ラベル shi-市民運動 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル shi-市民運動 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2011/09/03

梯子を失った従軍慰安婦派



埼玉平和資料館の展示物から一時期新聞などでも用いられていた「従軍慰安婦」という言葉が取り下げられ、「慰安婦」という言葉に改められた件で、何年にも渡って市民活動家達が資料館側に抗議している。「従軍」の文字が無くなると「強制」の事実が消されてしまうと彼らは主張している。もともと従軍慰安婦という言葉は戦争当時にはなく、資料館としては正確を期したものだろうが、「市民」側は納得しない。

しかし、この話で滑稽なのは、慰安婦の最大の支援団体である韓国の挺対協では、従軍という言葉は女性が進んで従ったという意味になるから不当であるという立場をとっていることである。だから、埼玉で抗議している日本市民たちは梯子を外された・・・というより、梯子のない状態で窓枠にぶら下がっているような状態になっている。宗教論争にありがちな、もはや何の為の議論だか分からない状態である。ようするに、彼らは5年前の上田埼玉県知事の発言に反発しているだけなのだろう。

市民のためのメディア」で長らくこの問題を追っていた芹沢昇雄記者も、ついには「『日本軍慰安婦』(原注:今、一般的に使われている)など、強制の事実が解る表記に戻すべきである」と、以前よりも輪をかけてはぐらかした言い方になった。

「従軍慰安婦」という言葉から「従軍」という言葉を削ったのは納得いかない。よって復元せよ、と言っているわけだが、挺対協などが反発している「従軍***」に戻せとは言いづらい。「日本軍慰安婦」に戻せと言っているようにも見えるが、これだと日本語としておかしい。「日本軍***」は当初の表記ではなかったのだから。・・・苦し紛れに「『日本軍慰安婦』など、強制の事実が解る表記」に戻すべきだ、と書く他ないのである。

言うまでもないことだが、この場合、「従軍慰安婦」以外では復元にはならない。例えば「日本軍強制性奴隷慰安婦」なら「書き直し」であって、復元ではないのである。


埼玉県平和資料館が8月30日、東松山市高坂図書館の会議室で定例の「運営協議会」(第三者機関)を開いた。
今回、委員の一部に変更があり委員紹介や会長に森田武氏(埼玉大学名誉教授)の選任などの後議事に入り、当日の傍聴者は9人であった。

最初に報告事項として、1.東日本大震災の影響について、2.入館者の状況について、3.平成23年度事業実施状況について、4.平成22年度第2回運営協議会に係る意見について、の報告と質疑の後「協議事項」に入った。平成23年度事業計画案にについて提案があり協議・意見交換の後、「その他」の項に入いった。

上田清司知事が06年の県議会で『古今東西慰安婦はいても従軍慰安婦はいない、埼県平和資料館の歴史年表にある表示は間違っている』と発言した。しかし、当時の館長は館は独立しており「書き換えはしない」と言明していたが、翌年の館長交代で新館長が年表表記の「従軍慰安婦」を「慰安婦」に書き換え、長い間、批判・抗議が続き、今回も議事の「その他」の項でこの問題が取り上げられた。

知事の発言当時、館は定例の「運営協議会」を急遽前倒しして開き、この用語書き換えを運営協議会に諮問し、協議会は「両論併記」の答申をしたが、その後、館の判断で「従軍慰安婦」の表現が削除・書き換えられ、その後の運営委員会でも協議が続いてきた。

館は今までその理由を「当時、従軍慰安婦の言葉はなく、当時使われていた言葉を使った」と、用語の問題と何ら反論にならない理由を押し通してきた。

今回の協議で新崎博昭委員(埼玉県平和資料館を考える会)が不適切と復元を求める意見表明をし、新たに委員に就任した杉田明宏委員(大東文化大学準教授)も「隠すような表現とも受け取り兼ねない」と指摘した

また、杉田委員が08年10月に立命館大学で開催された『国際平和博物館会議』への出欠の質問に館は「参加していない」と応え、杉田委員はせっかく日本で開かれたのに参加姿勢が欲しかったとの意思表示があった。結果として、この「従軍慰安婦」問題は継続審議として議事を終了した。既にこの問題は5年以上、『埼玉県平和資料館を考える会』(石垣敏夫・代表)などが傍聴を続けながら復元運動を続けている。

また、埼玉県では8月25日「新しい教科書を作る会」系の育鵬社版の教科書が採択されたが、その直前の16日、上田知事が定例記者会見で【間違っても『伊藤博文射殺』と書いている教科書を選んではならない。日本の英雄(伊藤博初代首相)を日本人自身が『射殺』と書いてどうする】などと述べ、歴史・公民教育についての私見を披露し、教育委員会への間接的圧力・介入と批判されている。

(記者私見)
単なる「慰安婦」では強制の事実は伝わらず、当時「慰安婦」は合法的で問題ではなく、「強制」の事実が批判されており政府も上田知事もその事実を認めており、「日本軍慰安婦」(原注:今、一般的に使われている)など、強制の事実が解る表記に戻すべきである。
伊藤博文の射殺にについては自国への貢献だけではなく、朝鮮の強制的併合と共にその初代統監であり、朝鮮民族への弾圧の責任者でもあり、安重根になぜ射殺されたかの、その理由もキチント教えるべきである。

JANJAN 2011.9.2

もっとも、過去記事を改めて検証してみると、復元運動を支援した学者やジャーナリストの中で、芹沢はかなり早い段階から「従軍***」という表記へこだわる事へのリスクに気づいていたのかもしれない。「『従軍』の言葉に拘らなくても強制の事実を伝える義務が」などという微妙な言い回しでハッキリ「従軍慰安婦」という用語を使うべきだとは主張していない。ただし、「学芸員の...『従軍慰安婦と慰安婦は同じ』との発言には開いた口がふさがらない」「和田春樹(東大名誉教授)、吉見義明(中央大学教授)、西野瑠美子(WAM館長)の各氏も『従軍慰安婦』と『慰安婦』は違うと主張しうると指摘しても、『私たちはそう思わない』と鉄面皮であった」とも書いているから、本音は「従軍慰安婦」なのだろう。

「日本市民」以外にも、埼玉平和資料館には民団や元慰安婦が抗議に訪れる。


2011/06/29

李容洙ハルモニ再来日 宮城で証言集会



またしても毎日新聞

有名なイ・ヨンス(何度目の来日だろう?)ハルモニの証言集会だが、「拉致された」?さすがにもう強制連行という言葉は使えないか。写真は2007年の米議会を巻き込んだ下院決議騒動の頃の物だと思うが、「安倍(首相)謝れ」と書かれたアムネスティのプラカードを持っている。

韓国で「従軍慰安婦という言葉はよくない(志願したみたいだ)」と言ったかと思えば、日本に招かれ、従軍慰安婦を慰安婦と言い換えるのは歴史の歪曲だとスピーチするような人物。運動家たちに担ぎ上げられた代表的な「語り部」慰安婦である。

「河野洋平官房長官が慰安婦問題について日本官憲の関与を認める...」。◯◯問題について関与を認めた?なんという曖昧な日本語文だろう。なぜハッキリ言えない?日本の官憲が慰安婦の強制連行に関与したのか?それとも拉致に関与したのか?主催者は、「拉致された」李ハルモニが「被害女性の一人」と言っており「(日本政府による)公式謝罪」が必要と考えているようだから、普通に読むと噂されていた慰安婦強制動員(徴用)の被害者のように受け取られると思うのだが・・・。

「慰安婦問題に関心を持つ市民」・・・。徹頭徹尾曖昧にしておきたいらしい。



従軍慰安婦問題:「慰安婦」招き証言集会 「宮城の会」が来月18日開催 /宮城

戦争中の慰安婦問題に関心を持つ市民が、「日本軍『慰安婦』問題の早期解決をめざす宮城の会」(一戸葉子事務局長、仙台市青葉区)を19日に結成した。被害女性の1人で韓国在住の李容洙(イヨンス)さん(82)を招き、7月18日午後1時から仙台弁護士会館(同区)で証言集会「私のたどった道-いま伝えたいこと」を開く。

一戸さんによると、旧日本軍関係の慰安婦にさせられた韓国などの被害女性の高齢化が進んでおり、日本政府の公式謝罪と補償を一日も早く勝ち取るための支援が必要と、同会を設立した。メンバーは元大学教員や主婦ら約50人。

李さんは14歳の時、植民地朝鮮拉致され慰安婦に仕立てられ、中国・上海や台湾の慰安所で終戦まで過ごした。1992年に名乗り出て日韓両国で証言活動を行ってきた。

93年に河野洋平官房長官(当時)が慰安婦問題について日本官憲の関与を認める「河野談話」を発表するなど曲折を経てきたが、根本的な解決には至っていない。一戸さんは「戦時中の恥ずべき行為に宮城から光を当てたい」と話している。集会の参加費1000円。連絡先は仙台市青葉区一番町の市民活動サポートセンターレターケース144(電話090・2023・9076)。【小原博人】

毎日新聞 2011.6.29

2011/06/17

慰安婦版「最終解決(ホロコースト)」許すな、我孫子でパネル展



公共性があると判断したので、他所のブログからだが丸々引用させて頂いた。「戦争と女性の人権博物館」とは、俗に言うと・・・というより分かりやすく言うとソウルに建設予定の「日本軍慰安婦博物館」のこと。このブログでも何度も取り上げてきた。日本でもその建設を応援しようと支援運動が行われている。我孫子では、市議会に「意見書」を採択させることにも成功している。

キーポイントと思われる部分を幾つか上げてみる。

1) 彼女たちは、ナチスの「ホロコースト」を引き合いに出したがる。慰安婦の生存者がいなくなる事を「(日本政府にとっての?)最終解決」と言っている部分、これもナチスによる「ユダヤ人問題の最終解決」Die Endlösung der Judenfrageとダブらせているのだろう。やる事がとことん露骨なのである。

2) ベトナム戦争での韓国軍の性の問題には一応触れるが、韓国軍の慰安所については知らんぷり。これは博物館の建設母体である挺対協の方針を踏襲しているのだろう。

3) 在日=強制連行被害者(の末裔)とは露骨には言わなくなったが、「多くの」という言葉で曖昧にしている様子。

4) 「動員は女性にもおよび、戦地で働かされた人もいた」という文章の意味するところはよく分からないが、これも既に否定された慰安婦強制連行(徴用)説を曖昧な言葉で誤魔化しているのかもしれない。


※ こうしたイベントの影響力はたかが知れている。海外で韓国系の団体が熱心なキャンペーンを行っていることを思えば、国内の小市民的なイベントを妨害しても益はないと思われる。怒りは理解できるが、その情熱はもう少し効率的に使いたいものである。



我孫子市民活動フェアー『戦争と女性の人権国際展』パネル展示(6月18日19日)
2011-06-16 19:24:01 | 集会情報
増田都子さんから

我孫子市では、市民活動団体、我孫子市市民活動サポート委員会、我孫子市社会福祉協議会、我孫子市、我孫子市教育委員会などが実行委員会を作り、地域で行われているさまざまな団体等の活動を紹介するイベントがあります。(正確な名前は『市民活動フェアinあびこ 2011』 詳細はhttp://www.geocities.jp/abikosmkdf/ )

10回目となる今回は、70を超える団体等が参加していますが、私の属する「あびこ平和ネット」では、「戦争と女性の人権博物館(WHR)」日本建設委員会から、件名パネルをお借りしまして展示します。あびこ平和ネットでは去年3月に請願を出し、「日本軍慰安婦問題に対する意見書」が市議会で採択されました。

1. 日本軍「慰安婦」被害者出席のもと、国会で公聴会を開くこと。
2.日本軍「慰安婦」被害者に対して、公式に謝罪し、補償すること。
3.日本軍「慰安婦」問題を歴史教科書に記述すること。

以上の3点を明記した意見書が、内閣総理大臣・外務大臣宛てに我孫子市議会から送付されたわけですが、情けないことに、どの一つも実現していません。教科書では、東京書籍のものに、ほんのりと(笑)…笑ってはいられないのですけど…示唆する以下の文章がありますが…

「多数の朝鮮人や中国人が、意思に反して日本に連れてこられ、炭坑や工場などで劣悪な条件のもと過酷な労働を強いられました。こうした動員は女性にもおよび、戦地で働かされた人もいました。」


韓国では名乗り出られた被害者234人のうち、現在の生存者は、たった73人となり(2011年5月28日現在)、そのうちでも入院中という女性も少なくない(確かな数字は出ていませんでしたが)状況です…「最終的解決」=「生存者がゼロになる」事態が出現すれば「日本史に永遠の汚点を残す日本国の不名誉」になるのではないでしょうか?

「戦争と女性の人権博物館(WHR)」では、一人でも多くのハルモニがお元気のうちに、ということで 今年中の博物館建設を目指しています。もう、ご覧になった方もいらっしゃるかもしれませんが、御都合のつく方はどうぞ、我孫子までおいでください。また、我孫子近辺に知人・友人がいらっしゃいましたら、どうぞ、お誘いください!


○日時:6月18日(土)、19日(日)10時~16時
○会場:我孫子市生涯学習センター(アビスタ)
千葉県我孫子市若松26-4      04-xxxx-xxxx

○内容 
「戦争と女性の人権国際展」紹介パネル(1枚)
ドイツ:ホロコーストと女性への暴力(4枚) コンゴ:コンゴ内戦下での女性への暴力(4枚) ベトナム:ベトナム戦争と韓国(3枚)
日本軍「慰安婦}パネル(11枚)