ラベル ku-黒田勝弘 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル ku-黒田勝弘 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2014/02/08

「慰安婦共和国」では「反日告げ口」が「愛国美談」 (黒田勝弘)


「近年、韓国内では一般国民には反日昔話は人ごと(?)になりつつある。そのせいかこうした海外に出かけての反日言いふらしや“反日告げ口”が盛んだ。それをマスコミが“愛国美談”として好んで伝える」と、産経新聞の黒田勝弘は韓国の今を報告してくれている。

「反日スター」「反日告げ口」

【緯度経度】海外で慰安婦宣伝は愛国美談 ソウル・黒田勝弘

在韓日本人たちはこのところ「韓国はまるで“慰安婦共和国”だな」とあきれている。今年も年明けから韓国マスコミは毎日のように慰安婦、慰安婦、慰安婦…である。

たとえば昔、日本軍相手に慰安婦をしたという老女が亡くなるとマスコミはトップ級の大々的報道だ。まるでスター扱いである。確かに彼女らは今や反日支援団体やマスコミによって“反日スター”に祭り上げられているのだが。

新年のあいさつだろうか外相はマスコミを引き連れて元慰安婦たちを激励訪問し、女性家族相はフランスで開かれたアングレーム国際漫画祭に出かけ、自ら主導したという慰安婦問題を描いた韓国人の作品展を直接、視察している。

フランスでは韓国人留学生が慰安婦問題で日本非難の署名運動を始めたと、エッフェル塔を背景に得意げに語る姿も紹介された。

韓国系市民による米国での慰安婦像設置問題も依然、精力的に報道され米下院外交委員長が慰安婦像を訪れたという風景なども新聞の1面トップを飾っている。同じ米国発では、慰安婦支援と日本非難の先頭に立ってきた日系のマイク・ホンダ下院議員が次の選挙で落選しそうだと、在米韓国人たちが支援に立ち上がったという話も大きく伝えられている。

実は近年、韓国内では一般国民には反日昔話は人ごと(?)になりつつある。そのせいかこうした海外に出かけての反日言いふらしや“反日告げ口”が盛んだ。それをマスコミが“愛国美談”として好んで伝える。外国で日本を非難することが愛国というわけだ。

慰安婦問題は表面化してから約20年になるが、当初は必ずしもこんな意気揚々、得意げな雰囲気ではなかった。たとえば1993年8月、例の「河野談話」が出て日本の謝罪で韓国政府(金泳三政権)がこれを評価し、外交決着を“宣言”した際、韓国マスコミにはこんな社説が出ている(朝鮮日報8月5日付)。

「過去のために今日、明日のことが一歩も進まないという状況は現代的外交ではない。問題があれば並行して議論するという姿勢が必要だ。従軍慰安婦問題はその性格上からも愉快なことではない。日本政府の謝罪を契機に補償はわれわれが引き受け、この恥ずかしい過去の章をもう閉じてはどうか

以前は慰安婦問題を自らの問題として「愉快ではない恥ずかしい過去」とする声があり、それが堂々と言えた。しかし今や海外にまで出かけて日本非難で高揚する愛国主義だけが蔓延(まんえん)するなか、こんな“恥”の発想が出る余地はない。

慰安婦問題はこの時、外交的には解決しているはずだ。次の金大中大統領も1998年10月、小渕恵三首相との日韓共同宣言で日本が過去を謝罪、反省したことを高く評価し「これで過去は清算された」と語っている。慰安婦問題も外交問題にしないとの方針を明らかにしている。これらは当時、日韓双方のマスコミで伝えられているが、韓国側はそれを無視し問題を蒸し返してきたのだ。日本の国民感情に疲労感が残るのは当然だろう。

年初に元慰安婦の老女が1人亡くなったことで、韓国政府への登録者は55人になった。これまでの登録者総数は237人。うち過去に日本の官民共同の「アジア女性基金」から補償と歴代首相の慰労・謝罪の書簡を受け取った人が61人いる(ソウルの日本大使館筋)。これを拒否した老女たちと支援団体によって今まで問題が続いている。コトの経過を知れば、韓国側の無理がよく分かる。

産経 2014.2.8

2013/05/29

橋下市長の一人負けも、一定の成果あり?


四面楚歌に陥り維新の会の支持率も低下、(本当の事を言った為に?)全てを失ったかのような橋下大阪市長。一方の挺対協とハルモニの日本ツアーは注目を集めて盛況だったらしい。橋下の完敗と言っていいのかもしれない。しかし、彼の敗北は無駄ではなかったと、産経の黒田勝弘は分析している。

橋下発言を一斉非難も…韓国世論に“一定の効果”

【ソウル=黒田勝弘】慰安婦問題に関する橋下徹・日本維新の会共同代表(大阪市長)の日本外国特派員協会での会見内容は韓国では予想通り「妄言」「詭弁(きべん)」「二枚舌」「卑怯(ひきょう)」などとマスコミで一斉に非難されているが、それでも慰安婦問題で日本側から提起されてきた疑問や反論などが紹介される機会となり、世論向けには一定の“効果”があったとみていい。

日韓の外交懸案としての慰安婦問題はすでに20年以上たつ。このため一般世論の関心は高くなく事実関係や経過に関する情報も十分でないなか、世論はマスコミの突出した反日報道で日本非難だけを一方的に印象付けられてきた

今回の橋下会見を機に韓国マスコミが「妄言」といい続けている日本側の主張の一端が具体的に伝えられた。とくに「国家の意思として組織的に(慰安婦女性を)拉致・人身売買をしたという証拠はない」「(元慰安婦の)証言には信頼性に疑問がある」と発言し、いわゆる“強制性”を認めた河野談話のあいまいさを指摘した点は、一つのメッセージになっている。

補償問題ではすでに解決済みとの日本政府の立場に立ち、問題があれば竹島(島根県隠岐の島町)と同じく国際司法裁判所で争ってはどうかという“案”も耳目を引いた。韓国では反日愛国の象徴になっている“独島(竹島)問題”を持ち出した橋下発言の反論に意表をつかれたかたちだ。

ただ橋下代表が元慰安婦に対する謝罪と反省は必要と語り、日本がすでに官民共同の「アジア女性基金」を通じ元慰安婦(61人)に「償い金」を手渡したことに触れながら、小泉純一郎首相の「おわびと反省の手紙」(2001年当時)を紹介しなかったのはミスだ

慰安婦問題は、韓国政府(金泳三政権)が河野談話(1993年)を評価し今後は外交問題にはしないとした時点や、その後の「アジア女性基金」など解決の機会はあった。しかし韓国側で対日強硬派の支援団体の力が強くなり、元慰安婦救済という人道的配慮より日本糾弾という反日運動になってしまった

市民運動全盛時代とあって韓国政府も強硬派の支援団体を説得できない。その象徴が在韓日本大使館前に不法設置された慰安婦記念像だ。国際法にも抵触する外国公館前の前代未聞の違法設置物さえ韓国政府は撤去できないでいる。

産経 2013.5.29  

しかし、橋下が犠牲になって勝ち取った成果を日本政府が生かせるかどうか・・・。今回の騒動で、多くの日本人は彼に味方しなかった。

橋下市長の「辞職」決議案、市議会自民共が協議

日本維新の会共同代表の橋下徹大阪市長の一連の発言を受け、大阪市議会の自民、民主系、共産の3会派は、市長辞職を含めた政治的責任を求める決議案を30日の市議会最終日に提案する方向で協議を始めた。

可決されても拘束されないが、自民市議団幹部は「市政に混乱を招いた責任を問いたい」としている。

また、公明党市議団は29日、橋下氏に「猛省を要望する」と申し入れた。

読売 2013.5.29

「支持率下落の最大要因は慰安婦問題」 維新・小沢氏

[...]今回の支持率の下落の最大要因はやっぱり慰安婦問題であり、影響は大きいと思います。橋下徹共同代表が言おうとしたことは、女性を戦場から守り、かつ、日本だけが不当に侮辱を受けていることを改善し、日本の誇りを回復するということだ。しかし、これとまったく逆な受け止め方が海外や国内の一部からされた。落ち着いていけば、少し違うところに目を向けてもらえるのかなと思う。(国会内の記者会見で)

朝日 2013.5.29

2013/03/03

朝日新聞・慰安婦取材班の後悔

市川記者 「慰安婦の為に何か出来る事があると思っただけ」
「韓国メディアが騒ぎ立て、外交問題にした」

慰安婦騒動の黎明期、朝日新聞取材班のリーダーだった市川速水記者と、産経新聞の黒田勝弘記者の対談。朝日VS.産経 ソウル発(朝日新書)より。90年代、善意からであっても結果的に慰安婦騒動に加担してしまった人々の一部は、現在寡黙である。慰安婦問題が日韓関係改善の最大の障害の一つとなってしまった今、朝日新聞の記者にも後悔の気持ちはあるようなのだが・・・。

それにしても市川記者のこの回想(2006年)、徹頭徹尾、他人に責任転嫁している。慰安婦騒動が日韓関係を「ぐちゃぐちゃ」にしたという自覚はあるが、それは産経新聞の黒田勝弘や韓国のマスコミが悪いのだと彼は言う。

市川: 1991~1992年に僕は東京本社の社会部にいて、取材班の中心になってこの問題を追っかけていた。[...]当時、韓国は、まるで新たな問題が発生したかのように、日本がこれまで隠蔽していた問題であるかのようにワーッと騒ぎ立てたわけでしょ。

日本でこの問題を追っていた僕らは[...]、何かできる余地があるんじゃないか、日本政府の責任と関与について日本人として考えるべきなんじゃないか、そういう問題意識でやっていたのに、たとえば韓国マスコミは、挺身隊イコール慰安婦であるとか、誤解を植え付けて、外交問題になって、宮沢首相も謝罪せざるを得なくなって、そのうちに黒田さんが「慰安婦狩り証言はウソだ」という記事をバーンと書いて、日韓関係もぐちゃぐちゃになった[...]結局あれはなんだったんだという忸怩たる思いは今もあります。

宿命的に、この手の話は日本人同士でちょっと考えようと思っても中国・韓国の反応が外交問題に発展したり、その途中で日韓のマスメディア同士が足の引っ張り合いをしたり、必ずしも本質がみんなに理解されないまま、どんどん問題が複雑化してしまうと思うんですけど、どうでしょう。

1992年1月、朝日新聞が「軍関与」の証拠が発見されたとスクープを打ち「慰安婦問題のビッグバン」を引き起こした。秦郁彦は、前年に吉見義明が発見した(実際には新発見ではなかった)資料の公表を朝日新聞が宮沢首相の訪韓(92年1月16日)のタイミングにぶつけたのは、意図的だったと見ている。事実関係を確認する暇がなかった日本政府は混乱し、首相が韓国で謝罪を繰り返した。


”朝日のタツノ(?)記者としかるべきタイミングで発表する話がついていた”(4:40~)

それまで日本政府は慰安婦が国家総動員法に基づいて徴用されたことを示す資料を探していたので、朝日新聞のスクープはミスリードであり、これがその後の騒動のきっかけになった。韓国のマスコミが後から挺身隊=慰安婦という誤解を植え付けたというより、そういう誤解があったところに朝日新聞が「証拠発見」と報じ、宮沢首相が謝罪したことで韓国民が確信を抱くに至ったのだろう。日韓関係を「ぐちゃぐちゃに」したのは、市川ら朝日新聞であり、黒田ではない。当時韓国の女性団体は日本政府に慰安婦の強制連行(徴用)を認めよと要求していたのであり、市川らの真意など韓国民にとって興味の対象ではなかったのである。

日本は65年の日韓協定でカタがついたという。それは法的には確かにそうだと思います。[...]でも、それを日本の側が「終わった」「もう関係ない」「話を聞く必要もない」と言っていいのか。裁判官は終わったと判断したとしても、日本政府として、個人として、日本社会として、何かできることがあればやったほうがいいでしょう。

韓国の市民団体は「何かできることがあればやったほうがいい」ではなく、関係者の(戦争犯罪者としての)処罰まで要求していたのである。実際に挺対協や松井やよりらは、民衆法廷を開き昭和天皇らを犯罪者に認定した。

「慰安婦の強制連行はなかった」という論がまかり通っています。[...]僕の取材でも、(引用者注:韓国では)腕を引っ張られて、猿ぐつわはめられて、連行されたという人は一人も現れていません。だから、強制的ではなかった、さらに慰安婦問題はなかったとさえ言う人がいるわけです。でも、そうじゃなくて、証言の共通項を見ていくと、あの人たちは貧乏な家で、女衒にだまされて、気がついたら戦地に行かされて、中国などで慰安婦をさせられた。僕は10人くらいかなあ、実際に細かく証言を聞いたけど、もちろん好きで行った人はいないし[...]
ではなぜ行かされたのか。本人も親も、抵抗できなかったからです。土地を取り上げられ、それは朝鮮人や日本の小役人のやったことだけど、植民地支配だったから、それまで朝鮮人が持っていた土地を取り上げることがたやすかったからでしょう。そうでなければそういう目に遭わなかった。構造的にみたときに、日本には責任がないとはいえない、という思いがずっとするんですね。

植民地支配もなにか、確かに100%、無条件に悪い、というのは今の価値観でやる暴論ですよ。[...]僕が言っているのは、どの歴史観で裁くにしろ、被害者が存在しているということ。被害者に対しては、日本は謝るべき余地があれば謝るべきではないのかということですよ。

日本が土地を奪ったという話は、韓国内でも異論が出るようになって久しい。また、朝鮮人を上回ったかもしれない数の日本人が慰安婦として外地に出ていたこと、植民地支配がなくともオーストラリアやアメリカに売春婦が遠征して行く韓国の現状を考えると、2006年にもなって、植民地支配という強制性の所為などと言っているのはナイーブ過ぎるように思える。

市川: 慰安婦問題については、95年にアジア女性基金ができたのが一つのゴールだと思います。韓国は猛反発しているし、結果的にうまくいかなかったけれど。政府は関与していないという日本政府の名目上の責任のとり方としては精いっぱいだったと思います。あのあと、朝日新聞も僕も、さらに責任を取れとは言っていないですよ。主に91年から95年、特に93年8月の河野長官談話まではキャンペーンを張りましたし、政府や日本人が知らんぷりをしているということには僕も憤りを感じましたけれども、結局、基金ができた。それでも韓国は納得しない。

僕の取材では、韓国政府は一度は日本の基金設立についてOKのサインを出したが、韓国の市民団体が「民間基金では日本政府の責任が明確でない」と反対し、被害者に一時金の受け取り拒否を勧めた。韓国の内部事情も大きく関係しているわけです。ところが、つい最近の盧武鉉大統領の演説でも、対日批判のくだりで、歴史認識とともに慰安婦問題が入っていましたよね。では、具体的に何を求めてるのかと聞くと、韓国政府の幹部に聞いても返事が返ってきません。その言い方というのはまさに、「歴史問題として法的道義的責任がある」というものですが、それ以上の説明がないというのは、僕も理解できない

黒田: だから、これはさっき言ったように、韓国側の事情なんですよ。ことあるごとに靖国、島、教科書の三点セット、プラス慰安婦を蒸し返して、日本政府に謝罪、反省、補償などを要求するってことは国家として、日本政府に対する外交カードになるということなんですね。心的圧力あるいは道徳的圧力になると思うから、執拗に日本批判をしているんです。

市川: でも、実際、心理的圧力も道徳的圧力もかかっていないじゃないですか。

黒田: しかし彼らはそれを言うことによって、道徳的優位に立ったと思ってるし、朝日をはじめそれに呼応する声が日本にありますからね。[...]


道徳カードとして利用されていると言う黒田に市川は反論するが・・

果たして道徳的圧力はなかったのか。河野談話当時の韓国側の外交担当者はこう回想している。
「・・・私たちの道徳的優位措置で慰安婦問題の流れが変わった。補償局面で日本が政府の責任を認めなければならない局面に変わったのだ」
今年の1月にも朝鮮日報は社説で道徳性を持ち出していたし、それにこれは市川が担当を外れた後の話かもしれないが(93年)、朝日新聞の変わらぬ書生論が事態を悪化させた様子を秦郁彦はこの様に批判している。
「韓国マスコミのなかでも、『朝鮮日報』のように『われわれが補償し、もうこの恥ずかしい過去の幕を下ろそうではないか』(九三年八月五日付)と呼びかけるところが出た。ところが、朝日新聞は「日本の道義が試されている」と題した社説で「だからといって・・・それに甘えるような対応は許されまい・・・<補償は求めない>という韓国側の態度に、安直な対応はできようはずもない」(九三年三月二十日付)と不満を示した。これこそ盧泰愚が嘆いた日本マスコミによる『焚きつけ』の見本だろう」

なんのことはない。日本に道徳的圧力を加えていたのは朝日新聞だったのである。これに対し黒田は、「慰安婦カード」は日本に「教訓を垂れることのできる貴重なカード」として利用されていると看破している。

[メモ] 「従軍慰安婦問題は世界が日本の良識を評価する物差しであり、その気になればすぐにでも解決できる問題だ」 朝鮮日報 (2012.8.16)

2012/11/24

[参考] 韓国が「極右」を連発するわけ


自ら招いた「日本の右傾化」 ソウル・黒田勝弘

先日、韓国の新聞に「極右・野田が極右に警告」という記事が東京発で出ていた。野田佳彦首相が米紙とのインタビューで領土問題に関連し「健康な民族主義は必須だが極端に傾けば排外主義になりうる。(日本には)極端な雰囲気が広がっている」と語ったと紹介していた。

 野田首相はこれまで「領土問題では不退転の覚悟」を語り、武器輸出三原則の緩和や集団的自衛権の行使容認検討などを主張していたのに、選挙を意識し姿勢を変えているというのだ。

 それにしても野田首相まで「極右」とは、首相自身も苦笑いだろう。

 韓国で、気に食わない日本の動きをやたら「極右」と言い出したのは1990年代中ごろからだろうか。当初は石原慎太郎氏など右派、保守派の政治家や知識人、産経新聞や「文芸春秋」などに“極右レッテル”を貼っていたが、対象は広がる一方だ。

 最も新しいところでは「安倍総裁が極右の本性」「安倍、無法な極右公約」などと安倍自民党にホコ先が向いている。

 筆者も「極右言論人」にされて久しい。当初は韓国メディアとのインタビューなどで「何でもかんでも極右とはおかしいのでは。韓国社会が昔に比べ左傾化したから日本の保守派や右派が“極右”に見えるのじゃないか」と反論していたが、今や領土問題や安全保障、教科書記述など「普通の国家」としての日本の当たり前の自己主張はみんな極右になっている。

単に右派とか右翼ではなく「極右」という極端な表現を使うのは、韓国では右派とか右翼には肯定的な意味があるからだ。

 インタビューでは「産経新聞が極右なら朝日新聞など“極左”じゃないのか」とからかったこともあるが、朝日新聞は「良心的新聞」という。その朝日新聞も李明博大統領の竹島上陸や天皇発言では韓国批判に転じたため、韓国のメディアや知識人は大いに戸惑っている。

 最近、ソウルであった日韓関係セミナーの席で「李明博ショックのおかげで日本では朝日新聞はじめみんな産経新聞になりました」と冗談を言ったのだが、韓国における執拗(しつよう)な反日-日本たたきは日本の国民感情を刺激し続けた。

 それが、韓国で盛んに非難される「日本の保守化、右傾化」につながった、少なくともその一要因になっている、という分析が語られることは残念ながらほとんどない

 語られるのは日本経済の沈滞、国力低下、自信喪失、閉塞(へいそく)感…などいつも日本側の背景説明だけだ。韓国(や中国)の民族主義、あるいは極端な反日愛国主義の影響、それへの反省や自制の声はまったくといっていいほど聞かれない

 以前は韓国でも知日派の長老政治家が「こんなに長年、謝れ、反省しろと言い続けられては、日本でなくてもイヤになり怒るだろう」と公開の席で自制論を語ることがあったが、今やそんな風景など見当たらない。

 竹島問題も当初、日本は国交正常化の際の“棚上げ”論で比較的静かだった。しかし韓国は「これでもか、これでもか」と支配強化を続け、挙国的な日本非難キャンペーンで愛国シンボルにしてしまった。「自分のモノを何が悪い」というが、相手がある問題だから相手を刺激するのは当然なのに。

産経 2012.11.24   

2012/04/07

韓国メディアが黒田記者の反論を珍しく紹介

黒田勝弘の雑誌記事を巡り、挺対協が彼を訴えると息巻いていたというニュースに関連して、黒田側の説明。「珍しく筆者(黒田)の話が正確に紹介されていた」というだけで、韓国人の中にも冷静な人がいるのだとホッとしてしまうのは、ちょっと甘いだろうか?

なお、改めて思うが、慰安婦支援者の中には、本人が自覚しているかどうかは別にして、あからさまに売春婦を差別している人が少なくない。

この東亜日報の記事はチェックしていないかった・・・。

韓国紙 黒田勝弘氏の慰安婦未解決「韓国のせい」正確に紹介

産経新聞ソウル駐在特別記者の黒田勝弘氏は、従軍慰安婦問題等の現地リポートを行っているが、この度、韓国紙から取材を受けたという。以下、黒田氏のレポートだ。
* * *
先日(3月2日)朝、顔を洗っているとケイタイに電話がかかってきた。夕刊紙「文化日報」の女性記者で、朝刊紙の「東亜日報」が社説で筆者を非難していて、その件で電話インタビューしたいと言う。

この社説は「日本は慰安婦問題で協議に応じろ」と題し、最近、また外交問題として蒸し返されている慰安婦問題で日本を非難したものだった。

ところが社説の半分は「サンケイ新聞のクロダ記者が日本の保守右翼雑誌(『WiLL』)4月号に“慰安婦を国民代表にする国”というタイトルで慰安婦をおとしめる記事を書いている」として筆者を名指しで非難する内容だった。

雑誌が発売されてから1週間は経っているので不思議に思ったが、実は前日の3月1日に「朝鮮日報」(ネット版)などいくつかのメディアが「妄言製造機クロダがまた妄言」などと筆者を非難する報道をしていたからだ。

雑誌の記事は、筆者が本誌などでこれまで紹介してきた慰安婦問題に関する最近の韓国の動きをまとめ、論評したものだった。

その骨子は、韓国では今や元慰安婦たちはまるで“抗日独立有功者”のような扱いで聖域化され、誰も手が付けられない問題として解決を難しくしているというものだった。

その証拠として、日本大使館前の慰安婦記念像は無許可でも当局は撤去できないし、元慰安婦は亡くなるとすべての新聞に顔写真付きで必ず死亡記事が出るし、ソウル市長と市民代表による大晦日の“除夜の鐘”にも招かれている……などと紹介した。

ただ雑誌がどういうわけか表紙で「売春婦を国民代表にする国」としたため、これがいっそうの刺激となって「冒瀆(ぼうとく)」「妄言」と非難された。

しかし筆者は彼女らを「売春婦」と書いたことは一度もない。問題解決を妨げているのは彼女らではなく、彼女らを反日に利用し国民をマインドコントロールしてきた支援団体とマスコミだと思っているからだ。

で、クロダ非難がなぜこの日だったかというと、3月1日が「独立運動記念日」で、李明博大統領が記念演説であらためて日本非難を語り、元慰安婦たち(約60人)に慰労の手紙を送っていたからだ。

元慰安婦の一人一人に大統領自ら手紙を伝達するなどというのは初めてで、このことも慰安婦問題の“聖域化”を物語っている。しかもこの手紙は昨年末の日韓首脳会談(京都)で「最初から最後までこの(慰安婦)問題を述べた」ことを誇り、これは「前例の無い、外交慣例にもはずれることだった」と自任している。

李大統領は慰安婦問題を「いかなる外交懸案よりも至急である」とも言っているが、ここにきて彼がなぜ慰安婦問題にそれほど感情的に入れ込むにいたったのか、謎めく。

実利外交が看板の経済大統領が、任期わずかとなり突然、反日・民族主義あるいは篤実なクリスチャンとして博愛・人道主義に目覚めたか?

あの朝、「文化日報」の記者には30分以上にわたって慰安婦問題の経緯と筆者の考えを懇切に説明してあげた。

その結果、紙面には「慰安婦問題がまだ解決しないのは韓国のせい/日本は補償金を準備し謝罪するも韓国受け入れず」という見出しで、珍しく筆者の話が正確に紹介されていた。李大統領は日本に謝罪を要求しているが、日本は首相の手紙をはじめすでに謝罪を繰り返してきたこと、問題解決は韓国の支援団体の反日強硬論でチャンスを逃したことなども出ていた。

そして外交問題には100%の勝利はない、51対49くらいの差でおさめるものという話も紹介していた。大統領の外交音痴に比べると、この記者がはるかにまともである。

ポスト・セブン(SAPIO 2012年4月25日号)

2012/03/09

産経の黒田記者が挺対協に訴えられるとか



この件について、挺対協は産経の黒田記者を訴えるのだそうだ。来日した挺対協の関係者が語っていた。

黒田の書き方にも問題はあろうが、これは昔から指摘されていることながら、実はフェミニストや廃娼運動家も内心では売春婦を蔑視しているのである(戦前の廃娼運動家が「醜業婦」という言葉を使っていた事実は、のちに批判の対象になる)。女性の名誉と尊厳を声高に叫び、ハルモニの尊厳を回復せよと日本政府を糾弾する挺対協も例外ではなく、かつて代表であったユン・ジョンオクはアジア女性基金を受け入れようとした慰安婦を売春婦呼ばわりしたし、慰安婦問題を米軍の基地売春の問題と並べて論じたイ・ヨンフン教授を謝罪に追い込んだのも挺対協であった。

昨年には、30歳の韓国人の日本留学生が慰安婦を自発的な仕事という主旨の書き込みをインターネットに行ったという容疑で検挙されるという騒動があった。結局男性は家族と共に挺対協に頭を下げて起訴を取り下げてもらった。

黒田としても、ここは「パンパン・ガールを国民代表とする韓国」ぐらいにしておけば良かったのではないか?日本のフェミニズム団体が赤坂にあるアメリカ大使館の前にパンパンの像を建て、毎週集会をやっていると考えれば、分かりやすい例えになったかもしれない。

追記: 確認したら、黒田の記事(WiLL 2012.4月号 P.254)のタイトルは、売春婦ではなく、「慰安婦を『国民代表』にする国」であった。

日本黒田慰安婦冒涜妄言・・・「売春婦を国民の代表とする韓国」

韓国に対する妄言を繰り返してきた黒田勝弘、産経新聞ソウル支局長が日本の保守右翼雑誌 Will4月号に「売春婦を国民代表にする国」という題名の文を載せた。

去る25日、発行されたこの雑誌は特に表紙に「売春婦を国民代表とする韓国」という刺激的なタイトルをつけた。この雑誌は日本軍性的奴隷(慰安婦)を売春婦と表現することによって日帝による国家性暴行行為を否認し、これらに対する軽蔑を表わしたのだ。

黒田支局長はこの文で駐韓日本大使館の前にたてた日本軍性的奴隷(軍隊慰安婦)少女像を批判し「驚くべきなのは慰安婦出身の高齢女性が今はマスコミから独立有功者同様の待遇を受けていること」といった。

また、昨年、性的奴隷少女像と共にソウル駅前にたてたカン・ウギュ義士の銅像が新しい‘反日新名所’になっていると主張した。カン義士は1919年第3代朝鮮総督に赴任した日本の斎藤実に爆弾を投げて逮捕された後、西大門刑務所で殉国した。

黒田支局長は韓国で鉄道駅舎とは関係ない人物銅像をソウル駅の前にたてたとし「韓国人の歴史観は本当に特異なところがある」とした。

この文は‘韓国、北朝鮮の無法’という題名の特集に「対北朝鮮外交 野田総理の大失策」「竹島・慰安婦問題の真実」という二つの記事とともにのせられた。


日 구로다 위안부 모독 망언… “매춘부를 국민대표로 삼는 한국”


한국에 대한 망언을 일삼아 온 구로다 가쓰히로(黑田勝弘) 산케이신문 서울 지국장이 일본의 보수우익잡지 ‘윌(Will)’ 4월호에 ‘위안부를 국민대표로 삼는 나라’라는 제목의 글을 실었다.


지난 25일 발행된 이 잡지는 특히 표지에 ‘매춘부를 국민대표로 삼는 한국’이라는 자극적인 제목을 달았다. 이 잡지는 일본군 성노예(위안부)를 매춘부라고 표현함으로써 일제에 의한 국가 성폭행 행위를 부인하고, 이들에 대한 경멸을 드러낸 것이다.


구로다 지국장은 이 글에서 주한일본대사관 앞에 세워진 일본군 성노예(군대위안부) 소녀상을 비판하며 “놀라운 것은 위안부 출신의 나이 든 여인들이 지금은 매스컴으로부터 독립유공자와 비슷한 대우를 받고 있는 것”이라고 했다.


또 지난해 성노예 소녀상과 함께 서울역 앞에 세워진 강우규 의사의 동상이 새로운 ‘반일(反日) 신 명소’가 되고 있다고 주장했다. 강 의사는 1919년 제3대 조선총독으로 부임한 일본의 사이토 마코토에게 폭탄을 던졌다가 체포된 후 서대문형무소에서 순국했다. 구로다 지국장은 한국에서 철도역사와는 관계없는 인물 동상을 서울역 앞에 세웠다며 “한국인의 역사관이 정말 특이한 데가 있다”고 했다.


이 글은 ‘한국, 북조선의 무법’이라는 제목의 특집에 ‘대 북조선 외교, 노다 요시히코 총리의 대실책’ ‘다케시마 위안부 문제의 진실’이라는 두 기사와 함께 실렸다.

2012/02/20

黒田勝弘「慰安婦広告は日本に対する嫌がらせ」



昨日お伝えしたソウルの地下鉄の駅に貼り出された広告について、韓国の事情に詳しい産経の黒田勝弘記者は、これを「日本への“嫌がらせ”」とハッキリ書いた。挺対協による日本大使館前の慰安婦像の設置を日本に対する当てつけだと書いた自分だが、この広告についてはそこまでとは思わなかった。昨日のエントリーで「彼らはこれが『慰安婦問題の解決』に役立つと信じている。少なくとも、そう主張している」と書いた自分は、まだまだ甘かったのかもしれない。黒田によると安国駅は日本大使館の別館にあたる公報文化院の最寄り駅らしい。これはソウル新聞の記事では分からなかった。昨日のエントリーを書いた時、一応ウィキペディアもチェックはしていたのだが、その時は気づかなかった。今、見返してみれば、確かにウィキにも駅周辺の案内として日本文化院(通称)が記載されている。黒田の言う通り、安国駅に掲示された慰安婦広告は、日本大使館(日本)に対する嫌がらせなのかもしれない。(追記: Tongilnewsによると[BU]、この広告は日本文化院に向かう4番出口に設置されたという。)

自分としては、今回の広告が100%嫌がらせと断言するのは躊躇してしまうが、慰安婦問題が韓国人にとって「自ら高みに立って...教訓を垂れることのできる貴重なカード」であり、「日本に対する道徳的優位を誇示するため(に使われている)」とする黒田の分析(産経 2007年3月14日)は、正しいと思う。

今度は日本文化院前に 韓国で反日慰安婦パネル

【ソウル=黒田勝弘】ソウルの在韓日本大使館前の反日・慰安婦記念像に次いで、今度は大使館の別館にあたる公報文化院前に慰安婦像をあしらった反日広告パネルが設置された。

大使館慰前の慰安婦像は支援団体による歩道上の無許可施設だが、今回の広告パネルは地下鉄入り口の通路の壁面で有料。さる広告デザイナーが自費で制作して出したという。

パネルは縦2メートル、横4メートルの大きなもので、慰安婦像の少女の顔を写真でアップし、そのほおに涙のようにハングルで「日本は謝罪しろ」と書かれている。

公報文化院は大使館本館から約500メートル離れており、各種の展示会や映画上映など日本文化紹介のほか、図書・資料室も備えている。玄関前が地下鉄の駅で、地下通路の階段を上がったところにある。慰安婦パネルは日本への“嫌がらせ”を狙ったものだ。

産経 2012.2.20

2011/12/16

民族的快感、沸く韓国 米の慰安婦決議案 ホンダ議員、英雄扱い(2007年)



民族的快感、沸く韓国 米の慰安婦決議案 ホンダ議員、英雄扱い

【ソウル=黒田勝弘】韓国がまた慰安婦問題で興奮状態だ。とくにマスコミは米議会での日本非難決議案をめぐる動きに対し「日本軍の慰安婦犯罪はアジアを超えて世界的な公憤の対象になった」(9日付、文化日報)「対日圧力の世界化ネットワークを」(同、朝鮮日報)「自ら孤立を招く日本外交」(10日付、東亜日報)などと大いに歓迎し、連日のように日本非難を展開しながら“民族的快感”を楽しんでいる。

韓国では元慰安婦たちは、日本帝国主義による一方的被害者としてすでに、“民族的英雄”のような存在になっている。そのイメージに反する「日本軍による強制連行はなかった」「河野談話見直しの必要性」などといった日本側での主張や意見、弁明などは、一切受け付けない状態だ。

強制性をめぐる論点についてごく一部には、日韓歴史共同研究のテーマにしてはどうかとの声もあるが、韓国にとって“慰安婦カード”は絶えず「日本の非道徳性」を非難し、自ら高みに立って「日本は経済大国であるにもかかわらず国際社会で十分に認めてもらえない主な原因が歴史歪曲(わいきょく)にあるという点を知らなければならない」(3日付、中央日報)などと教訓を垂れることのできる貴重なカードだ。

日本に対する道徳的優位を誇示するためには、慰安婦は韓国にとっては絶対に日本の国家的強制によるものでなければならない。1993年の河野談話にいたる日韓外交交渉で、韓国側が「日本が強制性を認めない限り世論を納得させられないと、こだわったのもそのため」(ソウルの外交筋)といわれ、韓国の運動団体やマスコミが慰安婦問題で「強制」という単語を繰り返し使うのもそのせいだ。韓国の公式歴史観では、日本統治時代の不都合な出来事はすべて日本による強制として教えられている。

従って韓国にとって強制性の問題は民族的自尊心がかかった問題になっており、国際舞台で独り歩きしている「20万の性奴隷」が事実かどうかや、最初に慰安婦問題を訴えた故金学順さんの経歴のあいまいさなどは関係なく、もはや絶対譲れないものになっている。

今回、韓国が日本非難で勢いを得ているのは米議会が味方に付いたと見るからだ。決議案に熱心な日系のマイク・ホンダ議員は親韓派として英雄扱いされ、マスコミ・インタビューなどで大々的に紹介されている。

米議会での決議案の背景には、民主党支持が多い在米韓国人社会などの運動や世論工作があるといわれるが、今回の慰安婦問題をめぐる韓国でのマスコミ論調や識者の発言には、「日本人拉致問題をめぐる日本における北朝鮮たたきに対する報復心理が微妙にうかがわれる」(ソウルの外交筋)との見方がある。

たとえば朝鮮日報の東京特派員は「ナカヤマ夫婦の場合」と題する長文の日本批判コラム(7日付)で、中山成彬・元文科相と夫人の中山恭子・首相補佐官(拉致問題担当)を取り上げ、「夫は自分の国の拉致犯罪(慰安婦?)を熱心に否定し、妻は北朝鮮の拉致犯罪を熱心に世間に知らせている。こうした二律背反が現在の日本の姿だ」と書いている。

日本人拉致問題に関連し、過去の日本の朝鮮半島支配時代の出来事を取り上げて日本を非難し牽制(けんせい)しようとするのは、自らに対する非難を免れたい北朝鮮当局および親北勢力の常套(じょうとう)手段だ。北朝鮮に最も批判的な朝鮮日報でさえ、日本非難では独裁国家・北朝鮮の理屈に簡単に同調してしまう。「慰安婦問題の国際化の背景には“北朝鮮の影”がある」(同筋)との声も聞かれる。

産経 2007.3.14 [要確認]

2011/12/11

2011年暮れ、黒田記者の韓国慰安婦騒動レポート



韓国における慰安婦騒動の実態を知るには、やはり韓国を良く知る黒田勝弘記者のレポートが一番参考になるのではないか?自分の認識とも殆ど一致する。

ネット越しだが、韓国の報道を読んでいて感じるのは、今や慰安婦は韓国のスーパーアイドルであるということだ。その知名度と人気、影響力は、どんな芸能人も、キム・ヨナだろうが及ばない。と同時に韓国の輸出(文化?)コンテンツでもある。これを韓国では官民を上げて世界に売り込んでいる。そして、アメリカでその売り込みを担っている団体の一つがKAVC(韓国人有権者センター)であるが、日本のマスメディアでこの団体の事が触れられたのは初めてではないだろうか?

これも追って紹介する予定だが、親日派を追及する韓国の団体「民族問題研究所」の関係者がシンガポールのメディアに"comfort women show an idiosyncratic and brutal side of the Japanese colonial rule(慰安婦は日本の植民地統治の特徴と残虐な側面を表している)"と説明している。黒田が「日本糾弾の象徴」と言うのもこれだろう。いわゆる「海外同胞」が民族意識を昂揚させる為の絶好のネタになっているらしいという事も、黒田は理解している。

慰安婦の証言にも色々あるが、黒田がここで紹介している例も、平壌出身の主人が慰安婦を虐待していたという証言である。韓国の米軍基地周辺の風俗店で虐待されるフィリピン人女性と同じ境遇にあったわけだ。いわゆる日本政府による「強制連行(戦時動員)」とは関係ない話だが、そんな事はお構いなしなのである。純朴なお婆さんが「公式(謝罪)」云々というのもおかしな話で、これは運動家たちによってそのように吹きこまれたものだろう。


ソウル・黒田勝弘 慰安婦問題の現状

韓国の政府機関に「国家報勲処」というのがあり、国家に貢献のあった人びとに対する報償や顕彰を行っている。その業務のひとつに、日本統治時代に抗日独立運動や抵抗運動をした人びとを「独立有功者」として報償し、たたえるというのがある。

日本統治時代が終わってからすでに65年になるため、現存する「独立有功者」の数も少なくなった。それでも「独立有功者」が亡くなると、無名の人であっても必ず新聞に顔写真付きで紹介される。

国家、民族に貢献のあった人に対する称賛と感謝の意味からである。

近年、マスコミで「独立有功者」なみの扱いを受けているのが、いわゆる元従軍慰安婦の老女たちだ。

彼女たちは政府から生活支援を受けているが、国家的功労者というわけではないので「報勲処」の顕彰対象ではない。しかし亡くなると必ず新聞は顔写真付きでその死を紹介する。まるで「独立有功者」といった感じだ。

これはおそらく彼女らが、旧日本軍相手に外地で慰安婦生活をしたという経歴から「日本統治時代の犠牲者」として、日本糾弾(つまり反日・愛国)の象徴になっているためと思われる。

元慰安婦の老女たちが今や「独立有功者」なみの存在になっているというのは、慰安婦支援運動が反日運動としてたどりついた結果である。

この夏、メディアには相変わらず慰安婦問題が多く登場し、日本批判が語られているが、中にはワシントン発のニュースもある。

先年、米議会に日本非難の慰安婦問題決議案を採択させることに成功した在米韓国人団体(韓国人有権者センター)の学生たちが、議会を訪れあらためて慰安婦問題を訴えたという。

このニュースには、米議会をバックに若者たちの笑顔(!)の写真が添えられていた。在米韓国人が米国で日本糾弾-若者たちはこれによって異国における韓国人としての一体感を味わっているのだろうか。

韓国の有力紙・東亜日報は年初から「創刊90周年・年中企画」と銘打ち「韓日強制併合100年/100年の記憶、100年の未来」と題する大型記事を連載している。

そこでも元慰安婦の老女(82)が登場し過去を語っている。彼女の「記憶」はこうなっている。

「父と死別し、再婚した母に連れられ忠清南道禮山にいた17歳の時、中国に行けば工場で働かなくてもお金を稼げる、という近所のお姉さんの話を聞いて、1944(昭和19)年6月、故郷を離れ、ソウルや中国の天津を経て12月に中国の漢口に着いた。着いてからどういう所か知ったが言葉も分からず、道も知らず、逃げ出すことなどできなかった。そこには12棟ほどの慰安所があり、入り口には日本軍が使っていた建物が守っていた。言うことを聞かないと平壌出身という主人夫婦に棒で殴られる者もいた…」

8カ月後、1945年の日本の敗戦で同僚の多くは韓国に戻ったが、彼女は中国にとどまった。55年に子連れの中国人男性と結婚し中国で暮らしてきたが、2003年に民間団体の支援で帰国し韓国籍を復活した。しかし頼れる者もなく、周囲の冷たい目もあって2年半後、中国に戻ったという。彼女とのインタビューは現在の居住地である中国・武漢で行われている。

彼女はインタビューの最後でこう語っている。

日本の民間団体も訪ねてきて日本の過ちを謝罪し、お金をくれようとしたが一切、断った。いくらであろうが日本が公式に謝罪し法に従い補償するのなら受け取れるけれど…」

日本統治下の戦時中という時代背景の中で、韓国人の元慰安婦はこういう人生を経験した。その不幸は同情と慰労に値するが、現在の日本が国家としてどこまでその責任を負うべきなのか、あらためて考えさせられる記事だ。

産経 2011.12.7   

2011/10/30

[資料] 黒田勝弘「江南左派」



北朝鮮に同情的な韓国の進歩派文化人たちが「自由民主主義」の呼称にこだわる様は、日本の親韓進歩派が「従軍慰安婦」という言葉にこだわる様子に似ている。


ソウル・黒田勝弘 「江南左派」の全盛時代[緯度経度]

韓国社会に“江南左派”という言葉がある。「江南(カンナム)」とは首都ソウルを東西に流れる漢江の南の新市街地をいう。高層マンションや最先端のビジネスビルが林立し、シャレたファッション店や高級飲食店が集まっている。富裕層が住む地域の代名詞であり、韓国人にとってはあこがれの街だ。

歴史的には1970年代以降の高度経済成長によって生まれた。“漢江の奇跡”といわれた韓国経済発展の象徴である。

“江南左派”とは、自らは「江南」のような所で結構いい生活をしながら、大企業批判や反米的な主張を好み、北朝鮮を擁護・支持し、保守・右派非難に熱を上げる、いわゆる進歩的文化人のことをいう。

韓国社会では近年、そういう大学教授や文化人が人気だ。弱者、持たざる者、庶民…の味方を看板に、彼らの著書はよく売れ、若い世代を中心に政治的影響力が強い

この現象は親北・左翼思想が広がった1990年代以降の民主化と、金大中-盧武鉉・革新政権(1998~2008年)によってもたらされたといっていいが、そのツケ(?)に韓国社会が悩まされている。

一つの例が歴史教科書における韓国版・自虐史観。国の発展ぶりよりも、野党や反政府・親北勢力に対する弾圧など“暗い話”を強調し、権力に対する抵抗ばかりたたえる左翼史観が支配してしまったのだ。

李明博・保守政権になってその手直しに着手したのだが抵抗が強く、ままならない。

最近も教科書で国のあり方についてはっきり「自由民主主義」と教えるべきだとの方針を出したところ、大騒ぎになった。左翼学者など左派・革新系は、これまで通り「民主主義」だけでいいではないか、「自由」は削除しろ-と激しく反発している。

保守・右派は「民主主義」だけだと北朝鮮がいう「人民民主主義」や「民衆民主主義」などでたらめな民主主義があるので、「自由民主主義」は当然という立場だ。左派の反対論の背景には北朝鮮擁護がある。

一見、迂遠(うえん)な韓国版“ガラパゴス現象”に見えるが、根本に学校教育で北朝鮮を否定的な国として教えるかどうかという現実問題があるため深刻だ。

韓国の学校では90年代以降、北朝鮮については独裁体制には触れず、社会主義的理想や「同じ民族」が強調されている。「経済難や核開発も米国がいじめているから」といった教育がなされてきた。

“江南左派”は最近、格差社会是正-福祉国家論で政権奪還を狙い、来年12月の大統領選に向け攻勢を強めている。

学校教育で「自由民主主義」さえ教えられないのでは、保守派は危うい。ソウル市長選の結果もそうだ。

左派・革新勢力をバックに福祉や市民主義を看板に当選した朴元淳・新市長は、哨戒艦撃沈など北朝鮮による軍事挑発を「韓国が北を刺激したから」と公言していた。北朝鮮に対し限りなく甘く優しいのが“江南左派”である。韓国政治の行方が気になる。

産経 2011.10.29

黒田勝弘 元慰安婦は独立有功者なみ



これまで産経新聞紙上で繰り返してきた黒田記者の主張であるが、元慰安婦が「独立有功者」並に扱われている、支援団体が慰安婦を押し立てた反日運動を内外で展開しているという分析は正しいと思う。善意でこの運動を支援している日本人は多い。なぜこれくらいの事が分からないのか、と思うが、たぶんそれは韓国でも現場は「可哀想なハルモニの為」「韓日の不幸な歴史の精算の為」にやっている人が多いからだろう。そういう人々と接触した一部の日本人は同情して彼らと共闘するようになる。しかし運動の本質や主導者たちの本音は・・・。

独立有功者並に扱われている元慰安婦に「回復されるべき名誉」などあるのだろうか?


韓国にとって最大の反日テーマとなっている慰安婦問題。いまや彼女たちは独立の功労者のような扱いになっているという。産経新聞ソウル支局長の黒田勝弘氏がレポートする。
* * *
韓国では今でも、日本統治時代の昔、抗日独立運動など日本の支配に抵抗した経歴のある人を「独立有功者」として顕彰している。これを決めるのは「国家報勲処」という政府機関で、指定された人には国から手当など褒賞があり、亡くなると顔写真付で必ず死亡記事が出る。

ところが近年、戦時中に日本軍相手の慰安婦をしたことがあると、政府に届けている元慰安婦の老女たちも似たような処遇を受けている。政府が生活支援をしているほか、亡くなると必ず顔写真付で経歴を紹介した死亡記事も出る

死亡記事は政府がやっているのではなく、支援団体からマスコミに連絡が行くからだ。マスコミもそれを受けて律儀に伝える。だから元慰安婦の老女たちは、支援団体とマスコミによって今や「独立有功者」並みになってしまったのだ。

ただ、皮肉に考えれば彼女らだって「独立有功者」かもしれない。慰安婦問題は近年、韓国にとって最大の反日テーマになっているからだ。

「チョンデヒョプ(挺対協=挺身隊問題対策協議会)」を先頭にする支援団体は、彼女らを押し立てた反日運動を内外で展開してきた。1990年代以来、毎週、ソウルの日本大使館前での「水曜デモ」はこの年末で1000回を数えるという。この反日の組織力と執拗さはすごい!

NEWSポストセブン 2011.10.27
(SAPIO2011年11月16日号)

2011/06/11

眼前の路上に「慰安婦像」で日本大使館周章狼狽



やはり韓国に住み、韓国をよく知る人の情報はありがたい。しかし、挺対協が水曜デモ1,000回を記念して日本大使館前に「碑」を建立するという計画は、三ヶ月前に当ブログでも紹介した。今ごろ大使館が狼狽えてどうする?

もともと挺対協(韓国挺身隊問題対策協議会)は、水曜デモが行われている日本大使館前(写真は大使館前のデモに参加する「日本市民」)と、ナヌムの家、建設を予定している慰安婦博物館(戦争と女性の人権博物館)を三つの「聖地」にしようという計画で、二年前に挺対協の代表が来日した時に、その事を日本の聴衆の前で公言していた。

当時のエントリーを確認してみたら、ユン代表はこの時、日本大使館前に碑を建立する予定であることも明言していた。

黒田によれば、地元の区役所は、外交問題にもなりかねないので慎重に対処すると答えたようだが、どうせ日本側の泣き寝入りに終わるのだろう。もっとも自分は、好きなようにさせてやれ、としか思わない。慰安婦「騒動」をウォッチしている身としては、こういった「碑」も重要なサンプルである。それにしても、日本大使館のインテリジェンスは大丈夫か?

「韓国では元慰安婦の老女が亡くなると、マスコミには詳しい経歴とともに顔写真付きの死亡記事が必ず出る。その報道ぶりは今や“抗日独立運動家”並みである」と韓国在住の黒田は伝えている。確かにネットを検索していても頻繁にそうした記事に突き当たる。そしてそれらの記事は「XXハルモニは、XX年に連行され、慰安婦としての生活を強制された(ただし誰が「連行」したかの主語は抜き)」と書かれているのがパターンである。葬式の様子は、動画ニュースにもなる。

黒田は、慰安婦に対する韓国マスコミの扱いを「抗日運動家並」としているが、彼女たちは韓国のトップアイドルと言っていいと思う。

ソウル・黒田勝弘 「慰安婦記念碑」設置場所は…

ソウルの日本大使館前では毎週水曜日、戦時中、旧日本軍相手に“慰安婦”をしていたという韓国の老女たちのデモが行われている。ほとんど数十人規模だが、日本政府に補償と謝罪を要求するといって、もう20年近く続いている。

ただ元慰安婦の老女は数人で、ほとんどは支援者たちだ。時には日本からの支援者や、日教組系の先生の指導だろうか、日本の女子高生などの姿も見られる

デモでは領土問題や教科書問題など、その時どきの日本非難も加わる。このため日韓間で何か問題があると、韓国マスコミは決まって水曜日に日本大使館前に出かけ「日本非難の世論」として内外に伝える

したがってこの「水曜デモ」は、今やソウルで日常的に最も目立つ反日デモである。

デモを主導してきた支援団体は以前から慰安婦問題にかかわる記念碑を計画してきたが、何とその場所を日本大使館前の路上にしようとしていることが最近、分かり、日本大使館をあわてさせている。

支援団体の「韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)」の資料によると、今年12月の“デモ1千回”を機に「平和碑」を建て、その場所を「平和路」と呼ぼうとしている。

路上への設置となると公共の場所だから当然、区役所の許可がいる。日本大使館はソウルの中心部にあり、管轄は東京でいえば千代田区役所にあたる鍾路区役所だ。

そこで鍾路区役所の担当部署に聞いてみると「まだ許可はしていない。団体に詳しい計画書を出すように言ったがまだ届いていない。場所が微妙で外交問題にもなりかねないので慎重に対処することになろう」という。

いくら「平和」と銘打っても日本糾弾に変わりはない。日本大使館前に堂々と“反日記念碑”とは実に大胆である。

「大胆」といえば最近、ロシア政府のビザで北海道沖の北方領土の国後島を訪問した韓国の国会議員もそうだ。中心人物は「韓日議員連盟」の有力メンバーで学者出身の知日派という。

日韓領土問題の専門家で、日本憎し(?)のあまり韓国とは関係ない日露領土問題に介入してロシアの肩を持ち、日本に嫌がらせをするというのだから実に大胆である。

韓国では、日本が相手だと何でもありというか、何をやっても許されるような雰囲気がある。

「水曜デモ」自体がそうだ。いつも日本大使館前の路上という至近距離だが、米大使館前ではこんな至近距離の反米デモは決して許されないのに。

ところで韓国では元慰安婦の老女が亡くなると、マスコミには詳しい経歴とともに顔写真付きの死亡記事が必ず出る。その報道ぶりは今や“抗日独立運動家”並みである。

慰安婦問題は20年の歴史を経てそこまでになってしまった。支援団体の反日運動の“成果”である。だから「記念碑」の発想も不思議でない?

産経新聞 2011.6.11

2011/02/03

日帝が小学生を慰安婦にした話【黒田勝弘】92年




女子挺身隊に送った教え子の安否を気遣った日本人教師の話が、韓国のマスコミによって日帝の蛮行の話にすり替えられたこの一件は、黒田と同じく当時ソウルにいた西岡力も書いてる。彼は問題の記事を書いた記者の一人に直接取材し、少女たちが慰安婦でなかったことを知りながら、あえてあのような書き方をしたのだという事を聴き出している。そのくだりと東亜日報の問題の記事は以前のエントリーで確認いただければと思う。

ここでは黒田の著書より引用。


話は終戦の前年、当時ソウルで国民学校(小学校)の先生をしていた日本女性が、女子児童6人を内地(日本)の軍需工場に「女子挺身隊」として派遣したことが戦後も気掛かりで、韓国を訪問して教え子たちの消息をたずね歩き、全員が無事だったことを確認したというものだった。

ところがこの話をもとに韓国マスコミは、韓国の小学校に保管されている過去の学籍簿から「女子挺身隊選抜」の記録を探し出し「日帝の蛮行!」と一斉に伝えた。

「女子挺身隊」は工場での勤労奉仕を意味する「勤労挺身隊」だったのだが、韓国では以前から「挺身隊イコール慰安婦」という思い込みができあがっていたため、世論は「児童を慰安婦として連れていった」と理解し激高した。マスコミはあえて「工場での勤労動員であって慰安婦ではない」と否定しなかったからだ。

当時のメモを振り返ると、新聞社説は「12歳の国民学校生徒まで戦場での性的おもちゃとして踏みにじった」とし「勤労挺身隊は真っ赤なウソ」とまで書いている。テレビ解説は「12歳の幼い少女を戦場での性のいけにえぬするという残酷きわまりない日本の蛮行」と伝えている。

韓国の12歳は数えだから満でいえば11歳だ。こんな報道がマスコミあげて大々的に展開されればどこの国民だって民族感情を刺激され激高するだろう。この報道ぶりは「意図的な誤報」といってもいいが、これでは反日感情はいやがうえにも高まらざるをえない

2011/01/29

民主化と慰安婦問題の顕在化【黒田勝弘】80年代




日韓新考(2002年)より。


近年の韓国における反日の動きは韓国社会の変化によるところが大きい。いわゆる従軍慰安婦問題もそうだ。・・・この時期(1980年代以降)にこの問題が登場した背景にはやはり韓国における民主化がある。

・・・盧泰愚政権移行の民主化時代の韓国は、あらゆる分野で自由化が進んだ。その最大のものが言論の自由だが、「性」にかかわる慰安婦問題も、この流れの中でマスコミに大々的に取り上げられることで公然化した。当時、韓国の二大テレビ局は慰安婦問題を競って長期の大河ドラマに仕立てて放送している。

1990年の国営・KBSテレビ「歴史は流れる」や1991年のMBCテレビ「黎明の瞳」がそれだが、とくに人気を博した後者は韓国人慰安婦のヒロインと徴兵された韓国人日本兵の慰安所でのベッドシーンから始まっている。これは明らかに民主化による「言論の自由」あるいは「表現の自由」の結果だった。・・・

慰安婦問題での支援・糾弾運動は主に女性によって展開されてきた。慰安婦問題の表面化は、韓国における民主化にともなう女権拡張の動きと重なっている。

民主化とは民主的でなかったとする過去に対する否定がともなう。だからこれまで隠されていたことを暴露したり、これまで否定されてきたことを肯定的に見ることが民主化で好ましいという雰囲気になる。慰安婦問題は前者であり、左翼解禁や北朝鮮に対する融和的見方は後者の典型である。


黎明の瞳: このドラマの成功が元慰安婦たちのカムアウトのきっかけを作り、慰安婦問題が全国的な関心を引く契機になったという報道もある。

2010/12/17

「強制」がつき慰安婦は初めて教科書に登場【黒田勝弘】






以下、黒田勝弘「韓国人の歴史観」より
-----------------------

韓国の歴史教科書で1940年代が「空白」に近いほど簡単な記述になっているのには、いくつかの理由がある。最大の理由は、その「抵抗史観」にしたがえばこの時期には目ぼしい抵抗の歴史が見当たらないためである。解放後に「金日成抗日革命神話」を作り上げた北朝鮮においてすら、1940年代は空白の歴史になっている。・・・海外でも独自の「独立戦争」は存在しなかったのである。

そしてより大きな理由は・・・この時代こそ韓国人の日本に対する「協力」が最も進んだ時代であり、「韓国の歴史」としては本当は思い出したくも触れたくもない時期だったからである。教科書もいうように、この時代はまさに韓国人を日本人にしようとした時代であり、実際に韓国人の多くは日本人になりつつあった。

これは当時を生きた韓国人の多くがそう証言している。とくに当時、少年だった韓国人たちは戦時体制下の教育意識は90%以上、日本人だったといっている。筆者の知り合いの韓国人の証言によると、昭和19年の1944年春、留学先の東京から一時帰郷した時、ソウル(当時は京城)の韓国人街だった鍾路の映画館に入ったところ、ニュース映画で上映される日本軍の戦況に関するニュースに観客が熱狂する様子を見て驚いたという。

彼によると当時の東京の映画館でさえこれほどではなかった。彼は「韓国人もとうとう日本人になってしまったなあ」と複雑な心境になったと語っている。

韓国の歴史教科書には日本に対する「協力」の文字はいっさい登場しない。国定史観としての「抵抗史観」からすれば当然である。日本支配時代は「韓国人の歴史」としては抵抗あるのみであって、協力などあってはならない。あったとしても、それは見たくないし、しかもその協力はすべて強制によるものでなければならないのである。

いわゆる従軍慰安婦問題で韓国側が「強制」にこだわるのも同じ背景である。誤解をおそれずに書けば、従軍慰安婦の本質もまた、戦時体制下の圧倒的な日本人化の流れの中での「協力」現象だったということができるだろう。しかし「韓国人の歴史」としては「協力」ではなく「強制」でなければならないのである。

・・・従軍慰安婦問題でも相手が日本軍(将兵)で日本軍の管理下というのは、当時の歴史状況からすればひょっとして悪というよりむしろ相対的には善という位置付ではなかったかというのが、歴史への想像力である。「日本軍による保証」はむしろ安心と安全の証しになったのではないかというわけだ。

しかし現在の韓国の公式歴史解釈では韓国人従軍慰安婦と日本軍(将兵)は絶対的な敵対関係として、すべてが「強制」で語られている。・・・それは理解できる。だから「強制」という言葉が付くことによってはじめて慰安婦問題は歴史教科書に登場した。