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2014/04/18

上海の韓国公館で「性奴隷展」 企画キム・ジャンフン

性奴隷歴史展

場所は韓国政府の公館だが、企画者は民間人。愛国歌手キム・ジャンフン。韓国政府は個人の行為としている。先月の聨合ニュースによれば、このあと南京でも開催を考えているらしい。韓国の「官民の共闘」でさらに中国と共闘か。

上海韓国公館で慰安婦展=中国との対日「共闘」強まる

旧日本軍の従軍慰安婦をテーマにした「韓中慰安婦特別展」が17日、中国・上海市内にある韓国総領事館文化院で開幕した。慰安婦展には中国側も協力している。2013年12月の安倍晋三首相の靖国神社参拝以来、強まった中韓両国による日本の歴史問題をめぐる「共闘」がさらに一歩進んだ形だ。

慰安婦展は竹島(韓国名・独島)問題で活発な活動をしている歌手のキム・ジャンフン氏が企画。竹島の韓国領有を訴える「独島アートショー」と一緒に開催する形を取った

慰安婦展には、3月に特別展を開催した韓国歴史博物館と共に、上海師範大学中国「慰安婦」問題研究センターが協力。説明パネルと1月のフランスでの漫画祭に韓国から出展された作品などが展示された。

開幕式でキム氏は「(慰安婦展は)中国と韓国が日本に対して『過去を認めて共に世界に進もう』と勧めるイベントだ」と指摘。一方、上海師範大の関係者は「慰安婦展はとても意義深い。中国の慰安婦研究を後押ししてくれることを望む」と語った。

中韓はこのところ、日本の歴史問題批判で歩調を合わせている。伊藤博文元首相を暗殺した朝鮮の独立運動家、安重根の記念館が1月に中国黒竜江省ハルビン駅に開設されたほか、慰安婦問題をめぐっても、共に日本の対応を強く批判している。

慰安婦展について、韓国総領事館関係者は「キム氏個人が会場を借りて行っていることで、政府とは別」と説明している。

時事 2014.4.17

2013/11/12

韓国政府初の「慰安婦被害者展」12日より

スピンオフ企画として「大統領一族と慰安婦展」などどうか?

20年前、韓国政府は慰安婦騒動の当事者ではなかった。日本側の対処の拙さもあり、今や韓国政府自らがプロパガンダの片翼を担うようになってしまった。

ところで、「慰安婦従業員の日記」が韓国で人気のようである。先月には道知事が「全人類が日帝の蛮行に対する正しい歴史認識を持てるよう」にとグレンデール市の関係者にプレゼントしたりしていたが、韓国政府(女性家族部)もこれを「慰安婦強制動員の事実を立証する」資料として展示するのだそうな。日記を公表した当のアン・ビョンジク教授は「業者をサポートする行政組織がしっかりしている朝鮮では強制連行の必要はな」かったと言っているのだが・・・。彼らにとっては、何でもいいのだろう。

それにしても、「日本軍慰安婦被害者だけをテーマに主催する・・・展示会」とは少々勿体無いではないか。大統領閣下の父君が関与した慰安婦の話はどうした?

「慰安婦被害ハルモニの痛み、すべての世代が共有します」

女家部、12日から「日本軍慰安婦被害者展示」

女性家族部(省)はソウルの銅雀区国立女性史展示館において12日から来年1月31日まで約80日間「日本軍慰安婦被害者展」を開催すると11日公表した。 開幕式には日本軍強制動員被害者ハルモニらと国会女性家族委員会所属国会議員などが参加する予定だ。

女家部は「今回の展示会は政府が日本軍慰安婦被害者だけをテーマに主催する最初の展示会」としながら「慰安婦問題を正しく知らせ、戦争の被害者で犠牲になったハルモニの痛みをすべての世代が共有するために用意した」と説明した。

展示会では京畿広州市のナムヌの家で留まる被害者ハルモニが心理治療のために描いた絵、日帝強制占領期間慰安婦強制動員の事実を立証する「日本軍慰安所管理人の日記」、各種水曜集会活動資料、慰安所の分布地図などが披露される。

また、日本軍慰安婦被害者関連使用者製作コンテンツ(UCC)公募展受賞作が試演され、インドネシア、ジャワ島に連れて行かれ慰安婦生活をした故情瑞雲(ソウン)ハルモニの肉声を利用して2011年キム・ジュンギ監督が製作したアニメーション「少女の話」も上映される。

ソウル新聞 2013.11.12

続報:

朝日は、パク・クネ大統領がこの問題に深い関心を持っているとしているが、そうではないような気がする。朴政権の(政治的な)アピールではあるだろう。慰安婦と直接面会しようとしないパク大統領のガス抜きと思われる。

韓国政府が「慰安婦被害者展」 朴政権の姿勢をアピール

韓国政府は12日、ソウルで「日本軍慰安婦被害者展」を開いた。慰安婦問題をテーマにした韓国政府の展示会は初めて。この問題に深い関心をもつ朴槿恵(パククネ)政権の姿勢を内外に示した

 与野党の国会議員も出席した開会式で、趙允旋(チョユンソン)・女性家族相は「妄言を続ける日本の政府と政治家が一日も早く正しい歴史認識をもち、(元慰安婦の)名誉が回復されるよう最善を尽くしたい」と述べた。元慰安婦の女性は「後世の若者が二度と我々のような経験をしないよう、韓国政府は努力すべきだ」と訴えた。

 展示会では元慰安婦が自らの体験を描いたという数十点の絵画や、証言を基にしたアニメ動画、関連文書を展示。来年1月末まで開催する。

 趙氏は10月の国連総会第3委員会(人権)で「元慰安婦の傷をいやす唯一の道は当事国の真の謝罪と責任ある措置だ」と述べ、名指しを避けながら日本を批判した。各地に住む元慰安婦を訪ね、朴政権の関心の高さをアピールしている。

 朴大統領は慰安婦問題で「被害者の傷をいやす責任ある措置」を要求。首脳会談の開催には日本が先に行動で示すべきだと主張している。

朝日 2013.11.12




“위안부 피해 할머니들 아픔 모든 세대와 함께 공유해요”

여가부, 12일부터 ‘일본군 위안부 피해자 전시’

여성가족부는 서울 동작구 국립여성사전시관에서 12일부터 내년 1월 31일까지 약 80일 동안 ‘일본군 위안부 피해자 전시’를 개최한다고 11일 밝혔다. 개막식에는 일본군 강제 동원 피해자 할머니들과 국회 여성가족위원회 소속 국회의원 등이 참석할 예정이다.

여가부는 “이번 전시회는 정부에서 일본군 위안부 피해자만을 주제로 주최하는 최초의 전시회”라면서 “위안부 문제를 바로 알리고 전쟁의 피해자로 희생된 할머니들의 아픔을 모든 세대가 함께 공유하기 위해 마련했다”고 설명했다.

전시회에서는 경기 광주시 나눔의 집에서 머무는 피해자 할머니들이 심리 치료를 위해 그린 그림, 일제강점기 위안부 강제 동원 사실을 입증하는 ‘일본군 위안소 관리인의 일기’, 각종 수요집회 활동 자료, 위안소 분포 지도 등이 선보인다.

또 일본군 위안부 피해자 관련 사용자제작콘텐츠(UCC) 공모전 수상작이 시연되고, 인도네시아 자바섬에 끌려가 위안부 생활을 했던 고 정서운 할머니의 육성을 이용해 2011년 김준기 감독이 제작한 애니메이션 ‘소녀이야기’도 상영된다.

2013/10/07

NYで日本人が目にした「求む慰安婦」ポスター

慰安婦問題について語るLeeの映像も存在する(埋め込み不可)

イ・チャンジン(Chang-Jin Lee)の現代アートCOMFORT WOMEN WANTED展を取り上げた過去のエントリーにこの様なコメントを頂いた。そう、Leeはその後もこの作品展をあちこちで開催している。先月はコロンビア大学でも。タイムズスクウェアの他、コリアタウンやチャイナタウン、そしてリトルトーキョーの電話ボックスにポスターを貼りまくっているから、コメントを下さった方が見たのもその一枚だろう。彼女は5年前に日本を訪れ、Wamの関係者とも接触している。彼女のブログを読む限り、反日というよりは(ミスリードされた)真面目系なのだと思う。

じてんしゃ2013年10月5日 14:04

こんにちは。
今日、NYでこのポスターをみてショックを受けたものです。NYのいわゆる日本街のようなところに、翻訳もなくこのポスターの日本語版のみが貼ってあったので、日本人への嫌がらせかと思いましたが、作品だったんですね。悲しいです。一緒にいた台湾人の友だちもショックを受けていました。
芸術作品としてはインパクトがあって、人にショックを与える、ということで成功なんでしょうか…


ポスターというより、パブリックアートの一種らしい

リーのブログから:
COMFORT WOMEN WANTED brings to light the memory of 200,000 young women, referred to as "comfort women,"who were systematically exploited as sex slaves in Asia during World War II,and increases awareness of sexual violence against women during wartime.Ad-like Billboards, Kiosk street posters, prints, audio and multichannel video installation

2012/08/05

アン・セホン凱旋写真展--ニコンと戦い勝利する



最初、自分の中では、政治運動とは無縁の大人しい普通の写真家というイメージだったが、ビデオカメラの前でニコンサロンの担当者に抗議文を読み上げたり、ソウルの水曜デモで演説していたり(写真右)、想像していたより「活動的」な人である。

日本での騒動で、展示会は大盛況。韓国でも注目を集めたようである。彼を支援していた写真家?の岡井友穂(「安世鴻写真展中止決定に反対する共同声明」の発起人)とtwitter上でやり合ってしまったが、彼を政治的と非難する人々は「イデオロギーに凝り固まって特定の単語に脊髄反射しているだけ」と主張する彼女の言い分には納得できなかった。その気持は今も同じ。

自分がアンに対して不審感を持つのは、彼が日本に対する場合と自国に対する場合でダブルスタンダードを使い分けているように感じられるからだが、これについては、またいつか。

慰安婦:日本で7900人集めた写真展、ソウルでも開催

「韓国人は旧日本軍の従軍慰安婦だったおばあさんたちについてはよく知っているようだが、日中戦争時に中国に連行され、母国に戻っていない人が多いという事実はよく知らない。こうした人々は日本により青春を踏みにじられ、今でも貧困と孤独に苦しんでいる。私の写真を見ることで、そんな人々を忘れないでいてほしいと思う」

元慰安婦たちを撮り続けている在日の韓国人カメラマン、安世鴻(アン・セホン)氏(41)=写真=の言葉だ。安氏は7日から26日まで、ソウル市鍾路区通義洞のギャラリー「流歌軒」で「重重―中国に残された朝鮮人日本軍『慰安婦』ハルモニ(おばあさん)たち」と題した写真展を開催する。日本の右翼団体の圧力と脅迫にも負けず、6月26日から7月9日にかけて東京の写真展示スペース「ニコンサロン」で開催され、7900人余りの来場者を記録した、あの写真展だ

東京写真展はニコンにより中止が決まっていたが、裁判所がニコン側に展示スペースの提供を命じる仮処分を出し、やっとのことで開催にこぎ着けた。安氏は「東京写真展の来場者の半分が20-30代だった。この年代は意外に自分たちの歴史的な恥部に関心が高かった。私の写真展が慰安婦問題を日本に訴える契機になったと思う」と語った。

ソウルの写真展には40点余りが出品される。13歳のときに慰安婦として連行された故ペ・サムヨプさんの顔に深く刻まれたしわからは、痛恨の思いが見て取れる。22歳のときに動員された故パク・テイムさんは「当時のことを考えるだけで涙が出る」と、写真の中で涙をぬぐっている。

2001年から中国に残る元慰安婦の写真を撮り続けている安氏は「10月半ばにはまた中国の湖北省や黒竜江省に赴き、おばあさんたちの写真を撮るつもりだ。今後は韓国人だけでなく、中国や台湾、フィリピンなどアジアの他地域に暮らす旧日本軍従軍慰安婦のおばあさんの姿もカメラに収めたい」と話している。

安氏には懸案が一つ残っている。東京の写真展は裁判所の仮処分命令のおかげで開催できたが、9月13-19日に開催予定だった大阪ニコンサロンでの写真展は、ニコン側がこのほど開催中止を決定した。安氏は「今月20日ごろ、また裁判所に仮処分を申請する計画だ。ニコン側は謝罪もできないとしており、損害賠償にも消極的。最後まで戦い、勝利するつもりだ」と話している。

クァク・アラム記者

2011/03/11

青い目の芸術家が慰安婦問題を訴える【米国】S.カバルロ



 韓国と日本(沖縄)以外で最初の「慰安婦の碑」として韓国でも注目された米国ニュージャージー州に建立されたモニュメント。デザインしたのは、米国人の絵かきだった。

彼にアドバイスしたキム・デシル。彼を支援した韓国人有権者センター(KAVC)。ひいては地元の自治体から反対論が出たのを韓国系の若者を動員して説得させたこと。完成した碑文には日本軍が20万人のアジアの女性を誘拐したとかなり史実を逸脱した内容が彫り込まれていたこと、などについては以前にエントリーしているのでリンク先を参照して下さい。

慰安婦とは彼が考えているような存在ではないと言う日本人と、ナヌムの家を訪れる純朴な日本の青少年の反応を比べ、日本の旧世代とは違うと感心(?)する様子は、米国自身が慰安婦の利用者であったことすら知らず、自国が日本に謝るように言ったことを誇りに思うなどと言い放ったアメリカ人劇作家Lavonne Muellerと同じタイプである。

当時の朝鮮人は強制的に日本名をつけねばならなかった。日本語を話さねばならなかったと語る彼らはけっきょく、韓国の公定史観の受け売りをしているだけ。

なぜ彼がこの問題に深く関わるようになったか。韓国政府の公式ウェブサイトであるコリア・ネットは昨年、「銅版プレートの製作は韓人作家ではなく、米 国人の作家に依頼した。慰安婦問題に対する米国内の世論の拡大に有利という判断からだ」と明かしている。これも真相の一部なのだろう。


2011年02月28日-- 「まだ生存しておられる従軍慰安婦ハルモニが一人でも生きておられる間に、この悲劇を広く知らしめたかったです。 この悲劇の被害者たちは彼女たちが体験したつらい記憶を世の中に知らせたいのです。 これを私がその方たちと共にして感じたのです」

三一節が目前に迫った中で米国のニュージャージーに居住する青い目の画家が私たちの民族的悲劇の従軍慰安婦問題を芸術的に昇華した作品を相次いで発表、展示し、さらに一歩進んで、最近では米国、ニュージャージーに直接本人がデザインした韓国の従軍慰安婦記念碑の建立を主導するなど米国で大きな反響を巻き起こしている。

話題の主役はスティーブン・カバルロ(Steven Cavallo,男、55才)氏だ。 スティーブン・カバルロ氏は昨年10月23日、彼が直接デザインした従軍慰安婦の記念碑を米国ニュージャージー州パラセイズ・パーク257 2nd Streetに建立した。 記念碑の前には戦争の犠牲の羊になった従軍慰安婦女性たちを追慕する新しい花束が置かれている。
 パラセイズ・パークの関係者を説得する学生(2010年夏)

「本当に多くの人々が助けられました。 特にKorean American Voters Council (KAVC,韓国人有権者センター)とパラセイズ・パーク市長のJames Rotundoが大いに助けてくれました。記念碑の建設費用は大体2000ドル程になりました。 地域レストランなどがレセプションのための食べ物を準備して下さり、基金募金者を通じて建設費を用意されました。 皆が一体になって動いた結果です。 カリフォルニア州の方からある知人からEメールを受け取りましたが、先にLAにも記念碑を建設する予定という話を聞きました。 もちろん記念碑建設に反対が全くなかったわけではありません。記念碑に反対した中の何人かは私に『従軍慰安婦の話は単に歴史一問の各夜昼こいつ、それほど重要ではないと! 単に脚注だけだ!』と話したこともありました」と話した。

彼は「私が初めて韓国の従軍慰安婦を知ることになった契機は、1992年子供向けの童話を描きながら偶然に強制収用所の絵をスケッチする作業中に、隣りに住んでいた韓国人の隣人を通じてでした。 第2次世界大戦中に従軍慰安婦のような残酷な行為があったという事実自体が私には非常に衝撃的でした」と話した。

スティーブン・カバルロ氏が当時なかなか理解できなかったのは、「従軍慰安婦」の事自体、米国で学校の歴史授業などで習う機会もなかったし、周辺で聞いてみることもできなかった点だった。 だが、彼にとって韓国の従軍慰安婦こそ戦争の惨状と悲劇を芸術的に形象化でき、彼の芸術魂を燃やすことができる立派な土壌だったという点だ。
 キム・デシルとカバルロ

スティーブン・カバルロ氏は「私は従軍慰安婦問題をさらに理解するために韓国キム・デシル先生の「沈黙の声(1999年)」という本を求めて読みました。 この本は過去の慰安婦女性たちの生き生きした証言が入れられた本でした。 私は当時キム・デシル 先生から直接従軍慰安婦に関するその方の講義を聞けたのに、キム先生の本とお言葉はその後私の作品になくてはならない土台になりました」と述懐した。

彼は「キム先生はドキュメンタリー形式で作ったフィルムを私にたくさん譲り渡しました。 本当に私には多くの助けを与えたでしょう。 Palisades Park図書館でフィルム上映会を通じて、私はこの悲劇的で歴史的な事実をさらに生き生き分かれたし私には多くの勇気と力を集中されました。 恐らく先生の助けなしでは私のプロジェクトはとても大変だったでしょう」と話した。

彼は戦争の惨状を表現するためにホロコースト、日本強制収容所、従軍慰安婦女性などを彼だけの水彩画で表現したがthe Kent State Shooting,and Kim Phuc fleaing from the Napalm attack in Vietnamなどの作品を描いた。 当時韓国の女性たちが体験しなければならなかった苦痛を表現するために“Once I was Beautiful,” “Once I was warm,”そして“Once I had dreams”という暗いシリーズをひき続き発表することになる。

スティーブン・カバルロは「私が残したこのシリーズ中に闇の中で縮めている女性たちの姿、日本の仮面を脱いだある女性の姿がありますが、この絵はその当時すべての韓国の人々は彼らの意志とは関係なく日本の名前を強制的に作らなければならなかったし、日本語で対話しなければならなかった。もし朝鮮語を使う場合に日本人たちからひどく殴られたという悲劇的現実を形象化したのです」と話す。

スティーブン・カバルロ氏は直接韓国に入国して生存している従軍慰安婦ハルモニと一緒に過ごしながらその時状況を直接入ることになる。 彼は「過去のつらい記憶を話す時は体をひどくぶるぶる震えるお婆さんもおられました。 だが恥じたり恥ずかしがるお婆さんは一人もなかったのです。 一度は私が京畿道広州のナムヌの家を訪問した時、20人余りなる若い日本の学生が団体で分け前に家を訪問したのに、私の考えでは多くの日本の人々、特に幼い二世たちの従軍慰安婦問題に対する態度は今の日本の既成世代とは大いに違うと思います」と話した。
 「日本帝国政府の軍隊により誘拐された20万人以上の女性」 

スティーブン・カバルロ氏は「米国にいる日本人たちと従軍慰安婦問題について話を交わしたことがありますが、彼らの大部分は慰安婦女性たちが軍人らから強制的に性暴行にあったのでなく本人意志で体を売った女性だと考える人々が多かったです。 私がその方にこのように話しました。 「もしあなたが被害者女性たちと顔を突き合わせてその人々の苦痛を直接見ることができるならば強制的に性暴行にあって被害を受けた人々というものを全身で感じるはずだ」と応酬したのを思い出します」と話した。

スティーブン・カバルロ氏は今年韓国の光復節に合わせてニューヨークのクィーンズのある大学の招請で展示会を開く予定だ。 場所はクィーンズ コミュニティカレッジ・ホロコーストセンターだ。 その前に、イングルウッド・ニュージャージーにある芸術公演センターのポゲン パック(Performing Arts Center)で5月に展示会を計画しており、2月にはニューヨークのフラッシングにあるギャラリー予感で同じ主題で展示会をした。 既存には水彩画作業をしたが、最後の2月展示では油絵の作品を披露し好評だった。 今後も従軍慰安婦に関する作品をミュージアムやギャラリーで展示する計画だ。
 「良心的」教師に「正しい歴史」を学んだ日本人の若者も多い

スティーブン・カバルロ氏の妻は事実春川(チュンチョン)出身の韓国女性だ。 自然に韓国文化に馴染んでおり、一緒に仕事をする作家の大部分は韓国人だ。 彼が共にする多くの集い中少なくとも半分以上は韓国の人であるほどだ。 彼は「私は韓国の食べ物マニアです。 特に妻がする韓国食べ物はあきれますね。 特にビビンパとカルビ、三枚肉、雑菜(チャプチェ)などが好きです。 韓国のアリランのような伝統音楽はなぜか音調が弱々しくて繊細で時々聞きます」と話した。

彼は「私一人だけがひたすら韓国の人でないという考えはしてみたことがありません。 ある程度の時間が流れた後、今は人が持っているいかなる背景も見なくなって私たち皆は芸術家で友人です。 芸術は全てのものを一つにします。 私の芸術に最も大きな影響を及ぼした人として、私の妻を上げられます。 私たちは作品を下記転科する間にも多いことらを相談します。 また、私の妻は数多くの私の作品に登場するモデルです。 韓国に対する影響でこれよりより大きい影響はないでしょう」と話した。

スティーブン・カバルロ氏は1956年米国、ニュージャージーで生まれ、現在の韓国人妻と膝下にジュリーとヒェジ(?)二人の娘を置いている。 彼はニューヨークのマンハッタンにある視覚芸術学校とSVA(School of Visual Art)で絵勉強を始め、偉大な芸術家であるTom Dalyから多くのことを学んだ。 1970年~1990年代は商業芸術家として仕事をし、1999年度に商業芸術が退化し、正式な芸術家に切り替えた。 1997年にアンドリュー・チャン教授とファン・ラン氏に会うことになりながら韓国芸術家たちを助け始め、現在はPalisades Park図書館の中にある限りギャラリーのキュレーターとプログラマーで仕事をしている。 去る20年余りの間数多くの展示会を持ったことがある。

Newswire 2011.2.28