2013/08/09

慰安婦騒動を煽る日本人たち 

本人には、日韓関係を険悪にしているという自覚はない

8月14日を国連慰安婦記念日に制定させようと、前田朗などが訴えている。聨合ニュースは約50の日本の団体がこのアイディアに賛同していると伝えていた。何度でも言おう、慰安婦問題は日本人が作り出した問題でもある。韓国ばかり非難するのは間違っている。

アメリカ社会を通じて日本に圧力をかけようと訴えたり、日本人には国際常識が欠けていると言ってみたり。そんな渡辺美奈本人は、良いことをしている積もりなのである。日韓の間にヘイトの連鎖を作り出しているという自覚はない。

日本政府は「強制連行を直接指示した文書がないなどと言い逃れをして歴史的事実を否定している」と言う渡辺だが、たまたま昨日、韓国の研究者が新しく発見された資料を元に「朝鮮では強制連行の必要はない(なかった)」と言い切ったばかり。

慰安婦:日本の市民団体「8月14日を国連記念日に」

日本の市民団体ネットワーク、日本軍慰安婦メモリアルデー制定を国連に働き掛け

8月14日を『国連の日本軍慰安婦メモリアルデー』にしよう

旧日本軍慰安婦問題の解決を目指す日本の市民団体44団体でつくる「日本軍『慰安婦』問題解決全国行動」(以下、全国行動)が、全世界の市民団体と協力し、8月14日を日本軍慰安婦被害者のメモリアルデーとすることを国連に働き掛ける運動を繰り広げている。

8月14日は、韓国の故・金学順(キム・ハクスン)さんが1991年に日本軍慰安婦の被害者として初めて被害の事実を公の場で証言した日だ。金さんの証言によって慰安婦問題が国際問題化し、93年に日本政府は慰安婦動員の強制性を認めた河野談話を発表した。

全国行動」の渡辺美奈共同代表は7日「金さんの勇気ある証言をきっかけに、世界各地で被害女性が口を開き始め、日本軍の性奴隷制の実態が明らかになった」として「戦争での性暴力の問題を公論化した金さんの勇気と慰安婦問題の真実を再度確認する記念日の制定は、強制動員された慰安婦の問題を否定しようとする日本政府への圧力にもなるはず」と語った。

国連に記念日の制定を訴える集会は今月14日、東京、名古屋、大阪、広島など日本の主な都市のほか、韓国、台湾、フィリピン、カナダ、オランダ、ドイツ、米国などでも開かれる予定だ。

渡辺氏は「メモリアルデーの制定については、昨年12月に台湾で開かれた全世界の慰安婦被害者関連市民団体の会議で話し合われた。今年に入り、日本国内で慰安婦を否定しようとする発言が相次ぎ、国連レベルで記念日を制定する必要性がより切実になった」と語った。国連の記念日を制定する場合、国連総会での決議を経て決定する。

渡辺氏は「今すぐ国連記念日に指定されるというのは難しいだろうが、全世界の市民団体が力を合わせれば不可能なことではない。メモリアルデーを制定する運動が、日本で歴史的事実を消し去ろうとする勢力に対抗するきっかけになると思う」と語った。同氏はまた「日本政府は、証言や裁判記録など多数の証拠が新たに出てきているにもかかわらず、河野談話の発表以降20年もこれを調査せず、強制連行を直接指示した文書がないなどと言い逃れをして歴史的事実を否定している。日本政府が歴史的真実を否定すればするほど、国際的に孤立するということに気付くべき」と主張した。

渡辺氏は「私たちの目標は単に日本政府による河野談話の修正を阻止することではなく、慰安婦問題に関する正確な調査、謝罪、賠償、そして関連する事実を教科書に載せて歴史の教訓として残すこと」と強調した。全国行動は今月11日、東京で慰安婦関連の国際シンポジウムを開催する。

東京=車学峰(チャ・ハクポン)特派員

[メモ]


元慰安婦の家でボランティアすれば「内申点」 国家ぐるみで繰り広げられる歴史捏造のおぞましさ

文=藤原修平(在韓国ジャーナリスト)

韓国では「日本軍慰安婦」が反日キャンペーンの一大看板と化している。主に韓国の若い世代を対象にして繰り広げられている「慰安婦プロパガンダ」の実態を報告する。

6月8日、土曜午後のソウル中心部・光化門広場は物々しい雰囲気に包まれていた。世宗大王像の目の前で、民主労働組合総連盟をはじめとする複数の左翼団体が合同で主催する集会が開かれ、大勢の機動隊が出動していたからだ。

「民族民主烈士・犠牲者、汎国民追慕祭」と題されたこの日の催しは、民主化に寄与した人々を追慕するという名目で開かれたもので、保守系の朴槿惠政権に反対する政治集会のはずだが、そこには慰安婦問題をめぐって日本政府に抗議するプラカードも掲げられていた。

この集会に並行して、光化門の目の前では宗教団体、NGOが主催する「平和宣言式と懺悔 200万拝ヒーリングコンサート」が行なわれた。こちらは世界平和と反戦を謳いつつ、中心に「慰安婦問題」を据えている。

ステージ前には「懺悔台」が設けられ、「日本軍慰安婦被害者の痛みと傷への無関心、守ってあげられなかったことへの不甲斐なさに、私はひとつの懺悔を拝します」と大書されている。20万人を募って一人10回懺悔する(直立姿勢から土下座で拝する動作を繰り返す)ことで、合計200万の懺悔を目指す企画だ。

来賓の与党セヌリ党国会議員は、「女性の人権保護を主導する国」を目指し、日本に「慰安婦への賠償を求めていく」と宣言した。人権保護の法的整備を進める朴政権の方針が、慰安婦問題にも“流用”されているのだ。

韓国の「慰安婦」抗議行動と言えば、少女の像が設置された日本大使館前の「水曜集会」が知られている。20年以上続く「水曜集会」の中心には日本政府の謝罪や国家賠償を求め続ける市民団体「韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)」が存在するが、最近はそうした特定の市民団体と直接関係のないところで、若い世代を中心に「日本軍慰安婦問題」を学ぶ者が増えている。

韓国の歴史の授業で慰安婦問題が取り上げられるのは、日本の植民地時代に入り、「内鮮一体、国家総動員法の名のもとに朝鮮半島から物資や人材が搾取された」という文脈においてである。

歴史教科書の中でもメジャーな『高等学校 韓国史』(志学社、2012年版)では、2ページにわたって記述が見られる。以下、慰安婦の定義が書かれた箇所を引用する。

「日本軍“慰安婦”とは、日帝植民地時代に日本軍の慰安所に連行されて強制的に性暴行を受けた女性たちを指す言葉である。日帝は日中戦争と太平洋戦争を行なうあいだ、日本の軍人たちの性的欲求を満たすために集団的な性行為施設である慰安所を制度化し、植民地と占領地にいる数多くの若い女性たちを強制的に戦線に輸送性奴隷の役割を強要した。彼女たちは慰安所に配置され、繰り返し性暴行を受けていた」(231ページ)

改めて指摘しておくと、「強制連行」されたという証言は元慰安婦のものだけである。証拠も第三者の目撃証言もない。むしろ慰安婦を好条件で募集する新聞広告などが残っており、朝鮮人も慰安婦募集に関わっていた。

この教科書では当然そんな事実は無視し、「強制」や「性奴隷」といった表現を何度も用いている。教科書編集側の“刷り込み”の意図を感じざるを得ない。

教師の中には、渾身の手作り資料で講義する者もいる。学校の授業で慰安婦問題に目覚めた生徒たちは、次なるステップを踏むことになる。

その舞台の一つが「ナヌムの家」だ。これはハルモニ(おばあさん)と呼ばれる元慰安婦たちがボランティアスタッフとともに共同生活を送る民間施設で、併設の資料館には元慰安婦の証言や写真、慰安所の内部を再現した展示がある。多くの児童・生徒が修学旅行で見学に訪れたり、高校生以上の若者たちが一定期間泊まり込んでハルモニと生活を共にしながら話を聞く“奉仕活動”を行なっている。

韓国の高校ではボランティア活動に費やした時間が点数化され、進学や進級の際に内申点として加算される。また、就職活動ではボランティア歴を記入することで得点を稼ぐこともできる。そのため教師が生徒にナヌムの家での奉仕活動を勧めたり、若者が就職活動を有利にするために訪れたりするケースは多い。

韓国紙の報道によると、教師に勧められて高校1年の夏休みにナヌムの家で奉仕活動し、ハルモニたちの話を聞いた女子生徒の一人は「中学校の歴史の授業で習った内容だけでは想像もつかないほど衝撃的だった」と語っている。

元慰安婦は「強制」があったと証言している。繰り返すが、それを立証するものはない。そのような証言にどれほどの信憑性があるだろうか。それでも「強制」や「性奴隷」を連呼する教科書の記述は、元慰安婦たちを「反日戦士」に仕立て上げている

慰安婦の説明に「性奴隷」という表現を用いるのは、ネット上でも同じことだ。性奴隷をそのままハングルで読んだ●●●で検索すると、上位の検索結果のうち半分近くが「日本軍慰安婦」に関わるものである。

さらに踏み込んだ教育も始まりつつある。今年3月、慶尚南道教育庁は元慰安婦の証言記録を集めた書籍『私を忘れないでください』を製作し、道内すべての小中高校に配布した。同教育庁はこれを教材に用い、今年から年2時間以上の授業を実施するという。

その授業の様子を韓国KBSがニュース動画で配信している。「討論の時間」に本を読んで感じたことをグループごとに発表する生徒たち。授業後のインタビューでは「日本は私たちに謝罪しなければいけないと感じた」などと発言する者もいた。

教育を通じた一連のプロパガンダ策はすでに効果をあげ始めている。

今年5月にナヌムの家を訪ねた済州道ナムジュ高等学校1年7組は、その後同施設に支援金を寄付した。

ハルモニの証言を聞いた生徒たちが「日本が懺悔することを願い、水曜集会などに役立ててほしいという気持ちから、クラス会議で毎月定期的に募金して支援金を寄付することに決めた」と韓国のニュースサイトは報じている。

6月6日、韓国映画『最後の慰安婦』がクランクインした。注目すべきは、ロケ地に2018年冬季五輪会場の江原道平昌が選ばれたことだ。これまでも韓国では数本の「慰安婦」映画が作られてきたが、スポーツの祭典に乗じてプロパガンダを仕掛ける意図が窺える。映画のキャッチコピーにはこうある。

「胸冷え切った慰安婦の悲しみが、今、世に送り出される」

niftyニュース 2013.8.8    
(SAPIO 2013年8月号掲載)

イ・オクソン今度はドイツへ


米国の慰安婦碑を訪れる(先月)

発言の揺れが気になるイ・オクソン。ヨーロッパにおける慰安婦騒動の橋頭堡ドイツへ。「『心臓も肝臓も悪いんです。死ぬ前に(日本から)謝罪を受けなければならないんです』・・・彼女は昨年心臓の手術をし、時間が残されていないと気に病んでいると言う」、と報じられてから2年半。先月もアメリカで「15歳のとき、近所を歩いていたら日本軍に無理やり連行された」と証言して来たばかり

元慰安婦が日独訪問へ ベルリンや東京で証言

旧日本軍従軍慰安婦の悲惨な状況を国際社会に訴えるため、80代の元慰安婦らがドイツと日本を訪れる。

元慰安婦が共同生活を送る「ナヌムの家」(京畿道・広州)によると、元慰安婦の李玉善(イ・オクソン)さんは先月に訪米して自らの体験を語ったのに続き、今月28日から来月10日にかけ在独韓国人女性団体の招きでドイツを訪問する。ベルリンなどの主要都市をめぐり、旧日本軍による慰安婦強制動員の蛮行を人々に伝える計画だ。

また、李さんは同じく元慰安婦の姜日出(カン・イルチュル)さんと共に、日本の人権・女性団体の招きで来月12~17日に北海道、23~30日に大阪と東京を相次ぎ訪問する。日本の「右翼政治家」らが慰安婦の強制動員を否定する「妄言」を強めているなか、現地での証言はいつも以上に関心を集める見通しだ。

「ナヌムの家」の安新権(アン・シングォン)所長は、日本が元慰安婦に対する責任を否定し、歴史さえもゆがめていると批判し、生きているうちに世界のより多くの人々に慰安婦の惨状を伝えたいと、元慰安婦らが高齢を押してつらい長旅に出ていると述べた。

2013/08/08

慰安婦絵本制作追ったドキュメンタリー公開

絵本「花のハルモニ」 日本語版の出版は断念

この絵本について最初に取り上げたのは三年前。その後、紆余曲折あったようだ。結局日本語版の出版は断念したらしい。日本の右翼の攻撃を警戒したのだと関係者は言う。アン・セホン騒動もあったから、そういった事はあったのかもしれないが、レイプ・オブ・南京のように、突っ込みどころが多すぎて出版を断念せざるを得なかったケースもある。シム・ダルヨンは、野草をつみに出た所を日本軍に拉致されたと言っている。




慰安婦テーマの絵本制作を追った映画公開へ=韓国

旧日本軍の従軍慰安婦だったシム・ダルヨンさんは押し花が唯一の趣味。美しい色と形をそのまま乾燥させた花は、シムさんの奪われた青春を象徴するかのようだ。

絵本作家の権倫徳(クォン・ユンドク)氏は、シムさんの証言を基に従軍慰安婦の物語を絵本にして平和の大切さを伝えようと決心した。

この計画は2007年に韓国と日本、中国の絵本作家が、それぞれが考える「平和」を絵本で表現し、同時出版する企画がきっかけとなった。韓国の出版社「サゲジョル(四季の意味)」が日本の出版社「童心社」とともに企画した。

韓国で今月公開されるドキュメンタリー映画「描きたいもの」(原題)は権氏が絵本「花のおばあさん」(原題)を完成させるまでを記録したものだ。

当初、慰安婦だったおばあさんの絵本をつくるという権氏の計画にはたくさんの支持があった。だが、権氏のスケッチが次第に具体化していくと状況は一変した。

日本軍が配った避妊具と天皇を並べて描いたスケッチに、日本の出版社側が難色を示した。日本の軍人個人の過ちではなく戦争に動員される状況そのものの残忍性を表現するため、顔のない軍人を描いたこともやはり子どもたちに見せるには残忍だという指摘を受けた。

また、子どもたちに「戦争」や「侵略」を説明するのは難しいという理由で、日本軍が慰安婦の少女の髪をつかんで引っ張っていく場面を修正してほしいと言われた。

権氏は絵本作家の創作を侵害するこうした指摘に不満を示しながらも、3カ国で平和の絵本を出版するという大義のためスケッチを何度も修正した。

こうした時間の流れとともに権氏の心境にも変化があった。権氏個人にも口には出せない心の傷があり、絵本を書きながらあふれる感情を描いた。自身の苦痛を絵本に反映せざるを得なかった。

しかし、3年という時間が経ち、自ら傷を癒してさらに成長し、子どもたちに元慰安婦の女性たちが抱える痛みや平和の価値をどう伝えるのが良いのか答えを見つけた。

こうして完成させた絵本は韓国と日本の小学生を対象にしたモニタリングで大きな反響を得た。権氏の絵本に接した日本の子どもたちは「そんなことがあったなんて知りませんでした。とてもショックです」と感想を話した。

こうした成果があったにもかかわらず、権氏の絵本は韓国でのみ出版される。童心社は権氏の絵本を評価しながらも、日本の右翼からの攻撃を警戒し出版をためらっている。その間、絵本の主人公になったシムさんが亡くなった。

4年余りの過程を丁寧に記録したこのドキュメンタリー映画は、シムさんの現実を映し、戦争という歴史の犠牲になった女性の痛み、またその歴史が今どう失われていくのかを映し出す。

元慰安婦の証言に耳を傾けてこなかった韓国社会の無関心も痛感させられる。絵本の中の切なく美しい花と少女の絵を映した映画のエンディングも涙を誘う。

同作の監督を務めたクォン・ヒョ監督と製作スタッフ、配給会社は公開を前に特別試写会を開き、その収益金全額を「日本軍慰安婦歴史館建立基金」に寄付する予定だ。

同作は15日に韓国で封切られる。


オマケ: 2年半前の関係者のインタビュー

2013/08/06

河野談話20年、被害者に化けた日本--中央日報


アメリカのグレンデールの慰安婦の碑の問題が新聞やテレビで大きく報じられ、日本の雰囲気も変わって来たようである。普段は綺麗ごとでお茶を濁すワイドショーのコメンテーターも苦い顔をしている。国会議員の殆ども戦後生まれとなった今、加害者と被害者は逆転したのである。本当は、中央日報にも加害者の自覚はチョッピリでもあるのではないか?

【取材日記】河野談話20年、被害者に化けた加害者

河野談話が発表されてから4日で20年を迎えた。談話は1993年8月4日に宮沢内閣の河野洋平官房長官が発表した。

談話は、「慰安婦は甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった」として日帝の慰安婦強制動員を初めて認めた。また「心からお詫びと反省の気持ちを申し上げる」と明らかにした。

談話発表前に日本政府はソウルで慰安婦生存者16人の証言を聴取した。彼女らは胸が張り裂けるようエピソードを打ち明けた。談話が慰安婦動員の強制性を認めたのはこのリアルな証言が大きな影響を及ぼした。その16人のうち現在も生存しているのは2人だけだ。

朝日新聞は3日付で談話発表20周年を迎え生存している2人の慰安婦被害者の話を掲載した。相手の男性に抵抗して暴行され左ひじが曲がった尹順萬(ユン・スンマン)さんは病気で耳がよく聞こえない。だがテレビのニュースに日本人さえ出てくると「慰安婦の話か」と娘に尋ねるほど恨が残った。広島の慰安所に5カ月間強制動員された金卿順(キム・ギョンスン)さんはこの時の病気のために子どもの体が弱いのではないかと心配しながら生きてきたという。

こうした勇気ある被害者の証言で生まれた河野談話はいま存立を心配しなければならない最大の試練を迎えている。「慰安婦は必要だった」という44歳の右翼政治家橋下徹氏は「強制動員の証拠はどこにもないのに河野談話のために日本だけ非難される」と主張した。また、過去には「河野談話は詐欺師同然の人が書いた本がまるで事実かのように広がった」とした安倍晋三首相は衆議院に続き参議院まで席巻し談話修正の機会ばかりうかがっている。「子孫に慰安婦強制動員という不名誉の荷を負わせ続けることはできない」という彼に日本はくやしく非難を受ける被害者であるだけだ。最近米カリフォルニア州に「平和の少女像」が立てられ、「韓国の歴史歪曲が米国で通じるのは河野談話のため」として身震いする右翼メディアの認識も同じだ。

20年前の談話発表時に官房副長官だった石原信雄氏は東京新聞4日付のインタビューで「河野談話のポイントは慰安婦の側からみたという点だ」とした。被害者である慰安婦の立場からすれば意に反して慰安婦に動員されたのは明らかだったということだ。だが、20年が過ぎたいま、日本の右翼勢力は加害者である日本を被害者に、韓国を歴史歪曲の加害者に変えている。被害者と加害者も区分できない彼らの手で勝手に裁断され迎える河野談話の成人式が気の毒だ

ソ・スンウク東京特派員

天木直人が慰安婦碑に反対?


まさかあの天木が、と思った人は甘い。本文読む前にオチは見えた。

こういう事→(韓国、対日協力の清算強化 爵位受けた人の財産没収)が平気で行われている国を相手に条約を見直そうとすればどういう事になるか、子供でも分かるのに・・・さすが天木直人。タイトルは釣りなんだろうなぁ、やっぱり。

日本政府は慰安婦碑建設に断固反対をしなくてはならない

天木 直人 | 外交評論家

慰安婦碑が米国全土に次々と建設されつつある。これに対し日本政府は何の効果的な対策も講じようとしていないがこれを放置しておくと日本は永久に悪者にされドイツがナチの罪に永久に責められるのと同じようになる。未来の日本の世代にとってこれほど不名誉でつらいことはない。日本政府はなんとしてでも早急に対策を講じるべきだ。

どうすればいいか。慰安婦の強制はなかったなどと言っていては世界から叩かれることは橋下発言でもはや明らかだ。それでは村山談話尾と村山慰安婦救済基金というこれまでの日本政府のやり方でいいのか。それではダメだ。それでは韓国側が満足しないから慰安婦問題はどんどんエスカレートしてきたのだ。残された道は唯一つだ。1965年の日韓基本条約を見直して、あたらな国家間の合意をつくり直す必要がある。これは決して日本の譲歩ではない。これまでの韓国に対する日本の補償や経済支援を含めてすべて見直すのだ。それは韓国側にとってもパンドラの箱を開ける事になる。それは日韓両政府のとって難事業だ。しかしその難事業に挑むことこそ安倍首相みずからいう戦後レジームのチェンジなのである。安倍首相は自らの指導力で日韓基本協定の見直しを行なうべきである。なぜ誰もその事に気づかないのか。それを安倍首相に直言しないのか(了)

2013/08/05

作られる記憶 米国で相次ぐ強制連行(目撃)証言

慰安婦物語も一種の民族叙事詩なのか?

地元紙のBrittany Levine記者は、像の設置を推進する韓国系をコリアン・グループと言い、反対する日本人をジャパニーズ・ナショナリストと書く。実際にそういう印象を与えてしまっているのかもしれない。辛抱強く反対運動をする人がいる一方で、一部の日本人が感情的になってしまったという指摘もあった。70歳や90歳近い老人がこの目で見た(聞いた)と静かに訴えれば、人間の心理としてどちらを信用するか。これは仕方のないことなのだろう。

朝鮮半島で慰安婦狩り(強制連行)がなかった事は韓国の(一部の)学者も認めているので、この話は事実無根と言っていいのだろう。ただ、単純にこの人たちを嘘つきと片付けていいのだろうか?とくに後者の場合は、取材者も書いているように、戦争体験者の複雑な心境が、こういうことを言わせているのかもしれない。戦場で見た朝鮮人女性に対する同情から、この程度の嘘なら許されると思ったのかもしれない。「女の子達がみんな酷い目にあったのを見た」という部分は本当なのかもしれない。しかし、戦争体験のない68歳の老人が祖母から「慰安婦狩り」の話を聞いたと言っているのは、どう考えるべきなのか・・・。

日本帝国によって性奴隷にされた朝鮮人慰安婦の話は、韓国人にとって民族叙事詩になりつつあるのかもしれない。イタリア人が狼に育てられた双子の話をするように、韓国系は日本帝国の軍隊によってハンティングされた朝鮮人少女の伝説を語り継いで行くつもりなのかもしれない。

「わたしは、今86歳だよ。実際に戦争に行ったんだよ。10代のときに、日本軍が家にやって来て、男子は全員無理矢理戦地に連れて行かれたんだ。女子みんなも無理矢理連れて行かれたんだ。この目で見たんだ。」

「戦争に行ったっていうのは、日本軍の軍人として戦ったっていうことですよね?」

「そうだ。」

「この目で見たって、実際に何を見たって言うんですか?

女の子達がみんな酷い目にあったのを見たんだ。でも僕たちコリアンはコリアンガールには指一本触れなかったよ。」

そこで奥さんが横から言った。

「みんなこんなに小さな箱に入れられたよ。」

そう言うと、奥さんはおじいさんの背中に隠れるようにその場を離れた。

「キミたちは知らないんだ。ボクたちは見たんだ。」

ボクは、例え年老いたこの人たちと議論して論破できたとして何の意味があるんだろうかと思い、最後には「話をシェアしてくれてありがとう。」と言って愛想笑いをした。おじいさんが少しだけ表情を緩めた。

その間、ボクには、なんだか彼らが、どこかでボクを怖がっている感じがしてならなかった。慰安婦像設置の翌日に銅像にへばり付いている日本人がいるなんて想像もしなかったのかもしれないから、少しも不思議ではない。でも、それはボク個人を怖がっているというよりも、昔、戦時中に自分を苦しめた日本兵の姿をボクに重ね合わせて、当時言いたかったことをボクに向かって言っているようにしか見えなかった。

ジャパラ(一部) 2013.8.1

※ ジャパパラのモリサワ氏の記事は良記事です。一読をお勧めします。(彼がこのような碑には断固反対の立場であることも付記しておきます)

Joel Kwan, 68, drove from Irvine to take pictures of the monument to frame in his home. He was born in Korea around the end of the war and remembers his grandmother telling him stories of Japanese soldiers “hunting” teenage girls.(ジョエル・クワン<68>は家に写真を飾るためにIrvineから車でやってきた。彼は戦争の終わり頃に朝鮮で生まれ、祖母が日本の兵隊たちが十代の少女たちを「ハンティング」していた話をしてくれたことを覚えている)

※1 Glendale News-Press(一部) 2013.7.31

※1
'Comfort women' statue draws curious questions
July 31, 2013|By Brittany Levine

Maria Garcia from Compton huddled around the 1,100-pound monument Wednesday afternoon with her cousins as they waited for a family member to finish a test at the adjacent Central Library.

As they read the inscription, Garcia's cousin, Vanessa Santos, was shocked to learn that the young Korean girl sitting next to an empty chair represented nearly 200,000 Korean, Chinese, Filipino and other women who were taken as sex slaves by the Japanese Imperial Army during World War II.

The slaves would become known as “comfort women.”

“It's crazy to know that this happened,” said Santos, a 20-year-old from Torrance. “I had no idea.”

But Garcia’s initial reaction to the metallic statue was one of confusion.

“Why is the statue here?” the 19-year-old thought.

It’s a question other park-goers may have in the coming weeks — or at least those who aren’t clued into the political drama surrounding the comfort women issue and how it was focused on Glendale in the weeks leading up to the statue’s dedication on Tuesday.

While Korean groups want to raise awareness of the atrocities from decades ago, a group of Japanese nationalists who say comfort women willfully worked as prostitutes sent thousands of emails to Glendale officials protesting the memorial.

Glendale officials said the statue was a memorial to the suffering endured by comfort women that experts agree represents the true historical record.

It was a move heralded by hundreds of supporters on Tuesday, and one that continued to attract people from far and wide.

Joel Kwan, 68, drove from Irvine to take pictures of the monument to frame in his home. He was born in Korea around the end of the war and remembers his grandmother telling him stories of Japanese soldiers “hunting” teenage girls.

Kwan, who wasn't the only onlooker snapping photos, said he planned to ask his City Council to install a similar monument, which is actually a replica of one in front of the Japanese embassy in Seoul.

Glendale's is the first comfort woman statue on the West Coast, but Korean groups hope to install more — an intent that has riled Japanese nationalists.

The official Japanese government line — despite an apology issued in the 1990s — is that the history of comfort women should not be a diplomatic or political issue.

Several bouquets of flowers and a white lei from the unveiling ceremony the day before remained on the statue Wednesday. They inspired Mike Bievenouer, 67, to buy flowers too as he sat on the grass about 100 feet from the statue.

The Glendale resident was surprised to see the memorial at his regular lunch spot because he expected it to be in Los Angeles' Koreatown, unaware that 5% of Glendale's population is Korean.

After learning about comfort women at an exhibit inside the adjacent library, he thought it was an important symbol, but he hoped it wouldn't cause friction between Japanese and Korean communities.

“It's a terrible thing, but at some point you have to move on,” he said. “You can't build a future if you're stuck in the past.”