관리는 정기적으로 기지촌에 나가 여성들에게 한·미동맹과 국익을 위해 큰 봉사를 하고 있다고 격려했다. 어떤 미군부대는 ‘오락’을 위해 기지촌 여성들을 버스에 태워 기지 내에 데려온 경우도 있었고, 여성들의 성병 검사를 한 경우도 있었다. 문헌 증거들은 한국 정부와 미군이 이 관행의 일부로 관여돼 있었음을 보여준다.”

문 박사는 “기지촌 여성의 자리를 외국인 여성들이 채우고 있는데 이들은 법적 지위 때문에 과거 한국인 여성들에 비해 더 법의 보호를 받지 못할 가능성이 크다”며 현재진행형인 문제에도 관심을 가져달라고 주문했다.

위안부 문제는 1990년대 중·후반 한국 시민사회에서 점차 관심을 얻고 ‘전시하 성폭력’을 중심으로 한 국제 여성운동의 흐름을 탄 반면, 기지촌 여성 문제는 제대로 주목받지 못했다. 

문 박사는 초기에 기지촌 여성 문제 활동가들과 위안부 문제 활동가들이 연대하려 했다고 회고했다. 하지만 위안부 피해할머니들이 ‘우리는 이 여성들과 다르다’고 반발하며 무산됐다고 한다. 문 박사는 “한국 정부로서도 기지촌 여성 문제를 다루면 일본에 대한 도덕적 입지가 약화될 것을 우려해 기지촌 여성 문제에 상대적으로 더 소극적이었다”고 말했다.

문 박사는 기지촌 여성 문제가 이슈화되기 쉽지 않은 여건임을 인정했다. “한국인들의 일상적인 삶에서 이해하기 매우 먼 문제로 여겨지기 쉽고, 끊임없이 에너지를 제공하는 반일 민족주의와 달리 한·미관계에서 한국인들을 분노시키는 큰 이슈가 없다는 점도 타이밍상으로 좋지 않다.”

그럼에도 문 박사는 “여성들이 쓰레기처럼 대우받고 미군이 아시아 여성들의 성을 잘못된 관점에서 바라보는 태도가 바뀌어야 한다는 점에서, 기지촌 여성들이 일어났다는 소식에 안도감을 느낀다”고 했다.

하지만 미국 정부는 안도감을 느낄 입장이 아니다. 여성들이 아직 미국 정부를 상대로 소송을 낸 것은 아니지만 그것이 언제 국경을 넘어 미국에 상륙하고, 오키나와·필리핀 등 다른 미군 주둔지에서의 소송을 촉발할지 알 수 없기 때문이다. ‘판도라의 상자’인 셈이다.

미 의회가 일본에 사과를 요구하는 결의안까지 통과시킨 위안부 문제를 미국 정부가 강하게 제기하지 못하는 것은 일본과의 관계뿐만 아니라 그것이 자신에게 되돌아올 부메랑이 될 수 있음을 알기 때문일지도 모른다.

문 박사는 2007년 하원 위안부 결의안 통과 직후 ABC방송 기고문에서 “위안부 정치가 국가 간에 서로 민족주의적 공격의 기회가 되고 있을 뿐, 정부나 사람들로 하여금 전시하 민간인 보호와 여성 인권 개선을 위해 진지하게 모색하는 일로는 이어지지 않고 있다”고 썼다. 전시건 평시건 군대의 여성 성폭력 문제를 보면 국가는 가해자일 수 있어도 피해자가 될 수 없음이 분명하다. 피해자는 여성이었다.

2014/07/10

韓国ネチズン 「在米同胞は米軍慰安婦を隠し日本を批判している」


ベトナム戦争OB(バーゲン郡の慰安婦碑お披露目イベントで 2013)
朝鮮戦争組も関わっていたはず

これは韓国のネット掲示板に現れたひとつの意見に過ぎない。共感する人も殆どいないようである。が、こういう意見も韓国にはある、あるいは韓国の中からこういう意見も出て来ているのだということには留意すべきなのかもしれない。

保守派の韓国系がアメリカでの慰安婦騒動を主導しているという見方は日本人には新鮮である。確かに、推進団体には韓国系の朝鮮・ベトナム戦争OBの姿を良く見かけるし、全米第二の碑として立てられたアイゼンハワー公園の碑も、たしかこのOB人脈ではなかったかと思う(要確認)。何も知らない若者も大勢取り込まれているのだろうが、一定の割合でこういう人々が煽っているのは事実なのだろう。ちなみに、現地のメディアは反対する日本人を右翼(right wing)と書くくせに、韓国系に対しては右翼というレッテル貼りはしないようである。

確かに、引っ掛かるところもある。米軍基地村女性の問題は、第一義的には韓国政府に責任がある。現地の米軍関係者の要請もあったろうが、それは日本の進駐軍用慰安所(RAA)も同じ。なにより米軍慰安婦(基地村売春婦)以前に韓国軍兵士たちの為に特殊慰安隊が運営されていたはずである。

保守派が「屈辱的な韓米同盟をずっと継続する」ことを望んでいるというのは、アメリカに対する阿り、その精神的従属性が批判されているのだろう。しかし、日本も他人の事を笑えない。米軍に慰安婦を提供した日本として、アメリカも同じ穴の狢であることをアーミテージに直言してやれる保守系議員がいなかったのだから。

※「強制動員」とは強制連行(徴用)ではなく、強制的な連行の意味で使われているようである。また、挺対協系の動きもあり、保守派だけがアメリカで騒いでいるというわけではないだろう。

アメリカに立てた日本軍慰安婦像が不便な理由

在米同胞および僑胞(海外在住韓国人)議員を中心にして最近日本軍慰安婦に対する糾弾および少女像設置が行われているが

私はこれが非常に不便だ。
何が不便なのかと思えば、そこには在米同胞の醜い保守性が隠されているためだ。

彼らの目的はただ一つだ。
韓米同盟の維持。
現在の不公平で屈辱的な韓米同盟をずっと継続するようにすること。

そのためには、共通の解かりやすい敵キャラを作る必要があり、以前までは北朝鮮がその対象だった。
在米同胞は共産主義に過剰と思うほどアレルギー反応を見せ、猛烈な反北朝鮮活動を日常的に行ってきた

だが、韓国社会が太陽政策等を通して北朝鮮との対決の雰囲気が消えると、彼らは巧妙にターゲットを変えた。(それが)日本である

在米同胞は韓米同盟の基調を維持しようとし、かつて北朝鮮を利用したように今日本軍慰安婦を利用しているのだ。

そもそもアメリカに日本軍慰安婦像が立てるられなければならないという理由はない
立てるなら日本に立てなくちゃ。
でなければ、国連本部に立てるならそれでも理解をする。

私は在米同胞が最も優先してしなければならない課題は別にあると考える。
速やかなる米軍慰安婦に関する資料調査と研究だ。

米軍慰安婦ハルモニの証言によれば米軍慰安婦にもやはり強制動員があった。また、慰安婦の教育と管理に関与していたことが判明した。ハルモニたちは、米軍慰安婦がどれほど人権無視の現場であったか、その苦るしい日常を一つ一つ暴露した

在米同胞はアメリカ国内で米軍慰安婦の行跡を暴露して問題化しなければならない。
もちろん朝鮮戦争にかけたアメリカの戦争犯罪やはり告発しなければならない。
だから、アメリカに米軍慰安婦像を立て、朝鮮戦争の米軍犯罪博物館を立てる。
それが早急に在米同胞が優先しなければならない義務だと思う。

在日同胞が日本軍慰安婦問題を提起して、日本政府と戦いながら河野談話を導いたのに、在米同胞は米政府と戦うことはおろか、かえって米政府の本(?)になり米軍慰安婦を徹底的に隠し、ひたすら日本軍慰安婦に対してだけ声を上げている

これが私が在米同胞の愛国質に不便さを感じる理由だ。

ilbe(電子掲示板サービス) 2014.7.4

미국에 세워진 일본군 위안부 동상이 불편한 이유
[레벨:2] 힌두

재미교포 및 교포 의원들을 중심으로 해서 최근에 일본군 위안부에 대한 규탄 및 소녀상 설치가 이루어지고 있는데

나는 이것이 매우 불편하다.
무엇이 불편한가 하면 그 안에는 재미교포들의 꼴보수성이 숨겨져 있기 때문이다.

그들의 목적은 단 하나이다.
한미동맹의 유지.
현재의 불평등하고 굴욕적인 한미동맹을 계속 이어가도록 하는것.

그를 위해서는 공통의 알기쉬운 적캐릭터를 만들 필요가 있는데
이전까지는 북한이 그 대상이었다.
재미교포들은 공산주의에 지나치다 싶을 정도로 알레르기반응을 보였고
맹렬한 반북활동을 일삼아왔다

하지만 한국사회가 햇빛정책등을 통해 북한과의 대결 분위기가 사라지자
그들은 교묘히 타겟을 바꾸었다
바로 일본이다

재미교포들은 한미동맹의 기조를 유지하려
지난날 북한을 이용한것처럼
지금은 일본군 위안부를 이용하고 있는 것이다.

애당초 미국에 일본군 위안부 동상이 세워져야 할 이유가 없다.
세울려면 일본에 세워야지.
아니면 유엔본부에 세운다면 그래도 이해를 하겠다.

나는 재미교포들이 가장 우선해서 해야할 과제는 따로 있다고 생각한다.
바로 미군 위안부에 대한 자료조사와 연구이다.

미군 위안부 할머니들의 증언에 의하면 미군 위안부 역시 강제동원이 있었고
미군 또한 위안부의 교육과 관리에 관여하고 있었음이 드러났다
할머니들은 미군 위안부가 얼마나 인권무시의 현장이었는지 그 고통스러운 일상을 낱낱이 폭로했다

재미교포들은 미국내에서 미군 위안부의 행적을 폭로하고 이슈화 해야 한다.
물론 한국전쟁에 걸친 미국의 전쟁범죄 역시 고발해야 하고.
그래서 미국에 미군 위안부 동상을 세우고 한국전쟁 미군범죄 박물관을 세우고.
그것이 바로 재미교포가 우선시 해야할 의무라고 본다.

재일교포가 일본군 위안부 문제를 제기하고, 일본정부와 싸워가며 고노담화를 이끌어냈는데
재미교포는 미국정부와 싸우기는 커녕, 오히려 미국정부의 개가 되어서
미군 위안부는 철저히 은폐하고 오로지 일본군 위안부에만 목소리를 내고 있다.

이것이 내가 재미교포들의 애국질에 불편함을 느끼는 이유다.

2014/03/20

セクハラ暴行などを阻止するための法案可決 (米軍)


シリカ太郎さんも触れておられたニュースだが、米軍と性の問題。「見えない戦争(invisible war)」とも言われている。アメリカ社会の意識が高いからこそ、こうした問題が陽の目を見るのかもしれないし、女性兵士の多さも関係しているだろう。単純にアメリカ軍に固有の問題とみなしてはいけないだろう。

【岐路に立つ米国】女性兵士への性的暴行「見えない戦争」に終止符打てるか 米議会

 米上院(定数100)は10日、米軍内での性的嫌がらせや暴行などを阻止するための法案を超党派で可決した。激しい戦闘が展開されるアフガニスタンなどでの戦争と異なり、米社会で「見えない戦争」と呼ばれるこの問題をめぐっては、オバマ大統領が軍幹部に綱紀粛正を指示。つらい体験が原因で除隊した元女性兵らは今回の動きを歓迎しているが、さらに踏み込んだ規制を求める声も出ている。(米南部アトランタ 黒沢潤)

 「被害後、精神的に私は私でなくなってしまった」-アトランタに住む元米陸軍兵のブリジット・マコイさん(43)がつぶやいた。マコイさんは、1991年の湾岸戦争当時、駐留していたドイツで性的暴行の被害に遭った。

 「普通の仕事に就いていれば、仕事後は家に帰り、店に買い物に行くなどして気を紛らわせることもできる。でも、部隊内ではそれは無理。私の苦しみを他人に経験してほしくない」と述べ、今回の議会の動きを歓迎している。

 米軍では、体力差のある女性兵に対する暴行が多発しているとされ、国防総省が昨年5月に発表した調査によれば、2012年に性的嫌がらせや暴行を受けた女性兵は全体の6・1%に上るという。

 ただ、これは「氷山の一角」とされ、被害者の実数は男性兵も含めると約2万6千件に上ると推定されている。特に女性の場合、「心理的な打撃のほか、自分の名誉やキャリアにも傷が付くと思って問題を公にしたがらない」(軍関係者)という。また、加害者が上官だったり、軍上層部に性的被害の報告を上げる担当者だったりした場合は事態が表面化しにくく、悪循環となっていた。


産経 2014.3.12

2014/02/11

性犯罪を軍法会議にかけぬ在日米軍 (AP)


これはシリカ太郎さんの仰る通り

スマラン(白馬)事件は、軍が犯人を軍法会議にかけなかったから、「軍による強制連行」だ!と言い張る人々(だったら、柔道の女子強化選手に対する暴力事件も全柔連の組織的犯罪なのか?)ああいう事を言っている学者らはもう歴史の裁きに委ねる他ないのだが、内輪の処分が甘くなるのはどこも一緒のようで、在日米軍も性犯罪を軍法会議にかけようとしないとして非難されている。しかも、こっちは現在の話である。

なお、スマラン事件に関しては、吉見教授も「少なくとも厳罰には処していない」とはぐらかしているように、何らかの処分は受けたものと見られる。

在日米軍の性犯罪処分の甘さ告発 3分の2収監せず、AP報道

AP通信は10日までに、2005年から13年前半にかけて在日米軍が性犯罪で処分した米兵の中で、処分の詳細が分かった244人のうち、3分の2近くは収監されず、除隊や降格、罰金などの処分にとどまっていたことが分かったと報じた。懲戒の書簡を渡すだけだったケースも30件以上に上った。

在日米軍の性犯罪に対する処分の甘さを告発する報道。情報公開請求で入手した米軍資料に基づいているという。

国防総省当局者は、性犯罪を軍事法廷で扱うよう努めていると説明しているが、APは「日本では反映されていない」と批判した。

共同 2014.2.11

AP Analysis of US Military Sex Crimes in Japan

Hundreds of records detailing sex-crime investigations involving U.S. military personnel stationed in Japan show most offenders were not incarcerated, suspects received light punishments after being accused of serious violations and victims increasingly were wary of cooperating with investigators.

According to the Defense Department documents:

NAVY USE OF NONJUDICIAL PUNISHMENT ON RISE

Data from the Naval Criminal Investigative Service, or NCIS, which handles the Navy and Marine Corps, show that Navy commanders in Japan increasingly are resolving sexual assault cases through nonjudicial punishment rather than courts-martial. From 2006 to 2009, they favored courts-martial, but from 2010 to 2012 they were three times more likely to choose nonjudicial punishment. In 2012, just one Navy sex-abuse case went to a court-martial, while 13 were handled through nonjudicial punishment.

MOST DON'T GET PRISON TIME

The NCIS documents show that out of 473 Marines and sailors accused of sex offenses, 179 were given some punishment, and 68 went to prison. Marines were accused more frequently than sailors, though they are stationed in Japan in similar numbers. But Marines were three times more likely to get prison sentences, which sailors received in only 15 cases over more than seven years. The Air Force data showed that out of 124 airmen accused over five years, 17 received prison time and 42 received some other punishment. In 21 Air Force cases, the sole punishment was a letter of reprimand.

LESSER CHARGES COMMON

In 46 Marine cases and 22 Navy cases, those initially accused of a violent sex crime ended up being punished for nonviolent or nonsexual offenses. The most common such charges were assault, failure to obey orders, adultery, having sex in barracks and fraternization.

MOST VICTIMS IN MILITARY

Of more than 620 serious sex-crime allegations against military personnel, at least 323 of the alleged victims also were in the military. Civilians were the accusers in 94 cases, but in nearly 200 cases the alleged victim's status was unclear. Among U.S. military sexual assault reports worldwide in the 2011-12 fiscal year, 2,949 of the 3,604 victims were service members, according to the department's annual report to Congress on sexual assault in the military.

VICTIMS GIVING UP

The NCIS data show a growing number of accusers dropping out of investigations, either by recanting the allegations or simply declining to cooperate further. In 2006, 13 accusers recanted or stopped cooperating, and 28 did so in 2012. The Air Force data showed a decline, and the Army data was incomplete.

———

The Associated Press obtained more than 1,000 summaries of sex-crime cases involving U.S. military personnel stationed in Japan, following Freedom of Information Act requests filed with the Army, Navy, Air Force, Marines and NCIS.

More than 600 of the documents come from the NCIS, which investigates Navy and Marine Corps cases. They cover allegations of sex crimes filed between mid-2005 and early 2013. More than 400 additional documents came from the Air Force, (covering cases from 2005 to 2010), the Army (2006-12), the Marines (2009-12) and the Navy (2011-2013). The AP reviewed all the documents but did not use the Marine or Navy data to compile overall statistics, to avoid duplicating parts of the more extensive and detailed NCIS data.

abcNEWS 2014.2.9

2014/02/08

進駐軍女性兵士の為の「慰安夫」 日給3ドル

米軍には女性兵士も存在した

個人的には、女性兵士の身の回りの世話をする下男役として米軍に採用された可能性も捨てきれないと思う。証言者が、思い出話に色をつけるのは慰安婦(女性)に限らないだろう。しかし、勤務が(体力の回復を考慮して)一日置きだったり、身の回りの世話なら女性でもいいわけで、やはり女性兵士の性欲の処理用にあてがわれたのかもしれない。情報が少なすぎるので、慎重にならざるをえないが、こういう話もあるということ。事実なら、「戦争に女性の性を利用した!」と息巻くフェミニストたちもコメントに困るだろう(採用面接官は米軍の女性兵士)。

そういえば、シベリア抑留者が女性監視に強姦されたという話もあったっけ?

ところで、RAAは大っぴらに募集されたのでよく知られていますが、女性兵士用に「男慰安夫」として採用された若い日本人男性がいたことは、あまり知られていません。この慰安夫に採用された本人が語っています。昭和二一年、この人の場合は名古屋に進駐した女兵用で、厳重な体格検査に合格。とにかく、心臓、胃袋、眼、皮膚、筋肉、血液、尿などが検査され、性病、痔の有無まで調べられたといいます。

松坂屋の近くに焼け残った木造アパートがあり、体格検査に合格した数人の若者に一人一室与えられます。最初の客は、なんと試験官の伍長で、彼女は最初からその人のことを気に大って採用したのです。「乳房は二個の飯ごうのようで、故郷の牛を思わせる腰だった」といいます。勤めはさすがに一日おきで、日給三ドル。その他、肉、バター、チーズなど、体力回復のためいくらでもくれました。一般国民が芋も満足に食べられないときですから、それはありかたかったでしょうが、とにかく体力的にきつかったそうです。結局、この人は丸半年間、その女伍長にやむない軍務のあるとき以外は買い占められ、その伍長は本国帰還の日、とめどなく涙を流したそうです。

戦後の日本を知っていますか? 百瀬孝監修 昭和研究グループ著 P.182


2013/11/16

米軍基地村浄化運動と日本軍慰安所制度 (ハンギョレ 2012)


日本談児さんから。一年前のハンギョレ新聞より。米軍基地村(キャンプ村)浄化政策は日本軍慰安婦制度(システム)と同じだというハン・ホング(韓洪九)聖公会大教授。

[土曜版] ハン・ホングの維新と今日<20>基地村浄化運動

セヌリ党の朴槿恵候補が選挙の核心標語として‘女性大統領’を持ち出した。 生物学的な性(セックス)と社会的な性(ジェンダー)を厳格に区分する立場からは朴槿恵の女性大統領論は納得がいかない。 朴槿恵候補が同時代の女性全体はもちろん自身と同年輩の女性たちとも違うといえば余りに違う生活を送ったためだ。 ‘維新と今日’では女性大統領を標ぼうした朴槿恵が令嬢として、またファーストレディとして生活した維新時代に同年輩の女性たちは果たしてどんな生活を送ったかを見て回ろうと思う。 維新時代の女性たちの人生は、すでに見てきた女工よりさらに降りて行ってキーセン観光と基地村を覗いて見てこそ底が見える。

朴槿恵が救国の決断だったと称賛してきた維新の現実を覗いて見れば、日本軍慰安婦制度と本質的に違わない基地村の浄化運動が出てくる。 人民革命党や正修奨学会問題のようなもはや顔なじみの国家暴力事件の場合、直接的な被害者も、直接的な加害者や受恵者も国民全体から見れば少数と言えよう。 しかし基地村問題はその被害者が数十万単位で、受恵者も特定が難しいほど多い上に、あまりにも明確に現在進行形だ。 基地村浄化運動を通じて私たちは大韓民国という国家が事実上の公娼制を運営しつつ無力な女性たちの肉体を担保に国家安保と外貨稼ぎを同時に解決しようと思った不快な真実と向き合うことになる。

米軍撤収を防ぐために仕方なかったという弁解

解放後、韓国に進駐した米軍は旧日本軍駐屯地域に駐留した。 龍山(ヨンサン)米軍基地は日本の朝鮮軍司令部の場所であり、米空軍がいた平沢(ピョンテク)も日本軍飛行場だった所だ。 当然、日帝時に形成された遊郭は米軍を相手にした基地村に変わっていった。 社会安全網などは当然なかった時期、突然の戦争で夫を失ったり、共同体から遊離した女性が生きていくためにできることは多くなかった。 誰も彼女たちを守れない戦乱の中でも純潔は依然として命より大事な価値であった。 一度‘身を捨てた’女性たち、特に持てるものは‘どうせ捨てた体’しかない多くの女性たちは極度の家父長的な社会で行き場がなかった。 多くの純姫たちは疲れた身を横たえるところは基地村しかないということを悟って、エレーナに成っていった。 いったいどれほど多くの純姫がエレーナになったのだろうか? 韓国戦争から今日まで、基地村を経た女性の数を関連研究論文では大概30万人ほどと推算しているが、30万人と言えばベトナム派兵将兵数と同等の規模だ。

米国はニクソンドクトリンにより1971年3月、7師団と3ヶの空軍戦闘部隊など駐韓米軍6万2千人の内2万人余りの軍撤収を断行した。 米軍の撤収により恐慌状態に陥った朴正熙は、米軍の追加撤収を食い止めるため戦々恐々としていた。 ‘甲’である米国は '乙' である韓国に多様な経路で基地村整備に関する要求をしてきた。 米国大使館は主に韓国の基地村で韓国人が黒人兵士を人種差別することに対するニクソン大統領の憂慮を言い、米8軍側は基地村の不潔な環境と性病問題を提起した。 1971年12月に朴正熙が韓米1軍団司令部を巡視した時、副司令官イジェジョンは朴正熙に随行しながら米軍側が要求する基地村浄化について建議した。 米軍は志願兵制度を採っているが、子供を軍隊に送った両親たちが韓国が性病発病率が高く、人種差別も激しいとし子供の韓国配置に強く反対しているということだ。 駐韓米軍側はドイツや沖縄等の快適な基地村の例を挙げ韓国側に大々的な基地村整備を要求した。

大統領府に戻った朴正熙は数年前から内閣に指示していたが、なぜ浄化できなかったのかと強く怒り、大統領府が直接事案を取りまとめるよう指示した。 担当者は政務秘書官のチョン・ジョンテクであったが、彼はセマウル運動担当官を兼任しており、基地村浄化運動は基地村のセマウル運動と呼ばれるようになる。 1971年12月31日、大統領府では10余部署の次官を委員とする大統領府直属の基地村浄化委員会が発足し、米国側の要求を積極的に受け入れ基地村の環境改善と性病予防と治療などの課題をどのように処理するかを議論した。

米軍撤収が切迫している状況でズボンの裾でもつかむ心情で基地村浄化運動をせざるを得なかったという弁解は事実に符合しない。 基地村浄化運動が米国側要求によって始まり、推進も韓・米合作でなされたが、韓国政府は事実基地村浄化運動が公式に始まる前から基地村の整備に多くの努力を傾けていた。 朴正熙の指示で5・16軍事反乱の積極的加担者であり中央情報部ソウル分室長として強大な威勢をふるったペク・テハが主導した群山(クンサン)のアメリカタウンは米軍の快楽のために建設された計画都市であった。 1969年9月に開業したアメリカタウンは米軍のためのクラブ、食堂、美容室、各種商店、両替所に基地村女性のための500余の部屋まで備えた性売買のための自給自足型新都市であった。 女性学者は群山のアメリカタウンを政府主導の下で設立された‘軍隊娼婦株式会社’と呼ぶ。

日本軍慰安婦制度は戦闘力を最大化するには戦場の兵士たちがセックスを楽しむのは良いが、性病による戦闘力損失を防ぐためにきれいな性を供給するという国家管理性売買システムだった。 この点で基地村浄化運動は日本軍慰安婦制度と恐ろしく似ていた。 日本軍慰安婦制度は人間が作り出した最も野蛮な制度だが、この制度を作った者は野蛮人ではなく大日本帝国の最も優秀な息子らだった。 基地村浄化運動を立案した者も韓国と米国のエリート官僚らだった。 大日本帝国の最も優秀な息子らも、自由と人権という普遍的価値を守るために日本と戦ったという偉大な米国のずば抜けた息子らも、日本から米国に主人が変わっても何変わることなく常勝疾走した植民地朝鮮の秀才らも慰安婦の人権のようなささいな、もしかしたら初めから存在しなかったものなどを無視したのは同じだった。 朴正熙に基地村浄化運動を建議したイ・ジェジョンが率直に告白したように、基地村浄化運動は基地村住民のためのものでなく駐韓米軍のためのものだった。


‘駐韓米軍 戦闘力 最大化のためセックスを楽しめるようにはするものの
性病による戦闘力損失を防ぐためにきれいな性を供給する’
それは日本軍慰安婦制と酷似した、良く言えば国家抱主制であった

令嬢 朴槿恵はその時期に、元老級の人々を集めて忠孝思想を講演したが、
底辺で社会を支える基地村女性たちの手を握ったことはない

"安保とドルのために身を落としなさい"

基地村女性たちは清潔な肉体ときれいな性を販売するために少なくとも一週間に2回の検診を受けなければならなかった。 いくら身を売る女性とはいえ検診台に上がって男性医師に恥部を見せることは恥ずかしいことだった。 このように検診を受けてこそ検診証に印鑑を貰うことができた。 基地村の女性たちにとって検診証は身分証であり‘営業許可証’だった。 検診証を持っていなくて米軍憲兵の検問(基地村ではこれを‘討伐’と呼んだ)にかかれば即決審理に回付された。 当時、米軍の性病は驚くほど増えていた。 基地村浄化運動に対する卓越した研究であるキャサリン・ムーンの<同盟の中のセックス>によれば、1千人当り性病発生件数は1970年389件、1971年に553件、1972年692件へ急増した。 米軍部隊正門歩哨の主要任務は、外出に出る兵士たちにコンドームを配ることだったという。 検診で性病にかかっていることが摘発された女性はびしびし‘モンキーハウス’と呼ばれた性病診療所に監禁された。 反面、性病にかかった米軍人が完治するまで外出が禁止されることは絶対に無かった。 米軍人の7割が性病に関わっているものの、性病の責任はひたすら韓国女性の持分だった。 性病診療所では初めはペニシリンを投薬したが、副作用が度々生じ、頻繁な投薬で耐性ができ薬効が下がると投薬用量をどんどん増やした。 医者たちは副作用は殆どなかったと言ったが、女性たちは注射を打てば足が切れるように痛く、多くの人々が寝ながら亡くなり、トイレで亡くなり、ご飯を食べながら亡くなったと証言している。

まだ韓国経済がまともに成長できなかった時期、基地村経済の威力は猛烈だった。 イ・ナヨン教授の研究によれば、1964年韓国の外貨収入が1億ドルに過ぎなかった時期に、米軍専用ホールで稼いだ金額はおよそその10パーセントにあたる970万ドルに達した。 韓国政府は週末の外出に出た米軍人が沖縄や日本に行って買春するのを、基地村女性たちをアップグレードさせ国内で吸収するために彼らに英語とエチケットを教育しようとした。 基地村‘洋公主’から活動家としてそびえ立ったアメリカタウンの王姉さんキム・ヨンジャの回顧録によれば当時の講師はこのような形で話したという。「フムフム、エー皆さんは愛国者です。 勇気と誇りを持ってドル獲得に寄与することを忘れてはいけません。 エー、私は皆さんのような隠れた愛国者の皆さんに感謝申し上げるものです。 米軍人が我が国を助けようとして来たので、その前で服も端正に着て、その低俗で卑しい言葉はちょっと使わないようにして下さい。」 原材料を使わずに外貨を稼ぐ産業戦士であり、米軍を捕まえておく安保戦士として、あなたたちこそ真の愛国者の誇りを持って働けという話に、そんなに良いことなら自分の娘からやらせればよいと鼻でせせら笑う人もいたし、そうだ私たちは「熱心に膣を売って男根を洗おう」と自嘲する人々もいた。

英語講師は "メイ アイ シットダウン?" 式の教養英語を教えたが、女性たちは自分たちに必要な英語は"レッツ ゴー ショート タイム、レッツ ゴー ロング タイム、ハウ マッチ" のようなものだと考えた。 警察署や‘姉妹会’が主催するこのような教養講座に関心を持つ人はいなかったが、診症証を奪われたくなければ席を満たさなければならなかった。 日本軍慰安婦として連れて行かれた朝鮮女性たちは、学校に行ったことのない人々が大部分で日本語が分からなかった。 彼女たちは "ニッポンジン チョーセンジン テンノーヘイカ オナジネ" (日本人と朝鮮人は天皇陛下が同じです)などのサービス言語をやっつけで習ってすぐに覚えなければならなかった。

安保戦士らしく基地村女性たちもチームスピリット訓練に励んだ。 基地村とは異なり訓練に出てきて言うのは値段だった。 米軍も訓練の合間の短い時間に欲求を解決しようとすれば前の人が少しでも長引けばドアを叩いて大騒ぎした。 このように外には長い列を作っていて、中では5分もかからないようにコトを済ませ、女性たちはかつて挺身隊として連れて行かれた人々もこうだっただろうと考えた。 そうした渦中、韓国政府は野戦に臨時保健所を作り女性たちを検診した。 女性たちのためではなく米軍のためだった。 王姉さんキム・ヨンジャはそうした場所にまで金を稼ぎに行った女たちも本当にすごいが、そこにテントを張って保健所を作った政府も本当にすごい政府だったと舌を打った。


韓米同盟は価値同盟以前に‘セックス同盟

米軍基地からどれくらい離れた所までが基地村であろうか? 宝山里、安亭里、ヨンジュコルだけが基地村というわけではなかった。 米軍基地はどこにでもあった。 大韓民国全体がキャンプ コリアであり、大韓民国全体が巨大な基地村だった。 米軍が去れば私たちは皆死ぬとして、米軍のズボンの裾を掴んで引っ張る者が韓国の‘指導層’である限り、精神的に大韓民国全体が基地村にならざるをえない。 私たちは全部その巨大な基地村キャンプ コリアの住民だった。 私たちが抱え主でもなくポン引きをしたわけではなくとも、私たちは私たちの両親や私たちの兄弟姉妹がそのようにして稼いだ金でご飯を食べて学校に通ったわけだ。 基地村浄化運動はいくら良く話しても日本軍慰安婦制度との関連性を否めない国家抱え主制度であった。 イ・ナヨン教授の指摘の通り、大韓民国全体が‘洋公主’が担保する国家安保に依存して、‘洋処女’が稼いだ金、あるいは彼女たちの仕事場と関係した経済構造に寄生して、一定部分米国の‘慰安婦’となって生きてきたことは否めない。

軍隊がある所に売買春があるのは常だが、軍隊と売買春の間に必然的な相関関係があるわけではない。 サウジのようにイスラム律法が厳しい国の米軍基地前には売買春で浮かれる基地村は存在しない。 基地村浄化運動は道徳的に堕落した女性や事業主らと買春を望む米軍兵士の間の私的取引に対するものではなかった。 基地村浄化運動は米国、韓国二つの国家が緊密に協力して推進した国家的な産業であり政策だった。 韓-米同盟を語る時、価値同盟を話すのが常だが、価値同盟以前にセックス同盟があった。 米国は自国兵士たちの安全なセックスとストレス解消を望み、韓国は駐韓米軍の継続駐屯と米国兵士がばら撒くドルを望んだ。 両国は堅く手を握って基地村浄化運動を繰り広げた。

1960年代まで米軍犯罪に関する記事は新聞にしばしば載った。 しかし基地村浄化運動とほとんど同時に始まった維新時代の新聞紙上には米軍犯罪に関する記事は見つけるのが難しい。 政府は基地村女性たちを安保戦士であり産業の担い手だと持ち上げたが、実際彼女たちの人権と権利を保護するためには何もしなかった。 ‘混血’の子供たちは米国で養子に出され、一人ぼっちで残った彼女たちは今は老いて病気にかかった体で孤独な毎日を送っている。 去る8月31日、基地村女性人権連帯が発足した。 これまで基地村女性たちのために活動してきた人々が先に旗を掲げたが、どうしてこの問題が基地村女性人権連帯だけの課題だろうか? 巨大な基地村キャンプ コリアの住民皆がこの問題と関係なくはない。 基地村女性問題はすべての国民が責任を負わなければならない問題だが、国家抱え主制を建設し運営した首長のお嬢さんである朴槿恵候補は格別の責任を感じ、それに相応しい行動をしなければならない。 彼女たちは社会がほんの少しだけドアを開けてさえいれば、自分たちがこのように生きはしなかったと今痛恨の涙を流している。 彼女らが間違いなく安保戦士だと言うならば当然に国立墓地に迎えなければならないのではないのか? 国立墓地の門を開けてほしいと言葉には出さない。 ただし、彼女たちに向かって堅く閉ざされている私たちの社会の門、私たちの心の門を開かなければならないだろう。 その門を一番最初に、最も早く開かなければならない責任は他の誰よりも朴槿恵候補にある。 公主(王女)と洋公主はたった一文字違いだが、その間に我が国のすべての女性が入る。 令嬢朴槿恵はその時期に自身より2~3倍も齢を召した校長先生や元老級の社会人士を集めてセマウル精神鼓吹というタイトルで忠孝思想を講演したが、本当にこの社会を底辺で支えた基地村女性たちの手を握ったことはない。 朴槿恵候補よ、女性大統領を標ぼうするなら同時代を生きた同年輩の女性たちの犠牲に先に敬意を表わしなさい!

ハングル版 유신공주는 양공주 문제엔 관심이 없었다)

2013/10/14

日本人慰安婦の証言 「誰を恨むわけではないが・・」


反日団体のスポークスウーマンと化した一部の慰安婦のせいで、慰安婦に対する偏見が酷いことになっている。好きで売春していたとか、腹が立つのは分かるがあの時代娼婦として生きるというのがどういうことだったのか、謝罪・賠償運動とは無縁の日本人慰安婦の証言から。・・・こういった話を英訳することで、海外の人に慰安婦問題の本質を知ってもらうという手もあるのではないか。慰安婦問題というのは、貧しかった頃の日本の女性悲話である。

なお、この証言は西野瑠美子の著書より取ったものだが、読む際には注意が必要だろう。彼女は証言者を慰安婦、証言者が働いていた場所を(国内の)慰安所街としているが、厳密な意味でこれらを慰安婦や慰安所と呼ぶべきか疑問である。

 当時木更津には、三軒町と六軒町という慰安所街があった。三軒町にあった慰安所は、「純粋な」軍隊慰安所である六軒町とは異なり、一般客とともに軍人も来ていたところだ。しかし国内の慰安所の実態がなかなか見えない中にあって、そこにいた女性に会えるということは大変な巡り合わせだった。

(中略)

一九一九年(大正八年)生まれの彼女の人生は、戦争を抜きにして語ることはできなかった。

「私は埼玉の生まれなんですよ。父は新潟の生まれで、屋根まで雪が積もるような地で育ったけれど、母と結婚してから埼玉に移り住んでいました。父は鉄道に勤め、ごく普通の家庭だったのですが、私か十六になった年に、生後百日ぐらいの弟を残したまま、母は赤痢で亡くなってしまったのです。私は長女で、下には四人の弟と妹が一人いましたから、高等小学校を出るとすぐに私は弟たちの面倒をみるため家に入り、家族の世話に明け暮れました。

ところが母が死んで四年後に、今度は父が脳溢血で倒れ、そのまま亡くなってしまいました。弟たちの面倒は、長女の私にすべて降りかかってきたのです。父が残したお金はすぐに使い果たし、食べていくために私は働きに出なくてはなりませんでした。といって、その頃六人家族を支えるような給金をもらえる仕事は、そう簡単に見つかりませんでした

そんなとき、私の従姉妹が訪ねてきたのです。彼女は木更津の遊郭に五年間いたのですが、年季が明けたといって帰ってきました。そして私の事情を知ると、『あんたも木更津に行きなさい。私か紹介してあげるから』と勧めたのです。他に就職のあてもなかった私は、従姉妹の『そこに行けばお金が儲かる』という言葉に魅かれて、ついに行く決心をしました。

鈴木楼に行き、契約を済ませると一二〇〇円の前借金をもらいました。二〇〇円は私の着物代などに当て、残りの1000円を家族に渡したのです。弟たちには、住み込みの工場に働きに出るのだと言いました。どうして遊郭に入るなどと言えたでしょう。家にはばあやか来てくれることになり、弟たちの面倒の心配はなくなりました。

私か鈴木楼に行ったのは、昭和十六年のことです。私は二三歳になっていました。三軒町には、鈴木楼のほかにあと二軒の遊郭があり、女は三人から五人ぐらいの小さな家でした。六軒町は航空隊ができてから建てられたものですが、三軒町は昔からあった遊郭です。鈴木楼には(私のほかにも親に売られて秋田から来た娘もいました。主人は私に『登志子』という名前をつけました。ほかにも『かおる』『絹子』『信子』といった女性がいました。

店を入ったところに私たちの写真と名前が貼ってあり、客はそれを見て女を決め帳場でお帳場さんに料金を払い、選ばれた女が呼ばれたのです。そこに来るのは一般人に混ざって兵隊もいました。しつこい人やいやなことを要求する人もいて……ひどい乱暴を受けることはありませんでしたが。

下士官は一日おきに外泊ができ、日曜日に限らず平日でもやってきました。来ても戦争のことは一言も話しませんでした。私も聞きはしませんでした。ただ、兵隊が大勢来た日など、兵隊たちはぼっそり『明日、敵地に行くんだ』と言ったものです。そうすると私もついつい慰めてあげたいという気持ちになったものです。あの頃は、こんな商売でもお国のためになるんだと思っていました。

一時間二円で、一日十人から十二、三人ぐらいがやってきました。一晩に泊まりが五人いて、かけもちで回ったこともあります。いつも眠くて眠くて、朝飯を食べるとすぐに眠ってしまうのですが、すぐにまた起こされて。

鈴木楼にいったとき、私は処女でしたからとても辛かった……囗では言えません。でも、逃げ出したら家族に迷惑がかかると思うと、それもできませんでした

それでも楽しみもあったんですよ。毎週、木更津の映画館に行くことが許されていたんです。その帰りにおしるこを食べたり葛餅を食べたりしたこともありました。楽しい思い出といったら、それだけですね。わずかな小遣いの使い道でした。給料は、十日ごとに計算されましたが、借金や食いぶちとか雑費などが引かれて、手元には十円ぐらいしか渡されない。それも映画を観たり髪結いさんに行ったりすればすぐに無くなってしまいます。それでも弟たちのことを考えると、少しでも貯金しなくてはと思い、日掛けで一日五〇銭を貯金のため主人(楼主)に渡しました。暮れになると主人からもらって、正月の準備に使うようにと、家に送りました。もちろん正月に私が帰ったことなどありません。弟たちには手紙を出しました。工場の仕事が忙しくて帰れないと・・・・・・。

兵隊の場合は、必ずコンドームを二個ずつ持ってきました。性病の検診は週に一回、千葉から来る医者に診てもらいました。木更津にも産婦人科の医者はいたのですが。そのときに梅毒の予防だといって六〇六号の注射を射たれました。検査のときには、他の家の女たちと一緒になるのですが、ほとんど話すことはありませんでした。愚痴をこぼすことはあっても、みんな自分の素性は話しません。こんな中で、親しい友人なんてできるわけがないですよ。みんな自分のことで精いっぱい。他人を頼ろうなんて考えもしませんでした。

(中略)

一緒にいた女の中にはそのままGHQ相手の慰安所に残った人もいます

でも、私の幸せも朿の間でした。四年後に夫は事故で亡くなってしまったのです。何年かして再婚しましたが、結局子どもは生まれませんでした

(中略)

「自分の人生を振りかえると、ただただ情けない。弟や妹のために仕方なかったけれど、両親さえ生きていたなら、私はこんな人生を歩まなくても良かったのにと、ついついそんなことを考えてしまいます。生きていくためだったけれど、一度狂った人生は、もう二度とやり直すことなんてできないですよね。恨むといっても、だれを恨むわけではないが……」


2013/07/15

米軍慰安婦、初めての実名告発


アメリカ軍の慰安婦がついに実名で名乗り出た(!)

金学順が名乗り出た時のように、全米を揺るがす大ニュースになるか?ニューヨークタイムズが一面で報じ、オバマ大統領が謝罪、アジア女性基金を立ち上げ、日本人慰安婦もついに補償の対象に?・・・なんて事にはなるまい。

元アメリカ軍人の中からも、早くから日本軍の慰安婦はキャンプ(基地)村の売春婦と変わらないという指摘があった。その事に目をつむり日本を叩く韓国の運動家たちを、彼は「偽善者」と呼んだ。

韓国のキャンプ村売春について報じた2009年のニューヨークタイムズは、慰安婦という言葉こそ使わなかったが(ネット上では「慰安婦」と訳した産経に対してバッシングを浴びせる左派系日本人も見られた)、今回のオーマイニュースの記事は、ハッキリとこれを慰安婦だと言い切っている。しばしば慰安所では日本名を強制されたなどと言われるが、韓国でも「源氏名」が使用されていたことが彼女の証言から分かる。

米軍基地村の女性、ジョンジャさんの証言を聞いて下さい

[書評] <米軍慰安婦キャンプ村の隠された真実>

「キム・ジョンジャがある窓を指差した。 人身売買された数日後、逃げて捕まり監禁された部屋だといった。その日、部屋に閉じ込められたまま彼女はチンピラに集団で暴行された。 その後にも警察に通報したとか、、米軍が買ってくれる(?)ご飯を食べたと、米軍(客?)を引っ張って来れなかったとチンピラに殴られたりした。その窓の前で彼女は泣き崩れた。ハンカチで口を塞ぎ座り込んで嗚咽した。

ヨンジュゴルの「慰安婦」たち

-本当に:この小部屋で・・・(泣)・・・この小部屋で閉じ込められ合って・・・(泣)・・・」 -<米軍慰安婦基地の村の隠された真実>

「米軍慰安婦キャンプ村の隠された真実」(ハンウルアカデミー編集)は我が国にも政府によって統制され管理された米軍慰安婦があったという事実を米軍基地村(キャンプ村)の女性が証言した記録、すなわち証言録だ。

証言者はキャンプ村の女性、すなわち米軍慰安婦として数十年を生きてきたキム・ジョンジャさん。16才の時、小学校頃の同級生が自分が働く紡織工場に紹介させる」と騙し、自分の借金まで押し付け、売春していた坡州ヨンジュゴルに人身売買した。 その後、米軍の慰安婦になった。

キム・ジョンジャ氏は坡州のヨンジュゴルに言った後、ポン引きの監視の中で数十年間米軍のキャンプ村を抜け出すことができなかった。 そうこうするうちにキャンプ村の女性たちの人権活動集いでこの本の企画者であるセウムトの助けで米軍のキャンプ村をかろうじて抜け出すことができた。

彼女は米軍基地村から抜け出すまで数十年の間、彼女の意志と全く無関係に何人ものポン引きに売られ、새코날 のような薬物中毒になり体を売った。 ひたすらポン引きのために金を儲けなければならなかった。 言ってみれば性奴隷であった。

数十年の間、数多くの米兵を相手に体を売って金を儲けたが、多くの売春女性たちがそうするように稼いだ金はほとんど全部ポン引きに奪われた。 また、売春婦として生きる生活が長くなれば長くなるほど理解不能な理由と計算法で借金だけが増えた

京畿道坡州の売春街、俗称「ヨンジュゴル」

彼女が転々としたキャンプ村は、坡州市のヨンジュゴルを始めとして、Munsanのキャンプ村とGwangtanのキャンプ村、東豆川の香港ヴィレッジ(?)、群山のキャンプ村、平沢市の安停里のキャンプ村(Camp Humphreys)、議政府市のPaesbeolキャンプ村、ソウルのSamgagjiキャンプ村、大邱市のWaegwanキャンプ村など米軍が駐留したところだ。

「韓国政府は1973年6月『韓米親善協会』の設立と機能に関する規定を公布し、その年の9月まで全国に68の「協会」が作られた。 この協会の韓国側構成員はキャンプ村クラブのポン引き、地方政府の関係者(市長や郡守、保健所長、広報官)、地元警察、韓国特殊観光協会、姉妹会(記者注:基地の村女性たちの福祉などのためという名目などでポン引きによって米軍キャンプ村女性たちを会員で登録管理したが、実は監視や管理などが主目的だった)代表であったし、米国側は基地司令官(あるいは、その代理)、憲兵司令官、軍医官、民事課将校(地域関係業務と将校)、公務将校などだった。

協会の集いは通常月に一度開かれたが、この会議で双方は「相互理解と関心の問題」を解決しようとし、キャンプ村クラブのサービスと施設の改善、性病伝染者などとキャンプ村女性たちにへの指示は、共通の理解問題で上位(?)に置かれていた」 (キャサリン・H・S・ムーン 2002:127) - <米軍慰安婦基地の村の隠された真実>

私たちにとって慰安婦は「日本軍慰安婦」だけだ。 このために米軍基地周辺で売春をした女性たちが、実際は韓国政府によって統制され管理された「米軍慰安婦」だったとの事実に衝撃を受ける人もいるかも知れない。 本によれば「1970年代パク・チョンヒ政権の『キャンプ村浄化事業』を通じ、米軍慰安婦はずっと存在した」と明らかにしている。

彼女は私たちに「洋パン(ヤンセクシ)」「洋公主」「ヤンガルボ」などと呼ばれた、後ろ指を差され蔑視されて米兵相手に性を売らなければならなかった米軍キャンプ村の女性たちと米軍のキャンプ村が韓・米両国政府によって直接管理されたことを生き生きと証言する。

「慰安婦」の健康証明書 

この本はキム・ジョンジャの証言の他に、証言旅行、その旅程により今でも厳格に存在しているキャンプ村(?)の姿などを写した写真と当時米軍キャンプ村を取り巻いて広がった事件と政策に関する新聞記事、米軍キャンプ村の人同士で交わされる用語や米国慰安婦あるいは米軍キャンプ村の現実が分かる関連説明等を含む。

これまでセウムトのような団体や女性運動家によって米軍キャンプ村あるいは米軍キャンプ村の女性問題を扱う試みは、稀にはあったという。 しかし、このようにキャンプ村女性が直接立ち上がって自身の経験と苦痛を証言したことは初めてとのことだ。

キャンプ村の女性が自身の経験と苦痛を証言したのは初めて

彼女が数十年間米軍のキャンプ村で呼ばれた(米軍のキャンプ村でつけられた)名前を捨て、両親がつけてくれた名前でこのような証言をするのは、証言を通じてはじめて息をすることができ、無くした自身を探し当てることができたからだという。

彼女が証言した理由は、米軍基地周辺で売春をした女性たちが意図的に統制され管理されて売春をせざるを得なかった被害者だという事実を国民に知らせたいからだという。 また、自身のように人身売買され言いなりになって搾取されるのも足りなくて米軍とポン引きに死んでいった数多くの米軍キャンプ村の女性たちの無念の死、今でも存在する米軍キャンプ村の女性たちの口惜しい事情を国民に知らせたいためだ。

基地の周りには売春街が出来る(ヨンジュゴル)

キム・ジョンジャが瞬間ギョッとするようだったのにさめざめと泣き始めた。

--本当に、空を屋根とし、大地(?)を床として、それと共に米軍を受けた・・・。동지섣달에 구덩이를 이렇게 파구서、거기에 들어가 팔으라 하면 팔고・・・体を・・・ある男(?)したらは枯淡にまた、別の男、また別の男、また別の男・・・ 洗うこともできず・・・パンツをどう履いて(?)・・・早くして金を儲けて持って降りてこなければならないのに…. お金でも与える? どうする時は毛布与えて、米軍の毛布。ムカデの食べるご飯、乾いたこと、それを与えて。 それを持って毛布持って明け方ぐらいなって降りてこなくちゃ。  환할 때 거기 올라 댕기는 거 알면 또 잽혀 갈까봐。 生きてきたのが本当に・・・死なずに、ここまでこの年を取るように生きてきたことだけでも本当に・・・本当に・・・生きてきたのが狂いそう・・・(泣)・・・」 -<米軍慰安婦基地の村の隠された真実>で <ブログ注:この部分話し言葉の為、手作業でも修正仕切れず>

彼女は死んで海に葬られ(?)たいと言う。 今は平凡な山に過ぎないが、一時米軍の訓練場で使われたムンサン(京畿道坡州市)の色々な野山に引きずられて行って訓練中の米兵に体を売らなければならなかった記憶とその苦痛のため、山をまともに見ないで(?)生きるためだ。

本を読み、ずっと子供の頃、隣近所の誰の娘誰それを「ヤンガルボ」あるいは「洋パン」「洋公主」と指差し悪口を言ったりしていた町内の大人たちの姿が浮び上がった。 カルボが何かも分からなかったその時、コソコソ話す大人たちからは、決して望ましくない何か、汚い何か感じたものだ。

このように幼い頃に知った米軍キャンプ村の女性たちに対する偏見は、その後、米軍キャンプ村の女性たちの一連の人権活動に接しながらも、あるいはパク・チョンヒ政権が米軍のために施したという話を聞いても同情さえ覚えなかった。

この<米軍慰安婦キャンプの村の隠された真実>を読みつつ、永い歳月抱いていた偏見を破ってくれて、個人的に本当にありがとうと思う。 今後他の証言者の勇気ある証言がさらに出て、多くの国民の公憤を得ることができたら、そして韓・米両国政府の責任を問う基礎になって欲しい。

また、キム・ジョンジャ氏の願い通り、搾取の結果で苦痛な生活を送る米軍慰安婦キャンプ村の女性たちが、せめて医療費の心配だけでもなしに治療受けることができるならば、そして私たちの社会でこれ以上放置されることのないように。


公平の為に言っておくと、現在のアメリカ軍は、少なくとも表向きはこういった(人身売買紛いの)売買春にアメリカ兵が関わる事を禁止している[Stars and Strimpes 2005.8.28]。また、キム・ジョンジャも働いていた安停里では、店が売春に関わっていると分かれば兵士の出入りを禁止すると軍は通達している。ただ、従業員によれば、そうした通達を店側が厳格に守っているかは疑わしい[Stars and Strimpes 2005.10.27]。この本を企画したセウムトという団体は、挺対協が日本政府にしたように、キャンプ村売春についての資料公開や関係者の処罰をオバマ政権に要求したらしい例によって、アメリカ政府はスルーしたようだが。

本文中に挿入した写真は京畿道坡州の売春街、俗称ヨンジュゴルの様子(要確認)。正確な撮影日は不明。

”パスポートを取り上げる行為は違法”
米軍主催の説明会(Camp Humphreys 2005)


미군기지촌 여성, 정자씨 증언을 들어보세요

[서평] <미군 위안부 기지촌의 숨겨진 진실>

"김정자가 한 창문을 가리켰다. 인신매매된 며칠 후에 도망치다 붙잡혀 감금됐던 방이라고 했다. 그날 방에 갇힌 채 그녀는 깡패들에게 집단으로 폭행을 당했다. 그 후로도 경찰에 신고했다고, 또는 미군이 사주는 밥을 먹었다고, 미군을 끌고 오지 못했다고 깡패들에게 구타를 당하곤 했다. 그 창문 앞에서 그녀가 무너져 내렸다. 손수건으로 입을 틀어막고 주저앉아 오열을 했다.

- 정: 이 골방에서… 흑흑흑… 이 골방에서 갇혀서 맞고… 흑흑…." -<미군 위안부 기지촌의 숨겨진 진실>에서

<미군 위안부 기지촌의 숨겨진 진실>(한울아카데미 펴냄)은 우리나라에도 정부에 의해 통제되고 관리된 미군 위안부가 있었다는 사실을 미군 기지촌 여성이 증언한 기록, 즉 증언록이다.

증언자는 기지촌 여성, 즉 미군 위안부로 수십 년을 살아온 김정자씨. 16세 때, 초등학교 동창이 '자신이 일하는 방직공장에 소개시켜준다'고 속여 자신의 빚까지 떠넘겨 성매매하던 파주 용주골로 인신매매하였다. 그후 미군위안부가 되었다.

김정자씨는 파주 용주골로 간 이후 포주들의 감시 속에서 수십 년간 미군 기지촌을 벗어나지 못했다. 그러다 기지촌 여성들의 인권활동 모임으로 이 책의 기획자인 새움터(박스기사 참고)의 도움으로 미군기지촌을 간신히 벗어날 수 있었다.

그녀는 미군기지촌에서 벗어날 때까지 수십 년 동안 그녀의 의지와 전혀 상관없이 여러 포주들에게 팔려 새코날 같은 약물에 중독되어 몸을 팔았다. 오로지 포주들을 위해 돈을 벌어야만 했다. 말하자면 성노예였다.

지난 수십 년 동안 수많은 미군을 상대로 몸을 팔아 돈을 벌었지만, 대부분의 성매매 여성들이 그러는 것처럼 번 돈은 거의 전부 포주들에게 빼앗겼다. 또, 성매매 여성으로 사는 생활이 길어지면 길어질수록 이해하지 못할 이유와 방식의 계산으로 빚만 늘어갔다.

그녀가 전전했던 기지촌들은 파주 용주골을 시작으로 문산 기지촌과 광탄 기지촌, 동두천 홍콩빌리지, 군산 기지촌, 평택 안정리 기지촌, 의정부 뺏벌 기지촌, 서울 삼각지 기지촌, 대구 왜관 기치촌 등 미군들이 주둔한 곳이다.

"한국정부는 1973년 6월 '한미친선협회'의 설립과 기능에 관한 규정들을 공포했고, 그해 9월까지 전국에 68개의 '협회'가 만들어졌다. 이 협회의 한국 측 구성원은 기지촌 클럽 포주들, 지방정부 관계자(시장이나 군수, 보건소장, 공보관), 지방경찰, 한국 특수 관광협회, 자매회(기자 주: 기지촌 여성들의 복지 등을 위한다는 명목 등으로 포주들에 의해 미군기지촌 여성들을 회원으로 등록 관리하였으나 실은 감시나 관리 등을 주목적이었던) 대표들이었고, 미국 측은 기지 사령관(혹은 대리), 헌병사령관, 군의관, 민사과 장교(지역 관계 업무와 장교), 공무 장교 등이었다.

협회의 모임은 보통 한 달에 한 번씩 열렸는데, 이 모임에서 양측은 '상호 이해와 관심 문제들'을 해결하고자 했고, 기지촌 클럽 서비스와 시설의 개선, 성병 전염자들과 기지촌 여성들에 대한 지도는 공통의 이해문제로 우위에 놓여있었다." (캐서린 H.S.문.2002:127) - <미군 위안부 기지촌의 숨겨진 진실>에서

우리에게 위안부는 '일본군 위안부'뿐이다. 이 때문에 미군기지 주변에서 성매매를 하던 여성들이 사실은 우리 정부에 의해 통제되고 관리된 '미군 위안부'였다는 사실에 충격을 받을 사람도 있을지 모르겠다. 책에 의하면 "1970년대 박정희 정권의 '기지촌 정화사업'을 통해 미군위안부는 계속 있어왔다"고 밝히고 있다.

그녀는 우리에게 '양색시', '양공주', '양갈보' 등으로 불리던, 손가락질과 멸시를 받으며 미군들을 상대로 성을 팔아야만 했던 미군 기지촌 여성들과 미군 기지촌이 한·미 양국 정부에 의해 직접 관리되었음을 생생하게 증언한다.

책은 김정자의 증언 외에 증언 여행, 그 여정에 따라 지금도 엄연히 존재하고 있는 기치촌의 모습 등을 찍은 사진과 당시 미군기지촌을 둘러싸고 벌어진 사건과 정책에 관한 신문기사, 미군기지촌 사람들끼리 오가는 용어나 미국위안부 혹은 미군기지촌의 현실을 알 수 있는 관련 설명 등을 담고 있다.

이제까지 새움터 같은 단체나 여성운동가들에 의해 미군기지촌 혹은 미군기지촌 여성문제를 다루기 위한 시도들은 더러 있었다고 한다. 그러나 이처럼 기지촌 여성이 직접 나서서 자신의 경험과 고통을 증언한 것은 처음이란다.

기지촌 여성이 자신의 경험과 고통을 증언한 것은 처음

그녀가 지난 수십 년 동안 미군기지촌에서 불린(미군 기지촌에서 지어준) 이름을 버리고 부모님이 지어준 이름으로 이와 같은 증언을 하는 이유는 증언을 통해 비로소 숨을 쉴 수 있고 잃어버린 자신을 찾을 수 있었기 때문이란다.

그녀가 증언한 이유는 미군기지 주변에서 성매매를 했던 여성들이 의도적으로 통제되고 관리되며 성매매를 할 수 밖에 없었던 피해자라는 사실을 국민에게 알리고 싶기 때문이란다. 또한 자신처럼 인신매매되어 끌려 다니며 착취당하는 것도 모자라 미군과 포주들에게 죽어간 수많은 미군기지촌 여성들의 억울한 죽음, 지금도 존재하는 미군 기지촌 여성들의 억울한 사정을 국민들에게 알리고 싶기 때문이다.

"김정자가 순간 멈칫하는 것 같더니 흐느끼기 시작했다.

-정: 하늘을 지붕으로 삼고, 땅을 방바닥으로 삼고, 그러면서 미군을 받았다…. 동지섣달에 구덩이를 이렇게 파구서, 거기에 들어가 팔으라 하면 팔고… 몸을… 한 놈 하고 나면은 고담에 또 딴 놈, 또 딴 놈, 또 딴 놈…. 씻지도 못하고… 빤스를 어찌 입어… 빨리빨리 해서 돈 벌어갖고 내려와야 되는데…. 돈이나 줘? 어쩔 땐 담요 줘, 미군 담요. 지네들 먹는 밥, 말라붙은 거, 그거 줘. 그거 들고 담요 들고 새벽쯤 돼서 내려와야지. 환할 때 거기 올라 댕기는 거 알면 또 잽혀 갈까봐. 살아온 게 진짜 … 죽지 않고 여기까지 이 나이 먹도록 살아온 것만 해도 진짜… 참… 살아온 게 미쳐 버리겠다… 흑흑흑…." -<미군 위안부 기지촌의 숨겨진 진실>에서

그녀는 죽어서 바다에 묻히고 싶단다. 지금은 평범한 야산에 불과하나 한때 미군의 훈련장으로 쓰인 문산(경기도 파주시)의 여러 야산으로 끌려가 훈련 중인 미군에게 몸을 팔아야만 했던 기억과 그로인한 고통 때문에 산을 제대로 쳐다보지 못하고 살기 때문이다.

책을 읽는 내내 어린 시절 이웃동네 누구네 딸 아무개를 '양갈보' 혹은 '양색시', '양공주'라 지칭하며 흉을 보곤 하던 동네 어른들의 모습이 떠오르곤 했다. 갈보가 무엇인지도 몰랐던 그때, 수군거리는 어른들에게서 결코 바람직하지 못한 무언가, 더러운 무언가를 느끼곤 했다.

이처럼 어린 나이에 알게된 미군기지촌 여성들에 대한 편견은 이후 미군기지촌 여성들의 인권 관련 일련의 활동들을 접하면서도, 혹은 박정희 정권이 미군들을 위해 베푼 것이란 이야기를 들으면서도 동정조차 느끼지 못했다.

이 책 <미군 위안부 기지촌의 숨겨진 진실>을 읽으면서 오랜 세월 가지고 있던 편견을 깨줘서 개인적으로 참 고맙다. 앞으로 다른 증언자들의 용기 있는 증언들이 더 나와 많은 국민의 공분을 얻을 수 있었으면, 그리하여 한·미 양국 정부의 책임을 묻는 밑거름이 되었으면 좋겠다.

또한 김정자씨의 소원대로 착취의 결과로 고통스러운 삶을 사는 미군 위안부기지촌 여성들이 병원비 걱정만이라도 하지 않고 치료받을 수 있다면, 그리고 우리 사회에서 더 이상 버려지지 않았으면 좋겠다.

2013/06/01

ホンダ、米軍慰安婦の調査を約束・・・したはずだったが? (2007年)

今も日本を糾弾するホンダ。米軍の慰安婦については沈黙(2013)

米軍が強制したわけではないので、話は別だと言うホンダ。米国では女性の人権の問題と考えられており、強制連行の有無は論点とされていない、という話は嘘か?

進駐軍相手の慰安婦の場合はemployed(雇用された)、とAP通信。ちなみにAPでは(日本軍の)慰安婦の事を性奴隷(sex slave)と書くのが公式らしい。
U.S. lawmaker wants probe of postwar brothels

WASHINGTON (AP) A U.S. lawmaker said Thursday he wants a closer look at reports that American authorities allowed the operation of an official brothel system for soldiers occupying Japan in the aftermath of World War II.

Democratic Rep. Mike Honda, sponsor of a resolution urging Japan to apologize formally for coercing thousands of women across Asia into sexual slavery during the war, said he has asked the Congressional Research Service to look into allegations that Japanese officials set up brothels for U.S. soldiers right after Japan's surrender.

Honda rejected comparisons between the actions of the Japanese during the war and the Occupation forces. He said the Japanese "comfort women" system was set up and sanctioned by the Japanese government and military.

"It's different," he said. "This is the military of the Imperial government, the Imperial military's policy, in capturing, coercing and kidnapping girls and women for the purpose of sexual slavery."

Honda said it was important learn the U.S. military's role in the postwar system.

An AP review of historical documents and records shows U.S. authorities permitted an official brothel system to operate despite internal reports that women were being coerced into prostitution.

Tens of thousands of women were employed to provide cheap sex to American troops until the spring of 1946, when Gen. Douglas MacArthur shut down the system, documents show. There is no clear evidence that non-Japanese comfort women were imported to Japan as part of the program.

Social discomfort

The Associated Press
Social stigma is preventing thousands of Japanese women who served Occupation forces in official brothels from coming forward to seek compensation, according to a women's rights activist.

"It is difficult for these women to come forward because of the social stigma attached to serving U.S. soldiers," said Mitsuko Nobukawa, an activist with the Tokyo-based Violence against Women in War Network.

"There were thousands of women who served in Japanese brothels around Asia during the war, too, but they suffered in silence and few have talked about their experiences," Nobukawa said.

Historians say that up to 200,000 women, mainly from China and Korea, provided sex for Japanese troops in military brothels during the war, and many were forced into sexual slavery.

Of these "comfort women," at least 10 percent were Japanese, according to historians' estimates.

2013/05/26

解放者か強姦魔か、仏の米軍(第二次大戦)



米兵、仏女性を性的はけ口に=レイプも多発-大戦中の欧州

【ワシントンAFP=時事】第2次世界大戦中、ノルマンディーに上陸しフランスに進撃した米軍兵士の多くが地元女性との性行為に躍起になり、トラブルの種になっていたことを示す研究書が米大学教授によってまとめられ、6月に刊行されることが分かった。ナチス・ドイツからの欧州解放の立役者となった米軍の影の部分に光を当てたものとして注目される。

この本は、米ウィスコンシン大学のメアリー・ロバーツ教授(歴史学)が著した「兵士たちは何をしたのか-第2次大戦時のフランスにおける性と米兵」。米仏両国の資料を分析したもので、同教授によれば、米軍進駐後のフランスでは、公園や廃虚などさまざまな場所で米兵が性行為を行っている姿が見られた。レイプも多発し、数百件が報告された。米兵による買春もあった。

フランス女性たちは既婚者でも米兵にしつこく誘われ、ある住民は「ドイツ占領中は男たちが隠れなければならなかったが、米兵が来た後は女性を隠さねばならない」と言っていたという。

当時のある市長は駐留米軍幹部に苦情を寄せたが、問題は改善しなかった。

時事 2013.5.26 (魚拓

The Dark Side of Liberation

The soldiers who landed in Normandy on D-Day were greeted as liberators, but by the time American G.I.’s were headed back home in late 1945, many French citizens viewed them in a very different light.

In the port city of Le Havre, the mayor was bombarded with letters from angry residents complaining about drunkenness, jeep accidents, sexual assault — “a regime of terror,” as one put it, “imposed by bandits in uniform.”

This isn’t the “greatest generation” as it has come to be depicted in popular histories. But in “What Soldiers Do: Sex and the American G.I. in World War II France,” the historian Mary Louise Roberts draws on French archives, American military records, wartime propaganda and other sources to advance a provocative argument: The liberation of France was “sold” to soldiers not as a battle for freedom but as an erotic adventure among oversexed Frenchwomen, stirring up a “tsunami of male lust” that a battered and mistrustful population often saw as a second assault on its sovereignty and dignity.

“I could not believe what I was reading,” Ms. Roberts, a professor of French history at the University of Wisconsin, Madison, recalled of the moment she came across the citizen complaints in an obscure archive in Le Havre. “I took out my little camera and began photographing the pages. I did not go to the bathroom for eight hours.”

“What Soldiers Do,” to be officially published next month by the University of Chicago Press, arrives just as sexual misbehavior inside the military is high on the national agenda, thanks to a recent Pentagon report estimating that some 26,000 service members had been sexually assaulted in 2012, more than a one-third increase since 2010.

While Ms. Roberts’s arguments may be a hard sell to readers used to more purely heroic narratives, her book is winning praise from some scholarly colleagues.“Our culture has embalmed World War II as ‘the good war,’ and we don’t revisit the corpse very often,” said David M. Kennedy, a historian at Stanford University and the author of the Pulitzer Prize-winning book “Freedom From Fear: The American People in Depression and War, 1929-1945.”

“What Soldiers Do,” he added, is “a breath of fresh air,” providing less of an “aha” than, as he put it, an “of course.”

Ms. Roberts, whose parents met in 1944 when her father was training as a naval officer, emphasizes that American soldiers’ heroism and sacrifice were very real, and inspired genuine gratitude. But French sources, she argues, also reveal deep ambivalence on the part of the liberated.

“Struggles between American and French officials over sex,” she writes, “rekindled the unresolved question of who exactly was in charge.”

Sex was certainly on the liberators’ minds. The book cites military propaganda and press accounts depicting France as “a tremendous brothel inhabited by 40 million hedonists,” as Life magazine put it. (Sample sentences from a French phrase guide in the newspaper Stars and Stripes: “You are very pretty” and “Are your parents at home?”)

On the ground, however, the grateful kisses captured by photojournalists gave way to something less picturesque. In the National Archives in College Park, Md., Ms. Roberts found evidence — including one blurry, curling snapshot — supporting long-circulating colorful anecdotes about the Blue and Gray Corral, a brothel set up near the village of St. Renan in September 1944 by Maj. Gen. Charles H. Gerhardt, commander of the infantry division that landed at Omaha Beach, partly to counter a wave of rape accusations against G.I.’s. (It was shut down after a mere five hours.)

In France, Ms. Roberts also found a desperate letter from the mayor of Le Havre in August 1945 urging American commanders to set up brothels outside the city, to halt the “scenes contrary to decency” that overran the streets, day and night. They refused, partly, Ms. Roberts argues, out of concern that condoning prostitution would look bad to “American mothers and sweethearts,” as one soldier put it.

Keeping G.I. sex hidden from the home front, she writes, ensured that it would be on full public view in France: a “two-sided attitude,” she said, that is reflected in the current military sexual abuse crisis.

Ms. Roberts is not the first scholar to bring the sexual side of World War II into clearer view. The 1990s brought a surge of scholarship on the Soviet Army’s mass rapes on the Eastern front, fed partly by the international campaign to have rape recognized as a war crime after the conflict in the former Yugoslavia. At the same time, gender historians began taking a closer look at “fraternization” by American soldiers, with particular attention to what women thought they were getting out of the bargain.

“The standard story had been that the Soviets were the rapists, the Americans were the fraternizers, and the British were the gentlemen,” said Atina Grossmann, the author of “Jews, Germans and Allies: Close Encounters in Occupied Germany.”

Work that looked at sexual assaults by American soldiers, even on a small scale, remained controversial. J. Robert Lilly’s “Taken by Force,” a groundbreaking study of rapes of French, German and British civilian women by G.I.’s, based on courts-martial records Mr. Lilly uncovered, drew a strong response when it was published in France in 2003. But the book, which emphasized the grossly disproportionate prosecution of black soldiers, struggled to find an American publisher amid tensions between the United States and Europe over Iraq.

“American presses wouldn’t touch the subject with a 10-foot barge pole,” said Mr. Lilly, a sociology professor at Northern Kentucky University. (Palgrave Macmillan published his book in the United States in 2007.)

Today the seamier side of liberation is not entirely absent from popular accounts. “The Guns at Last Light: The War in Western Europe, 1944-1945,” the final volume of Rick Atkinson’s best-selling trilogy about the war, published this month, includes a brief discussion of the Army’s campaign against venereal disease (“Don’t forget the Krauts were fooling around France a long time before we got here,” an Army publication warned soldiers in December 1944), as well as a reference to Mr. Lilly’s work.

The few scholars who have looked more closely at rape by G.I.’s have attributed its racially skewed prosecution to “the Jim Crow army,” which was happy to depict rape as a problem only among the noncombat support units to which black soldiers were mostly limited.

“White soldiers got a pass because of their combat status,” said William I. Hitchcock, author of “The Bitter Road to Freedom” (2008), a history of the liberation of Western Europe from the perspective of often traumatized local civilians. “The Army wasn’t interested in prosecuting a battle-scarred sergeant.”

Ms. Roberts, who closely studied transcripts of 15 courts-martial in Northern France, certainly sees American racism at work. “Let’s Look at Rape!,” a 1944 Army pamphlet credited to “a Negro Chaplain,” contained a prominent illustration of a noose — a clear suggestion that the Army was going to “protect the color line,” she writes. (Among the soldiers hanged for rape and murder was Louis Till, the father of Emmett Till.)

But her analysis is hardly more flattering to the French, whose often shaky accusations, as she sees them, reflected their own need to project the humiliations of occupation onto a racial “other.” (“We have no more soldiers here, just a few Negroes who terrorize the neighborhood,” one civilian remarked in April 1945.)

Ms. Roberts said the book has attracted strong interest from French publishers, where willingness to explore the darker side of liberation jostles with a lingering fear of seeming ungrateful. At home, she insisted, her goal is not “to sour the story of Normandy.”

“I truly believe what we did there was amazing,” she said. “But I’m interested in providing a richer and more realistic picture.”

ニューヨーク・タイムズ 2013.5.20 (魚拓