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2012/06/17

5年内に慰安婦問題の国際常識が変わる?



日本人(主にメディア)がこの問題に関心を失っている間に、海外ではかなり歪んだ日本軍慰安婦像が定着しつつあるという事を訴えたくてブログなどを始めたわけだが、最近は慰安婦写真展が中止に追い込まれたりと過剰反応が見られ、2007年の時と同じようにこれが国際的なイメージダウンに繋がりつつある(海外のメディアにも取り上げられている)。これは慰安婦問題懐疑派のフラストレーションから来てる部分もあるだろう。

そこで、「慰安婦の強制連行」は世界の常識というのは否定のしようがないにしても、ごく一部にしろ、そういった見方に対する疑問の声が外国人の中からも上がって来た、そして変化の兆候もあるのだという事を、この際お知らせしておいた方がいいと思う。

歴史あるジャパン・タイムズが慰安婦騒動を煽る一翼を担ってきたのに対し、無名の外国人たちが作るニュースブログ、ジャパン・プローブは、曇りなき眼でこの問題を論評してきた。偏見に満ちたコメントも寄せられるが、コメント欄の常連がこれをやり込めている。原発報道に関しても、捕鯨問題に対しても、記者や常連の批判の矛先は偏見に満ちた海外メディア(+ジャパン・タイムズ)に向けられることの方が多い。

慰安婦問題に懐疑的な人々は、ジャパン・プローブの常連の言うJapan hater(嫌日厨)相手に感情的になり「どっちもどっち」と思われる代わりに、こういった理解者を増やして行く努力をすべきだろう。最初は記事の本文を紹介する積りだったが、Grayというハンドルネームのコメントが良くまとまっており、ここまで理解しているのかと感心させられたので、こちらを紹介することにした。文の内容から日本在住らしい。

こういった冷静なコメントは5年前にも見られたが、以前見られたものよりも踏み込んでいる。強制連行の誤解がどのように生じたか、吉田清治の詐話や挺身隊との混同、そしてこの騒動を焚きつけたのが実は日本自身の左翼(Japan's own left wing)であったことも彼は承知している。米軍や韓国軍がまったく同じシステム(The exact same comfort system)を利用した事にも触れている。

こうした嘘を「粉砕する事は容易だったにも関わらず」「ここまで大きくなったのは、日本のメディア、学会や政治家の非力さの証」と言う彼の意見には考えさせられる。韓国には北のシンパがいるし、アメリカには911は政府の自作自演と主張する人々がいる。しかし、反体制派の嘘が国際常識になることを阻止できなかった日本政府のケースは、外国人の目から見ても、やはり異常なのだろうか?こういう指摘は、呉善花などアジア系の論者の中からはこれまでにも出ていた(呉善花:「日本の左翼活動家たちが、韓国の反日感情に同調、火に油を注いでさらなる反日を煽っている」)。しかし欧米人(という確証はないが)から、ここまで踏み込んだ分析を聞いた記憶はない。

彼/彼女はC・サラ・ソーの「The Comfort Women」を推薦しているが、ユキ・タナカ(田中利幸)の近著も良い本だと言っている。どの本か分からないが、最近発売された本だとすれば、これ(Beyond Victor's Justice? The Tokyo War Crimes Trial Revisited)の事だろうか?



更に感心するのは、Grayがサラ・ソーやユキ・タナカが賠償派の一員(日本国内のいわゆる強制連行派とつるんでいたわけではないだろうが)としてスタートした為に、未だにそこから脱却し切れず苦しんでいるらしいことも見て取っている。両者の著書を実際に読んだわけではないので、断言は出来ないが、さもありなんという気はする。

Grayも言うように、英語によるアカデミックな仕事が不足しているのが一番大きい。しかし日本政府ももう少し何か出来るはずである。Grayは1~5年以内に慰安婦問題に対する国際常識は大きく変わると見ているが、自分はそこまで楽観的ではない。それでも最終的には真実が勝つのだろう。だから、あまり感情的にこの問題で反発して欲しくない。もともとはJapan's own left wingが焚きつけた問題だと思えば、隣国に対する罵詈雑言も抑えられるだろう。汚い言葉で罵っても日本は決して同情されないし、理解者は増えない。


この問題に対する一般的あるいは学術的情報の不足は、歴史が主要国の圧倒的なパワーによって書き換えられることの完璧なサンプルだ。このケースで真におっかないのは、背後にあって慰安婦運動を突き動かした大部分が日本自身の左翼だったということだ。僕のこのテーマに関する研究はつい最近始まったばかりで、人身売買の分野から入った。この問題を勉強するまで、僕は何年にも渡り「事実」を知っている積りで安倍<引用者注:安倍晋三元首相>や他の否定者たちを敬遠していた。だけど、彼らの主張と文書資料の方が補償派の物より遥かに説得力があることに気づくまで時間はかからなかった。率直に言って、あまたの嘘を粉砕する事は容易だったにも関わらずこの問題が反撃も受けずにここまで大きくなったのは、日本のメディア、学会や政治家の非力さの証だ。

簡単な例をいくつか:

上の記事<引用者注:ニュージャージー州に建られてた慰安婦の碑の撤去騒動に関するニューヨーク・タイムズ紙の記事では依然として吉見<引用者注:吉見義明>の4から20万人という推定値の上端を数値として使っている。今ではこの推定の最大値はあまりに大きすぎことが明白になり、運動家たちでさえ5万人前後の値を支持している。

これは女性の総数で、慰安婦の多くが朝鮮人であったことを示す文書資料はないにも関わらず、しばしばそのように語られている。そうであった可能性も十分あるが、それを知る由もない。しかし、初期には日本人女性が彼女たちに数で勝ったことを示す文書の証拠があるし、中国のいくつかの場所では日本人女性の方が遥かに普通だった。
日本人と韓国人の研究者はとっくに吉田<引用者注:吉田清治をソースとして使用することを諦めている。彼が強制連行説<引用者注: forced recruitment/強制動員>の原因だ(つまり性奴隷制度説の元祖)であるが、彼の「回顧録」はデタラメだった。

女性たちの証言は多くの場合自己矛盾しているか、虚偽であることが明白だったり、明らかに想像を超えて誇張されている。何人かの元慰安婦は、ほとんどの女性が売春婦としての自発的な参加者だったと証言した(当然このような証言は運動家たちに取り上げられない)。

「軍」慰安システムは、戦前戦後数十年に渡って日本と朝鮮で広く見られた(合法的な)年季売春(実際には、年季労働が一般的)の慣習と同じだった。決して軍の発明ではなく、日本軍を批判のターゲットにするネタとなるべきものではなかった。軍は、しばしば家族によって売春業に売られた貧しい家庭の女性を確かに搾取はした。しかしながら、これは(今日でも、どこの貧しい国でもよく見られる)深刻な社会問題ではあっても、奴隷制とは全然違う

このシステムは慰安婦たちにとてもよい給料を払った。どのような難儀が持ち上がったかは、慰安婦たちが置かれた地域の戦時下の状況次第だった。ある者たちは比較的ぜいたくな生活をし、他の者たちは厳しい環境で生活していた。多くの者が勤務中に莫大な額の財産を作った。彼女たちの生活を文章にした最初の女性たちの一人は、殆どの者<?>戦時中のことの方が甘い思い出で、戦争が終わってからの扱いの方がもっと辛く感じると振り返った。

慰安システムは、しばしば少女や若い女性を工場労働者として使用した女子挺身隊と関連づけられる。いかなる研究者もそれらはまったく関連がないと認識しているにも関わらず、しばしば日本人が若い女性を徴用したという主張に利用されている(実際徴用は行われたが、イギリスの場合と同じく徴用工だった)。

まったく同じシステムがアメリカ兵たちによって戦後の日本で、そしてアメリカと国連や韓国の兵士たちによって韓国で利用された

歴史記録の歪曲や他の国々の軍用売春について、僕は文字通り数百ページに渡って語ることが出来るが、ジェームズ<引用者注:ジャパン・プローブの執筆者の一人。慰安婦騒動について日本側に同情的な記事を以前にも書いている>のように、この問題の国際的なプレゼンテーションのされように同意しない人々ですら、まるで突っ込みが足りないとだけ言っておこう。この問題がまともに浮上した1991年以来、非常にゆっくりではあるが、現行の議論や関連するデータに関する正しい批評的検証の方向に着実な変化があった。どうやら1から5年以内にこの問題についての<引用者注:国際社会の?>一般的な理解は大きな変化を迎えると思われる。これは日本の歴史修正主義の所為ではなく、大部分が神話に過ぎない事柄について日本に謝罪を要求する韓国と中国のデマゴーグにより正しい和解が邪魔されることを防ぐ意味で、起こるべくして起こる変化なのだ。

この問題についてニュースから知り得た範囲でしか知らない人はいろいろ言いたいだろうが、残念ながらもう少し洗練された学術的研究がこの問題に関してなされるまでは、相当な時間を入手可能な文書資料の読み込みに費やさない限り、学術的見解は述べられない(学術的でない知的なコメントも不可能という意味ではない。まだ十分<引用者注:英語で?>文書化されていない高度に関連性のある情報があまりにも存在するという意味)。僕は日本でかなりの数の自称、この問題のエキスパート、に会ったが、彼らの知識は慰安<婦>賠償運動の提供する知識の枠に嵌っていたり、あまりにも頑なで賠償運動に沿った方向でしか議論が出来ない人達だった。現時点では、2009年発売のサラ・ソーのThe Comfort Womenがこの問題について書かれた一番いい本だが(ユキ・タナカの一番新しい本もいい)、両者とも確固な賠償派の一員としてこの問題について書き始めたことを未だに重く引きずり、この問題を歴史と政治の文脈の中で語るという必須のことが出来ずに苦しんでいる

Japan Probe コメント欄(投稿者:Gray)

The lack of either general or academic knowledge on this subject is a perfect example of the frightening power of history to be rewritten by conquering nations. The truly thing is that in this case the impetus behind the comfort women movement was largely Japan's own left wing. My own study of the topic began only recently and came from the field of human trafficking, before studying the issue I had known the 'facts' for years and loathed Abe and the other deniers.It didn't take long to realise though that their arguements and documentary evidence were far stronger than those of the comfort redress movement. It is frankly a testatment to the weakness of Japan's media, academia and politicians that the issue was allowed to grow so large without and counter-attack, something which should have easily shredded the numerous faselhoods that have arisen.


A few short examples:


The above article continues to use the upper end of Yoshimi's 40-200,000 estimate for figures. Since then it has become quite clear the upper estimate was highly unlikley and even activists support a figure around the 50,000 mark.


This figure is for all women and there is no documentary evidence to suggest the majority of women were Korean and yet this is the way it is constantly portrayed. They may well have been, we have no way of knowing, but there is documentary evidence that shows in the early stages Japanese women outnumbered them and in parts of China Japanese women were also far more common.


Japanese and Korean academics have long given up use of Yoshida as a source. He was the origin of claims of forced recruitment (and thus the original cliam of sexual slavery) but his 'memoirs' were falsified.


The testimony of the women is in many case either self-contradictory, demonstrably false or clearly exaggerated beyond belief. Some former women have testified that most of the women were willing participants in prostitution (clearly such testimonies were not highlighted by activists)


The 'military' comfort system was identical in practice to the (legal) system of indentured prostitution (in fact, labor in general) that was widespread in Japan and Korea for decades before and after the war. It was by no means a military innovation and should never have become a tool for targeting the Japanese military. It did exploit women from poor families who were often sold into the work by relatives, however, while this is a serious social problem (and one still very common today in any nations with erious poverty) it in no way equates to slavery.


The system paid its workers very well. What suffering occured was dependent upon the wartime conditions at which workers were located. Some lived in relative luxury, others in harsh conditions. Many made huge amounts of money during their service. One of the first women who wrote about their lives found that most remebered their war years fondly and felt bitter more for how they were treated after the war.


The comfort system is frequently linked to the Teishintai women's volunteer corps, which used girls and young women as factory workers. Academics of any merit recognise they have no connection at all but it is often used as a claim that the Japanese rounded up young women (they did - for conscripted labor, something England also did).


The exact same comfort system was used after the war by US troops in Japan and US, UN and Korean troops in Korea.


I could literally go on for several hundred pages on the extent of the distortion of the historical record and the extent of militarized prostitution by other countries but this is . Suffice to say that even people like James, who disagree with how the issue is presented internationally, go nowhere near far enough. since the issue really arose in 1991 there has been a very slow but steady shift towards proper critical examination of the actual arguments and data involved and its likely that within the next 1-5 years there will be a major shift in public understanding of the issue. This is something that needs to happen not because of Japanese revisionism but to prevent Korean and Chinese demagogues from preventing proper reconcilliation by demanding Japan apologise for something that is largely a myth.


I'm sure that people who know about the issue just from what they've picked up on the news will have plenty to say but the unfortunate truth is that until some more polished academic work is done on the subject you would need to invest considerable time reading up on the available documentation before you can give an educated opinion (this does not prevent intelligent uneducated views, it just means there is too much information that is highly relevant that has not been adequately documented). I've met quite a number of self-professed experts on the subject here in Japan whose knowledge is limited entirely to what the comfort redress movement has presented and who are so entrenched that they are incapable of discussing anything outside of this. At present the best book in the subject is Sarah Soh's 2009 'The Comfort Women' (Yuki Tanaki's most recent book is also good) but they are both still too heavily influenced by having started their writing on the issue firmly in the the redress camp and have difficulty taking the broader view neccesary to place it in historical and political context.


2012/04/22

在日朝鮮人帰国事業と強制連行


詳しくは書かないが、そもそも強制連行派の定義に従えば、日赤や日本政府が主導したこの在日朝鮮人帰国事業も「強制連行」では?・・・と常々思っている。日本政府や日赤が「関与」してこの世の地獄に朝鮮人や日本人妻を送ったのだから。そしてその過程では、甘言も用いられた。もっとも甘言を弄したのはマスコミだったり、朝鮮総連であったわけだが・・・。

地上の楽園ではなかった。脱北女性が総連を提訴


日赤の「人道精神」やマスコミ・日本政府も「関与」した


それに韓国政府はテロで対抗しようとした、というのがこのニュース。

在日朝鮮人帰国事業の阻止に動いた工作隊員に補償金

警察庁、生存者7人に総額13億ウォン支給へ

 
1959年11月から1カ月かけて、計7回にわたり総勢66人の民間人が、内務部治安局の指示を受けて韓国から日本に密航した。当時、日本政府と北朝鮮の主導で行われていた、在日朝鮮人を北朝鮮に帰国させる「在日朝鮮人帰国事業」を妨害するため、李承晩(イ・スンマン)政権が組織した工作隊だった。メンバーは、警察試験合格者24人と在日学徒義勇隊出身者41人、予備役将校1人。隊員らの任務は、在日朝鮮人帰国事業を主導する日本赤十字社の破壊、帰国事業に関与する責任者の拉致・暗殺、帰還船が入港する新潟港につながる鉄道線路の爆破などだった。

警察庁は20日、在日朝鮮人帰国事業阻止工作隊が結成されてから53年を経て、工作隊員の生存者7人に対し、それぞれ1億-2億4000万ウォン(約720万-1720万円)、総額およそ13億ウォン(約9320万円)の補償金を支給することを決定した。

工作隊は、密航中に遭難して12人が命を落とすなど、困難に直面しながら日本に到着したが、韓国政府の関心や支援は徐々に薄れていった。任務遂行も十分にできないまま、わずか6カ月で帰還命令が下った。隊員らは韓国に引き返すため、密航船に乗ったが、日本の警察に摘発された。拘束された隊員24人は6カ月間刑務所に収監され、61年に韓国に送還された。こうして韓国への帰国は果たしたものの、韓国政府が約束していた警察への任用、生計保障などは守られず、工作隊の存在は忘れ去られていった。

生存者らは、05年に「真実・和解のための過去史整理委員会」に調査を要請し、真相が究明された。昨年「在日朝鮮人の北送(北朝鮮への帰国事業)を阻止する警察特殊任務遂行者の補償に関する法律案」も国会を通過した。

今回補償を受けることが決まったパン・ハンギさん(80)は「真実が明らかにされ補償を受けられることになって感激しているが、長い月日が流れ、この世を去った仲間たちのことが今でも目に焼き付いている」と語った。警察庁は今後、ほかの生存者や遺族への補償も行う方針だ。

カム・ヘリム記者

更に参考: 新潟日赤センター爆破未遂事件
[動画BU-jpn]

2012/02/15

慰安婦像の前で泣き崩れる日本人牧師



2chでは相変わらず国籍を調べろなどと毒づいている人がいるが、実はこういうタイプの日本人は多いのである。特にキリスト者に目立つ。先々月ある韓国在住の日本人牧師の講演を聞きに行ったが、思ったのは、この宗教の教義自体にこの種の陥穽にはまり易い弱点があるらしいということ(誤解のないように言っておくと、キリスト教徒の中にもこういった人々に対して批判的な人はいる)。キリスト教とは関係ないが、在日朝鮮人(差別)問題と慰安婦問題を混同して冷静な判断が出来なくなるのは、村山一兵と同じパターン。


韓国の政治団体が日本政府に対する当てつけに作った偶像(彼女たちはこれを「平和の像」と名付けた)の前で泣き崩れる姿は、確かに一種の偶像崇拝であって合理的思考とは無縁な印象を与える。吉田清治のような詐話師でないにしても韓国のマスコミにとっては好餌なのだろう、カメラが周囲に群がっている。

この野村基之という人物は、過去にこのような文章も書いていたようである。

「大日本帝国の侵略を受け始めた後、1910年からは酷い植民地支配を受けるようになりました。[...]このような寒村にも嘗て日本軍の軍旗がはためき軍靴の音が轟きわたり、住民、特に婦女子を恐怖のどん底に突き落としたのか…あるいは鳥撃帽を深くかぶった特高が嗅ぎ廻っていたのか?…などと想像をしただけでも、日本人青年の一人としてあの穏やかで美しい田舎の土地の上に立つのに罪悪感を覚えたのを今でも鮮明に記憶しています。(日本による過去の侵略の歴史を全く学んでいない現在の日本の若者は韓国映画の俳優に夢中になっています。 極めて不幸な国民だと私はいつも戸惑っています。)」(韓国春川の白基豊校長先生

真実を探求するより想像力を優先させてしまうこの人の性向は、若い頃から変わっていなかったという事だろう。本当に「軍靴の音が轟きわたり」、婦女子が「恐怖のどん底に突き落と」されたのか、村の古老に聞いてみれば良かったのである。ある意味不幸なのはこの人の方である。「平和を愛する人々」と日本の社会に訴えたいと彼は言う。慰安婦像は「平和の像」。運動家たちは日本大使館前の通りを「平和通り」と名付けようとも訴えている。平和という言葉がどんどん胡散臭くなっていくようである。

追記: 中央日報と聯合ニュースの英語版の記事も追加した。中央日報では、野村は forced into sexual slavery by the Japanese Imperial Army(日本帝国陸軍によって性奴隷になる事を強制された)慰安婦を象徴する像にJapan's wartime atrocities(戦時の日本の残虐行為--慰安所システム?)を謝罪した事にされている。野村の場合は彼の本心とさして違わないのかもしれないが、大体において良心的日本人の行動を韓国メディアが解説する場合、話が膨らむ傾向にあるようである。聯合ニュースには日本軍が強制したとは書かれていないが、女性たちは強制された、日本政府が the war crimes(この戦争犯罪)について謝罪も賠償もしていないと書いている。

″花を踏みにじった日本、申し訳ない心を持つのは当然″

'清渓川貧民運動' 野村牧師‘鳳仙花’を演奏し、バラの花を献花
日本大使館への抗議訪問は不発

染みが浮かんだ八十歳の老人の手がフルートの上に用心深く乗せられた。 指を動かし、歌曲‘鳳仙花’の悲しい韻律がソウル、鍾路区の駐韓日本大使館前に鳴り響いた。‘ウルミッテソン ポンソンファヤ(垣根の下に咲いた鳳仙花)ネモヤンギ チョリャンハダ(君の形がわびしい…)’老人が準備したフルート演奏と一輪のバラは日本軍‘慰安婦’被害少女のためのものだった。
13日午前、少女の姿を形象化した‘平和碑’前に立った老人は、演奏を終えてひざまずいた。 そして涙を流した。彼は日本人社会運動家 野村基之(81・山梨県ベタニヤ教会)牧師だ。 「鳳仙花の歌詞の中の秋風は日本の侵略を意味し、落ちた花は‘慰安婦’被害者ですよね。5才の頃、日本人たちが朝鮮人を苛めるのを見て心が痛みました。その申し訳ない心を持って演奏したいと思いました。」

彼は約40年前にも幼い息子・娘を連れて日帝が虐殺を犯した京畿道(キョンギド)華城(ファソン)、堤岩里(チェアムリ)教会と独立活動家が獄苦にあえいだ西大門(ソデムン)刑務所を訪ねた。 野村牧師と韓国の縁は尋常ではない。韓国戦争が勃発する前に日本、東京に留学に来た韓国人の友人を知ってから韓国は彼にとって近い国になった。1968年、宣教師として韓国の地に第1歩を踏み、ソウル、清渓川の貧民街の惨状を目撃した。 野村牧師は1980年代中盤まで韓国と日本を50余回にわたり往復し清渓川で布教と貧民救済活動を行った。‘貧民運動の父’故チェ・ジョング前議員と共にしたことだった。‘平和碑’献花に先立ち、彼は12日慶南(キョンナム)、統営(トンヨン)で開かれたチェ前議員13周忌追悼式に参加した。 昨年も日帰りで韓国に立ち寄った。清渓川で布教活動をして縁を結んだおばさんが亡くなり、後に残った病院の借金800万ウォンを渡すためであった。

野村牧師は日本政府が‘慰安婦’問題の始末をつけなければならないと語った。1965年、韓-日協定を結んだが両国共にこの問題を覆いかくし適当にやりすごしたということだ。「‘慰安婦’被害は明らかな事実ではないですか。 申し訳ない心を持つのは私の良心としては当然のことです。」彼はこの日、駐韓日本大使館を訪問しようとしたが取材陣が集まり志を達せなかった。日本の一市民として‘慰安婦’問題に対する日本政府の立場を聞き、韓国人が納得できる措置を取ってほしいという話をしようとした。「2つの民族がなくなりはしないでしょう。 争うより仲良く過ごすのが良くないのかと、お願いしたかったのです。」

野村牧師の携帯電話の液晶画面には空を飛ぶ飛行機の写真がある。彼の家の窓を開けば空に見える日本成田空港と仁川空港を行き来する飛行機だ。彼はきちんとした韓国語で話を続けた。「飛行機を見るたびに韓国の友人を思います。」 15日に日本に戻る彼は平和を愛する人々と共に‘慰安婦’問題解決を望む意を日本社会に伝えると語った。

ハンギョレ 2012.2.13
livedoorニュース(訳) 2012.2.14

Remorse Over 'Comfort Women'

Japanese pastor Motoyuki Nomura bowed in apology for Japan's wartime atrocities on Monday in front of a statue representing the "comfort women" forced into sexual slavery by the Japanese Imperial Army during World War II. He played a Korean song on the flute in front of the statue, which was set up in December last year near the Japanese Embassy in Seoul.

Nomura is known for his volunteer work in the 1970s and 80s when he visited Korea 50 times to help the poor living in slums along the Cheonggye Stream.


Japanese pastor's atonement over comfort women in Seoul

Motoyuki Nomura (R), a Japanese pastor, weeps after playing a Korean song on the flute at the Peace Monument, a statue of a young girl that symbolizes sex slaves known as "comfort women," in front of the Japanese Embassy in Seoul on Feb. 13, 2012. Nomura, 81, who hails from Japan's Yamanashi Prefecture and worked for the relief of poor people in South Korea in the 1970s and '80s, made the visit as a gesture of his own atonement for Japan's wartime atrocities. The monument was dedicated to now-elderly Korean women who were forced into sexual slavery for Japanese soldiers during World War II. Former comfort women, along with their supporters, have called for an apology and compensation from the Japanese government, which has yet to offer either for the war crimes.


“꽃송이 짓밟은 일본, 죄송한 마음 갖는건 당연”
팔순의 일본인, 위안부 소녀상에 무릎꿇다


'청계천 빈민운동' 노무라 목사
‘봉선화’ 연주하며 장미꽃 헌화
일본대사관 항의방문은 불발


검버섯이 핀 팔순 노인의 손이 플루트 위에 조심스레 얹어졌다. 손가락을 움직이자, 가곡 ‘봉선화’의 서글픈 운율이 서울 종로구 주한 일본대사관 앞길에 울려 퍼졌다. ‘울 밑에 선 봉선화야 네 모양이 처량하다….’ 노인이 준비한 플루트 연주와 장미꽃 한 송이는 일본군 ‘위안부’ 피해 소녀를 위한 것이었다.
13일 오전 소녀의 모습을 형상화한 ‘평화비’앞에 선 노인은 연주를 마친 뒤 무릎을 꿇었다. 그리고 이내 흐느꼈다. 그는 일본인 사회운동가 노무라 모토유키(81·야마나시현 베다니교회) 목사다. “봉선화 노랫말 속 가을바람은 일본 침략을 의미하고, 떨어진 꽃송이는 ‘위안부’ 피해자들 같아요. 5살 무렵, 일본인들이 조선인을 무시하는 것을 보고 마음이 아팠습니다. 그 미안한 마음을 가지고 연주하고 싶었어요.”


그는 약 40년 전에도 어린 아들·딸을 데리고 일제가 학살을 저지른 경기도 화성 제암리 교회를 찾았었다. 노무라 목사와 한국의 인연은 남다르다. 한국전쟁이 발발하기 전 일본 도쿄에 유학 온 한국인 친구를 알게 되면서 한국은 그에게 가까운 나라가 됐다. 1968년 선교사로 한국 땅에 첫 발을 디디면서 서울 청계천 판자촌의 참상을 목격했다. 노무라 목사는 1980년대 중반까지 한국과 일본을 50여차례 오가며 청계천에서 선교와 빈민구제 활동을 했다. ‘빈민운동의 대부’ 고 제정구 전 의원과 함께 한 일이었다. ‘평화비’ 헌화에 앞서, 그는 12일 경남 고성에서 열린 제 전 의원 13주기 추모식에 참석했다. 지난해에도 하루 일정으로 한국에 들렀다. 청계천에서 선교활동을 하며 연을 맺은 아주머니가 숨지면서 남긴 병원 빚 800만원을 내주기 위해서였다.


노무라 목사는 일본 정부가 ‘위안부’ 문제를 매듭지어야 한다고 말했다. 1965년 한-일 협정을 맺었지만 양국 모두 이 문제를 덮고 적당히 넘어갔다는 것이다. “‘위안부’피해는 분명한 사실 아닙니까. 죄송한 마음을 갖는 건 내 양심으로서는 당연한 일입니다.” 그는 이날 주한 일본대사관을 방문하려 했으나 취재진이 몰려 뜻을 이루진 못했다. 일본 시민으로서 ‘위안부’ 문제에 대한 일본 정부의 입장을 묻고, 한국인들이 납득할 수 있는 조처를 취해달라는 말을 하려 했었다. “두 민족이 사라지진 않잖아요. 싸우기보다 친하게 지내는 게 좋지 않느냐고, 부탁하고 싶었습니다.”


노무라 목사 휴대폰 액정화면에는 하늘을 날고 있는 비행기 사진이 있다. 그의 집 창을 열면 하늘 위로 보이는, 일본 나리타공항과 인천공항을 오가는 비행기다. 그는 또박또박 한국어로 말을 이었다. “비행기를 볼 때마다 한국 친구들을 생각합니다.” 15일 일본으로 돌아가는 그는 평화를 사랑하는 이들과 함께 ‘위안부’ 문제 해결을 바라는 뜻을 일본 사회에 전하겠다고 했다.

2012/01/04

[参考] 羽曳野市立中学 副教材で「強制連行された朝鮮人80万人」



数年前なら、調べれば作った人も分かりそうなものだが・・・。

中学校で「朝鮮人強制連行」についての不適切教材使用、大阪・羽曳野市教委が回収指示

大阪府羽曳野市の市立峰塚中学校が「朝鮮人強制連行」について扱った学習用教材を使用し、市教委が回収を指示していたことが2日、学校関係者への取材で分かった。問題は保護者らからの指摘で判明。同校は「教科書に記載がない内容で不適切だった」として、すでに教材を回収している。

指摘を受けたのは「在日韓国・朝鮮人問題学習」と題したB4判のプリント教材1枚。教材には、中学校の学習指導要領に記載のない「戦前・戦中の日本政府による朝鮮人の強制連行」について、「強制連行された朝鮮人は80万人にもなりました」などと記載されていたほか、「日本の植民地支配」の項目には、「日本がうばったもの」についての設問の空欄に、朝鮮の「言葉」や「名前」と生徒に書き込ませる問題もあった。

学校関係者によると、教材は同校で数年前から使用されており、作成者は不明。

昨年11月16日の「総合的な学習」の授業で、2年生全8クラス(計約300人)の各担任が、教材として配布した。

生徒の保護者ら数人が同月22日、市教委に連絡。調査に乗り出した市教委が同校から事情を聴いた結果、「教材の内容は学習指導要領に記載がない上、一方的な視点から作られたもので学校での使用は不適切」と判断。28日に回収を指示し、同校は翌12月16日に配布済みの教材を回収した。

中野秀夫校長は「今後は教材のチェックを徹底していきたい」としている。

産経 2012.1.3

2012/01/02

[参考] 孫正義の思い出、総連の口車に乗せられた人々



強制連行とは、甘言や強制で連れて行かれる事を言う、と一部の「専門家」は言い張る。では、北朝鮮への帰還事業も強制連行か?

「私は小さい頃、飯塚に住んでいたんですが、近所の貧しい朝鮮人一家が、急に夢でも見たような、幸せそうな表情になったんです。その家族は、それから二、三日後に、町から忽然と消えました」
彼らは、「北朝鮮はこの世の天国」という総連の帰還事業の口車に乗せられて、北朝鮮に渡っていった家族だった。
「あの一家はいまどうしているのか。それを考えると、孫鍾慶さん一家が総連の口車に乗らなかったことだけは、本当によかったと思うんです」

ポストセブン 2011.1.2(抜粋)

2011/12/23

「慰安婦など強制動員」・・・韓国教科書記載義務付け



サーチナの関節情報だから慎重に読まなければならないが、「徴用、徴兵及び日本軍慰安婦など強制動員と物的収奪を集中的に強行した」という記述が正しいとすれば、これはまさに日本政府による強制連行のイメージである。「強制性」や「関与」といった次元の話ではない。

ただし、ソースがサーチナである。要確認である。義務付けの話は日本のメディアも確認している

高校歴史教科書に日本軍慰安婦を明記か…最終案を提出=韓国

韓国の国史編纂委員会は21日、日本軍従軍慰安婦や強制徴用に関する記述を明記した高校歴史教科書の執筆基準の最終案を教育科学技術部に提出した。最終案が通れば、2014年から正式に採用される。韓国メディアが伝えた。

慰安婦問題など記述をめぐる変更点として、「太平洋戦争で強制動員と物的収奪を集中的に強行した」という記述が「徴用、徴兵及び日本軍慰安婦など強制動員と物的収奪を集中的に強行した」と修正された。また、「日帝の経済的収奪の中で農民と労動者たちが組織的に抵抗する過程で社会意識が高まり、女性団体の活動など女性たちの意識も高揚した」との記述が追加された。

教育科学技術部は来週、歴史教育課程開発推進委員会の審議・諮問を経て30日に執筆基準を確定する予定だ。最近の韓国世論は高齢となっている元慰安婦女性らへの関心が高まっており、高校歴史教科書で慰安婦問題の記述が義務付けられるようになった。

サーチナ 2011.12.23

2011/09/26

32年に連行され、13年間慰安婦だった女性死亡



徴用されるには時期的に早すぎるし、また長すぎるような気もするが・・・。

日本軍慰安婦被害者ソン・ナムイお婆さん死亡

YTN 2011-09-26 17:57

韓国従軍慰安婦問題対策協議会は昨日午後5時頃、蔚山の一療養施設で
日本軍慰安婦被害者であるソン・ナムイお婆さんが 91歳の生涯を終えたと
明らかにしました。

1921年慶南巨済で生まれたソンお婆さんは 1932年台湾に連行されて
解放されるまで13年間日本軍で慰安婦生活をして帰国後結婚したが
夫と死別した後は一人きりで生活して来ました。

ソンお婆さんが死んで現在政府に登録された慰安婦被害者は67人に減りました。

NAVER 2011.9.26



일본군 위안부 피해자 송남이 할머니 별세
| 기사입력 2011-09-26 17:57


한국정신대문제대책협의회는 어제 오후 5시쯤 울산의 한 요양시설에서 일본군 위안부 피해자인 송남이 할머니가 91살을 일기로 별세했다고 밝혔습니다.


1921년 경남 거제에서 태어난 송 할머니는 1932년 대만으로 연행돼 해방될 때까지 13년 동안 일본군 위안부 생활을 했으며 귀국 후 결혼했지만 남편과 사별한 뒤에는 홀로 생활해 왔습니다.


송 할머니가 별세하면서 현재 정부에 등록된 위안부 피해자는 67명으로 줄었습니다.


김대근 [kimdaegeun@ytn.co.kr]

2011/09/25

慰安婦は人形のまま亡くなっていくのか?




韓国政府は岡田幹事長に対し、慰安婦問題に「言及した」が、具体的なやり取りは明らかにされなかった。玄葉外相に対しは、「協議を始めるよう提案した」が、韓国政府側も予想していたように、この問題は決着済みと返答される。これに先立つ日韓首脳会談では、韓国政府の事前の発表※1に反して慰安婦問題について「言及」すらされなかった。

これら一連の報道をどう見るか。普通ならば、条約とは矛盾しない形で何らかの対応を・・・となるところだが、これには既にアジア女性基金の試みを、慰安婦・・・というよりも彼女たちを後ろからコントロールしている韓国挺身隊問題対策協議会がはねつけた経緯がある。社会党の村山富市政権下でのあの対応以上のものは、もう期待できないだろう。

新聞社によって微妙に異なったニュアンスで報じられていたが、15日の山口外務副大臣の公式会見での発言は、「向こうも韓国の憲法裁判所がそういうように言ったことを受けて言ってきているわけですから、それは向こうもいろいろ立場があると思います。...そこは余り木鼻で押し返すというよりも、きちんと対話していった方が私はいいと思います」というもの。韓国政府の面子を立ててやっているという事だろう。外務副大臣は「(法的には解決済みであるが)どういうように手当できるのか、いろいろまた考えてみることはあるかもしれません」とも言っているから、公式な賠償以外の形での償い(?)が検討されているとも解釈できるが(そのようなニュアンスで報じたメディアもあった)、これは前述の通り、慰安婦側(正確には挺対協に担ぎ上げられた一派)が過去に拒否してしまった。

今さら玄葉外務大臣に手紙を書いてみたところで、支援団体に乗せられたとはいえ、自ら招いた結果である。そんな中「日本軍に強制連行された(일본군에 강제 연행돼 )」という韓国人慰安婦がまた一人亡くなった ※2。確実な未来は予測できないが、ハルモニ達は偽りの希望を叶えられることなく、市民団体に操られたまま亡くなっていくのだろう。写真は先週の水曜デモの様子。


韓国側が慰安婦に言及 ソウル訪問の岡田氏と会談

民主党の岡田克也前幹事長が22~24日にソウルを訪問、韓国の与野党代表や外交通商省高官らと会談し、今後の日韓関係強化の必要性や北朝鮮情勢などについて意見交換した。岡田氏によると、一連の会談で韓国側は、日本の植民地時代に従軍慰安婦にされた韓国人女性の問題にも言及した。具体的なやりとりは明らかにしなかった

岡田氏は23日に与党ハンナラ党の洪準杓代表らと会談。同党によると、洪代表は、日韓が領有権を主張し、韓国が実効支配中の竹島(韓国名・独島)の北西にある韓国・鬱陵島を自民党議員らが8月に視察しようとしたことに関し「政治的なショーであり遺憾だ」と表明した。

元慰安婦の賠償請求権をめぐり、韓国の憲法裁判所が8月に、政府が具体的な措置を講じてこなかったのは違憲との判断を下したのを受け、韓国は慰安婦問題などに関する協議を始めるよう日本に提案している。(共同)

産経 2011.9.24

韓国、慰安婦問題の協議要求 玄葉外相拒否「解決済み」 日韓外相会談

玄葉光一郎外相は24日、韓国の金星煥外交通商相とニューヨーク市内で初めて会談した。金氏は、日本の植民地時代の慰安婦問題の賠償請求権問題に関する協議を始めるよう求めた。これに対して玄葉氏は「請求権問題は解決済み」とした上で「この問題が日韓関係に悪影響を及ぼさないようにしたい」と述べた。

元慰安婦の賠償請求権をめぐっては8月、韓国の憲法裁判所が政府が具体的な措置を講じてこなかったことに違憲判断を示したことを受け、韓国側が協議を日本に提案していた。

両氏は、日韓双方が領有権を主張する竹島問題や、中断している日韓の経済連携協定(EPA)締結交渉についても議論した。日本外務省は竹島問題についての両者のやりとりを明らかにしていないが、互いに領有権を主張して平行線に終わったとみられる。(共同)

産経 2011.9.25

【ニューヨーク=今堀守通】野田佳彦首相は21日午後(日本時間22日朝)、ニューヨーク市内のホテルで韓国の李明博大統領と会談した。首相は韓国との懸案課題について「これまでの政権の方針を継続していく」と表明した。また、両首脳は「日韓関係には時折難しい問題が起きることも事実だが、両国が未来志向の考えの下で日韓関係全体に悪影響を及ぼすことがないよう、大局的な見地から協力していこう」との考えで一致した。

対北朝鮮政策では、北朝鮮の核・ミサイル問題について米国を交えた3国が緊密に連携していくことを確認。首相は拉致問題について「主権、人権の侵害であり、被害者を一日も早く取り戻すことがわが国の基本方針だ」と述べ、大統領も「拉致問題は韓国にも存在する。これからも日本と協力していく」と答えた。

日本側の説明によると、日本統治時代の「従軍慰安婦」の賠償請求権や竹島問題についての言及は両首脳からなかった

両者の会談は、2008(平成20)年2月の李大統領就任式に合わせ、首相が日韓協力委員会(中曽根康弘会長)の一員としてソウルで会談して以来。

産経 2011.9.22

※1

한-일 정상, 미국회담서 위안부 문제 언급 예정


유충현[이투데이 유충현 기자]


정부는 21일 미국에서 열리는 이명박 대통령과 노다 요시히코(野田佳彦) 일본 총리의 정상회담에서 위안부 문제가 언급될 예정이라고 20일 밝혔다.


외교통상부 조병제 대변인은 이날 정례브리핑에서 위안부 문제를 묻는 기자의 질문에 “헌법 재판소의 결정은 외교부를 포함한 정부에 대한 엄중한 이야기이기 때문에 진지하게 받아들이고 있다”며 “그 문제에 대해서는 정상회담에서도 언급이 있을 예정”이라고 밝혔다.


조 대변인은 그는 정상회담에서 일본이 위안부 문제에 대한 양자협의 제안을 거부할 경우 대응을 묻는 질문에는 “회담이 이루어지기 전에 회담 결과를 미리 예단하는 것은 지나치게 앞서가는 것”이라며 즉답을 피했다.(以下略)






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※2
위안부 피해자 김오순 할머니 별세


일본군 위안부 피해자인 김오순 할머니가 어제 향년 84세로 별세했습니다.


한국정신대문제 대책협의회는 김 할머니가 최근 대전의 한 노인전문병원에서 노환으로 타계했다고 밝혔습니다.


지난 1927년 경북 상주에서 태어난 김 할머니는 16살 때 일본군에 강제 연행돼 중국 하얼빈에서 위안부 생활로 고초를 겪었습니다.


김 할머니를 포함해 올해에만 11명의 위안부 피해자가 타계하면서 위안부 피해 생존자는 모두 68명으로 줄었습니다.

2011/08/04

[参考]小学校教諭、性的動機で女児を拉致



言うまでもなく、これは教師個人の犯罪。>軍人による拉致と、軍による「強制連行」を意図的に混同する学者たちへ。

裸撮りたい」と女児を車で拉致 川崎の33歳小学校教諭を逮捕 

4日午後0時55分ごろ、東京都八王子市内の路上で、近くに住む市立小学校6年の女児(11)に男がいきなり刃物を突きつけ、「騒ぐな」と脅迫。軽乗用車に乗せて連れ去った。目撃した通行人の男性から110番通報を受けた警視庁南大沢署が、現場近くで似た車に乗っていた男を発見し、わいせつ目的略取の現行犯で逮捕した。女児にけがはなかった。

同署によると、逮捕されたのは川崎市麻生区上麻生、同市立下布田小学校教諭、富山浩平容疑者(33)。調べに対して「女の子の裸をデジタルカメラで撮りたかった」と容疑を認めているという。

逮捕容疑は八王子市内の路上で、自宅近くのプールに行くため一人で歩いていた女児を、わいせつ行為をする目的で車に乗せて、連れ去ったなどとしている。同署によると、女児は両手を粘着テープで縛られ、後部座席に乗せられていたという。

目撃者の男性がナンバーの一部を覚えていたことなどから、通報を受けた同署員が現場から約400メートル先の路上で、走行中の車を発見、パトカーで追走した。富山容疑者は約1キロ逃走したが、別の一般車に進路をふさがれ、止まったところを逮捕された。

川崎市教育委員会によると、富山容疑者は以前、塾講師などをしていたが、平成21年4月に教員採用され、下布田小学校に着任。2年生の担任を務めていた。勤務態度に特に問題はなかったという。

同市教委は「事実であれば、大変申し訳ない」とコメントした。 

産経新聞 2011.8.4

2011/07/09

[資料] 学校教育課長、未成年売春に関与



町の学校教育課長が未成年者に売春をさせていたからといって、東郷町が売春の斡旋を行っていたという事にはならない。それくらい分かりますよね?吉見教授

15歳女子生徒に売春させる 学校教育課長、関与の疑い 愛知・東郷町役場捜索

当時15歳の専門学校の女子生徒に売春させたとして派遣型風俗店の関係者が愛知県警に逮捕された事件に、同県東郷町教育委員会の学校教育課長(57)が関与していた疑いが強まり、県警は9日までに、児童福祉法違反容疑で町役場や課長宅を家宅捜索した。捜査関係者や同町への取材で分かった。

県警は、女子生徒=同県尾張旭市=を昨年9月に名古屋市東区のホテルで男性客に引き合わせ売春させたとして、同法違反などの疑いで無職、小倉祐介容疑者(34)ら2人を6月下旬に逮捕した。小倉容疑者が働いていた派遣型風俗店の経営者は課長の母親の名義になっており、課長が店に出資していた疑いも浮上。県警は7日の捜索で、役場から課長の携帯電話などを押収し、課長から詳しく事情を聴いている。

町によると、課長は2007年4月から町の子育て支援課長を務め、今年4月から現職。勤務態度は真面目という。

産経新聞 2011.7.9

2011/06/19

国が弱かったから、挺身隊=強制連行



これは女子挺身隊がテーマであるが、国(朝鮮)が弱かったから日帝による強制連行を許した、というパターン。韓国では、慰安婦問題がしばしば富国強兵論、あるいはナショナリズムの鼓舞に利用される。もちろん、それほど大袈裟なものではないけれど、日本ではこの問題がナショナリズムの否定に利用されていることを考えると興味深い。

[京仁日報=キム・ヨンジュン記者]今年、仁川港演劇祭で優秀賞を受けた劇団、サンマンの「我が祖国、憎い大韓民国」が仁川芸総の招請で来る17~26日、文鶴シアター(文鶴球場地下)で公演される。

キム・ソンチャン劇場サンマン代表は日帝治下で「朝鮮女子勤労挺身隊」という美名の下に日本に連れて行かれて人間以下の扱いを受け、苦しめられた60余年前の少女たちの人生を舞台上にあげた。1944年5月挺身隊強制動員令が発表され、劇の主人公である18才キム・ブンリェは勤労挺身隊になって日本に行く。

町内の友人オンニョンと一緒に島に連れて行かれて飛行機格納庫で仕事をした彼女は飛行機部品をシンナーで磨いて潤滑油を口に吸い込むなど酷い労働に苦しめられ、日本に行けば腹いっぱい食べて女学校にも行けるという希望が崩れたまま一日一日を送る。祖国の解放で故郷に帰って新生活を送り、50年余りが流れたある日、彼女は日本に行くことを決心した…。

キム・ソンチャン代表は「この前、某放送局が製作したドキュメンタリーを通じて幼い年齢で自分を教えた先生(祖国)にだまされ、日本に行って苛酷な労働に苦しめられたうちのおばあちゃんたちの姿を見ながらあまりにも大きな衝撃を受けた」として「より一層衝撃的だったのは我が祖国がおばあさんたちのためにできることがないということだった」と話した。

平日および土曜日午後7時30分、日曜日午後4時。一方来る15~26日公演会場ロビーでは「勤労挺身隊写真展示会」が開かれる。

ハンギョレ 2011.6.13
日本語訳: 蚯蚓φ 2ch

[경인일보=김영준기자]올해 인천 항구연극제에서 우수상을 받은 극단 산만의 '나의 조국, 미운 대한민국'이 인천예총 초청으로 오는 17~26일 문학씨어터(문학구장 지하)에서 공연된다.


김선찬(작·연출) 극단 산만 대표는 일제 치하에서 '조선여자근로정신대'라는 미명하에 일본으로 끌려가 인간 이하의 취급을 받으며 시달렸던 60여년 전 소녀들의 삶을 무대 위로 가져왔다. 1944년 5월 정신대 강제 동원령이 발표되고, 극의 주인공인 18세 김분례는 근로 정신대가 되어 일본으로 간다. 동네 친구 언년이와 함께 섬으로 끌려가 비행기 격납고에서 일을 한 그녀는 비행기 부품을 시너로 닦고 윤활유를 입으로 불어넣는 등 모진 노동에 시달리며, 일본에 가면 배불리 먹고 여학교도 갈 수 있다는 희망이 무너진 채 하루하루를 보낸다. 조국의 해방으로 고향에 돌아와 새 삶을 산 지 50여년이 흐른 어느 날, 그녀는 일본으로 가기로 결심하는데….


김선찬 대표는 "얼마 전 모 방송국이 제작한 다큐멘터리를 통해 어린 나이에 자기를 가르치던 선생님(조국)에게 속아 일본으로 가서 혹독한 노동에 시달린 우리 할머니들의 모습을 보면서 너무나 큰 충격을 받았다"며 "더욱 충격적이었던 건 우리 조국이 할머니들을 위해 해 줄 수 있는 게 없다는 것이었다"고 말했다. 평일 및 토요일 오후 7시30분, 일요일 오후 4시. 한편 오는 15~26일 공연장 로비에선 '근로정신대 사진 전시회'가 열린다. (032)862-9683

2011/06/17

水曜デモ プラカードに見る矛盾



本年の2月(16日)に行われた水曜デモの写真から。挺対協の代表が掲げているプラカード。Record the crime of military sexual slavery by Japan in school text books and educate your generations (日本による軍用性奴隷制度の犯罪について学校の教科書に記載し、次の世代に教育せよ)。彼女たちが「日本による(by Japan)」という表現を多用するのは、日本政府による軍用性奴隷制、すなわち当初言われていた、そして現在では事実上否定されている国家総動員法その他を根拠とした日本政府による朝鮮半島からの慰安婦強制動員(強制連行)のイメージを今なお捨てきれずにいるからではないのか?

彼女たちも、内心では初代代表ユン・ジョンオクの主張が間違っていた事に気づいている。しかしそれでもこのイメージを捨てる事は出来ない。なぜならば、「慰安所での生活の強制性」「国家の関与」という拡大解釈を適用してしまえば、彼女たちが無視を決め込んでいる韓国軍の慰安所についても教科書に記載し、(日本大使館前のデモに動員している)自国の子供たちに教育することを自国の政府に向けて要求していかねばならなくなるという矛盾を抱えているからである。







2011/05/09

現代の強制性【東日本大震災 4】騙される労働者



共同通信が、大阪から騙されて連れて来られた労働者が福島原発で瓦礫の片付けをさせられていると報じている

日本の一部の学者たちが「強制連行」の実例だと宣伝し、韓国の運動家たちが、募集したのが民間の業者であることを伏せ、あるいはあたかも日本政府(軍)の指示で業者が騙していたかのように話をすり替えてきた「甘言による募集」の現代版である。

言うまでもなく、福島原発での作業は国が主導して行わせている。国の「関与」の有無など論じるまでもない。

5年前には、イラクの米軍施設の建設に騙されてアジアから連れて来られた労働者が働かされていたというニュースもあったが、「慰安婦問題の専門家」が用いる超理論は、彼らの間でしか通用していないのである。


求人と違い「福島原発で作業」 大阪・西成の労働者

日雇い労働者が多く集まる大阪市西成区のあいりん地区で、東日本大震災後、宮城県で運転手として働く条件の求人に応募した男性労働者から「福島第1原発で働かされた。話が違う」と財団法人「西成労働福祉センター」に相談が寄せられていたことが8日、関係者への取材で分かった。

センターは求人を出した業者側の調査に乗り出し、大阪労働局も事実関係の確認を始めた。支援団体は「立場の弱い日雇い労働者をだまして危険な場所に送り込む行為で、許されない」と反発している。

関係者によると、センターが3月17日ごろ、業者からの依頼をもとに「宮城県女川町、10トンダンプ運転手、日当1万2千円、30日間」との求人情報を掲示。応募して採用された男性は東北に向かった。

ところが雇用期間中の3月25日ごろ、男性からセンターに「福島第1原発付近で、防護服を身に着けがれきの撤去作業をしている。求人は宮城だったのにどうなっているんだ」と電話があった。

これを受け、センターが雇用終了後に男性や業者側に聞き取りをしたところ、男性が一定期間、防護服を着て同原発の敷地内での作業に従事していたことが判明した。

東京電力によると、原発敷地内では同社の社員以外に協力会社の労働者ががれき撤去や電線敷設などの作業をするケースがあるというが、センターは「男性の詳細な作業内容はつかめておらず、さらに聞き取りを進める」としている。

労働者らを支援するNPO法人釜ケ崎支援機構は「初めから原発と言ったら来ないので、うそをついて連れて行ったともとられかねない。満足な保障もない労働者を使い捨てるようなまねはしないでほしい」と話した。

あいりん地区は日雇い労働者が仕事を求めて集まる「寄せ場」としては国内最大とされる。同センターは大阪府が官民一体で労働者の職業の確保などを行う団体。
(共同)

東京新聞 2011.5.8 



追記:

だまして原発で働かせないよう…東電などに要請

大阪市西成区・あいりん地区の60歳代の労働者2人が「宮城県内での勤務」との求人に応募したのに実際には東京電力福島第一原子力発電所敷地内などで働かされた問題を受け、厚生労働省は13日、東電や人材ビジネスの事業者団体などに対し、求人を出す際は労働条件を適切に明示するよう文書で要請した。


厚労省によると、2人は3月、岐阜県大垣市の建設業者が出した求人に応募。求人は「宮城県女川町でダンプカー運転手として働く」との内容だったが、実際は同原発周辺で防護服を着てタンクから水を運ぶ仕事などに従事させられたとして、大阪労働局が職業安定法違反の疑いで調査している。

細川厚労相は13日の閣議後の記者会見で、「決してだましたような形で労働者を原発の作業で働かせるということがないよう措置を取った」と話した。

読売新聞 2011.5.13
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110513-OYT1T00680.htm

2011/03/21

現代の「強制性」【東日本大震災 1】消防士のケース



海江田大臣にも言い分もあるだろうが・・・。

ようは、「強制」「強制性」の例というのは、いつの時代でも見方次第でいくらでも見つかるのである。大事な事は、ダブルスタンダードを使わないということ。沖縄戦や朝鮮人(非日本人)慰安婦のみに特別な基準で「強制性」と用語を当てはめようとする人たちには注意しなくてはいけない。


都知事、消防隊への圧力に抗議=原発放水「速やかにしないと処分」-海江田氏発言か

東京都の石原慎太郎知事は21日午後、首相官邸で菅直人首相と会い、福島第1原発での放水作業をめぐり、政府関係者から東京消防庁ハイパーレスキュー隊幹部に対して「速やかにやらなければ処分する」との圧力的発言があったとして、抗議した。石原氏によると、首相は「陳謝します。大変申し訳ない」と述べた。都関係者は、発言は海江田万里経済産業相からあったとしている。

石原氏は会談後、記者団に「現場の事情を無視して、(放水作業を)速やかにやれ(と指示があった)。やらなければ処分する、ということを上から言ってはいけない」と強調。さらに、「担当大臣か何か知らないが、恐らく上から来るのだろう。そんなばかなことを言ったら戦が戦にならない。絶対言わせないでください」と首相に申し入れたことを明らかにした。

また、同隊が使用した放水車の連続放水能力は4時間が限度だったが、政府側の指示で7時間連続で放水したため、石原氏は「完全に壊れた」と説明した。

一方、枝野幸男官房長官は同日午後の記者会見で「これから調査する」と述べるにとどめた。

時事2011.03.21

2011/03/01

少年工作員【朝鮮戦争】強制動員




朝鮮戦争:裁判所が「少年工作員」の存在を認定

6・25戦争(朝鮮戦争)の際、韓国軍が京畿道坡州で村の少年たちを強制徴集し、北派(北朝鮮派遣)工作員として活用、相当数が戦死もしくは行方不明になったという家族の訴えを、裁判所が初めて受け入れた。韓国政府はこれまで「証拠がない」として、少年工作員の存在を否定していた。

ソウル行政裁判所行政14部(ソン・ジヨン裁判長)は24日、「戦死した実兄への補償金申請を棄却した決定を取り消してほしい」として、パクさん(70)が特殊任務遂行者補償審議委員会を相手取り起こした訴訟で、原告勝訴の判決を下した。パクさんは「兄は15歳だった1951年、坡州の諜報部隊に強制徴集され、情報員として北に派遣され戦死した」として補償金を申請したが、委員会はこれを棄却した。

韓国軍が少年たちを連行、工作員として訓練し北朝鮮に送り込んだという話は、これまでうわさ話として伝えられてきた。ナチス・ドイツから着想を得た軍人たちが、逃げ遅れた住民のうち15歳以下の少年およそ30人を徴集し、2週間にわたり教育した後、開城・開豊地域に送り込んで軍事機密を入手するよう指示した。このうち、およそ10人が戦死もしくは行方不明になったという内容だ。

パクさんは「当時、軍人たちが、勉強させてやると偽って兄と同じ年ごろの少年たちを呼び集めた。どこかに連れて行こうとしたため、一部が恐怖を抱いて帰ろうとすると、少年たちを全員うつぶせに寝かせて殴り、無理やり引っ張って行った」と語った。

犠牲者の家族は、このうち一部が実際に戦死者として認定されている事実を根拠として、少年スパイの存在を主張した。韓国政府は当初、一部について補償金の支給も行ったが、昨年9月に「証拠がないため、存在しなかったというのが最終結論」としてこれを取り戻そうとしたところ、遺族たちが反発した。

しかし、問題の部隊で将校として勤務していたキム氏は、裁判で「同僚の将校が、“ドイツの少年工作隊にならって少年たちを訓練し、工作活動をさせる”と報告するのを聞き、実際に派遣されたという話も聞いた」と証言した。

裁判部は「証言の内容を見ると、当時、部隊が付近の少年たちを強制的に連行し、敵地に送り込んだ事実が認められる。パク氏の兄も、指示を受けて敵地に侵入した後、行方不明になったとみられる」と判断した。

このほか、パクさんと同じ村で暮らしていた少年たちの遺族が起こした2件の訴訟についても、来月初めに判決が言い渡される。

鄭智燮(チョン・ジソプ)記者

朝鮮日報 2011.2.28



6・25戦争(朝鮮戦争)の際、韓国軍が京畿道坡州で村の少年たちを強制徴集し、北派(北朝鮮派遣)工作員として活用、相当数が戦死もしくは行方不明になったという家族の訴えを、裁判所が初めて受け入れた。韓国政府はこれまで「証拠がない」として、少年工作員の存在を否定していた。

ソウル行政裁判所行政14部(ソン・ジヨン裁判長)は24日、「戦死した実兄への補償金申請を棄却した決定を取り消してほしい」として、パクさん(70)が特殊任務遂行者補償審議委員会を相手取り起こした訴訟で、原告勝訴の判決を下した。パクさんは「兄は15歳だった1951年、坡州の諜報部隊に強制徴集され、情報員として北に派遣され戦死した」として補償金を申請したが、委員会はこれを棄却した。

韓国軍が少年たちを連行、工作員として訓練し北朝鮮に送り込んだという話は、これまでうわさ話として伝えられてきた。ナチス・ドイツから着想を得た軍人たちが、逃げ遅れた住民のうち15歳以下の少年およそ30人を徴集し、2週間にわたり教育した後、開城・開豊地域に送り込んで軍事機密を入手するよう指示した。このうち、およそ10人が戦死もしくは行方不明になったという内容だ。

パクさんは「当時、軍人たちが、勉強させてやると偽って兄と同じ年ごろの少年たちを呼び集めた。どこかに連れて行こうとしたため、一部が恐怖を抱いて帰ろうとすると、少年たちを全員うつぶせに寝かせて殴り、無理やり引っ張って行った」と語った。

犠牲者の家族は、このうち一部が実際に戦死者として認定されている事実を根拠として、少年スパイの存在を主張した。韓国政府は当初、一部について補償金の支給も行ったが、昨年9月に「証拠がないため、存在しなかったというのが最終結論」としてこれを取り戻そうとしたところ、遺族たちが反発した。

しかし、問題の部隊で将校として勤務していたキム氏は、裁判で「同僚の将校が、“ドイツの少年工作隊にならって少年たちを訓練し、工作活動をさせる”と報告するのを聞き、実際に派遣されたという話も聞いた」と証言した。

裁判部は「証言の内容を見ると、当時、部隊が付近の少年たちを強制的に連行し、敵地に送り込んだ事実が認められる。パク氏の兄も、指示を受けて敵地に侵入した後、行方不明になったとみられる」と判断した。

このほか、パクさんと同じ村で暮らしていた少年たちの遺族が起こした2件の訴訟についても、来月初めに判決が言い渡される。

鄭智燮(チョン・ジソプ)記者

2011/02/27

少年工作員 朝鮮戦争



朝鮮戦争:裁判所が「少年工作員」の存在を認定
強制徴集され、戦死…「補償金支給」の判決

6・25戦争(朝鮮戦争)の際、韓国軍が京畿道坡州で村の少年たちを強制徴集し、北派(北朝鮮派遣)工作員として活用、相当数が戦死もしくは行方不明になったという家族の訴えを、裁判所が初めて受け入れた。韓国政府はこれまで「証拠がない」として、少年工作員の存在を否定していた。

ソウル行政裁判所行政14部(ソン・ジヨン裁判長)は24日、「戦死した実兄への補償金申請を棄却した決定を取り消してほしい」として、パクさん(70)が特殊任務遂行者補償審議委員会を相手取り起こした訴訟で、原告勝訴の判決を下した。パクさんは「兄は15歳だった1951年、坡州の諜報部隊に強制徴集され、情報員として北に派遣され戦死した」として補償金を申請したが、委員会はこれを棄却した。

韓国軍が少年たちを連行、工作員として訓練し北朝鮮に送り込んだという話は、これまでうわさ話として伝えられてきた。ナチス・ドイツから着想を得た軍人たちが、逃げ遅れた住民のうち15歳以下の少年およそ30人を徴集し、2週間にわたり教育した後、開城・開豊地域に送り込んで軍事機密を入手するよう指示した。このうち、およそ10人が戦死もしくは行方不明になったという内容だ。

パクさんは「当時、軍人たちが、勉強させてやると偽って兄と同じ年ごろの少年たちを呼び集めた。どこかに連れて行こうとしたため、一部が恐怖を抱いて帰ろうとすると、少年たちを全員うつぶせに寝かせて殴り、無理やり引っ張って行った」と語った。

犠牲者の家族は、このうち一部が実際に戦死者として認定されている事実を根拠として、少年スパイの存在を主張した。韓国政府は当初、一部について補償金の支給も行ったが、昨年9月に「証拠がないため、存在しなかったというのが最終結論」としてこれを取り戻そうとしたところ、遺族たちが反発した。

しかし、問題の部隊で将校として勤務していたキム氏は、裁判で「同僚の将校が、“ドイツの少年工作隊にならって少年たちを訓練し、工作活動をさせる”と報告するのを聞き、実際に派遣されたという話も聞いた」と証言した。

裁判部は「証言の内容を見ると、当時、部隊が付近の少年たちを強制的に連行し、敵地に送り込んだ事実が認められる。パク氏の兄も、指示を受けて敵地に侵入した後、行方不明になったとみられる」と判断した。

このほか、パクさんと同じ村で暮らしていた少年たちの遺族が起こした2件の訴訟についても、来月初めに判決が言い渡される。

鄭智燮(チョン・ジソプ)記者
朝鮮日報2011.2.27

2011/01/03

(2007年)強制連行の資料は破棄された?河野議長発言が波紋[韓国TV]



<アンカー>

日本軍慰安婦問題に対して安倍総理の曖昧な謝罪後にも日本報道機関と閣僚らは妄言を繰り返しています。 こうした中、河野談話の主人公の河野衆議院議長が慰安婦強制動員証拠が廃棄された可能性を提起しました。

東京造成院特派員です。

<記者>

日本の代表的な保守紙の読売新聞は今日(27日)と片面をはたいて「基礎から調べてみる慰安婦問題」という記事を載せました。

慰安婦は当時認められた公娼制度が戦場に移されたことであるだけであり、ベトナムと韓国戦争の時も慰安婦があったと伝えました。

また、日本軍が慰安所を管理したが強制徴集に関与した証拠はないという、日本政府の主張を擁護しました。

右翼指向の産経新聞も、日本に対する外国言論らの非難は米国と日本を仲違いさせると主張しました。

安倍総理の側近である下村官房副長官も同じ主張を繰り返しました。

[下村/官房副長官:直接的な強制動員の証拠はないと見ます。]

一方、安倍総理本人は体を最大限低くしました。

[安倍総理:この席を借りて総理として慰安婦らに謝罪申し上げます。]

だが、自身のホームページでは慰安婦問題が深刻にわい曲されているとし、これを直すという主張を変えないでいます。

総理という地位のために表向きだけ頭を下げるだけ本心を隠しているわけです。

言動に制約が従う総理の代わりをして保守、右翼報道機関と政府閣僚らが代打で立ち上がってトーンを高めているのです。

これに対して米国が強い調子で批判しました。

トム・ケイシー国務部スポークスマンはブリーフィングで「日本が犯罪の重大さを認めて率直で責任ある態度で対処するのを希望する」と明らかにしました。

慰安婦問題はアジア当事国たちの間で解決すべき問題と言っていた米国が、日本を公けに批判したのは異例です。

こうした中、河野衆議院議長は昨年あるインタビューで慰安婦強制動員の証拠が廃棄された可能性を提起して波紋が生じています。

河野議長は特に河野談話の修正主張を強く批判しました。

[ホシ/朝日シンムン論説委員:(慰安婦問題に対して)コウノ談話を修正して、または、慰安婦決議案を取り消せという人々は全体として見る時マイノリティです。]

右翼指向の安倍政権は日本が戦犯国家の頸木を脱ぐためには慰安婦問題を整理するべきだと見ていますが、かえってこの問題が安倍政権の足を引っ張っています。

SBS 2007.3.27